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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第一章 あなたが魔王になった日
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第13話 トリニティ・フルクロス

 何故、自分がそうしたのか。竜崎にはわからない。だが、身体は自然に動いていた。小金井と蜘蛛崎を突き飛ばし、死霊の王が振り下ろした蛮刀を一人で受け止める。全身が引きちぎられるような激痛がして、一瞬、意識が飛んだ。

 目が覚めた時点で、まだ自分が殺されていないのだから、そう時間は経ってはいないのだとわかる。相変わらず身体中が痛んだが、それでも、手も足も動いた。竜の鱗に覆われた自らの頑健さを、改めて実感する。


 まだ近くに、死霊の王がいる気配があった。両腕をついて、なんとか立ち上がり周囲を見渡すと、そこにワシとライオンを合成したようなモンスター……すなわちグリフォンが転がっているのがわかる。


「……鷲尾!」


 竜崎は、気づかれることも厭わず大声でその名を呼んだ。鷲尾の身体がピクリと動く。まだ生きているらしい。しかし、他の面子が見当たらない。白馬は? 触手原は? 自分が助けた小金井や蜘蛛崎は、まだ生きているのか?


「きゃあああっ!!」


 悲鳴が聞こえる。蜘蛛崎のものだ。竜崎は、身体を引きずるようにして移動を開始した。


 自分が行って何になるだろうか。リーダー風を吹かせるだけの役立たず。信頼をおいていたゴウバヤシの後ろ盾は、もうない。残っているのは身体ひとつ。下手をすれば、死ぬだけだ。

 それでも、竜崎邦博は、クラスメイトの窮地を放ってはおかない。


 なぜなら、自分が委員長だからだ。


 飾りものでも、滑稽でも、自分が一番クラスのことを考えていると信じていたからこそ、竜崎は委員長に立候補した。

 ああ、明日香。君の言う通りだったな。何も残っていないと思っていても、結局、空っぽになった瓶の底に、みっともなく張り付いているプライドがあったのだ。しかしそのプライドこそが、今、竜崎を突き動かす原動力になっている。


「小金井! 小金井、開けて! お願い! あたしも入れてよ!」


 蜘蛛崎は、半狂乱で泣き叫びながら、鋼鉄製の扉をガンガン叩いている。その後ろには、死霊の王がゆっくりと迫っていた。


 この地下5階層にあるいくつかの小部屋のひとつだ。初めてゴウバヤシと共にダンジョンへ潜ったとき、あの頑丈な小部屋で何度かグレイブハウンドをやり過ごしたことがある。逃げ込むにはうってつけの部屋だが、小金井は一人で閉じこもっているのだろうか。

 小さな扉は死霊の王がくぐれない大きさではあるが、蛮刀の切っ先を突っ込むには十分すぎる。ここで下手に開ければ、二人もろとも串刺しになりかねない。


 小金井の行為は、一方を見れば、やむを得ないことであるのかもしれない。しかし、あのまま放置すれば、蜘蛛崎は、


 竜崎は身体を引きずるようにして、前に出る。次もあの蛮刀による一撃を耐えられるかは、わからない。

 その間も、なおも二人の言い争いは続いていた。


「ねぇ、小金井! なんで! どうしてよ! 開けて! 開けてよお!」

「あ、開けたら……開けたら、開けたら俺だって死んじゃうだろ! 二人とも死んじゃうんだよ!」

「じゃああたしだけが死ぬのは良いの!? 小金井がしたいこと、なんでもさせてあげたじゃない!」

「なんでもじゃなかった……!」


 小金井の言葉に、扉を叩く蜘蛛崎の手が止まる。


「……え?」

「なんでもじゃなかっただろ! おまえ! 下半身が蜘蛛だから! 最後までできなかっただろ! 何がなんでもさせてあげただよ! 彼女みたいなツラしやがって! もう邪魔なんだよ!」

「こ、小金井……」


 呆然と呟く蜘蛛崎の後ろに、死霊の王がぴたりと貼り付いた。振り上げられた蛮刀。もう猶予はない。竜崎は、再度自分の身体を突き動かして、蜘蛛崎の身体を押した。小さな悲鳴が聞こえ、死霊の王の蛮刀はまたも竜崎を打ち据える。身を引き裂くような激痛。今度は、なんとか意識を保つ。


 振り下ろされた蛮刀は、そのまま小金井が逃げ込んだ小部屋の壁を衝撃波で粉砕した。飛び散る瓦礫と粉塵。中からは、腰を抜かした小金井がガタガタと震えながら姿を見せる。


「二人とも……無事で良かった」


 竜崎は口元を緩め、辛うじてそう言う。


「な……」


 小金井は一瞬言葉を詰まらせ、しかしすぐに目元を吊り上げた。


「なんだよそれ! 今更良いカッコしようってのかよ! 遅いんだよ! それで、俺たちを助けられるって言うのかよ!? おい!」


 彼の罵倒を受けても、腹は立たなかった。ただ、無力感だけがある。小金井の言う通りなのだ。蜘蛛崎を助けて、一時的に延命させることはできたが、結局そこまでだ。さすがにこれ以上は、身体も動きそうにない。

 わめき叫ぶ小金井の言葉を聞きながら、竜崎は死霊の王を見上げる。3つの瞳がこちらを見下ろし、死霊の王はみたび蛮刀を振り上げる。


 万事休すか。そう思ったときだ。


「《邪炎の凶爪イヴィルフレア》!!」


 空を引き裂くようにして、漆黒の炎が横合いから吹きつける。死霊の王は一瞬怯み、2歩、3歩後退した。


 高位の攻撃黒魔法。誰か、と探るまでもなかった。視線を向けると、銀髪に小さな角を生やした、赤い双眸のサキュバスが、いつになく精悍な表情をして立っている。


「佐久間……!」


 佐久間祥子だ。小金井も、彼女の姿を見るなり、状況を忘れて顔を綻ばせた。


「さ、さっちゃん……? さっちゃんか!?」

「うん……。みんな、助けに来たよ」


 助けに来た、と言っているのは、どうやら彼女だけではないらしい。


 その背後から姿を見せたのは、春井ハーピィ蛇塚ラミアだった。二人はこちらに駆け寄ると、まったく動けない竜崎や、蜘蛛崎の身体を揺り起した。だが、そうこうしている間にも、死霊の王は体勢を整え、第2撃を放とうとする。佐久間は再び詠唱をはじめ、さらに彼女の後ろから、別の影がまた飛び出した。


「どすこぉぉぉぉぉい!!」


 まず飛び出してきたのは奥村オークだ。強烈な張り手をぶちかまし、死霊の王の体幹を揺らす。続いて、首のない女騎士が剣をかざして斬りかかる。こちらは剣崎デュラハンだ。


「フッ、さすがは〝赤いちゃんこ鍋〟と言ったところだな!」

「感心している場合ではないデブ! 早く他の生徒を!」

「そうだったな! 途中から無理を言ってついてきたんだ。仕事は果たす!」


 佐久間がさらに《邪炎の凶爪》を放ち、その隙に奥村と剣崎は、小金井や鷲尾の元へと駆けつける。死霊の王が地下5階までやってきていたことを、知っていたとしか思えないような見事な連係だ。竜崎は、激痛をこらえながら身体を支えてくれる蛇塚の横顔を見る。


「蛇塚、これは……」

「佐久間が行こうっつったんだよ。っつーか、聞くな。言わせんな」


 気絶している鷲尾は剣崎が運び、小金井は奥村に立たせてもらうと、なんとか自力で壁伝いに歩きはじめる。グループの他のメンバーは無事なのだろうか。

 佐久間が行こうと言った、ということは、やはり彼女たちはこの状況を察し、自分たちを助けるために来てくれたということだ。剣崎などは、佐久間がこちらに向かう途中に合流したのだろう。どうやってここの状況を知ったのかは知らないが、救援は素直にありがたかった。


「助かる、佐久間……」

「うん」


 佐久間は、竜崎や鷲尾が安全地帯まで運ばれるのを待ちながら、死霊の王の注意を惹きつけている。


「私も、ウツロギくんの役に立ちたいから……」

「ウツロギ? ウツロギがどうしたって……」


 竜崎が口にした疑問に、彼女は答えなかった。赤い双眸で、臆することなく正面から死霊の王を見据えている。形の良い、つややかな唇を素早く動かして詠唱を終え、再び、地獄の業火を呼び出した。


「《邪炎のイヴィル凶爪フレア》ァァッ!」


 突き出した掌の先に、紅い魔法陣が浮かび上がり、そこから迸る黒炎が死霊の王の身体を焼いていく。


 逃走の殿しんがりは、彼女と奥村が務めた。奥村も、さすがは中学時代〝赤いちゃんこ鍋〟と呼ばれた伝説の不良である。オウガのゴウバヤシほどではないにせよ、怪力を有した前衛としての役割を見事にこなしている。だが、佐久間も奥村も長くはもたないだろう。これ以上、彼らに負担をかけられない。

 まず小金井が階段にたどり着き、両手をついて這うようにして登っていく。次いで、春井に連れられた蜘蛛崎、剣崎と鷲尾、そして最後に蛇塚と竜崎が地下5階を脱することに成功した。


「おい佐久間! あとデブ! 早くしろ!」


 蛇塚が大声で叫ぶと、階段下から佐久間と奥村が駆けあがってくる。佐久間は胸を、奥村は腹を盛大に揺らしていた。


「蛇塚、胸の大きい子をデブ扱いするのは酷いと思うデブ」

「てめーだよてめー! その腹ふざけてんのか! きたねぇんだよ!」

「ブタは綺麗好きデブ」


 奥村が自らの腹を叩くと、スパァンという心地の良い音が響き渡る。佐久間は顔を真っ赤にして肩を震わせていた。笑っているのかもしれない。


「鷲尾! 鷲尾、しっかりしろ!」

「クモちゃん!」


 見れば、白馬や木岐野は既にこちらの階まで逃げ込んでいた。彼らは鷲尾や蜘蛛崎に駆け寄り、その無事を喜んでいた。触手原もいる。全員無事だ。

 他にも、何人かの生徒がそこには待機していた。剣崎と比較的親しい、元運動部の生徒ばかりだ。おそらく、彼女とパーティを組んで迷宮を探索しようとしていたのだろう。だが、ここはまだ地下4階だ。ここより下に、まだ何人か生徒がいる可能性がある。

 助けに行かなければ。


「死霊の王が他の生徒を襲う前に、助けに行かないと」


 佐久間がそう言い、奥村と剣崎も頷いた。竜崎は傷を押さえて立ち上がる。


「俺も行く……」


 一同の視線が、そのまま彼に向けられた。


「竜崎、そんな身体では無理デブ」

「傷が癒えれば、俺は死霊の王の攻撃を2発は耐えられるんだ。頼む」


 そう言って、竜崎は白馬の方を見る。彼はギョッとしたように後ずさる。『うぅむ、しざり馬だな』と、剣崎がしたり顔で言っていた。

 ユニコーンである白馬は、クラスでも貴重な回復魔法の使い手だ。ただ、肝心の本人が使いたがらないので、それを目的としてパーティに組み込まれることは滅多にない。それに回復魔法ならば、小金井だって使える。


 だが、小金井はいま、壁の方に背中を預けて座り込み、頭を抱えているだけだった。


「……あー、もう! わかったよ!」


 白馬は吐き捨てるように言った。


「使えば良いんだろ、使えば! えぇっと、ひ、《癒しの光ヒーリングライト》!」

「白馬くん、ちゃんと詠唱しなきゃダメだから……」


 佐久間が生ぬるい笑顔を彼に向ける。


「恥ずかしいのはわかるけど……ね?」

「そうだ。佐久間も毎回小声でちゃんと詠唱しているぞ。お前ならできる」

「ファイトデブ、白馬」

「がんばれー」

「できるできるー」


 剣崎と奥村も、拳を握っていらんエールを送った。春井と蛇塚は割とどうでも良さそうだった。


「て、天より来たれ……慈愛の輝き……わ、我が友輩ともがらに再起の力を与えん……ウオオォォォ! ひ、《癒しの光ヒーリングライト》ォォォ!」


 最後はヤケクソだったが、果たして詠唱は成功する。白馬の角が輝き、キラキラとした光が竜崎の身体を包み込んだ。全身の痛みが、嘘のように引いていく。これでまだ戦えそうだ。白馬はがっくりとうなだれ、今度は鷲尾にかけるためか二度目の詠唱を開始していた。1度使うも2度使うも同じということらしい。

 ともあれ、これで行ける。竜崎は、佐久間たちに目で合図した。春井と蛇塚も、消極的ながらついてくるつもりらしい。最強パーティには程遠いが、戦力としては十分な組み合わせと言える。


「問題は、いつ降りるかだな」


 剣崎は腕を組んで言った。


「まだ外を死霊の王がうろついているかもしれん」


 竜崎も頷く。


「ああ、こっちを諦めて、離れた隙に……」


 そう言った時、轟音と衝撃が、一同を襲った。全身は驚いたように顔をあげ、階段の方を見る。

 そう、その衝撃は明らかに地下5階の方から響いて来ていた。閉じた扉を強引に叩き破ろうとするような、恐ろしげな音。今、自分たちのいる場所が絶対的安全圏であるという前提を、脅かす音。

 そしてそれは、竜崎や小金井たちにとっては、何故死霊の王が地下5階に出現したのかという疑問を、氷解させるものでもあった。


「みんな、逃げるんデブ!」


 その言葉に、一同が一斉に駆け出す。呆然として逃げ遅れた小金井を奥村が突き飛ばし、その直後、壁が叩き割られ瓦礫が飛び散った。


「奥村ァッ!」

「奥村くん!!」


 飛散した瓦礫が、奥村の真上へと降り注いだ。自虐ユーモアを漂わせる彼の大柄な身体が、生き埋めになる。太い腕が、最後の瞬間にサムズアップを作るのが見えた。

 今すぐにでも助けに行かねば。掘り起こさねば。そう思った竜崎の思考に歯止めをかけたのは、もうもうと舞い上がる砂埃の中に姿を見せた、死霊の王の威容である。


 三つの瞳が、こちらを冷たく睥睨していた。一同は一気に青ざめる。


「みんな、早く!!」


 佐久間が叫び、詠唱を開始した。突き動かされるようにして、彼らは再び動き出した。回復した鷲尾や白馬が先頭に、蜘蛛崎や木岐野が走り出す。のろのろとした動きの触手原を、剣崎が護衛した。

 死霊の王と佐久間の距離はわずかに数メートル。鬱陶しい火炎魔法の詠唱を止めるべく、死霊の王は剣を振りかぶった。竜崎は間に割って入り、その全身で剣を受け止める。


「ぐうっ……!」


 だが間に合った。佐久間は《邪炎の凶爪》を唱え終わり、黒い炎を解き放つ。死霊の王は一瞬たじろぎながらも、その視線を別の方へと向けた。


「小金井! どうした! 急げ!!」


 剣崎の怒号が響く。ハッとした二人が後ろを振り返ると、小金井は腰を抜かしたまま立てずにいた。

 急がねば、と思う竜崎だが、身体が思うように動かない。死霊の王はズンズンと歩を進め、小金井に近づいていく。


「あ、う、あ……あ、ああ……」


 小金井の表情は恐怖に歪むことすらなかった。ただ、目を見開き、口を開き、汗を流し、必死に立ち上がろうとするが、立てない。

 死霊の王は六本の剣を振りかぶり、小金井に狙いを定める。二つの口が、同時に弧を描くのがわかった。


「小金井ィッ!」


 竜崎が叫ぶ。その直後のことであった。


 直径1メートルはあろうかという巨大な火球が、死霊の王に横合いから叩きつけられる。凄まじい爆裂が起き、死霊の王の身体が大きくバランスを崩した。轟音と共に床に倒れ込み、再び、瓦礫と砂埃が舞い散る。

 その瞬間、竜崎は何が起きたのかわからない。だが、佐久間は顔を輝かせていた。佐久間だけではない。剣崎や春井たちも、何が起きたのか理解している様子だった。


 一同が視線を向けた先。火球の飛んできた方向。


 そこには、一人の黒騎士が佇んでいる。

 全ての生徒の名前と種族を把握している竜崎だから断言できる。あんな生徒、うちのクラスにはいない。


 黒騎士としか形容しようのないそれは、しかしただそう呼ぶには語弊のある姿をしていた。

 全身を光沢のある黒い甲冑に包み、背中には6枚3対の翼が生えている。翼の骨格はコウモリを彷彿とさせるものであったが、その翼膜は燃え盛る炎そのものだった。それぞれ別の動きを見せるそれは、翼というより腕のようでもある。炎は、両腕の甲冑にまで伸び、纏わりついていた。


「なんだ、あれは……」

「ブラックナイト・トリニティフルクロスだ」

「ご、五分河原……!?」


 いつの間にか竜崎の隣に立っていたゴブリンが、腕を組んでそう言った。


「なんだその……ブラックナイト……なに?」

「トリニティフルクロスだ。本人がそう言っていた」

「長くないかその名前」


 死霊の王はゆっくりと立ち上がり、その視線をブラックナイト・トリニティフルクロスとやらに向ける。


 名乗った、ということは、意思疎通の通じる相手なのだろうか? 味方なのか? 断言はできない。だが、あの死霊の王は、黒騎士の背中から立ち上る炎の翼を、明らかに警戒していた。

 鷲尾や白馬、蜘蛛崎たちは、得体のしれない黒騎士を避けるようにして道を空けた。賢明な判断だ。少なくともあれは、死霊の王と渡り合うつもりでいる。


「そうだ、五分河原。奥村が瓦礫の下なんだ。掘り起こす。手伝ってくれ」

「マジか。わかった」


 五分河原は真剣な表情になり、黙っていた佐久間もその後ろで頷いた。

 あの黒騎士が死霊の王と戦っている間に、なんとか奥村を助け出す。そう思って瓦礫の山へと向かった竜崎は、ふと五分河原の頭に貼り付いている、得体のしれない物体に気付いた。


 それは髑髏だ。頭蓋骨だ。ただの髑髏ではない。身体はないが、小さな手足が生えていて、その手で五分河原の頭に懸命にしがみついている。


「なぁ……、それ、なんだ?」

「ああ、こいつ?」


 五分河原はしがみついている髑髏を撫でて答えた。


「チビスケルトン。略してチビスケだ。可愛いだろ」

「そ、そうだな……」


 相変わらず変なのを拾ってくる奴だな、と思った。






 小金井たちは無事だ。だが、奥村がいない。間に合ったのかどうか、わからない。恭介は、周囲を見回してそう思った。


「(恭介、今は目の前のことに集中しろ)」

「(うん。地下4階まで入ってきちゃったし、このままにはできないよ)」


 瑛が耳打ちするように、小さな声で告げる。凛もそれに同調した。

 確かに二人の言う通りだ。死霊の王は、壁を壊し、ついに地下4階まで侵入してきた。こうなれば、活動範囲が脅かされるという話では済まない。いつ、拠点にまで襲撃の手を伸ばしてくるのか、わからないのだ。追い払う、では済まない。ここで、倒さねばならない。


 《トリニティ・フルクロス》は成功だ。今、恭介の身体には、凛と瑛、二人が合体している。

 当初は、右半身と左半身に別けて合体を行う予定であった。全身のバランスが極めて取りづらく、また瑛が肉体となる半身では、ロクに物理戦闘が出来ないという大きな欠点が生じる。甲冑を纏った状態であれば、相手を殴るくらいできるものの、それでも無理はできない。


 その欠点を解消したのが、五分河原の提案だった。


 彼は、なんとスケルトンの一体を了承を得た上で解体し、そのパーツを恭介の身体にくっつけたのである。

 背中に、翼状に広げた六本の肢骨。それは恭介の身体に接続されたことで、恭介の一部として認識されるようになった。自由に動かせるようになったのである。そこで、凛は身体を、瑛は翼を担当することとなった。

 スライムボディによる筋力を確保した上で、ウィスプの能力を強化し、強力な火炎攻撃を行えるようになる。加えて、甲冑を纏った状態で下がった機動力を、炎のブースターで強引に補える。現時点ではベストな選択肢と言えた。


 ちなみに、余ったパーツは別々に組まれ、チビスケルトンことチビスケとして五分河原に引っ付いている。


「(わかった。よし、やるぞ!)」


 恭介は頷き、拳を握る。3人の会話は周囲には聞こえない。


 床を蹴りたてると、瑛が翼の炎を噴かし、身体が一気に加速する。恭介は右の拳を大きく引いた。


「ストリームッ!」


 呼吸が重なり、恭介の拳に凛の力が乗算される。


「「ブロォォウッ!!」」


 やや上向きに放たれたそれは、立ち上がったばかりの死霊の王の鳩尾に突き立てられる。

 恭介の特性で増幅された、凛の力。かけることの、甲冑の重量。更にかけることの、増幅された瑛の火力による加速力。


「握力×体重×スピードはッ!」

「破壊力だぁっ!!」


 果たしてそれは、死霊の王に対して与えられる、初めての物理的な有効打となる。拳は鳩尾に深くめり込み、死霊の王は苦悶の声を漏らした。恭介は更に左の拳で、ダメ押しの追撃を叩き込む。重量を感じさせる足音とともに、2歩、3歩と後ずさる死霊の王。

 恭介はそのまま床に着地し、魂の師匠ブルース・リーさながらにジークンドーの構えを取る。死霊の王は大きく吼え、六本の蛮刀を振り上げた。


「(恭介、少し下がるぞ!)」


 瑛が言った。死霊の王の後ろでは、竜崎たちが瓦礫を撤去している。このままでは巻き込む可能性があった。


「(わかった!)」


 恭介は頷き、後ろに跳ぶようにジャンプする。翼の炎が逆向きに噴き、相当量の重量がある恭介たちブラックナイトを運搬した。六本の刃は、虚しく床を穿つにとどまる。


「(これ、あたしもパンチやキックに集中できるから、良いねぇ)」


 凛がうきうきとそう言う。確かに、足を使って移動する必要がほとんどない。殴り合いをするのであれば、移動はほとんど瑛任せになる。もちろん、火炎による遠距離攻撃を行う場合は、凛に少し踏ん張ってもらう必要も、あるのだが。

 その分担の判断を最終的に下すのは、恭介だ。行動の全権は、基本的に恭介にゆだねられている。これは能力のシステム的にもそうだったし、凛と瑛の意見としてもそうだった。


 恭介は改めて周囲を確認する。

 自分たちと対峙する死霊の王。後方には剣崎や春井、小金井や鷲尾たち。小金井のグループは一人として欠けていない。ただ、小金井自身は頭を抱え、ぶるぶると震えているだけだった。あれほど仲の良かった蜘蛛崎は、彼を見ようともしていない。

 そして死霊の王を挟んで前方には、竜崎や佐久間、五分河原。瓦礫の撤去作業を行っているが。


「(奥村くんだ)」


 凛がぽつりと言った。


 その通りだった。奥村が瓦礫の下敷きになっている。彼らはそれを救助しようとしているのだ。


「(恭介、奥村を助けようと思うなら、まずは……)」

「(わかってる! 目の前の死霊の王を、叩く!)」


 まずは相手のリーチを削る。恭介は、背中に挿しておいたスケルトンの剣を取り出した。


「ブレイズカッター!」


 恭介の声に呼応して、翼の炎が腕を伝い、やがては剣身へと伝播していく。技名を一人で叫ぶのは恥ずかしかったが、これは瑛のオーダーだった。


 恭介が床を蹴りたてると、黒騎士の身体がふわりと宙に浮かび上がる。空を飛びながら、凛の膂力を使って炎の剣を振るうことができる。これもまた、三人合体の恩恵のひとつだ。恭介が翼を動かすと、それに応じて瑛が身体を加速させる。

 振り回される六本の蛮刀。1本、2本と回避していくが、鎧の重量がある分前回ほど軽やかにはいかない。3本目が直撃しようとした時、恭介の左足が勝手に動いた。


「おーりゃああっ!!」


 凛だ。渾身のキックが3本目の剣と相討つ。残る4本目、5本目も、瑛の翼がひらりひらりと避けて行った。

 残るは、6本目。あれに狙いを定める。


「せいやァァ――――ッ!!」


 炎の剣ブレイズカッターを振りかぶり、恭介は蛮刀を持つ腕の第二関節をめがけた。直進の勢いに、凛の膂力が乗算され、炎が死霊の王の皮膚を焼いた。決して業物とは言えない、刃こぼれした剣だが、やがてそれは肉を裂き骨を断ち、うごめく六本腕の内の一本を、斬り落とす。


 ちょうどその時、瓦礫の中から奥村の身体が出てきた。全身から血を流しているが、まだ息はある。


「恭介!!」


 そちらに気を取られた瞬間、瑛からの叱責が飛ぶ。ハッとした。直後、死霊の王の蛮刀が直撃し、迷宮の壁に勢いよく叩きつけられた。


「ぐぅっ……!」

「ウツロギくん!」


 こうした時、一番ダメージを受けるのは当然、物理的な弱点を持つ恭介だ。壁がクレーター状に陥没し、めり込んだ身体を起こす。


「ふ、二人とも、悪い……!」

「ううん、大丈夫! ウツロギくんは? 動ける?」

「あ、ああ……」


 死霊の王は、こちらに背を向け、竜崎たちの方へと歩を進めていた。まずい。奥村の救出は、まだ完了していないのだ。


「竜崎くん! 死霊の王が!」


 佐久間が叫び声をあげる。その間にも、竜崎は一心不乱に瓦礫をのけていた。五分河原も同様だ。


「み、みんな……。もう良いデブ、おいらのことは……」


 息も絶え絶えな様子だが、存外にしっかりした声で、奥村が言う。


「もう良いなんて言うな! 必ず助ける。必ずだ!」

「で、でも、このままじゃ、竜崎や五分河原まで……」


 それでも、竜崎は瓦礫を除ける手を緩めようとはしない。手の鱗が剥げ、血が滲んでいたが、それでも躊躇はしなかった。五分河原も同じだ。佐久間も覚悟を決め、魔法によって瓦礫をひとつずつ塵に変えて行く。五分河原の頭から飛び降りたチビスケまでもが、小さな石ころを必死に除けていた。

 なおも死霊の王が迫りつつある中で、五分河原は叫ぶ。


「奥村! 病室で約束しただろ! 俺と一緒に、姉ちゃんの分まで生きるんだろ!」

「!!」


 閉じかけていた奥村の瞳が、カッと見開かれた。


「ゆ、ゆかりさんっ! ふ、ふおおおおっ!」


 奥村の身体に最後の気力がみなぎったのか、彼は瓦礫を押しのけて立ち上がろうとする。竜崎たちもその瓦礫を持ち上げ、奥村の脱出を手伝おうとしていた。


 みんな頑張っているのだ。ここで踏ん張らないわけには、いかない。

 恭介は壁を蹴り、空中に身を躍らせた。瑛の炎がブースターとスラスターの役割を果たし、黒騎士の身体を宙へ固定する。


「背中を向けている今がチャンスだ。ここで決める」


 恭介の言葉に、凛と瑛が無言のまま同意を示すのがわかった。

 6本の翼の内、2本が骨格ごと甲冑の両腕に貼り付く。この2本はもともと腕の骨であったものだ。凛の膂力に、瑛の炎を最大火力で載せる。そのために、腕の骨格を2本ずつ束ねるのである。

 束ねた腕を左右に広げ、恭介は死霊の王を睨んだ。


 炎が勢いを増し、甲冑全体を包み込む。やがてその炎は、翼を広げた不死鳥を象った。


「フェニックスゥッ!!」


 三人の呼吸がしっかりと重なる。身体を一気に加速させ、拳を振りかぶった。


「「「ダァァァァ―――――イブッ!!」」」


 全身に炎を纏った黒騎士の身体が、死霊の王の頸椎部分をめがけ突撃する。最大火力と最大膂力を突き詰めた拳が、首筋にめり込む。


「うおおおおおおおおッ!!」


 だが、加速はそこでは終わらない。恭介の叫びに応じて瑛は更に炎を噴かし、やがて翼を広げた不死鳥は、完全にその肉を、骨を、食い破る。


「せいッ、やァァァァ――――――ッ!!」


 死霊の王の肉を焼き切り、その首を上下に両断し、黒騎士の身体は突き抜けた。2本の頭部を両方失った死霊の王は、残った腕を掲げ、そのまま歩こうとするが、すぐに力を失って倒れ込む。竜崎たちの方へ倒れ込まないよう、恭介は軽めのキックを叩き込んでおいた。

 ずぅん、という音がして、死霊の王の身体が床に沈む。恭介は、二本の翼肢を腕に貼り付けたままゆっくりと着陸し、死霊の王の身体を睨む。動く気配は、ない。


 どうやら、本当に終わったらしい。恭介は安堵のため息をつく。


 その背後では、ちょうど奥村が瓦礫の下から脱出したようだった。五分河原と涙を流しながら抱き合っている。かつて赤いちゃんこ鍋と呼ばれた不良にも、きっと深いドラマがあるのだろう。その片鱗を立ち聞きしてしまったが、これ以上は追求すまい。


 さて、死霊の王が倒されたことで、一同の警戒はこちらに向いていた。

 佐久間や剣崎、それに五分河原たちは、この黒騎士が恭介たちであることを知っているはずだ。だが、他のメンバーはそうではない。加えて、現段階で正体を明かすのは、今後のクラスのことを考えても得策ではないような気がした。なにせ、あの死霊の王を倒してしまったのだ。

 できることなら、ここでこの黒騎士が竜崎の配下であると振る舞い、演技することが彼の株を上げたかったのだが、まだ口裏合わせは済んでいない。


 それに、ここで恭介たちが余計な真似をしなくとも、今回の件で竜崎は株を上げただろう。懸命にクラスメイトを助けようとする彼の姿を見たのだ。少なくともここにいる生徒たちは、竜崎を多少なりとも見直したに違いない。


「(何も言わずに去ったほうがいいな)」


 瑛はそう言った。


「(うん、あたしもそう思う)」

「(わかった。なら、そうしよう)」


 恭介も頷き、上へ続く階段に向けて歩きはじめる。鷲尾や蜘蛛崎たちが、露骨におびえているのがわかった。

 どうやら、この黒騎士は、彼らにとって死霊の王と同列の存在であるらしい。仕方のないことではある。


 一抹の寂しさを覚えながらも、恭介は歩を進めて行く。ふと顔を上げると、そこには腰を抜かした小金井が座り込んでいた。彼もまた、恐怖におびえた瞳を、こちらへと向けている。恭介は、思わず足を止めてしまった。


「小金井……」


 ぽつりと言葉を漏らした瞬間、小金井は悲鳴をあげた。


「た、助けて! 助けて、殺さないで!」


 そのまますがるように恭介の足にしがみつき、みっともなく泣き叫ぶ。


「お、お願いします! お願いします! なんでもしますから、俺は、俺だけは……!」


 その姿に、一同は呆然としていた。


 小金井芳樹は、元から心の強い生徒だったわけではない。そんなこと、誰だってわかっていたはずだ。彼が強気でいられたのは、ひとえに〝強さ〟という絶対的な指標を、心の鎧にできたからである。自信は人を強くする。良くも、悪くも。

 それでも、その鎧がはがれてしまうだけで、彼はこんなにも弱い生き物となってしまうのだろうか。


「そ、そうだ。他の奴はどうなっても良いです! お願いしますから、どうか、どうか俺だけは……」


 その言葉を聞いた時、恭介の心の中に黒い炎が燃え上がるような感覚があった。


 小金井は、一体何を言っているのだ。

 媚びへつらうような笑みを浮かべ、自分を助けてくれたクラスメイトを、自分についてきてくれたクラスメイトを、平然と差し出すようなことを言う。これが本当に、あの小金井なのだろうか。確かに空気は読めなかったが、人懐っこい笑みを浮かべ、自分のことを親友と呼んで憚らなかった、あの小金井なのだろうか。

 それは、恭介が今まで、覚えたことのない感情だった。目の前で助けを請う生き物が、酷く醜悪な存在に思えた。


「そ、そうだ。あそこにいる、グリフォンとかアラクネとか、どうですか……。あいつら、俺の……ごぶッ!?」


 気がつけば恭介は拳を握り、小金井の顔面を殴りつけていた。周囲から悲鳴があがる。

 もんどりうって床に倒れ込んだ小金井に、恭介は更に追い打ちをかけた。左手で胸倉をつかみ上げ、拳を握ってさらに殴りつける。頭の中が真っ赤になっていた。片隅で、誰かが自分を呼ぶような声がするが、届かない。


「や、やめて……たす……」


 顔をくしゃくしゃに歪め、許しを請う小金井に、3発目の拳を叩き込む。


「ウツロギくんッ!!」


 凛の叫び声が脳内に響き、恭介はぴたりと拳を止めた。


「姫水……」

「やめようよ。こんなこと、良くないよ……」


 頭の中に響いてくる彼女の声は、少し震えていた。


「確かに殴らないとわからないこともある……、って言ったかもだけど、これは、違うよ……」

「………」


 胸倉をつかまれ、小金井は怯えていた。その姿が、1年の時、校舎裏に呼びされていた彼に重なる。自分はひょっとして、あの時の不良たちがしようとしていたことを、彼に対してしてしまったのか? 強い自己嫌悪がある。


 恭介は、小金井の服を放し、自らの右拳を見た。黒い籠手ガントレットに、べったりと血が貼り付いている。それを見たとき、恭介は更に嫌な気持ちになった。人を殴るというのは、こういうことなのか。

 床に落ちた小金井は、わけがわからないと言った表情で恭介を見上げていた。だが、どうやら助かったらしいとわかると、安堵を浮かべ、そのまま後ずさろうとする。


 黒い拳が、もう一度小金井をとらえたのは、その時だった。


 腕と束ねた翼肢に纏わりつく炎。それがより激しく燃え上がる。動かしているのは恭介ではない。恭介自身ですら制御できないほどの力で、拳は勝手に動いていた。一切の躊躇はなく、2発、3発と、小金井の顔面を打ち据えていく。


「やめろ、瑛!」


 恭介は叫んだ。凛も悲鳴じみた声をあげる。


「火野くん!」


 左腕と翼肢を切り放し、なおも小金井を殴り続けんとする右腕を強引に押さえ込んだ。


「何故止める! 恭介、姫水! こいつが! こいつが、君たちにどれだけ嫌な思いをさせたか!」

「だからってこのまま殴り続けたら死んじゃうだろうが!」

「構うものか!」


 瑛は吐き捨てる。


「死ぬところを助けてやったんだ! それでこの反応だ! こんな奴を生かしておいて何になる!」

「瑛!!」


 恭介は再度怒鳴った。これは鷲尾たちに聞こえてしまっただろうか。だが、気にする暇はない。


「え、う、ウツロギ……? 火野……? な、なんで……」


 小金井は血だらけの顔を押さえながら尋ねる。恭介は彼だけに聞こえる大きさの声で叫ぶ。


「早く行け、小金井! それと、この黒騎士が俺たちだってことは、誰にも言うなよ!」

「あ、う、うん。ありが……」

「行け!!」


 恭介が叫ぶと、小金井は今度は何も言わず、這うようにして恭介たちの進路をあけた。そのまま、竜崎や鷲尾達が待つ後方へと、ずるずる移動していく。瑛の怒りはおさまらないが、手を出さないよう、恭介は必死に押さえ込んだ。


 瑛はようやく大人しくなったが、発散し損ねた感情を発露させるように、大声で言う。


「恭介、君はバカだ!!」

「おまえも相当だよ、瑛」


 言葉をそれだけ交わし、恭介たちは足早に地下4階を去った。

次回は19時! 第1章終わり!

事件が終わって、クラスはどうなるのか! お楽しみに!

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