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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第一章 あなたが魔王になった日
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第4話 骸はかく語りき ――赤茶けた地平を目指して――

「ウツロギくん、もっと顎を引いて! そう、そうだよ! 腕の振り方もまっすぐ!」

「引いてる! 姫水は重心をズラして! また肉が変な方に寄ってる!」


 それから更に何日かが過ぎていく内、恭介と凛はすっかり呼吸を合わせられるようになっていた。


 短距離走のエースなだけあって、スライム凛は走法フォームについて非常に詳しい。骨格役の恭介にアレコレ口を出すようになったが、恭介は言うほど悪い気持ちではなかった。

 その代わり恭介としても、凛に注文をつける。恭介の身体こっかくは男のものだったが、凛の身体にくたいは転生前の自分、すなわち細身の女性を意識したもので、細かいバランスが非常に取りにくいのだ。


「姫水は、もっと男の身体について勉強したほうが良いぞ!」

「ウツロギくん言い方やらしい! あたし、そんなはしたなくないもん!」


 それでも、迷宮の外を走る二人の姿は、徐々にサマになりつつあった。赤茶けた岩を2、3個越えて戻って来るだけの短い距離だが、タイムは徐々に縮まっている。

 毎日の練習に、火野瑛ウィスプは飽きもせずよく付き合ってくれた。外側から見て、動きや肉付きが不自然になっていないかの指摘や、いるかどうかもわからない外敵への警戒は彼の役割だ。もっとも、〝役に立たない〟ことに関して恥じることを知らない瑛である。自分の〝役割〟など、オマケくらいに考えているのだろう。最近は、どこから持ってきたのか知らないが、訓練の最中に本などを読んでいる。


「ウツロギくん、火野くんは何読んでんの?」

「さあ……」


 ここ数日は、竜崎たちによる迷宮の探索も滞っている。安全マージンを取った結果だと聞いていた。結果、新しいアイテムを発掘してくる機会も極端に減り、しかしさりとて大きな危険もなく、生活は安定期に入っていると言えた。

 安全な寝床が確保され、更に安定した食料供給が確保されると、求められるのは娯楽だ。まさしく瑛が読んでいる本のようなものが、地下迷宮のクラスメイト達は欲しているはずで、それを瑛が(火の玉のくせに)涼しい顔で読んでいると知れば、彼らも放ってはおかないだろう。


 本当に、一体どこから持ってきたのやら。付き合いは長いが、瑛のことはよくわからない。モンスターに転生してからというものは、なおさらだ。


「二人とも、僕の顔に何かついているのか?」


 本をパタリと閉じ、瑛が尋ねる。恭介は気まずそうに顔を逸らすが、おそらく凛は全身に知覚がついているので、視線はいまだ瑛へと向けられているはずだ。


「いや、おまえ、顔ないじゃん……」

「それもそうだ」


 恭介のツッコミに、凛が噴き出すのがわかった。笑いをこらえても、今は一体化しているのでダイレクトに伝わる。


「ねえ、ウツロギくん。疲れた?」


 何度か走り抜いた後、凛が尋ねてくる。


「ん? ああ、ちょっとな。どうしてだ?」

「ん、あのね、あたしね。今度もうちょっと遠くへ行ってみたいなって」

「遠くか……」


 小さな岩に腰かけ、恭介は視線を赤茶けた岩場の向こうへと向けた。確かに、この岩場を抜けた先に、何があるのか。恭介はまだ知らない。いや、恭介だけでなく、凛や瑛、それに小金井ハイエルフ竜崎ドラゴノイドたちだって知らないだろう。

 迷宮探索ばかりしていて、地上の探索を忘れていたのか、あるいはもう少し落ち着いたら、こちらも探索する予定なのかはわからない。


「でも、良いな。確かに、行ってみたい」


 ほんの数日前までは、考えもしなかったことだ。


「姫水と一緒に歩くのとか、走るのとか楽しいよ。もっと、先に行ってみたいな」

「でしょ!? じゃあ明日! 明日行こう。約束だよ!」

「ああ」


 恭介は頷き、その視線を、本を読んでいるウィスプへと向ける。


「瑛、おまえはどうする?」

「行くよ。当然だろう」


 本から視線を動かさないまま、彼も答えた。


「僕がいないと、君は無茶するしね。昔から、そういうのは僕が止めていたじゃないか」

「ウツロギくんと火野くんって、付き合い長いの?」

「まあ……」


 凛の言葉に頬を掻こうとすると、結局それが凛の指で凛の頬を掻くだけということに気付いて止める。


「長いと言えば、長いよなぁ?」

「僕が生まれた時、僕の母親の隣の分娩室にいたのが恭介の母親だ」

「へえええー!」

「ちょっ、姫水……。何度も首を振って頷くな。俺が痛い」


 凛との合体は利点もあるが欠点も多い。利点というのは、当然ちょっとの衝撃でバラバラになるようなことがなくなること、いわゆる骨に対する筋肉を得たことで、今まで以上の力を発揮できるようになったことだが、欠点は彼女の言動に文字通り振り回されるようになってしまうことだ。


「さってとー!」


 凛が元気な声をあげて、ようやく恭介の身体からずり落ちる。


「じゃあ、遠出は明日にして、今日は帰ろう!」

「ああ、そうだな」


 この合体特訓のことは、実はクラスのみんなには秘密だ。役立たずの2人が組んで、やっているのが走る練習だなんて、あまりバレたくないものだからだ。格好もつかないし、それにまた、白馬ユニコーン鷲尾グリフォンみたいな連中が突っかかってくると鬱陶しい。

 だから、帰るときは分離して帰る。恭介と凛が一緒に迷宮の外に出ていることを知っている生徒は何人かいるが、さして気に留める様子もなかった。彼らにとっては、いてもいなくても、おんなじような存在なのだ。


「よし、姫水。あの入口まで競争するか!」

「なんであたしに相当なハンデがある勝負をふっかけるの!?」





「ごっちそうさーん!!」


 今日も五分河原ゴブリンが元気な声をあげ、共用食堂を出て行った。奥村オークもそれを追う。クラス内からは妖魔コンビと呼ばれるこの二人は、相変わらず探索に精を出している。二人とも、じっとしていられない性分なのだろう。

 最近では、急だった探索の必要性もなくなってきたことから、食事の後に食堂でダラダラする生徒が増えた。食器が片付かないので、今日も杉浦スキュラはぷりぷりだ。


「杉浦、ごちそうさま」

「彩ちゃん、ごちー!」


 恭介と凛が厨房の前まで皿を持って行くと、中からタコの足が2本ほど伸びてきて、ひょいひょいと片づけていく。


「ありがとー。片づけてくれるの、ウツロギくんとすらりんだけだよ」


 中からそんな声が聞こえてくる。


「すらりん?」

「スライム凛ちゃんだから、すらりん。人間時代は、姫水凛ちゃんだから、ひめりんって呼んでた」


 どうやら中で洗い物をしているらしい杉浦は、いつものように元気な声で『さあさあ、邪魔だから行った行った!』と言って、恭介と凛を追い出していく。別に本気で邪険にしているわけではないのだろうが、さすがに仕事の邪魔をしては悪い。


 恭介は、真横を這う凛を見ながら、ぽつりと呟いた。


「ひめりん……すらりんね……」

「なにさー」

「いや、別に……」


 凛が身体の一部を伸ばし、ぺちんと叩いてくる。


 通路を歩いていると、途中で他のクラスメイトたちとすれ違う。彼らは一様に凛を見、恭介を見、そして隠すつもりもないひそひそ話をしていた。


 クラス内における凛の扱いは、人間時代とスライム時代で明らかな違いがある。さっぱりした対応をする杉浦なんか珍しい方であって、特に女子の間では、かつてクラスのアイドルだった姫水凛の凋落を嘲る声なんかは多かった。

 クイーン紅井の取り巻きである春井ハーピィ蛇塚ラミアなどは、凛の聞こえる位置で陰口を叩いてくるのだから、聞いていて気分が悪い。例えば、先ほどの食事の最中でも、


『クラス三大美少女も、ああなっちゃオシマイだよね』

『あたしだったら生きてらんないなー』


 そんな言葉は日常茶飯事だが、凛がまったく気にしていないのが、救いと言えば救いだった。

 凛は本当に、ただ走ることが好きなのだろう。恭介の力を得て走れるようになった今、他の問題はそれこそ些末というものだ。それで良い、と恭介は思う。恭介の経験上、こちらが気にしていなければ、やがてイジメの手というものは遠のくのだ。


 恭介と凛は、当然のように迷宮の出口の方へ向かっている。昨日の約束通り、もう少し遠くまで出向いてみよう、ということになったからだ。瑛はここにはいない。既に外に出ているのだろう。

 そんな折、ダンジョンの下層部へ向かう階段の方から、別の生徒が歩いてくるのが見えた。


 お、と思い、恭介は手を振る。


「よう、小金井」

「小金井くんだ。やっほー」


 続いて、隣の凛もぷるぷる震えながら挨拶をした。ハイエルフとなった小金井芳樹は、その端正な顔をこちらに向け、『ああ』とだけ短く声を漏らす。そのまま黙って通り過ぎようとしたものの、わずかな逡巡を見せてから足を止めた。

 少し様子がおかしいな、と思いつつ、恭介はいつも通り話しかける。


「小金井、これからまた地下の探索に行くのか?」

「うん。食料は探さなきゃいけないし、ずっとこのまま……ってわけにもいかないしね。ウツロギは?」

「ああ、これは小金井だから話すんだけどさ……」


 彼なら大丈夫だろう、と思い、恭介はちらりと足元の凛を見る。


「姫水と一緒に、ちょっと外の探索をしてくる」

「姫水さんと……外に……?」


 小金井も、足元の凛と恭介の顔を交互に見た。凛はうねうねと動きながら、身体の一部を手のように伸ばして『よっ』と挨拶する。


「俺たちもずっとこのまま、ここの迷宮でじっとしてるわけにも、行かないだろ」

「それは……そうだね」

「ま、外に危険があったら逃げ帰ってくるし、そうなったら強いおまえ達の仕事だな」


 小金井は、じっと恭介の顔を見つめていた。やはり、様子がおかしい。


「小金井、どうかしたか?」

「いや、別になんでもないんだ。そうだよな。そうなったら、強い俺たちの仕事だよな」

「ん? ああ」


 あまりにも強い外敵が現れてしまえば、恭介や凛では太刀打ちできない。小金井やゴウバヤシといった強いクラスメイトに、なんとかしてもらうしかないだろう。

 今の小金井は立派にやっている。友人として、そこはちゃんと胸を張ってもらいたいところだ。


「大丈夫だよウツロギ。何かあったら、俺たちに任せてくれ。おまえは、姫水さんと仲良くやってれば良いさ!」

「いや、そんなんじゃないんだけどな……」

「そうそう。ただ、がった……あ痛ッ!」


 合体、などと迂闊な言葉を口にしようとした凛を、恭介は思い切り踏みつける。ぐにっ、とした感触が骨に伝わった。

 小金井は、憑き物が落ちたような顔をしている。悩みが解決したのならそれで良いか。恭介は凛と一緒に彼に別れを告げ、外へと向かった。


「そうだよ、ウツロギ……。おまえには姫水さんスライムくらいがちょうど良いさ……」


 その背中を見送り、一人静かに笑う小金井の顔を見たものは、いなかった。





「姫水、合体だ!」

「おうっ!」


 ぴょんっ、と跳ねた凛の身体が恭介に纏わりつき、スケルトンの骨格がスライムの肉を得る。ここ数日で幾度となく繰り返された行程であり、当初感じていた違和感も、最近ではすっかりなくなっていた。

 なんというか、非常にしっくりくるのだ。何度も合体を続けている内に、凛が半身のようになってしまった。やはり元が人間ということで、骨と肉の両方がある方が動きやすいということか。どうやら凛もそれは同じようで、手足と身体がしっかり分かれているこの状態を楽しんでいるらしい。


「ようし、今日は予定通りちょっと遠出するかー」

「迷わないようにしないとねー」


 何せ似たような赤茶けた岩がゴロゴロ転がっている土地だ。拠点となっている地下迷宮を一度離れると、迷子になってしまう可能性がある。しかし恭介は、気楽な声をあげてふよふよと浮かぶウィスプを見た。


「いざとなったら瑛が空から確認してくれるさ。なあ?」

「仕方ないな。それくらいはしよう」


 人間の姿であれば、おそらく瑛は肩をすくめていただろう。火の玉となった今ではまるでわからないが。


「じゃ、しゅっぱーつ!」


 凛の元気な声に後押しされて、三人は岩場を進んでいく。


 こうして歩いていると、この世界に転移してきた直後のことを思い出す。あれから2週間も経っていないが、ひどく時間が経過したように感じられてしまう。結局、バスガイドさんや運転手さん、それにバスに同乗していた教師などは、見つからなかった。

 転移できなかったとすれば、おそらく転落したバスの中で死んでいることだろう。転移できていたとしても、この数日で見つからなかった以上、望みは薄い。


「ねぇねぇ。ウツロギくんと火野くんは、元の世界に帰れると思う?」


 凛も同じことを考えていたのか、不意にそんなことを言った。


「無理じゃないかな」


 先に答えたのは瑛の方である。


「今回の転移が偶発的なものであった以上、意図的に同じことをするのは難しいし。まぁ、僕はどっちでもいいんだけどね」


 実に彼らしい、現実的な解答だ。そんなことを躊躇もなく口にできるということは、元の世界に大して未練を持っていないということでもある。まぁ、そうだろう。火野瑛の生き方は、常に刹那的なのだ。


「ウツロギくんは?」

「うーん、俺も無理だと思うけどな……」


 凛がどう考えているのか知らないが、恭介は正直に自分の見解を述べる。


「ただ、帰れるにしても、帰れないにしても、今のクラスの状況はあんま良くないなって思うよ。閉塞と停滞っていうのかな。ちょっと前までは、生きるのに精一杯って感じだったから、それはわかるんだけどさ」


 竜崎や小金井たちが精力的に探索に出た成果もあって、今、クラス全体の生活は安定している。多くのクラスメイトは、生命が脅かされないという状況に入ったことで安心し、今度は娯楽を探しはじめていた。

 それはあまり良いことではないな、と恭介は思う。

 この世界はあまりにもわからないことだらけだ。いま、2年4組のクラスメイトにとって〝この世界〟とは、迷宮の拠点から地下10階までの安全な狩場、そしてせいぜいが、この赤茶けた岩場くらいでしかない。一生を送るには、あまりにも狭すぎる。


「この世界のことをもっと知れば、帰れるかもしれないし、帰れなくても、もっと色んな生き方が見つけられると思う。だいたい俺たちは、この世界に〝人間〟がいるかどうかも知らないんだ」


 それどころか、自分たち以外の知的生命体にすら、出会えていない。


 あの狭苦しい迷宮に引きこもるには、まだ早すぎると思う。


「それは恭介の勝手な意見だね」


 口を挟んできたのは瑛だった。


「僕は現状は現状で構わないと思うよ。新しいものを探して外に出ていくことも良いけど、それは危険を伴う。その危険を背負うのが君だけなら良いけど、誰かに背負わせるべきじゃないな」

「おまえはそう言うと思ったよ」


 先ほども述べたが、瑛は刹那的だ。別にあの狭い迷宮で一生を過ごすことになっても、きっと彼は彼なりに楽しく生きられることだろう。だが、恭介の思う限り、クラスメイトの大半は瑛のように図太くはできていない。いつか限界は来る。


「まぁ、恭介。僕はそういった君の愚かな部分を好ましいと思っているんだけど」

「ねぇねぇ、火野くんってホモなの?」

「姫水……なんておまえはそうストレートなんだ……」


 恭介がつかれながら突っ込む。瑛は、炎の勢いを少し弱めた。微笑んでいるのかもしれない。


「僕はホモじゃない。その証拠に姫水、君のことも、恭介ほどではないにせよ好ましく思っているよ」

「ええ……。それいっそ、同じくらいって言ってもらえないと安心できないんだけど……」


 こほん、と咳払いする恭介。


「とにかくだ。俺が姫水の遠出の提案に賛成したのにはそういう理由もある」

「えぇっ!? 火野くんがホモなのと何か関係が!?」

「違う! 関係ないし瑛はホモじゃない! ホモじゃないよな!? おい瑛、なんで微笑みながら浮かんでいるんだ。さっきみたいに否定しろ!」


 ひとしきり突っ込んでから改めて説明する。


 つまり恭介は、もっとこの世界のことを知ったほうが良いと考え始めているのだ。その第一歩として、迷宮の外を探索するのは大切なことだと、そう言っているのである。迷宮の地下へ潜り続けても、この世界のヒントを得られるとは考えにくい。


「なるほどお。ウツロギくん、ちゃんと考えているんだねぇ」

「なんだそれ」

「あたしは何も考えていないからね! 凄いなって思っただけ!」

「姫水、自信満々に言うことじゃないからな」


 意気揚々と進んでいくが、次第に交わす言葉も少なくなってくる。景色に代わり映えがないのも原因のひとつと言えば、そうだった。それでも中々、そろそろ帰ろうかとは言い出せない。収穫もなしに帰るのは癪だ。


 と、そこから更に進んで、ようやく岩場を抜ける。三人の視界に飛び込んできたのは、見渡す限りの赤茶けた大地。荒野だった。


「うわあ……」


 最初に言葉を発したのは、凛だった。


「見事に何もない……」

「いや、何もなくはないな」


 恭介の視線は、荒野のある一点に注がれている。ここからそう遠くない位置に、やや大きなシルエットが転がっていたのだ。瑛も頷く。


「歩いて行ける距離ではありそうだ」

「でも、あれも大きいだけの岩じゃない?」

「そうかな。俺には人工物に見えるんだけど」


 もちろん、確証はない。だが、単なる岩にしては形が少し奇妙に思えた。

 人工物にせよ、自然物にせよ、縦に長いそれは、奥行き100メートルくらいありそうなシロモノだ。それに、あそこまで行けば、この見渡す限りの地平線に別のものが見えてくるかもしれない。目印として行く分には良いだろう。


「ま、どーせ何も見つからずに帰るの、シャクだしねー」


 凛もそう言って、三人の意見が一致する。

 近づいていくうち、そのシルエットの正体がはっきりしてきた。三人はまたしても黙り込む。今度は、先ほどとはまったく別の理由によるものだったのだ。


 それは恭介の予想通り、確かに人工物だった。だが、ここにあるはずのないものだったのだ。


「船……か……?」


 恭介が呟き、凛と瑛も無言でそれに同調する。


 ただの船ではない。朽ち果て、長い年月をかけて錆び、風化してはいるものの、それは恭介たちの世界から来たと思しい金属製の艦船だった。そして恭介は、これによく似た船を、つい最近見たことがある。


「これ、小金井が見せてくれた……写真の巡洋艦と同じ型の船だ」

「例の造船所で作っていたと言う重巡洋艦か」


 瑛も頷く。凛だけがわかっておらず、『なに? なに?』と聞いてきたので、恭介は説明してやった。


 本来、修学旅行で訪れるはずだった、第二次大戦の造船所。そこで開発されていた戦艦の一種であると。この大雑把な説明ではきっと小金井は怒るに違いないのだが、ここで凛に戦艦と巡洋艦の違い、さらに軽巡と重巡の違いを説明している余裕はなかった。

 大事な話はもうひとつある。バス酔いした瑛が口にした与太話だ。あの造船所で作られた艦船がひとつ、戦闘中に忽然と消えてしまったという話。小金井は冗談交じりに『異世界トリップしたんじゃないの?』と話し、前の席の佐久間とウェブ小説談義に花を咲かせていた。


 それが、冗談ではなかった。


 与太話でなかった。


 目の前に鎮座する、朽ち果てた重巡洋艦は、まさしくその証左に他ならない。


「えっ、えっ、ちょっと待ってよ」


 凛が口を挟んでくる。


「それじゃあ、この船も、あたし達の世界からやってきた船なの? 中の人は? 乗組員の人は、どうしたの?」

「わからない。俺たちの世界で、もう70年も前の話だし。そもそもこの船の朽ち果て具合からして、こっちの世界に来てからとんでもない時間が経ってると思う」


 ごくり、と唾を飲む。スケルトンなので飲み込む唾もないはずだが、代わりに凛(の一部)を飲み込んだ。彼女は『えう』と声をあげる。


「この船の乗組員の人が、元の世界に帰れたのか、帰れなかったのか。俺たちみたいに怪物になったのか、人間のままだったのか。この船にとどまったのか、別の場所に移動したのか。生きているのか、死んでいるのか……」


 なにひとつ、わからない。朽ち果てた船をじっと見つめる彼に、横から瑛が尋ねる。


「どうする? 恭介」

「……中を探索しよう」


 恭介は言った。凛が心配そうな声を出す。


「危険かもよ?」

「危険なら逃げれば良いさ」


 船の骸は何も語らない。だからこそ、こちらから問いかけるしかない。恭介が一歩踏み出すが、足の動きに特に抵抗はなかった。凛も賛同してくれているらしい。瑛も、何も言わずについてくる。


 船の残骸の中から、侵入者を見つめる無数の紅い瞳があったことに、恭介たちは気づかなかった。

5話は夜19時投稿!

恭介と凛の初戦闘! そしてクラスに訪れる最初の危機です。どうぞよろしく!

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