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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第28話 安寧を求めるか、それとも

 要塞線における戦いが終わった後、騎士将軍キャロルによって神代高校2年4組は改めて迎えられることとなる。委員長である竜崎は、改めてセレナを無事に送り届けてくれたことに対する礼と、結果として要塞の防衛戦に力を貸してくれたことに対する礼を受けた。竜崎がクラスの代表として、元の世界に戻る手段と今後の協力体制の相談について持ちかけたところ、2年4組の一同は、何故かそのまま王都へと連れて行かれることになった。

 何故か、ではないか。当然と言えば当然だ。第一王女セレナーデの命を救い、西護の要である要塞線を守ったのである。女王陛下から直々に謝意を申したい、ということらしい。


 ひとまず重巡を要塞線の脇に置き、ゴブリンとスケルトン、それにゼクウは一度おいていくこととなったが、出席番号1番紅井明日香あかい・あすかから出席番号40番鷲尾吼太わしお・こうたまで総勢37名、全員が王都へ招待される運びとなったのである。


 で、今、恭介は竜崎と共に、王宮にいる。行きかう使用人や近衛騎士達が、ドラゴノイドとスケルトンを興味深げに眺めている。

 竜崎はガチガチに緊張していた。キングオブリア充の異名を持っていた竜崎邦博が、このような態度を見せるとは意外ですらある。


「頼む、ウツロギ……! 俺の隣にいるだけで良いんだ……! 骸骨参謀だろ!?」

「その悪の大幹部みたいな名前、俺まだ認めてないんだが……」


 魔王委員長リュウザキは、これより女王陛下との謁見を控えている。さすがのコミュ力を持つ竜崎でも、いや、コミュ力を持つ竜崎であるからこそ、なのかもしれないが、女王との謁見前にビビりまくっている。考えてみればその人となりについては全く聞かされておらず、『全盛期にはあのキャロル将軍くらい強かった』というくらいしか情報がないのだから、無理からぬ話かもしれない。

 ちなみに国王の方はどうしたのだ、と思ったが、いまだに外交関係で国外を飛び回っているらしい。出来ることなら、日本人であるらしい国王陛下の方に会えれば良かったのだが、まあ、無理にとは言えまい。


 まぁ、緊張をほぐした方が良いな、と思い、恭介は聞きそびれていた話題を出すことにした。


「竜崎、結局どうして間に合ったんだ? おかげで助かったんだけどさ」


 先日の要塞線での戦いのことである。その十時間以上前に襲撃を受け、全員が無事であることも、完成までだいぶ時間がかかるはずだった重巡を動かせたことも、恭介にとっては疑問なのである。

 その質問をすると、竜崎はいくらか落ち着きを取り戻した様子で『ああ』と言い、額を掻いた。


「まず重巡の方なんだけど、こっちは本当偶然、状態の良いエンジンが見つかってさ。動かすことはできたんだ。まぁ、装甲とかがボロボロだから、これからも使うんだったら、改めて改修しなきゃいけないんだけど」

「ああ、そうなんだ。それは運が良かったな」


 恭介たちが徒歩でおよそ5日歩き詰め。それでも直線距離で200キロはないだろう。重巡の速度が時速40キロ程度出るのなら、5時間で到達する。


「ウツロギ達の場所は明日香が把握していた。多分、“血”の効果のひとつなんだろうな」

「なるほどね……」


 恭介は自分の手を確認する。これは、悪い方の副作用に入るだろうか。場所だけではなく、恭介の一挙手一投足まで紅井に監視される結果になっているのだとすれば、さすがに良い気はしないかもしれない。

 だが、その結果今回は助かったのだから、まあ良しとしよう。乱戦のさなかに主砲をぶっ放すなど危険も良いところなので、それはまた別に釘を刺しておくとして。


 問題は次だ。


「こんなこと言うのもなんだけど、よく無事だったな」

「それはね……。ちょっと、いろいろわからないこともあるんだけど」


 竜崎の物言いは、奥歯にものが詰まったようだ。


 重巡改修の護衛についていた竜崎は、赤い翼の悪魔たちによる襲撃を察知すると、拠点へめがけ一気に走った。フェイズ2“完全竜化”が最初に発動したのはその時だったというが、結論からいえば、発動させたその力を存分に振るう機会は、その時点では訪れなかった。

 拠点に戻ると、通路で佐久間たちが大量の小悪魔インプと交戦中であった。竜崎はそれに加勢し、雑魚を掃討すると、食堂に向けて走ったのである。佐久間によれば、既に一体の赤い翼の悪魔レッドウイングが彼女らを突破し、通路の奥へと進んだのだという。食堂から悲鳴が聞こえたので、もう攻撃を受けているかもしれない、と聞き、竜崎は走った。


 だが、食堂にたどり着いた竜崎が見たのは、一人残らず気を失って倒れ伏したクラスメイトたち。

 そして、その中央で心臓部を抉り取られ、灰となって消えていく赤い翼の悪魔の姿であったという。


「え? つまりその、どういうことだ?」


 恭介は困惑して尋ねてしまう。


「誰かが赤い翼の悪魔を倒したってことだよな? クラスメイトの誰かが。そいつも倒れてたのか?」

「多分だけど、そいつは気絶した振りをしていたんだよ。もしクラスの誰かがレッドウイングを倒したなら、そいつはウツロギ達のフルクロスより余裕で強いってことだろ? 今までそんな素振りを見せた奴がいなかったってことは、力を隠してるってことだしさ」


 だとしたら、そんなことをするメリットはなんなのか。力があると発覚して、目立つのを嫌ったのだろうか。いまいち、ピンと来ない。だが、ここで竜崎が嘘をつく必要はないし、彼は見たまま思ったままの真実を口にしているはずだ。

 考え込む恭介に、竜崎は更に驚くべき言葉を口にする。


「多分、佐久間と犬神は、それが誰か気づいてる」

「え……」

「で、その二人が気づいてるってことは、十中八九で明日香なんだ。でも確証がない」


 あの、クラスの怠惰なクイーン、紅井明日香。恭介に血を分け、命を救ってくれた紅井明日香だ。

 彼女の固有能力である血界兵団ブラッディ・コープスの強さは、恭介も把握している。紅井ならば、それだけの力を持っていたとしても、不思議に思うことは何ひとつない。


「そう言えば、紅井と犬神だけだよな。姿が変わってないの」

「ああ。なんだか、妙な気がしないか?」

「妙と言えば、確かにいろいろ妙なんだけど……。具体的に何が変かって言われるとよくわからないな」

「そう……。そうなんだよなぁ」


 竜崎は額を押さえて溜め息をつく。どうやら、魔王委員長の悩みのタネはまた増えてしまったらしい。


 妙と言えば。

 あの赤い翼の悪魔は、恭介のジークンドーの構えを見たとき『カンフー映画ゴッコ』と口にしていた。あの男には、恭介たちの世界に関する知識があるのだ。彼ら自身、恭介たち同様こちらの世界に転移してきた連中なのだろうか。

 わからない。とにかく、謎は深まるばかりだ。


「まぁ、明日香が力を隠してるって話は、おおっぴらにしないでくれ。面倒事になるかもしれない」

「別に良いけど、紅井には逆らいづらくなるな」

「そんなことないさ。力を隠していたって、明日香はクラスメイトで、俺たちの仲間だ。で、俺たちはこの世界で力を合わせていけないといけない。明日香にも言うことはちゃんと聞かせるつもりだし、それに……」

「それに?」

「佐久間をけしかければ、明日香は断りにくいって最近わかってきたしな」


 この竜崎も、ずいぶんと人間の動かし方というものが、身についてきたらしい。


 自分たちは人間ではないが、というツッコミを自分で入れようとして、恭介はやめた。凛の言葉を思い出したのだ。彼女は、恭介が吐いたその言葉に対して、はっきり『人間だ』と言った。

 『人間じゃないけど』『ヒトじゃないけど』という定番のジョークは、あるいは状況に対する諦念と、カッコ悪いだけの照れ隠しだったのかもしれない。と、恭介は思い直す。凛は、あれだけの思いをして、あれだけの真似をできるようになってもまだ、『人間』であることを諦めていないのだ。


 ならば、恭介だってそうあらねばならない、とは思う。


「リュウザキ殿! お待たせいたしました。謁見の間へお通しいたしますぞ!」


 宰相と思しき禿頭の老人が、フガフガ言いながらこちらへと歩いてきた。背後には、二人の重装騎士を従えている。竜崎は、ピンと背筋を伸ばした。


「物々しくて申し訳ありませぬ。お二方が悪い方でないのはわかっているのですが……」

「いえ、丸腰でも抜き身の剣を握っているようなものです。必要な措置でしょう」


 竜崎はイケメントカゲフェイスにニコリと笑みを浮かべて言った。

 この野郎。さっきまでの緊張はどこに行ったというのか。


 とは言え、王宮までついて来てしまったのだ。恭介は、竜崎と共に老人に案内される。真っ赤な絨毯の上を進んでいくと、重厚な扉が開き、その奥の数段高い場所に、玉座がふたつ、並んでいた。片方は空席だが、もう片方には青いドレスに身を包んだ金髪の女性が座っている。そこから少し離れた場所には、セレナが立っていた。

 礼儀作法がわからぬ恭介たちである。ひとまず、謁見の間とやらに入る直前、入り口で立ち止まり一礼をした。剣道や柔道の授業の時のようだ。玉座に腰かけた女性は、一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに立ち上がると、同じような一礼をこちらに返してくれる。


 あれが、セレナの母親だ。よく似ている、と恭介は思った。玉座の横に剣が置かれていることには、少しばかりギョッとした。


「ようこそいらっしゃいました」


 柔和な笑みを浮かべて、女王がそう口にする。セレナとは違って、こちらはキチンと王族らしい気品が漂っている。

 少し離れた場所に立っているセレナは、何が嬉しいのかこちらに手など振っていたりした。


「お初にお目にかかります。女王陛下。市立神代高校2年4組。委員長の竜崎邦博でございます」

「あ、えっと。付添いの空木恭介です」


 一語一句、よどみなくハキハキと語る竜崎を見ると、やはり自分がついてくる必要はなかったのではないかと思う。


「クニヒロに、キョウスケ……。ああ、セレナから聞いた通りですね。キョウスケは“恭しくたすける”、クニヒロは……」

「領土を意味する“邦”に博識の“博”です。女王陛下」

「ああ、なるほどなるほど」


 ニコニコと笑って、女王が頷いた。


「さて、セレナを通して、あらかじめ質問状を受け取っています。端的にまとめると『元の世界に帰れるか』と『これから我が国と協力体制を築けるか』ですね。国王不在の間、内政の権限は私にありますから、この国の最高責任者の立場から、お答えしましょう」


 そう言って、女王はセレナから書簡を受け取る。見たところ、羊皮紙などではない、上質そうな紙を使っていた。


「まずは最初の質問。『元の世界に帰れるか』。不可能とは言いませんが、かなりの困難が伴います」

「本当ですか!?」


 不可能ではない。その言葉が引き出せるとは思っていなかった。竜崎の声はテンションが上がっている。

 しかし、女王陛下の表情は少し厳しいものだった。


「こちらの世界でも異世界召喚・送還の研究は進んでいますから。ここ最近は20年ぶりに時空境界面が不安定になっているので、穴をあけることも難しくはないでしょう。ですが……」

「ですが?」

「仮に送還に成功したとしても、皆さんを元の姿に戻すことができません」


 女王はあっさりと、しかし残酷な現実を突きつける。


 姿をモンスターに変えての異世界転移は、何人ものトリッパーを見てきた女王からしても、初めての事例であるらしい。このまま送還儀式を執り行ったとしても、恭介はスケルトンのままだし、竜崎はドラゴノイドのままだ。人間に戻れなければ、元の世界に帰る意味がない。その手段は、使えない。

 悔しそうに顔を伏せる竜崎。恭介にも気持ちはわかる。せっかく見えかけた希望が、潰されたような気分だ。


「気を落とすには早いですよ、リュウザキさん!」


 セレナが拳をぐっと握って言った。女王は彼女をちらりと見て、こう言った。


「セレナが説明したがってるので、続きはこの子に任せます」

「任されます!」


 女王陛下とは違ってまったく王族らしくないプリンセス・セレナーデが、鼻息も荒く竜崎たちの前にやってくる。その後ろから、数名の騎士が机を運んできた。机の上に、地図を広げる。

 それは、どうやら大陸、それも人間の活動圏について詳細が刻まれた地図であるらしい。竜崎と恭介は、二人でそれを覗き込む。


 地図の最西端に、セレナが印を置いた。どうやらこの国の位置を示すものらしい。


「この大陸には、世界三大賢者と呼ばれる高名な魔法使いがいらっしゃいます」


 いかにもファンタジーな単語が飛び出す。


「その三大賢者なら、俺たちの姿を戻せるのか?」

「せっかちさんですね!? 結論が早いですよ! まあ、そうなんですけど!」

「この文脈からしたらそう思うよ……」


 セレナは、大陸の中央にある一際大きな国を指して言った。


「で、三大賢者の内のおひとり、マスター・カローラ! 彼女は帝都に暮らし、帝国の爵位まで持ってらっしゃいます! ですが、みなさんが帝都に行っても下手したら攻撃されるだけなので、ダメです!」

「勅書とか持たせてくれないの?」

「その辺はあとでお母様からお話があります。あと、マスター・カローラは系統だった魔法にうるさい方らしいので、みなさんを下に戻す魔法にはそんなに詳しくないかもしれません」


 何故そんな人物の名前を先に挙げるのかよくわからないが、とにかくそのマスター・カローラという人物は、ダメらしい。

 次にセレナが指示したのは、中央の帝国からほど近い、やや西側の都市である。


「次に帝国の魔法都市に拠点を置く、マスター・ジャロリー! 彼女は基本的に世界中を旅して回っているのでまず会えません! ダメです!」

「………」

「異世界召喚・送還に関しては第一人者なんですけど、ここ20年ばかりは大規模攻撃魔法の研究ばっかりやってるそうです」


 最後にセレナは、大陸の最東端まで大きく指を動かした。恭介たちが今いる国とは、帝国を挟んで、ほとんど正反対の方向である。セレナの指先は、小さな公国にほど近い森のド真ん中で、ようやく止まった。


「なので、みなさんが頼るべきもっとも確実な賢者は、この東の森にお住まいになっているマスター・マジナになるのではないかと……」

「その人は普通なのか?」

「到底普通とは言い難い人らしいですけど、まぁ、おカネさえ積めばだいたいのお願いは聞いてくれるそうです。あと、ヘンテコな研究ばっかりしてるので、元の姿に戻す方法にしても一番希望があるんじゃないかと……」


 だが、遠い。陸上艦を直進させたところで、1日や2日で到着できる距離ではなさそうだ。

 それに、懸念はそれだけではない。難しい顔で考え込む竜崎の隣で、恭介がぽつりと言う。


「おカネなんてないんだけど……」

「それはこちらから出しましょう」


 女王陛下があっさりと口にしたので、竜崎と恭介は思わず顔をあげてしまった。


「い、良いんですか!?」

「はい。そして、そのまま質問状にあった『協力体制を築けるか』という話に入りますね」


 騎士達の手で机が改めて撤去される。女王は、書簡を広げたまま、はっきりとこう言った。


「結論から言いますと、こちらは無理です」

「う……」

「いえ、無理とまでは言いませんが……。やはり、極めて難しいと言わざるを得ません。理由としては現在、壊滅的な被害を受けた西の要塞線の補修もありますが、それ以上に……」


 女王は顔をあげる。その表情から、先ほどまでの柔和な笑みは消えていた。


「“紅き月の血族レッドムーン”と名乗る異形による襲撃が、帝国領、および旧帝国領で頻発しているという報告が入りました」


 竜崎と恭介は息を飲む。それが、あの赤い翼の悪魔たちの仲間であることは疑いようもないからである。

 要塞線の襲撃に際し、小悪魔インプ屍鬼グールというモンスターを率いていた彼らだが、各地に出現した個体が率いていたモンスターは、どうやらそれだけではないらしい。小国の中には壊滅的な被害を受けたところも多く、帝国では既に属国に対し協力を呼び掛けている。

 どうやら、国王の帰りが遅れているのは、そうした事情もあってのことであるらしい。


 紅き月の血族は、紅月王と呼ばれるリーダーを頂点とし、人間勢力への攻撃を繰り返しているとのことだった。


「皆さんの世界でわかりやすく例えると、“魔王”と言ったところでしょうか」


 ここで、女王が『協力できない』と言った理由が、はっきりしてきた。

 多彩なモンスターを率いる、正真正銘の“魔王軍”が人類を脅かしはじめているのだ。一国として、40体ばかりのモンスター軍団を支援する立場を保つことはできない、ということなのだろう。話を聞く限り、この国もまた、中央帝国の属国なのである。

 帝都入りの為の勅書を、持たせることもできない。


 マスター・マジナとやらに積むための資金を用意してくれるのは、この国が恭介たちにできる、精一杯の協力であるとも言える。


「とは言え、我が国は田舎です」


 女王はのほほんと言った。


「田舎に40体のモンスターを匿うくらい、そう難しいことではないでしょう。みなさんが、ほとぼりが冷めるまでこの国でじっとしていると言うのなら、それなりの居住場所を用意いたします」

「………」


 竜崎は黙り込んでしまう。恭介も考えこむことになってしまった。


 女王からもたらされた提案は、魅力的なように思えた。この世界はいま、戦争に突入しようとしているのだ。その戦争に巻き込まれないよう、女王は極力便宜を図ってくれるらしい。幸いにして、この国の最高責任者の理解は得られているのだ。モンスターとして人間たちから白眼視されることもあるだろうが、あの拠点ダンジョンでのサバイバルよりは、ずっと楽な生活になるだろう。

 しかし、紅月王が倒されたとしても、帝国を中心としたこの大陸の警戒が解かれるまでに、果たしてどれだけの時間がかかるかわからない。ただほとぼりが冷めるまでの間、じっとしているというのは、気が遠くなるようでもあった。


 それに、だ。


 小金井のことも、ある。


「クラスのみんなと話し合わないと、なんとも言えません」


 竜崎は、最終的にそう告げた。どうやら、3回目の異世界クラス会議を開く必要がありそうだ。


「わかりました。必要なことですからね」


 女王はそれだけ言って、結論を急くような真似はしなかった。ただ、『あ、』と思い出したように口を開く。


「そうだ。後出しの情報になって申し訳ないのですが、」

「なんでしょうか」

「要塞線が1度目の襲撃を受けた翌日でしょうか。私もたまたま滞在していたのですが、あなた達と同じ、言葉を話すオウガに出会いました」

「本当ですか!?」


 竜崎が思わずいきり立った。言葉をしゃべるオウガ。おそらくゴウバヤシのことだ。


「かなり手負いの状態で要塞線にたどり着いたのです。キャロルにも反対はされたのですが、傷の手当てをし、数日、要塞線で匿ったんです」

「オウガだけだったんですか? 他には……」

「彼だけでした。お連れとははぐれてしまったと聞いています」


 連れというのは、カオルコのことだ。はぐれてしまったとは穏やかではない。それが事故によるものなのか、事件によるものなのか。ゴウバヤシ自身が、数日の手当てを必要とする怪我を負っていたというのも、恭介たちの胸中のざわめきを加速させる。

 彼らもまた、赤い翼の悪魔による襲撃を受けたのだろうか。


「それで、そいつは……」

「怪我を快癒させた後、本人が希望したので更に数日稽古をつけて、その後は南に向かいました」

「南に……」


 竜崎は考え込む。


「皆さんが、王国に留まることを良しとせず、マスター・マジナの居場所を目指すのであれば、やはり北や南へ一度迂回することをお勧めします」


 女王が告げ、セレナに地図をもう一度広げさせた。


 王国からまっすぐ東に直進する場合、大きな街道を通ることになる。途中、帝国をはじめとした大きな国家や都市とぶつかることになり、余計な攻撃を受ける可能性があった。

 人類生活圏の最西端であるこの王国は、南北を峻厳な山々に囲まれている。こちら側に迂回し、あるいは帝国の手が届きにくい海などを通って大陸の東側まで向かうのが、比較的安全なルートであると教えてくれた。


「わかりました」


 竜崎は改めて片膝をつき、女王に頭をさげる。恭介も慌ててそれに倣った。


「度重なるお心遣いに感謝します。女王陛下」

「どのような道を選ぶにせよ、みなさんの御幸運を、お祈りしています」


 恭介と竜崎は、そのままセレナの方にも頭を下げ、謁見の間を後にした。





 王都では、週に1回のバザーが開かれているらしい。大陸の商会ギルドが主催するもので、大陸の田舎に位置するこの国では、あまり見られないようなものが並ぶと言われていた。2年4組のクラスメイト達は、騎士による監視付きという条件下で、その大バザーに繰り出すことを許されていた。

 40体近いモンスターがわいわいと繰り出してくるのだから、市民の怯えっぷりは相当なものである。営業妨害も甚だしいと思われたが、害がないとわかると、次第にバザーは活気を取り戻してくる。


 恭介たちも、宮殿から出るとバザーへと向かった。クラスの一同は、セレナーデ姫の保護に対する謝礼という名目で、いくらかのお小遣いをもらっている。1ヶ月以上ぶりである『買い物』に、生徒たちのテンションはかなり上がっていた。


「犬神さん、なに探してるの?」

「……下着。変身するとき、脱ぐのめんどいんだよ」

「し、下着はないんじゃないかなぁ……」


 これは佐久間と犬神の会話だ。ここに紅井の姿はない。彼女は、春井ハーピィ蛇塚ラミアといった取り巻きたちとバザーを回っている。こちらの世界の珍しい香水や化粧品に、彼女たちはやけにテンションをあげていた。商会ギルドのたくましい商人たちは、モンスター相手にも一歩も引かない商売を続けている。

 杉浦スキュラが探しているのは、やはり珍しい食材や、新しい調理器具だ。ダンジョンの中から発掘された鍋やら包丁やらで代用するにも限界がある。花園アルラウネは植物の種や苗を探しているし、蜘蛛崎アラクネは服飾品の物色だ。


「おい、サーモン。これ見ろよ。日本の漫画だ……」

「ほんとだ。こっちの世界に翻訳されてる」


 男子生徒はもっとフリーダムだ。ただ珍しいだけのもの、意外性のあるものなどを見つけては、ゲラゲラと笑っている。完全にノリが修学旅行だ。まぁ、この異世界にいるのも、見方を変えれば修学旅行のようなものではある。

 艶めかしい春画や、酒・タバコなどの嗜好品を購入しようとしていた生徒は、木刀を買ったばかりの風紀委員剣崎デュラハンに追い掛け回されていた。


 姿は戻らないが、久々に人間らしい時間を過ごせているようだ。


「やっほう、ウツロギくん!」


 凛がたっぽんたっぽんと上下運動をしながら、恭介のもとにやってくる。


「姫水か。おまえ、何買ったんだ?」

「かっこいい石ころっていうのを売ってたから、それを買ってきた! 見て、すごくかっこいい!」

「おまえ結構カネをドブに捨てるのに躊躇しないな……」


 凛が自慢げに掲げる、その辺の河原で拾えそうなやけにかっこいい石ころを眺め、恭介は生ぬるい気持ちになる。


「瑛は?」

「なんか面白そうな本を探してる」

「そうか。まぁあいつらしいな」

「女王様と会ってきたんでしょ? どうだった? なんかわかった?」


 凛は、ナップザックに石ころをしまってからそう尋ねた。ナップザックも背負うわけではないので、中に入れる必要があるのか疑問ではあったが、まぁその辺は気持ちの問題なのだろう。

 何かわかったか、と聞かれると、恭介は参ってしまう。


 わかったことは、たくさんある。だが、同時に決めなければならないことも、たくさんできてしまった。


「姫水は、元に戻りたいんだよな?」

「まぁ、そうだねぇ。難しそうなの?」

「簡単じゃなさそうなんだよ」


 明日になれば、改めて竜崎の口からクラス全員に語られるだろう。恭介は、謁見の間で聞いた話を、簡潔にまとめて凛に説明した。大陸三大賢者のひとり、マスター・マジナなる人物の手を借りる必要があることと、そこに至るまでの道のりの遠さ。そして、女王から提案された、この国でのんびり暮らすという話についても触れる。


「なるほどぉ」


 凛は頷いた。


「それは、クラスの意見が割れそうだね」

「だろ?」

「でも多分、この国に匿ってもらっても、きっと安全じゃないと思うよ」


 きっぱりと口にする彼女の言葉は、意外なものである。恭介は首を傾げた。


「どうしてそう思うんだ?」

「レッドウイング達が拠点を襲った目的は、どう考えても、あたし達だから」


 国内の安全な場所にかくまわれていても、あの赤い翼の悪魔たちは2年4組を狙う。人間を装い国内に侵入してくる可能性は十分に考えられるし、律儀に外側から攻めようとするにも、熱が入ることは十分に想像ができた。

 戦闘が激化する中、連中が恭介たちを狙っているとわかれば、市民たちの怒りはこちらに向く。得体のしれないモンスターを匿っている余裕などはないと、王室に対する不満や不信感が募る可能性すらあるのだ。


「そもそもなんで連中は俺たちを狙うんだろうな」

「使い物になるとか、ならないとか、言ってたよねぇ……」


 やはり、ダメだ。さっぱりわからない。幾つかの予測はたてられるが、いずれも確信には至らない。

 わかったことは多かった。だが、わからないことも多すぎる。


「ま、今はさ、そんな難しいことばっかり考えてる時じゃないよ!」

「うおっ……」


 凛は明るい声をあげて、恭介の背中をべちんと叩いた。先日の戦いで貯水した分をすべて排出してしまったので、今の凛は完全にノーマルモードだ。それでも、背中を叩く力は結構強い。


「あたし達だけが悩んでも仕方ないことだし、明日、みんなで改めてその悩みを分担すればいいよ」

「ああ、うん……。まぁそうだな……」

「ほいっ、これでオシマイ! あたしが買った美味しそうな珍味に二人で舌鼓を打とう!」

「かっこいい石ころをか?」

「や、それはちょっと……。これだよこれぇ!」


 凛はナップザックから、ジャーキーやら何やらを次々に取り出す。えらく買い込んだらしい。

 彼女の明るさには、かなり助けられている気がした。もしも凛がいなかったら、恭介は、状況の重さにとっくに押しつぶされていたかもしれない。恭介だけではないな。きっと、瑛もそうだ。あいつもああ見えて、凛に対しては深く感謝をしている様子だった。


 みんなで少しずつ無理をしていくというのも。

 それに、自分たちが人間だというのも。彼女が教えてくれたことだ。


「ありがとう。姫水は凄いな」

「えぇっ!? なに? い、いきなりお礼!? ちょっ……うん! どういたしまして!」


 凛がいきなり混乱して、めまぐるしい変形を繰り返す凛だが、最後にははっきりそう言った。


「とっ、とりあえず、その辺のベンチに腰かけてさ! 食べようよ! ジュースも買って……ああ、こぼれてしまった……」

「だからお前ちょっと今色合いがマーブルなのか」

「えっ、嘘。あたしの中に溶けだしてる? どうする? ウツロギくん、の、飲む……?」

「飲んでも良いんだけど……」


 恭介はぽりぽりと頭を掻く。


「俺が飲んだ分はそのままこぼれるから、なんか凄いもったいない気がする」

「その分をあたしが飲めば完璧だよ! すごい! 無限にお互い味を楽しめる!」

「そんな発想ができて自分が人間だと言い張れる姫水は凄いな……」


 結局のところ、恭介は凛のこぼしたというジュースを改めて買うことにした。この後、国に留まるにせよ、国を発つにせよ、おそらく人間の生活圏で人間らしい振る舞いができる時間というのは、そう長いものではないのだ。

 ならばせめて、今この買い物をしている時間だけは、満喫しておかなければならないと思った。


 ちなみに買って飲んだジュースは結局凛が一滴残らずさらっていった。




クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―

第二章 <完>

次回、乾物ティーチャーかつぶしLesson2を挟んで、第三章開始となります。

かつぶし 4/4 0:00 第三章 4/4 7:00 になるか、

かつぶし 4/4 7:00 第三章 4/5 7:00 になるかは、まだちょっとわかりません。



感想返しはまとめてやりまーす。

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