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第33話 フォース・エンカウント

前32話を予約投稿ミスして昨日夕方に投稿してしまいました。まだご覧になっていない方はそちらからどうぞ。

「あのハイエルフが仲間の勧誘に前向きになっているだと?」


 アケノが、怪訝そうな顔を作る。


「どういう風の吹き回しだ? 私の教育では脅えるだけで話にならなかったぞ」

「だから言っただろ。北風と太陽だってよ」


 スオウがソファに腰かけ気楽な声で言っても、アケノの表情は晴れない。


「ダチになりゃあ良いんだよダチになりゃあ。あいつだって別に俺たちを憎んでるわけじゃねーんだから。ちょっと不幸な行き違いがあったってわかりゃ協力してくれるもんだって」

「うぅむ、わからん……」

「やっぱアケノおまえ結構バカだな」


 アケノがキッと睨み、黒い光球を発射するが、スオウは片手でそれを弾いた。いつものやり取りだ。

 もちろん、ビショップであるアケノが本気を出せばスオウなど消し炭だ。ある程度加減してくれているというのはわかる。


 ここ数日、スオウはハイエルフの小金井とテレビゲームに興じている。元々暇つぶしの為に、補充のポーンに持ってこさせたテレビとゲーム機、そして大型の発電機であるが、小金井とのコミュニケーションツールとして機能するのは意外だった。小金井も徐々にスオウに心を開いて来て、今では完全に打ち解けている。

 小金井は、どうしてもみんなに謝りたいと言っていた。彼のその願いは、いずれ叶うだろう。計画にはやや遅延が見られるし、クイーンに不自然な動きを確認できるのが気にはなるが、おおよそに支障はない。


「で、連中はまだ約束の墓地カタコンベにいるのか?」

「わからん。最後に向かったポーンの情報ではそうだが、そのポーンは結局帰って来なかった」

「まー、一度小金井を連れて行ってみっか」


 ナイトが直接赴けば、クイーンも何かしらの反応を返してくれるはずだ。

 別に、彼らにとって悪い話ではない。元の世界には帰れなくなるし、元の姿にも戻れなくなるが、そんなのこの世界にあの姿で転移してきた時点で、もう諦められるようなものだ。こちらに恭順を示せば、そう悪いようにしない。テレビゲームだってある。

 クイーンがだんまりを決め込んでいるせいで、こちらはポーンを5体も失っている。それ自体は煩わしいものだったが、彼女のわがままは今に始まったことではない。元の世界では王にあれだけ従順だった彼女が、反旗を翻すとも思えない。いずれ、彼らはすべてこちらの軍門に下る。


「それよりスオウ、ひとつ気になる情報がある」

「んー?」

「以前報告のあったオウガの姿が、この付近でまた確認された」

「あぁ、なんだっけ。あのクラスからはぐれた奴か」


 アケノは無言で頷いた。


 以前一度、ポーンが交戦した転生オウガだ。こちらに恭順を示さなかったため、やむを得ず戦いに発展した。かなり練られた戦闘能力を有していたが、しょせんポーンの敵ではなく、戦闘不能にまで追い込んだ。そのまま連れ帰ろうとしたところ、要塞線の戦略級騎士2体による追撃を受け、断念せざるを得なかったという。


「てっきり野垂れ死んでるかと思ったんだが、まだ生きていた、と」

「それだけではない。フェイズ2までの進行が確認されている」

「ほほーう……」


 スオウはわずかに目を細める。


「オウガのフェイズ2ね……。どんなパターンがあったっけ……」

「《再生能力》、《身体強化》、よくあるのはこのあたりだが、おそらくその個体が獲得したのは《闘気覚醒》だ」

「おうおう……。アタリもアタリの大アタリだな。《特性増幅》のスケルトンと言い、俺たちもヒキが良いぜ」


 フェイズ2で《闘気覚醒》を引き当てているということは、フェイズ3に到達すれば最低でもビショップ、あるいはルーク級の戦闘能力を発揮できるはずだ。もちろん、転移変性ゲートを使った計画の実行は初めてだし、いずれも理屈の上の話でしかない。

 そもそも転移変性ゲートは開発者が開発者なので、いろいろ信用ならない部分があるというか。ただまぁ、今のところ怖いくらい成功しているので、机上の空論を仮説として当てはめて行っても、致命的な問題にはならないはずだ。


「ともあれ、その転生オウガは是非戦力に加えておきたいところだな」


 スオウはバッとソファから立ち上がり、学ランを羽織り直す。


「出向くのか」

「このあたりに来てるんだろ? さっさと捕まえとこう。小金井も連れて行く」

「ならば私も行こう」


 広間を出て行こうとするスオウの後ろを、アケノもついて行く。スオウは振り返って、眉根に皺を寄せた。


「別に良いけど、アケノ、詰めが甘ぇからなぁ……」

「心配するな。新しい魔獣の強化が完了したので、その実験をしたい」

「その台詞が一番不安なんだよ……」





 王国を発って、既に数日。


 重巡改め“分校”は王国領を抜け、当初の予定通り山間部を移動し始めていた。ゴツゴツした未舗装の土地を通るので、やたらと揺れる。瑛などはすっかり船酔いを起こしてしまっていた。一部の生徒もすっかり忘れていたことだが、彼は乗り物に弱かった。ウィスプになって三半規管が無くなっても、それは変わらないらしい。

 ゼクウを加え、クラスメイト総勢38名は、王国の廃墟をめざしひたすら前進する。その中で時折話題に上がるのは、ゴウバヤシことだ。


 クラスが一致団結し、東の賢者を尋ねることにしたのは良いが、全員そろえるにはクラスメイトはまだ欠けている。ただどうやら、ゴウバヤシについては竜崎は情報を得ているらしく、南というひとまずの進路もそのゴウバヤシを探してのものだという噂が、生徒たちには広まっていた。

 噂というか、まぁ、事実なのだが。

 ゴウバヤシが去った時のような問題は、今のクラスにはない。ゴウバヤシも、己の問題を解決できているだろうか。そんな風に懐かしく語り合う声もあれば、目撃情報がゴウバヤシしかない点を訝しみ、彼と一緒に拠点を発ったはずのカオルコは一体どうしたのかと心配そうに語り合う声もあった。


 せっかくクラスがまとまったのだ。せめてもう一度でいいから、全員で顔を合わせたい。

 クラスの中にはそんな空気が生まれていた。名前こそ積極的に挙げる者はいないが、多くの場合、その中には小金井も含まれる。あいつが戻って謝ってくれれば、まぁ、水に流そっかー、などという生徒もいる。

 結局、当事者でない者にとって、嫌な思い出は風化するのだ。それが良いことか悪いことかは別として。


「んぬあああ――――ッ!!」


 さて、そんな中で、ひたすら頭(ない)を悩ませているのがこちらのスライム乙女・姫水凛である。


「わかんない! わかんないよ! この数日必死でリサーチして、わかったのが、これだけ!」


 凛の目の前にある紙には「好きな食べ物:パセリ」とだけ書いてある。


「ま、まぁでも、あの、姫水さん凄いよ……。私、ウツロギくんの好きな食べ物知らなかったもん……」

「知ったところでどうしようもないけどね……。今ね、華ちゃんにパセリによく似たハーブ育ててもらってるけど」


 ここは食堂だ。凛の隣に座っている佐久間は、今日は女の子らしいワンピースに袖を通している。

 オシャレができるって良いなぁ、と、凛はちょっぴり思った。


 船酔いですっかりグロッキーになってしまった瑛に代わり、現在は佐久間が凛に協力してくれている。瑛によって『恭介の欲望を解放する会』と名付けられたこの集まりは、空木恭介の好きなものを徹底して調査し、何をやりたいか、何をしたいかということを、思い出させることを目的としている。


「多分、さっちゃんから目を背けたりする程度には女の子に興味はあるから、おっぱいは好きなんだと思うんだけど」


 凛は、紙に追加で『おっぱい』と書き連ねた。


「それでウツロギくんがエロエロ魔人に覚醒したらどうしよう……。という思いはある……」

「う、うん……。そうだね……」

「さっちゃん、今『それでも良いかな』とか思わなかったよね?」

「え、ええっ!? 思ってないよ!?」


 そもそもこんなことをして何になるのか、という思いはある。パセリを山ほど食わせれば、恭介が主体性を得るというわけでもないだろうに。ただ彼が、自分から何か欲を見せて、やりたいとか食べたいとか言ってくれれば良いのに、とは思う。

 そもそも、瑛が17年一緒に過ごしてきて変えられなかった部分を、凛がそうあっさり変えられるはずもなく。


「ほんとにもう……。やりたいとか食べたいとか、言ってくれればいいのに……」

「ひ、姫水さん何言ってるの?」

「へ? 何が?」

「何がってその……あっ」


 佐久間はまた顔を真っ赤にして俯いてしまった。凛は自分の言動を巻き戻し、そしてすぐに悟る。


「さっちゃん……」

「あっ、違……そ、その、えっと……」

「うん、いいよ。サキュバスだもんね……」

「う、ううう……」


 ともあれ、恭介の好きなものを探る方針というのは、これは完全に頭打ちだ。もっと別のアプローチを考えた方が良いかもしれない。

 そもそも、空木恭介が空っぽのままでいることは、本当に良くないことなのか、という疑問もないではない。たくさんある個性のうちのひとつとして認めてやることは、できないだろうかという考え方だ。凛もちょっとそれは考えたが、結局、そうはしたくないという考えに落ち着いた。


 他人に親切なのは、それで良い。

 お人好しなのは、それで良い。


 でも、価値観や主体性を完全に他人に依存してしまうのは、危ない。


「姫水、佐久間、どうしたんだ二人して」

「「うわっひゃああああ!!」」


 背後からかけられた声に、二人は思わず飛び上がる。声をかけてきたのは、当の恭介本人だったのだ。

 恭介はテーブルの上の紙を拾い上げて、眺める。


「なになに、好きな食べ物パセリ、と、おっぱい……?」

「ああ、うん。ウツロギくんのプロフィール作ろうと思って……」

「パセリはともかくもう一つの方は何なんだ」

「いやあ……、好きでしょ?」


 凛が尋ねると、佐久間はガバッと顔をあげて恭介を見た。今着ているワンピースは胸元を開けないタイプなのでアピールはできない。残念。この攻勢にはさすがの恭介も、わずかにたじろぐ。


「別に嫌いじゃないけど……。なんだ、俺、2人に虐められるようなことしたか……?」

「ウツロギくんをいじめてるのはウツロギくん本人じゃないかと……」

「またその話か……」


 恭介はがっくりとうなだれた。


「最近、よく言われるんだよ。紅井にもさ、俺の問題をちゃんと解決した方が良い、みたいなこと言われて……」

「明日香ちゃんに?」


 佐久間が意外そうな声をあげて、恭介に尋ねる。凛もそれは初耳だった。


「あ、いや……。紅井には言うなって口止めされてるんだった。ごめん」

「そ、そうなんだ……」


 そう言って、佐久間は形の良い顎に手を当てて難しい顔を作る。形の良い薄桃色の唇を、きゅっと噛む。別にそんな心配しなくても、紅井は恭介に手を出したりはしないと思うのだが。凛にとっての当座のライバルは、瑛と佐久間だけであるし。


「そう言えば佐久間、竜崎が呼んでたぞ。今後の方針のことでちょっと相談だそうだ」

「あ、うん。わかった。なんだろ」

「ゴウバヤシやカオルコの捜索と、この周辺の探索についてじゃないか。一度船を止めて、周囲を探してみよう、とかさ」

「ふんふん……。ありがとう。すぐ行くね」


 佐久間はにこりと笑って立ち上がると、食堂の出口へと向かっていく。


「姫水さんも、ありがと。またね」

「うん。さっちゃん、またねー」


 手をぶんぶんと振って、凛は佐久間を見送る。やはり忙しそうだ。それでも暇を見つけては、こうして恭介のことを真剣に相談できるのだからありがたい。


「ゴウバヤシくん、見つかるかなぁ……」

「さぁ……。でも、少し時間をかけても、探してみないとな」


 凛は、その言葉が少しだけ引っかかって、恭介を見上げた。

 なんだか最近、彼の言動に対して非常に敏感になってしまっている気がする。果たしてそれは本心からの言葉なのか、あるいは誰かに合わせたかりそめの言葉なのか、いまいち判別がつかなくなっているのだ。


「ウツロギくんさ、何かやりたいこと、ないの?」

「ああ、最近、姫水よくそれを聞くよな。俺も考えてみたんだけど」


 恭介は、凛の隣に腰をおろして言う。考えてくれたんだ、と、凛はちょっとだけ嬉しくなる。


「今一番やりたいのは、ゴウバヤシや小金井に、ちゃんと会うことだな」

「会うだけ? ちゃんと会って、お話して、それで、もう一緒には行動したくないって言われたら、どうするの?」


 先日の、花園や神成の説得を思い出す。友人に対する気遣いは確かに大事だが、それ以上に、ワガママを押し通すことが相手の為になることだってある。恭介は、自分がやりたいことがあっても、すぐに誰かに道を譲ってしまう傾向があるので、そこが心配だった。


 恭介は、口を開いて頭を掻いた。苦笑いをしているのかもしれない。


「困るなぁ、それ」


 凛の言葉に、そう答える。


「かなり迷うと思う。どうすればいいんだろうな。やっぱり笑顔で別れるべきなのかな」

「あたしからは何も言えないけど、自分がしたいことに『どうすればいい』とか『どうするべき』とかは、無いよ」


 ここで凛が『ウツロギくんのワガママを押し通そう!』と言えば、恭介はそうするだろう。だが、それは恭介がそうしたいからではなく、凛がそうしてほしいと言ったからだ。それじゃあ結局、恭介は何も変わらない。


「じゃあやっぱり、ちょっとくらいは食い下がるかもしれないな」

「小金井くんを連れ戻すことに、他の子たちが反対したら?」

「うーん……」


 恭介は顎に手を当てて考え込み始める。


 なんだ、ちょっとはあるじゃん。中身。凛は、悩んだ様子の恭介を見て、わずかに|胸(人間時代から無い)をなでおろす。恭介は、完全に空っぽではないのだ。


「姫水は小金井を連れ戻すのは嫌か?」

「ん? あたし? そうだねぇ。まぁ、イヤな気持ちにはさせられたけど、あたし言うほど、小金井くんのこと詳しくないからね」


 人間時代は、クラスで何度か声をかけたことがある。言葉を交わしたことがある。その程度の仲だ。

 だから良い言い方をすれば憎んではいないし、悪い言い方をすればそこまで関心がない。小金井の本性がどのようなものなのか、それは結局、恭介や瑛の言葉から断片的に推測するしかないのだ。


「竜崎もよく言ってるけど、クラス全員で帰れるなら、その方が良いよなって」

「ま、それはそうだね」


 恭介の中にある主体性の残滓のようなものを見つけて、凛はウキウキしてくる。結局それは、彼の甘さから生じる類のものではあったが、小金井の意志や他人の反発をねじ伏せてまでそうしたいという思いがあるのなら、まずは大丈夫だ。この自意識の萌芽のようなものは、大事にしてあげないといけない。


「ま、嫌がる生徒はいるよ。糸美いとみちゃんとか、さっちゃんとかね。それ以外にも女の子は結構、小金井くんのこと嫌ってる」

「姫水は?」

「嫌ってはいない。暴言を吐くなんて人間誰もあることだしねー。でも、謝ってもらった方がすっきりはするかな。お友達として好きになれるかどうかは、そのあとの話」


 凛が丁寧に言葉を選びながら、しかし決して真意は違えないようにそう語る。

 恭介は、『やっぱそうだよな』と呟いた。


「え?」

「やっぱ謝らなきゃな、と思っただけだよ。小金井さ、誰にも謝ってないだろ。このあいだ、鷲尾たちが俺に謝った時も思ったけど」

「あーうん。でもさ、鷲尾くん達のアレ、アレ自体はあんま心篭ってなかったよね」


 ひとまず、過去の悪行を清算するため、良心の呵責から逃れるための、とりあえずの謝罪だ。

 でもまぁ、凛が小金井に求める謝罪というのもその程度のものだし、世間で言われる『ごめんなさい』の半分近くはそんなもんだと思っている。心の底から自らの行いを悔い、恥じた時に出てくるのは、多分『ごめんなさい』などではないからだ。


「瑛にも後で怒られたよ。そんなことで許すから調子に乗るんだ、って」

「でもウツロギくんは許すんだ」

「許すっていうか、あまり気にしてないからなぁ……」


 身体をバラバラにされたのにね、と凛は思う。あれがスケルトンの身体においてどれほどの重傷なのかいまいちわからないから、ツッコミようがない。

 この『気にしてない』が、『そんなものより楽しいことがたくさんあるから、いちいち気にしてはいられない』という意味だったら凛も安心できるのだが、恭介を見る限りそんなことはなさそうだ。


「ひとまずさ、ウツロギくん」


 凛は考えを振り払い、ひとつに集中することにした。


「ゴウバヤシくんやカオルコちゃん、あと小金井くんを連れ戻すことだけを考えようよ! ウツロギくんがしたいのは、それなんでしょ?」

「そうだなぁ。あと、余計なお世話かもしれないけど、小金井にちゃんと謝らせたいな」


 許してもらえるかどうかはともかくとして、と恭介は言う。

 ひとまず、恭介にはきちんと目標ができた。問題は、瑛や佐久間などは、これをあまり快く受け入れられないだろうな、ということか。おそらく小金井が連れ去られて以来ずっと考えていたであろうことを口に出さなかったのは、2人への配慮があるからだと思われる。

 これをサポートできるのは凛だけだ。しっかりしなきゃ、という気持ちになる。


 ちょうどその時、艦内放送が鳴った。同時に“分校”が停止し、慣性が身体を放り出しそうになる。


『あー、みんな、一度甲板に集まってくれ』


 スピーカーから聞こえてくるのは、竜崎の声だ。


『かなり昔に滅んだ集落のようなものが見つかった。このあたりで一端、周辺の探索を行いたい』





 クラスメイト一同が甲板に集まると、確かに山間の中腹にいくらかの建物が確認できた。“分校”は谷間をゆっくりと進行していたわけだが、ここから山肌を登ろうとなると、林立する針葉樹に邪魔をされてしまう。周辺の調査も兼ねて、このあたりで一度探索を行いたいというのが竜崎の意見だった。

 セレナが残した大量のメモによれば、この付近にはオオカミ型のモンスター“フォレストウルフ”や霧状のモンスター“ミスティフォッグ”、老婆の姿をした妖精モンスター“ブラックアニス”が出現する、らしい。『らしい』というのは、この付近は数百年ものあいだ人跡未踏であったため、かなり古い資料などから類推するしかなかった為だ。


 とにかく、重巡分校はここに固定、連絡役を含めて艦には人手を大目に残し、数班の探索チームを組織する。

 瑛が船酔いで寝込んでいるのをはじめ、モンスターによる重巡分校の襲撃に備えた配置をするため、探索班の再編成がおこなわれた。拠点時代は正体を隠し、“チーム・役立たず”に加えられていた恭介たちも、本格的に探索班に随行する。

 一方、マーメイドである魚住鱒代うおずみ・ますよなど、山間での移動が困難となる生徒たちは分校で待機だ。


 また見通しの悪い針葉樹林を進むことになるため、周囲の状況を素早く確認できるよう、1班に1人は飛行能力を持つ生徒が加わることになる。


「というわけで、4班の班長である猫宮美弥ねこみや・みやだ。全員初めてだな。攻撃魔法と回復魔法を両方使えるので、基本は後衛だ」


 タラップを降りたあたりで改めて、演劇部員のケット・シーが自慢のヒゲをなぞり挨拶した。

 恭介と凛は、この猫宮の班に入れられた。他のメンバーは飛行要員である鷲尾グリフォンと、あとは茸笠マタンゴだ。合計5人だが、恭介と凛は2人で1人の扱いだ。合体状態ストリームクロスで参加するので、実質4人となる。一同は互いの能力について既にほとんど把握はできていたが、一応、説明をしあう。


「グリフォンの鷲尾だ。えーっと、基本、爪と嘴による近接戦闘。あと羽をとばして攻撃する技がある」

「“ハウリング・フェザー”だね。名前をつけて練習しているらしいじゃないか」

「……どこで聞いた?」


 まるで瑛みたいなセンスである。意外な側面もあるものだ。


「マタンゴ、えーと。キノコの化け物だな。茸笠きのがさだ。俺もまぁ近接だな。ただ攻撃力はそんな高くない。胞子をとばしての支援がメインだ」

「胞子による攻撃を行う際は、鷲尾がはばたかせて風を送ること。ボク達が吸ってしまったら大変なことだからね」


 恭介と凛も挨拶をする。改めて『合体します』と口で説明するのは恥ずかしかったが、もうみんな知っていることなのでさらりと流してくれる。


「二人は一応、このパーティの前線の要になってもらう。良いね」

「ほーい」

「わかった」


 探索用に用意されたナップザックを茸笠が背負い、一同は出発することになった。


 霧のモンスターが出現する、とは聞いていたが、そもそもとしてこの山間部は霧が濃い。鬱蒼と茂る針葉樹林の存在もあって、彼らが歩く山の斜面はどうにも薄気味が悪かった。ここ数日は天候もあまりよろしくはなく、どんよりとした雲が天を覆い存在感を出している。

 加えて人の足が入らなくなって久しいこの山には、道らしき道がほとんどない。辛うじてできた獣道だけを通っていては、どこに出るかわかったものではない。鷲尾が定期的に空へ上がり、現在地を確認しながら、慎重に集落跡地へと向かった。


「なぁ、こんななら、最初から飛べる連中だけでパッと目指した方が早かったんじゃ……」

「飛べる面子には回復要員がいないんだよ」

「ん? 竜崎、鷲尾、籠井、神成、春井……。おお、本当だ」


 茸笠の言葉を猫宮がぴしゃりと払いのけ、茸笠は感心したように手を叩いた。ぱふっ、と胞子が散ったので、慌てて鷲尾がそれを吹き飛ばす。


「ありがとう、鷲尾。助かったよ」

「ん、あ、ああいや……」


 恭介が歩きながら謝意を示すと、鷲尾は気まずそうに視線を逸らした。


「(なんかまだ気まずそうだねぇ、鷲尾くん)」


 凛が、恭介の頭にしか聞こえない声でそう告げる。


「(せっかく仲直りしたのにな)」

「(やっぱアレだね。心がこもんなくて中途半端なごめんなさいになったのを悔やんでるのかな)」


 途中、何かしらのモンスターに遭遇するかと思ったが、特にそうしたこともなく、彼らはあっさりと、山の中腹に広がる集落跡地へとたどり着いた。石煉瓦を組んで作り上げた建物がたくさん並んでいるが、いずれも苔むし、蔦に覆われ、木々の成長に押し負ける形で半壊してしまっている。


「調査って何をすればいいんだ?」

「委員長としては、ゴウバヤシやカオルコを探したいところだろうね。ただ、この分じゃ期待薄かな。人が暮らしていた跡地とはいっても、これはもう、遺跡みたいなものだ」


 いくらかの山間に散見される集落跡地を見つけた時、竜崎はそこにゴウバヤシ達が身を寄せている可能性を考えたのだろう。もちろん、それ以外にも使えそうな道具を探したり、食用になるタンパク源を補充したりという意味合いもある。

 が、前者の目的に関して言えば、ほぼ完全に徒労に終わりそうだった。

 猫宮はヒゲを撫でつけながら、ぐるりと跡地を見回す。


「ひとまず、鷲尾は空を飛んで重巡分校に合図を送ってくれ。茸笠は、鷲尾を待って待機」

「うす」

「おう」

「ウツロギと姫水は、もう少し跡地を探索してみよう。もちろん、鷲尾達とははぐれすぎないように」

「わかった」

「ほいほーい」


 彼女の指示通り、鷲尾は翼を広げ、曇り空に向かってゆっくりと飛び上がっていった。猫宮は恭介たちに目で合図を送ると、そのまま軽やかに跡地の奥へと進んでいく。煉瓦で舗装された道路が砕け、木々がにょきにょき生えているところを見ると、植物の強さを実感する。


「雨が降りそうだな……。神成、大丈夫だと良いんだが」


 ぽつりと空を見上げながら、猫宮が呟いた。


「あー、鳥々羽ちゃん雷ダメだからねぇ」

「雷が鳴るようなことがあったら、その間は飛べない気がするんだよな。あいつ……」


 確かに、合図役である飛行要員が飛べないとあってはお粗末に過ぎる。


「確か、神成は分校の防衛に回してたぞ。その辺は竜崎だからな。抜かりはないさ」

「ん、そうだったのか。流石は委員長だな」


 鷲尾達のいる地点から、そう離れるつもりはない。適当に近くをぐるりと回って帰る予定だったが、恭介たちはそこで、蔦にもおおわれていなければ木にも突かれていない、ほぼ完全な状態で残っている建造物を発見した。

 やや縦長の建物に、ステンドグラスが埋め込まれていた。屋根の上には、ローブを着た男性の像。

 教会、であるように見える。当たり前だがキリスト教ではないだろうから、十字架はない。


 これだけぐちゃぐちゃになった村の中で、その教会だけが無傷だった。


「……二人とも、神様っていると思うかい?」


 猫宮が芝居がかった口調でそう尋ねる。

 確かに、教会だけが何の被害も受けていないなんて出来すぎだ。が、こちらの世界はファンタジーだから、神様の加護が本当にあったとしても、別に対して驚くべきことでもないように感じる。

 猫宮と恭介、そして凛。誰からというでもなく、自然と教会の方へと足が向いた。扉に手をかけてみると、特に錆びついた様子もなく、それは簡単に開く。


「おお……」


 恭介の口から、感嘆が漏れた。


「これ、ひょっとしたら人いるかもしれないな」

「そうだね。世捨て人か何かが暮らしているんだろうか」


 猫宮も頷き、3人は教会の中に足を踏み入れる。そして、硬直した。


 そこに立っているのは、2人の男女。女の方は、ひと目見て肉感的とわかる身体のラインを、紺色の地味な修道服で覆っている。いわゆる修道女。シスターだ。こちらは、まだいい。こんなところで生活しているには、いささか小奇麗すぎる気もしたし、その服は恭介たちの世界の修道女にあまりにも似すぎていたが、教会にシスターがいるのは当たり前だ。


 問題は男の方である。


「あぁん?」


 視線を向けたその男は、どこか野性的な笑みを貼り付けた、恭介たちと同じくらいの年かさの少年だった。

 予想外の装いをした少年を前にして、完全に動きを止める恭介たち。それを見て当の少年はこう言った。


「なんだ、転生オウガを探しに来たら……。予想外の連中が引っかかったな」


 男が着ていた服は、詰襟の学生服。更にはひと目見て日本語とわかる言葉の入った、腕章をつけていた。


「俺はナイトのスオウ。こっちはビショップのアケノだ。歓迎するぜ、市立神代高校、2年4組」

次回は明日朝7時更新です。

ついに恭介たちと接触してしまったナイトのスオウ! 順調に戦う相手がインフレしていっているけど、果たして恭介はまた粉々に砕かれてしまうのか!? 待て次回!

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