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第45話 オカマと海上キャラバン

「うわあ、多ッ!?」


 目的の浜辺にたどり着いた時、まず恭介が真っ先に漏らしたのは、そんな叫びだった。


 砂浜を埋め尽くす、と言えばさすがに過言だが、そこにいたのは数えきれないほどに集まった魚人の大群だった。

 そう、魚人だ。赤い鱗を持ち、簡素な甲冑を纏い、手には刺叉のような得物を構えている魚面の戦士。やや沖合の方に停泊している帆船にも、それらがよじ登っているのが見える。


「やっぱり、沙悟浄は魚住兄ギルマンの方が良かったんじゃないか……?」


 なんとなくそんなことを呟いてしまうが、佐久間は顎に手をやって難しい顔をする。


「でも、魚住くんとは見た目が違うよ……。違う魚人なのかも」

「違うって、白人と黒人くらい?」

「かもしれないし、ゴリラとチンパンジーくらいかもしれないし、柴犬とシベリアンハスキーくらいかもしれない」


 彼らの顔つきは凶悪だ。両目がしっかり前についていて、どちらかといえば人間に近い。立体視に特化した顔の構造なのだ。反面、魚住の顔は魚そのもので、目は左右についている。サバやイワシを思わせて、どこか間抜けだが愛嬌があった。

 違う種族と言えば確かに納得ができる。意思疎通ができるかどうかは、怪しいラインだ。魚住を連れてきて丸く収まれば一番な気はするが、どの道今は引き返している余裕もない。


 浜辺に大挙して押し寄せる魚人から、おそらく船の乗組員と思われる人間たちが逃げていく。一人の男が砂浜で転び、その男たちに刺叉を持った魚人が群がった。


「ひ、ひいっ!」

「猿渡くん!」


 男の悲鳴があがった時、佐久間はパーティの中で一番足の早いハヌマーンの名前を叫んだ。


「待ってましたと目に涙!」


 言うや否や、猿渡風太ハヌマーンは、それこそ全身が風になったかのような速度でサハギンの群れへと突撃していく。得物として取り出した鉄の棒は、孫悟空の如意棒のように伸びたりまではしなかったが、刺叉を受け止め、そのまま魚人たちを押し返す。


「青春ホームラン!!」


 力任せに振り回した棍に叩きつけられ、魚人たちの身体が吹き飛んでいった。


「さあ、君! ここは俺たちに任せて逃げるんだ!」


 バッターボックスに入った打手のように、棍を振りかぶりながら猿渡が叫ぶ。その武器の持ち方はそうじゃないだろう、と恭介は心の中で突っ込んだ。

 助けられた男は、目の前にいきなり出現したサル型モンスターの奇態な言動に困惑しながらも、頷いて走り去ろうとする。


「ああ、待ってくれ! 大事なことを聞き忘れていた!」

「……?」

「君、野球のチームはどこが好きだ?」

「言ってる場合か、ボケッ!!」


 白馬の口汚い罵声が、猿渡に飛んだ。その間にも迫る魚人たちを、佐久間の魔法と奥村のぶちかましが吹き飛ばす。


「答えなくて良いですから、早く逃げてください!」


 佐久間の言葉を受けて、男は再び走り出す。


「今のは無いぞ、猿渡……」

「そうは言うがなぁウツロギ! 大事なことなんだ。俺はカープが好きだし、無冠の女王は中日贔屓ドラキチだからな?」

「猿渡、この世界に、セントラル・リーグは、ないんだ」


 当たり前のことを、ひとことひとこと噛みしめるように説明してやる。もちろんパシフィック・リーグもない。

 無冠の女王というのは、練習試合で神代高校を完封した凄腕女子ピッチャーのことらしい。並み居る他校の強豪バッターを次々三振に追い込むが、女子であるがゆえに公式戦には参加できず、そのため“無冠の女王”と呼ばれているのだとか。非常にどうでも良い。凄いとは思うが、どうでも良い。


「おいら野球には興味ないデブ。はあ、秋場所の千秋楽を見届けられなかったのが残念デブなぁ……」

「時間の流れが違うんだから、急いで帰ればまだ九州場所には間に合うぞ」

「それを励みに頑張るデブ」


 かつて“赤いちゃんこ鍋”の異名を欲しいがままにした伝説の学生力士は、大きく四股を踏んで魚人の群れを睨む。

 ちなみに恭介もスポーツにはあまり興味がないので、こうした話題には弱い。佐久間も同じだ。白馬はイタリアやスペインのサッカーリーグについて非常に語りたがっているようだったが、さすがにこれ以上呑気に話してはいられない。


 魚人たちの敵意は、こちらに向けられている。何体かは、浜辺から逃げようとした人間を追いかけるが、それは佐久間の魔法が阻止した。


「ふおおおッ! どすこぉぉぉい!!」


 奥村のぶちかましが、群がる魚人たちを突き崩していく。突き出された刺叉が身体に刺さろうと、まったく気にした様子がない。奥村は、刺さった刺叉を引き抜き、地面にたたきつけると、両の拳を地面につけて魚人たちを再度睨みつける。

 その背中を飛び越えるようにして、猿渡が棍を振り回しながら跳びかかった。


「がんばりまーす!!」


 棍を叩きつけると、砂が舞い散る。さらに猿渡は、右手に詠唱待機させていた風属性の攻撃魔法を、魚人たちに向けて発動させた。


「《風刃ウインドカッター》!!」


 舞い散った砂を巻き込みながら、風の刃が魚人たちの鱗を引き裂いていく。


「《癒しの光ヒーリングライト》ォォ!!」


 白馬の角が輝き、生命魔法の光が奥村の全身の刺傷を癒す。奥村は、傷の癒えた自らの肌をスパァンと叩くと、地面に落ちた刺叉のひとつを、恭介に向けて放り投げた。


「うおっと……」

「そいつを使うと良いデブ、ウツロギ!」

「わかった!」


 馬上で振り回すにはやや長いが、得物としては申し分ない。恭介は刺叉を構えなおし、白馬の手綱を握りなおす。


「馬上だの手綱だの、あんまりあからさまに俺を馬扱いするなよな!」

「おっと、思考ダダ漏れだったか……」

「おいなんだこれ。ウツロギ、考えが微妙に伝わってきて気持ち悪いぞ」


 凛や瑛と合体している時と、同じ作用である。やはり特性増幅の効果が白馬にも適用されているということなのだろう。白馬の扱う生命魔法は恭介に効果がないので、組み合わせとしてはあまり優れているわけではない気がする。


「きゃっ……!」


 佐久間の悲鳴があがる。茂みに潜んでいた魚人たちによる奇襲だ。気づいた白馬はすぐさま方向を転換し、佐久間に襲い掛かる魚人の1体に、その鋭い角を振りかざす。一突きで象をも刺し殺すというユニコーンの角が、まずは1体の魚人を串刺しにした。

 佐久間に奇襲をかけた魚人は、合計で3体。残る2体のうち1体に、恭介は刺叉を叩きつけた。馬上の勢いもあって、魚人は容易く砂浜に倒れ込む。


「でやああッ!!」


 最後の1体にも刺叉を突き込んだが、堅牢な鱗を恭介の膂力では貫くことができない。怯んだ一瞬の隙を突くようにして、佐久間が魔法を放った。


「《邪炎の凶爪イヴィルフレア》!」


 黒い炎が巻き起こり、魚人の身体を焼いていく。


「ウツロギくん、白馬くん、ありがとう!」

「礼は良い! さっちゃん、俺の角に突き刺さった魚人を抜いてくれ! ウツロギでも良いけど! くそう、ユニコーンは象を一突きで殺せるって言ったの誰だよ! 殺したあとどうやって角を抜いていたのかもちゃんと書いておいてくれよ!」


 前脚の蹄で、頭に引っかかった魚人の身体を叩きながら、白馬が悲鳴をあげていた。恭介は三叉で魚人の骸を、押すようにして外してやる。べったりとついた血は、角が一瞬輝くと、そのまま綺麗に浄化されていった。

 前の方では、奥村と猿渡が一騎当千といった風に大暴れをしているが、残る魚人の数はまだ多い。恭介は、三叉を砂浜に突き刺すと、佐久間の肩に手を乗っけた。


「ひゃあっ」

「おいなんだウツロギ、なんだそれ。ずるいぞ。俺もやる」


 白馬は蹄を佐久間の身体のどこかに乗っけようとしたが、適当な場所がないのでがっくりと項垂れた。


「佐久間、魔法で一気に吹き飛ばす。《特性増幅》はこれで佐久間にも効いてるはずだ」

「え、あ……。う、うん。わかった」


 凛や瑛に対して発動していた《特性増幅》の効果は、確かに白馬にも発揮されていた。条件が“触れていること”であるのなら、これで佐久間の魔法も大きく威力が上昇するはずだ。トリニティ・フルクロスの前例があるから、2人同時に効果を発動できないということもないはずである。

 佐久間の戦闘衣装は過剰に布面積が少ないから、恭介が触れている肩も当然ながらはだけている。なるべく変に意識しないように目を逸らすと、これまたはだけた肩甲骨のあたりが視界に入ってきて、やはり、よろしくない。スケルトンの身体の不便なところは目蓋がないので視界をシャットアウトできないところだ。


「姫水に言ってやろ」


 白馬がぼそりと言った。

 なんでそうなってしまうのか。現状を打破するに一番なのは、佐久間の魔法で敵を一掃することだし、そのために有効な上昇バフをかけるのだって当然の選択だと思うのだが。


「いや、理屈じゃなくておまえの今のポジションは気にくわない」


 それなら仕方ないな。


 ひやりと冷たかった佐久間の肩が、ぐんぐん熱くなっていくのだが、それはもう気にしないことにした。この辺のことを気にして器用に立ち回れるほど、恭介の心のスペースはそんなに広くない。


「空っぽなのにな……」

「本当にな……」

「もうっ! え、詠唱するよっ!?」


 佐久間は顔をあげて、両手を前方へとかざした。


「万物一切灰と化せ 大地を灼く魔王の爪!」


 現状、クラスでは佐久間のみが扱える黒魔法は、詠唱が短い。唱えられた言葉ひとつひとつが力を為し、佐久間の魔力と結合して凄まじい熱量を生み出した。白馬が目の前に立つ奥村と猿渡に叫ぶ。


「さっちゃんキャノンをぶっ放す! 射線上の友軍機は退避しろ!!」

「白馬も意外と好きだな……」


 佐久間の両手に生み出された黒い炎は、今までの比ではない。それに気づいたのか、奥村と猿渡は急いで横へと走り抜けた。


「《邪炎の凶爪イヴィルフレア》!」


 それは、先ほどまで佐久間が放っていた同じ魔法とは、段違いの威力を発揮した。


 発射された黒炎の塊は、まるで五本の爪を描くように分かたれ、そのまま空中を走り抜けていく。逃げ遅れた赤鱗の魚人たちを巻き込んで、炎の爪は砂の上を爆裂していった。海岸の砂を大きく巻き上げて、轟音が響く。衝撃波はこちらまで届いた。白馬の手綱をしっかり握り、飛ばされないようにする。佐久間も顔を庇うようにしながら、こちらへと身を寄せてきた。

 ぱらぱらと砂が舞い散る中、煙と焦げ臭いにおいが充満する。当然、その中に、魚人たちがいた痕跡など欠片も見当たらなかった。


「大したもんだな……」


 白馬が呟く。恭介も頷いた。まさか、ここまで威力が出るとは思わなかった。


「いやぁ、驚きデブ」

「青春は爆発だな」


 奥村と猿渡も、岩陰からひょっこり顔を出していた。

 魔法をぶっ放した当の佐久間本人が、一番驚いたようにぽかんとした顔を作っている。恭介は口に砂が入らないよう閉じておいてやった。


 竜崎が恭介を単独で探索班に組み込んだのが、新しい《特性増幅》の活かし方を探るためだったのであれば、それは大成功であったかもしれない。佐久間は小金井がいない今、クラスで一番の攻撃魔法の使い手であるとは言え、触れているだけでこれほどまでの魔法の威力を増大させることができたのだ。むしろ、下手に白兵戦を行えない海上戦になれば、こちらの使い道の方が重宝されるかもしれない。


「っていうか、アレだな」


 白馬が呟く。


「こうして魔法の威力の違いを目の当たりにすると、ウツロギと合体した姫水や火野の力がどんだけ増幅されてるのかってのが、よくわかる話だな」

「そうだな……」


 恭介も頷いた。凛と瑛との合体は継戦能力を高めることができるが、佐久間などの魔法攻撃役に《特性増幅》を使えば、一撃の火力をあげることに繋がるかもしれない。そうした立ち回りを想定に入れられるようになった、という意味では、今回の探索はそれだけで有意義と言える。


「って、そうじゃなくって!」


 佐久間はようやく我に返って、顔をあげた。


「船の人たち! 平気かな!」

「どうだろう。さすがに、今の爆発を見て、船に入り込んでいた魚人たちも逃げ出したみたいだけど」


 恭介は、沖合に停泊している帆船を見る。群がっていた赤い魚人たちの姿は、そこにはない。

 そうとう派手にやらかしてしまったが、彼らの危機を救ったのは事実なのだ。できることなら、彼らの長と話がしたい。今後、海を渡る上での協力が築ければ、なおのこと良い。

 恭介も、さすがに危機が去った状態となってはいつまでも白馬の鞍にまたがっているつもりはない。三叉を杖代わりにして砂浜に降り、周囲をきょろきょろと見渡した。


「気をつけろ、生き残りだ」


 白馬がそう言ったので、恭介は彼の視線と同じ方を見る。茂みの奥から、先ほどの魚人たちと同じタイプの個体が数匹、ガサガサと音をたてて出てくるのが見えた。奥村と猿渡が構えを取り、佐久間も一歩下がって魔法の準備を整える。

 こちらの臨戦態勢を悟ったか、魚人たちはそのまま海に逃げるでもなく、三叉を構えて睨んできた。静まり返った砂浜には、魚人たちの亡骸が転がっており、打ち寄せる波の音がやけに大きく響いた。


 あの程度の数なら、すぐに片付くだろう。そう思っていた時だ。


「はいはい、サハギンちゃん達。その子たちは虐めちゃダメよー」


 よく通るテノールボイスが、波の音を掻き消した。魚人たちはその声を聞いて動きを止め、直立不動の姿勢を取る。

 どこかで聞いた声だ、と思った瞬間、佐久間の顔色がぱっと明るくなるのを、恭介は見た。彼女の顔を見てから、恭介も『あっ』と思わず声をあげる。


 サハギンと呼ばれた魚人たちが出てきた茂みから、一人の淫魔が姿を見せた。


 身長は180近い美男子。しなやかに引き締まった肉体を、佐久間のような布面積の薄い材質不明の装束で覆っている。さらりとした金髪が、潮風に揺らいでいた。男でありながら、腕を組んでのモデル歩きがやたらと似合う。彼の背後からは、数体の小悪魔インプ。そして小麦色の肌をした、幼い少女が顔を出す。


「カオルちゃん!」


 佐久間は満面の笑みで叫んだ。


「ハァイ、サチ。元気そうじゃない?」


 そのインキュバスは、妖艶な笑みを浮かべてそれに応じる。

 淫魔の顔に浮かぶ妖艶な笑みだが、そこに女性の心を惑わすような危うさは一切ない。どちらかといえば、そこにいる4人の男子の方が、その笑みがいつ自分に向けられるか気が気ではなかった。長く離れていたクラスメイトとの再会を喜ぶ気持ちと同時に、ちょっとした畏怖の感情があるのだ。


 クラス中の女子に最も大きな影響力を持ち、なおかつクイーン紅井明日香に、真正面から意見を言うことができた唯一の存在。

 丘間おかまカオル。通称カオルコ。2年4組では原尾真樹と並んでもっともキャラの濃い、オネエインキュバスの帰還であった。





 どうやら、カオルコは数日前にこの海岸線にたどり着き、嵐に巻き込まれて遭難した商船の護衛を、修理が終わるまでの間頼まれていたらしい。彼もゴウバヤシと落ち合う約束があったので、どうせならばと引き受けた。

 大陸南方商会ギルド。レミィと名乗る褐色肌の少女は、自分たちの所属をそう語った。海上キャラバンとして海洋連合国家アルバダンバに向かう途中、遭難してしまったのだという。いくら人間に近いとはいえ、明らかにモンスターとわかるカオルコに護衛を頼むのも剛毅な話だが、スケルトンやらオークやらハヌマーンやらが前にいてもまったく動じてないところを見るに、案外肝の据わっている少女なのかもしれない。


 ただ、キャラバンの全員が彼女と同じであるかというと、そうでもないらしい。サハギンと呼ばれる魚人たちはなんとか追い払ったわけだが、砂浜で雁首を揃えて話し合う恭介たちを、多くの若い商人たちは遠巻きに眺めていた。


「いやぁ、申し訳ありませんな」


 海上キャラバンのリーダー・ウェルカーノ氏は、杖をつきながら歩いてくるなり、唐突な謝罪をした。


「南方商会ギルドは、獣王国やマーマンの国などを行き来しますので、比較的他種族にも鷹揚になれるのですが……。生き残ったのは若い商人がほとんどなものでして」

「気にしないで、会長。こうして話ができるだけで十分なんだし」

「はっはっは、オカマ殿の器には助けられますなぁ」


 オカマ殿、という呼び方を聞いた時、一同は思わず首をすくめた。

 丘間カオルは自分の名字を死ぬほど嫌っている。クラスメイト達には“カオルコ”という呼び方を強要し、“丘間”と呼ぶと烈火のごとく怒るのだ。中には呼ぶことを許された例外もいないではないが、それでも、あまり良い顔はしない。

 だが、ここでオカマ呼ばわりされたカオルコは、特に気にする様子もなく爪を磨いていた。


「でも、カオルちゃん、無事で良かった……」

「こっちの台詞よ。サチも、ずいぶんたくましくなったみたいじゃない」


 インキュバスの美男子と、サキュバスの美女である。こうして互いの無事を喜び合う姿を見ていると、まるで淫魔の兄妹にしか見えないが、実態も似たようなものだ。2人が小学校時代からの付き合いだという話は、恭介も聞いていた。ついでに言うと、佐久間は4年生になるまでカオルの性別を女だと思い込んでいた、という話も。


「それはそうと、カオルコさ」


 白馬は、ぐるりと首を回した。


「なんなんだ、あのインプとサハギン。おまえの下僕なの?」

「そういう言い方、スキじゃないわねー。なんて言うのかしら? まぁ、《魅了の魔眼テンプテーション・アイ》使ったのは否定しないわよ」

「《魅了の魔眼》?」


 佐久間が首を傾げる。


「アタシはそう呼んでるけど……。まぁ、他に正しい名前があるかもしれないわね。こう、ジッと相手を見てね……。言うことを聞かせるの。効果は一時的なものだから、その間に躾をしなきゃいけないんだけど……。サチ、あんたは使えないの?」


 ふるふるとかぶりを振る佐久間。


 一種の洗脳能力のようなものだろう。確かに、淫魔ならば使えて当然の能力と言える。これが種族能力なのか、あるいはフェイズ2能力の延長にあるものかは、恭介にもわからない。見たところ、インプの中にはオスもメスも混ざっており、種族や性別を越えて相手を魅了できるということを考えると、後者なのかもしれない。

 ただ、サキュバスである佐久間が、サキュバスらしい能力を今までひとつも使っていないのは、気になるところではあった。積極的に使って欲しいか、というと、あまり使って欲しくないというのが、クラス中の男子の総意ではあるだろう。


 ひょっとして佐久間は、いまだにサキュバスに転生した自分の内面と、向き合えていないのではないだろうか。恭介はそんなことを考えた。サキュバスである自分を認めたくないから、サキュバスとしての能力を使わない。非常にシンプルな話だ。


「まーとにかく、久々にクラスのみんなと話をしたいわね。と、言っても、アタシは今、ここの護衛だから動けないんだけど。ゲンちゃん戻ってる?」

「戻ってる。連れてくるよ。紅井とか竜崎もな」


 恭介が答える。言葉の続きは、佐久間が引きついだ。


「この1ヶ月で、いろいろなことがあったし、いろいろなことがわかったから……」


 それが決して、愉快なニュアンスばかりをはらんでいるわけではないことは、カオルにも伝わっただろう。彼はその端正な顔をわずかに歪ませ、短く『そう』とだけ頷いた。


「そうだ。ウェルカーノさん達にもお話をしたいんです」

「ふむ?」


 それまで話の流れを見守っていたウェルカーノ氏が、杖をつきながら首を傾げる。


「私たちも、これから海を渡ろうと考えているんです」


 佐久間は話を切り出した。


「ふむ……」

「出来ることなら、ご一緒したいんですけど……」

「なかなか、難しい話ですな」


 ウェルカーノが芳しくない返事をすると、カオルは意外そうに眉をあげた。


「ヘンね。アタシに、海を渡るまで護衛を頼みたいって言ってなかった?」

「申しましたが。それはオカマ殿が一人であったからですなぁ。こうして落ち着いて話はしておりますが、人語を話すスケルトンやオークが、種族を越えて手を組んでいるという状態が、我々にとってはまず異常であるということです」


 至極、もっともなことを言われてしまった。初めてセレナに会った時のことを思い出す。彼女は、こちらを見るやひっくり返って気絶してしまったのだ。今にして思えば、こちらを不気味そうに遠巻きに眺めている商人たちの方が正常な反応で、あの騎士王国で受けた厚遇は、実際幸運なものだったということがわかる。

 が、そうであるからこそ、やはりここで何としても彼らの協力を取り付けたいところではある。モンスター軍団でしかない2年4組が、海洋連合国家アルバダンバに乗りつけるのは、たとえアルバダンバに帝国の息がかかっていなかったとしても危険な行為だ。


「もちろん、我々も護衛は欲しい。あなた方が我々を襲って品物を奪わない保証もありませんが、まあ、そんな保証は護衛の冒険者たちと一緒に海に流れてしまいましたからな」


 冒険者というのは、冒険者協会によって管理統括される傭兵のことである。資料でちょっと読んだ。


 どうやらウェルカーノ氏は、こちらの申し出をありがたいと思いつつも、懐疑の眼差しを向けている、というところらしい。護衛を連れず海を渡るリスクと、素性の知れないモンスター軍団を護衛として雇うリスクを天秤にかけているのだ。

 まるっきり突っぱねるつもりでない以上は、まぁ、こちらからも譲歩のしようはある。だが、これ以上はやはり竜崎や紅井を連れてきて話すべきことだろう、と恭介は思い、佐久間を見た。佐久間も恭介の考えていることを察したか、こちらを見て頷く。


 セレナの時とは、すでに状況が違っている。こちらの事情や、知っていることをすべて話すには差し障りもあるだろう。そのあたりも含めて、やはり代表者同士による交渉は不可欠になる。


「では、私たちは一度船へ戻り、こちらの代表を連れてきます」

「代表、ですか……。どのようなモンスターか教えていただくと、心構えもできるのですがな」

「ドラゴニュート。竜人です。竜面種ドラコフェイスですね」


 わざわざ竜面種、と断ったということは、この世界のドラゴニュートにはもっと人間に近い姿の種も存在するということなのだろうか。恭介は、セレナの資料をまだほとんど読み込んでいない。勉強不足を実感する。

 ウェルカーノ氏は、わずかに目を瞑り、頷いた。


「わかりました。先ほども言いましたが、我々も護衛は欲しいのです。その代表のドラゴニュートと、良い交渉ができることを祈りましょう」

「ありがとうございます」


 佐久間はそう言って、立ち上がる。


「あ、サチ、帰る?」

「うん……。竜崎くんとか、明日香ちゃんとか、呼んでくる」

「そう。待ってるわ」


 カオルは白い歯を見せて笑った。

 一同は、その場でウェルカーノとレミィに頭を下げ、彼らの停泊している浜辺を後にする。これからどうなるかはまだわからないが、思っていたよりも明るいニュースを仕入れられて良かった。胸をなでおろしているのは、恭介だけではないだろう。


 帰り道、佐久間は恭介の肩をつんつんと突っついた。


「ねぇ、ウツロギくん……」

「どうした、佐久間」

「私も、技の名前欲しい……」

「は、はあ?」


 てっきり、海上キャラバンのことについて相談されると思っていた恭介は、思わず間抜けな声で聞き返してしまう。


「あの、ウツロギくんの力を借りて、凄い魔法撃った時の……。あの、火野くんとか、姫水さんみたいな……。ちょっと、かっこいいやつ……」


 伏し目がちに顔を紅くしているところを見ると、恥ずかしいのだろうか。恭介は頭を掻いてしまう。


「別に、名前を考えるくらい良いけど、俺ネーミングセンスないからなぁ……」

「じゃあ、俺から提案だ」


 少し前を歩いていた白馬が、首だけ振り返ってニヤリと歯を見せた。


「ビッグバーストっていうのはどうだ。さっちゃんにぴったりだと思うぞ」

「ビッグバースト?」

「そう。《邪炎の凶爪》だったら、イヴィルフレア・ビッグバースト。《滅びの鎚》だったら、ブロウアッシュ・ビッグバーストって具合にだな……」

「なるほど……。かっこいいかも!」


 佐久間は満面の笑みでそう言うのだが、恭介にはちょっと腑に落ちない部分がある。

 いや、名前を付ける分には良いのだが。掛け声もつけやすいし、やってみると結構、気合が入ったりする。『敵の数が多いからビッグバーストで一気になぎ払うぞ』なんていうのは『特性増幅で魔法を強くするぞ』というよりは伝わりやすくて良い。

 良いのだが。


 恭介は、嬉しそうに跳ねる佐久間を見、そして、普段あまり見ないように意識している場所にちらっと視線をやってから、おずおずとこう切り出した。


「もっと……別のにしない?」

「じゃあ、特大バーストとか、ギガバーストとか……」

「いや……。やっぱいいや、ビッグバーストで」


 白馬がおそらく裏に込めたであろう意味に、佐久間が気づいていないのは、幸いだっただろうか。

次回は明日朝7時更新です。

竜崎や紅井を交えてのキャラバンとの交渉は、果たしてうまくいくのか。そして、じわじわと忍び寄る強敵の影。お楽しみにー。

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