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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第21話 血色の心臓を

「う……」


 恭介は小さなうめき声をあげて、上体を起こす。その時はじめて、恭介は自分の上半身が元に戻っていることに気付いた。赤い翼の悪魔との交戦により、肋骨や頸椎ごと打ち砕かれ、床に虚しく転がったはずであったのだが。

 ただ、ベッドの上に横たえられていた恭介は、確かに砕かれたはずの全身の骨が元に戻っていることを確認する。五分河原が組み替えてくれたのか? しかし、そうなると他のパーツは誰から……。


「う、ウツロギくん……」


 横から震えるような声が聞こえてきたので視線を向けると、左脇で凛がぷるぷると震えていた。

 凛だけではない。佐久間やセレナ、そして瑛が恭介を取り囲み、少し離れた場所では紅井が退屈そうに爪を磨いている。どうやら相当心配をかけていたらしい。恭介は頭を掻きながら、もう一度彼らをぐるりと見渡した。


「ああ、いや、みんな……」

「ウツロギくんっ!!」

「えぇっ!? あ、あっれぇ~ッ!?」


 目に涙をためた佐久間が恭介の身体に抱きつき、凛が素っ頓狂な声をあげた。


「ちょ、ちょっと待って!? あれ、そこはあたしに行かせてくれるんじゃ……あっ、あれぇ~……」

「姫水は何を言ってるんだ……」

「ま、まぁ良いや……。ウツロギくんっ!」

「お、おう……」


 凛が空いた左腕に巻きついてくる。佐久間に抱きつかれ、凛に絡みつかれ、まったく身動きの取れなくなった恭介の大腿骨に、今度はセレナが飛び付いた。


「じゃ、じゃあ私も! ウツロギさんっ!」

「セレナさんもか!」

「へ、へへへ……。ウツロギさん、素敵な大腿骨してますね……。人間のように二足歩行を行う生き物は、ここの骨がよく発達するんですよね。スケルトンの骨格は年月の経過によって風化し脆くなりやすいんですけど、ウツロギさんの大腿骨は凄いカルシウム感を感じますね……」


 一人だけ着眼点が違う気がした。


「まぁ、無事で良かったよ、恭介」


 てっきり怒られるかと思ったのだが、ふよふよと浮かびながら発せられる瑛の言葉は穏やかだ。


「あ、ああ……。無事で良かったんだが……。どうして無事なんだ? 五分河原か?」

「いや。さすがに骨そのものを物理的に破壊された君を助けるために、予備の骨を取りに行っているだけの猶予はなかった」


 そう言って、瑛は大腿骨を興味深げに撫でるセレナを見た。


 彼女の話では、スライムやスケルトンといったモンスターは、概念核と呼ばれる特殊な情報核に保たれた形状、質量を保つことでのみ生存を可能としているらしい。スケルトンは身体のパーツをバラして組み替えることは可能だが、頸椎や肋骨を破壊された場合は、破壊された部分を一時的にでも補填しない限りは生命の形状を保てない。らしい。

 らしい、というのは、概念核という名称自体がそもそも初耳であるためだ。こちらの世界では常識なのか、あるいは、モンスター情報に精通しているセレナだからこそスラスラ出てくる言葉なのかは、わからない。


 とにかく、そうしたセレナの言葉もあって、恭介を助けるためには新しいパーツを補填するしかなかったのだが、それを取りに行くまでに恭介が死んでしまう可能性があった。ということだ。


「じゃあ、どうしたんだ?」

「それは、紅井がね……」

「紅井?」


 恭介が身体をホールドされたまま、視線だけを紅井に向ける。


 クラスのクイーン紅井明日香は、相変わらず恭介の方には興味なさそうに爪を磨いていた。彼女の方からは視線のひとつもくれずに、退屈げな声を出す。


「なに?」

「ああ、いや、紅井が……何したのかなって」

「あたしの血を使ったんだけど」

「紅井の血?」


 紅井は、自らの血で作り出した兵士を自在に操る血界兵団ブラッディ・コープス(命名:瑛)という特技を持つ。これが吸血鬼ヴァンパイアとしての種族能力なのか、あるいは紅井の固有能力なのか。その〝血〟を用いて、バラバラに砕け散った恭介の骨格を〝蘇生〟させたのだという。

 にわかには信じられないが、瑛をはじめとしたその場の全員が特に口を挟まないところからして、事実なのだろう。今、恭介の身体の全体には、紅井の落とした血が巡っているという。


「なんか、いまいちピンと来ないんだけど……」

「まぁ来ないなら良いんじゃない。命は助かったんだし」

「ああ。ありがとう紅井、助かったよ」

「あんたの為に使ったんじゃないしね」


 じゃあ誰のためだ。今、恭介の身体に抱きついている佐久間が悲しむからとでも言うのか?


 そのあたりを口に出して尋ねるとややこしいことになりそうなので黙っておく。が、左腕に絡みつく凛の力が異様に強まったことから察するに、彼女に思考が伝達されてしまっていたらしい。


「とにかくサチ、そろそろウツロギから離れたら」

「あ、う、うん。ごめん、ウツロギくん……」


 佐久間が謝って、恭介に抱きつく手を放す。


 ようやく状況が落ち着き、恭介にも冷静に考えるだけの頭が戻ってくる。ただ、多少落ち着いたところで、すべての謎や事情を順番に処理していくには、あまりにも気になることが多すぎた。恭介は額に手をやり、考え込む。


「まず最初に言っておくが、恭介。小金井はあの赤い翼の悪魔に捕まった」

「……ああ、それはわかっている」


 手土産のひとつもないと、王に示しがつかない。あの悪魔はそう言っていた。小金井は、その手土産になったのだ。


「そもそも、あの悪魔は一体なんだったんだ? 俺たちの事情を知っていたみたいだったけど」

「わかんない。アタリとか、ハズレとか言ってたよね。竜崎くんやさっちゃんがアタリで、響ちゃんはハズレだって」


 凛がたっぽんたっぽんと跳ねながら言った。


「犬神がハズレって言うのはわからないな。俺たちの方が、よっぽどハズレだと思うけど」

「あとは、自分の固有能力を把握し、それを戦法に組み込んでいる恭介のことを〝フェイズ2〟と言っていたな」

「2ってことは、3もあるのかなぁ」


 恭介は顎に手をやって考え込む。

 この骨を再生させた紅井の血は、固有能力なのだろうか。あるいは単に種族能力なのか。こちらも血界兵団同様、よく理解できない部分ではある。今回の一件で、彼女に関しての謎も微妙に深まってしまった。詳しく聞きだせるほど親密な仲でないと言うのが困るところだ。


「ともあれ、あの赤い翼の悪魔が、元の世界に関する手がかりを握っていることは……」


 と、言いかけて、恭介はセレナを見た。この情報は、彼女に秘匿しておくべきものだったか?

 だが、セレナは大腿骨を撫でる手を止めて、にこりと笑う。


「ああ、いえ、ご心配なく。リュウザキさん達から、あの後事情をすべて話していただきました」

「そ、そう?」

「もう、お互い何かを隠していられるような状況じゃないしねー。セレナちゃんを交えて、改めて会議をやったんだよ。竜崎くんと、あと探索班の班長がメインでね」


 その会議で得られた情報については、また後で話すことにして、と凛は言った。


「驚きました。ウツロギさん達、〝トリッパー〟だったんですね」

「異世界からの転移者のことか?」

「はい。フォーリナーとも言いますけれど、私の国にも何人かいます。ただ正直なところ、モンスターに姿を変えて、という状況は初めてなので、それ以上は……」

「そうか……」


 恭介は肩を落とす。既に話を聞いているであろう他の面子の間にも、重苦しい空気が漂った。


 ところで今、他の生徒たちはどうしているかというと。一部はあの赤い翼の悪魔が見せた圧倒的な力に今なお怯え、しかし残る大半は五分河原ゴブリン暮森グレムリンらと重巡洋艦の方へ向かったらしい。先ほどの会議で掲げられた、重巡改造計画を、いち早く実行に移すためだ。

 あの赤い翼の悪魔は、『また来る』と言っていた。その前にできるだけの手は打っておきたい。そういったところだろう。正直なところ、悪魔がこちらに到着するまで、どれほどの時間的猶予があるかはわからない。


「まぁ、状況は、結構悪いよね」


 佐久間が力ない笑みを浮かべる。


「それも含めて、これからセレナさんにどんな協力をしてもらうか? って話が、さっきの会議で決まったんだ」

「セレナさんに?」

「うん……。ウツロギくんが気が付いたら、みんなで一緒に作戦室まで来てほしいって……。竜崎くんが」


 みんな、と言った際に佐久間が見渡した面子。恭介、凛、瑛、それにセレナだ。恭介は改めて、自らの両手を確認する。

 紅井の血とやらが効いているのか、身体を動かすにあたって、まったくもって違和感はない。というよりもむしろ、全身の動きが妙に軽いような感覚があった。以前にも増して快調、といったところである。


「俺は特に問題ない。みんなが良ければ、もう行けるよ」

「わかった、じゃあ行こう!」


 凛が陽気な声をあげて、そういうことになる。恭介が立ち上がり、部屋を出ようとする。


「あー、ウツロギ……。一応、言っとくけど」


 やはり一瞥もくれないまま、紅井が声をあげた。


「なんか、副作用あるかもしんないから。一応言っとく」

「あまり脅かすなよ……」

「別に脅しじゃないんだけどね」


 血の副作用。どういったものだろうか。恭介にとっては、彼女の血で蘇生したと言う事実すら、いまだにピンときていないのだ。紅井の言葉を話半分に聞き流しながら、恭介は凛たちと共に仮眠室を後にした。





「しかし、例の黒騎士の正体がウツロギ達だったとはな……」

「ブラックナイト・トリニティフルクロスって言うんだそうだ」

「長くないかその名前」

「やっぱ長いよなぁ……」


 作戦室で会議後の資料をまとめながら、竜崎は苦笑いを浮かべる。

 会議の後の流れで、現在作戦室には探索2班のリーダーである魚住兄ギルマン、探索3班のリーダーである剣崎デュラハン、探索4班のリーダーである猫宮ケット・シーなどが首を揃えている。探索班の班長は、いずれも竜崎が直接指名しただけあって、クラスの中でも比較的分別をわきまえた生徒が多い。


 黒のつややかな毛並が自慢の猫宮美弥ねこみや・みやは、竜崎の執務机に腰かけ、やや気取った様子で話す。


「すると、委員長や剣崎は、もうそのことを知っていたってワケだね。ずいぶんとヒトの悪い話だ」

「ヒトではないがな」


 クラス内でもすっかり定番となったジョークを返し、剣崎は肩をすくめた。


「火野の要望で、なるべく正体を隠しておきたかったんだそうだ」

「ああ、火野って特オタだっけ」


 魚住は、ギルマン特有のサカナ面を思い切り苦笑いさせる。


「俺も中学の時まではたまに見てたんだけどなぁ。高校入ってから日曜の朝は朝練だからな」

「まぁ、姿を隠していたのは別に火野の趣味ってだけじゃないと思うけどな。あまりクラスを混乱させたくなかったんだろう。判断が正しかったかどうかはともかくさ」


 竜崎はきっちり彼らのフォローをしておいた。


 少なくとも班長会議の中では、恭介たちがフルクロスであったことに対する、ネガティブな意見は出なかった。彼らが正体を隠していたことに対し、不信感を募らせている層は存在するはずだが、それに関しては班長達にやんわりと窘めていってもらうことになる。

 赤い翼の悪魔による襲撃で、唯一良かったことがあるとすれば、クラス内、特にこの班長間による団結だ。彼らにもようやく同じ苦労をする者同士の連帯感が出てきたようで、水泳部の魚住と演劇部の猫宮など、あまり教室では会話をしなかった生徒たちの間でも、話が弾むようになりつつある。


「じゃあ、委員長。こちらは急ピッチで重巡の改修を、例の件はウツロギ達に任せるということで良いんだね」


 猫宮が自らのヒゲをいじりながら尋ねた。


「まぁ、妥当だろう。ウツロギ本人が納得するかどうかだけど、それはこれから話す」


 ちょうどそのあたりで、扉をノックする音があった。応答を示すと、がちゃりと開いて、当のウツロギが姿を見せる。


「ああ、じゃあボクらはこれで失礼しよう」


 胸元の蝶ネクタイをピンとただし、猫宮は執務机から飛び降りた。ケット・シーは『長靴を履いた猫』のモチーフと言われる猫の妖精だが、この芝居がかった演劇部特有の動作は、いかにもといった感じである。猫宮に続いて、剣崎、魚住が作戦室を出て行く。


「よく来てくれた。ウツロギ、入ってくれ」

「あ、ああ……」


 ご自慢のカギ尻尾を水平に出て行く猫宮らを見送り、恭介たちは作戦室に入る。凛はきっちり、剣崎や魚住にも挨拶のハイタッチをかましていた。元・運動部特有の連帯感だ。彼女のコミュ力も当然あってのことだろうが。


「ウツロギ、身体の調子はもう良いのか?」

「すっかり良くなった。紅井の血のおかげだな」


 紅井の血か。竜崎はその言葉を聞いた時、少しだけ顔をしかめる。


 粉々に粉砕された恭介の身体は、回復魔法による修繕が行えなかった。セレナの言葉によれば、既に半死状態であった彼の身体は、回復魔法程度では欠損部位の修復が行えないというのだ。これは人間や他のモンスターでも同様で、心臓や肺などの重大器官が破壊された状態では、回復魔法が通用しないらしい。


 だが、セレナの話を聞いた紅井が、自らの血を恭介に垂らした時、粉々になった骨はみるみる内に修復されていった。ゲームや漫画における、吸血鬼の異様なまでの再生能力は竜崎だって多少知っているが、これほど便利な能力を、紅井が今まで隠していたことに疑問を覚えたのだ。

 そして紅井はハッキリと、これは緊急手段であるから、これからも基本的に使うつもりはないと、そう述べたのである。追及すると、副作用があるからだと、面倒くさそうに紅井は告げた。


「それで、竜崎。話っていうのはなんだ?」

「あ、ん、そうだった。ごめん」


 竜崎は、部屋に入った恭介、凛、瑛、セレナをぐるりと見回す。


「ウツロギ、俺たちの今の状況についてはどれくらい知っている?」

「だいたいは、姫水や瑛に聞いた。急ピッチで重巡の改修を進めるんだって?」

「ああ。あと、同時並行してダンジョンの探索も終わらせる。多分、最下層は地下15階だ。てっきりボスモンスターみたいな奴がいるのかと思ったら、そうでもないらしい」


 迷宮、ダンジョンという言葉にすっかり惑わされてはいたが、もともとこの地下迷宮は、打ち捨てられた共同墓地にモンスターが巣食い、根城としてしまったものにすぎないらしい。これに関してはセレナの分析もあると告げると、彼女は恭介の隣、の、瑛の隣で自慢げに胸をそらした。


「重巡の改修は、暮森の話だと、今から急いで改修を開始して、まぁ早くて10日、もしくは2週間くらいかかるらしい」

「む、むしろそんなに早く済むのか……? 大丈夫なのか?」

「資材はほぼ足りているし、探索班の人手を回してもらえれば不可能じゃないらしい。それでもかなり手抜きの突貫作業になるとは言っていたけど、まぁ動かせるようにはなる、そうだ」


 恭介は信じられないといった様子でかぶりを振っている。まぁ、気持ちはわかる。竜崎だって信じられないのだ。だが、暮森がやれると言っているなら、任せるしかないだろう。


「ただその10日間から2週間、あの赤い翼の悪魔が再び姿を見せないとは限らない」


 目下のところの最大の懸念を口にすると、恭介も頷く。


「俺たちはセレナさんにすべてを話し、相談した。それでだ。セレナさんの故郷に、援軍を要請してはどうかという流れになった」

「人間に……援軍を……?」


 恭介は、視線をセレナの方に向ける。セレナは拳を握り、ぐっ、と頷いた。


「俺たちだって元は人間だ。あんなワケのわからない怪物に襲われるんだったら、人間に助けを求めた方が良い」


 もちろん、その判断を下すには、少しばかり躊躇もあった。

 おそらく、この神代高校2年4組の現状を一番正しく把握しているのは、赤い翼の悪魔と、それに連なる人物だ。彼らと対立すれば、人間に戻る手段、元の世界に帰る手段についての情報から、遠のいてしまう可能性がある。ただそれでも、竜崎とすべての班長は、人間と協力する道を選択した。

 あの悪魔の口ぶりからして、彼らはこちらを元の姿に戻す気など、さらさらないのだ。


 赤い翼の悪魔と言えば、あれが最後に呼びかけた存在のことも気になる。パッと思いつき、妥当に思えたのは〝死霊の王〟だが、それにしたって確証はない。

 ひとつのことを考えると、連鎖的に謎が浮かび上がるのが今の状況だ。竜崎は意識を切り替え、話を続けた。


「だから、これから重巡の改修をすすめつつ、こちらの事情をセレナさんの故郷に伝えて協力を要請する」

「すすめつつ、って……どうやるんだ?」

「そのためには当然、彼女に一度故郷に帰ってもらわなければならない」


 恭介も、そこまでくれば話を察したのだろう。凛と瑛には既に通してある話なので、この二人はじっと黙り込んでいる。恭介に、判断をゆだねるといったところだ。


「俺たちが、セレナさんの護衛を?」

「無理にとは言わない。ウツロギが断るのであれば、別の生徒に声をかけるつもりだけど」


 竜崎は、書類をトントンと整理しながら言った。


「断る気はないんだけど、どうして俺たちなのかっていう、その理由を知りたい」

「言っちゃなんだけど、ウツロギ達の組み合わせが一番弱そうに見えるからだよ。相手を警戒させる心配が少ない」


 ミもフタもないことを、竜崎は告げる。流石にこれには恭介も黙り込んでしまった。

 セレナはウツロギを見上げて、言う。


「あのう、王国の西の城壁を守護しているのは、私の師匠なんです。師匠は女性なんですけど、今でも全盛期のお母様と同じくらい強くて……」

「ああ、剣のひと振りで大軍をなぎ払うっていう……」

「王国最強の一人です。魔法は使えないですけど、それでも大陸全土で10本の指に入るかも……あ、いや、多分これは言いすぎです」


 恭介は頭を掻きながら、どこまで信用したものか悩んでいる様子だった。無理もない。セレナの話は、竜崎にだって信じられないのだ。ただ、今は彼女からもたらされる情報をもとに、推測をたてていくしかない。


「まあ、わかったよ竜崎。そのセレナさんのお師匠さんを下手に警戒させないように、なるべく弱く見える人選でセレナさんを連れて行くんだな」

「ああ、そうだ」

「でも、セレナさんの護衛に弱そうな連中をつけるっていうのも、それはそれで誠意がなくないか?」


 恭介のもっともな疑問に反応したのは凛だった。


「そういう時はさ、合体すればいいじゃん」


 瑛も頷く。


「恭介、僕達の強みは、合体による〝強さの後出し〟だ。弱く見えるのは最初で良い。『弱いながらよく彼女を連れて来てくれた』と思ってもらえればそれで良いし、『弱い奴に護衛を任せるとは彼女の扱いを軽んじている』なんてことを言い出すようであれば、合体してやれば良い」


 恭介は天井を見上げ、顎を掻いた。


「まぁ、わからなくもないけど……。セレナさんを連れて行って、それで、こっちの話、聞いてもらえるかなぁ」

「いけます」


 ぐっ、と拳を握り、セレナは言った。


「詳しいことは言えませんが、私にも外交材料としての価値はあるはずです」

「そうか……。王国最強の一人を師匠にしてるくらいだし、それくらいはあるもんか……」


 恭介はしばらく考え込んでいたが、やがて頷く。


「わかった。準備をきっちり整えてくれるならだけど、俺たちが適任だって言うなら、俺は別にかまわない」

「確認しておくけどウツロギ、これ、結構大変だと思うぞ」

「じゃあ白馬を連れて行きたい」


 意外な名を出され、竜崎の目が丸くなる。白馬。ユニコーンの白馬だ。以前、恭介をいじめていたクラスメイトの一人である。平然と彼を連れて行くという提案をしたところに、少し驚きがあった。


「数日かかる旅になるなら、脚が欲しい。それに白馬は回復魔法も使えるからさ」

「ああー。そうだねぇ。でも大丈夫かなぁ。セレナちゃんは背中に乗せてくれるだろうけど……」

「セレナさんが乗せられるなら十分さ。白馬だって喜ぶよ」

「あの、なんか、私がおぼこだって前提で話を進めていますね? ご想像の通りなんですけどね?」


 凛の方はさほど気にしていないようだが、瑛だけは少し不満そうにふよふよと浮かんでいる。


 白馬は探索1班の回復要員だ。このメンバーは佐久間、紅井というエースを組み込んだ現段階での最強チームに近いわけだが、今後のクラス全体の作業を考えれば、いくつかの班は再編成を行うことになるだろうから、抜けることはそこまで痛手にもならない。それにユニコーンなら、相手の警戒も薄いだろう。

 非常に下世話な話になるが、こちらがセレナに乱暴しなかったという証明にもなる。


 その後も、しばらく恭介とセレナの送還についての話を進める。セレナの方は、『これから帰れる』ということに対し、さほど喜びを見せてはいなかった。『なんかピンとこないんですよね』と言っていたので、まぁ、その言葉の通りなのかもしれない。

 やがて話が済み、一同が退室する流れになる。セレナ、凛、瑛と順番に作戦室を出て行ったあと、恭介だけがぴたりと立ち止まって、竜崎に振り返った。


「なあ、竜崎……」


 次に彼が何を言わんとしているのか、竜崎にも察しがつく。


「班長会議の結果、小金井の救出は優先しないことになった」

「そうか……」


 努めて冷徹に告げると、恭介は短い言葉を返してきた。


 あの場で連れ去られたのが小金井で良かった、などと口にする生徒は一人もいない。だが、班長会議の時ですら、そうした空気は無言のうちに滲みだしていた。竜崎は、小金井もまたクラスの大切な仲間の一人であると声を大にして言いたいところではあったが、結局はそれを飲み込んだ。


 連れ去られたのが小金井で良かった。それは、事実なのだ。

 あれが他の生徒であれば、もっと問題は深刻であっただろう。クラスの中で嫌われていた小金井であったからこそ、積極的に救出しに行こうという論旨が発生しなかったのだ。救出しに行くということは、あれだけの戦闘能力を持った敵の本丸に、こちらから乗り込むことを示す。

 そんな危険なことをしよう、と言い出す生徒が一人も出ずに済んだのは、さらわれたのが小金井であったからだ。


 小金井はあの時、恭介を一度助けた。結果として、それは何の意味も為さなかったが。

 撃たなくても良い火炎魔法を、あの悪魔の背中に向けて撃ったのだ。竜崎は、それを見ている。


 改心の兆しであったと、信じたい。


「竜崎、小金井の残した資料ってさ、役に立ちそうか?」

「ああ、おかげで暮森の作業もかなり捗っている」

「そうか……」


 それだけ言って、恭介は作戦室を出る。竜崎は目を細めた。


 小金井のことも心配だし、恭介のことも心配だ。本当のところを言えば、竜崎の心境的には、彼にセレナの送還の件を断ってもらった方が、よほど気が楽だった。正直なところ、空木恭介の身体が安定しているとは、とうてい考えづらい。

 紅井は、恭介に血を授け、そうしてそれには副作用があると言っていた。副作用の内容についていくら尋ねても、紅井はその詳細を語ろうとはしなかった。それでもしつこく問いただそうとすると、ただ一言『良くも悪くも』という言葉だけを残している。


 良くも悪くも、副作用がある。


 恭介の身体には、これから何かが起ころうとしているのだろうか。

次回は明日朝7時更新!

恭介くん旅立ち! まあどうせまたすぐに合流するだろうけど!

そして紅井さんの血による副作用とは、一体なんなのか!? お楽しみに!

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