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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第一章 あなたが魔王になった日
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第1話 異世界クラス会議(第1回)

 時刻は少しさかのぼる。


「これから行くところって何があるんだっけ?」

「あれだよ。なんだっけ。第二次大戦の頃の、ぞ、造船所?」

「あーそうそう、それそれ! なんかシケてそうだなあ」


 バスの中はにぎわいを見せる。それぞれがそれぞれ、仲の良い友人と隣同士に座り、語らい、遊んでいた。こうして見ると、2年4組のいつもの光景と、まったくもって大差ない。奇声をあげるようなバカ者こそいないものの、この少年少女特有のハイテンションには、ガイドのお姉さんも運転手も、すっかりついていけない様子だった。


 一番盛り上がっているのは、やはり竜崎邦博のグループだろう。

 クラス委員である竜崎は、背も高くイケメンで、成績優秀スポーツ万能、絵に描いたような優等生だ。分け隔てなく接する性格で男女問わず人気があり、自然、彼の周囲にはやはりハイエンドな生徒が集まる。自然、貴族的なグループが形成され、その周囲には他の生徒が集まる。

 女子グループは、クイーンである紅井明日香と、竜崎と親しい姫水凛のグループに大別される。もっぱら、楽しそうなのは後者だが、大人びた雰囲気があるのは前者だ。


 そして、恭介の所属するグループは、そんなものとまったく関係がない。


 空木恭介、火野瑛ひの・あきら小金井芳樹こがねい・よしき

 恭介はヒョロガリ、小金井はチビガリ。見た目の偏差値もそんなに高くないオタクグループだ。唯一、瑛は竜崎に匹敵するほどのイケメンだが、恭介達とつるんでいること、周囲に対してあまりにもつっけんどんな態度を取ることから、声をかける女子はほとんどいない。


「ウツロギ、これ見てこれ。これから行く造船所で作ってた巡洋艦!」


 バスの片隅で大人しく縮こまりながらも、小金井は興奮した様子で雑誌の1ページを差し出してくる。


 造船所なんてタリー、と思っているクラスの大半とは対照的に、小金井のテンションはうなぎ上りだ。恭介もミリタリーはちょっとかじっているので、気持ちはわかる。それに、最近戦艦と言えば可愛い女の子だ。オタク界隈を賑わせるソーシャルゲームを、もちろん恭介も小金井もやっている。

 瑛はバス酔いしたのか、黙りこくったまま動こうとしなかった。


「でも俺、巡洋艦と言えばやっぱ川内ちゃんがいいなー」

「ウツロギぃ、川内は軽巡。これから行く造船所で作ってたのは重巡だってば」

「おっと、にわかを晒したか」

「重巡ならやっぱ愛宕でしょ! 青葉とかもいいけどさ! 俺が好きなのは高雄型だよ! 愛宕と高雄ね!」


 近くに座っていた数名の女子が、なにこいつキモいと言わんばかりの視線を、小金井に向けている。確かに小金井はテンションあげると大声で嫁を叫びまくる奇癖があるが、そんな目で見なくても良いじゃないか、と、恭介は思う。好きなものは好きなのだ。恭介も叫ばないだけで、情熱は内に秘めている。


「そういえばさ、ウツロギ。あの子ちょっと、雰囲気がちょっと青葉に似てるよね」

「あん? 姫水のことか?」


 小金井がじっと見つめるのは、バスの前の方ではしゃぐ貴族グループの一人、姫水凛だ。陸上部屈指のスプリンターである姫水は、全身が引き締まっており遠目にもセーラー服がよく映える。クラス三大美少女の名は伊達ではないと、常日頃から、恭介も思っていたが、


「似てるか? 細身だし、姫水は巡洋艦じゃなくて駆逐艦っぽい」

「えー、そうかなあ。似てると思うんだけどなあ」


 そう言って姫水凛を眺める小金井の目は、やけにキラキラしている。彼の肩をぽん、と叩いて、恭介は言ってやった。


「小金井、あいつはやめておけよ……」

「えっ、なに、なんで!? じゃなかった、なんの話!?」

「住む世界が違いすぎる……」


 姫水凛は、竜崎同様クラス全員に分け隔てなく接するタイプだ。恭介のグループにも用があれば接触してくるし、軽蔑や同情など一切なしに、優しく元気よく話しかけてくれる。小金井が心を動かされてしまうのも、やむを得ないだろう。

 だが、所詮は叶わぬ恋だ。いろんな男に優しく接することができるというのは、それだけ彼女にも選択肢があるということ。姫水凛が尻軽だとは、恭介も1人のファンとして思いたくないが、少なくともわざわざ小金井を選ぶだけの理由は見当たらない。


「そうだ、やめとけ……」


 窓にもたれかかっていた瑛が、ボソッと口にした。


「火野まで!?」

「起きたか瑛、ずいぶん気分が悪そうだな。大丈夫か?」


 相変わらず青ざめた顔でグロッキーな瑛は、頷きもしなければかぶりも振らなかった。


 こいつは昔から乗り物に弱いのだ。そのくせ、それを他人に言わないから、こういう時にいっつも苦労する。本人に言わせると、乗り物に弱いと言えば前の席に移され、前の席は先生やリア充グループが集まるので居心地が悪い、とのことだった。原則として話しかけられたくないのである。顔は良いが、立派なコミュ症であった。


「恭介、小金井……。僕が面白い話をしてやろう。巡洋艦で思い出した……」


 グロッキーながらも、積極的に話題を変えようとしてくれるあたりは、友達甲斐のある奴だった。


「え、なにそれ。火野の嫁の話?」

「僕はソーシャルゲームはやらない……。実は、これから行く造船所には、噂があってね……」


 とつとつと話し出す瑛によれば、旧日本海軍には、戦後にその存在を抹消された幻の重巡洋艦があるらしい。それがなんとこれから行くという造船所で作られた艦で、終戦間近の頃、どこかの海戦に投入され、そのまま消えてしまったというのだ。


「沈められたんじゃなくて?」

「僕もそう思うんだけど……。〝消えた〟んだそうだ。その後、登録も不自然な形で抹消……ってことさ」

「ふーん、異世界トリップでもしたのかなぁ」

「なんだそれ」


 小金井の言葉に恭介が突っ込むと、チビガリ小金井は眼鏡をキラリと光らせて言った。


「なんだウツロギ、ネット小説とか読まない? 最近は商業ラノベでも結構あるけどさ。異世界行っちゃう話だよ」

「あ、それ、私知ってる……」


 ひょこ、と前の席の方から、女子生徒が顔を出してくる。


 地味な眼鏡っこの彼女は、確か佐久間さくまだ。引っ込み思案でどん臭く、女子グループの中では割と除け者にされがちである。それを証明するかのように、彼女の隣に座るのは、やはりクラス内のはぐれ者である不良娘だった。

 佐久間は文学部だ。と言うのも、恭介が放課後図書室に行くと、よく鉢合わせるのである。好きなラノベや児童文学の話で何度か盛り上がったことはあるが、まさかここで食いついてくるとは思わなかった。


「知ってるの!? 面白いよね! 俺さ、投稿サイト登録して、結構いろんなのブクマしてるんだけど、ほら、コレとかコレとか!」


 やはり小金井は周囲が驚くような大声をあげて、スマホの画面を佐久間に見せつける。


「あ、うん。面白いよね……。私は、コレとか……」

「あー、悪役転生系ね! 女の子だしねー!」


 その発言に悪気はないのだろうが、あんまり言い方は良くない。ただ、窘めるのも億劫なので、恭介はそのまま小金井に喋らせることにした。佐久間はここまでテンションあげられて話されるとは思っていなかったようで、視線で恭介に助けを求めてくるが、ひとまず口パクで『ガンバレ』と送ってやった。


 瑛を見て、俺も寝ようかな、と思い、目を閉じる。小金井は相変わらずマシンガントークで佐久間を困らせていた。


 2年4組を乗せたバスが、転落事故を起こすのは、それから間もなくのことである。





――――――――――――――――――――




―――――――――――




――――





「えーっと、とにかく、これで全員かな?」


 変貌してしまったクラスメイトを前にして、竜崎邦博りゅうざき・くにひろがそう呟く。


 竜崎は、角や鱗、尻尾などを持った爬虫類のような見た目に変わってしまっていた。竜人、とでもいうのだろうか。イケメンは台無しになってしまったが、これはこれで別ベクトルのカッコ良さがあるので、なんというか非常にうらやましい。

 大混乱はひとまず落ち着き、状況を改めて確認しようという流れになった。言い出したのは竜崎である。彼と同じカースト上位層であり、やたらゴツいオウガに変貌したゴウバヤシが同調したことで、クラスのムードは決定した。


 骸骨人間スケルトンになった恭介と、ねばねばお化けウォータースライムになった凛は、とりあえず隅っこに座っている。

 恭介としては、出来れば瑛と小金井と一緒に座りたかったのだが、その二人がどの怪物になってしまったのかさえ、はっきりしないのだ。おそらく、他のクラスメイトもみんなそうだろう。隣にいる化け物が誰かわからず、ソワソワしている。


「とりあえず、ほとんどみんな顔が変わっちゃったから、改めて確認したいと思う。まず、俺は竜崎だ。こいつはゴウバヤシ」


 竜人の紹介に、オウガが頷く。ここまではみんなわかっている。


「あと、変わってないのが二人……いるね。明日香と、犬神だよね?」


 そう、クラスのクイーンである紅井明日香と、はぐれ者の不良少女である犬神響は、その外見がほとんど変わっていなかった。人間のような姿をしていても、顔のつくりが変わってしまっている中で、紅井はその瞳が血のように赤くなっただけであり、犬神は犬耳と尻尾が生えただけだ。


 吸血鬼と人狼かな、と恭介は思った。この変化に当たり外れがあるとすれば、二人は間違いなくアタリだ。羨ましい。


「えーっと、他に……。じゃあ、そこに浮かんでる火の玉は?」

「火野瑛」


 いきなり知った名前が聞こえてきたので、恭介はほっとする。見れば、そこには赤い火の玉ウィスプがふよふよと浮かんでいた。イケメンが台無しだ。本当にもったいない。


「瑛、こっちこっち! 俺、恭介!」

「ああ、やっぱり君が恭介か。相変わらずガリガリだね」


 ウィスプと化した瑛が、そのまま恭介の元へ飛んでくる。竜崎は、岩を机代わりに丁寧にメモを取っていた。


「火の玉が、火野で……。ガイコツが、ウツロギ……っと」


 ペンの頭で額を掻きながら、竜崎は続ける。


「じゃあ、そこにいるスライムは? 小金井?」

「あ、いや。竜崎くん、あたし……」


 凛が言葉を発した瞬間、竜崎はぽろりとペンを取り落した。


「凛!? おまえ凛か!?」

「う、うん……」


 クラス中から落胆の声が響いた。


 その態度は、ちょっと酷いんじゃないか。と、恭介は静かに憤りを覚える。凛は見た目は変わってしまっても、中身は元気なあの子そのものだった。

 確かに凛は、クラス三大美少女の一人で、今は青いふよふよしたスライムだが、外見だけで判断してガッカリするのは、ちょっと気分がよろしくない。まして、それを声に出すなど。凛が小さく縮こまるのを見て、なおさらそう思う。


「あの、小金井は、俺……」


 そんな声が、隅の方から聞こえてきたので、恭介は視線を向ける。直後に、驚いた。


 誰も小金井の姿を確認しようとは思わなかったのだろう。だが、その数秒後に、困惑はざわめきとなってクラス中に伝播した。竜崎も、ゴウバヤシも、ポカンとしてしまっている。スライムとウィスプの表情は読み取れないが、おそらく凛も瑛も驚いているに違いない。


 流れるような金髪に、エメラルドグリーンの瞳。長くとがった両耳、そしてすらりとした長躯に、変容前の竜崎をはるかにしのぐほどの、甘いマスク。


 小金井と名乗ったその男は、あのチビガリメガネとは似ても似つかぬイケメンエルフであったのだ。


「こ、小金井……?」

「うん……」


 やや恥ずかしそうに縮こまりながら、小金井は言った。これは、凛とはまったく逆の意味だろう。


 竜崎は、何やら異様にショックを受けてしまっていて、メモが取れない様子だった。ゴウバヤシはその大きな腕でペンを拾い上げ、器用にもメモ帳に『小金井:イケメン』と書き連ねていく。ほんの数時間前の彼らが見れば、ワケのわからないメモである。


 その後も、名前の確認は驚きと衝撃を伴って続いた。クラス全員の名前が確認でき、竜崎は一息つく。


 2年4組、クラスメイトは全員いる。無事とは言い難いが、全員の名前があった。

 だが、運転手やバスガイド、それに引率の教師の名前がそこにはなかった。


「一体、何がどうなってるんだ……」


 頭を抱え込むようにして、竜崎がクラス全員の気持ちを代弁する。


「異世界トリップだよ……」


 小金井が、ぽつりと呟く。それまでだったら、誰ひとりとして耳を貸さなかったであろう彼の言葉を、全員が注視した。


「俺たち、異世界に来ちゃったんだ。ここは、俺たちの世界とは、違う世界なんだよ」


 誰しもがぼんやりと考え、しかし直視はしないようにしていた現実。


 小金井の言葉は、2年4組の中に暗い影を落とした。

1時間後に第2話を投稿予定です。

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