第39話 分校強襲
登場済みクラスメイトの一覧表作りました。
未登場クラスメイトのネタも同時に募集しております。枠は9人くらい。
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陰鬱だった3章最後の“溜め回”になる予定です。スカッとしたい方は明日投稿分と合わせてお読みください。
2年4組の陸上戦艦が、ついに王都跡まで乗り込んできた。連中は、この古城にスオウや小金井達がいることを知らない。お互いに黙り込んでいれば、衝突することはないだろう。出来ることならいっそ、スオウはそうしておきたかった。
偵察に赴いたポーンの報告を受ける限り、連中は仲間の死を経ても離散しそうな雰囲気はないという。よほどまとめ上手なリーダーがいるのだろう。小金井から聞いたドラゴノイドだ。
王から下った命令は絶対だ。連中を仲間に引き入れるための、最善の努力は続けなければならない。
本来であれば連中を危機的状況に追い込むことでストレスを与え、連携基盤がガタガタになったところに揺さぶりをかけていきたいところだったが、それが叶わない状況にある。
あるいはいっそのこと、頭を下げてこちらの誠意を見せるべきか。グリフォンを殺してしまったことを謝罪し、事情を説明し、仲間になってもらう。まぁ無理だな。しっかりした大義名分があるならともかく、こちらが彼らにやらせることは、異世界侵略のお手伝いだ。従う理由がない。
元の世界に帰る手段をチラつかせるというのは、どうか。これもあまり期待できない。転移変性ゲートをはじめとした各テクノロジーを開発したのは、グリフォンに直接手を下したアケノだ。彼女に対する不信感を拭うのは難しい。
「スオウ」
大広間に小金井がやってくる。
「どうしたの? 今日、一緒に鉄拳やるんじゃなかったっけ」
「悪いな、ちょっと用事でよ」
「あー、また戦闘か。スオウも大変だね。俺も手伝う?」
「いや……」
ちらり、とスオウは窓の外を見た。
この王都は数百年前に壊滅して以降、荒れるに任され、そこらじゅうに木々が生え森のようになっている。背の高い木々と朽ち果てた建造物群の奥に、あの陸上戦艦があるはずだ。
「毎回思うけど、ここ、アンコールワットみたいだよね」
小金井がぽつりと言った。タイの世界遺産だったか。そんなものもあったな。
結局、スオウはその件のことを、小金井に伝えきれずにいる。グリフォンのこともだ。だが黙っていてもいつかはバレる。
結局、小金井の気持ちを尊重しながら、血族としての使命を果たせるほど、スオウは器用にできてはいない。
「小金井、実は連中が来てるんだ」
それを聞いて、小金井達は目を丸くする。
「ウツロギ達が?」
「ただ、連中は今、クイーンの方についていてこちらの話を聞いてくれねぇ」
「紅井が? 結局、紅井はスオウ達を裏切ってるんだっけ?」
「そうだ。だから、連中のクラスを分散させて、片方は小金井が、片方は俺が説得しに行く。少し荒っぽい手段も使うが、そこは許せよ」
スオウの言葉に、小金井は難しい顔をして考え込んだ。
小金井には、真実をすべて教えているわけではない。どちらかと言えば、元の世界の出身者同士、手を組むべきだろうという、情に訴えた話をしただけだ。
だから、小金井が冷静に状況を判断することができるようになっていれば、スオウ達の行動に疑問を抱き始めたとしても不思議ではない。
そうした場合、“血”を与えて強引に言うことを聞かせることが、スオウ達にはできる。
“血”を与え、眷属化させることによる強制服従手段。正直なところ、それをあまり使いたくはない。
「わかった。手伝うよ」
小金井は最終的に、何の疑いもなくそう頷いた。
「アケノさんは?」
「アケノの奴は頭が痛いっつって休んでる」
これは嘘ではない。再調整が終わったあと、彼女は数日は寝込む。そろそろ起きてくる頃ではあるが。
「ひとまず、ヒュドラを出して連中の主力部隊を誘き出す。小金井はそっちを担当してくれ」
「わかった。主力なら、竜崎やウツロギ達がいるから話をしやすいと思う」
「……それから、連中も多分、小金井を連れ戻すために揺さぶりをかけるかもしれねぇ」
この出まかせを口にするのは、かなり心苦しいものがあった。
「揺さぶり?」
「クイーンに言われて、おまえを動揺させるような嘘をつくことがあるかもってことだ」
「……そこまでして、連れ戻す価値があるのかなぁ。俺」
小金井は自虐的な笑みを浮かべた。
フェイズ2まで覚醒させた小金井の戦力的価値はかなりのものだ。が、彼が言いたいのはそうしたことではない。クラスの中で散々暴挙を働き、嫌われるような真似をした自分を、そこまで手の込んだ真似をして連れ戻す理由が思い当たらないということだろう。
「まぁ、嘘をつかれたらそれだけの価値があるって思えば良いだろ」
“グリフォンの死”という決定的な事実を認識できていない以上、小金井に連中を説得させるのはまず無理だ。スオウはそこに、最初から期待していない。誘きだした主力部隊を釘づけにし、固定するのが小金井の役割である。
主力の戦闘部隊をおびき出した後、スオウは『荒っぽい手段』に出る。敵の移動手段である陸上戦艦の破壊だ。アケノの開発したキマイラも連れて行く。そこで何人かを連れて帰れるのならば、なお良い。
クイーンはその性格からして、移動拠点に残るだろう。スオウとの交戦は免れないが、王に気取られることを恐れている以上、全力で戦うことはできない。
小金井の情報から、クイーンには仲の良い女子生徒がいることがわかっている。あの冷徹な女王が、王以外に気を許しているところなど想像できないが、事実であるとすれば十分に使える。その生徒を上手くどうこうできれば、クイーンの動きを封じることもできるはずだ。
この戦いが終われば、スオウは小金井と今までのような友人関係を続けることは難しくなるだろう。小金井は、主力部隊を説得しようとする過程でグリフォンの死を知るだろうし、それをスオウに問いただそうとするはずだ。
そうなったら、いよいよそこまでだ。余計な感傷は捨てて小金井を眷属化させるしかない。
「結局俺も、人のことは言えねぇ人でなしなんだなぁ……」
「なんか言った? スオウ」
「なんでもねぇ。終わったら鉄拳やろうな」
「うん。ウツロギ達とも一緒にできると良いね」
ま、そんな未来、おそらく来るはずもないが。
残ったポーン達に、ヒュドラとキマイラを出すように指示を下す。出来ることなら、アケノが目を覚ます前に事を済ませたい。再調整の済んだ彼女が目を覚ました時、どんな性格になっているか、スオウ自身わかったものではないからだ。
スオウと小金井は、その十数分後には、準備を整え古城を発った。
重巡分校は渓谷を抜け、やや広めの森に出た。周辺を城壁のようなもので覆われ、人工建造物と思しき遺跡がそこかしこに見られるが、長きにわたり人の手が入っていないのか、そこかしこに木々がニョキニョキと生えている。
かつてこの付近にあり、数百年前滅ぼされたという王国の跡だ。南下はここで止め、ここからは進路を東に向ける。そうすれば、やがて海に出るはずだ。
が、ここに先日分校を襲ったヒュドラが出現したとして、即座に対策パーティーが組まれることになった。
竜崎、ゴウバヤシをはじめとして、優秀な戦闘要員を惜しげもなく組み込んだ精鋭部隊である。回復要員としては猫宮が抜擢され、更に驚くべきことには紅井と原尾までが名乗りをあげた。この2人が甲板に顔を出した時、竜崎は目を白黒させていたが、
『事情があるから全力は出せないけどね。誠意は見せるよ』
『我が友輩の眠りを妨げし者に、原尾の呪いを授けねばならぬ』
とのことであった。
5人の精鋭部隊が重巡分校を発ったのが、もう1時間前になる。その間の重巡の護りは、五分河原率いるゴブリン部隊や佐久間たちが率いることになる。敵襲に備えた連絡要員として、サンダーバードの神成とユニコーンの白馬が待機をしていた。
恭介も、分校に残った戦闘要員として甲板の見回りをおこなっている。歩くたびに、全身に貼り付いた凛の身体が、ぽたりぽたりと床に落ちた。
「姫水、辛くないか……?」
「ふ、ふううっ……。え、えぇっ? 何がぁっ?」
凛が踏ん張りながら、必死に人間の形を保とうとしているのがわかる。
恭介のフェイズ2能力である《特性増幅》が発動していない今、凛は恭介の身体を支柱として人間の形をとることができない。今の状態は、必死に背伸びをしているか、あるいは空気椅子に腰かけているようなもので、生体構造上本質的な無理が生じている。
恭介と凛は合体できていない。今の姿は、見せかけの合体だ。全身からどろどろと落ちる凛の身体が、それを証明している。
彼女にここまで無理をさせるだけの価値は、自分にはない。
彼女がどうしてそうまでしてくれるのか、自分にはわからない。
本当の空木恭介はすっからかんだ。あの日からずっとそうだった。せめて人から感謝されるような、立派な人間にならなければと思い、そのための努力だけは重ねてきた。上っ面だけの偽善が積み重なって、中身は決して伴わない。振り返ってみれば、出来たのは汚泥で出来た醜いでくの坊だ。
何をしようとしてもどこか欠けている、薄っぺらい男。それが空木恭介だ。ずっと気づいていたはずなのに、それすらもずっと見ないよう目を背けていた。せめて人間のフリをして生きていないと、自分を保てないような気がしたのだ。
「考えすぎだよぉ……」
凛の言葉に、恭介がびくりと震える。
「ひ、姫水……。今、俺の心を……」
「んはは。なんとなくボーッと黙り込んでるから、またどうせ難しいこと考えてたんだろうなって思っただけ」
やけに明るい声で、凛は言った。
「あたしも火野くんほどじゃないけど、いろいろわかってきたってコトだねぇ。ウツロギくんのこと」
そこまでわかっていながら、どうして自分なんかに構ってくれるのだろうか。
「俺、自分のことが嫌いだ……」
恭介がぽつりと口にした。甲板の手すりに手をかけて、森におおわれてしまった旧王都の街並みを眺める。
今まではっきりと自覚していなかったが、ようやくわかる。恭介は自分の内面が嫌いだ。空っぽの自分が、薄っぺらい自分が、結局立派な人間なんかにはなれない、醜くて中途半端な自分が嫌いだ。
「そっかぁ」
凛は言った。
「あたしは好きだけどなぁ」
「………」
「あたしだけじゃなくて。火野くんも、さっちゃんも、みんな結構、ウツロギくんのこと好きだと思うんだけどな」
わかっている。こんな自分のことを好いてくれる、良い奴らはいる。
それでも恭介は、どうしても自分のことを好きになれない。
優しい言葉をかけられるたび、恭介は落ち込んでいく。
「二人とも、そこで何をしてるんだ?」
「ぎゃー! 風紀委員だぁぁぁ!!」
不意にかけられた声に、凛が思いっきり叫び声をあげた。
「?」
視線を向けると、彼女の言葉通り、首なし風紀委員・剣崎恵が、自らの脇に抱えた首を絶妙な角度で傾げながら立っている。凛は衝撃のあまり恭介の身体からズリ落ちそうになったが、必死にしがみついてなんとか持ちこたえた。
「と、特に何もしておりませんっ! 風紀委員に怒られるようなやましいことは、なにひとつっ!」
「そうか? なら良いんだが。それよりウツロギはもう大丈夫なのか?」
剣崎に尋ねられ、恭介は答えに窮する。決して大丈夫ではない。だが、果たしてそのように答えて良いものか。
「まだしばらくかかりそうならそれでも良いが。まぁ、佐久間や火野も心配していたぞ。鷲尾の葬式にも顔を出さなかったからな」
「………」
恭介は黙り込んでしまう。恭介は鷲尾の葬式にも顔を出していないし、まだ仏壇に線香もあげていない。
鷲尾が死んだときも、小金井がさらわれた時も、結局恭介は何もできなかった。自分を苛む気持ちがなおさらに強くなる。
「……余計なことを言ったか、すまない」
「……いや」
態度に出ていただろうか。丁寧に謝罪する剣崎を見て、なおさら居たたまれない気持ちになった。
恭介が旧王都跡の街並みに視線を移そうとした時、不意にサイレンの音が、重巡分校に響き渡る。剣崎がハッと振り返った。振り返りながら抱えた首を向けるのだから、デュラハンとしての仕草にもすっかり慣れたものだ。
艦内放送による五分河原の言葉が、甲板にまで響き渡る。
『右舷より敵の接近を確認! 戦える奴は甲板に出ろ! 神成たちは、竜崎たちを呼びに行け!』
剣崎が顔を引き締め、艦の右側まで走って行く。他の生徒たちも、次々と船室から出てくるのが見えた。
恭介は動きだそうとして、踏みとどまる。自分に何ができるのだろう。ただ、足を引っ張るだけではないのか。
「行こう、ウツロギくん」
凛がきっぱりと言った。
「……わかった」
恭介も頷く。彼らが移動を開始しようとした時、分校の右側から叩きつけられた衝撃が、船体を大きく揺るがした。
佐久間祥子は目を通していた書類を置き、自室を飛び出した。甲板に飛び出したところで、轟音と共に重巡分校の船体が揺れる。壁に手をついて体勢を整え、右側部分に向けて踏み込んだ。
船体が大きくえぐられるようにして削れている。既に剣崎や籠井といった生徒たちが集まっていた。一同が視線を向ける先、おそらく衝撃の爆心地と思しき場所に、一人の少年が立っている。両手をポケットに突っ込みながら、周囲を威嚇するようにグルリと一回りするその男は、歳の頃で言えば、自分たちとそう変わらないように見える。しかも見たところ、日本人だ。
だがその事実は、佐久間たちの緊張を解くことはなく、むしろよりいっそう強固にした。
黒い詰襟の学生服。オールバックに撫でつけた黒髪と、血のように紅い双眸。疑いようもなく、吸血鬼だ。紅井明日香をクイーンとする血族の一人。
佐久間は、きゅっと拳を握りしめた。彼女は、紅井や犬神から血族についてある程度の情報を伺っている。こちらの世界で黒甲冑を身に着けていない血族は、言わばナイトやビショップと言った“名付き”の駒だ。ポーンではない。
「おうおう」
少年はポケットに手を突っ込んだまま、口端を吊り上げた。そのまま目を細めて、いま一度周囲を見回す。
「手厚い歓迎じゃねぇか。クイーンは……いねぇか。意外だな」
「何をしに来た」
剣崎が剣を構え、鋭い声で尋ねた。
「そう怒るなよ。風紀委員じゃねぇんだから」
「私は風紀委員だ」
「あ、そう……。じゃあ俺の苦手なタイプだな」
少年は、切っ先と敵意を向けられたところで一切ひるむ様子もなく、ポケットから手を出すと学ランの襟元を正す。
「俺はスオウ。ナイトのスオウだ」
紅井が用意してくれた資料のことを、佐久間は思い出す。
ナイトのスオウ。確か金沢の工業高校に通っている高校生だったはずだ。紅井とは接触がほとんどないので、その人となりについてはほとんど触れられていなかったが、ナイトらしく身体能力にものを言わせた強引な戦い方をするという。
ここにいるメンバーは、ポーンにすら手も足も出なかった生徒たちだ。そんな連中が束になったところで、ナイトの称号を持つこの少年に勝てるのか。緊張が走る。
「おいおい、そう硬くなるなよ。別に喧嘩をしにきたわけじゃねぇんだ」
「そちらに理由がなくとも、こちらにはある。私たちはクラスメイトを殺されたんだ」
「……まぁ、そうなるわな」
最後に笑みを崩し、ナイトのスオウはそう言った。
過度な挑発はするべきではない。だが、相手の言葉に唯々諾々と従えないのは、事実だ。
「良いや。どうせクイーンがいねぇなら、さっさと仕事を進めて……」
「グオオオオオウッ!!」
「んっ……!?」
甲板をまっすぐに駆け抜け、白銀の毛並を持つ狼がナイトのスオウに跳びかかった。
「犬神さん!」
佐久間が叫び声をあげる。スオウはわずかに身体を反らして、弾丸のように突っ込んできた犬神の身体を避ける。
「ああ、そうか。イヌどもの生き残りがいたんだっけか……」
面倒くさそうに舌打ちをしてから、スオウは犬神を睨みつけた。犬神は牙を剥きだしにして、スオウを威嚇する。
「犬神さん、一人で無茶はしないで!」
佐久間の言葉に、犬神はわずかに舌打ちをし、飛びのくようにして佐久間の方へと走ってきた。
「ま、賢明だな。一人じゃ勝てねぇ」
そう言って、スオウは動きだす。剣崎に向けられた切っ先を、まったく意に介さない。
「全員で勝てるとも、思えねぇんだが」
「このッ……!」
剣崎が鋭い踏込と共に剣を振るう。だが、刃が身体に触れるよりも早く、スオウの腕が動いた。握り拳が甲冑にぶち当たり、衝撃と共に彼女の身体を軽く吹き飛ばす。まるで球技のボールか何かのように、剣崎の身体が宙に投げ出され、そのまま甲板の上を転がった。
「がっ……ぐあっ……!」
「剣崎さん!」
スオウは、今度は叫び声をあげた佐久間の方に視線を向ける。
「サキュバスか。クイーンのお友達ってのは、てめぇだな」
「………!」
含みのある物言い。理解できないほど、佐久間は愚鈍ではない。わずかにたじろぎ、2歩、3歩と下がる。犬神は佐久間の前に立ちながら、唸り声を強くした。
スオウがゆっくりと近づいてくる中で、剣を杖代わりに立ち上がろうとする剣崎。彼女はその場の一同がおぼろげながら察したことを、確認するかのように大声をあげた。
「奴の狙いは佐久間だ! 佐久間を守れ!」
「任せろ……!」
まずは力自慢の籠井と奥村、そしてゼクウが一気にスオウへと跳びかかる。やや遅れて魚住もそれに続いた。
「おうおう、仲が良いなてめぇら!」
スオウは、まず真っ先に抑え込もうとした籠井のタックルを左腕で押さえ込み、奥村の顔面に裏拳を叩き込みながら迎撃する。軽く拳をぶつけたようにしか見えないが、奥村の巨体が大きくのけぞって、甲板へと叩きつけられた。
他の生徒が息を飲む中、ゼクウが拳を振りかざしてスオウに突撃する。しかし、スオウはゼクウの身体に向けて籠井の身体を放り投げる。籠井とゼクウはもつれるようにして床を転がり、スオウは遅れてやってきた魚住にヤクザキックを叩き込んだ。魚住は小さな悲鳴をあげ、船室の壁に身体をめり込ませる。クラスの近接自慢が一気に蹴散らされ、スオウから佐久間までの道が一気に確保された。
『佐久間、下がってろ!』
牙を剥きだにした犬神が叫ぶ。
「満月でもねぇのに俺とまともにやりあえると思うのか? 犬っころ」
「グォオウッ!!」
挑発に対する返礼を咆哮で行い、犬神は再度、スオウに向けて跳びかかる。触手原が触手を伸ばし、スオウの両腕をからめ捕った。マーメイドである魚住妹が水属性の攻撃魔法を唱え、槍となして投射する。スオウは水の槍を弾き飛ばすと、触手を逆に掴みかえして強引に引っ張ると触手原の身体を魚住妹に向けて叩きつけた。
その隙、スオウに跳びかかった犬神の顎が、喉元へと食らいつく。首筋と喉笛に牙が食い込み、紅い血が滲んだ。佐久間も魔法攻撃で援護しようとするが、スオウと犬神が取っ組み合っているため、狙いが上手く定まらない。
首元に食らいつかれてなお、スオウは動じず、歩みを止めようとしなかった。ジリジリと近寄ってくる中、佐久間はスオウを睨み返す。すぐに、神成たちが紅井を連れて戻ってくる。ここで逃げ出すわけにはいかない。
この船には、恭介たちだって乗っているのだ。
佐久間は凛ほど上手に、彼の心を解きほぐせないだろう。この土壇場で、恭介の力にも、紅井の力にもなれていない自分がもどかしい。それでもせめて、目の前の相手に背中を向けるような真似だけは、したくはない。
「させっかぁー!!」
はすっぱな声が響いて、上空から春井が急降下してきた。同時に甲板を這うようにスルリと出てきた蛇塚が、スオウの身体に絡みつく。
「アタシらだって明日香の友達なんだ、無視しようったってそうはいかねぇ!」
「ったく、いちいち面倒くせぇな!」
犬神が喉笛に食らいつき、春井が上空から足のカギ爪で攻撃し、蛇塚が身体に巻きついて爪と牙を立てても、やはりスオウは微動だにしなかった。ただただ鬱陶しそうに犬神の顎を引きはがすと、その身体を思いきり甲板に叩きつけ、その喉元を踏みつける。
「ぎゃンッ……!」
「殺しはしねぇよ。もうこれ以上ないってくらいこじれてる気もするが、一応な!」
幾度となく急降下攻撃を繰り返す春井の足を掴み、それを蛇塚に向けて振り回すようにしてぶつけた。
「うあっ!」
「きゃっ!」
スオウの身体から二人が離れた瞬間、佐久間は《邪炎の凶爪》を放つ。しかしスオウは、なんでもないかのように、右腕でその炎を軽く弾いた。スオウが、更に佐久間ににじり寄る。拳を強く握るのが見えた。手加減してくれるつもりは、なさそうだ。
ここでつかまったら、みんなに、紅井に迷惑がかかる。良いようにされるつもりは、ない。
「おおおーりゃああっ!」
他のクラスメイト達が甲板に倒れ伏している中、スオウの横合いから、叫び声と共に殴りかかってくる影がある。スオウはピタリと足を止め、その方向を見もせずに掌で拳を受け止めた。
「なんだ、ウツロギ。てめぇか」
吐き捨てるように、スオウが言う。
「あたしもいるんですけど!!」
答えない恭介の代わりに、凛が叫び声をあげる。
そう、そこにいるのは空木恭介だ。佐久間は目を見張った。自室にこもりっきりだと聞いていたのだが。彼だけではなく、凛も一緒だ。いわゆる合体状態、瑛が言うところの“ストリーム・クロス”である。最初に、佐久間が剣崎と死霊の王に襲われた時、まっさきに跳びかかってきたのも、この姿であった。
だが、助けに来てくれた、という喜びや高揚感、あの時の頼もしさのようなものは一切感じられない。恭介の姿は、あの時とは明らかに違っていた。
つつけばすぐに分離してしまいそうな、あまりにも不安定な合体。佐久間から見てもそうだとわかるのだから、実際はもっと深刻なのかもしれない。全身からは凛の身体が溶け落ちるようにドロドロと流れており、今の打撃も、それほどの威力が込められていたようには、見えなかった。
「ウツロギくん……」
佐久間がおそるおそる呼びかける。
「………」
恭介はちらりと佐久間を見てから、視線を前に戻した。彼の心は、まだ立ち直れてはいないのだ。自分にできることはなんだろうと佐久間は考えるが、やはり、思い当たらない。今、彼の一番近いところにいるのは、自分ではない。
「姫水さん、ウツロギくんをお願いね」
「うん、任せて」
佐久間の言葉に、凛がはっきりと頷く。恭介はスオウを睨んだまま、弱々しい構えを取っていた。
その間に、倒れていた他の生徒たちもゆっくりと立ち上がる。ダメージはまだ残っているが、魚住の妹が《癒しの虹風》でそれを治療していく。一同にはまだ、戦う気力が残っているのだ。
スオウはその様子を確認して、大きく溜め息をついた。
「しょーがねぇな。使うか」
その言葉の意味を、一同は理解できない。だが、スオウが手を掲げた直後、雲間から覗くわずかな陽の光を遮るように、大きな影が甲板へと落ちた。
「来い、キマイラ」
その言葉と共に、全長5メートルの巨体が重量と共に甲板へと落下し、再び船体を大きく揺るがした。
次回投稿は明日朝7時です。




