第22話 すらりん注意報
「……と、いうわけで」
セレナは食堂で大きく広げた図を指しながら、説明した。
「現時点で固有能力、赤い翼の悪魔が言うところの〝フェイズ2〟を発動させた生徒さんはほとんど確認されていないです。確実と言えるのは、ウツロギさんの能力増幅くらいですかねー」
食堂では、十数人の生徒が真剣な面持ちで彼女の話を聞いている。学校の授業さながらに、熱心にノートをとっているものもいた。魚住兄、剣崎、猫宮など、その多くは探索班の班長である。
セレナは、役立たずと言われていた頃に比べ、いくらかイキイキとした表情で解説を続ける。
「ライカンスロープの完全獣化などはこちらの世界では確認できていない能力ですし、アカイさんの血界兵団を含め、これらも固有能力である可能性があります。あとは五分河原さんのアイテム探索能力。これは際どいところになりますけど。ただ、この場合、固有能力も皆さんの種族からイメージのかけ離れた力にはならないんじゃないか、ってことです。例えば、ウオズミさんが両手から錐を生やして地中を掘り進んだりできるようにはならないし、ケンザキさんの背中から翼が生えて空を飛べるようにはならない、ってことです。あくまで仮説ですけど」
恭介たちは、そんなセレナの様子を食堂の外から見守っていた。
拠点を発ち、東にあるという王国へ向かうまでそう時間があるわけではない。だがセレナは、その短い時間の中で、希望者にモンスター能力の運用指南講座を開くことにした。彼女のモンスター知識に関しては、おそらくほとんどの生徒が認めていたところであろう。こんなにあっさり認めてもらえるなら、もっと早く言い出しておけばよかったと、セレナは言っていた。
この世界にきてから、何人かの生徒は本能から魔法を使うことができた。だがセレナに言わせれば、それでも自身の持つ能力を十全に行使できているわけでは、無いと言う。
「セレナさん、半魚人の種族能力って、どんなもんなんだろう」
「んー……」
手を挙げて質問する魚住・兄に、セレナは少し考え込んでから答える。
「やはり水泳能力ですから、ここでは活かすのが難しい気がします……。ただ、水泳に活かすための全身の筋肉、特にここからこのあたりが非常に発達するので……」
セレナは真剣な面持ちで魚住に歩み寄り、上腕筋やら大腿筋やらのあたりをさすった。魚住はニヤケ面を抑えるのに精一杯で、横から風紀委員剣崎に鱗をつねりあげられていた。
「赤身ギルマンと白身ギルマンがいるんですが、ウオズミさんは赤身ギルマンです。筋肉の持久力が非常に高く、スタミナ長持ち。あとは身が引き締まっていて美味しいです」
「最後のは要らない情報だなぁ……」
魚住は、苦笑いをしながらしっかりノートに書き記していく。
他にもセレナは、デュラハンである剣崎には〝死線〟を見切る能力があるが、原則としてアンデッドなので熱と光に弱いこと、ケット・シーである猫宮には、影から影に移動する能力があることなどを説明し、他の生徒やここにいない生徒の能力などにも、一言ずつ付け加えて行く。
「あたしも、あとでみっちり個人指導してもらおーっと」
凛はそんなセレナを眺めながら、明るい声で言う。
「姫水は結構能力を活かせている気がするんだけどなぁ」
「そんなんじゃダメだよ。あたし、フィニッシャーを今までほとんど火野くんにとられているからね……」
それに、と凛は付け加えた。
「前回の赤い翼の悪魔との戦いでも、あたし、途中で気絶しちゃったし」
どうやら彼女なりに、強くならなければならないとは、感じているらしい。
「もっと、ウツロギくんの力になれるようになんないとね」
「姫水はもう十分俺の力になれてるよ」
「お、おう……! なんかあたしストレートに褒められ慣れてない気がする!」
凛の固有能力とは、果たしてどのようなものだろうか。スライムの出る国産RPGは山というほどプレイしている恭介だが、いまいちピンと来ない。金属を取り込んでメタル化できるとかだろうか。全身がターミネーターのようになるなら、それはそれで強い気もする。
恭介がちらりと凛を見ると、凛もまた恭介と同じく、自身の固有能力について考えていたらしい。
「電撃を出せるようになるとかどうかな。貫通属性の……」
「スライムの電撃とか悪夢だぞ。それで俺が何人の皇帝を失ったことか……」
「インペリアルクロスで挑むからだよ」
そもそもスライムの身体でどうやって発電するというのか。セレナに聞いたら案外あっさりと『細胞間の電位差を利用して電撃を生み出すのかもしれませんね』とか答えてくれそうではあるが。
恭介の能力が発覚し、フェイズ2という言葉が赤い翼の悪魔から発せられてから、他の生徒たちも自身の固有能力を模索し始めている。恭介は幸運にもあっさりそれを見つけることができたのだが、やはり、なかなか気づけるものではないらしい。
その後も、凛の固有能力について下らない雑談を続けているうち、ふと話題は別の方へとシフトした。
「ウツロギくん。そう言えば、紅井さんの血の副作用って、なんかあった?」
「いや、今んとこはあまり……。強いて言えば……」
「強いて言えば?」
「身体が頑丈になった」
「………」
ダブル・バイ・セップスのポーズを決めながら恭介が言うと、凛は無言になった。目が有ったら相当白眼視されているに違いない。
「いや、冗談じゃないぞ。骨自体が以前より硬くなった気がするんだ。あと、身体の動きも以前より軽くなった」
「ふーん。全体的なスペックアップ、ってところなのかなぁ……」
妥当な推測ではあるが、それだけとは限らないだろう。それにこれは『良い方の副作用』に過ぎない。
回復魔法で再生不可能な部位を修復し、さらに本人の能力を底上げできるというのなら、完全に良いことづくめだ。紅井だって躊躇う必要はない。他の生徒にもバンバン使っていけばいいのだし、その分、クラス全体のパワーアップに繋がる。
紅井がそうしなかったのは『悪い方の副作用』を懸念しているからだ。
「一番ありそうな悪い副作用はさ」
と、凛は言った。
「紅井さんの手下になっちゃうことだよね。手下って言い方はよくないかな。下僕?」
「この場合正しいのは〝眷属〟かなぁ」
恭介も考えていなかったわけではない。紅井は吸血鬼だ。血を吸って仲間を増やし、そうして増やした仲間は自らの〝眷属〟として従えるのが、吸血鬼というモンスターのイメージである。全身の欠損部位を修復し、身体的スペックが上昇するというのも、吸血鬼のイメージにぴったりだ。
恭介は、スケルトンでありながら、吸血鬼にもなってしまったのだろうか。
「大丈夫? ウツロギくん、血を吸いたくならない?」
「いや、特には……。犬歯だって鋭くなってないだろ?」
「あーうん。そうだねぇ」
ただ、〝吸血鬼〟にならなかったとしても、紅井の〝眷属〟となってしまう可能性はある。
眷属は、親たる吸血鬼に逆らえないのが原則だ。恭介は、紅井の命令に従うしかなくなってしまう。
紅井だって、そんな悪い子ではない。恭介の自由意志を無視した酷い命令を下すことはないと信じたいし、現時点で行動が縛られている感覚はないのだが。デメリットが〝紅井の眷属化〟と言うのであれば、そこまで致命的な副作用ではないようにも感じる。
「ウツロギくん、それ本気で思ってんの?」
恭介の考えを読み取ったか、凛は唇(ない)をとがらせる勢いで言った。
「あたしも紅井さんは良い人だなって思うけど、自分の意志を強制的に誰かに握られるんだよ。普通、良い気分しなくない?」
「うーん、まぁ、そうかもなぁ……」
「あー、なんか、あたし初めて火野くんの気持ちわかったかもぉ……」
それは困る。あの小姑みたいな小言を言うパートナーが2人になられては。
ちょうどそのあたりで、セレナの運用指南講座が終わったらしい。生徒たちがノートを手に、ぞろぞろと食堂から出てきた。セレナは笑顔で手を振っている。
「あー、ちょうど良かった。終わったー?」
コック杉浦が、厨房の奥から顔を覗かせた。
「ちょっと火野くんに手伝ってもらってさ。ウツロギくん達用の保存食、作ってたんだ」
そう言って、杉浦はお盆の上にいくらかの肉の燻製を持って出てくる。凛と恭介も、食堂の中に踏み込んだ。
「なるほど、ダンジョンワニの燻製ですね」
肉のひとつをつまみ上げて、セレナは頷く。
「ダンジョンワニは、迷宮で暮らす爬虫類型のモンスターです。このダンジョンにもいるんですねぇ」
このワニ肉の燻製は、重巡で暮らすゴブリン達との交易にも使われる。五分河原の話では、あのゴブリン達は定期的に集団でウィルドネスワームやデザートフライ、デザートバルチャーなどのモンスターを狩り、食料としているらしい。2年4組との交易で手に入るワニ肉は、無傷で入手できる保存食ということで重宝されていた。
保存食はワニ肉の燻製だけではない。パスタモドキの干物や、干し芋などもあった。
「セレナさんとゼクウの話を総合すると、だいたい3日から5日くらいかなって思うから。大事を取って、10日分。ウツロギくん、火野くん、すらりん、白馬くん、セレナさんで、それの5人分だね」
「無理やり熱量をあげて水分をとばしたんだ。疲れた……」
瑛はいつになく火力を弱くした様子で、ふよふよと飛んでくる。
「おー、どれも美味しそう……」
「すらりん、つまみ食いはダメだよ」
「わ、わかってるよぉ……」
ところで、これだけの食料を運搬にするにあたり、ひとつ問題が発覚している。
人数に比して、荷物の運搬に適したメンバーが少ないということだ。恭介は凛と合体しなければまともに力を出せないし、瑛などどうやっても大量の荷物を運べない。結局、白馬に荷車を引かせるという方向で一致してしまい、彼には割と苦労をかけることになりそうだった。
「一番怖いのは、荒野を渡っている途中に赤い翼の悪魔に遭遇することですねー……」
セレナは保存食を用意された荷車に積み込みながら、ぽつりと口にする。
「そういえば、セレナさんの師匠さんは、あの悪魔より強いのか?」
「どうなんでしょう? 師匠が負けるところって、あまり想像できないんですよねぇ……」
恭介としても、あの赤い翼の悪魔より強い存在、というのはあまり想像できない。あの死霊の王を葬ったフルクロスでも、歯が立たなかったのだ。膂力で圧倒的に負けていたし、その黒い甲冑による防御は堅牢だった。
あの悪魔とは、いつかは戦わねばならないように感じている。その際、どのように勝利すればいいのかというビジョンが、まったく見えない。
「ウツロギくん、あんまり難しく考えちゃダメだってばー」
「そうだ。胃を痛めるのは僕の役割であって、君は気楽に考えていれば良い」
凛と瑛がそんなことを言ってくる。そんなものか、と恭介は思った。確かに、考えすぎてどうにかなる課題でもないが。
ひとまず、凛がこっそり燻製肉に手を伸ばそうとしていたので、ひっぱたいておいた。
既に、クラスには恭介たちの出発は通達済みであるらしい。杉浦だけでなく、他の生徒たちも旅支度に協力をしてくれた。廊下で行き交う際にも挨拶を交わしてくれるのが、恭介からしてみれば妙に新鮮だ。どちらかと言えば、今までは隅っこでこじんまりとしている側だっただけに、である。
フルクロスの正体が恭介たちと露呈してから、こちらを警戒する生徒もいないではなかったが、どちらかと言えば多くの反応は好意的だった。まぁ、疎んじられるよりはよほど良い。凛も行きかう生徒たちと元気にハイタッチをかまし、スライムになってからも相変わらずのコミュ力で楽しく会話を繰り広げていたが、真のコミュ障たる瑛にとっては、このあたりは苦痛でしかなさそうだった。
「ウツロギ、セレナさんを安全に送り届けてくれ……。頼んだぞ……!」
恭介の両肩をガッシリと掴み、真剣な面持ちで告げるのはキノコ人間の茸笠だ。彼のセレナに対する入れ込みっぷりは、割とガチなものを感じるので、恭介は何も言わずに頷くことにした。下手に刺激すると変な胞子が飛んできそうで怖いというのもある。
「姫水、無茶はするなよ」
「元気でねー、すらりん」
茸笠と同じ班に所属する魚住兄妹は、凛と楽しげに会話をかわす。
既に準備は整え終っており、これから出発するところだ。順調に進めば2週間もかからないし、戻ってくる頃には重巡の改修も半分以上済んでいるだろうという頃合いだ。唯一の懸念と言えば、その間に赤い翼の悪魔による二度目の襲撃があることだが、そればかりは思い悩んでいても仕方がない。
別にそう長い別れになるわけではない。仰々しい見送りのようなものも、なかった。生徒たちも、既に大半が重巡の改修作業に向かっている。
迷宮の外に出ると、既に白馬が所在なさげに待っていた。
「よう、白馬。待たせてすまん」
「あ、お、おう。ウツロギ……」
片手をあげて挨拶すると、白馬は目を泳がせながら返事をする。
「これから一週間かそこらの旅になるけど、よろしく頼む」
「ん、うん。そうだな、うん……」
どこか緊張した面持ちだ。腹の調子でも悪いのだろうか、と思っていると、白馬はこう言った。
「いやその、ウツロギ……。なんか、悪かったな」
「ん?」
「おまえに八つ当たりしていた頃だよ。なんか、むしゃくしゃしててさ」
「特に気にしてないよ」
特に気持ちを偽ることもなく、恭介があっさり告げると、白馬は面喰った様子でこちらの顔をまじまじと見つめてきた。
「そ、そうか……?」
「ああ」
「白馬、恭介はこういう奴なんだ」
恭介の後ろから、瑛がふよふよと浮かびながら口を挟む。
「別に取り繕っているわけでもないし、本気で気にしていない。だからそこはあまり気にしないで接すればいい。もっとも、僕は君や鷲尾が恭介に対して行った振る舞いを忘れてはないけど」
「なんで火野はそんなにウツロギのことを気にするんだ……」
「あのね、火野くんはホモなんだよ」
このやり取りも妙に懐かしいものがある。セレナは腕を組んで興味深げに『なるほど、ホモなんですね』と頷いていた。違うと言うのに。
「えぇと、ハクバさん。これからよろしくお願いします」
セレナがにこりと笑って、白馬に歩み寄る。白馬はごくりと唾を鳴らし、軽く会釈した。
緊張感あふれるムードが、一同の間に漂う。
白馬はユニコーンだ。穢れを嫌う性質があり、その伝承が曲解される形で『生娘にのみ心を許す』と語られている。これは恭介たちの世界に限らず、こちら側でも同様らしい。白馬も、こちらの世界に来て他の女子を背中に乗せようとしたところ、身体が拒絶反応を起こしてしまいショックで三日三晩寝込んだという哀しい過去を背負っている。
乗せられなかった女子が誰であるかは、本人の名誉のためにも伏せておく。
ここでセレナが白馬に乗ることができなかったら、白馬だけでなく恭介も微妙にショックを受けることだろう。いや、別に、それくらいの歳なら普通なのかもしれないけど。過剰反応することではないのかもしれないけど。
セレナは、ダンジョンに来た時に持ってきていた自らの槍を地面に突き立て、それを足場代わりにして白馬の背に足をかけた。びくん、と白馬の身体が震えるが、その後特に何事もなく、彼女はユニコーンの背にまたがる。
「お、おおー……」
恭介と凛はとりあえず拍手を送った。白馬も大きく安堵の溜め息をつく。
「えぇっ!? なんですかその反応! なんか、どっちの意味でも非常にショックなんですけど!」
「いや、うん、特に深いイミはないんだよ。みんなこう見えて思春期のセーショーネンだからね」
凛がたぽんたぽんと跳ねながら、謎のフォローを入れてくれた。
セレナは馬の扱いにはそこそこ慣れているらしい。白馬には、即席の鞍と轡をつけてあるが、手綱を握る動作には危なげがなかった。騎士見習い、と言っていたか。戦闘はからきしだが、馬術はそこそこということなのかもしれない。ただ、得物である長槍は馬上で振り回すには辛そうだ。
白馬の荷車に積んだ荷物を確認していると、拠点の中から、別の生徒が顔を出した。
「あ、う、ウツロギくん」
「おっ、さっちゃんだ」
凛の声に、恭介も顔をあげる。確かに佐久間だ。今日はいつものコートを脱いでいて、久々に肌色成分が多かった。白馬の馬面が、さらに鼻の下を伸ばしている。
「あぁ、佐久間。見送りに来てくれたのか」
「うん……。えっと、えぇっと……。頑張ってね!」
ぐっ、と佐久間がガッツポーズをとると、胸がぷるんと揺れた。
「あぁ、うん。頑張るよ。ありがとう」
「あと、えっと……」
「これ、とりあえず何か言わなきゃと思ってきたけど特に何も考えてなくて言葉に詰まってる奴だね……」
凛が必死に視線をさまよわせる佐久間を見て、冷静な解説をしてくれる。
「転移前は恵まれたポジション、転移後は恵まれた容姿を持ちながら、あたしとセレナちゃんの存在に危機感を覚え始めさらに紅井さんにも謎の追い上げをかけられてるけど特にウツロギくんと密接な絡みを持てていないさっちゃんの明日はどっちだ」
「まぁそのレースで言うなら首位独走してるのは火野だろ……」
「そうだね。あたしは所詮三角コーナーだからね……」
凛はそのまま白馬と会話を続け、セレナだけは何の話をしているのかまったくわからないと言うように首をかしげていた。瑛は穏やかに恭介の隣で浮かんでいる。
「えっと、ウツロギくん……、が、頑張ってね!」
「あぁ、うん。頑張るよ。ありがとう」
「じゃ、じゃあ私……。明日香ちゃん達と、探索行くから!」
「今日は最下層まで潜るんだっけ、頑張れよ!」
「うんっ、ありがとう!」
佐久間は、そのまま手を振りながら、再び拠点へと戻っていった。
「なぁ、ウツロギ……」
ぽつりと白馬が言葉を口にする。
「謝ったばかりだけど、おまえのこと蹴っ飛ばしても良いか?」
「やめてくれ」
一同は、東を目指して出発した。
しばらく進んでいくと、改修中の重巡洋艦に差し掛かる。ゴブリンのボスとの交渉は既に済んでいるらしく、暮森の主導で既に多くの生徒が改修作業に従事していた。セレナの話では、ゴブリンという種族は機械いじりこそ出来ないものの、原始的な武器を作る程度には手先が器用であるらしく、五分河原を通訳として改修の手伝いもしてくれている。
「更にゴブリンは、より頭の良いものをリーダーとして慕う習性がありますから、五分河原さんがリーダーとして認められつつあるのかもしれませんね」
セレナは、改修中の船から手を振っている生徒たちに手を振り返し、そんなことを言った。
「オウガは筋力で序列が決まるって言ってたっけ?」
凛は、恭介と合体した状態でそんなことを尋ねる。セレナは頷いた。
「オウガは筋力です。ただ、もともと社会性の高い種族じゃないんですよ。メスや食料、テリトリーの奪い合いになった時に殴り合いを行い、どちらの筋力が優れているか決めます」
「殺すまではいかないんだ」
「20年前までは好戦的な種族だったんですけど、オウガのようなモンスターを統べる存在がいなくなってからは、そこまで凶暴な種族じゃなくなったんです」
まぁ、それでも人間を襲って食べたりするんですけど、と、最後にとんでもないことを付け加える。
重巡のある場所を越え、さらに東へ東へ進んでいくと、そこから先はもう、彼らにとっては未知のエリアだ。元々多弁なタイプではない男性陣に対し、凛とセレナのおしゃべりは一向に尽きる様子がなかった。
「ねぇねぇセレナちゃん、あたしの固有能力ってどんなんだと思う?」
「リンさんの固有能力ですか? うーん……。リンさんは種族能力をほとんど引き出していますからねぇ……」
セレナの弁によれば、変形や密度、重量の操作など、一般的なスライムが行える動作は、凛はほぼ完璧にマスターしてしまっているという。とりたてて魔法が使えるわけでもないため、固有能力のイメージはいまいちピンとこない、と正直なことを言っていた。
「服や鎧だけを溶かす都合の良い溶解液とかどうだ」
白馬が口を挟む。
「え、ええー……。そういうエロマンガみたいなのはやめようよ……」
「いや、待て姫水。あの赤い翼の悪魔の頑丈な鎧を溶かせるなら、それもアリかもしれないぞ」
「ウツロギくんまで!?」
フルクロスが赤い翼の悪魔に敗れた理由の半分は、あの鎧と言っても過言ではない。服や鎧だけを溶かす都合の良い溶解液であの鎧を溶かせるなら、確かに強力であるかもしれない。真面目に考え込んでいる恭介に、凛の焦る声が聞こえてきた。
「えっ、ちょ、ウツロギくん……。マジで言ってんの? あたしスライムだけど女の子だよ? 女の子にそんないかがわしい液体を発射させるつもりなの……?」
「別にいかがわしい使い方をしなかったら、いかがわしくはないだろう……。鎧だけを溶かせば、相手を傷つけずに無力化できるから、情報も聞きだしやすいしな」
「え、ええー……。なんかあたし、ヤだなぁー……」
凛の声はあからさまにテンションを落としている。
しばらく荒野を進んでいると、日が妙に陰ってくる。空を見上げれば、青々としていた空に、雲がかかりはじめていた。
「雨が降りそうですね」
セレナがぽつりと言う。
「雨か……」
恭介も言った。
決して珍しいものではないが、こちらの世界に来てからは一度も遭遇していない天候だ。この乾いた荒野を思えば、雨の盛んな地域でないことはわかるが、それでも旅に出ていきなり雨に遭遇というのは幸先が良くないように感じる。
「っていうか、ヤバくない?」
凛が言った。
「火野くん、消えちゃうんじゃないの?」
「確かに、雨のことはあまり考えていなかったな」
冷静な声で、瑛も言う。
「あ、一応、道具の中にランタンがありましたよ。アキラさんはこの中に」
「わかった。好意に甘えよう」
セレナがあけたランタンの中に、瑛がすっぽりと収まった。
それでも、さらに進んでいくうちに黒雲はどんどん厚くなり、やがて乾いた大地を水滴が濡らしはじめる。
「あっちゃー……。降ってきちまったなぁ」
白馬が呟いた。ランタンの中で瑛も頷く。
「少し早いが、足を止めて休んだ方が良いかもしれないな。雨の中を進んでも体力を消耗しそうだ」
「どこかに雨宿りできるとこ、ありませんかねぇー」
「少し戻るけど、さっき岩場があったな。あそこにテントを張って休もう」
恭介たちはやや駆け足で岩場まで移動すると、ひとつの大きな岩に沿うようにして幌を張った。あまり広くはないが、それでも白馬やセレナが雨風を凌げるだけのスペースはある。恭介や凛と違って、この二人は下手に身体を濡らすと風邪を引く可能性があったので、内側に座らせた。
瑛のランタンから火を噴かせ、荷馬車に積んであった薪を燃やす。暖を取りながら、燻製肉や干し芋などを食べてしばしの間、団欒した。
「雨、もうしばらく続きそうだな」
恭介がぽつりとつぶやき、一同は幌の外を眺める。
「交代で見張りをたてて、今は休もう。まずは姫水、次に恭介。僕、白馬、セレナさんだ」
「わかった! じゃあ、あたししっかり見張ってくるから、みんなはぐっすり休んでると良いよー!」
凛はぴょこんと恭介の身体から飛び出して、元気な声で言った。
「ああ、頼んだ、姫水」
「なんだか、休めって言われても休めそうにねぇなぁ……」
「これから一週間はこんな暮らしなんだ。慣れておかないと大変だぞ」
「任せてください! 野宿はお手の物です!」
わいわいと言い合う様は、なんだか林間学校のキャンプを思い出す。
恭介たちは、決して広くはない雨宿りスペースの中でひしめき合うように寝転がり、それからしばらく、交代の時間まで仮眠をとることとなる。
数時間後、思ったよりぐっすり眠ってしまった恭介が目を覚ましてみたものは、雨をたっぷり吸いこんで視界を覆うほどに膨張した、姫水凛の姿だった。
次回の更新は明日の朝7時です!
おデブになってしまったすらりんは、果たして服だけを溶かす都合の良い溶解液を出せるようになるのか!? ご期待ください!




