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第51話 好奇心は犬を殺す

※現在4章を読みすすめている方へ

 平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。

 この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。

 改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。

「うおー、本当にモンスターだ!」

「すげー!」

「ねえ、本物!? この尻尾、本物!?」


 子供というのは恐れを知らないもので、2年4組の生徒たちはあっという間にもみくちゃになった。特に人気のあるのは白馬ユニコーン猫宮ケット・シーだ。特に“もみくちゃ”という話をするのなら、子供よりも背の低い猫宮の方が、より“らしい”ことになっている。長靴を履きチョッキを着た黒猫である。子供たちからの人気は絶大だ。


「はっはっは、キミたち。いくらボクが魅力的だからってそんな……あ、いや、ちょっと待ちたまえ。ヒゲや尻尾は引っ張るものではないよ? いっ、いたたっ! 最近の子供は加減を知らないから……あっ、ちょ……こら! そこはやめたまえ!」


 一方で、見た目がおどろおどろしい奥村オーク剣崎デュラハンに近寄る子供は一人もいない。奥村などは特に気にした様子もないのだが、剣崎は露骨にショックを受けていた。ショックを受けてる間に、悪ガキに首を持っていかれそうになったので、強く怒鳴り付けたらまた子供から距離をとられてしまった。

 他のクラスメイトも、浜に降りては思い思いの行動をとっている。杉浦は、さっそくバーベキューの支度を整えて、船上で干した魚などを焼いている。花園も野菜を供していた。茸笠も自前のキノコを提供しようとしていたが、花園は思いっきり茸笠を無視していた。


「うぅむ、これは何かね……」

「オルゴールだ。開くと、音楽が流れる」

「ふむ、これは?」

「それは、あたしの糸で編んだ服です」

「この彫像は素晴らしいな。レートとしてはどれくらいになるのだろうか」

「それはガーゴイルの籠井だ。売りモノじゃないんだぜ」


 ウェルカーノ達、海上キャラバンの持ち込んだ商品に紛れて、“売りもの”を並べている生徒もいた。今は、後の交易会に向けた商品のお披露目のようなもので、続々と集まりつつある各部族の酋長らは、興味津々といった様子だ。

 酋長らは、生徒たちの売りもののなかでも特に、花園の持ち込んだ珍しい野菜や、蜘蛛崎の用意したアラクネの糸、暮森のオルゴール、五分河原や画原が作った工芸品などを眺めている。商品の質で言えば、当然ながらウェルカーノ達の持ち込んだ物の方が圧倒的に優れてはいるのだが、なにぶん、船団が沈んでしまった為、代替品として生徒たちの品にも、かなりの興味が示されていた。


「良いか、君たち! 若い時代というのはひと時しかない! すなわち青春だ! そして青春とは野球だ! 今から、君たちに野球を教えてやろう! これは俺が用意したバットとボールだ!」

「猿渡、子供たちがヒいてるぞ」

「うおお、燃える! アツいね! でも野球だけが青春じゃないよ! あたしがみんなに、バレーの真髄を教えてあげるわ! 砂浜と言えばバレー! 相場が決まっているんだから!」

「雪ノ下、おまえ溶けてるぞ」


 一部の運動部員は、布教活動に専念していた。


「良い傾向だな」


 そんな様子を眺めて、ゴウバヤシが呟く。竜崎も頷いた。


 交易会への参加は、竜崎が事前にウェルカーノに申し出ていたことだ。キャタピラユニットは捨てざるを得なかったが、竜崎は重巡分校を廃棄したくないと考えている。大陸の東側に回り込んだ後は、再び陸路を通る必要が出てくる。その際、改めてキャタピラユニットを製造するための資材を、南方商会ギルドに要請しようと思っているのだ。

 だが、ギルドを通して物資を集める以上、資金が必要になる。竜崎は、この交易会で得た利益をそのままウェルカーノに供与することで、物資の調達料としようとしていたのである。


 もちろん、目的はそれだけではない。


「なんとか彼らから明日香の為の血を貰いたいところだからな」


 結局、考え抜いたところで、得られる結論はそれだ。なんらかの手段で、だましだましやって行ったとしても、いつかのタイミングでは人間から血を貰う必要が出てくる。ならば、比較的モンスターに対して友好的でいてくれる彼らから、善意で血を提供してもらうのがベターな選択なのではないか。

 ただ、初対面でいきなり頼むには難易度の高い要求だ。ここに集まった子供たちや、各部族の酋長たちの緊張を解いて、交渉をしやすくする。難しく考えすぎかもしれないが、ここは慎重になってもなりすぎる、ということはないだろう。


 多くの生徒たちが島民と交流を深めている中、少し離れた場所で周囲をきょろきょろと見渡している女子がいた。


 アウトロー不良少女、人狼の犬神響だ。

 他の生徒と違って、転移変性ゲートをくぐってモンスター化したわけではない。ネイティブワーウルフである。


「いぬがみさん、どうしたんです?」


 明らかに何かを警戒している様子の犬神に、商船から荷物を降ろしてきたレミィが声をかける。

 犬神は、ちらりとレミィを見ると、鼻をひくひくと動かしてこう言った。


「嫌な臭いがするんだよ」

「嫌な臭い?」

「ああ……」


 言うと、犬神は竜崎の方へと歩いてくる。


「犬神?」

「気をつけろ、竜崎。この島、吸血鬼がいるかもしれねぇぞ」

「なに……?」


 そう言って犬神が視線を向けた方には、密林が広がっている。

 陽が沈みかけ、密林にも暗闇が落ちかけてきている。彼女が光らせているのは、一族に対する仇敵を睨む目つきそのものだ。犬神がその臭いを感じ取ったということは、単なる吸血鬼ではない。“血族”だ。最低でもポーンクラスの戦闘力を有しているとなれば、対応できる生徒は限られている。


 しかし、決して広くはない島だ。吸血鬼が潜んでいるとして、そう長い間、姿を隠せる場所ではない。


 あるいは、この島の人間に紛れて、潜伏しているということなのか。

 竜崎は険しい顔を作って、犬神同様、密林を睨みつけた。





「待ってくれ、紅井」


 話を進めようとする前に、瑛が割って入ってきた。


「僕達は、紅井の血が持つ能力について、漠然としか知らない。君の知っている範囲についてで良いから、もっと順序だてて説明してくれ」


 彼の言葉に、佐久間もこくこくと頷いている。彼女も気になるところはあったのだろう。

 紅井は、ふう、と溜め息をつくと、また額に張り付いた髪を掻きながらこう言った。


「説明……か。あたし達は、生まれた時から親に教えられて育ったものが多いから……」


 と、言いつつ、彼女は改めて説明をしてくれた。


「霊的な遺伝子、血液の中を流れるエネルギー体、これが人体を吸血鬼に作り替える“吸血鬼因子”。今後はこれで、呼び方を統一するね」


 紅井たち吸血鬼は、人間を噛んで仲間を増やすようなことはしないが、相手の血液に自らの吸血鬼因子を流すことで対象を吸血鬼化させることができる。この手法によって生み出された吸血鬼は、血族の中ではもっとも地位が低い。これがポーンだ。

 元の世界では、紅井たちの血族を信奉し、彼らの吸血鬼社会を支えてきた人間のシンパの中から、特に血族への貢献が高かった者を選出し、ポーン化していた。人間の血液に因子を流し込むことは、そうやすやすと行うことはできない。一種の儀式にも似たようなものであって、前もっての準備が必要となる。


 これはポーン化に限ったことではない。血族の計画の中で、紅井が生徒たちに行うはずであった“血を別ける”という行為もこれにあたる。対象の血液に、自らの因子を流し込むのだ。

 儀式の手順を大きく省略できるのは、血液をはじめとした体液が一切存在しないモンスター。すなわち、スケルトンの恭介や、ウィスプの瑛、ガーゴイルの籠井などである。


 さて、吸血鬼因子が対象に与える効果は絶大だ。

 単純な身体能力の向上や、高速再生能力など、ただの人間がポーン化した場合であっても、恩恵は計り知れないものがあった。更に、吸血鬼同士が交わることで子を為し、より強力な因子へと配合を重ねることができる。因子はその特性に応じて、ナイト型、ビショップ型、ルーク型があり、その時代に応じて一番強い因子を持つ吸血鬼が、“クイーン”となる。


「明日香ちゃん……。結構、凄かったんだね」

「まぁね」


 紅井はあっさりと言った。

 だが、因子のオリジナルはすべて“王”が保有しており、オリジナルの因子を持つ王には、吸血鬼たちは逆らうことができない。


「その“王”ってのが気になってたんだけど」


 恭介が手をあげた。


「オリジナルの因子を持ってるってどういうことなんだ? 一番最初に、人間を吸血鬼ポーン化させた個体と、まったく同じってことなのか?」

「あたしもよく知らない」

「知らない?」

「あたしの血族の、一番最初の吸血鬼……。始祖が、例えば子供を作ったとして、その子供にオリジナルの因子が受け継がれていくのか、あるいは血が交わった時点でオリジナルではなくなるのか。そこはわからない」


 もし後者であれば、オリジナル因子の保持者はとんでもない年寄りということになってしまう。

 吸血鬼には悠久の時を生きるイメージがあるので、別段驚くようなことでもないのだが。


 そして、王の存在以外にもうひとつ発生しうるデメリットが“渇血症”だ。この“渇血症”こそが、吸血鬼の吸血鬼たるゆえんであり、渇血症を発症するからこそ吸血鬼なのだとも言える。

 血液と同時に体内を循環する吸血鬼因子は、生命活動や能力の行使によって力を消費され、基底状態へと戻る。基底状態の因子は老廃物のようなものであり、身体に溜め込んでおくことで不調をきたすようになっている。尿毒症にも似た症状を引き起こすのだ。これが渇血症である。


 渇血症を解消するには、基底状態にある因子を、再び励起状態に戻すしかない。

 手段はふたつ。ひとつは、新鮮な血液の確保だ。因子の混ざっていない血液が流れ込んでくることで、因子は活性化し増殖する。増殖した因子は励起状態にあるため、新しい血液には新鮮な状態の因子が供給される。

 もうひとつの手段として、時間の経過を待つというものがある。だが、先にも述べた通り、基底状態の因子は老廃物だ。加えて、生命活動によっても因子の持つ力は消費される。因子が励起状態となるスピードよりも、力を消費して基底状態へ戻るスピードの方が早い為、この手段は実質使えない。


 ぺらぺらと語る紅井だが、そろそろ、わかりにくくなってきた。


「人工透析みたいなものか」


 と、瑛は言った。


「そう。で、この渇血症は、体液に因子を持っていて、医学的な・・・・生命活動を行う者なら誰でも発症する」

「私も?」

「サチも。で、解決するには、同種の血を吸って因子のアジャストをするしかないわけ」


 おそらくそれは、紅井が他の生徒たちに血を別けたがらなかった理由のひとつだ。

 そして、恭介にやむなく血を差し出した理由のひとつでもある。わざわざ生命活動の頭に“医学的な”とつけたのは、恭介の行う生命活動が、臓器の活動や血液の循環によるものではないからだ。スケルトンである恭介は、渇血症を発症しない。


 フェイズ3能力の連続使用によって、一時的に血が力を失う、というのがすなわち、渇血症と同じ状態なのだ。ただし、恭介は基底状態にある因子の悪影響を受けない。時間の経過によって、因子が励起状態に戻るのを待つことができる。そういうカラクリだった。


 ひとまず、事情はわかった。


「俺がもらった血を返せるなら、そうしたいんだけど。どうすればいいんだ? 俺、骨だから。血はないぞ」

「うん。ないね」


 恭介の言葉に、紅井は頷く。


「………」

「………」


 まさか、ひょっとして何も考えていないのではないだろうか。


「ウツロギを鍋に入れて、出汁と一緒に出すとか、そういう方法があるかもしれないけど」

「それで良いのか!? 俺はかつおぶしじゃないんだぞ!?」

「あとは、骨をバリバリ食べるかくらいしか、思いつかないね」


 紅井は、本気か冗談か、よくわからない言葉を口にした。


 血を返してもらう、などと軽々しく言ったが、やはり容易に実行できるものではないのだ。恭介は落胆する。よしんば、骨をバリバリ食べて返せるとしても、どれだけ食べさせればいいのかわからない。

 もしも血を返せるなら、ウィスプの瑛やガーゴイルの籠井に新鮮な因子を預けて、危ない時に引き出すという方法がとれるかもしれない。と思ったのだが、骨は食べられるにしても、火や石は食べられないだろうから、やはり無理な話だ。


「ウツロギくんと、姫水さんが……その、合体したら?」


 佐久間が、ぽつりとそんなことを言った。


「エクストリーム・クロスなら、血も出せるんじゃない?」

「それはちょっとしたくない」


 少し強張った声で、紅井が言った。恭介は首を傾げる。


「どうしてだ?」

「エクストリーム・クロスになったことで、因子は一部基底状態に戻るし、それに半分は姫水だからね。因子が返ってくるか、わからないからじゃないかな」

「ま、そんなとこ」


 瑛の言葉に紅井は頷く。が、どうにも本心はそれだけではなさそうだ。

 ただ、本人がしたくないと言っているのだから、するべきではないだろう。この件については忘れておく。


「じゃあ、結局血を返せるのかわかんないのか。なんでそんな話したんだ」

「一応、眷属だから。知っといてもらおうと思って」


 紅井はそれだけ言うと、大きく息を吐いて、壁に背中を預けた。


「話して、疲れた。じゃあ、あたし、部屋に戻る……」

「あ、明日香ちゃん! せっかくだから船、降りようよ!」


 そのまま背を向けようとする紅井の腕を、佐久間が引っ張って止める。


「紅井、竜崎が、島の人に血を貰えるか交渉するって言ってたぞ」

「……期待しないで待ってる。サチ、部屋まで付き合って」

「う、うん……」


 そう言って、紅井は佐久間に肩を貸してもらいながら部屋の方へと戻って行った。


「紅井、」


 その背中に、瑛が声をかける。


「春井や蛇塚のことも、たまには気をかけてやってくれ。友達に頼られないというのは、意外と辛いものだから」

「……カオルにも同じこと言われた」


 紅井はぼそりと呟いて部屋に入る。


 船が停まってしばらく経ったためか、瑛もだいぶ調子がよくなっているようだった。そんな瑛を見て、恭介はぽつりと呟く。


「なぁ、瑛、今の、ひょっとして俺へのあてつけ?」


 おそるおそる聞いてみると、瑛はフッと笑った。


「他人の悪意を深読みできるようになったのは君の成長だと思うけど、別にそんな意図はないよ」

「頼りにしてるぞ、瑛」

「よせよ。そんな意図はないって、言ってるだろ」


 その後、恭介と瑛は甲板まで上がる。


 甲板では、一人ぼっちでずっと待っていた凛が大粒の涙を流していたのだが、これを慰めるのにはたいそうな労力を要した。





 日が暮れると、商人たちは商船へと引っ込んでいき、数日後に開かれるという交易会に備える。


 のが、当初の予定であったというのだが、なぜか今回はデルフ島の酋長であるベルゲルが、歓迎会を開いてくれることになった。なんでも、彼が右腕として重用している男の進言によるものらしい。その男は歓迎会の場に姿を現さず、酋長に歓迎の言葉だけを言づけていた。

 商人たちだけではなく、2年4組の生徒たちまで歓迎会に招待するというのだから、太っ腹な話である。体格の大きな生徒にも考慮して、集落中心部の広場でそれは開催された。身体中にペイントをした黒い肌の男たちが太鼓をたたき、それに合わせ、かがり火に照らされた艶めかしい女が激しい舞踊を披露する。


「まるで修学旅行の続きだな……」


 と、誰かが言ったのが印象的だった。確かに、そんな感じもする。


「ウェルカーノさん、ありがとうございます」


 隊商のリーダーであるウェルカーノと、2年4組のリーダーである竜崎は、並べて座らされていた。

 竜崎の謝礼に対し、ウェルカーノは首を傾げる。


「礼を言われるようなことを致した覚えはないが……」

「ベルゲル酋長に俺たちを紹介するとき、ちゃんと俺たちが信用に足るというようなことを話してくれたので……」

「それは約束したことです。商人は約束を守りますからな」


 ウェルカーノの物言いはそっけなかったが、それだけで竜崎は、この男がビジネスにおいては真摯な考え方をする男なのだと確信した。やはり、キャタピラユニット用の資材などは、なんとかして彼の伝手を使い買い付けたいところだ。

 しかし竜崎には、まだ考えなければならないことがある。


 ひとつが、犬神の話だ。この島に吸血鬼がいる。

 ひとたび騒ぎがおこれば、紅井の血を貰うことは難しくなるだろう。戦うにせよ追い出すにせよ、内々に済ませる必要がある。問題は、吸血鬼がどのような形で潜伏しているかだ。

 恭介やゴウバヤシなど、戦力になり得る連中にきちんと相談をしておきたい。


 そこで、ひときわ大きな拍手が、広場に響き渡った。ちょうど、舞踊が終わったのだ。


「ようし、では次だ。私たちが披露しよう!」


 言うなり、生徒の一人が立ち上がる。そこかしこから小さな悲鳴があがった。


 首なし風紀委員、剣崎恵である。


「演武をやるぞ。ゴウバヤシ、付き合ってくれ!」

「む、俺か……?」

「武道ができるのがおまえか奥村しかいないからな」


 剣崎の言葉を受けて、のっそりとゴウバヤシの巨体が立ち上がる。全長3メートルだが、他の生徒や人間たちが座っている中なので、雲をつくような大男に見える。


「アドリブで良いのか?」

「構わん。取りは私、受けはお前がやってくれ。……痛くするなよ?」

「善処しよう」


 わいわいと盛り上がり、剣崎とゴウバヤシが、とうてい演武とは思えないような熾烈な模擬戦闘を開始する。剣崎も当てるつもりはないのだろうが、とてもそうは見えない斬撃が次々とゴウバヤシに襲い掛かり、ゴウバヤシはそれをすべて捌き切る。

 剣崎もきちんと寸止めしているし、ゴウバヤシの肌には刃がひとつも触れていないのだが、傍から見ればゴウバヤシがその腕ですべての剣を受け止めているように見えるだろう。やがてゴウバヤシは、振り下ろされた剣を2本の指で受け止めると、剣崎の膝裏を踏み、裏拳でその背中を狙った。


 ぴたり、と拳を止めたところで演武は終了となり、広場は再びの拍手喝采に包まれる。


 こうなってしまうと、ノリの良い2年4組は止まらない。生徒たちは次々と手をあげて、あっという間に、歓迎会はびっくりモンスター一発芸大会へと変貌を遂げるのであった。





 実はすべての生徒が、歓迎会に参加していたわけではない。紅井は、相変わらず船の中で寝込んでいて、万一に備え、船で待機している生徒が何人かいる。紅井としては、歓迎するなら血をくれ、というところなのだろう。


 だが、その紅井とはまったく無関係の理由で、犬神響は広場をこっそり抜け出していた。


 血の臭いだ。


 犬神は、例の血族が発する特殊な臭いに敏感だった。その血の臭いが、ひとつやふたつではない。複数、密林の中から漂ってきたのである。身体を白銀の毛並を持つ狼に変えて、犬神はその臭いを追った。セーラー服もスカートも下着も、脱ぎ散らかしてきてしまったが、あとで回収すれば良いだろう。

 犬神は、臭いを辿りながら、空を見上げる。こちらに来てから、2回ほど満月にカチあっているが、1回目はダンジョンの中、2回目は海の上で、あまり力を発揮する機会がなかった。


 異世界に来ても、月の魔力は変わらない。それは犬神にとっては数少ない吉報である。


 とは言え、今は半月。それも下弦の月だ。全力を出すには、ほど遠い。


 無茶はできない。ある程度臭いを追ったら、一度広場に戻ったほうが良さそうだ。

 あの呑気な連中の中で暮らしていたせいか、どうも危機管理能力が鈍っているように感じられる。安全マージンは、極力めい一杯とっておいた方が良い。


 しばらく、血の臭いを追っていると、急に臭いの濃くなる地点があった。鼻をひくひくさせて、地面の上をこすらせる。臭いの元は、おそらく5つ。最低でもここに、吸血鬼が5体いる。


「(潮時か……)」


 これ以上深入りしては、身を危険にさらす可能性がある。これだけ強い臭いならそうそうは消えないだろうから、一度広場に戻って、明日他のメンバーたちと調べなおすのが、ベターな選択肢だろう。

 引き返そうとする犬神の視界の片隅を、ふとよぎる影があった。


 思わずはっとして顔を向ける。鼻の奥をつんざくようないやな臭い。光沢のある黒い甲冑。


 連中だ。


 しかもその顔は、どこかで見た覚えがある。


「(運転手、か……?)」


 2ヶ月前、ひょっとしてあの転落事故を起こしたバスの、運転席に座っていた男ではなかったか。


 あいつもまた、吸血鬼だったのだ。設置した転移変性ゲートに、都合よくバスを突っ込ませるのだから、それは当然か。あるいは、犬神が聞いていなかっただけで、紅井は既にその情報をクラスにもたらしているかもしれない。

 見たところ、階級はポーン。半月の今なら、死に物狂いで戦えば、あるいは噛み殺すことは可能かもしれない。だがこの島には、他に4体の吸血鬼の痕跡がある。無茶をせずに撤退するのが最適ではあったが、今の犬神には、そうしきれない理由があった。


 子供だ。人間の子供がいるのだ。


 あの運転手の視線の先、おそらく歓迎会用の酒か何かなのだろう。大きな器に入れた飲み物を、姉と弟と思しき2人の子供が、ゆっくりと運んでいる。吸血鬼は、その2人を明らかに狙っていた。


 しばしの逡巡。だが、犬神は決断した。


「グルォオオウッ!!」


 大地を蹴りたてて駆け出し、吸血鬼の背後まで、距離を一瞬で詰める。肉のたるんだ顔が振り返り、それは一瞬、恐怖に歪んだ。犬神は大あごを開き、たるみ切った喉元に牙をつきたてる。そのまま、前脚で横に広く縦に小さいその吸血鬼を、押し倒した。

 運転手はじたばたともがくが、犬神は顎を放さない。ちらり、と視線をやると、姉弟はそのまま広場の方へと抜けていくのが見えた。一瞬、弟の方がこちらを見たような気がするが、これ以上気に掛ける暇はない。


 さて、ここからどうするか。


 このまま、人狼の毒を全身に回してやり、因子がすべて死ぬのを待つか。

 あるいは、力任せに喉笛を食いちぎるか。

 子供たちが確実な安全圏まで逃げ切ったとわかったら、いっそここを退いても良い。


 だが、そのいずれの結果にも、ならなかった。


 何の前触れもなく、犬神の身体に異物が食い込む。それは、鉛の弾のようだった。突き刺すような激痛が走り、鮮血が散る。犬神がよろけた一瞬を突くようにして、前脚の下の吸血鬼は強引に犬神を振り払った。


「グゥッ……!」


 逃がすか、と思った瞬間、2発目の弾丸が、肩のあたりへと食い込む。


「ぎゃンッ……!」


 悲鳴をあげて、犬神の身体が地面に転がった。


「イヌどもの末裔が潜んでいるとは、聞いたがねぇ……」


 運転手のものとは違う、男の声が聞こえる。


「おお、助りましたよ朱鷺原さん」

「おっと、その名前で呼んでいただけるかね。浅緋あさあけさん」


 交わされる言葉と、和名。確実だ。こいつらが血族だ。犬神はなんとか立ち上がろうとするが、力が出ない。


「クイーンの方にはどうです。接触できました?」

「あの重巡洋艦には、報告にあったスケルトン達が待機していてね。ちょっと余計な手出しができませんでしたよ。歓迎会を開いて人払いまでさせたんだがねぇ……」


 クイーン。紅井明日香への接触。連中の目的はそれなのか。

 口ぶりからして、紅井の不調を知っている可能性すらある。何が目的なのかは知らないが、どうせロクでもないことなのはわかりきっていた。なんとか、ここを脱して、竜崎たちに知らせなければと思っているのだが、やはり、身体が動かない。

 2人は、もはや犬神などいないかのように会話を続けている。舐められたものだ、と思ったが、この状態になった以上、その気になれば彼らは、いつでも犬神を殺せる。これはその裏返しだ。


 紅井についての話を2つ3つ終えたあたりで、運転手の浅緋がふと犬神を見た。


「しかし銃の持ち込みとは、物騒ですな……」

「まぁ、何かあった時の為にね。体内に残留して、神経毒が溶け出すタイプの弾頭だ。まぁ、しばらくは動けんだろうが……」


 銃、やはり銃だったのか。喰らったのが銀の弾丸でないだけマシだが、こうなった以上同じことかもしれない。


「殺しますか」


 そう言って、浅緋が近づいてくる。


 なんとか、なんとかして、こいつらのことをクラスの誰かに伝えなければならない。犬神は必死にもがきながら、手近な木の幹に、爪を突き立てた。


「いや、」


 朱鷺原と呼ばれた男が、うすら寒くなるような声でこう言った。


「良いことを思いつきましたよ。浅緋さん、私らがクイーンをねじ伏せる、良い方法です」

「ほう、なんでしょう。それは気になりますな」

「どうして我らの王が、取るに足らないこのイヌどもの血を根絶やしにしたがったか、わかりますか?」


 ずいぶんともったいぶった言い方をする男だ。犬神は、木の幹に爪を引っ掛けたまま、なんとか身体を起こそうとし、しかし脇腹のあたりを蹴られて再び倒れ込む。

 地面に転がった犬神を見て、朱鷺原は鼻を鳴らした。しゃがみこんで、犬神の下顎を強引にひっつかむ。対抗するだけの力さえ、犬神には残っていなかった。牙の生えそろった犬神の咥内を、朱鷺原が凝視する。


「こいつらの唾液は、吸血鬼因子を強制的に基底状態へ戻すことができるんですよ。せっかく、たった一匹の生き残りだ。ここで会ったのも何かの縁です。使わせてもらいましょう」

次回更新は明日朝7時です。


要望があったので、クラスメイト募集のトピックをもう1個、立てておきました。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/346822/blogkey/1144108/

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