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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第19話 異世界クラス会議(第2回)

 恭介の言葉を受けて、クラスが大きくざわつく。ここにいるのは、クラスメイト総勢の半分もいないが、それでも衝撃をもたらしたようではあった。やはり、クラスメイト達も元の世界への未練はあるのだ。恭介は春井ハーピィを見、春井もまた恭介を睨む。

 春井は恭介に対して、何かを言い返せないでいる。恭介が何かを口にしようとした時、野次馬生徒の中の一人が手をあげた。


「あー、ちょっと良いか」


 魚住鮭一朗。半魚人ギルマンに転生した男子生徒だ。探索班のうちのひとつの、班長をやっている。

 恭介と春井は、一時睨み合いを解いて彼の方を見やった。


「セレナさんの故郷に日本人がいるっていうのは初耳だが、俺もウツロギに意見としては近い。現時点でセレナさんが役に立つかどうかを云々するのは、ちょっと違う気がする」

「ちょっと待ってよアニぃ」


 鮭一朗の横から、双子の妹である鱒代マーメイドが彼のヒレを引っ張る。


「でも、それじゃああの子に何をやらせるの? 実際、今まで色んなこと任せて、できなかったでしょ?」

「あーいや、うん。そうだけど……。いや、でもそもそも、セレナさんにそういう実務的な仕事をさせる必要、あんのかなって……」


 魚住兄妹の力関係は、相変わらず妹が優勢だ。だが、彼らのやり取りは、先ほどの恭介と春井のやり取りと合わさって、残ったクラスメイトへの問題提起となる。セレナという異物を他の生徒同様に抱え込んでおくことに対して、違和感を覚えている生徒はそれなりにいたのだろう。彼らの話し合いを耳にして、恭介は軽く溜め息をついた。


「ウツロギくん、お疲れ」

「ああ、うん。姫水もな」


 恭介と凛が互いに言葉を交わし合うが、春井の険しい顔はまだ解かれていない。


「オイ、そーやってウヤムヤにしよーったってそうはいかねぇぞ」

「あー、うん。そうだな……」


 恭介は頭を掻いた。まぁ、セレナ排斥のムードを少し変えられたとはいえ、彼女が春井の為にあつらえられていたセーラー服を破いてしまったのは、まあ事実なのである。恭介がセレナを見ると、彼女はおずおずと前に出てきて、ぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい……。謝ってもすまないかもしれないけど……。ごめんなさい……」

「チッ」


 春井は舌打ちして、視線をそらす。


「それで? これからどうすんだよ」

「それも含めて、クラスで話し合いがいるんじゃないか」


 恭介は、ちらりとざわめく野次馬生徒たちに目をやった。

 おそらく魚住・兄のように、現状に対してある程度冷静な目を持つ生徒はそれなりにいるはずだ。クラス内の意見を改めて統合するために、話し合う必要がある。現状では、あまりにも竜崎の負担が大きすぎるし、竜崎も正直なところ、すべての事態に正しく対処できているとは思えない。

 セレナの扱いに関しても、である。

 恭介は、すっかり意気消沈した様子のセレナを眺めた。ほんの少し聞いただけでも、彼女の知識は大したものだ。おそらく、セレナと言葉をかわし、その知識に触れた生徒は恭介だけではあるまい。もっともっと引き出せば、きっと役に立つ。そう考える生徒だっているはずだ。


「おぉい、ウツロギ!」


 後ろから、魚住・兄が声をかけてきたので、恭介は振り向く。


「これから竜崎のところに、明日の探索は中止してクラス会議しないかって提案しに行くんだけど、おまえから何か言っておくことはあるか?」

「いや、特にないよ」


 恭介は軽く手を振って言った。魚住たちはそのままゾロゾロと食堂を出て行く。恭介は、そこでようやく溜め息をついた。


「……ふぅ」

「恭介! 君はまったく! まったく君は!」

「よう瑛、お疲れ」

「まったく……!」


 ウィスプ瑛は大きく膨れ上がりながら、ぷんすかと怒りまくっている。これもいつものことだ。

 蜘蛛崎たちは、セレナとはあまり目を合わさないようにしながら少し距離を取り、再びそれぞれの作業に没頭しはじめた。春井もまた、食堂を出て行く。再び、周囲には〝チーム・役立たず〟が残されたわけであるが。


「わ、私、これからどうなるんでしょうか……?」

「正直、わからないな。これから扱いが良くなるかもしれないし、悪くなるかもしれない。それを、明日、クラスで話し合うことになるんだろう」


 瑛はなるべく心を落ち着かせながらか、震え気味の声で言った。


「多分、ややもてあまし気味だった君の扱いに、正面から向き合うことになる。君は僕達にとって貴重な情報源だ」

「貴重な情報源……ですか?」

「さっきも言ったけど、あたし達、世界のこと全然知らないからねー」


 クラス全体としても、この状況にそろそろ正面から向き合わざるを得なくなる。〝赤い翼の悪魔〟やウィルドネスワームの存在は、この拠点を安全たらしめない。ずっとここで、のんびりと生活しているわけにはいかなくなるのだ。

 他に頼れるものがあるかというと、それもわからない。だが、そうした意味で、荒野の重巡洋艦とセレナはこの世界のことを知る数少ない手がかりだ。


「悪くなるっていうのは、例えばどういうパターンなんでしょうか?」

「……これから東の王国に向かうことがあったとして、」


 恭介は、顎に手を当てて考え込む。


「俺たちはモンスターの軍団だから、攻撃されるかもしれない。その時に、セレナさんを人質にするとか」

「ひえっ……」


 セレナが思わず息をのんだ。


 ともあれ、クラス会議だ。そろそろいっぱいいっぱいになっている竜崎としても、願ったりな提案と言えるだろう。その会議を経て、このクラスの異世界生活に対する方向性が、もう少し見えてくればいいのだが。





 そのようなわけで、翌日、第2回異世界クラス会議が開催された。議長は竜崎。開催場所は食堂だ。


 大半は出席をすることになったが、一部の生徒は欠席した。小金井や犬神ワーウルフだ。あと原尾ファラオもいない。当初はセレナやゼクウも列席させる予定ではあったが、議題がクラスの今後の方針や、セレナ本人についてということもあり、会議の段階では彼女も食堂の外に出されることになった。

 恭介たちも当然出席する。隅っこの方にまとめられてはいたが、竜崎の隣に座る佐久間が小さく手を振ってきたので、振り返してやった。彼女の更に隣には、紅井が退屈そうに座っている。


「今回の会議だけど、魚住たちの提案を受けて開催することになった。こういった場をみんなの方から設けるよう提案してくれたのは、俺としても非常にありがたい」


 臨時に設けられた議長席から語る竜崎の言葉に、淀みはない。さすがに、委員長というだけあって慣れていた。


「えーっと。それで、今日の議題のテーマだけど。明日香」

「んー……」


 紅井は、退屈そうに自らの指に傷をつけると、その血で空中に文字を象った。

 日本語でしっかりと、『今後のクラスの方針』と『セレナの扱い』と書かれる。竜崎はそれを指しながら、言葉を続けた。


「この二つだ。俺も今まで曖昧にしてきたので、そこは悪かったと思っている。昨日、ウツロギから〝セレナさんの国には日本人がいる〟という情報がもたらされた。その場にいなかった生徒も、もう人づてで聞いてる奴がほとんどだと思うんだけど」


 竜崎は、クラスをぐるりと見渡した。


「みんなの正直な意見を聞きたい。元の世界に戻りたい。人間に戻りたいと思っている奴は、どれくらいいる?」


 その言葉を受けて、クラスの中ではざわめきが起こる。皆、それぞれの思いはあるのだろうが、それを共有したことは一度たりともなかった。言葉にし、話し合うことに躊躇いを感じていたからだ。目を背けていたのかもしれない。


「その前に、竜崎、」


 魚住・兄ギルマンが手を挙げて言った。


「その、セレナさんの故郷にいるっていう、日本人について聞きたいんだが」

「ああ、すまない」


 竜崎は手元の資料をめくり、改めて話す。


「これは本人にも確認を取ったことだけど、セレナさんには弟がいる。名前はキョウスケ。意味は〝響く〟に〝たすける〟だ。つまり、宛てられる漢字がある。セレナさんにはこれがない」


 クラスの中に、ざわめきが広がった。


「で、もっと詳しく聞いてみたところ、セレナさんの名前は母親の、弟さんの名前は父親の祖国の形式にのっとってつけたものらしい」


 つまり、その父親が日本人である可能性が高いということだ。竜崎は更に、セレナから聞いた話として、その父親の外見が黒髪黒目であることを挙げた。ここまでくると、ほぼ確定的であると言って良い。


「セレナさんの父親はおそらく日本人だ。今は忙しく国外を飛び回っているらしい。ただ、セレナさんの国に向かえば、もしかしたら元の世界に帰るヒントがあるかもしれない。ということだ。どうだろう」

「俺は正直、どっちでも良いぜ」


 ざわざわとした話し合いがある中、真っ先に手を挙げたのは五分河原ゴブリンだった。

 横に座る奥村オークも、腕を組んで頷いている。


「元の世界に戻ったところで、姉ちゃんはいないしな。戻るんなら戻るんで良いけど、戻れなくたって良い。こっちの世界で生きれるなら、そっちでも良い」

「おいらも同意見デブな」


 二人の言葉を受け、凛が恭介に『五分河原くん、ご両親も早くに事故で亡くしてるの』と捕捉を入れた。なるほど、それでただ一人の姉も失った五分河原には、元の世界への未練はそれほど強くないわけだ。奥村も同様である。五分河原の姉の遺言を果たすため、一生懸命生きる。そこに、世界の別は関係ないということだろう。


「あたしも同じかなー」


 爪をいじりながら、紅井が言った。宙に浮かび上がる血文字は、『どっちでも良い 三票』と書かれている。

 続いて何人かの生徒が、その『どっちでも良い』に手を挙げはじめた。恭介は、そっと凛に尋ねる。


「姫水、おまえはどっちなんだ?」

「帰りたいよ。決まってるじゃん」


 凛の声は、少し憮然としていた。

 確かに、彼女は元の世界に帰りたいと思う、はっきりとした理由がある。エーススプリンターというだけではないだろう。口には出さないが、家庭環境は良好だろうし、他にも未練に感じることはたくさんあったはずだ。


「そっか。そりゃそうだよな」

「冷蔵庫にしまっておいた食べかけのプリン……! 捨てられちゃうかもしれないし……!」

「それはもう諦めろ」


 食べかけというあたりに、姫水凛の食い意地の汚さを感じる。


「僕も当然帰る気ではいるけど、恭介次第なところもあるな」

「そんな気を使うなよ。俺も帰るって」


 『どっちでも良い』という意見が数を増していく中、ぴしりと手を挙げる別の生徒がいた。


「私は帰るぞ」


 剣崎恵デュラハンだ。剣道少女にして鬼の風紀委員。そして首なし女騎士である。机の上に置いた首が、はっきりと語った。


「私が竜崎の指示に従っているのは、元の世界に帰るという演説をしてくれたからだ。正直、元の世界の生活が潤っていたかと言うと、まぁ、不満はあったんだが……。それでもこのワケのわからん世界でダラダラ過ごすよりはよほどマシだ」


 そして首を持ち上げながら『不自由だし!』と叫ぶ。

 剣崎の意見は、おそらく多くのクラスメイトのものとほぼ同じだろう。人間でなくなってから、既に3週間以上経過している。この身体にもそろそろ慣れてきたとはいえ、相変わらず閉塞感漂うダンジョンが生活の拠点だ。こんな暮らしをずっと続けなければならないなんて、という思いである。


「あたしも、ネイルの手入れとかできねぇし」


 春井も不満げに立ち上がる。


「他に、帰りたいと思っている奴はいるか?」


 竜崎が尋ねると、クラスの中からちらほらと手があがる。その中には佐久間もいた。彼女も、こちらの世界に来てから大好きな本に触れられず、不満が溜まっていそうだ。凛も、瑛も、手はあげられないがそれぞれの手段で自己主張し、恭介も追従する。

 竜崎のカウントに合わせ、紅井の描いた血文字が変化していく。『どちらでも良い』が8、『帰りたい』が23。欠席している3人、そして手を挙げていない竜崎を除いても、5人残っている。


「……暮森とかは、帰りたくないのか?」


 まったく手をあげなかった暮森グレムリンに、竜崎が尋ねた。


「……どっちとも言えない。保留だ」


 他の生徒たちも次々に頷く。


「わ、私も……。この力が無くなっちゃうのは、ちょっと嫌かも……」


 家庭菜園を担当している花園アルラウネも、小さな声で呟いた。竜崎は少し黙っていたが、短く一言だけ『そうか』とだけ答える。


「こればっかりは多数決で決めるわけにはいかないからな。帰りたくない、という奴がいるなら、俺はその意見を尊重したい。ただ、」


 そこで切って、竜崎はぐるりとクラスを見渡した。


「ただ、今はクラスがひとつになって目標をたてなきゃいけない時期に来ている。俺はまず、このダンジョンを出るべきだと考えているんだ。多分、ずっとここで暮らしていて良い、なんて思ってる奴は、いないと思う」


 竜崎の言葉は、再びクラスにざわめきを呼んだ。彼の意見はこうだ。

 迷宮の外に広がる赤茶けた荒野は、生息地としてはあまりにも過酷すぎる。元の世界に帰るにせよ、この世界で暮らしていくにせよ、もっと良い場所を目指して移動を行うべきだ。そのためにはまず東へと進み、セレナの国の人間たちと接触を図る。

 地下11階には、ウィルドネスワームの幼体も確認されている。いつ、このダンジョン自体が、ワーム等別種のモンスターの襲撃で崩壊するかも、定かではないのだ。


「それで、この荒野をなるべく安全にわたる手段についてなんだが……。暮森」

「……おう」


 食堂の隅にいた暮森が、のそのそと前へと移動する。その手には大きな紙を持っており、暮森がそれを佐久間に手渡すと、彼女は魔法を使って紙を広げ、宙へと掲げた。

 それは、何か大きな船の図面であるかのように見えた。


 周囲の声が大きくなるが、恭介は既に竜崎から相談を受けて知っていた。


「荒野にある朽ち果てた重巡洋艦を、陸上艦に改修する案が暮森から出た。昨日までの時点で、探索班に捜索を頼んでいた物資は、だいたいそのための資材だ。まぁ、課題はいろいろあるんだが、最終的に暮森は、『技術的に不可能ではない』という結論を下した。現在、重巡で暮らしているゴブリン達のボスとは、五分河原が交渉中だ」


 陰気な暮森が、少しばかり自慢げに胸をそらしている。


 竜崎は、恭介が人間時代、戦艦を擬人化したソーシャルゲームに手を出していたことを知っていた。そこで、図面引きや資料作成に手を貸してほしいと要請してきたのだが、結局恭介は重巡と軽巡の違いもわからぬニワカである。班をたらいまわしにされ、煙たがられていた小金井を推薦したのだ。

 竜崎としても、小金井に声をかけるかどうかは悩んでいたようだったが、結局恭介の推薦もあり、自らが彼の引受先になった。


 重巡を陸上艦に改修する、という突飛な提案は、当然クラスに波紋を呼んだ。が、暮森の持つグレムリンとしての種族能力と、必要な資材さえ確保できれば不可能ではないという。以前、迷宮内の水道設備を復活させた暮森であるからして、信頼度は高い。


「甲板にはきちんと花園の家庭菜園も設ける。共同部屋にはなるが、個室の割り振りもできるはずだ。まぁ、今より居住環境はよくなるんじゃないかと思っている」

「だが、竜崎、」


 腕を組みながら、剣崎が難しい声をあげた。


「その陸上艦でセレナの国まで向かうのか? さすがに警戒される気もするんだが」

「それも含めて、次の議題だな」


 竜崎は苦笑いしながら、陸上艦の図面を暮森に返す。暮森は図面を丸め、ヒョコヒョコと席へ戻っていった。

 クラスの雰囲気は、決して悪いものではない。おそらくは、竜崎の提示した陸上艦のインパクトだ。あれで、今までフワフワしていた〝これから〟に対するイメージが、グンと具体的になったのだろう。竜崎が艦の情報をどの時点まで秘匿しておくつもりだったのかは知らないが、この会議の場で公開に踏み切ったのは、良い判断であったように思える。


 次はいよいよ、セレナの扱いに関する議題だ。クラスの一同が、しっかり竜崎を見た状態で、クラス会議は次の議題へと移行した。





 小金井は結局、クラス会議には参加しなかった。理由はまぁ、単純に〝居づらかった〟からである。竜崎は気にせず参加するよう言ってくれたが、やはりそれだけの勇気は、小金井には湧かなかった。結果、今は退屈を持て余して、拠点の中をぶらついている。

 竜崎が新しく小金井に任せてくれた仕事は、彼にとっては嬉しいものだった。1ヶ月近く経った今でも、好きな知識というものはなかなか錆びつくことはなく、小金井は一日中、竜崎の用意してくれた紙に巡洋艦や戦艦に関する知識を書き連ねていった。


 ただ、それでも、クラス会議に顔を出す気にはなれなかった。


 廊下をぶらぶらと歩いている小金井は、同じように退屈を持て余して廊下を歩いている、一人の少女を発見する。


「あ……」

「お……?」


 少女はくるりと振り返ると、小金井に向けて微笑んだ。


「こんにちは、コガネイさん。会議の方は出られないんですか?」

「あ、えっと……。うん」


 小金井は頭を掻きながら、気まずげに目をそらす。


 セレナだ。転校生の。声をかけてくれるのはありがたかったが、茸笠マタンゴをはじめとした男子生徒たちに『近づくな』と釘を刺されている。今は会議中なのだから、気にしなければいい、という考え方もできないではなかったが、完全にいじめられっ子の思考に戻った小金井としては、やはり落ち着かない。


「俺はその、嫌われてるからね……」

「あー、聞きました。やっちゃったらしいですね」


 セレナは腰に手をあて、うんうんと頷いた。小金井は顔を伏せる。なんだ、誰かが話していたのか。


「人づてに聞いただけなので中途半端ですけど。まぁ、うん。ダメですよ? そんなことやっちゃ」

「どこまで聞いたの……?」

「クモサキさんとワシオさんを売って自分だけ助かろうとしたところですかね……」


 つまり全部ではないか。小金井は更に逃げ出したい気持ちになった。


「……俺のこと、軽蔑するでしょ?」


 ぼそりと呟く。こんなことを口にして何になるのか。小金井はますます、自分に嫌気がさしてきた。肯定されても否定されても、残るのは嫌な気持ちだけだ。

 だがセレナは顎に手をあて、首を傾げながらこう言ったのである。


「軽蔑されるくらい悪いことをしているって自覚があるなら、ちゃんと、謝りました?」

「……えっ?」

「キノガサさん言ってましたよ。あいつは自分のやったことを謝りもしないって」


 小金井ははたと顔をあげる。謝罪。そうだ。それをしていなかった。


「悪いことをしたら、反省して、謝る。当然のことですよ。私は人間で、コガネイさんはエルフで、他の皆さんは、ドラゴノイドだったり、スケルトンだったりしますけど、言葉が通じるんだからそこは変わらないですよね?」

「う、うん……」

「まぁ、謝っても取り返しのつかないこともあるんですけどね……」


 セレナは、急に目の輝きを失わせ、壁にもたれかかりながら天井を見る。表情の移り変わりが激しい少女だった。


 確かに謝罪をしていなかった。クラスの誰に対しても。竜崎たちは変わらない態度で接してくれていたので、気が付いていなかったのだ。それでいて、人並に扱ってもらおうなどというのは、さすがにムシの良い話であったのかもしれない。

 だが、謝ったところで、果たして自分は、許してもらえるのだろうか。

 許してもらえなかったら、今度はどうすればいいのだろうか。


 自業自得。身から出た錆。やってしまったことはもう、取り返しがつかない。

 謝ったところで、許してもらえないかもしれないという恐怖。小金井は初めてそれを知った。


「……許してもらえなかったらどうするの?」

「えっ、そりゃあ……。ど、どうしましょう……」


 セレナは視線をさまよわせる。まぁ、わからないか。当然だ。

 しかし、『謝る』という、当然の選択肢を得て、小金井は少し頭が晴れた。まず鷲尾―――は怖いから、竜崎、恭介あたりに謝りにいくべきだろうか。だが恭介に謝るには瑛が怖い。佐久間や、蜘蛛崎、それに凛などにも、頭を下げなければならない。


 自分は果たして、本当に謝れるのか?


 小金井がそう考えていたときである。


「あっ」


 とセレナが小さな声をあげた。

 どうしたのだろう、と思い視線を向けると、小金井の視線の先に、見慣れない人影が映った。


 見慣れない、ではなく、見たことのない、が正しかった。その人影は、小金井たちに気付くと、ゆっくりと近づいてくる。黒い甲冑に身を包んだ、背の高い男である。兜をつけていないので顔だけははっきりとしていたが、肌は浅黒く、彫りの深い作りをしている。そして背中には、血を燃え上がらせたような、赤い翼が生えていた。

 赤い翼。

 それを見たとき、小金井はようやく、その男が外敵だと気づく。


「ほう。エルフ……いや、ハイエルフか……」


 男は、小金井とセレナを交互に見つめながら、ニヤリと笑みを浮かべた。

 喋った、という衝撃がまず頭の中に奔る。相手とは、意思疎通の手段があるのだ。しかし、目の前にいる男はセレナとは違い明らかに人間ではない。一体、何のためにここにやってきたのかわからない。そして、聞くところによれば、おそらくセレナの部隊を壊滅させたのも、この赤い翼を生やした男なのである。

 だが、小金井の混乱をよそに、男は続けた。


「なかなか面白い種族を引き当てたようだ」

「え……」

「この分だと他も期待できる」

「な、何を言って……」

「だが、ひとまず今は、眠っていてもらおう」


 男―――すなわち、赤い翼の悪魔は、言うなり小金井の頭を鷲掴みにすると、そのまま勢いよく壁に向けて放り投げた。

次回は明日朝7時更新!

小金井は生きてるのか死んでるのか! 会議は無事に進行しているのか! 赤い翼の悪魔の目的はなんなのか! 恭介、迎撃に入ります!

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