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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第23話 すらりんハード

 荒野には、珍しく雨が降っているらしい。重巡洋艦で改修作業をしている生徒たちは、艦内の作業を行う一部を除いて、拠点の方に帰還していた。多くの生徒は退屈そうにしているが、魚住兄妹だけは別で、文字通り水を得た魚のようにはしゃぎまわっている。

 セレナが残して行ってくれた資料によれば、このダンジョンの付近には、地下水源のある可能性が高いという。雨の降った翌日にはダンジョン内に水路ができ、普段はいけないような隠し部屋に繋がる場合もあるのではないかと推測された。魚住兄妹を組み込んだ探索パーティーを、明日も出すかどうかは迷い処だ。


 竜崎邦博は、作戦室で久々に余裕をもった時間を過ごしていた。


 赤い翼の悪魔など、懸念事項はまだ多いのだが、一番心を痛めていたクラス内のギスギスした空気が緩和されつつあることは、竜崎にとって福音である。もっともその陰で、敵にさらわれた生徒もいるのだから、手放しで喜ぶわけにもいかないのだが。

 小金井も、せめて無事でいてくれれば良いのだが。


 竜崎は、ふと執務机の上に置きっぱなしだった、重巡洋艦の航海日誌の存在を思い出した。

 恭介たちが持ってきたという、アレである。落ち着いたら読もうと思って、すっかり忘れていた。

 元の世界に関わる重要な手がかりのひとつ。もっとも、セレナの故郷にトリッパーがいるとわかった現在では、それほど重要な価値もないのだが。


 竜崎は日誌を開く。同じ日本語とはいえ、70年前の文体だ。おまけに偉く達筆なので、かえって読みにくい。

 しばらくページをパラパラめくっていくと、途中で筆跡が明らかに変わっていた。こちらの方は少し読みやすそうだ。


「えぇと、なになに……」


 そこには、重巡洋艦の指揮を執っていた上官が行方不明になったため、代わりに自分が日誌をつけるといった旨の記述が為されている。おそらく、恭介たちから報告にあったあの大尉だ。


「………」


 乗組員がモンスター化したといったような記述は、特に存在しない。ただ、サンドワームやゴブリンといった異世界の生物に襲撃を受け、日に日に消耗していく様が克明につづられている。決して優れた筆致ではないが、淡々とした報告は、他人事ではないだけに、かえって真に迫るリアルが感じられた。

 元の世界に帰れるかわからない絶望。

 日に日に消耗し、数を減らしていく乗組員。


 ついには一部の下士官が暴動を起こし、艦内の秩序を保つためにやむなく射殺したという記述まで出てきた。


「俺たちも、一歩間違えばこうなっていたのか……」


 竜崎の背筋を、ぞっとするような感覚が這う。


 秩序を保つための粛清は、艦内の空気を一変させた。もちろん、悪い方にだ。

 大尉に刃向う者は殺される。そうした認識が、蔓延しつつあった。鬱屈とした空気が滞留し、閉塞感に繋がる。大尉に媚を売る者、距離を取る者、気に入らないものを裏切りの気配があるとして密告する者。様々だ。


 ある日、大尉たちは重巡洋艦を発ち、東に向かう決意をしたという。海戦のエキスパートである彼らに、いわゆる陸の遠征に関するノウハウは不足していたが、それでもここにいては干上がるだけだと判断したのだ。人員は当初の半分にまで減っていた。

 航海日誌は、その旅路にもきちんと持ち込んでいたらしい。1日、2日、3日と、絶望感と焦燥だけが募っていく様が綴られている。それでも4日目のある日、彼らは人工建造物、城壁のようなそれを発見したらしい。セレナの国だ。竜崎は思った。彼らもたどり着いたのだ。


 しかし、そうであるとすれば、何故大尉はあの重巡洋艦の中で朽ちていたのだろうか。わざわざ航海日誌まで持って帰ってきている。


 答えは、次のページに書かれていた。

 結論から言って、こちらの世界に転移した旧日本海軍の兵士たちは、当時の現地人たちから手厚い歓待を受けられなかったのだ。城壁に近づき、手を振る彼らに向けられたのは、冷たい矢の洗礼であった。

 言葉が通じず、敵意がないことを証明する手段はない。更に、恐慌状態に陥った兵卒が、小銃を発砲したことが決定的となった。城壁の上から矢を射る兵士の一人を射殺し、大尉たちは完全に敵とみなされたのである。


 命からがら重巡に逃げかえった大尉たちだが、受けた傷から自らの命がそう長くないことを悟っていた。

 ページは、そこから更に数日分進んだところで、終わっている。


「………」


 竜崎は、何とも言えない気持ちで本を閉じた。


 セレナの国には現在、トリッパーが暮らしているという。つまり、幸運にもあの国に敵とみなされず、手厚い加護を受けることに成功した人間たちは存在するのだ。しかし、一歩間違うだけで、この日誌に書かれたようなことも当然起こり得る。

 異文化同士の接触が孕む危険性を、改めて再認識した心地であった。


 恭介たちは、上手くやるだろうか。彼らなら大丈夫だろう、という気持ちは当然ある。セレナとの接触を穏便に済ませられているのは、何よりの福音だ。


 しかし、と思った時、作戦室の隅に置かれた棺桶が、急にガタガタと音をたてた。


「うわっ」


 思わず声が出る。

 原尾ファラオだ。原尾真樹の棺桶だ。自発的に目を覚ますとは、なかなか珍しい。


「アー……」


 棺桶の蓋が開き、中から原尾がゆっくりと身体を起こす。


「おはよう、原尾」

「アー……、おはよう。我の眠りを妨げしは汝か……」

「今日は自分で起きたんだろ」

「アー、そうであった……。我の眠りを妨げしは我か……」


 この原尾という男は人間時代からこんな奴だったのだから驚きだ。クラス内でイジメに合わなかったのは、実家が街一番の資産家で、祖父が市議で、父方の叔父が市立病院の院長で、更に母方の伯父が国会議員で、という、とにかく凄い家系であったことに由来する。下手に手を出すと怖いお兄さんが家まで乗り込んでくるのだ。タチが悪い。人間時代からそれは、〝原尾の呪い〟として怖れられていた。

 まぁ、根は良い奴である。


 竜崎に言わせれば、地球に暮らしていた人間のおよそ9割が〝根は良い奴〟になるのだが。


 それでもまぁ、原尾も根は良い奴である。


「ほう、竜崎、汝が持つ書物……。200年の眠りから蘇りし、黒き歴史の記録書……」

「200年?」


 竜崎は航海日誌を手に、怪訝そうな顔を作った。


「戦時中の日誌だぞ。70年か80年か、そんなもんじゃないのか?」

「200年……。時を見通す我が目は決して誤らぬ……」

「こっちとあっちじゃ時間の流れが違うのかなぁ……」


 原尾の〝時を見通す目〟というのも、冗談などではない。竜崎がわざわざ棺桶を作戦室に置いているのは、原尾のその目を重宝しているからだ。年代測定はもとより、過去や未来をある程度見通すことができる。未来視や予言と言えるほど正確なものではなく、原尾の言うところの『ちょっとした確定因子のズレ』で変わってしまう程度のものだが、それでも指針を決める上では役に立つ。


「我は再び眠りに就く……。なんびとも、原尾の眠りを妨げることなかれ……」


 ズズズ……と念力で棺桶の蓋を閉め、原尾は呟いた。


「ああ、もう寝るのか。おやすみ」


 竜崎が言う頃には、中からイビキが聞こえてくる。


 しかし、200年か。それだけの時間が経過しているとなると、重巡洋艦の乗組員のことを直接覚えている人間は、もういないのだろうな。と、思う。

 もっともその方が、かえってやりやすい。この日誌に記された不幸な事故を、今回の交渉の席まで引きずるのはよろしくない。ただ、事が落ち着けば、せめて彼らの魂を同じ日本人の手で埋葬してやりたいとは、思う。


「竜崎くん、いる!?」


 今度は、作戦室の扉をガンガンと叩く音がした。この声は佐久間だ。彼女がここまで大声を出すのは珍しい。


「いるけど、どうした?」

「た、大変……! っていうか、すっごいよ!」


 そう言って作戦室に飛び込んできた佐久間の胸は、確かに大変ですっごい暴れ方をしていた。

 だが、経験豊富な竜崎は、大切なクラスメイトを決してヨコシマな目では見ない。


「で、何が大変ですごいって?」

「地下15階で、なんか凄そうなの拾ってきちゃった……」

「凄そうなの……」


 佐久間の口ぶりからして、そう悪いものでなさそうのはわかる。となると、役に立つものだろうか。


「わかった。見に行く」

「うん、暮森くんにも見てもらった方が良いかも……」


 となると、ひょっとしたら重巡洋艦のパーツに使える可能性があるものだろうか。

 場合によっては、予定より早く改修を済ませられるかもしれない。竜崎は佐久間に連れられるようにして、作戦室を出た。





「ウツロギくん、どうしよう……」


 目の前に横たわる巨大な水まんじゅうがそう言った。


 この水まんじゅうの名前は、姫水凛という。神代高校2年4組が誇る元気印のアイドル。やや小柄だがその身に余るほどのテンションを滾らせ、100メートルを県下最速でぶっちぎるエーススプリンター。トムソンガゼルを思わせる健康的な美脚が眩しい、太陽のような娘だが、今は巨大な水まんじゅうだ。

 甲州銘菓の信玄餅を彷彿とさせる。黒蜜と黄な粉で美味しくいただきたい感じだ。


「どうしようって言われてもな……。どうしよう」

「こんなに太っちゃうとか陸上部失格だよ……。今年の夏大会までにもうちょっと体脂肪落としときたかったのに……」

「そういう問題かなぁこれ」


 そもそも脂肪ではなく文字通りの水ぶくれではないだろうか。これは。


 どうやら、見張り番に立っていた凛は、轟々と降る雨を受けている間にその雨水を体内に取り込み、徐々に巨大化していってしまったらしい。体積が増えればその分水を受け止める部分も増えるので、その膨張率はまさに加速度的だ。

 凛が本気で哀しそうにつぶやいているのを見て、なんとかしてやりたくはなるが、とりあえず恭介にできることはその表面をツンツンしてみることだけだ。


「随分えらいことになってるな」


 目を覚ましたのか、ランタンの中で瑛が言った。


「なんだ、一体何が……うわあっ! でかっ!!」

「むー、もう交代の時間ですかぁ……うわあっ! でかっ!!」


 白馬とセレナも相次いで目を覚ます。


「ああっ、セレナちゃん! ちょうど良かった! ねぇ、これなに!? なにこれ!? これなに!?」

「えっと、よくわからないです」

「うわあ! 最後の希望がバッサリ!」


 今なお雨を受け、膨張し続ける姫水凛が悲鳴をあげた。セレナは眠そうな目をこすりながら続ける。


「ウォータースライムは確かに液体を外部から取り込み、身体の老廃物を古い部分と切り離すことで成長するという生態があります。甲殻類の脱皮みたいなものですね。でも、こんなに際限なく大きくなるなんて……」

「姫水は満腹中枢がおかしいんじゃないかってくらいよく食べるから、そのせいじゃないかな」

「なるほど」

「なるほどじゃないでしょーが!」


 いつものようにたっぽんたっぽん揺れて抗議する凛だが、この大きさとあっては破壊力も抜群だ。


「どうすんの! あたしこんなに立派に育っちゃってもう! 女子力の危機だよ!」

「というか、セレナさんの言葉が正しいなら、取り込んだ分はキチンと排泄できるんじゃないか?」

「は、排泄! もっと別の言い方して!」

「じゃあ分離させる」

「あたしもしかしたら、今壮絶なプレイをしているのかもしれない」


 確かに、身体に取り込んだ水を吐き出す光景を衆目(4人だけど)にさらすのは、凛にとってかなり抵抗のある行為な気はしてくる。だが、ここまで大きくなってしまえば、人目を避けて、といった真似もできそうにはない。

 凛がどうしようどうしようと呟いていると、瑛がぽつりとこんなことを言った。


「姫水、身体の密度を操作できるなら、質量を保ったまま身体を圧縮できるんじゃないか?」

「むっ……」


 凛はたぽんと跳ねて言った。


「確かに、できるかもしれない。お腹を引っ込めるような感覚で……」

「そんな感覚でやってたのか……」


 凛が『ちょあっ!』と気合を入れると、身体が少し縮んだように見える。彼女はそのままグングンと気合を入れ、一生懸命身体を縮めて行った。小さな湖ほどに膨れ上がっていた凛の身体が、徐々に徐々に、平常時の大きさにまで縮小されていく。

 凛は元の大きさに戻ると、それ以上水をかぶらないように幌の下へと避難してきた。一同は『おおー』と拍手を送る。


「いやぁー、ご心配おかけしました……」

「まぁ、その状態は水を高密度に圧縮している状態だから、余分な水はあとで出しといた方が良いと思うんだけど……」


 と、瑛は言い、更に恭介に向けてこう告げた。


「恭介、荷馬車の中に空の水筒があっただろう。それをちょっと、姫水に突っ込んでみてくれないか」

「突っ込む!?」

「ああ、わかった。瑛」

「わからないで!? 物言いを考えて!?」


 恭介は馬車の中から空の水筒を取りだし、凛に近づいていく。凛は全身から冷や汗を垂らさんという勢いで、わずかに後退した。

 何故かセレナは両手で顔を覆っている。


「すまん姫水、痛くはしないから」

「ぎにゃー!」


 かくして空の水筒は凛の身体の中にねじ込まれていくのだが、その直後、突っ込まれた水筒がクシャッと潰れてしまった。


「うおっ……」


 さすがの恭介も驚いて手を引っ込める。


「やはりな」


 瑛は頷いた。


「今の姫水の身体は、水が高密度の圧縮された状態。水圧が非常に高い、言わば深海のような状態なんだ。金属製の水筒くらいなら、水圧でペシャンコにできる。今の状態で恭介と合体すれば、恭介の方にも負担がかかるかもしれないな」

「女の子の身体に水筒突っ込んどいて言うことはそれだけ?」


 ペシャンコの水筒をペッと吐き出して、凛はやさぐれた声を出す。


「圧縮した水を発射することができれば、ウォーターカッターのような使い道もできるだろうね。使い方次第だが、かなり強力な能力になり得るかもしれない」

「んー、まぁ、それはあたしが自分の中の〝排泄〟のイメージを払拭してからだね……」


 姫水凛の新たな能力が発見されつつある中、雨脚は徐々に弱まりつつあった。既に日が暮れ、雲間から覗くのは星空であったが、今のうちにもう少し進もうという話になり、一同は岩場から更に東へ向かうこととなる。

 なお、この荒野では水の確保手段が少ない。一応、必要な分の飲料水は確保してあるのだが、せっかく身体に水を溜めこんだのだし、凛にはいざと言うときの為にもう少し圧縮状態で旅をしてもらうことになった。


「身体に貯め込んだ水を他の人に飲ませるって、もうどんなプレイだよ……」


 凛の呟きは、その場にいる誰もが聞こえない振りをした。





 それから、およそ5日後。


 凛に対するハードな扱いは続いた。セレナの言によれば、ウォータースライムは『外部から液体を取り込み、老廃物をまとめて外に排出する』生態を持つと言う。この言を信じる限り、液体の中の不純物を取り除き、水を綺麗な状態に濾過することも可能であるということだ。

 で、実際にそれができた。

 凛が全身に蓄えた雨水は、彼女の生命活動(あえて生理現象とは書かない)によって微細な埃や微生物を取り除かれ、まじりっけのない〝すらりんの美味しい水〟としてパーティメンバーに供されることになった。ひどい話である。


「あたしもう給水タンクとして一生を過ごす……」


 いまなお水分を高密度に圧縮した凛(瑛によってコンプレッションフォームと命名された)は、露骨に落ち込んだ様子でそう言った。


「ま、まぁまぁ姫水。そう落ち込むなよ」

「いや、落ち込むよ……」

「役に立ってるだけ良いじゃないか」


 恭介がそう言ってなだめようとすると、凛はくわっと振り向いて噛み付いてくる(比喩)。


「よくないよ! 良いわけないでしょ! ちょっとウツロギくん想像してみてよ! ウツロギくんの娘が! 妹でも彼女でも奥さんでもいいけど! あ、でもできれば彼女がいいな!」

「お、おう。彼女が?」

「あ、いや。やっぱ無難に娘とか妹にしといてください。えっと、娘とか妹が、その体液を他人に供するわけだよ! 嫌でしょ? 嫌だよね! 嫌じゃん! あたしもうお嫁に行けないかもしれない……!」

「え、ええと、ごめん……」

「謝るんじゃないよお!」


 三角コーナーと言われて久しい彼女だったが、どうやら給水タンクの異名までも背負うのは、かなり重たいらしい。どちらかと言えば三角コーナーより給水タンクの方が立派な人工物に思えるのだが、確かに自分の体液を他人の飲料水にするのは嫌だ。

 セレナの言によれば、スライムが一時的に体内に取り込んだ液体は、あくまでも貯水したものであってスライム自身の体液ではないらしいのだが、それにしたって口の中に含んだ水を吐き出すようなものだから、やっぱり嫌である。


「うう、嫌だよう……。扱いが杜撰だよう……」


 とうとう涙声になってしまった。


 凛と恭介はいま、何度目かに差し掛かった岩場の影で荷物の見張りをしている。東に向かって丸5日。そろそろ、セレナの国が見えてきても良いころなのだ。セレナ、瑛、白馬の三人が、身体を身軽にして少し先まで探しに行っている。


「あたしだって、女の子なのに……」

「ああ、そうだよな。姫水だって女の子だよな」

「ウツロギくん……。適当に相槌打ってない?」

「えっ?」


 凛の身体には一切目がついていないが、それでも何か冷たい視線を向けられた気がした。


「今のあたしのどこを持って女の子って言うの!? あ、ごめん、この質問めんどくさい!?」

「え、ええと、柔らかいところ、かな……」

「ほう! まあ良いでしょう! ありがとう!」


 どこか納得していない様子ながら、凛はそう言って少しだけ機嫌をよくする。


「いやぁ、まぁ、良いんだけどね……。もう1ヶ月もスライムとして生活してると、定期的に自信を失くすよねぇ」

「女の子としての?」

「まぁ、あたし元々、そんな女の子っぽい性格じゃないしね」


 姫水凛。名前に反して、姫っぽくもないし、特に凛ともしていない。愛らしい外見と社交的な性格からクラスカーストのトップを掌握していた彼女ではあるが、確かに〝女の子らしさ〟を強調した性格ではなかった。こうして話してみると、マンガやゲームの話題をきっちり男子に合わせられる趣味の広さがあるし、露骨にならない程度の下ネタにも対応できる。

 だからまぁ、そんな彼女を良く思わない女子から、心無い噂をたてられたりもしていたのだろうが。


 ただ、そんな凛が女の子っぽくないかというと、そこはノーな気もする。


「まぁ、そうやって悩むところはちゃんと女の子してるんじゃないかと思うよ」

「はぁー。そうですかぁ……」

「本気で嫌ならもう姫水の水を飲まないように決めようと思うけど。不満か?」

「んー。どうしようねぇ。ひとまず現状の不満はウツロギくんに話すことである程度スッキリしている」

「そうか……」


 会話は、そこで途切れてしまった。一度会話が止まると、ちょっと気まずい。


「これだって、ウツロギくんの新しい力になるなら、それも良いかな、って」

「俺の?」

「うん。だって、赤い翼の悪魔レッドウイングには、きっちりお礼をしなきゃいけないでしょ?」


 一度あの悪魔の手で気絶させられている凛だからなのか、その語調は幾分か強い。

 凛は、ここ数日、力を求めているようだった。赤い翼の悪魔との交戦前から、それを感じていた節はある。だが、傾向がより一層強くなったのはあの敗戦以来だ。彼女は、フルクロスの敗因を自分だと考えているのかもしれない。


「でも、その力をどうやって役に立てるんだ?」

「うーん、例えば……」

「例えば?」

「美味しい水を相手に飲ませて」

「うん」

「改心させる」

「………」

「はい、すみませんでした!」


 凛はすっかり元の調子を取り戻していた。あまり根を詰めすぎるのが良くないのは、恭介自身が知っていることだ。


「ウツロギさーん! リンさーん!」


 ちょうどそのあたりで、白馬にまたがったセレナが手を振りながら戻ってくる。恭介も立ち上がって片手をあげた。


「おぉ、どうだった?」

「ああ、この岩場から出て少し進むと、地平線の端っこに長い壁が見えてきたよ」

「まるで万里の長城だったな」


 白馬と瑛が口ぐちに説明してくれる。いよいよか。辿り着いたということらしい。

 拠点を発って5日だから、ほぼ予定通りの日程だ。戻る頃には重巡洋艦の改修もほぼ済んでいるはずである。ただ、やはりその間に赤い翼の悪魔が拠点を襲撃していないかという、それだけが不安だった。できるだけ急いで協力を取り付け、急いで戻りたいところではある。


 ひとまず、この後は城壁に近づき、人間たちとの対話を試みることになる。その前に腹ごしらえをしよう、ということになり、荷馬車に積んだ保存食を広げた。


「腹が減っては戦ができぬ、って奴ですね!」

「戦になっちゃまずいんだけどな……」


 そんな言葉をかわしながら、恭介はセレナを見る。


「(自分なら外交材料になれる、って言ってたよね)」


 身体の一部を恭介に接触させ、凛が意識だけで語りかけてきた。恭介は頷く。


 つまり、彼女はそれなりに高貴な身分の存在ということだ。セレナが自らの立場を上手く使い、こちら側に立ってくれれば、交渉の目処はたてられる。少なくとも今の恭介たちには、それくらいしか勝算がない。

 おそらく数時間後には、人間たちと接触することになる。恭介は、燻製肉をごくりと飲み込んだ。


 喉元からぺたりと落ちた燻製肉は、凛がキャッチしてこっそりつまみ食いしていた。

次の投稿は明日朝7時!

セレナの正体とは一体なんなのか! 人間軍との交渉は果たして成功するのか! お楽しみに!

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