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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第20話 赤い翼の悪魔

「がっ……、ぐ、う……」


 壁に叩きつけられ、小金井がそのまま床に転がる。赤い翼の悪魔は、そのまま視線をセレナへと向けた。

 セレナは怯まず、怖気づかず、正面からキッと赤い翼の悪魔を見据える。


「あの調査隊の生き残りか……。ここに迷い込んでいるとは、数奇だな」

「あ、あなたは何者なのです。な、なんのために、こんな……」


 見間違えようはずもない。城壁の外、赤茶けた荒野を調査中に出くわした、あの悪魔である。並み居る騎士や魔導士を、一瞬で悉く屠り、調査隊を壊滅させた張本人。言葉の通じぬ獣であるより、知性と理性を感じさせながらこちらの事情を一切解そうとしない異形であることの方が、セレナにとっては理解しがたいものがあった。


「ヒトに我々のことを知られては困るのだ。我々だけではないな。迷宮ここにいる、40体あまりの異形のことも」


 この悪魔は何かを知っている。セレナは直感した。

 迷宮で奇妙な共同生活を送る、40体あまりのモンスター達。セレナは彼らのことを当然何も知らないが、彼ら自身、自分たちのことをよく理解していないように思えた。セレナが当然のように知っているモンスター知識の半分も、彼らは持っていなかった。リビングマッシュルームの一種である茸笠マタンゴが、胞子の持つ催眠作用について知らないというのは、あまりにも不自然だ。

 そうした不自然な彼らの事情を、目の前にいる悪魔は知っているのだ。

 だが、悪魔が彼らにとって友好的であるかというと、そんなことはない。小金井に対しての扱いを見れば明らかだ。


 赤い翼の悪魔が、ゆっくりと近づいてくる。

 調査隊を一瞬で壊滅させた悪魔の力を思えば、セレナの身体など一瞬で引き裂かれてしまうことだろう。壁に背を預け、身を縮こませる。


 その時、音もなく駆け寄ってきた銀色の影が、横合いから赤い翼の悪魔へと跳びかかった。


「グルォォウッ!!」

「むッ……!?」


 右腕にかじりついたそれを、悪魔は力任せに振り払う。銀色の影は宙を舞うようにしながら、四本の足で廊下に着地した。

 全長2メートル余。首回りに美しいたてがみを生やした、銀色の狼である。集団生活を行うモンスターの一人だ。確か犬神響イヌガミ・ヒビキ人狼ワーウルフの少女であったと記憶している。ただ、セレナの知る人狼とは違い、獣化を行った際の毛並が銀月を思わせるほどに美しい。それにセレナの知る限り、獣人ライカンスロープ種は、これほど完全な〝獣〟の姿をとることはできないはずだ。


 悪魔は忌々しげに呟く。


「貴様のような連中が紛れ込んでいたとは。いささか興がそがれるな」

「グウゥゥゥゥ……!」


 犬神は悪魔に対して敵愾心のようなものを剥き出しにしている。助けに来てくれたのか、と思ったが、どうやらそうではないらしい。


「ゴアアァァァァアッ!」


 さらに廊下を走ってきたオウガの巨体が、犬神に加勢せんと悪魔へと殴りかかった。悪魔は拳を平然と受け止め、呟く。


「話に聞いた転生オウガ……ではないか。野生の個体だな」

「グオオオオッ!」

「思った以上に妙なことになっているらしい。これは報告が楽しみだ」


 直後、悪魔はオウガの拳を受け止めたまま、力任せにその巨体を床に向けて叩きつける。


「ぜ、ゼクウさん!」


 ゼクウはすぐに立ち上がると、セレナを見、廊下の奥を指した。あちらは食堂のある方角だ。竜崎たちにこの状況を知らせて来いと、そう言っているのである。セレナは、床に転がる小金井を見た。彼を放置していくことにいささかの躊躇いを感じていると、ゼクウが、今度は彼を守るように立つ。

 犬神は、相変わらずこちらのことなど知ったことがない様子で、何度も悪魔に向けて跳びかかっていた。ひとまず、ここは任せるしかない。


「……わかりました。お願いします!」


 セレナはそれだけ言うと、廊下の奥に向けて全力で走りだした。





 会議がようやくまとまりを見せ始めた時、迷宮に轟かせるような震動が食堂に響いた。一同が顔を見合わせる。


「なんだ……?」


 竜崎が訝しげな声を出した。クラスの中にもざわめきが広がる。

 このダンジョンを襲う存在に関しては、クラスメイト達もある程度の心当たりがある。ウィルドネスワームや赤い翼の悪魔、あるいは、その悪魔と同一視される炎の翼の黒騎士などだ。外敵の襲撃に、クラスのムードは一気にその緊張を高めていた。


「なんだろう……。ワームかな……」


 凛もぽつりと口にした。


「わからない。あまり良い予感はしないんだけど……」

「み、みなさん! た、大変です!」


 恭介が答えた直後、食堂に慌てて駆け込んできた少女がいる。セレナだ。


「セレナさん、どうしたんだ?」

「あ、あの! あかい、つばさの! あ、悪魔が……」


 彼女の言葉に、クラスのざわめきがより一層大きくなった。竜崎は顔をしかめる。佐久間も緊張感を露わに立ち上がった。紅井はこの期に及んでも、相変わらず爪をいじっているが、ちらりと視線を食堂の外に向けるのが、恭介には見えた。


「こ、コガネイさんがやられて……、今、イヌガミさんと、ゼクウさんが……」

「わかった。すぐに行く」


 竜崎はそう言って、クラス全体を見渡した。


「ひとまず、その〝赤い翼の悪魔〟が一体何なのか、何を目的に来ているのかはわからないけど、友好的な存在でないのは確からしい。迎撃に移ろうと思うけど、反対意見のある奴は?」


 彼の言葉に、クラスは静まり返る。流石にここで反論をする生徒は、いないらしい。


「よし。じゃあ迎撃に向かう。探索要員は全員犬神達の救援に行く。拠点要員はここで待機。セレナさんも、ここにいてくれ」

「え、あ……。は、はい」

「明日香はここで、みんなを守っていてほしい。良いか?」

「んー。わかった」


 竜崎の指示はテキパキとしたものだった。ほんの1週間前、死んだような目をして食堂の隅で腐っていた頃に比べると、かなり見違えたものである。竜崎に続くようにして、佐久間や籠井ガーゴイルと言った強力な戦闘要員が食堂を飛び出していき、他のクラスメイト達もざわめきながらそれに続いた。

 クラス会議の最中、というのは、こちら側としては比較的ベターなタイミングであったかもしれない。少なくとも、竜崎のリーダーシップはまともに機能している。バラバラだったクラスの意志も、今は辛うじてまとまりを保てている状態だ。


 探索要員がみな赤い翼の悪魔の迎撃に赴き、食堂には一握りの拠点要員と紅井、セレナが残される。

 チーム・役立たずである恭介たちは、他のクラスメイトが出て行った後のタイミングを見計らって、食堂の外へと向かう。


「え、う、ウツロギさん達も行くんですか?」


 セレナが素っ頓狂な声をあげた。


「まぁ、他のみんなが行ってるからね……」

「無茶はしないよ。まあ、よろしくー」


 恭介と凛が軽く手を振り、瑛は何も言わずに食堂を出る。ただ、足の先は他のクラスメイトが向かった方とは真逆だ。


「このタイミングで赤い翼の悪魔が現れたのは、悪くない」


 他に聞いている者がいないことを確認した上で、瑛が言う。


「そうだねー。正体を明かしても特に何も言われなさそうだし」

「クラスの方針も決まってきた今、力を隠し続けるよりは、はっきり見せた方が良いな」

「そういうわけだから、フルクロスで行く」


 そんな瑛の言葉は、ちょっとウキウキしていた。


 恭介たちが、拠点から地下1階の迷宮エリアに繋がる階段を下りると、そこには既に五分河原と解体済みとなったチビスケが、黒い甲冑と共に待機していた。さすがに準備が早い。デキる男、五分河原である。


「準備、出来てるぜ。フルクロスで行くんだろ」

「ああ、頼む」

「任せな」


 五分河原は頷いて、翼肢用のパーツを恭介に接続していった。接続が終わると、身体の方に凛が、翼の方に瑛が合体し、その上から黒い甲冑をかぶせて行く。甲冑を着るのは、瑛の炎が凛の身体に直接干渉してダメージになることを防ぐためだ。金属製の甲冑なので断熱とまではいかないが、直火で炙られるよりは相当マシである。

 数分後には黒騎士。瑛の名づけるところの、ブラックナイト・トリニティフルクロスが完成する。恭介は、両手を握ったり開いたりして、その感触を確認した。


「ねぇ、ウツロギくん」


 合体した恭介の頭の中に、凛の言葉が響く。


「なんだ?」

「その赤い翼の悪魔って、なんなんだろうねぇ」

「さぁな」


 おそらく誰もが抱いているであろう疑問だが、当然、答えの出るようなものではない。


「小金井がやられて、犬神が応戦してるってことは、多分敵意があるんだろうし、それくらいしかわからない。あとはセレナさんの調査隊を壊滅させたってくらいだ」

「強いんだよね」

「そこは間違いないだろう」


 瑛も同意を示す。


「彼女の母親は、剣のひと振りで軍勢をなぎ払うほどだったらしい。調査隊にそれほどの実力があったかは不明だけど、こちらの世界の人間は、ひょっとしたら僕らのようなモンスターに白兵戦で渡り合えるほどの戦闘能力を有しているのかもしれない」

「その調査隊が全滅したんだから、まぁ、強いってことだな」


 実力、目的、すべてが未知の相手だ。だがそれは、死霊の王やウィルドネスワームだって変わらない。クラスに牙を剥くものであれば、戦わなければならない。


「五分河原、手伝ってくれてありがとな。先、行ってる」

「良いってことよ。まぁ、さっさと片付けちゃってくれ」


 手をヒラヒラと振る五分河原に軽く手を振り返し、黒騎士フルクロスは前を向いた。床を蹴ると、六枚の炎翼がブースター代わりとなり、その身体を勢いよく加速させた。





「犬神! ゼクウ!」


 竜崎たちが駆けつけると、銀色の毛並を持つ狼と、2メートルばかりのオウガが、ひとつの人影を相手に劣勢を強いられているところだった。ゼクウは竜崎たちに気付き、人影から距離を置くものの、犬神はちらりと視線をやるだけで、人影への威嚇を止めようとしない。床には小金井が昏倒している。頭から血を流してはいるが、まだ息はあるようだ。

 犬神の能力が獣化であることは知っていたが、マイペースな不良少女である彼女が、これほどまでに獣性と敵意を剥き出しにしているのは珍しい。竜崎のみならず、他の生徒たちも訝しがってはいたが、まず気にするべきは目の前の怪物だ。


 黒い甲冑に浅黒い肌。そして背中に生やした赤い翼。今の自分たちよりもよほど人間に近く、理性や知性を感じさせる出で立ちではあったが、その振る舞いから敵意や害意を持っていることは明らかだ。

 赤い翼の悪魔は、竜崎たちの姿を認め、そして口元に笑みを浮かべた。一瞬の隙を突き、犬神が跳びかかるが、その両顎による噛み付きを右腕の籠手で受け止める。


「ほう、素晴らしい」


 赤い翼の悪魔が、理解可能な言葉を口にした時、クラスメイトの間に動揺が走る。


「ドラゴニュートに……サキュバスか。中々の粒ぞろいだな」


 右腕に噛み付いた犬神を、強引に振り払う。彼女は壁に叩きつけられ、しかしそのまま空中で姿勢を整えると、四本脚でしっかりと着地する。


「犬神さん、無茶しちゃダメ……!」


 佐久間が駆け出し、彼女の身体を抱き留める。銀色の毛皮は、よく見ればところどころ赤く染まり、あるいは黒ずんで見える。

 犬神は、牙を剥きながら、赤い翼の悪魔に向けて低い唸り声をあげていた。悪魔はそれを睥睨し、フンと鼻を鳴らす。


「思わぬハズレクジも潜んでいたようだが、大方はアタリのようだ」

「何のことだ……?」


 竜崎が、1歩、2歩と進んだ。魔法型で身体の弱い佐久間や、手負いの犬神に代わり、自分が攻撃を受けられるところまで前進する。それに追従するように、ガーゴイルの籠井、オークの奥村などの体力自慢が前に出た。


「聞いていないのか? おまえ達が何故、そのような姿でこちら側にやってきたのか……」

「なに……」

「まあいい。私は奥に用があるのだ。通してもらおう」


 赤い翼の悪魔が、竜崎を押しのけて進もうとする。彼は、その腕を掴んで引き留めた。


 この男は、明らかに竜崎たちの、2年4組の〝事情〟を知っている。おそらく、こちら側にいる大半の生徒よりもだ。逆らわなければ、友好的な態度を取ってくれるかもしれない。だが、それ以上に竜崎の意識に芽生えたのは、クラス委員としての強い危機感だった。

 少なくとも目の前にいるこの悪魔は、〝敵〟だ。クラスメイトに害をくわえ、そしてまたこちらの事情を考慮しようとしていない。このまま通して、何が起こるかわからない以上、通すわけにはいかなかった。


「やめろ。貴様のようなレアリティの高い種族は、殺すには惜しい」

「何を言っているのかわからないが、ここから通すわけにはいかない……!」

「そうか」


 悪魔がそう言った直後、竜崎の全身に鈍い衝撃が走った。衝撃は脳まで伝播して、視界が赤く滲む。周囲から悲鳴があがるのが聞こえた。くらくらする頭をなんとか押さえ、竜崎はわずかな一瞬で、自分の身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたのだと気づく。立ち上がろうとする竜崎に、悪魔は『ほう、頑丈だな』と告げた。

 クラスメイトの間に動揺が走った。白馬ユニコーンの回復魔法で傷の癒えたゼクウが、再び前に出る。ゼクウは奥村と目を合わせると、互いに頷き合い、同時に悪魔を押さえにかかった。一拍遅れて、ガーゴイルの籠井もそれに続く。


 力自慢の3人がかりでも、男の身体はぴくりともしなかった。佐久間が魔法詠唱を開始し、それに次ぐようにして、魚住・妹マーメイドらも攻撃魔法の準備を整える。


「《邪炎の凶爪イヴィルフレア》!」

「《大渦メイルシュトローム》!」


 悪魔はゼクウと奥村の巨体を突き飛ばし、残った籠井の首根っこを掴んで高く掲げた。佐久間の放つ火炎魔法、魚住・妹の放つ水魔法が、次々と籠井の頑健な身体に命中する。


「ぐうっ……!」

「か、籠井くん……!」


 悪魔は虫の息となった籠井を放り、そのまま一気に他の生徒たちへと肉薄した。圧倒的な実力差を見せつけられ、生徒たちは総崩れとなる。剣崎や魚住・兄ギルマンなど、辛うじて立ち向かおうとした生徒も見られたが、逆流する生徒たちの流れに押されていく。

 逃げ遅れた魚住・妹を、佐久間が庇う。悪魔の腕が、今度は彼女の白い首筋を掴んだ。


「佐久間!」

「さっちゃん!」


 黒い籠手が、ぎり、ぎり、と首を強く締めて行く。竜崎が立ち上がり、奥村たちと背後からタックルをかましに行くが、やはりピクリとも動かない。

 竜崎は歯噛みをした。こいつの強さは、ダンジョンの下層部に潜んでいた死霊の王の比ではない。なんとか、逃げ出す手立てを考えなければ、クラスは全滅しかねない。

 しかし逃げ出すとして、どこへ? 相手の目的もわかっていないのに?


 竜崎の思考がまだ纏まらずにいるところへ、通路の奥、クラスメイトが逃げ込んだ方から別の悲鳴が聞こえてきた。

 今度はなんだ、と思い顔をあげると、戸惑うクラスメイトの垣根を割るようにして、まっすぐと飛翔する黒騎士の姿があった。


「フルクロス……!」


 恭介たちだ。竜崎は、わずかに安堵の息を漏らす。


「「おおおおおりゃあああああ―――――ッ!!」」


 恭介と凛の息がぴったりと重なりながら、黒騎士フルクロスは右の拳を振り上げた。甲冑の重量と、炎の翼による加速力を乗算し、駆けつけ一発ダイナミックエントリーを赤い翼の悪魔へと叩き込む。悪魔は、その拳を受け止めようと、空いた手のひらを向けたが、打ち据えた拳は、片手だけでは止まらない。

 果たして、拳は初めて、悪魔の頬を強く打ち据えた。佐久間の身体が解放され、どさりと床に落ちる。黒騎士は、わずかに怯んだ悪魔に追撃のキックをくわえ、床に着地した。


「あ、あいつは……!」

「噂にあった黒騎士が……!?」

「敵じゃないのか……?」


 ざわめく生徒たち。『どこかで聞いた声だな』という声も、ちらほら上がっていた。


 竜崎は奥村たちに目配せをする。彼らも頷き、奥村は佐久間を、ゼクウは籠井の身体を抱えて後ろへと下がった。竜崎は、少し離れた場所に倒れている小金井の方へと向かう。

 赤い翼の悪魔は、眼前に降り立った正体不明の黒騎士を前に、口元の血を拭った。


「なるほど。自身の能力に気付き、フェイズ2に進んだ者もいるのか」

「………」


 黒騎士は答えない。あるいは、その中で恭介たちによる交感会話がなされているのかもしれなかった。


「そこまで開花させた者を潰すのは惜しいが……。良いだろう。相手をしてやる」


 そう言いながらも、赤い翼の悪魔は一切の構えを取らない。ただ悠然と歩みを進めるだけだ。

 対して、黒騎士フルクロスはジークンドーのようなポーズを取り、悪魔の迎撃態勢に移る。


 両者の視線が弾け、神速の拳が交錯した。





「(恭介、相手の言動に惑わされないよう注意しろ)」


 瑛の警告が、頭の中に響く。恭介は無言で首肯を示した。


 相手の言葉に気になる点は確かに多い。こちらの事情を知っているかのような発言。あるいは、今回の転移騒動そのものに関わっている可能性すらあった。だが、話し合いが通じそうな気配は、今のところない。今のところは撃退、あるいは、できることなら捕縛に尽力する。

 恭介は構えを取り、悠然と歩み寄る赤い翼の悪魔を見据えた。


 能力に気付いた、というのは、おそらく接触しているモンスターの力を増幅する能力のことだろう。恭介はいま、その力を万全に生かしている。目の前の悪魔は、その状態をフェイズ2と言っていた。だが……、


「(恭介、惑わされないようにしろ、と言った!)」

「(う、ごめん……)」

「(あーあ、奥さんからのお叱りが……)」


 恭介は改めて構えを取り直し、悪魔の迎撃態勢に移る。赤い翼の悪魔は、その双眸に不敵な光を宿していた。


 両者の視線が弾け、神速の拳が交錯した。

 フルクロスの拳が、悪魔の拳を打ち据え、その顔面を再び捉える。確かな感触があり、さらにもう片方の拳で腹部を、鎧の上から殴りつけた。周囲の生徒たちから歓声が上がる。拳を握り、さらに何度か、悪魔の顔面を打ち据えに行く。


 嫌な感触だ、と恭介は思った。小金井を殴った時と、同じである。


 だがあの時とは違う。ここで、拳を収めるつもりはない。恭介が右の拳を引くと、背中に生えた六本の翼肢のうちの一本が籠手に貼り付き、腕全体を炎で覆った。


「バァーニングゥッ!」


 恭介が合図をかけると、凛と瑛が呼吸を重ねる。


「「「ブロォーウッ!!」」」

「………!!」


 炎を纏った拳が、正面から悪魔の顔面に狙いを定める。悪魔は口元を拭うと、左の籠手でそれを受け止めた。その決して太くはない腕から発せられているとは、とうてい信じがたい膂力が、恭介の拳を押さえ込む。ピクリとも動かない拳を引こうとするが、直後、赤い翼の悪魔は、そのままフルクロスの右手首を掴んだ。


「……っく!」

「なかなか面白い使い道をする。だが……!」


 悪魔は、フルクロスの右腕をねじりあげた。関節がないようなものなのでほとんど痛みはないが、動きが大きく制限される。


「姫水ッ!」

「うおりゃあっ!」


 鎧の関節部から、凛が身体を伸ばして攻撃する。鋭利な刃状になった先端部が悪魔の頬を切り裂くが、それでもなお、悪魔は怯む気配を見せず、恭介の背中に手を伸ばした。


「うっ……!?」


 悪魔が掴んだのは、瑛の身体が宿る六本の翼肢のうちのひとつである。瑛の炎が勢い増し、熱による反撃を行うが、悪魔は一切構うことなく骨の翼肢をむしり取った。放り棄てた骨が、カランという音を立てて床に転がる。生徒たちの間から悲鳴があがった。

 誰かが加勢をしようと魔法詠唱を開始する。だが、悪魔は二つ目の翼肢に手を伸ばすと、やはり平然とむしり取ってその生徒に向けて投擲した。三本目、四本目と、もがく恭介の身体から、翼骨が次々とはがされていく。


「えっ、ええいっ! このおっ! その手を放せっ!」


 その間にも、凛と瑛による虚しい反撃は続いている。さすがに、凛の攻撃を鬱陶しいと思ったのか、悪魔は一度翼骨を掴む手を止め、その右拳に黒いエネルギーを集約させた。稲妻のようなエフェクトが、手のひらに奔る。必死にその顔を切りつけていた凛も、赤い翼の悪魔が見せた新しい能力に一瞬動きを止めた。


「えっ、な、なに……?」

「少し黙っていてもらう」


 凛は慌てて鎧の関節部に身を引っ込めるが、黒い稲妻を纏った悪魔の指先が、そのまま関節部へと突っ込まれた。直後、ばちん! という音がして、恭介の身体にも鈍い痛みが走る。


「ひゃうん!」


 その悲鳴を最後に、凛との交感意識が途切れた。全身を包み込む繋がりが解除され、鎧の重量が身体全体にのしかかってくるような感覚がある。鎧の隙間から、半液状の青色が、どろりと流れ出てきた。気絶した凛の身体である。

 ひと目で凛とわかるそれを見て、生徒たちが動揺しているのがわかった。恭介は立ち上がろうにも、鎧の重量が邪魔をして身動きが取れない。瑛が翼骨を動かし、甲冑をせっせと外しているが、その翼肢も1本がむしりとられ、最後の1本となる。


「ふぁ、《火弾ファイアボール》!!」


 直後、悪魔の背中に高密度の火炎弾が着弾した。爆裂が鎧の上で弾け、炎熱は頭部にまで及ぶ。瞬間、赤い翼の悪魔は顔面を覆ってのた打ち回った。


「があっ! ぐ……ぐううっ!!」


 見れば、竜崎に支えられた小金井が右腕を突き出して立っている。赤い翼の悪魔は、顔に纏わりついた炎を払うと、竜崎と小金井に振り向く。小金井は小さな悲鳴をあげ、竜崎が彼を庇うように前に立った。


「ええいっ! 鬱陶しい真似を!!」


 悪魔が右腕を突き出すと、黒いエネルギー体のようなものが収束され、発射される。竜崎は小金井を庇ったが、その一撃で彼は壁に叩きつけられ、昏倒する。怒りも露わに小金井に近づこうとする赤い翼の悪魔。

 その時点でようやく甲冑がすべて外され、恭介は立ち上がった。全身に瑛の炎を纏う彼の姿を見て、生徒たちのざわめきが大きくなる。


「お、おい、あれ……。ウツロギと、火野か……?」

「やっぱり地面で伸びてるのは姫水だよな……?」


 ずいぶんと格好悪いバレ方をしたものだ。

 恭介はそのまま、背後から赤い翼の悪魔を追いかける。瑛の持つ力を増幅し、火炎弾として連続で打ち出した。赤い翼の悪魔は鬱陶しそうに振り返ると、ぐっと拳を握り、恭介に向けて突きだしてくる。拳はそのまま恭介の胸部をめがけ、まっすぐに伸びた。


「恭介!」


 瑛の叫びを聞いた時、恭介は踏み込みすぎたという愚を悟る。


 拳はまず、恭介の肋骨を叩き折り、脊椎を粉砕して、反対側へと突き抜けた。骨が粉々に砕け散り、恭介の身体から瑛が分離する。空木恭介が、スケルトンの1個体として成立しなくなったため、能力増幅の効果が消滅したのだ。周囲に悲鳴があがり、恭介の身体がカランカランと床に転がる。赤い翼の悪魔は鼻を鳴らし、さらに床に転がったバラバラの骨を、鋼鉄製のブーツで踏みつぶした。


「きっさまぁあああああッ!!」


 瑛が叫び声をあげる。同時に、後方に控えていた生徒たちの何人かが、回復魔法によって傷を癒し、再び走り出した。奥村、ゼクウ、籠井の3名が、再び赤い翼の悪魔にタックルをぶちかます。


「《邪炎の凶爪イヴィルフレア》アアァッ!!」


 佐久間の唱えた火炎属性の黒魔法が、瑛の放った火炎弾と共に悪魔に殺到する。悪魔は身体を押さえ込もうとする三人の身体を弾き飛ばし、放たれた魔法をガントレットで受け止めた。顔には少しばかり、忌々しげな表情が浮かんでいる。


「これだけの騒ぎを起こしているのに出てこないとは、あいつ、本気か……?」


 吐き出された言葉の真意を尋ねられるほど、冷静な生徒はここにはいない。上半身の一部と右腕、そして頭蓋骨だけが残された恭介は、その残った部分を辛うじて動かしながら、なんとか小金井の方に視線を向ける。

 赤い翼の悪魔は、伸ばされた恭介の右手を踏みつぶすと、床にへたり込んでガタガタと震える小金井の身体を掴み上げた。


「ひ、ひいっ!?」

「一人くらい手土産を持って帰らんと、王に示しもつかん!」

「こ、小金井……!」


 発そうとする恭介の言葉は、音にならない。悪魔はジタバタともがく小金井の身体を脇に抱え込む。


「聞こえるか!」


 なおも追いすがろうとする奥村たち、さらには飛び出してきた犬神、魚住らをいなしながら、悪魔は廊下の奥に向けて叫び声をあげる。


「貴様がどういうつもりかは知らんが、これ以上こちらの要請を無視するならば、王への反逆と見なす!」


 その言葉は、果たしてこの場にいない誰に向けて投げかけられたものだったのだろうか。数拍待ち、しかし何の応答もないことを知った悪魔は、舌打ちをし、赤い翼を広げると、最後のこの言葉だけを残して飛び去った。


「良いだろう! 次は部隊を率いて来る!」


 赤い翼の悪魔が去った後には、得体のしれない緊張感と恐怖、そして、言葉にしがたい敗北感だけが、クラスメイトの間にのこされた。

次回更新は明日朝7時です。

ウツロギくん粉々になっちゃいました。

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