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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第27話 強く、鋭く、靭やかに

「ストリーム!」「クロォス!」


 高密度に圧縮された凛の身体にくたいが、恭介の身体こっかくと交差する。瑛の言葉通り、タイミングはピッタリ合わせた。締め付けるような感覚と共に、凛のスライムボディが全身になじんだ。ただ、いつもより圧迫感が強い。身体中が、ずっしりと重かった。

 骨の軋むような音がする。あまり長くはもたないかもしれない。


「ウツロギくん、大丈夫? 苦しくない?」

「一応大丈夫だ。ただ、全身がミシミシいってる」

「そっか。じゃあ、ケリは早くつけないとね」


 凛の声は緊張感にあふれていた。

 それでも、圧縮状態の彼女との合体に耐えられるのは、紅井の血のおかげだろう。まだ“悪い方”の副作用ははっきりしていないが、みんなの力が重なってひとつの強さになっていることを、改めて実感する。


 竜崎はというと、白馬に回復魔法をかけてもらっていた。


「天より来たれ慈愛の光! 我が友輩ともがらに再起の力を与えん! 《癒しの光ヒーリングライト》ォォ!」


 一本角に柔らかな輝きが宿り、竜崎の全身についた細かい傷を癒していく。竜崎は苦笑いを浮かべる。


「白馬……。ずいぶんと楽しそうに詠唱するようになったんだな……」

「なにごとだって楽しくやれた方が良いだろ」


 何やらもっともらしいことを言う白馬であった。

 恭介は自分の手を握ったり開いたりし、感触を確認する。重たさや圧迫感のある分、両腕の微かな動作にも力がみなぎるのがわかった。これならいけそうだ、という確信めいた思いがある。

 竜崎と視線を合わせ、頷く。竜崎は翼を広げ、その背中をこちら側に向けた。


 おそらく、自分と凛が2年4組で最初の竜騎士ドラゴンライダーだ。

 童話や古い国産RPGが大好きな恭介としては、ちょっと心躍るものがある。


「乗るぞ、竜崎」

「ああ」


 白馬が何やら心配そうな視線を送ってくる。どうかしたのだろうか。いつもはおしゃべりでハイテンションな凛も、この時ばかりはやけに無言だった。瑛に加えて騎士団のみなさんまでも、緊張した面持ちでこちらを見守っている。

 恭介が竜崎の肩に手をかけ、重心を乗せた時、竜崎は『ぐっ!?』とくぐもった悲鳴をあげた。


「ぐ……! お、」

「お?」

「あ、い、いや、なんでも……ないっ……!」


 竜崎は全身に力を入れ直し、恭介と凛を背中に乗せたまま、ゆっくりと立ち上がった。


 そこにきて、ようやく恭介は合点がいく。竜崎が飲み込んだ言葉は、『重い』だ。圧縮状態の凛は確か重量も相当なものになっていたはずだから、当然ではある。竜崎はそもそも凛が圧縮状態であることすら知らないはずだから、かなりの不意打ちであったことだろう。

 それでも、『重い』と口にしなかったのは、凛が女の子であったからに違いない。女の子にその言葉は禁句だ。ましてや、凛は竜崎が一度は告白をした相手なのである。これがモテる男の気遣いなのか、と、恭介はひそかに戦慄していた。


「りゅ、竜崎くん平気? だいじょぶ? 無理してない?」

「みんなが……! できるだけの、無理をするっ……! 凛が、さっき、言っただろう……!」


 男、竜崎邦博。立派だった。しばらくよろけていたドラゴンも、やがてバランスを整え、改めて翼を広げる。

 歯を食いしばりながらひと羽ばたき。超重量状態となった恭介たちを乗せ、竜崎の巨体がふわりと宙に浮かび上がった。


「ウツロギも凛も……、無理をしているっ……! 俺だけがしないわけには、いかないんだよ!」

「竜崎……」

「行くぞ二人とも! 振り落とされるんじゃないぞ!」


 これがフェイズ2に移行したアタリ種族ドラゴノイドの底力なのか。竜崎は蒼穹に高く吼え猛ると、積載重量を感じさせないスピードで一気に飛翔した。目指すはレッドウイングの背中だ。ぐんぐんと飛行速度をあげる竜崎の翼に、凛が驚嘆の声をあげる。


「速い……! すごく速い……!」


 頭の中に、彼女の感動がじかに響いてくる。


「比較対象はあえて挙げないけど、とにかくずっと速い!」

「お、おう……」


 それは、古い国産RPGをこよなく愛する恭介への、彼女なりの配慮のつもりなのだろうか。

 地上に視線を向けると、瑛と白馬が、騎士団のメンバーと移動を開始しているところだった。改めて空から戦場を見下ろすと、最初の頃に比べてだいぶ変化してきている。要塞線の一部が大きく崩され、屍鬼グール小悪魔インプたちがなだれ込んでいる。セレナは果たして無事だろうか。瑛たちは、崩れた要塞線の中へと乗り込んでいった。


 やがて、レッドウイングの背中が目に見えて近づいてくる。竜崎はあぎとを開き、その咥内から灼熱のブレスを噴き出した。レッドウイングは初めてこちらに気付いたように、上へと垂直に回避する。恭介は、右の拳を突き出した。


「撃て、姫水!」

「よっしゃあ!」


 高密度に圧縮された水の弾丸が、右の拳から発射される。それに気づいたレッドウイングは両腕を交差させながら防御態勢を取ったが、砲弾はガードの上から衝撃を撃ち込む。空中で大きくのけぞり、赤い翼の悪魔は体勢を崩した。


「効いてるぞ!」


 竜崎がはっきりと叫んだ。凛も快哉を発する。


「よし、姫水百億メガトンシュートと名付けよう」

「その辺は瑛ともう少し相談してくれ」


 レッドウイングが体勢を崩したところに、竜崎が間髪入れずブレスを叩き込む。赤い翼の悪魔は、全身を炎に焼かれることとなる。黒い甲冑に覆われた部分はおそらく無傷だろうが、それでも、浅黒い肌が大きく焦がされる。

 だが、やはり恐るべきは悪魔の本領であった。赤い翼を広げた怪物は、絶えず噴きつけられる灼熱の吐息を振り払うようにして、こちらへとまっすぐ向かってくる。


「竜崎!」


 恭介が叫ぶも、既にレッドウイングは竜崎の懐にまで潜り込んでいた。速度と体重をのせた破壊力のある一撃が、竜崎の首筋に撃ち込まれる。更に追撃をくわえようとする赤い翼の悪魔の動きを見て、恭介は竜崎の背中を蹴りたてた。


「ウツロギ!?」

「でぇりゃっ!」


 宙に身を躍らせ、空中でレッドウイングの身体に組みつく。赤い翼の悪魔は、憎々しげに呟いた。


「貴様、この期に及んでまだ……!」

「竜崎くん! こっちは任せて!」


 圧縮状態の凛が持つ超重量を、赤い翼の悪魔は支えきれない。跳びかかりの際の加速度も相まって、地上に向けて一気に墜落していく。

 レッドウイングが組みついた恭介の身体を引きはがそうと必死にもがくが、圧縮状態の凛の身体が持つ膂力は相当なものだった。このまま地上に叩きつけて、そのまま第二ラウンドだ。恭介と凛、そして赤い翼の悪魔は、そのまま轟音と共に再び地上の戦場へと舞い戻った。





 突如戦場に出現した、陸を走る鉄の船。小悪魔や屍鬼、そして死霊の王たちの一部の軍勢は、標的をそちらへと移した。結果として、改修が済んだばかりの重巡陸艦に、敵の軍勢がわらわらと殺到する。

 いや、改修は済んでいないのだ。とりあえず、原動機にシャフトを連結させ、地上を走れるようにしただけに過ぎない。錆びと経年劣化でボロボロになった外壁面はほとんど手付かずなのだから、改修総監督の暮森グレムリンは悲鳴をあげた。


「ご、五分河原! なんとかしてくれ! これじゃあすぐに壊されちまう!」

「と、言うことだから動ける戦闘要員は全員出撃! えーと、『艦の直衛に回れ』!」


 小金井の残した用語メモを眺めながら、五分河原ゴブリンは艦内無線に向けてそう叫んだ。


 真っ先に飛び出したのは剣崎デュラハンだ。鷲尾グリフォンの背にまたがり、空から乗り込もうとする小悪魔の軍勢に切り込んでいく。甲板の銃座についたゴブリン達が、機銃による援護射撃を行った。彼らのボスの座はすっかり五分河原に譲られ、優秀な人足となってくれているのは助かるのだが、弾薬に関してはそう余裕があるわけではないので、無駄遣いはできない。

 オークの奥村や野良オウガのゼクウ、籠井ガーゴイル魚住ギルマン茸笠マタンゴなども次々と甲板に飛び出した。外壁をよじ登ろうとしてくる屍鬼たちを、触手原ローパーが一体一体丁寧に引っぺがしていく。


「これ、あたしも動いた方が良いわけ?」


 退屈そうに爪を磨いていた紅井が、そんなことを呟いた。五分河原は頭を掻く。


「どうだろうなぁ。まぁ、外に出てくれると助かるけど。俺たちじゃあの死霊の王デカブツは倒せないしな」

「ふーん。まぁ、気が向いたらやっとく」

「あ、明日香ちゃん!」


 そう言いつつ、紅井は艦橋を出て行く。佐久間も慌ててそれを追いかけた。

 二人の姿が消えたあたりで、隅っこに座り込んでいた犬神もゆっくり立ち上がり、スカートのポケットに手を突っ込んだまま、やはり艦橋を出ようとする。五分河原は、ちらりとそれを見て呼び止めた。


「あー、犬神」

「あ?」


 どうやら虫の居所が相当悪いらしく、不良少女アウトローの犬神響は威嚇しながらこちらを向いてくる。

 しかし、中学時代から“赤いちゃんこ鍋”と友達づきあいをしてきた五分河原は、そんなことでは怯まない。


「更衣室は、下降りて突きあたりだぜ」

余計っけーなお世話なんだけど」


 犬神は吐き捨てるようにそう言いつつ、しっかり更衣室へ向かった。


「五分河原、面白いものが見える」


 艦橋に腰かけていた猫宮ケット・シーが、自慢のヒゲをなぞりながらそんなことを言う。


「面白いもの?」

「ウツロギ達とレッドウイングの一騎打ちだ。リベンジマッチ、ってところかな?」


 彼女の指し示す先に望遠鏡を向けると、確かに恭介と赤い翼の悪魔が、互いに睨み合っているのが確認できる。恭介の方は、全身を青い半透明の膜で覆っている。あれは姫水凛だろう。今度は瑛の姿が見当たらないが、どうやら合体状態で挑むつもりらしい。

 フルクロスでも太刀打ちできなかった相手に、どう戦うつもりなのか。五分河原は疑問に思ったが、恭介のたたずまいに、不安に感じるところはない。


 だが、ひとつ気になることがあると言えば、


「猫宮、あれは一騎打ちって言わないと思うぜ」

「ああ、そうか。2対1だからね」


 甲板では、群がってきた小悪魔たちを佐久間が魔法で一気に叩き落としているところだった。





「姫殿下、ご無事ですか!」


 小悪魔や屍鬼たちを切り伏せて、騎士がセレナのもとに駆けつける。それを追うようにして、白馬と瑛も彼女の元にたどり着いた。ドレス姿のセレナは、長槍スピアをぎゅっと抱きしめたまま、必死にこくこくと頷いている。彼女の護衛についていた騎士達は、全員満身創痍といった様子だった。

 要塞線の中には、かなりの数の敵兵力がなだれ込んできている。内部だからといって安全とは、既に言えないような状況であった。


 白馬が傷ついた騎士達にやたらと高いテンションで回復魔法をかけていく。その間、瑛は周囲を確認していた。敵の気配は、ない。


「あ、あの。ウツロギさんやリンさんは……?」

「あの二人は戦っている」


 セレナの問いに短く答えると、セレナは己の長槍をぎゅっと抱きしめた。


「そう、ですか……」


 あるいは彼女も、自分の無力さをかみしめているのだろうか。瑛は、セレナの思いつめた表情を見て、そんなことを思う。


「ひとまず、移動しましょう。姫殿下をお守りしながら、一度屋上に出ます。ハクバ殿とヒノ殿も、協力していただけますか」

「もちろんだ。セレナさんは転校生クラスメイトだからな」

「てんこ……は?」


 騎士の言葉に白馬が調子のいいことを言う。


 一番年長と思しき騎士に従って、一同は移動を開始する。白馬はちゃっかり、セレナを自らの背に乗せていた。屋上へと向かう途中、瑛はセレナにこう尋ねた。


「セレナーデ姫、君の知識をアテにひとつ質問をするが」

「あ、はい。なんでしょう」

「恭介はいま、圧縮状態の姫水と合体している。君から見て、あの赤い翼の悪魔レッドウイングに抗しうるだけの力を、手にできると思うか?」


 セレナは、口元に手をあてがい、真剣な表情で考え始めた。答えを出すことに慎重になりながらも、彼女ははっきりと言う。


「結論からいえば、多分、できます」

「おお」


 白馬の口から控えめの快哉が漏れる。


「レッドウイングを相手どる上で一番厄介なのは、あの堅牢な鎧です。本人自体はおそらく熱や光に弱いと思うんですけど、あの鎧はその弱点を完全に相殺するためのものなんです。だから、あれを破るのに取れる手段はふたつ」


 セレナは、白馬にまたがったまま、ピッと2本の指をたてた。騎士達も、モンスター知識に精通した姫殿下の言葉に耳を傾けている。


「鎧を引っぺがしてから魔法攻撃で攻めるか、あとはもう、単純な力比べに勝つかしかありません」

「恭介たちが取れるのは後者ということか」

「いえ、結論から言えば、両方取れるはずなんです」


 彼女が意外な言葉を口にした時、一同は要塞線の屋上に出る。

 戦場の敵は、既に数をだいぶ減らしつつあった。それは、大半が要塞線の内部に侵入しているということでもある。


 そして、赤茶けた荒野の中央に、睨み合う恭介とレッドウイングの姿があった。


「問題は、ウツロギさんの骨格が、圧縮状態のリンさんにどれだけの時間耐えられるかなんです」

「本人は、あまり長時間はもちそうにないと言っていた」

「やっぱりそうですよね……」


 少し視線を移すと、地上に残った敵兵力は重巡の方に向かっており、人間兵力はそれを追い掛ける形となっていた。2年4組魔王軍の迎撃と挟み撃ちにすることで、あの戦力は大部分が潰せるだろう。レッドウイング2体を相手取ったキャロルの戦闘も継続中。はぐれた小悪魔や屍鬼たちを、竜崎が空から掃討していた。

 戦場が片付けば、残るは要塞線内の掃討にかかることになる。今、外に出ている戦力がすべてこちらに投入されれば、それもそう長引きはしないだろう。戦いは収束に向かっているのだ。


「でも、ウツロギさん達なら勝てますよね」

「ああ、僕もそう思う」

「じゃあ、信じます」


 セレナは頷いて、これから始まろうとする恭介たちの決戦を、じっと見守っていた。





 目の前の赤い翼の悪魔を睨み、恭介はジークンドーの構えを取った。レッドウイングは苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。


「この期に及んでカンフー映画ゴッコか? 遊びに付き合ってる余裕はないんだよ」

「遊びのつもりなんかじゃない。お前を倒す」


 レッドウイングは、明らかに恭介たちを警戒している。決定打は先ほど放った“姫水百億メガトンシュート”もとい、高水圧の砲弾。アレだ。

 物理的な戦闘能力においては、今の恭介たちはレッドウイングに抗しうるほどの力を手に入れている。あの砲弾はその証左なのである。つい先ほどまで見せていた、舐め切った態度はすっかり消え失せていた。


 このまま戦いが長引くのは良くない。恭介は、ミシミシと音をたてる全身の骨を思った。圧縮状態の凛の密度には、強化された恭介の身体と言えど長時間は耐え切れない。


「ウツロギくん……」

「ああ、わかってる……!」


 心配そうに呟く凛の言葉を受け、恭介は一歩、足を踏み出した。


「ちっ……!」


 動き出したこちらの足を見て、レッドウイングも舌打ちをする。先手必勝と踏んだのだろうか。恭介が二歩目を踏み出すより早く、身体を加速させ、その拳を勢いよくこちらに向けて叩きつけてきた。


「うおおらぁっ!」

「ふッ!」


 恭介は、繰り出されてきたパンチを片腕で受け止める。ずしりとした感触が、手のひらから全身に伝わった。

 だが、それだけだ。竜崎を怯ませ、クラスの並み居る怪力自慢を寄せ付けなかった赤い翼の悪魔の膂力であったが、今の恭介にとっては完全に御しきれる。パンチを左の掌で受け止めたまま、恭介は右の拳を強く握りしめた。


 まずは一発! 今までのお返しを込めて、全力でブン殴る!


「「おおおりゃああっ!!」」


 凛と呼吸を重ねて、渾身のお返しパンチを、悪魔の顔面に叩きつけた。衝突のインパクトが、大気を揺らす。


「ぐおぉああぁッ!」


 赤い翼の悪魔は悲鳴をあげて、赤茶けた荒野の上を転がった。恭介は、突き出した拳を、ゆっくりと引いた。


 たった一発、殴っただけでこの威力。


「いける……! いけるよ、ウツロギくん!」

「ああ……!」


 凛の言葉に、恭介は頷いた。いける。十分に対抗はできている!


 恭介と凛は追撃を加えるべく、さらに前へと歩を進める。立ち上がったレッドウイングめがけて、さらに拳を叩き込む。

 黒い籠手が動き、繰り出された拳が受け止められた。が、パンチの勢いは止まらない。ガードを抉りぬいて、衝撃は甲冑の上に叩きつけられる。


「ぐうッ……!?」


 衝撃をもろに喰らい、赤い翼の悪魔は荒野の上を転がった。大量の水圧を膂力に変えた恭介と凛のパンチを前に、ガードは一切の意味をなさない。それでもゆっくりと立ち上がり、果敢にも殴りかかってくるレッドウイング。


「ふンッ!」


 相手の拳が届くよりも早く、腹部を抉り込むような恭介の三発目がのめり込んだ。


「くッ……くっそ! こんな……! フェイズ2を発動させたとは言え、たかがスケルトンに……!」


 腹を押さえながら、赤い翼の悪魔は憎々しげな言葉を吐く。


「俺だけじゃない。この力は……!」


 全身の骨が軋むような感覚があった。凛の身体が持つ高圧力に、恭介の全身が耐え切れなくなってきているのだ。タイムリミットまでは、そう猶予があるわけではない。だが、それでも恭介は歩みを止めなかった。凛もそれを理解しているはずだったが、合体を解除しようとはしなかった。

 みんなができる限りの無理を、少しずつ積み重ねていく。積み重ねられた塔はいま、ほんの数日前には決して届かなかった強さの高みへと、到達しようとしていた。


「ぬかせぇっ!!」


 レッドウイングの両腕に、黒いエネルギー体が稲妻のようなエフェクトを作る。放たれた黒い稲妻が、恭介と凛の身体へと纏わりついた。だが、それでも恭介は足を止めず、ゆっくりと前進する。このエネルギー体がどれだけ強い攻撃だろうと、海の深さを割ってまで、その深奥に届かせることなどできはしない。


「効っ……くもんかぁッ!」


 凛の身体に内包された体積が、威力を分散させている。彼女が攻撃を耐えている内に、恭介は更に拳を振りかぶる。


「「おおおりゃあああああッ!!」」


 拳を叩きつけた直後、ゼロ距離から高水圧の砲弾ひめみずひゃくおくメガトンシュートが発射される。ぴしり、という音と共に、堅牢な装甲にわずかなヒビが入った。


「俺たち紅い月の血族レッドムーンが、こんな、こんなスケルトンなどに……ッ!」

「言ったはずだ。俺だけの力じゃない……!」


 呪詛を漏らすレッドウイングに、更なる追撃を加える。


「姫水も、瑛も、セレナさんも、白馬も、竜崎も、紅井も! みんなが少しずつ力を貸してくれたからッ……!」

「……!?」


 瞬間、赤い翼の悪魔は驚愕したように目を見開き、恭介の拳をもろに喰らった。吹っ飛んだところに、腹を押さえて立ち上がる。


「く、ぐ……! やはり、そういうことか……!」


 翼を大きく広げ、レッドウイングは飛翔の準備を整える。逃げる気だ。と、恭介は思った。


「これ以上、相手はしていられん……! 王に、報告を……!」

「待てッ……! ぐ……」


 追いかけようとする恭介だが、直後全身に奔った激痛に、思わず片膝をつく。骨格が軋む。圧縮状態の凛を纏うことに、限界が近づいてきているのだ。これ以上無理をすれば、全身の骨が耐え切れずに砕けてしまう。


「う、ウツロギくん! 大丈夫!?」

「ま、まだ、なんとか……!」

「無理しちゃダメだよ! できる無理なら良いけど、できない無理は……」


 凛の声が頭の中に響く。確かに、戦況はほぼこちらに有利に傾いている。あの一体を取り逃がしたところで、影響がないと言えば確かだ。こちらの目的は、ほぼ達成していた。

 だがその時、恭介の頭の中に、凛のものではない別の声が響く。


―――逃がすな。殺せ。


 それは、誰かから受けた命令のようでもあり、同時に自らの心の中から湧き上がった衝動のようでもあった。恭介は謎の声に困惑しながらも、抗いがたい感覚に陥る。目の前で今、逃げ出そうとするレッドウイングにトドメをささなければ、大変なことになる。そんな思いが心の中を席巻した。

 激痛が嘘のように引いていき、身体の骨がみしみしと悲鳴をあげる感覚だけが残る。恭介は立ち上がり、ゆっくりと飛びあがった、赤い翼の悪魔の背中を睨みつける。


「ウツロギくん、いけるの……?」

「ああ、あいつを倒す。逃がすわけにはいかない」

「う、うん……」


 とは言え、レッドウイングの身体は既にかなり上空へと飛び去りつつある。飛行速度は大したものではない。竜崎ならば追いつけるだろうが、彼がこちらに気付けるかどうかは別問題だ。恭介は、その背中を睨んだまま2歩、3歩下がり、助走をつけるように一気に走り出した。

 凛も、恭介の意図を理解したのか呼吸を合わせる。勢いづけた恭介が大地を一際強く蹴り上げた瞬間、背面から大量の水を噴射して、その身体を宙に高く押し上げた。


「姫水メガトンミサイルキィィィ――――――ック!!」


 凛の高らかな咆哮と共に、上空に向けて放たれた跳び蹴りは、やがてそれ自体がミサイルであるかのようにレッドウイングの背中をめがけ直進する。レッドウイングは、一気に追いすがる恭介の影に気付き、振り返った。


 蹴り込みは振り返ったレッドウイングの胸部。ちょうどひび割れた部分へと抉り込む。加速力を破壊力へと変えたミサイルキックが甲冑を蹴り破り、肋骨をへし折り、心臓へ突きたてられた一本の杭となった。

 赤い翼の悪魔は血を吐き、真っ赤な瞳に怒りと憎しみを滾らせながら、断末魔の呪詛を叫ぶ。


「こんな……、こんな真似をして、ただで済むと思うな……!」


 だが、その時の悪魔の視線は、恭介や凛ではない、遠くの誰かへと向けられていた。


「俺が報告しなくとも、貴様の裏切りに、王はいずれ気づく! 貴様も、王の支配からは逃げられんぞ、クイィィ――――ンッ!!」

「「うおおおおおりゃあああああぁぁぁぁああぁぁ――――――――ッ!!」」


 凛の体内に残った、ありったけの水量を推進剤にして、恭介の身体はレッドウイングの身体を突き破った。全身に浴びた鮮血が、噴出された水と混ざって宙へと散っていく。宙へと躍った恭介と凛の身体は、やがて慣性を失って、赤茶けた大地へと落下した。

 轟音と共に土煙をあげ、恭介と凛は落着した。胸部に大穴を空けられたレッドウイングの身体は、地上に落ちてくるよりも早く、太陽の熱に焼かれたかのように灰となって消えて行った。


「ねぇ、ウツロギくん。あの人、最期に何言ってたの?」

「さぁ……」


 凛が尋ねるが、当然恭介もわからず、首をかしげるしかない。

 赤い翼の悪魔が、最後に視線を向けた場所には、先ほど竜崎たちが乗ってきた重巡陸艦があるだけだった。





「………」


 彼女は重巡の煙突に腰かけたまま、ポーンの1体が散っていく様を眺めていた。


 もうしばらくの間、約束の墓地カタコンベに篭って準備を整えていたかったのだが、連中が痺れを切らす方が早かったらしい。流石にこれ以上、だんまりを貫き通すことはできないだろう。自身の裏切りに気付いたポーンたちはすべて処分に成功しているが、それに王が気づくのも時間の問題だ。

 遅かれ早かれこうした展開になることは予測がついていた。それに、必要最低限の“種”は撒けているのだ。あとは、“頼りになるクラスメイト”とやらを信用するしかない。


―――貴様も、王の支配からは逃げられんぞ、クイーン!


 ポーンの断末魔は、彼女の耳にも届いていた。知っている。それは眷属の宿命だ。


 だが、彼女は従属を嫌う。いつだって自由でいたい。

 だからこそ、あのポーンを逃がさないために、“支配”を下してしまったことに僅かな後悔があった。できることなら、今後こうした権能は使わずにおきたいものだが。

 残る2体のポーンも、人間の騎士達によってちょうど討ち取られたところだった。残るは有象無象。あと数時間もしないうちに、戦いは終わる。甲板や艦の周りでは、クラスメイト達が小悪魔や屍鬼たちを片づけているところだった。


 あまり力の行使を見られたくはないのだが、それでも少しは手伝ってやるか。


 紅井明日香クイーンは、背中に赤い翼を広げると、そのままふわりと煙突の上から飛び降りた。

次回は明日朝7時更新!

第2章完結予定です。

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