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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第二章 神代高校魔王軍、東征す
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第17話 転校生セレナ

 夢を見ていた。幼い頃、別荘の庭で遊んでいた時の夢だ。


 お父様とお母様は少し離れたところでお茶を飲み、セレナたち姉弟のじゃれ合いを見守っている。

 セレナは、優秀な両親の間に生まれたとは思えないほど、才能の低すぎるきらいがあった。武術と魔術はからきし。座学に関しては一生懸命勉強したが、それにしたって成果は人並みだ。反面、弟は優秀だった。

 口さがない人間たちは、両親の悪い部分かけあわせて出来たのが姉の方で、良い部分をかけあわせて出来たのが弟の方だとまで言った。


『ねーちゃん捕まえたーっ!』

『ごふっ……』


 前に回りこんだ弟のタックルが鳩尾にめり込む。セレナの肺から空気をすべて追い出し、奇妙な悲鳴をあげさせた。


『う、うぐ、ぐう……。きょ、きょうす……け……』

『あ、ごめん』


 腹を抱えてうずくまるセレナに、弟キョウスケが苦笑いしながら手を差し伸べる。


『ねーちゃんは相変わらずだなぁ。そんなんじゃ国を護れないぜ』

『め、面目もないです……』

『まぁ、いっか。俺がこの国もねーちゃんも護ってやるし』


 キョウスケはそう言って、白い歯を見せて笑った。

 姉として情けない、と思いながらも、弟のその言葉が嬉しかったのは事実だ。キョウスケの手を借りて、ゆっくりと立ち上がったところで、セレナの夢は終わりを告げた。まどろみの中、肩を揺さぶられる感覚が、次第にはっきりしたものとなっていく。


 セレナは目を覚ました。


「あっ、おい。起きたぞ」

「本当だ」

「やっぱり人間だな……」


 聞こえてくる声。周囲が何やら騒がしい。どうやら、人のいるところに運び込まれたのだ。助かった。

 壁の外側に人間の集落があるなんて知らなかったが、それでもこの好意的な反応を見れば、さしあたっての危険はないのだとわかる。セレナは、目をこすりながら、目蓋をあけた。


 その瞬間、視界に飛び込んでくる、顔、顔、顔。


 オウガ、オーク、ゴブリン、ガーゴイル、グリフォン、ハーピィ、ラミア、その他、モンスターがいっぱい。そこには、セレナの知る〝人間〟など、ただの一人としていやしなかった。


「う、うーん……」


 過剰なまでの情報量から自らの心を守るため、少女セレナはひとまずもう一度気を失った。





「そうか、ゴウバヤシの……」


 恭介が作戦室でひとまず報告を済ませると、竜崎は微笑を浮かべて言った。


「あいつが俺たちを信じて連れて来させたというのなら、面倒を見ないわけにはいかないな」


 奥村がゼクウから聞きだしたところによれば、ゼクウはここから少し東に行ったあたりの岩場でゴウバヤシに遭遇し、殴り合いの結果その幕下に加わったのだという。オウガ社会においては筋肉こそが全てであり、一度殴り合いに負けた個体は下剋上を果たすまで勝者の言うことを聞き続けるのだ。

 そのゴウバヤシから、ゼクウに託されたのがあの少女だった。荒野で行き倒れになっていたところを発見したらしい。ゴウバヤシ達は急ぎの用事があったためゼクウに少女を任せ、南東の方角へ向かうと言っていた。


 その奥村もゼクウも、今は食堂で少女の目が覚めるのを待っている。


「あと報告にあったのは、重巡洋艦にあった武器と、あとはウィルドネスワームか……」


 竜崎は報告書を見ながら頭を掻く。恭介も頷いた。


「ウィルドネスワームの方は結構問題だ。外側からダメージを与えるのはだいぶ難しい気がする。俺たちの場合は、まぁ、たまたま上手くいったけど……」


 あのようなモンスターが、拠点の外にいるというのは予想外の事実だった。今後の外部探索に著しい支障をきたす恐れがある。拠点にこもっていれば安心かというとそんなこともなく、地中を掘り進むであろうウィルドネスワームが、いつこの地下迷宮と衝突するかも定かではない。


「そのための武器……って言いたいけど、70年前の銃でそいつにダメ―ジ与えられるかっていうと疑問だなぁ」

「あとは竜崎、あとこれ。一応最初の目当てだった航海日誌だ」

「ああ、ありがとう。少し落ち着いたら読もう。今は、いろいろ考えなきゃならないことが多すぎる」


 それはおそらく、あの少女やウィルドネスワームのことだけではないな、と恭介は思った。

 ここ数日、迷宮探索を行うパーティの編成で竜崎が頭を悩ませているのは、恭介も知っている。生徒の総数に対して、回復役が少なすぎるのも問題だし、バランスを考慮するとどうしても仲の良い生徒同士を引き裂かねばならなくなるのも問題だ。加えて、小金井のような嫌われ者を、どの班に入れるのか、もである。


 小金井と瑛さえ頷けば、恭介の班に入れるのが一番収まりが良くはあるのだ。


 恭介の班は、今のところ恭介、凛、瑛の3人。いわゆる〝チーム・役立たず〟だ。

 小金井がこのチームに加われば、少なくとも戦力バランスはつり合いがとれるし、回復役は加わるし、受け入れ先のいない小金井の居場所を確保できるし、良いことづくめと言える。

 が、おそらく瑛はそれを許さないだろう。


 今回、迷宮の外部に表立った危険はないだろうという仮定のもと、〝チーム・役立たず〟はさして戦力を必要としない重巡探索に派遣された。保険として、剣崎と奥村をくわえ、回復役は人数の都合もあって加えられなかった。この任務ならいなくてもいいと判断されたのだ。

 そこに、ウィルドネスワームが出てしまった。今後、重巡に派遣するクラスメイトを増やすことになれば、その存在を秘匿し続けるわけにもいかなくなる。


「ウツロギ達を〝チーム・役立たず〟にしておくことに、俺はすごい不満があるんだけどなぁ……」


 竜崎は黒騎士フルクロスのことを言っているのだ。恭介は肩をすくめる。


「俺もだよ。瑛はどうしても隠す気でいるけど、絶対に無理は出てくるし。まぁ、チームをバラバラにしたら、それこそ本当に役立たずになっちゃうんだけどな……」

「ま、パーティ編成のことは俺が考えるさ。ウツロギはもっと、俺が気づかないようなことを気にして、俺に報告してくれよ」


 なんだか、異様に買いかぶられてしまっているな、と思う。竜崎の気づかないことを、果たして恭介が気づけるのだろうか。


「ひとまず、重巡の武器の件も了解した。明日にでも暮森くれもりに話を通しておく」

「頼んだ、委員長。ところで……」


 と、恭介は部屋の片隅にある棺桶に目(ない)を向ける。竜崎も恭介の視線を追って、苦笑いを浮かべた。

 大英博物館にでも展示されていそうな、黄金の豪華な棺桶からは、いまだにイビキが聞こえてきている。


「ああ、良いんだ。さっき一度起こしてさ。それで一度力を使ってもらったから」

「蹴っ飛ばして?」

「そうしないと起きないだろ、原尾はらおの奴」


 人間時代からマイペースな奴ではあったが。こちら側にきて拍車がかかった。

 元からあまり絡みのあった相手ではないが、同じアンデッド族としては、彼の能力は素直にうらやましい。


「原尾、この扱いでクラスから不満はないのか?」

「そりゃああるさ。小金井の件があるまでは、籠井たちが棺桶引っ張ってまで連れてくくらいだったし。ただ、下手に機嫌を損ねると、呪うだろこいつ」

原尾ファラオの呪いだな。竜崎はよく呪われないな」

「いや、割と結構な頻度で呪われている……。さっきもちょっとな」

「あ、そう……」


 魔王委員長の気苦労は絶えないらしい。正直なところ、同情する。


 恭介はその後も竜崎と軽い雑談をしてから、作戦室を出た。凛と瑛は、今頃食堂だろうか。

 あの少女も目を覚ました頃かもしれない。恭介も、そのまま食堂へと足を向けた。





「私はサクマ・サチコです。あなたは?」

「えっと、セレナー……っです」


 恭介が食堂にたどり着くと、佐久間が少女に質問を行っているところだった。

 少女と佐久間、そしてその隣には紅井が座り、それ以外の生徒は遠巻きに見守っている状況である。おそらく、人間の姿に近い二人が質問を行って、緊張を解きほぐそう、という試みなのだろう。小金井もここに居ればよかったが、やはりと言うべきか、その姿は見当たらない。


 食堂に入った瞬間、一部の生徒から針のような視線を向けられた。

 先日の一件以来、このクラスで一番ヘイトを稼いでいるのは小金井と旧小金井派の鷲尾グリフォンたちだが、ここ数日は、実は恭介たちも負けてはいない。竜崎が各々の能力に応じた役割分担制を強調し始めてからは、恭介たちの〝役立たず〟っぷりが、目に見えて表面化したからだ。

 今までは、どのクラスメートも仲良しチームでそれぞれにできることをやっていたので、恭介たちを気にするものはそういなかった。だが、役割分担制になり、仲の良い友人と引き離されると、いまだに仲良しチームでトリオを組まされ、なおかつ〝役に立たない〟恭介たちへのヘイトが加速したのである。

 正直なところ、瑛はともかく、凛は元々同じ役立たずだったから自然とチームに加わったので、順序で言えばあべこべである。更にこのチームがバラバラになれば、竜崎とも話した通り本当にただの役立たずになってしまう。が、それを口にしたところで、どうにもならない。


 恭介は少し居心地の悪さを覚えながらも、さらに踏み込み、親しい友人たちのもとへと向かった。


「お、やっほう。ウツロギくん」

「意外と速かったね、恭介」


 凛と瑛は、周囲の視線などあまり気にした風もなく、恭介を迎える。


「どうだ。あの人間の子は」

「セレナちゃん、って言うんだって。こっからずっと東にある王国の生まれで、騎士見習い、だったかな?」


 なるほど、と頷き、恭介は少女セレナの方に目を向けた。当のセレナも、先ほどからチラチラとこちらを見ている。

 まぁ、こちらというか、食堂にいる生徒全員だろう。ぶっちゃけ、こうもモンスター達に囲まれていては、気持ちも落ち着くまい。


 凛や瑛の話や、佐久間がセレナ本人にしている情報を総合すると、このようになるらしい。

 セレナの国では、かつて西の荒野から迫るモンスターに対抗するため、巨大な城壁を築き、そこから先を不可侵と定めてきた。だが最近になってようやくその禁を解くことになり、調査隊が編成されることになった。その中のひとつに組み込まれたのが、セレナだ。

 だが、セレナの調査隊は、彼女ひとりを遺して壊滅の憂き目にあった。調査隊を襲ったのは、黒い身体に赤い翼を持った悪魔。全身は甲冑を纏ったかのように堅く、血色に燃え上がったかのような翼で、空を素早く翔けたという。


 セレナからその話が飛び出した時、食堂にはざわめきが巻き起こった。


 黒い甲冑。赤い翼。それはまさに、先日死霊の王と交戦した、あの黒騎士の姿に他ならないからである。


「ウツロギくん……」


 凛の声にも緊張が滲んでいた。恭介も頷く。

 黒騎士の正体は恭介たちだ。そして恭介たちは、あの姿で拠点を遠く離れたこともなければ、ましてや人間に襲い掛かったことなど決してない。

 だが、ここでその話が出たことは、恭介たちにとっては一種の凶報と言えた。


「フルクロスのことは、もう少し隠しておいた方が良さそうだね」


 瑛の冷めたような物言い。だが、恭介は頷かざるを得ない。


 黒騎士の正体は、佐久間や紅井も知っている。佐久間も一瞬硬直し、そして巻き起こったクラスのざわめきに対処するか、質問を続行するか決めあぐねた。彼女としては、その赤い翼の悪魔と黒騎士を同一視することを否定したかったに違いない。が、すぐにそれが愚行であると悟り、口をつぐんだ様子だ。

 彼女に代わり、セレナへの質問を続行したのは紅井だった。とは言え、爪をいじりながらのいつもの気だるげな態度ではあったが。


「で、あんた、これからどうするの?」

「へっ?」


 間抜けな声を出すセレナの顔に、紅井は視線を向ける。相変わらず眠そうな目つきだった。


「これから。見ての通り、ここはモンスターの巣窟で、あんたは唯一の人間なんだけど」

「や、やっぱり……食べられちゃうんですか!?」


 セレナは悲痛な叫び声をあげる。


「すっぱだかにひん剥かれて、散々嬲られいたぶられ弄ばれた挙句、最後はカルパッチョになってみなさんの晩餐になっちゃったりするんですか!?」

「あー、うん……。結構想像力豊かだね……」


 呆れ気味の紅井とは対照的に、佐久間は顔を真っ赤にして伏せていた。想像したのだろうか。


「あたしも久しぶりに人間の血とか飲みたいけど、でもここの連中はそういう趣味ないから。聞きたいのは、身の振り方」


 そう言って、紅井は背もたれに身を預け足を組む。


「最終的には、ウチの〝魔王〟の判断を仰ぐことになるけど。一応、知りたかったことを聞きだせたから、もうあんたをここに置いておくメリット、あんま無いんだよね」

「……!?」

「だからカルパッチョにするとか、すぐに追い出すとか、そういうわけじゃないけど。あんたが今すぐおうちに帰るのか、それともここにいるのかってこと。おうちに帰るならそれで良いんだけど、ここに置いておいて欲しいなら、何かしらのリターンがないといけないよね」


 爪を磨きながら言う紅井の言葉は、暗に『役立たずは置いておけない』という意味を示している。恭介も心が痛むが、まぁ、きっと紅井本人の苛立ちから飛び出した発言なのだろう。

 紅井は最近、迷宮探索に駆り出されるようになった。佐久間と共に竜崎を立てた手前、逆らうのもばつが悪いということだろうが、明らかに不満たらたらである。要するに『このあたしも仕事してるんだから、あんたもしろ』ということだ。実にクイーンらしい。


 セレナは、きゅっと拳を握りしめ、こう言った。


「お役にたつ意志は……あります。命を救っていただきましたから……」

「ふーん。じゃあ、何ができるの?」

「えっ? え、えっと。うーん……」

「ま、まぁまぁ明日香ちゃん」


 意地悪な物言いでセレナを困らせる紅井を、佐久間が苦笑いで窘める。

 おそらく、セレナも本心では故郷である東の王国に帰りたいはずだ。だが、そのためには単身、あのだだっ広い荒野を渡らなければならない。荒野にはウィルドネスワームもいるし、彼女がこんな境遇に陥る原因を作った、赤い翼の悪魔もいる。状況を考えると、もう少しここに滞在したいと、そういったところだろうか。


「セレナさん、私たちのリーダーには、話を通しておくね。私たちも、えっと、あの、いつか活動範囲を広げたいと思うし、その時にセレナさんを送れたら、送ってあげたいと思うし……」

「は、はい……! ありがとうございます!」


 セレナは、顔をようやく明るくして立ちあがった。


「……彼女、西側こちらがわのモンスターの侵入を阻むために壁を作ったと言っていたけど」


 瑛は、冷たい声でぽつりと言う。恭介と凛もそちらを見た。


「その壁の向こうからモンスターの軍団が彼女を送り届けようとしたところで、たやすく信じてもらえるとは思えないな……」

「そりゃあ、そうだよねぇ」


 凛も頷く。

 これに関しては恭介も同感だ。と言うよりも、クラスメイトはほぼ全員、同じことを思っていたに違いない。おそらくセレナ本人だけが問題の本質に気付いていないまま、拳をぐっと握り、決意を固めた表情でこう叫んだのである。


「不肖セレナ! 粉骨砕身の覚悟で、頑張ります!!」





 それからのセレナの活躍には、目覚ましいものがあった。悪い方向に。


「おおお待たせしましたっきゃわああああ!」


 運んできた料理を、思いっきり蹴り躓いてぶちまける。今日、何度見た光景であるかわからない。恭介は生ぬるい気持ちになってそれを見つめていた。


「やばいね……。セレナちゃん、やばいね……」


 凛も緊張感を露わにパスタモドキをすすっている。このパスタモドキは地下11階で新たに採取されるようになった食材だ。茹でるとスパゲティによく似た味と食感が得られる。色も形もよく似ているのでクラスメイトから人気が高かったが、生徒たちはその正体に関する議論は積極的に避けた。クラスで初めてパスタモドキを発見した籠井ガーゴイルだけは、いまだにそれが食べられずにいる。

 ちなみに、何故か先日ウィルドネスワームを倒した日から、何故か大量にこのパスタモドキが食卓に供されるようになった。世の中には不思議なこともあるものだ。五分河原が『あれメスだったんだな』と呟いているのが聞こえた気もしたが、どういう意味なのかはわからない。不思議なこともあるものだ。ちなみにウィルドネスワームは卵生ではなく胎生らしい。

 まぁパスタモドキの話は良い。問題はセレナだ。凛の言う通り、セレナはやばかった。


 彼女は今、ぺこぺこと謝りながら、割れた皿を拾い集め、床の掃除をしている。目の前で食事をぶちまけられた生徒は、苛立ちも露わにテーブルを叩いていた。


 セレナの件は佐久間の口から竜崎に伝えられ、彼女は流れでこのクラスに身を置くことになった。ノリとシャレで出席番号までつけられている。ま、転校生だ。

 転校生の常として、当初のチヤホヤっぷりは凄かった。異世界人。白人コーカソイド系の顔立ち。加えて美人で、さらに人間と来ている。特に凄まじかったのは男子からの攻勢だ。転移当初の佐久間さっちゃんを彷彿とさせる。


『セレナさん、こっちのせか――いや、人間って、どんな暮らしをしてるんですか!?』

『セレナさん、槍ひとつでモンスターと戦うって怖くない?』

『セレナさん、好きな食べ物、なんですか? どういったものを食べるんですか?』

『セレナさん、どこ住み? てかLINEやってる?』


 モンスターに囲まれてのコレであるからして、セレナはめっちゃ怖がっていた。


 さて、セレナは騎士見習いということもあり、戦闘要員としてパーティに組み込まれることになったのだが、竜崎のもとには是非うちのチームにという希望が殺到した。当然である。

 だがセレナは弱かった。


「確かセレナちゃん、地下1階の角ウサギのタックルで重傷を負って、すぐ拠点に担ぎ込まれたんでしょ?」

「まるで恭介だな」


 凛と瑛の言葉に、恭介は苦笑いを浮かべてやりたかった。

 ちなみに転校生はセレナだけではない。出席番号41番のセレナに続き、出席番号42番として、オウガのゼクウもクラスに加わっている。言語がしゃべれないため、常に奥村が通訳をすることになったが、こちらの方は十分な戦力として数えられている。


 まぁ、戦力にならないなら仕方がない。セレナは即座に戦闘要員を解雇され、拠点要員としての立場をたらいまわしにされた。


「花園の家庭菜園で水をやりすぎ、危うくトマトの根を腐らせるところだったと聞いたよ」


 瑛が言う。


「暮森くんを手伝おうとしたけど、直した小銃を暴発させて追い出されたって聞いたよ」


 凛が言う。


「俺は、杉浦を手伝おうとしてジャガイモの皮むきをやったけど、身が3センチしか残らなかったと聞いた」

「あー、だから皿運びなんだね」

「でもその皿運びもアレだからなぁ……」


 コック杉浦スキュラもそろそろ怒りだすのではないだろうか。彼女は明るくて良い奴だが、心が広いというタイプでもない。


「うう……。迂闊で無能なセレナを、どうか叱ってください……」


 セレナは壁に手をついて、がっくりとうなだれていた。


「これ、セレナちゃんの〝チーム・役立たず〟入りも近いね……」

「僕達とは違って彼女は本当に役立たずなのが問題だ」


 瑛の言葉には相変わらず棘がある。恭介は窘めようかとも思ったが、まだ続きがあるようなので、黙って喋らせることにした。


「僕はこのまま、クラスのムードが彼女の排斥に動き出すことを懸念している」

「排斥? 追い出すの?」

「うん。彼女はこちらの世界の人間だ。最初は物珍しさ、あとは〝人間〟という存在への懐かしさからチヤホヤしていたが、いずれ飽きが来るし、足を引っ張ることしかしない彼女に苛立ちを覚えるようになる。僕らとは違って、同じクラスで授業を受けたということもないから、追い出すことに抵抗は少ない」


 彼の推測を聞きながら、恭介と凛は再びセレナの方に視線をやった。彼女は杉浦に呼ばれて厨房へ引っ込み、新しい料理を、今度はこぼさないよう慎重に運んでいた。慎重なのは良いが、あまりにも遅い。こぼすよりは、良いのだろうか。


「そして、〝役立たず〟の彼女を追い出せば、次は僕らの番だ。タダ飯喰らいの彼女を追い出したんだから、僕らを追い出すのも筋だろうという流れになる」

「それ、あんまよくない流れだな」

「そうだねー。あたし達にとっても、クラスにとっても」


 一度、クラスの総意としてクラスメイトを追い出すことになれば、空気は悪化の一途をたどるだろう。役立たず扱いされれば、クラスからは追い出される。そうした動きが足の引っ張り合いや無意味な弾劾を生み、恐らくクラスの全員が疑心暗鬼に陥る。そうなれば、さすがに今の竜崎では止められない。

 現状が、既に不満を抱え込んだ爆弾なのだ。いわばセレナは、その爆弾に向かう火のついた導火線となりつつある。


「フルクロスの正体を明かせば、役立たず扱いはされないよな」

「されないね。まぁ、僕もここにきて隠し通し続けようなんて、愚かな提案はしないよ。ただ、今は時期が悪すぎる」


 赤い翼の悪魔の件だ。正体を明かすタイミングとしては、最悪と言えた。


 役立たず。

 その言葉は、恭介の心に重くのしかかる。あの時、凛と出会わなければ、自分も彼女も、ずっと役立たずのままだった。小金井より先に心を病んでいたのは凛であったかもしれないし、あるいは、自分であったかもしれない。そうなれば、今頃このクラスはなかった。


「確かに、俺を思い出すよなぁ……」


 ようやくパスタを運び終え、笑顔でガッツポーズを決めるセレナを見て、恭介はぽつりとそんなことを呟いた。


 後日、瑛の懸念が的中する。それは、予測よりもやや早くのことであった。

次回更新は明日の朝7時!

チーム・役立たずに新たな危機が! みんなの大好きな小金井も出るよ! お楽しみに!

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