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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第18話 時限爆弾

『はぁー、今週はうちが小金井当番か……』


 そんな溜め息を、よく聞くようになっていた。さすがの小金井だって、それを聞けば自分が除け者にされていることくらいわかる。ほんの少し前の自らの境遇を考えれば、信じられないほどの凋落だった。

 もちろん、扱いが地に落ちたからといって、実力が劣化したわけではない。多彩な属性を操る小金井の精霊魔法は、あらゆるモンスターに対して有効打を持つ。加えて、《風護盾ウインドバリア》、《活命水アクアヒール》など、サポート手段も豊富だ。パーティに組み込まれれば、控えめながらそれらの魔法を駆使し、それなりに役には立つ。


 だが、詠唱の最中に聞こえるクスクスという笑い声。

 回復魔法を拒むあからさまな態度。


 まるで中学生の頃に戻ったようだとすら、小金井は思う。

 どうしてこんなことになったのか。そんなことわかっている。自業自得。身から出た錆。それでも小金井は、この境遇が恨めしかった。強いのに。役に立てるのに。おまえらなんか、目じゃないのに。

 いっそ、最大火力の《火弾ファイアボール》で全員焼き殺してやろうか、とすら思った。実行に移す踏ん切りがつかなかったのは、善意の歯止めや罪悪感なんてものではない。単純に、これ以上居場所を失うのが怖かっただけだ。


 竜崎による班分けは地獄だった。それから行われる迷宮探索も地獄だ。

 体育の授業のようである。あの体育教師の、空気の読めない『二人組作れー』と、果たしてどちらがマシだろうか? これくらいなら、いっそ一人でダンジョンに潜ったほうが良い。


 今日も、地獄は終わった。


 パーティメンバーと一言も口を利くことなく、小金井は拠点に帰還する。班長は軽い報告書を書いて、竜崎のいる作戦室に向かった。


「あっ、みなさんおかえりなさーい」


 拠点に戻ると、モップを持った金髪の少女が明るい顔で出迎えてくれる。小金井は戸惑った。こんな子、クラスにいただろうか。

 他の男子たちが、次々と『ただいまー、セレナさん』『今日は掃除当番?』などと聞いている。セレナ、という名前に聞き覚えがあった。そうか、この子が最近拠点に来たという、異世界人の〝転校生〟だ。


 セレナは水気のたっぷり含んだモップで、〝べちゃっべちゃっ〟と床を拭きながら、ふと視線を小金井へ向ける。


「あれっ……。エルフの人、いるんですね」

「えっ、ん……。あ、ああ……」


 班員の一人である茸笠マタンゴが、頭のカサを掻きながら、小金井の前に立つ。

 あまり、小金井とセレナを関わらせたくないらしい。蜘蛛崎アラクネへの仕打ちは露呈こそしていないものの、ほぼクラスメイトの全員で共有されつつある。以来、小金井に対するクラスの評価は〝色魔〟だ。佐久間に対して行った、セクハラまがいの行為もある。


「私、みなさんの姿にも慣れてきましたけど、やっぱりこうやって人間の形をした方がいらっしゃると……」

「ちょっと、セレナさん!」


 ニコニコ顔で語るセレナの背後から、叱りつけるような女子生徒の声が聞こえてくる。


「廊下、びしょ濡れじゃない! こんなんじゃみんな滑っちゃうわよ! ツルッツルよ!」

「えっ、あっ、ごめ、ごめんなさい……」

「まったく……」


 小柄な妖精型モンスター。木岐野キキーモラだ。木岐野は、そのままセレナに文句を浴びせようとして、しかしすぐに小金井の存在に気付いた。『あ……』という声だけ漏らし、しかしすぐにこちらを睨みつけると、セレナの腕を引っ張って廊下の奥へ引っ込んでしまう。セレナは引きずられながら手を振っていた。


「おい、小金井」


 木岐野とセレナが廊下の奥に引っ込んでから、茸笠が始めて小金井に口を効いた。


「な、なに……?」

「今後、セレナさんには近づくなよ」


 声には警戒が滲んでいる。他のパーティメンバーからも同様の態度を醸し出している。


「う、うん……」


 小金井は、そう言って頷くのが精一杯だった。


「小金井、」


 その時、班長の魚住ギルマンが戻ってくる。小金井にそう声をかけたので、びくりと肩を震わせた。


「な、なに?」

「委員長が呼んでる」

「竜崎が……」


 また、つまらない説教か何かだろうか。いっそのこと、戦力外通告と共に追い出してくれた方が、よほど楽だ。小金井は、とぼとぼとした足取りで、作戦室に向かった。





 翌朝、新しい班割りが食堂に貼りだされる。生徒たちはまず小金井の居場所を確認するが、この日小金井はどこの班にも配属されず、『事務仕事』と書かれた上で竜崎、原尾と同じ作戦室に名前を置かれていた。クラスの中には、安堵と不満の両方の声が漏れる。あからさまな左遷人事ではあるものの、その内容が見るからに楽そうであったからだ。

 勝手な言い分ではあったが、彼らは互いに愚痴を呟き合うだけで実りのある議論には発展しない。


 そこから少し離れた場所では、セレナが直立不動で恭介たちにこう挨拶した。


「本日から皆さんのチームに配属されました! 不肖セレナ! 粉骨砕身の覚悟で! 頑張りますっ!」


 出席番号41番。転校生のセレナは晴れてチーム役立たずに配属されることになったのである。

 恭介は、昨日作戦室で行った、竜崎との会話を思い出していた。


『ウツロギ……。セレナさんヤバいよ……』


 両手で顔面を覆った竜崎は、そのまま彼に拠点要員たちから出された報告書を見せてくれた。

 『廊下をビッチョビチョにして、汚れが広がるばかりです 木岐野』『針の穴に糸を通すだけで5時間かかるので裁縫の適正はないと思います 蜘蛛崎』『セレナさんがいると仕事量が2倍です 杉浦』『ゴードン2世のお墓詣りにきてください 花園』。そんな具合だ。いずれも、セレナのやらかしに関連があると言われていた。

 ちなみにこの報告書を見ればわかるとおり、木岐野と蜘蛛崎は、拠点の掃除や服飾関連の仕事を任され、探索要員からは下げられている。旧小金井派として、探索パーティの中で肩身の狭い思いをするよりは、いくらかマシだろう。


 セレナの無能っぷりは日に日に明らかになっていき、現在は拠点要員全員から煙たがられる有様となっている。まぁ、探索要員からのウケは、相変わらず悪くはない。ただ、彼女を連れて行ってくれるかと尋ねれば、難色を示すだろう。角ウサギのタックルひとつで拠点に運び込まれるような前線要員はお荷物だ。

 竜崎のやつれっぷりは、まるでバイトのシフトに悩むコンビニの店長のようであった。もちろん、人材は適材適所。竜崎もきちんとそれを理解し、当初は彼女を得意な分野のところに配属しようと考えた。面接を行い、どのようなことが得意かを尋ねた。そうすると、


『なんでも均等にできます!』


 自信満々に、そう答えたのだと言う。


『なんでもあのくらいのレベルでできるって、それもう、絶望だよ……』


 そんなセレナが、何故調査隊のメンバーなんぞに抜擢されたのか。謎は深まるばかりであった。


 ま、それならもう、自分たち〝チーム・役立たず〟で引き受ける。そういうことになったのだ。ウィルドネスワームの出現が発覚して以来、恭介たちをダンジョンの外に向かわせる〝口実〟がなくなってしまった。ダンジョンの浅いエリアでケチなアイテム採集を行うくらいならば、セレナのフォローをしつつ拠点要員の手伝いに回る。そんなところだ。

 竜崎は、恭介たちの負担が増えることに難色を示したが、最終的には了解した。晴れて、セレナは名実ともに役立たずの仲間入りを果たしたのだ。


 ちなみに、現在生徒たちの議論の的となっている小金井の配属も、恭介の提案によるものだった。竜崎にある仕事に関しての相談をされ、その適格者として小金井を推薦したのだ。結果として彼は、誰からも疎まれることなく自分の仕事に熱中できるはずだ。


「えーっとねー、あたしが凛! 姫水凛ね。で、こっちが空木恭介くんと、火野瑛くん!」


 元気よく挨拶するセレナに、負けないくらい元気な声で凛が恭介たちを紹介する。セレナはきょとんとした顔で首を傾げた。


「きょうすけ……?」

「あ、やっぱ珍しい名前?」

「あ、いえ……。珍しいには珍しいんですが、弟の名前と同じだったもので……」

「へー! 弟さんと! 面白いこともあるもだねぇ」


 名前が同じ? 自分と?

 その言葉を聞いて、恭介はちらりと瑛を見る。瑛は、特に反応を示したりはしなかった。


 セレナの弟がキョウスケ。奇妙だとは思うが、こちらの世界ではどちらも普遍的な名前であったりするのだろうか。しかし、珍しいとは言っていた。

 そう言えば、結局恭介たちはこの世界のことをまったく知らないし、彼女から情報をほとんど聞きだせてはいない。多くのクラスメイトにとって、彼女は〝この世界の手がかり〟ではなく、〝転校生のセレナさん〟であるように思える。最初、セレナへの質問を行った佐久間は、彼女に必要以上のプレッシャーを与えたくないという理由で、質問を早めに打ち切っていた。


「はーい、じゃあみんなー。今日は、エビの殻剥きをやってもらいまーす」


 朝食を済ませ、多くのクラスメイトが班分け通りにダンジョン探索を始める頃、杉浦スキュラがボール一杯のエビを運んできた。凛がにわかにテンションをあげるのがわかる。また殻のつまみ食いをする気だろうか。


「セレナさんだけだと不安なんだけど、まー、今回はウツロギくん達が一緒だしね。よろしくー」


 そう言って、杉浦は手をヒラヒラと振りながら厨房に戻っていく。


「なるほど。アミキリエビですね」


 エビのひとつをつまみあげ、セレナは頷いた。恭介が尋ねる。


「アミキリエビ?」

「水源の近くに生息する甲殻型のモンスターです。これは幼体ですね。成体に成長すると、薄羽が生えて飛べるようになり、卵を産める別の水源を目指して移動するんです。漁師網を切っちゃうんで、漁業関係者にとっては結構厄介なんです」

「僕達の故郷にも〝アミキリ〟と呼ばれる妖怪の伝承はある。網と醤蝦あみにひっかけたダジャレだと言われているけどね。ハサミを持った甲殻類の妖怪だ」

「ほぇ~……」


 瑛が追加で解説を行い、凛に感心されていた。だが恭介は知っている。瑛のこうした雑学の半分以上が特撮由来であることを。アミキリなんてマイナーな妖怪の名前を知っているのも、どうせ特撮番組に出てきた妖怪の元ネタを調べた結果に違いないのだ。


「ウィルドネスワームのことも詳しかったけど、そうしたモンスターの能力は結構一般常識なのか?」


 エビの殻を剥き剥きしながら、恭介が尋ねる。


「え、ああ、いえ。私はその……。座学くらいしか取り柄がなくて……」


 セレナは、少し恥ずかしそうに顔を伏せる。彼女の剥き方は不器用で、最初に挑戦したエビは身がグチャギチャになってしまっていた。今は凛が適度に手を貸している。


「私、今年で16歳になるんです。ただ、お父様はこの歳の頃には国一番の魔導士でしたし、お母様も剣のひと振りで大軍をなぎ払うほどの騎士でした」

「け、剣のひと振りで……大軍を……?」

「武勇に優れた騎士は、それくらい出来て当然なのです。ですが、私は出来ませんでした……」


 ひょっとしたら、今自分たちが聞きだしているのは、かなり重要な情報なのではないだろうか。


 恭介たちはまだ、この赤茶けた荒野しか知らない。だがこの世界には魔法があり、騎士がいる。典型的なファンタジー世界という可能性が強くなっている。ゲームや漫画の世界では、確かに剣のひと振りで何百人もの兵士を吹き飛ばすような〝過剰な〟戦闘能力の描写がある。

 恭介たちはモンスターの姿で転移、転生した。おかげで、この右も左もわからぬ荒野でなんとかサバイバルを続けることに成功している。多くの生徒には、人間時代よりはるかに優れた身体能力を得た、という無意識の自覚があった。だが、あるいはこの世界の人間は、それすらも凌駕しうるということか?


「なるほど」


 沈黙する恭介に代わり、瑛が頷いた。


「君はそれを恥じ、せめて座学で取り戻したいと思って、勉学に励んだわけだ」

「はい。西の調査隊にも志願しようと思って……。でも、ダメですよね。私、こんな、エビの剥き方ひとつで……」


 しょんぼりとうなだれるセレナの手元には、やはり無惨にも身を引き千切られたアミキリエビの姿がある。不器用極まりない。


「そんなことはない、セレナさん」

「で、でもウツロギさん! こんな! 殻を剥くだけでこんな! ていうか剥けてないし! 上下に引き千切っただけだし!」

「それを言うなら瑛を見ろ。火力を精一杯下げてやってるのにエビがグリルになってしまっている」

「本当だ! 余分な脂が落ちておいしそうです!」

「………」


 ウィスプである瑛は、自身の周囲5センチ以内までしかモノを持ち上げることができない。その上でエビの殻を剥くという器用な真似をしようとすれば、熱によってエビはあっという間に直火焼きになってしまう。いつもはクールで自信家を気取る瑛の珍しい失敗に、凛までも『おお……』と呟いていた。


「ふん。そもそもウィスプの僕にこんなことをやらせるのが間違っている。竜崎と杉浦の判断ミスだ」


 瑛は負け惜しみを吐くように、ぺっ、とエビのグリルを放り投げる。パシッ、と凛がキャッチして、そのままジュワジュワと消化していった。セレナは興味深げに観察をしている。


「私からもひとつ、質問をしていいですか?」

「んー? なーにー?」

「私の知る限り、こんなに複数の、それも多種多様なモンスターが同一の生活圏で協力し合い暮らしているなんて考えられません。それに、人語を口にするなんて……」


 ああ、やっぱりそうだろうな、と恭介は思う。

 重巡のゴブリンや、ダンジョンのスケルトンを見る限り、通常モンスターは同種同士で徒党を組むか、あるいは種族によっては、群れずに単独で行動するのが主流である。恭介たちの集団生活は、モンスター同士の共生というにも、奇妙に過ぎるものであるはずだ。


「それに、モンスターだけじゃないですよね。エルフらしい方もいました」

「ああ、それは……」

「恭介」


 口にしようとした恭介を、瑛が制止する。軽々しくこちらの事情を口にするな。そういうことなのだろう。確かに、竜崎の許可も得ずぺらぺらと喋ることは問題があるかもしれないが、しかし何も答えないというのも、不義理に過ぎるのではないか。


「詳しいことは言えないけど、あたし達は世界のことを何も知らないんだ」

「何も知らない?」


 凛が代わりに口にして、セレナは首を傾げた。


「そう。ふと気が付いたら、みんな意識を持っていて、同じ言葉を喋れてここにいた。だから力を合わせて生活しているの。でも、世界のことは何も知らないから、セレナちゃんが来て、いろいろ聞こうとしてるってわけ」

「なるほどお……」


 さすがに、違う世界から来て、元は人間だったというような事情は説明がしづらいし、容易に口にするべきではない。凛の説明が比較的ベターであると言えた。

 まだ、詳しく聞きたいことはある。人間たちは、どこでどのように生活し、どれほどの勢力を持っているのか。恭介たちのような存在を受け入れるだけの土壌はあるのか。そして、出来れば、キョウスケという弟についても聞いてみたいことはあった。


 だが、モンスターである恭介たちが、それを深く追及するのは不自然ではないか、という躊躇がある。

 セレナは人間だ。恭介たちはモンスターだ。今、打ち解けているとはいえ、一気にそれだけのことを聞いてしまうのは、不要な猜疑心を煽ることになるのではないか。


 まぁ、彼女の性格を見ているとそんな考えは杞憂であるような気もしてくるが。


「あ、いたいた。おーい、ウツロギ、火野ぉー」


 食堂の入り口から声をかけてくる生徒がいたので、恭介たちが振り返る。

 半魚人ギルマン人魚マーメイドの双子、魚住兄妹の兄の方だ。


「暮森が物資の運搬を手伝ってくれってさ」

「わかった。行こう、瑛」

「やれやれ。すっかり雑用だな……」


 瑛はため息をつき、恭介と共に席を立つ。


「姫水、セレナさんのことを頼んだ」

「まかされたー」

「あっ、ウツロギさん!」


 食堂を出ようとする恭介を、セレナが呼び止める。


「ウツロギさんの〝キョウスケ〟って、響き、たすけるって意味ですか?」

「いや、恭しくたすけるって意味だけど……」

「あ、そうなんですか! そこだけ違いますね!」


 セレナの浮かべる満面の笑顔。だが、恭介も凛も瑛も、その言葉の意味する別の意味を感じ取っていた。

 キョウスケに、〝響丞きょうすけ〟という文字を当てた人物がいる。セレナの弟の名付け親は、日本人だ。


 彼女は、重巡洋艦に続き、元の世界の手がかり足りえるかもしれない。

 恭介と瑛は互いに頷き合って、そのまま食堂を後にした。





「瑛、〝キョウスケ〟のことをどう思う?」


 その言葉を口にすること自体に妙な引っ掛かりを覚えつつ、恭介は尋ねる。


「おそらくは君と同じ意見だ。〝彼女〟の故郷に、日本人がいるか、あるいは過去に〝いた〟」

「あの重巡洋艦の乗組員かな」

「その可能性はあるな。なんにしても、ますます彼女を追い出させるわけにはいかなくなった」


 二人が運んでいるのは、ダンジョンの地下から運ばれてきた巨大な鉄クズだ。地下14階に出現した金属製ゴーレムの亡骸らしい。これを加工して、機銃などの改修にあてると言う話だ。弾薬の再利用に関しても、既に目処はついているというから大したものだ。

 巨大な台車を、恭介と瑛の二人で押していく。合体すれば早いとは思うのだが。


「そう言えば瑛、合体のことなんだけど」

「ああ、なんだ」

「別にフルクロスにならなければ、姫水と合体するくらい問題ないんじゃないか?」

「…………」


 瑛は黙り込んだ。


「……瑛、まさか気づいていなかったんじゃ」

「……そんなことはない。確かに君の言うことは一理あるが」

「それってやっぱり気づいていなかったんじゃ」


 特撮ヒーローは基本形態に変身したとしても、その後必ずその時点での最強フォームになるというお約束に毒されていたのではないだろうか。瑛は基本思慮深いが、割とバンダイに思考汚染をされている部分があるので、時折致命的なウッカリをやらかす。


「まぁ、あの時フルクロスの戦闘を見ていた中には鷲尾達もいるしなぁ。姫水の声も聞いてるだろうから、俺と姫水が合体できるってバレたらそのまま余計な想像をされかねないな」

「あ、ああ。そうだ。僕もそういうことを言いたかった」

「本当かよ」


 恭介と瑛が、巨大な鉄クズを暮森グレムリンの作業室に運び込む。

 やけにオイル臭い部屋だ。恭介は鼻をつまもうとして、そのまま指先を鼻孔に突っ込むハメになった。そうだ、鼻がないのだった。目は慣れたがこっちはまだ慣れない。


 暮森はそう広くない部屋の真ん中で、ガラクタに囲まれながら小銃の点検をしていた。ちらりと恭介たちを振り返り、指先で部屋の隅を示す。そこに置いておけ、という合図なのだろう。


「まったく、せっかく運んできてやったのになんて態度だ」


 瑛がぶつくさ文句を言う。


「まぁまぁ瑛」


 部屋の壁には、いくらかの図面が貼りだされていた。小銃や機銃だけのものではない。もっと、大掛かりなものもある。どうやら、昨日竜崎が恭介を呼び出し、告げたことは事実であったらしい。恭介は、瑛と一緒に部屋を出る直前、こう声をかけた。


「暮森、頑張ってくれよ。いろいろ、張り切ってるらしいじゃないか」

「………」


 暮森はちらりとこちらを振り向くと、そのまま右手を振って返答としてくれる。無愛想さでは、瑛と良い勝負な気がした。


「恭介、君が何を考えているかはだいたいわかるけど、僕はあそこまで根暗じゃない」

「いや、同じくらいだよ」


 軽口をたたき合って部屋を出、そのまま廊下を歩いていく。

 凛にセレナのことを任せている。エビの殻剥き程度でそこまで問題が発生するとは思えないが、万一のこともあるだろう。セレナは一部の生徒からそろそろ疎んじられ始めている。彼女が新たな情報に繋がるとわかった以上、その排斥に通じる流れだけは避けなければならない。竜崎への報告も必要だろう。


 そんなことを考えながら、恭介たちが進んでいるとだ。


『おい、ふざけんじゃねーよ!』


 そんな叫びが、食堂の方から聞こえてきた。


「この声、春井か?」


 クイーン紅井の取り巻きの一人、春井由佳ハーピィのものだ。恭介がぽつりと口にすると、瑛も頷いた。


「少しまずいかもしれないな。急ごう」


 二人が食堂に滑り込むと、それなりの数の生徒が集まっている。一部は既に探索に出かけてしまっているようだが、それでも騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬生徒たちだろう。見れば、やはり当初想定した通り、春井がセレナの前に立ち威嚇をしていた。

 春井の後ろには、木岐野キキーモラ蜘蛛崎アラクネ。そしてセレナの横には、彼女を庇うようにして凛がいる。蜘蛛崎は、手元に破けたセーラー服のようなものを手にしていた。裁縫係に回された彼女は、生徒たちの為に、それぞれのサイズに合わせた〝制服〟を作ろうとしていた。それが、破けてしまっている。


「ま、まぁまぁ由佳ちゃん。セレナちゃんも悪気があってやったわけじゃないんだし……」

「悪気がなかったら何しても良いってか!? こいつココにきてから迷惑しかかけてねーじゃねーか!」


 春井の怒りっぷりは烈火のごとくだ。まぁ、そろそろキレる生徒が出てきてもおかしくはなかった。特に女子は、男子ほどセレナに対して寛容ではない。

 この食堂は、蜘蛛崎の作業場を兼ねる。蜘蛛崎を手伝おうとしたセレナが、製作途中の制服を破いてしまい、それを受け取る予定だった春井がキレたと、そういうところか。が、まぁ、キッカケはなんでも良かったのだろうと思われる。


「お、おい春井……。許してやれよ、セレナさんここに来てからまだ日が浅いし……」


 男子の一人、キノコ怪人マタンゴの茸笠がおずおずと切り出すと、春井はカッと振り向いた。


「てめーらがそういう態度だからつけあがるんだろうが! こいつが今までに何の役に立ったんだ!」


 春井の言葉が、クラスの中にざわめきを呼ぶ。これはよくない兆候だ。だが、セレナを庇いだてしながら、凛は毅然とこう言った。


「役立たずならあたし達もだよ、由佳ちゃん」

「はぁ!? てめーは……」


 と、言いかけて、春井は口をつぐんだ。そう、彼女は凛が〝役立たず〟でないことを知っている。

 知っているが、言ってはいけない。紅井からもそう言い含められているはずだ。凛は、それを逆手にとって攻勢に出たのである。上手いやり口だった。春井は、知った上でなお、凛を役立たずだからとセレナと一緒くたに扱えるほど、気持ちの整理が上手ではないはずだ。


「そうだ、春井。役立たずは俺たちもだ」


 恭介も、生徒たちを掻きわけるようにして前に出る。


「て、てめーらは、その、セレナこいつほど役立たずじゃ、ねーだろ……?」

「クラスのみんなの足を引っ張っているという点では変わらない」


 我ながら、よくもまぁぬけぬけと言えるものだ。恭介は思った。


 今、このクラスを支配しているのは〝空気〟だ。竜崎でもない、小金井でもない。おそらく、周囲がそうしているからそうするのだという、同調圧力。誰かが少しでも背中を押せば、堰を切ったように総意が流れてしまう。それは戦いにくい相手ではあるが、立ち向かわなければならない。

 この状況。クラスの全員が、春井や、セレナや、恭介たちに注目している。おそらく、この後に変化するであろうクラスの〝空気〟を占うためだ。だから恭介は、ここでは負けられない。クラスカーストの最底辺にいる自分ではあるが、今はカースト上位層の春井に対して優位に出られる自信があった。


「俺は途中からしか聞いてないけど、春井、おまえはその制服を着たかったんだよな?」

「あ、あたりまえだろ! それを、こいつが……」

「じゃあ、高校生活に未練があるんだな」


 誰ひとりとして、元の世界に戻ることに対して真剣になっていないこの状況こそが、クラスの停滞した空気を作っているひとつの原因だと、恭介は思っていた。

 だが、まだクラスの誰もが、高校生活に、あるいは〝人間であること〟に未練を覚えている。


 だからこそ、人間であるセレナに、〝転校生〟として、出席番号まで与えたのだ。


「ウツロギ、何を言って……」

「セレナさんの故郷である東の王国には、もしかしたら〝日本人〟がいるかもしれないんだ」


 恭介の言葉は、クラスの中にざわめきとなって伝播した。

次回も明日朝7時更新!

恭介のこの一言は、排斥ムードを打破する切っ掛けとなるか!? そろそろ赤い翼のあいつもでるぞ!

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