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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第24話 地を割る騎士将軍

 王都の西側から城壁部にかけての広大な平野は、地が痩せており作物が育ちにくい。また、ゴブリンやオークといったモンスターが多数生息しており、開拓にはかなりの手間を要すことが予測されていたが、セレナの母親はそれを決行する判断を下した。

 セレナが10歳の時の話だ。

 相変わらず外交関係で忙しなく国外を飛び回る父親に代わり、母親はセレナとキョウスケを連れて開拓中の平野を視察することとなった。多くの護衛がいたとはいえ、まだ比較的危険の多い地域だ。母親は決して自分の傍から離れないよう、セレナ達に言いつけた。


 が、まぁ、結論から言ってセレナははぐれた。


 一人で平野をさまようセレナを取り囲んだのはオークの群れである。

 冥獣動乱の収束以来、その凶暴性と個々の戦闘能力を減衰させたとは言え、オークはいまだに人類にとって恐るべき敵だ。何の力も持たない10歳の少女にとっては尚更のことである。

 ガタガタと震えるセレナを救出したのは、妙齢の女騎士であった。


 剣のひと突きが竜巻を纏い、オークたちを挽肉に変えていく。人知を逸脱した膂力をもってしてのみ到達しうる、刺突剣の秘奥義。恐怖の時間をあっさり終わらせた女騎士は、セレナを抱きかかえてこう言った。


『探しましたよ。さあ、お母様のところへ帰りましょう』


 彼女を抱えたまま駆けだす騎士の駿足は、セレナの知るどのような馬や馬車よりも速かった。





「それが私と師匠の出会いだったのです……」


 しみじみと語るセレナの話を、一同は半信半疑で聞いていた。


 恭介たちだって、フルクロスになったところで奥村オークの大軍を瞬殺する自信はない。あの赤い翼の悪魔レッドウイングだって無理だろう。だいたい馬よりも早く走る騎士って、それはもう騎馬が必要ないレベルである。どう考えても、話を盛っているとしか思えない。

 セレナの師匠は、王国西側の守護を任され、〝騎士将軍〟の称号を授与されているのだという。固有称号ユニークタイトルは〝地を割る騎士将軍〟だ。比喩表現ではなく、ガチで地を割るらしい。


 腹ごしらえを終えた恭介たちは、城壁に向けてまっすぐ歩を進め始めた。日が傾く前には到着できるだろう、という当初の目論み通り、城壁が徐々に目の前へと広がってくる。


「そんな怖い人なら、怒らせないようにしないとね……」


 凛がぽつりと言った。


「ちなみに幾つなんだ?」

「幾つでしたっけ。私と出会った時点で30は超えてたような気がしますけど……。あれ? 越えてなかったかな?」


 白馬の問いに、鞍の上のセレナが指を折って数えはじめる。白馬の表情がどんどん曇っていくのがわかった。どんな失礼なことを考えているのか、まぁ、想像はつくが。望みは薄いと思われるし、馬より速く走れるのだからどのみち白馬に用はないだろう。

 恭介は、荷馬車の中から望遠鏡を取り出し、眼窩にあてた。目がないのに見えることに関して、セレナは『概念器官と呼ばれるものがあってですね……』と長々と説明してくれたが、ほとんど右耳から左耳にすり抜けていった。もちろん、右耳も左耳もない。


 城壁の上では、軽めの甲冑を身につけた騎士たちが警邏をしている。まぎれもない人間の姿だ。セレナと同じ白人タイプで、その装いも日本では馴染みのないものではあるが、複数の人間が動いている姿を目の当たりにするだけで、何やら妙な感慨がある。


「ウツロギくん、あたしにも! あたしにも見せて!」


 凛がせがんできたので、望遠鏡を貸してやる。


「おー、人間だ……! すごいねー、人間だよぉ!」

「あの、私も人間なんですけど……」


 鞍の上で、セレナが少し不満そうに唇をとがらせていた。


「恭介、交渉は基本的に君に任せた」


 窮屈なランタンの中から飛び出した瑛が、そう言う。


「俺が? あまり口は回らないぞ。瑛の方が良いんじゃないか」

「必要があったら口を挟むけど、僕は余計なことまで言うから適任じゃないんだ。わかるだろう」

「あー、うん。わかるわかるー」

「それに、今回の交渉は、君のように多少愚直なくらいが相手の好感を得やすいはずだ」


 そうまで言うのなら、自分で交渉の席につくこともやぶさかではない。が、少しばかりプレッシャーだ。ありもしない胃が痛くなってくる。


「そう言えば、その女将軍さんと交渉して軍を動かしてもらうって話になってるけど、大丈夫なのか?」

「何がです?」

「話によると、城壁に滞留している軍っていうのは、城壁外から来るモンスターの襲撃を防ぐための戦力なんだろ」


 如何に責任者であるとはいえ、将軍一人の判断で戦力を動かして、果たして良いのだろうかという疑問がある。


「あー、うん。そうですねぇ……」


 恭介の言葉に、セレナは少し考え込んだ。


「セレナちゃんの国って王政? 王様が軍を動かす権限とか持ってんの?」

「立憲君主制ですよ。くんしゅしゅぎてきりっけんくんしゅせーです」

「お、結構近代的」

「つまり、軍ひとつ動かすのに相当な手間がかかる可能性があるわけだ。あまり期待はできないね」


 瑛の言葉によって、最後に水を差す形で会話が終わってしまう。


 城壁は更に近づき、見回りの騎士達の姿を視認できるまでになる。騎士達はこちらに気付き、報告の為か何人かが階段を下りて行くのがわかった。緊張感を伴った、慌ただしい空気。自然とこちらも、空気が引き締まる。事実上のファーストコンタクトとなれば、慎重を期さねばならないだろう。

 騎士のうちの何人かが、矢をつがえこちらに向けた。杖を構え詠唱の準備を整える魔導士の姿もある。


「セレナさん」

「はい、わかってます」


 セレナはごくりと唾を飲み、馬上で槍を高く掲げて見せた。ここで彼女の言葉が名案を分けることになる。


「当方は敵ではありません! 弓を降ろし、騎士将軍にお伝えください! あなたの弟子、セレナーデが帰還したと!」


 彼女が高らかに声をあげると、矢をつがえていた騎士達は言葉通りに弓を降ろした。ユニコーンの上で手綱を握り、槍を掲げる少女を確認しようとしているのだ。どうやら、騎士も魔導士も、セレナの名前には心当たりがあるらしい。

 というか、セレナの本名はセレナーデというのか。知らなかった。凛の反応を見るに、彼女も聞いていなかったらしい。


 だが、彼女が次に発した言葉は、もっと驚くべきものであった。


「もう一度言います! 騎士将軍にお伝えください! 王国の第一王女、プリンセス・セレナーデの帰還です!」

「「「えええええええええ!?」」」


 やや食い気味に響いた驚愕の声のおかげで、プリンセス・セレナーデは同じセリフをもう一度言わねばならなかった。





「だって、言っても信じてくれなかったでしょ……」


 隠していたことを追及すると、セレナはやや不満げに唇を尖らせてそう言った。


 第一王女プリンセスセレナーデ。彼女の正体である。貴族か、あるいは王族か、というところまでは予想を立てていたのだが、想像以上の大物であった。相手側の態度からするに、既に大規模な捜索は始まっていたらしいのだが、そうした捜索隊と鉢合わせしないのは幸運以外の何物でもなかった。途中で遭遇していたら、事情はもっとこじれていたことだろう。

 ただ、せっかくのプリンセスの帰還だというのに、恭介たちは元よりセレナも、城壁の中には入れなかった。騎士達が厳重に警備する中、それでも姫殿下を立たせたままにするのは都合が悪いと、中から運ばれてきた貴族用の豪華な椅子に、セレナがちょこんと座っている。


「あ、彼らにも椅子を出してあげてください」


 セレナが言うと、騎士の一人が敬礼と共にさらに椅子を3つ運んでくる。さすがに白馬用の椅子は用意できないだろうと思ったのだが、代わりに天蓋付きのベッドが運ばれてきた。白馬も申し訳なさそうな表情をして、ベッドの上に蹄を乗っける。勢い余って角でカーテンを破いてしまい、顔を真っ青にしていた。


「うおおおお! ふわふわの椅子だ……あああああ!?」


 凛が椅子の上に身体を乗せた瞬間、椅子の足が折れ、壊れてしまう。


「今の姫水は大量の水を圧縮した状態だからな。重量が凄いんだ」


 瑛が冷静に解説しながら、豪華な椅子を焦がしていた。


「今、俺たちすごい失礼なことしてる気がするんだけど、大丈夫なのか……?」

「大丈夫です。私、プリンセスですから……!」


 拳を握り、セレナはドヤ顔で告げる。再度運ばれてきた椅子に、おそるおそる座る凛をちらりと見てから(今度は壊れなかった)、恭介はセレナにまた尋ねた。


「というか、第一王女なのに調査隊に志願したのか? 騎士見習いなのか?」

「お父様お母様の代からはそうでもないんですけど……。この国の王室は非常に武勲を尊重するんです。もともと、中央帝国の最西端にあった大公領でして。西から迫るモンスターや正体不明の軍勢を食い止めるための国でしたから」


 もう200年も前の話です。とセレナは言った。


「王族の子が二人姉弟っていうのも、その片方を危険地に平然と送り出すっていうのも、なんか理解できないなぁ……」

「いやぁ、一応、安全な調査になるはずだったんですけどねぇ……。私が危険地を志願したのは事実ですけど……」

「でも、第一王女ってことはセレナさんが王位を継いだりするんだろ?」

「どうでしょう。キョウス……ああいや、弟の方が優秀ですから、弟の方が継ぐと思うんですけど……」


 それにしたって、王室の嫡子を扱うにしてはいささかぞんざいなように感じてしまう。ただ、ここまで考えて、恭介はかぶりを振った。必要以上にセレナを〝第一王女〟ととらえて考えることは、彼女自身を政略の道具として考えることと同義な気がしたのだ。

 いや、それでもなぁ、と、恭介自身は違和感をぬぐえない。


 セレナは、そのまま恭介たちに色んな話をしてくれた。

 彼女の父が日本人というのは知っての通りだが、それがこの国の王となるとまた話は違ってくる。この世界に転移してきた元の世界の人々を積極的に探し、必要であれば保護をしているらしい。ただ、それが今回の恭介たちのケースに適用されるかは難しい問題だ。転移にあたって姿をモンスターに変えてしまうというのは、前例がないのである。


 直立不動で警戒を解かない騎士や魔導士たちは、セレナーデ姫と親しげに言葉を交わすモンスター軍団を訝しく思っている様子だった。会話の端々からおおよそ事情は察せるのだろうが、それでも、半信半疑といったところだろう。


「お待たせしました、姫殿下」


 騎士の一人が、そっとセレナに耳打ちをする。


「将軍閣下の御到着です」

「あ、はい。ありがとうございます」


 その言葉を聞き、恭介たちは自然とたたずまいを直す。

 視線を門の方へと向けると、がちゃり、がちゃりという音がして、甲冑を見に纏った妙齢の女性が姿を見せた。一房にまとめ上げた鳶色の髪。抜き身の刃を思わせるような鋭い顔立ちをした、まさに『女騎士』といった風貌の出で立ちだが、顔には痛々しい傷跡が残っている。

 凛が『つるぎんの進化形みたいだ』と言ったのが印象的だった。確かに剣崎デュラハンに似ている。


 だが、威圧感が段違いであった。決して背が高いわけでも、ガタイが良いわけでもないというのに、甲冑を軋ませ歩くたびに滲み出る……、なんというのか、これは。オーラ? 戦闘力? とにかく、言語化しがたい〝凄み〟のようなものが、恭介たちの身体にもビリビリと伝わってくる。

 剣崎が〝風紀委員〟なら、こちらは……いや、〝将軍〟か。そのままだ。


「ひとまずは、お帰りなさいませ。姫殿下。このような形でお出迎えすることをお許しください」

「あ、いえ……。彼らと同席を望んだのは私ですから……。御心配おかけして申し訳ありません。我が師マスター

「御無事で何よりです。御身に何かあれば、私は腹を切らねばならんところでした」


 その騎士将軍と平然と言葉を交わすセレナを見て、恭介は初めて彼女を見直す心地である。

 将軍は、そのままちらりと、視線を恭介たちに向けた。思わずビクリとしてしまう。凛などはのけぞった勢いで椅子ごと転倒してしまっていた。


「さて、おまえ達が姫殿下を送り届けてくれた者たちか。礼を言おう。今回の件では、さすがに女王陛下も心配されてな」


 女将軍はがちゃりと甲冑を鳴らし、やや砕けた調子でそう話しかけてくる。


「スケルトンにスライム、ウィスプにユニコーン……か。報告によると人語を話せるとのことだが?」

「あ、えっと。はい、話せます」

「む、思ったよりも流暢だな……」


 恭介は、他のメンバーの方をちらりと見る。瑛は平常心を保っているようだが、火の勢いがいつもよりも弱い。凛は倒れた椅子を直すのに必死で、白馬はと言うと少し悲しそうな目を女将軍に向けていた。確かに美人ではあるが、そんな気を落とすことでもないと思うのだが……。

 白馬はそのまま、蹄を2回ほどベッドの柱に打ち付けている。何の合図だ。経験人数の報告だとでも言うのか。まったく余計な情報を。


「いや、本来であれば姫殿下を守ってくれた者として手厚く歓待したいところなのだが、なにぶんおまえ達のような客人は初めてのものでな……」


 将軍は頭を掻きながら難しそうな顔を作る。


「エルフやリザードマンともまた違う……。知性を持ったモンスターというのは初めてだ。しかも、我々と言語を通して意思疎通ができる。正直なところ、混乱しているのだが」

「あ、ああいえ。えっと……」

「マスター、ウツロギさん達はトリッパーなんです」


 頭を混乱させていた恭介に代わり、セレナが話を切り出してくれた。頼りになるお姫様である。女将軍は驚いたように彼女を見た。


「トリッパー? 彼らが?」

「はい。話を聞く限り、お父様や王国で保護している方々と、同じ故郷から来られたというのです」

「導王陛下の故郷にこのような魔物はいなかったと伺っておりますが?」

「転移するときに、姿を変えられたんです」


 憶測に過ぎないことではあったが、恭介ははっきりとそう答える。

 恭介は、自分たちの状況を詳しく説明することにした。話している内に、徐々に舌(ない)も暖まってくる。自分たちが、学校のクラスという集団単位でのトリップを経験していること、加えて転移に際して姿をモンスターに変えられてしまったことだ。女将軍は頭ごなしに否定したりはせず、話を丁寧に聞いてくれた。

 恭介は次に、セレナと出会ってからのことを説明する。ウィルドネスワームに追われていた彼女を救出し、クラスで保護をしたこと。セレナの調査隊を壊滅させた〝赤い翼の悪魔〟と交戦し、クラスメイトの一人を連れ去られたことなどをだ。


 女将軍は、赤い翼の悪魔のくだりで目を細め、セレナに確認を取る。

 セレナが間違いないと頷くと、周囲に直立不動で立っていた騎士や魔導師たちが、にわかにざわめいた。


「え、な、なに? なになに?」


 凛が不安そうな声をあげる。


「〝赤い翼の悪魔〟だったら、我々の方でも確認している」


 女将軍は天を仰いでそう言った。


「本当ですか!?」

「うむ。赤い翼と黒い甲冑を持ち、恐るべき膂力と魔法攻撃力を持った悪鬼のような敵だ。姫殿下たちの部隊が消息を絶った翌日、この城壁も襲撃を受けた。なんとか撃退したのだが、3体中2体は取り逃がしてな」

「さ、3体!?」


 恭介は、思わず声をあげて立ち上がる。セレナも驚いたように目を見開き、凛や白馬、それに瑛までもが驚きを隠せない様子だった。恭介のこの反応は予想外だったのか、女将軍も少し唖然としてから、こう答える。


「あ、ああ。3体だ。自分たちのことを〝ポーン〟だと名乗っていたな……。実はこちらもかなりの被害を受けている。どうやら詳しい話をしたほうが良さそうだ」


 そう言って、将軍は一同に席を立つよう促した。


「私の部屋で話をしよう。さすがに、外だと日差しもきつい」

「あ、えっと。良いんですか?」

「構わん。ひとまずモンスターということで警戒していたが、どうやら込み入った事情がありそうだし、おまえ達が妙な気を起こしても、私ならば2秒とかからずに黙らせることができる」


 特に気を張るでもなく、女将軍は平然とそう言う。おそらく、その言葉の通りなのだろう。


 だが、今恭介たちの心の中を支配しているのは、そんな自信に満ちた騎士将軍の言動などではない。あの〝赤い翼の悪魔〟が、最低でも3体はいたという、その事実である。あの絶対的な戦闘能力を持っていた悪鬼の力は、決してオンリーワンなどではなかった。


「ねぇ、〝ポーン〟って、チェスの駒だよね」


 凛がぽつりと口にする。


「ああ、それも一番弱い駒だ。もっとも、連中の名乗った〝ポーン〟という言葉が、チェスのような意味を持っているとは限らないけどね」


 そう言う瑛の声も、緊張にやや強張っていた。確か、あの悪魔は飛び去る直前に〝王〟という言葉を口にしていた。王にポーン。確定的な証拠は一切ないが、嫌な想像をするには十分すぎるとも言える。

 あれだけの力を持つ赤い翼の悪魔が、果たしてその勢力の〝尖兵〟に過ぎないのだとしたら。


「参考までに聞くけど火野くん、ポーンって全部でいくつだっけ」

「ひとつの陣営につき、8個だ」


 冷静な瑛の言葉は、どこかうすら寒い響きを伴っていた。





 どうやら城壁は、それそのものが南北に長い要塞となっているらしい。恭介たちは、その要塞の一角にある騎士将軍の個室に案内された。書斎のような落ち着いた雰囲気のある部屋で、壁には3メートル近い大槍ランスやタワーシールドが飾られている。その横には、鷲鼻の壮年男性の肖像画だ。将軍の夫―――にしては、いささか歳を食いすぎているから、父親だろうか。

 ちなみに、本棚に収められている大量の本に関しては、半分が騎士浪漫譚と恋愛小説で占められていることを、セレナがこっそり教えてくれた。こっそり教えてくれたにも関わらず、女将軍には聞こえていたようで、含みのある笑顔を向けられていた。


「いつまでも将軍では通りが悪いな。私はキャロルだ。よろしく頼む」

「あぁ、いえ、ウツロギです」

「ウツロギ……。移動する気持ちと書くのか?」

「それはウツリギですね……」


 女将軍キャロルは、そんな間違えができる程度には日本語の知識があるらしい。とすると、この国である程度の日本人を保護しているという話にも、信憑性が出てくる。


 キャロルが淹れてくれた茶を飲もうとして、恭介は手を止めた。今ここで茶を飲むと、自分が今座っている高級そうなソファにシミを作ることにはならないだろうか。


「ウツロギくん! あたしが全部キャッチするよ!」

「いや、えっと、うん……。たくましいな、姫水……」


 たくましいというよりふてぶてしいのは瑛の方で、彼はしっかり高級ソファに焦げ目を作っていた。


「そう言えば、スケルトンだから紅茶を飲むとこぼれてしまうのか……。モンスターを出迎えるというのもなかなか難しいな……」

「あ、大丈夫です! あたしが全部処理しますから! その美味しそうなのは砂糖菓子で……あいたたたっ!」


 食い意地の張ったスライムを思いっきりつねりあげてやる。


「まぁ良い。話をしよう。まずは〝赤い翼の悪魔〟についての情報共有だな」


 キャロルは、以前この要塞を襲撃した〝赤い翼の悪魔〟についての話をしてくれた。


 悪魔の数は3体。その他に、小悪魔インプ屍鬼グールなどのモンスターを歩兵として率いていたという。奇しくも恭介たち同様、赤い翼の悪魔レッドウイングと呼ぶことにしたその悪魔たちは、その圧倒的な戦闘能力で騎士や魔導士たちを屠っていったらしい。

 運の悪いことに、その日キャロルは王都からの客を迎える為に要塞を少し離れており、現場への到着が遅れた。それでも、たどり着くなり鬼神のごとき活躍で一体を撃ち破ったという。指揮官の内の一人が敗れたことで、敵はあっさりと撤退してしまった。


「この要塞の戦力は、あの悪魔3体の攻撃を凌げる程度ではあるのか……」


 瑛がぽつりと言ったところで、キャロルはかぶりを振る。


「言っただろう。かなりの被害を受けたと。あのくらいになると、普通の騎士や魔導士では束になってもなかなか歯が立たない」


 と、言うのは、自身が普通ではない自覚があるからか。

 恭介は、ぐっと拳を握り、キャロルを正面から見た。彼女ならば、レッドウイングと互角以上に渡り合えるのだ。


「キャロルさん、俺たちに協力してくれませんか」

「む?」

「俺たちの拠点にも、また連中がやってくる可能性があるんです。それも、それなりの〝数〟を引き連れて」


 ようやく切りだせた本題だ。

 今、竜崎たちは拠点を脱出するための手段として重巡洋艦の改修作業を行っている。だが、レッドウイングが拠点を襲撃してから既に5日。いつ再び、あそこにレッドウイングの手が伸びたとしても不思議ではない。

 更に、状況は当初の想定よりも深刻だ。〝ポーン〟という自称と、3体という数。次に拠点を襲うレッドウイングの数が、1体であるとは思えない。


 目の前にいる騎士将軍が、少しでも力を貸してくれたら。


「残念だが、それは出来んな」


 紅茶のカップを片手に、キャロルはあっさりと言った。


「そんな、マスター! どうしてです!」

「落ち着いてください姫殿下。今までの話を総合すればお判りでしょう。この要塞線もまた、いつ連中の攻撃を受けるかわからないのです」


 それなりの人的被害を受けたこの要塞に、恭介たちに援軍を回す余力はない。キャロル自身の手を借りるなど、何をいわんやだ。彼女は、2年4組におけるフルクロスと同じように、強敵に対する切り札的な扱いなのである。

 竜崎たちが、重巡洋艦の改修をいち早く済ませることができれば。レッドウイングの襲撃を受けるより早く、クラスメイト達が拠点を脱することができれば、ここの騎士達の力を借りる必要はないのだ。だが、それは薄い望みでは、ある。


「すまないな。ウツロギ。姫殿下の命を救ってくれたというのに」


 キャロルは、そんな恭介の心中を察してか、しかし改めて拒否の意を示した。


「マスター、私の名を用いても、聞き入れていただけませんか!?」

「お言葉ですが姫殿下、この要塞線の戦力運用に関して、私は両陛下より全権を委任されています。正式な運用に関してはもちろん議会の承認も必要ですが……」


 今回の件を緊急案件としても、聞き入れるわけにはいきませんと、キャロルが告げる。


 立ち上がったセレナも、悔しそうな顔をして椅子に腰かける。自分の名に外交価値があると語っていた彼女の言葉に、嘘はなかった。あるいは、この要塞がいまだに赤い翼の悪魔の襲撃を受けていなかったとすれば、キャロルも恭介たちの要請を快諾してくれたかもしれない。

 だが、状況が悪かった。


「すみません……。ウツロギさん……みなさん……」


 セレナは、自らの服の裾を掴み、絞り出すような声を出した。


「あー、うん。別にセレナちゃんは悪くないよ……」


 やや力ない声で、凛が言う。そう、この件に関して、彼女はまったく悪くない。


「慰めになるかはわからんが、おまえ達が望むなら、この要塞線での保護を約束しよう。一度その拠点とやらに戻り、仲間たちを連れて来るならそれでも構わない。モンスター40体程度なら、まぁ、なんとか匿えるだろう」


 それは、騎士将軍キャロルができる、最大限の譲歩と言えた。赤い翼の悪魔の襲撃に際して、力強い切り札である彼女から直接の庇護を受けられるのなら、それ以上に心強いことはない。

 だが、ここから急いで拠点に戻ったとして、最速で3日。そこから全員を連れての移動となれば、準備も含めて1週間は見なければならないだろう。重巡洋艦の改修が済むのを待つのと変わらないし、その間、攻撃を受けずに済む保証はどこにもない。時間が経てば経つほど、あの拠点と広い荒野は安全ではなくなるのだ。


「もうすぐ日も暮れる。一晩はここに泊まっていくといい。急いで拠点に戻るなら、早馬を貸すこともできる……。ああいや、うん」


 白馬と目が合って、キャロルは少し言葉を濁した。


「部屋は用意させよう。そのユニコーンの分も、馬屋ではなくちゃんとしたものをな。さすがに姫殿下と同室にはできんが、私を呼んでもらえれば遅くまで語らってもらっても構わない」


 それだけ言って、騎士将軍キャロルは部屋を出た。さっそく寝室を用意してくれるのだろう。


 交渉は失敗ではない。協力を取り付けることには、成功したと言える。

 だが、直接の援軍を得られなかったこと以上に、あのレッドウイングとそれに連なる者たちの、底知れない不気味な正体が、一同に重苦しい沈黙をもたらしていた。それを竜崎たちに伝えようにも、その手段がないのがもどかしい。


「やっぱり、明日の朝一で、早馬をとばして拠点へ戻ったほうが良いかもしれないな」


 瑛がぽつりと言った。


「おい、俺は?」

「白馬はここに居ればいい。おそらく安全だからね。白馬の足が相当速いと言っても、おそらくここで戦闘用の訓練を受けた馬ほどじゃないだろう。恭介あたりに乗ってもらって、まっすぐに馬をとばして……まぁ、2日で着けば御の字ではあるかな」

「それしかない、か……」


 恭介も頷いた。まず、こちらで得られた情報を竜崎たちに伝達するのが最重要事項だ。この要塞線にたどり着けば、無事が保障される。それだけでもかなりの前進と言えるだろう。トリッパーが暮らしている国でもあるし、元の世界に戻るための手がかりも、得られるかもしれない。


「うう、ごめんなさい……。私、肝心なところで……」

「だからセレナちゃんは悪くないって……」


 凛がセレナの背中をぽんぽんと叩くと、『ごふっ』という肺から空気の叩きだされるような音がし、セレナが盛大にむせた。


 それからしばらくして、部屋の準備が出来たとキャロルが戻ってくる。一同は、拠点の無事を祈りながら、ひとまず旅の疲れを癒すことにした。





 事件が起きるのは、その夜のことである。

次回更新は明日朝7時!

果たして拠点は無事でいられるのか!? そして夜に起こった事件とは!? お楽しみに!!


※昨日分の感想返信ができずに申し訳ありません。感想はまとめて返させていただきます。

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