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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
外伝 乾物ティーチャーかつぶし
16/115

Lesson01 泣くな竜崎!おまえは男の子!

悪ノリで書くことになった外伝作品になります。

本編とは直接関係ありませんので、気になる方だけどうぞ。

Lesson02は今のところありません。


本編第二章は本日朝7:00に投稿予定です。

「ぐっ、ぐあああああッ……!!」


 全身を削り取られているかのような激痛。それをこらえる悲鳴が、狭い厨房に響き渡った。

 いや、〝ような〟ではないな。俺は今、全身を削り取られている。絶えず発生する痛みに、俺は必死で耐えていた。


 俺の名は、勝臥出彦かつぶし・だしひこ

 元・市立神代高校2年4組の担任教師にして、今はかつおぶしだ。


 何を言っているかわからない? そうだろうな。俺も何を言っているのかわからん。だが、事実だ。


 この狭い厨房をよく見てくれ。大きな台の前で作業をしている、タコ足の少女がいるだろう? その少女が右手に持っているのがナイフ、左手に持っているのがかつおぶしだが、その左手に握られているかつおぶしが、すなわち俺なのだ。少女の名前は杉浦彩すぎうら・あやという。俺の担任生徒だ。元・担任生徒と言った方が正しいかもしれんな。

 もちろん、杉浦も最初からタコ足が生えていたわけではない。神代高校のセーラー服が似合う健康的な美脚を持っていた。当時はちょっと地黒で、遊び好きにも見えるルックスだったが、その実料理部に所属する家庭的な女子高生だった。実家は慎ましいが歴史の深い和食料理屋をやっていてな。実は、俺の実家が乾物屋で、卸先に杉浦の家があったから、割と子供の頃からこいつのことを知っている。


 では、何故この俺がかつおぶしになり、杉浦が怪人タコ娘になってしまったのか?


 これからその話をし……ぐうっ!?


「ぐあああッ! あ、ああああああッ……!?」

「先生、悲鳴あげるのやめてよ……」


 ナイフで俺の身体を削る手を止め、杉浦が言った。


「滅茶苦茶やりにくいんだけど……」

「すまん。これでも痛みを堪えているんだが……」


 話を戻そう。


 俺たちは、楽しい修学旅行の真っ最中だった。いや、楽しいのは生徒の方であって、俺たち教師は可愛いやんちゃ小僧どもが旅先で問題を起こさないか、実に胃の痛くなる3泊4日なんだがな。俺のクラスは不良もいじめられっ子もいたが、1年次のいじめっ子とはクラスを放していたし、割とお人好しを揃えて問題が起こらないようにしていたので、割と安心してこの一大イベントに臨むことができたんだ。

 結論から言って、うちの生徒たちは問題を起こさなかった。


 問題が起きたのは、バスの方だ。


 その日の前日はあいにくの雨で、日本海側のうねる山道をバスが走っているときも、霧雨が降っていた。アスファルトで舗装された道路はぬかるまないが、視界も悪く、俺たちを乗せたバスは転落事故を起こしてしまったんだな。正直、俺は死を覚悟した。できれば死にたくないとも願ったが、まぁ、うちの小生意気なガキンチョどもの、誰か一人でも助かれば良い、と思っていた。


 結論から言うと、全員助かったんだ。だが、姿が変わっていた。


 俺のひそやかな趣味のひとつに、ネット小説の閲覧というものがある。出勤がてらにスマホで読めるし、昼休み中の暇つぶしにもなる。作者の欲望にドストレートに書かれた作品や、読者をただ気持ちよくなれるようにストレスを全撤廃した作品なんかも転がっているので、なんというか、日頃の激務に疲れた脳がやたらと癒されるのだ。

 その中に、人外転生というカテゴリーがあってな。死んで、人間以外の生物に生まれ変わるわけだ。種類は、これがけっこう豊富でな。虫にスライム、ドラゴンにゴブリン。あとはアンデッドなんかが主流ではある。この荒んだ世界から解脱して、汚れきった人間の身体を捨てたい。まぁ、わかる。俺もいつもそんなことを考えていた。


 その人外転生に近いことが起こったのである。俺の可愛い担任生徒、全員にだ。


 クラスのリーダー、竜崎は竜人ドラゴノイドになったし、一番の問題児だった犬神は人狼ワーウルフになっちまった。そして、俺はかつおぶしというわけだ。

 人外転生。人ならざるものという意味だ。確かにかつおぶしは人ならざるものだから、人外転生というカテゴリーに分類されるのは、理解できなくもないな。


 いやできねぇよ。なんだよかつおぶしって。確かに俺の実家は乾物屋だよ。江戸時代からの伝統を守る由緒正しい老舗だよ。だが何故、俺自身がかつおぶしになる必要がある? 意味がわからん。頭が悪すぎる。ちょっと斬新な設定にすれば食いつきが良いとでも思っているのか? 確かに面白い。ウケはいいかもしれん。だが、これは出オチというのだ。かつおぶしに転生して、面白い話ができるわけがない。


 おまえらは知らないかもしれんが、かつおぶしには手足がない。だから、移動ができないんだ。

 俺が目を覚ました時、竜崎が他の生徒をまとめて点呼を行っていた。話を聞き、俺はだいたいの事情を察したんだが、必死に声をあげても俺の可愛いクラスメイトにはこれっぽっちも届かない。場所が悪かったんだな。大岩の影だったし。


 だが、そんな俺の声を聴き、拾ってくれた天使のような生徒がいたんだ。その生徒の手から杉浦に手渡され、俺はいまこうして厨房にいる。俺は名乗りをあげるかどうか迷ったんだが、先生がかつおぶしになったと聞いた生徒たちの動揺を考えれば、なかなかその勇気は出なかった。

 代わりに俺は、自らの身体から出る出汁を、生徒たちに差し出すことにしたんだ。


「とりあえず先生、まだちょっと削り節たりないから、削るねー」

「ああ、わかっ……ぐうっ! ぐああああッ! ぐああああああッ!!」


 この悲鳴は結構大きく、厨房の外からも聞こえるらしい。だから杉浦は、食事が終わったあとは食堂から生徒を追い出すようにしていた。


 厨房にある道具の大半は、この地下迷宮を探索して生徒たちが拾ってきたものだ。特にこの辺は、五分河原と奥村の奴が、探してくるのが上手い。

 生徒たちが〝拠点〟と呼ぶ居住エリアは地上一階部分にあり、もともと事務所や詰所のような区画であったことを彷彿とさせる。迷宮自体は地下墓地のような構造で、それを考えると、ここは墓の管理施設といったところなのだろうか。

 うむ。まぁ、よくわからんな。今の俺にとっては、この狭い厨房こそが世界のすべてなのだ。


「杉浦、削るときは、もう少し優しくだな……」

「これでも結構優しくしてるんだけど? とりあえずこれで足りた。ありがとー」


 そう言って、杉浦は俺の削り節を鍋の中に投じていく。


「毎回かつお出汁じゃ、みんな飽きるかなぁ……」

「すまんな。俺がもっと、多種多様な出汁を出せるなら……」

「それもうかつおぶしじゃないじゃん」


 厨房に並べられた食材を見ながら、杉浦が呟いた。


 迷宮には様々なモンスターが巣食っている。その中でも、ワニやウサギなど、比較的動物に近い形状のモンスターは、タンパク源として好んで狩られているらしい。それらの骨を煮込んで、出汁をとることもある。その場合、俺の身体はお休みだ。

 ちなみに狩りの成果を持ち帰る確率は、不良少女の犬神響がダントツトップだ。一人で迷宮に潜っているというのに、隠れた才能とでも言うのだろうか。あるいは、狼として狩猟本能が目覚めたのか。たまに持ち込んでくる角ウサギは、一部がつまみぐいされていたりする。


「それにさ、先生も、身体が無限にあるわけじゃないんだから……」

「確かに、そうだな……」


 俺は、自分の出汁で生徒たちの胃袋が満たされ、幸せな気分になるのなら、それも良いと思っている。

 だがそれにも限界がある。俺の身体はいずれ削りつくされ、欠片も残らなくなってしまうだろう。そうなってしまえば、俺は生徒に美味しいかつお出汁を提供することができなくなる。それは悲劇なのだ。


 そんなことを考えていると、厨房にふよふよと入ってくる人魂があった。


「すごい悲鳴だったな……」

「あー、火野くん」


 火野瑛。こいつも俺の生徒だ。転生前は小柄な美少年だったが、ずいぶんと変貌してしまった。


 喋らない割に口が悪く、態度もよくない生徒だが、勉強はできる。それに加え、悲鳴をあげる俺に気付いて連れていってくれたのが、この火野だったのだ。火野は手がないが、周囲5センチ以内までならものを自由に〝持つ〟ことができる。おかげでずいぶん焦がされ、柔らかくなってしまった(硬くなったかつおぶしを柔らかくするには火であぶると良いぞ)。

 その火野は、焦がさないように細心の注意をはらいながら、一冊の本をその手に持っていた。


「先生、本野さんを返しにきました」

「ああ、うん。いつもの場所に座らせておいてくれ」


 本野さんというのは一緒に事故に巻き込まれたバスガイドの名前だ。そして、火野が手に持っている一冊の本が、本野さんだ。


 本野さんは本に転生してしまったのだ。


「ありがとう、火野くん。面白かった?」


 厨房内の所定の位置に置かれながら、本野さんが口にする。だが火野はつまらなそうな声で答えた。


「暇つぶしにはなりました。それじゃあ」


 そう言って、火野は出て行く。相変わらず態度の悪いやつだった。あんなに若く、美人だった本野さんに対して……。まぁ今はただの本なのだが。しかも日本の観光名所について書かれた本だ。異世界では何の役にも立たない。

 火野が食堂を出て行くのを見送ってから、俺は本野さんに言った。


「すいません本野さん。あいつ、ああいう奴でして……」

「いえ、良いんです。若い子にはよくあることですから」


 本野さんのぺーじがぱらりとめくれて、広隆寺霊宝殿宝冠弥勒の穏やかなアルカイックスマイルが見えた。本はかつおぶしより感情表現の姿が豊からしい。

 この厨房では、今やかつおぶしとガイドブックが語り合うという、見ているだけで気の狂いそうな光景が繰り広げられているのだが、杉浦は特に気にした様子もなく、夕食の支度を続けていた。まぁ大したものである。


「でも良いんですか? 先生」

「何がです?」

「生徒さん達、心細いんじゃないでしょうか。先生がまとめてあげた方がいいんじゃ……」

「俺もそれは考えたんですけどね。俺はもう、先生じゃない。ただのかつおぶしなんですよ」


 かつおぶしにできることは、ただ出汁を出すことだけ。


 生徒たちが心配なわけではない。竜崎はクラス委員としての素質は十分だが、こうした極限状況下におけるリーダーシップには、まだ不安が残る。話を聞く限りでは、既にメッキがはがれかけていると聞いていた。

 それに不安なのは小金井もだ。あいつはもともといじめられっ子だったが、2年生になって環境が変わってからは周囲の状況も安定していた。4月にはまだ1年生の頃のいじめっ子にクラスを越えてちょっかい出されていたが、竜崎が豪林を連れて直談判に行ってからは、それもなくなった。まぁ、いじめっ子達は豪林のガタイにビビらされたのだと思うが。

 その小金井はこちらの世界に来てから急激に力を手にしていた。徐々に、増長してきているとも聞く。危険な爆弾を抱えているような香りがした。


 しかし、人間時代ですら、生徒同士のいさかいを教師が解決できることはなかったのだ。


 今の俺に、何ができると言うのだろうか?


 ただ、出汁を出すことだけなのだ。


 俺はため息をつこうとしたが、かつおぶしなので溜め息は出なかった。





 それから更に数日が流れ、クラスを取り巻く事情は大きく変化していた。豪林が姿を消し、竜崎がリーダーの座を追われ、小金井が最大派閥を形成した。怖れていたことが起こってしまったのだ。食堂から厨房に響くやり取りを聞いているだけでも、俺の心は痛んだ。

 厨房には、変化と呼べるものは一向におとずれない。強いて言うなら、俺の身体がさらに縮んだくらいだ。


 クラスで事件が起きるたび、俺は杉浦に俺を削るように言った。俺の身体から染み出すかつお出汁で、生徒たちの荒んだ心を癒したかったのだ。最近は加速度的に事件が増え、加速度的に、俺の体積も減っていった。


「先生、ずいぶん小さくなったね……」


 ある日、杉浦がぽつりと言う。


「ああ、まあな……」

「私、何度かウツロギくんにお出汁になるように頼んでみたんだけど、やっぱりダメだった」

「そうか……。空木うつろぎなら、きっと誰もが優しくなれるような出汁を出せるだろうな」


 だが、嫌がる空木を無理やり鍋に鎮めるような鬼畜な真似はできない。それに空木は人骨スケルトンだ。ワニ骨とか、ウサギ骨とかの出汁ならまだわかるが、人骨出汁はなんだか、ちょっと良くないような気がする。


 ここ数日、俺は毎日自分の身体から出汁をとり、みるみる内に縮んでいった。既にタバコケースくらいの大きさしか残っておらず、これ以上身体を削ることはさすがにできないと、杉浦は言っていた。

 俺は無力だ。教師としてだけでなく、かつおぶしとしても、何もすることができない。


「いや、あの、教師としてなら、まだ何か出来ることがあるんじゃ……」


 本野さんがおずおずと切り出す。


「そうでしょうか、本野さん。言葉で人を更生させられるなんて、ドラマの中だけの世界なんですよ。俺も武田鉄也に憧れて教師になりましたが、ヒトは、そう簡単に坂本金八にはなれない……」

「でも、言葉は人を勇気づけることができます」

「先生、あんま湿っぽくならないでよー。湿気っちゃうよー」


 杉浦は、そう言ってタコ足で俺の身体を掴み、軽く火で炙った。

 気持ちは嬉しいが、杉浦よ。俺はもう出汁を出せるほど、身体が残っていない。炙ってもらったって、おまえ達の役にはたてないんだ。そう思うと、俺は無性に情けない気分になった。


 ちょうどその時、食堂の方から何やら言い争うような声が聞こえてきた。杉浦が視線を向ける。


 また喧嘩か、と暗澹たる気持ちになったが、今回は少しいつもと状況が違うらしい。

 俺は耳(ない)を澄ませる。聞こえてきたのは、竜崎ともう一人、紅井明日香の会話だった。


 紅井はクラスの中でもとびきり大人っぽい女子生徒だった。制服を着ていなければ、大学生にも見えたのではないだろうか。なんとかという雑誌で、読者モデルをやっているという噂も耳にしていた。学校側としては苦い顔だが、俺としては紅井のこれからの可能性を広げる選択肢のひとつとして容認したい気持ちだった。グループごと援助交際に手を出しているという噂まであったが、そっちの方は信じていない。

 その紅井は、転生後も一貫してクラスカーストの上位層をキープしている。トップ層から凋落した竜崎と、どのような会話をしているのだろうか。


『じゃあ、俺に何ができるって言うんだ……!』


 竜崎の悲痛な叫び声が聞こえてくる。俺は、身につまされるような思いだった。その言葉は、まさしく今の俺の気持ちを代弁するものであったからだ。


 話を聞いている内に、おおよその事情は察する。紅井は、竜崎のここ数日の落ちぶれっぷりを責めているのだ。残酷な物言いであるとは思ったが、クラス内政治にまったく興味のないと思われた紅井が、竜崎にそのような言葉を向けることになるとは、思わなかった。

 言葉は、人を勇気づけることができる? 本当にそうなのだろうか。


 杉浦は、紅井が今部屋にかくまっている女子生徒、佐久間の為に用意しておいた料理を皿によそい、言い争いに割り込むようにして食堂へ出て行く。


『紅井さーん、ご飯できたよー』


 紅井はそのまま膳を受け取り、食堂を後にしたらしかった。杉浦が戻ってくる。俺は、考えていた。


「本野さん」

「あ、はい。なんでしょう」

「言葉は、人を勇気づけることができる。そう言いましたね」

「はい」


 今の竜崎を、放ってはおけない。

 自分に一体、何ができるのか。俺自身、答えは出せていないが、それでも人生の先輩として、担任教師として、同じ悩みを抱いた生徒に、示せる道はあるのではないだろうか。


「杉浦、厨房に竜崎を呼んでくれ」

「えっ、でも……」

「良いんだ。呼んでくれ」

「う、うん……。わかった」


 そう言って杉浦は食堂に出ると、おそらくまだ外で悩んでいただろう竜崎を連れ、戻ってきた。何のために呼ばれたのかわからないであろう竜崎は、困惑した表情で厨房の中をきょろきょろしている。

 俺は覚悟を決め、竜崎に声をかけた。


「よ、竜崎」

「えっ……!?」


 竜崎は驚いたように目を見開き、もう一度きょろきょろと周囲を見回す。そして最後には俺を見つけ、こう叫んだ。


「せ、先生……!?」

「ああ、俺だ。お互い、変わっちまったな」

「無事だったんですね……!」

「こういうのは無事って言うのかな……」


 俺は、竜崎に自分の事情を軽く説明した。事情と言っても、転生したらかつおぶしになっていたことくらいなのだが。


「先生、俺は……」

「うん?」

「俺は、どうすればいいんですか……」


 それな。


 理想はある。だが、どうすればいいのかわからない。何をしても、受け入れてもらえる気がしない。俺もそう思って、生徒の前に姿を見せなかった。まったく、ロクな教師ではない。だが、それでも頼ってくる生徒を前にすれば、威厳のある大人を演じざるを得ない。


「竜崎……」


 俺がぽつりとそう言うと、本野さんは『がんばれ! がんばれ!』と書かれたページを開いていた。なんだそれは。


「竜崎、どうせ自分が何をしてもダメだとか、そんなことを考えているんだろう」

「………」

「わかるよ。先生もそうだからな」

「先生も……?」


 竜崎が、はたと顔をあげた。顔つきがトカゲのようになっても、こいつの目の綺麗さだけは変わらないな。


「先生も、なんか気が付いたらかつおぶしになっていてな。こんな姿じゃ、生徒を指導することだってできやしない。おかげで、クラスが大変なことになってるっていうのに、俺は何もできなかった……」

「先生……」

「確かに、今の位置に落ち込んだおまえが何かをやろうとしても、滑稽かもしれん。だがな? そんなおまえが……おまえの……。えぇと、つまりだな。おまえが……」


 えぇい、俺は口下手なんだ。口下手の癖に何故教師なんかやっているのかわからんが、それはもう女子高生とか好きだからしょうがない。

 俺は最後の手段に出ることにした。


「杉浦! 俺を削れ!!」

「えぇっ!?」

「まだ一人分の出汁くらいは余裕で出せる! さぁ、削れ!!」

「え、う、うん……」


 杉浦はややためらいがちに、俺を手に取ると、すっかり俺削り専用になったナイフをあてがった。


 しょりっ。


「ぐああああああああッ!!」


 全身を削るような激痛が走る。竜崎は身をすくめたが、杉浦は冷徹な仕事人の顔で俺を削りおろしていった。


「せ、先生っ……!」

「い、良いか! 竜崎! よく見ておけ! これが『俺にできること』だ! 俺が、おまえ達生徒のためにできる、精一杯のことなんだ! ぐあああああッ!!」


 杉浦は俺の削りカスを鍋に投じ、火にかける。やがて、かつお出汁の芳醇な香りが厨房全体に広まった。


 杉浦は出汁をお椀にすくい、そのまま、竜崎へと差し出す。


「委員長、飲んで。これが先生のお出汁だよ」

「これが……」


 お椀には、透き通るような出汁じるが波ひとつ立てずに張られている。その他の味付けなど一切ない。だが、これで良いのだ。杉浦は、俺の意志を寸分たがわず汲み取ってくれた。俺が今、竜崎に飲ませたいのは、俺から出た出汁のまじりっけない味だった。


「竜崎、俺にできることなんてそれくらいだ。だが、どうだ!? 俺の出汁は!」

「お、美味しいです」

「そうだろう! いま、おまえの中に何かの感動が芽生えたはずだ! ただ、美味い出汁を飲んだというだけのことかもしれんが、その『美味い』という感想を、俺は身体を削って引き出した! おまえにも、同じことができるはずだ!」


 そこで俺は一息つき、続ける。


「竜崎、おまえの良いところを知ってる奴は、豪林だけじゃない。クラスのみんなが、少しずつ知っていることなんだ。何かを恐れず、身を切ることも恐れずにぶつかってみろ。きっと、新しいステージが開けてくるはずだ」

「先生……」


 竜崎は、空になった器を置いて、立ち上がった。


「わかってくれたか、竜崎」

「正直、ちょっとよくわかりませんけど」

「そうか」

「ただ、もう少し、迷ってみます」


 少しだけ、竜崎が笑う。力のない笑顔ではあったが、ほんのちょっとだけ、光を見た。活力を得た。そんな笑顔だった。竜崎は頭を下げ、厨房を、そして食堂を出て行く。

 こんなものか。俺が身を削り、言葉を尽くしたところで、竜崎がちょっとだけ元気を取り戻す。その程度の効果しかない。だが、俺は結構満足していた。あいつがちょっとだけ元気になった。それで十分じゃないか。


 たとえ、もう消しゴムくらいの大きさしか残っていなかったとしても。


「先生……」

「ああ、わかっている」


 俺は微笑む。顔はないが、とりあえず微笑んだ気持ちになる。


「もう削るところはないな……。だが、俺は後悔はしていない。竜崎は、きっとクラスに新しい力を吹き込んでくれるさ。最後の出汁が、その一助になれてよかった」

「うん……」

「もう思い残すことは……ん……?」


 その時、俺は何か全身が熱くなっていることに気付いた。こんな異常は初めてだ。燃えるように熱い。しかし、火に炙られているときのような、表面的な熱さではない。もっと内面的な、魂の内側から燃え上がる炎のような感覚だった。


 カタカタと、動かないはずのかつおぶしボディが震えだす。杉浦がぎょっとした顔を作る。


「先生!?」

「ぐ、ぐおおおっ! な、なんだこの感覚はっ!」


 ずぼっ!


 次の瞬間、俺の全身が光に包まれ、生々しい音と共に何かが生えた。杉浦が改めて目を見張る。


「せ、先生が……! 大きくなってる!?」

「なにっ……!? ほ、本当だ!」


 俺は、杉浦が持ってきた鏡を見て、思わずそう叫んだ。


 俺の体積が、従来の大きさまで戻っていたのである。これは驚いた。一体どのような奇跡が起こったというのだろう。大きく立派な、まるで木刀のようなかつおぶしが、そこにはあった。俺と杉浦は、思わず視線を合わせる。


 どうやら夕食はうどんになりそうだった。





「固有能力でしょうか」


 後日、厨房を訪れた火野はそんなことを言った。


「固有能力?」

「恭介にも、接触したモンスターの力を増幅する能力があります。他のスケルトンではこういった効果は確認できなかったので、恭介が持つ独自の能力なんでしょう。おそらく、今回の転移の際に、モンスターに姿を変えた以外にもうひとつ能力が与えられていたんです」


 その能力が、俺にとっては無限再生だったということなのか。あれ以来、毎日のように杉浦は俺を削っているが、俺の体積は翌日には元通りになっている。文字通り、無限のかつおぶしとなったのだ。もう、このクラスが魚介出汁に困ることは、無いと言って良いだろう。

 しかし、その発言通りであったとすれば、クラスの生徒の大半は、そうした固有能力を発動させていないことになる。いや、あるいはそれには、何かの条件が要るのだろうか。俺も、竜崎に出汁を飲ませてから、この能力に覚醒した。


段階フェイズがあるのかもしれませんね」


 火野はそれだけ言い、本野さんを返して厨房を出て行く。


 段階フェイズ。それを踏むごとに、俺たちは強くなっていくということか。いや、かつおぶしである俺が強くなるのかもわからないし、そもそも、火野はこういうカッコイイフレーズが結構好きなので、割と適当なことを言っている可能性がある。


 だがまぁ、良いだろう。俺は新たな力を手にしたのだ。これがある限り、生徒たちには永遠に出汁を供給することができる。

 竜崎は立ち直り、新たなリーダーとしてクラスをまとめ上げるつもりでいるらしい。俺の出番は、当分ないと思って良いだろう。目下のところは、小金井や鷲尾たちのような、クラスで白眼視されている連中に、俺の出汁を飲ませてケアしてやることだけだ。


「先生ー、またちょっと削るねー」


 杉浦がナイフを片手に俺に近寄ってくる。


「ああ、構わんぞ! どんどん削れ!」


 厨房に、俺の悲鳴が響き渡る。


 乾物ティーチャーかつぶしの戦いは、まだ始まったばかりなのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 不遇すぎるwwwしかも先生のめっちゃいい人で可哀想になるw
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