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第54話 暗躍

※現在4章を読みすすめている方へ

 平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。

 この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。

 改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。


今回は、読者応募で募集したキャラを参考にした生徒が登場しています。

「お仲間が一人、いなくなった……と?」

「ふむ……」


 竜崎は、ベルゲル酋長の家で、犬神失踪の旨を告げた。


 竜崎の尻尾を掴んでいるのは、サトリに転生した里見耶麻子さとみ・やまこだ。

 相手の心を読む、というと、戦いにおいても相当便利そうな能力だが、里見は相手の話していることの真偽がわかるに過ぎない。ウェルカーノやベルゲル酋長の言葉に虚偽があった場合、里見は竜崎の尻尾を引っ張って教えてくれるようになっていた。

 サトリというモンスターは姿が人間に近く、アルバダンバや大陸では生息が確認されていないためか、特に警戒を持たれることはなかった。


 里見の能力は原則として常時発動だ。知覚範囲内にいる相手が嘘をついた場合、すぐにわかってしまう。里見はそれが嫌なので、今までこうした場で協力することに消極的だったのだが、今回に限っては自分の方から名乗りをあげてくれた。心境の変化まで問うつもりはないが、ありがたい話だ。


 今、竜崎の目の前にはベルゲルとウェルカーノの両方がいる。


 歓迎会の翌日だ。数日後に、交易会を控えてもいる。その交易会に向け、それぞれの代表が一度話し合おうという名目で集まったのだが、竜崎はまず、犬神の話題を切り出した。

 尻尾を掴んだ里見の反応はない。当然か。まだ相手は何も言っていないから、真偽を判断できないのである。


 ここは、自分の話術次第だな。竜崎は続けた。


「ベルゲル酋長、犬神が消えたのは歓迎会時点での話だと思うんですが、何かご存知ですか?」

「いや……。わかることは、ないな……」


 ぴくり。里見が、竜崎の尻尾を引っ張る。さっそく、アタリか。

 竜崎はその表情はおくびにも出さず、ウェルカーノの方に視線を向けた。


「ウェルカーノさんは?」

「私も存じ上げません」


 里見は尻尾を引っ張らなかった。


 ベルゲル酋長は、犬神の失踪について“何か”を知っているらしい。だが、ここで彼が敵の吸血鬼と繋がりがあると判断するのは早計だ。こちらのことを警戒してその“何か”を隠しているだけということもあるし、その場合、まずはその警戒の元を断たねばならない。

 だが、もしもベルゲル酋長が吸血鬼と繋がって共謀していた場合、その事実を早くあぶりだす必要がある。このまま酋長に逃げられ、敵の吸血鬼に報告をされてしまえば、犬神の命も危ない。


 竜崎はまず考える。ここで明らかにして良い情報とは、何か。


 ベルゲル酋長が吸血鬼と繋がりがあった場合、犬神響が人狼族の生き残りであることもわかっているだろう。彼女のことを隠し立てしておく必要はない。

 一方、ベルゲル酋長が吸血鬼と何の関係もなかった場合、その存在そのものを知らない可能性が高い。こちらが知っていて、あちらが知らない事実を突きつけることで、揺さぶりをかけるのは効果があるだろう。


 そしてそれは、ウェルカーノに対しても言えることだ。


「……実は、犬神は吸血鬼の臭いを探る能力があるのですが」


 竜崎はまず、そう切り出した。こちらに反応を見せたのはウェルカーノ氏の方だ。


「大陸の方を騒がせている、レッドムーンという吸血鬼のことはご存知ですか?」


 ふたりは頷いた。ウェルカーノは商人であるから情報を仕入れているのは当然として、どうやらベルゲル酋長も知っているらしい。情報が隔絶されているはずのアルバダンバだが、あるいは、思った以上に人間の行き来があるのだろうか。


「実は、この島に吸血鬼がいるのではないか、と、犬神は昨晩言っておりまして」

「なんと……!」


 ベルゲル酋長が、真っ先に声をあげた。


「あなた方は、今までそれを口にせず、黙っていたというのか……!?」


 怒気こそ孕んではいないが、語調にはわずかに非難めいたものがある。彼の立場を考えれば当然の話ではあるが、これが演技である確証は、まだ持てない。竜崎は、相手の神経を逆撫でするのを承知の上で、あえてこう尋ねた。


「ベルゲル酋長は、ご存知ではなかったと……?」

「当然だ。このような言い方はしたくないが、この島に吸血鬼が潜んでいるとなれば、あなた方への対応もまた違っていた」


 里見は、尻尾を引っ張らなかった。ベルゲル酋長は、本当に吸血鬼の存在を知らないのだ。


 竜崎は一度、頭の中で情報を整理する。

 犬神がいなくなった件について、ベルゲル酋長はこちらに何かを隠していた。だが、彼は吸血鬼がこの島に潜んでいたことは知らなかったという。繋がりがないとわかったのは安心できるものの、そうなると、何故犬神の失踪について隠し立てする必要があるのか、という問題になる。

 これは、聞きだすのが難しい。相手が意図的に嘘をついている以上、暴き出すのは至難の業だ。嘘をついていることを指摘して強引に持って行くこともできなくはないが、リスクが大きい。


「今まで吸血鬼のことを黙っていたことは、申し訳ありませんでした」


 竜崎は丁寧に頭を下げて、謝罪をする。


「リュウザキ殿、ひとつ、よろしいかね」


 そう尋ねてきたのは、海上キャラバンのウェルカーノ氏だ。


「なんでしょう」

「あなた方が、そのレッドムーンの一味という可能性はないのかね。このようなことを聞くのは不躾かもしれんが、儂らの中でも、それを懸念する声がありましてな。この際ですので、はっきりさせておきたい」


 竜崎は、一瞬言葉に詰まった。


 いいえ、とは、決して言えないからだ。紅井明日香は吸血鬼であり、血族の一味だった。

 この事実を公開すれば、話はかなりややこしいことになる。だが、ここで嘘をつくと、その嘘が露呈した時に信頼を失うことになる。


 だが、竜崎の逡巡は一瞬だった。


「我々はレッドムーンの吸血鬼とは関係ありません」


 相手の目を見て、はっきりと言う。里見が尻尾を思いっきり引っ張った。痛かった。


「昨晩、吸血鬼の存在を言い出さなかった不義はありますが、ここで今更情報を明かすメリットはないでしょう。犬神がいなくなってこちらが困っているのは、事実なのです」

「そのイヌガミ殿の失踪自体が、虚偽という可能性もありますな」


 ウェルカーノ氏の瞳は、猜疑に染まっているというよりは、こちらを試すような色合いをはらんでいた。

 疑心暗鬼にとらわれているのではなく、商人として常に安全な選択肢を留めておこうという、本能からくるものだろう。


「ここで虚偽の報告をして、何になるっていうんです。ウェルカーノさん」

「ま、それもそうですな」


 ウェルカーノは、あっさりと竜崎の言い分を認める。


 難しい顔をしているのはベルゲル酋長だ。この島に吸血鬼がいる、という竜崎の言葉を、吟味しているのであろう。

 昨日話した限りでは、彼はあまり騙し合いには向かない善意の人間である。それ自体が演技という可能性はあったが、里見の反応を見る限りそれもない。竜崎の口にした情報が真実であるかどうかを、懸命に考えているといったところか。


 一押しすれば、隠している情報を話してくれそうでは、あるのだが。


「しかし、この島に吸血鬼がいるとなれば、あまり穏やかな話ではありませんな」


 ウェルカーノは表情を変えずに続ける。


「定期的に発生しているという失踪事件も、あるいはその吸血鬼が原因なのではありませんか? 酋長」

「うむ……。私も、その可能性を考えていた」


 ベルゲル酋長は低く唸った。


「ベルゲル酋長、もう一度尋ねますが」


 竜崎は、その瞳を覗き込むように言う。


「犬神が失踪したのは昨晩、歓迎会の最中です。何か知りませんか?」

「……彼女の失踪そのものについて、知っていることは、ない」


 わずかな間のあと、妙に含みのある言い方をする。里見は、竜崎の尻尾を引っ張らなかった。


「……では、他に何かを知っていると?」

「私にそれを答えることはできない」


 そう言って、ベルゲル酋長は竜崎を見る。明らかな疑いの感情が、黒い瞳の中に宿っていた。

 ベルゲル酋長は、竜崎のことを疑っているのだ。いや、竜崎だけではなく、2年4組全体のことを疑っている。少なくとも昨晩までは、こうした反応を見せていたわけではない。まさか、途中で歓迎会を抜けたから、というわけでもないだろう。

 たった一晩で、態度がやけに変わってしまっている。竜崎が隠し立てをしていたから、不信を買ったのかといえば、そんなこともない。酋長の態度は、その前からあまり変わっていない。


 疑っているから、犬神失踪の件を隠そうとしているのか。


 では、ベルゲル酋長にそこまで自分たちを疑わせているのは、何か。


「ベルゲル酋長、」


 竜崎は、酋長を正面から見据えたまま、ちょっとカマをかけてみることにした。


「ひょっとして、誰かから犬神がいなくなった件を、既に聞いていました?」

「そんなことは……、ない」


 里見が、竜崎の尻尾をピンと引っ張った。





『明日の朝、彼らの代表が酋長の家を訪れる可能性があります』


 昨日の夜、朱鷺原はベルゲル酋長に対してそのようなことを吹き込んだ。


 歓迎会の後片付けが、すべて終わった後のことだ。ベルゲル酋長は、いつものように朱鷺原に対しては一切警戒心を見せることなく、様々なことを話してくれた。もちろん、自分の名前を彼らに明かしたりはしていないという。このあたりの理由を取り繕うのは面倒だったが、元から朱鷺原は、国外からの訪問者の前に姿を見せることはほとんどないため、不思議がられることもなかった。

 ベルゲル酋長には、『名前と姿を多くの人に知られるのは、呪術的な問題から好ましいことではない』と説明している。デルフ島の経理を担当している朱鷺原だが、島民の多くは、彼のことを島外から来た呪術師であると信じ込んでいた。


 余った酒を飲み交わしながら、朱鷺原は酋長から歓迎会についての話を聞く。


 酋長は、連中が歓迎会を途中退席したことを不思議に思っていた。

 首を傾げる酋長を見ながら朱鷺原が思ったのは、少し厄介なことになったな、というようなものだ。


 連中が歓迎会を途中退席したのは、間違いなく屋敷の地下に繋ぎとめたイヌに関係があるだろう。姿を消したあのイヌの所在を探るための、話し合いを行った。あるいは、自分たち吸血鬼の存在すらも、嗅ぎつけられている可能性がある。


 この人の良い酋長だ。連中が、『仲間のひとりがいなくなった』と言えば、捜索隊を組織するくらいはやりかねない。そのようなことになれば、状況が不利になるのは朱鷺原たちの方だ。

 加えて、連中がこれ以上島民を味方につけるようなことがあれば、クイーンの身柄を奪取する計画にも支障をきたしかねない。酋長の中には、連中への猜疑心を植え付けておく必要がある。


『明日の朝、彼らの代表が酋長の家を訪れる可能性があります』


 なので、朱鷺原は酋長にそう吹き込んだ。


『彼らが何を言っても、すぐに信用はしないでください。『仲間の一人がいなくなった』という場合であれば、なおさらです』

『何故だ? 歓迎会を途中で退席したことと、何か関係があるのか?』

『彼らと直接会ったわけではないから、確証はもてませんが』


 そう言って、朱鷺原は柔和な笑みを浮かべる。


『どうにも、彼らには疑わしいところがあります。沖合に停泊しているという、黒く大きな鉄の船。あれは、帝国の直轄である造船所が、技術を独占している魔導戦艦に似ています』

『彼らが帝国から来たとでも言うのか?』

『あくまで可能性の話ですよ』


 確実ではない、と言いながら、朱鷺原は酋長の心理をそちらへと誘導していく。


『ですが、モンスターを調教し意のままに従わせる調整師は、そう多くありません。帝国軍を除けば、剣闘公国の魔獣調整師、竜騎士王国の騎竜調整師くらいなものでしょう』


 人の良い南の島の酋長は、それをすぐに信用した。


『なるほど……。彼らが帝国のモンスターという可能性もあるのか……』

『その場合、彼らの目的は、自分たちの意に沿わないこのアルバダンバを支配下におく準備を、いよいよ整えにきたということかもしれません』


 アルバダンバは、かつて何度か、帝国と海戦を繰り広げている。未開の小国であるアルバダンバなど、帝国の軍事力から見れば一捻りといったところなのだが、この付近一帯は“海の王”の生息域であり、かの王が巻き起こす海流は、今まで幾度となく帝国の侵攻を退けてきた。

 帝国に対して強い敵意を持つ“海の王”の目を欺くために、モンスターを軍艦に乗せてよこしたのだと、朱鷺原はほらを吹く。冷静に考えれば、軍艦に乗せる意味などないようなものだが、それでもベルゲル酋長は疑わなかった。


『彼らは、手始めにこのデルフ島の人手を削らせようとしているのかもしれません。ですので、彼らが何を言ってきても、決して信用しないようにしてください』

『その、仲間がいなくなった、という場合でもか?』

『捜索隊を回そうとしているのかもしれません。あと、危険ですので、例の戦艦の方には島民を近づけずにした方が良いでしょう。漁は、島の東側か南側で行わせるべきです』


 これは、当然ながらクイーンの身柄を奪取する上での人払いをさせるためだ。もちろん、その作戦に朱鷺原は参加しない。他のポーン達にクイーンを無力化させ、自らの屋敷に運び込ませる。その後、迅速に彼女の身柄を王の下へと運ぶ。

 連中が奪い返しに来る可能性もあるから、保険として彼女の血は抜いておくべきだろう。最悪、クイーン自身を連れ戻されたとしても、血さえ王に届ければ、クイーンの身体は王の物となる。


 ひとまず、酋長への根回しはそんなところだ。もし彼らが酋長の家を訪れるようなことがあれば、なるべく長く引き留め、情報を引き出すよう言い含めてある。


 作戦の決行は日中となる。島の男衆が漁に出る時間。商人たちが、交易会用の商品を、会場に運び込む時間。もちろん、交易会には連中も参加するから、あの軍艦を守るモンスターたちの手も薄くなる。そして、代表者であるドラゴニュートが、ベルゲル酋長の家を訪れているであろう時間だ。


「まぁ、そのようなわけですから、ちゃっちゃとやっちゃいましょう」


 手駒として置いていかれたポーン達を前に、朱鷺原はそう言った。


「一応、アケノ様からご報告のあった要注意モンスターのリストです。みなさんは古城から逃げてきたわけですから、おおよそわかってらっしゃるとは思いますが」


 一番注意するべきは、スケルトンとスライムのコンビだ。連中の中では唯一、フェイズ3に到達している。フェイズ3に到達しているということは、クイーンの身体さえ操作できればどうにでもなるという意味ではあるが、現時点では一番の強敵だ。ナイトのスオウを苦も無く倒したというのだから、ポーンの自分たちでは手も足も出ない。

 あと、単体で対抗しうる相手がいると言えば、フェイズ2に到達した中でも“アタリ”を引いたモンスター。オウガ、ドラゴニュート、ファラオあたりだ。彼らと一対一で戦うのはリスクが伴う。


「スケルトンの姿が確認された時点で作戦は失敗ですが……彼らはどうやら、島の中をうろついているようですから、まあ大丈夫でしょう。オウガ、ドラゴニュート、ファラオのいずれかが2体以上いる場合も注意してください。1体くらいならば、まあなんとかなるでしょう」


 5人のポーンは、資料を見ながら頷いた。


 彼らには、これから沖合に停泊している軍艦へと向かい、クイーンの身体を奪取してもらう。クイーンは聞いた限りでは、一度も艦から降りている様子がない。この世界にきてからおよそ2ヶ月。今まで一度も人間の血を吸えていないなら、そろそろ渇血症を患ってもおかしくはない。

 そして、ポーン達にはイヌの唾液を仕込んだ武器を持たせている。人狼族の唾液には、吸血鬼因子を基底状態にする効果があるから、既に不調に陥っているクイーンの動きを止めるには十分なはずだ。


 残った因子を強制的に基底状態に追い込み、クイーンの身体を機能停止させ、その上で身柄を奪取する。


「朱鷺原さんは、どうするんだ?」


 ポーンの一人がそう尋ねる。


「私は、しばらく屋敷にこもっていますよ。イヌに逃げられても厄介ですしね。……ああ、あと浅緋さん」


 朱鷺原は答えてから、あるものを手渡す。

 浅緋は、困惑した表情でそれを受け取った。それは血の入った瓶と、ナイフである。


「えぇと、これは……。朱鷺原さん」

「言ったでしょう。秘密兵器ですよ。瓶の中に入っているのラベルに書いてある通りのものですから、有効に活用してください」


 かつてアケノの下で働いていた浅緋なら、その使い道もある程度わかるだろう。


「それでは、よろしくお願いしますよ」


 少しばかり事態を急きすぎな気もするが、軍艦の防衛の薄さを考えると、この日、この時間帯が、おそらくベストだ。海洋連合国家アルバダンバに潜伏していた吸血鬼たちは、ついにその活動を開始した。

次回更新は明日朝7時です。

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