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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第一章 あなたが魔王になった日
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第12話 カッコ悪いヒーロー

 五分河原が用意してくれた甲冑は、とにかく重い。分離状態の貧弱な恭介では引っ張るのも一苦労だ。それでもなんとか、迷宮に入り、拠点へ運び込む。凛と合体すればわけないのだが、合体しているところを、あまり他の生徒には見られたくないのだ。まあ、その凛も、分離状態で運ぶのを手伝っては、くれているのだが。


「あとは、どうやって竜崎を説得するかだな……」


 瑛がぽつりと呟いた。


 竜崎を再び、クラスのリーダーの返り咲かせるという話だ。彼にスケルトンや恭介ブラックナイトを率いらせ、力をアピールするという作戦自体は悪くないのだが、竜崎との口裏合わせが重要になる。そして現状、竜崎はそうした話に乗ってくれそうな状態ではない。


「最近、竜崎の奴元気ないからなぁ」

「死んだトカゲみたいな目をしてるよね……」

「魚って言ってやれよ……」


 ゴウバヤシがいなくなり、信頼も失った竜崎は、まるで生ける屍のような毎日を送っている。ガチで生ける屍と化した恭介的には、この例えもあまり気分の良いものではないのだが、まぁそれはさておき。

 クラスをまとめるのには、竜崎が一番適正があると思っている。だが、結局は本人がやる気にならないと意味はないのだ。彼に自信を取り戻させるには、一体どうすればいいと言うのか。大衆心理はともかく、個人個人の心に疎い瑛に、そのあたりを考えさせるのは酷だろう。


「恭介、君は今、ひどく失礼なことを考えているだろう」

「どうしてわかるんだよ!」

「そりゃあ、ホモだからじゃないの?」


 結局まぁ、いつものやり取りをして、恭介たちは食堂前までやってくる。中には誰もいない。安心して入ろうとしたとその時、恭介たちの後ろから笑い声が聞こえてきた。思わず、全身が硬直する。


「あっれぇ、ウツロギじゃん」


 かけられた声は、グリフォン鷲尾のものだった。嫌な奴に見つかったな、と思う。


 鷲尾だけではない、そこには白馬や触手原、そして小金井がいた。連れている女子は木岐野キキーモラ蜘蛛崎アラクネ。どちらも小金井にぴったりと寄り添っている。

 恭介は言葉に詰まり、凛も対応に困っている。瑛だけは無視して食堂の中に入っていった。相変わらず良い度胸をしている。


「最近顔見せないからさ、とっくに死んでると思ってたよ。あー、でも最初から死んでるみたいなもんか」


 ゲラゲラと笑う鷲尾に合わせるように、白馬たちも囃し立てる。恭介は、頭の中からノイズを追い出し、小金井を見た。


 小金井の恭介を見る目は、冷たかった。決して嘲笑うわけではなく、ただ、冷たい。冷え切った視線には、かつて親しげに言葉をかわしあったその残滓さえ残されてはいなかった。小金井が変わってしまった、とは、恭介は思わない。変わってしまったのは関係だ。無惨にも転がる、友情の残骸。


「ウツロギさ」


 小金井はそこで、ようやく口を開いた。


「姫水さんと一緒に行動するようになったよね」


 まさか名指しで呼ばれるとは思っていなかったのか、凛はびくりと身体を跳ねさせる。


「ああ、それが、どうかしたか?」

「いや、お似合いだと思ってさ」


 小金井の口元には笑みが浮かぶ。絶対的優位者が浮かべる特有の笑み。だが、それは勝者の表情にしてはあまりにも歪で、いやらしいものだった。


「あの可愛かった姫水さんが、スライムになっちゃってさ。もったいないなって思ったけど、まぁ、ウツロギにはお似合いだよ。クラスのアイドルも、こうなっちゃおしまいだよねぇ」


 その言葉に、笑いをこらえる鷲尾と白馬。凛は小さく縮こまっていた。元から、ルックスの変容はさほど気にしていなかった彼女に対しても、この物言いはあんまりだ。

 恭介は、修学旅行のバスの中で、姫水凛に憧れの視線を向けていた小金井のことを思い出す。


 小金井が変わったわけではない。凛が変わったわけでもない。だが、


「小金井、今のは取り消せよ」


 恭介は拳を握って言った。


「あれ、どうしたのウツロギ。まさか本当に姫水さんのこと好きだった? ごめんごめん、そういう趣味だとは思わなくて……」

「俺は取り消せ、って言ったんだ。小金井! さもないと……」

「さもないと、何? また殴るって?」

「そうだ、また殴る」


 小金井をはっきりと睨みつける。空気が徐々に剣呑なものに変わっていき、鷲尾と白馬が前に出てきた。小金井は、相変わらずヘラヘラとした笑いを浮かべながら、余裕ぶった態度でこう告げる。


「マジになっちゃってさぁ、空気読めないよねウツロギって。ほんの冗談じゃん。ギャグじゃん」

「おまえのギャグはつまらない」


 さっ、と小金井の表情が変化した。恭介は、次の言葉を言うか、最後まで迷った。だが、握った拳はほどけない。覚悟を決めて、一歩前に踏み出し、小金井に顔を近づけて、言う。


「見栄張って人を笑わそうとしても、寒いだけだぞ。小金井」

「………!!」


 先に手が出たのは、小金井の方だった。握った拳が勢いよく打ち据えられ、恭介の頭蓋骨がとんでいく。凛がキャッチしたので事なきを得たが、次いで鷲尾と白馬が次々に、貧弱な恭介の身体へ襲い掛かった。スケルトンの身体は、またもあっという間にバラバラにされる。

 当然、痛みは伴ったがなんとか耐える。恭介は、頭蓋骨だけを凛に守られたまま、小金井を見た。


「でもまぁ、俺はおまえの寒いギャグも好きだったよ」

「なにそれ。今更取り繕ってんの? ダサいよ」


 小金井は、バラバラになった恭介の骨を蹴っ飛ばし、廊下を歩いていく。廊下の端で、竜崎が彼らのグループに合流する、意外な光景が見えた。あの様子を見るに、どうやら竜崎は、小金井の言いなりになってしまっているようだ。1年の時、同級生の不良に校舎裏まで連れていかれた小金井の姿が、今度はあの竜崎に重なった。


「また、五分河原くん呼ばなきゃね……」


 恭介の骨を拾い集めながら、凛がそんなことを言う。声には、いつもの明るさがない。


「ごめんな、姫水。一発くらい殴っておけばよかった」

「ううん。良いの。あたしの為に怒ってくれたんだよね?」


 拾った骨をせっせと一か所にまとめ、凛が言う。


「嬉しかったよ。小金井くんも、ウツロギくんのお友達なのにね」

「ああ、それに……」


 小金井は本当は、おまえのことが好きだったんだよ。


 そう言葉を口にしかけて、恭介はつぐんだ。そんな言葉に、今は何の意味がある。小金井はスライムになった凛を見下し、吐き捨てるような言葉で彼女の心を踏みにじった。小金井が凛を好きだったのは人間時代の話なのだ。

 姫水凛は、小金井が惚れた通りの、誰にでも明るく、心優しい少女だった。裏表なんてどこにもない。ちょっと口さがないところや、能天気すぎるところはあるが、それも含めて、まっすぐな女の子だったのである。


 それを、小金井は……。


「それに、……なに?」

「いや、なんでもない」


 恭介はため息をつき、バラバラになった自分の身体を見る。


「ウツロギくん、あたし、嬉しかったよ」


 凛はもう一度、そう言った。


「走れないって腐ってるあたしに声をかけてくれたのも、こうやってあたしのために怒ってくれたのも。すごい嬉しかった」

「お、おう……」

「でも、あたし、お礼ができないからね……。不甲斐ないなぁって……」


 やはり、いつもに比べて声が重いように感じる。恭介は心配になった。


「姫水……」

「あたし、スライムになっちゃったからね。嬉しいって気持ちとか、本当はもっと、ストレートに伝えたいんだけど、それもできないし……」


 ストレートに気持ちを伝えるという言葉の意味を、恭介はおぼろげながら察する。小金井の言葉は、凛の心に思った以上に強く突き刺さったのかもしれない。あるいは、今まで気にしていたことを、本当は表に出さないようにしていたのかもしれない。

 凛は足を失い、走ることができなくなった。それだけではない。腕がなければ手を握れないし、身体がなければ抱きしめることもできない。姫水凛の象徴であった、あの太陽のような笑顔でさえ、今は作ることができない。


 恭介だってそうだ。怒っても、笑っても、そしてきっと、泣いても。この顔に感情が浮かび上がることはない。だから、凛の気持ちの一部だけは、わかるつもりだった。


「別に良いじゃないか」


 恭介が、辛うじてそう口にすると、凛はぴくりと身体を震わせる。


「俺は姫水がいてくれるだけで嬉しいよ。それで良いじゃないか」

「う、うん……。ありがとう……」

「まぁ、バラバラの状態で言ってもカッコつかないかなぁ」

「そんなことないよ」


 凛は、一か所にまとめた恭介の骨の上に、頭蓋骨をちょこんと載せる。早く身体を直して人間になりたい。いや、人間の形になりたい。


「姫水がお礼できていないなんてことはまったくないよ。力を貸してもらってるじゃないか。竜崎や、このクラスのみんなを助けるためには、姫水の力が必要なんだ」

「あー、やっぱそっちかぁ……」


 凛の言葉には、苦笑いするようなニュアンスがこもっている。


「ごめん、なんか変なこと言ったか?」

「んーん。まぁ、ウツロギくんだしねぇ」


 ふるふると震えるのはかぶりを振る意味か。彼女の声は、ようやくいつものトーンを取り戻している。


「ウツロギくん、なんかヒーローみたいだよね」

「俺が?」

「うん。パンチされたくらいですぐバラバラになっちゃう、カッコ悪いヒーローだけどね」


 なんだか、幼稚園だか小学校高の頃、瑛にも同じようなことを言われたような気がする。

 でも自分は、そんな大したもんじゃない。結局、やってることはなんだって自己満足だ。褒められることなんて、ひとつもしていない。


「ヒーローっていうのはそういうことじゃないよ」


 凛が恭介の頭蓋骨に触れながらそう言った。


「ウツロギくんはあたしを助けてくれたから、あたしのヒーローだよ」

「それ、ストレートに言われると結構照れるな……」

「そう? じゃあ照れるような顔しなよ」

「できないの!!」


 叫んだ後、どちらかともなく噴き出してしまう。


 スケルトンも、スライムも、どちらも弱いというだけではない。今まで人間として当たり前にできていたことが、できなくなっている。それは非常にもどかしいし、辛いことだ。そのすべてはわかってあげられないし、穴埋めをしてあげることはできない。

 恭介が凛にできるのは、彼女に助けられているという事実を伝えることだけだし、きっと凛もそうなのだろう。今のところは、まだそれで良い。


「で、そろそろ良いだろうか。2人とも」


 じんわりと柔らかい雰囲気になりかけたところに、冷たい声が割って入った。


「ひゃああああっ! 正妻登場だあ!」

「瑛だろ!?」


 瑛である。火野瑛である。全身を跳ねさせた凛は、そのまま床を這いながらずりずりと後退した。


「ごめんなさいごめんなさいっ! ウツロギくんに手を出すなら火野くんに一言ことわりを入れるべきでしたっ!!」

「何を言ってるんだ姫水!?」

「気にすることはない。僕はもう了承しているよ。恭介の所有権を主張するつもりはない」

「瑛も!?」


 どうやら瑛は、食堂で杉浦から食事を受け取っている時、小金井とのトラブルの音を聞いて駆け付けたらしい。その後、恭介と凛が二人で話をしていたので、様子を見てくれたということだ。気の使いどころが妙な男である。おかげで心臓が止まるかと思った。心臓はないのだが。


「しかし小金井の奴……。恭介にここまでの仕打ちを……」

「あっ、火野くん怒ってる」

「怒ってなどいない。ただ小金井の恭介に対する振る舞いには強い憤りを感じている」

「怒ってるんじゃん……」


 瑛は、その全身の炎を一気に燃え上がらせている。彼だって、手も足も身体も顔も失ったわけだが、何かを伝えるのに苦労したり、辛いと思ったことはあるのだろうか。付き合いは長いが、そのあたりにもどかしさを感じるかどうかさえ、わからないフシがある。


「恭介、君だって小金井の振る舞いは腹に据えかねているんだろう」

「まぁ俺の腹、据えて置けるスペースないからなぁ……」

「僕は真面目に聞いているんだぞ」

「あぁ、うん……」


 確かに、小金井の行いは目に余る。だからこそ、竜崎をリーダーに据え、クラスを改めてまとめあげなければと考えていた。

 だが、と思う。


 だが、それとは別に、凛や佐久間に酷い物言いをした小金井を、許しておけないという気持ちがあるのは、事実だ。一度目は殴りかかり、今回もまた、殴ろうとした。そして恭介は、そんな自分がたまらなく嫌だと思う。

 小金井は友達だ。相手が今、どう思っているかはともかく、恭介にとって小金井は友達なのだ。


「友達だからこそ、自分の気持ちをぶつけなきゃいけないと思う」


 恭介の気持ちを察してか、凛ははっきりとそう言った。


「殴ってでもか?」

「殴らずに済んだら、それが一番良いよ。でも、それができるなら、きっともう誰かがやってる」

「そうか……」


 さて、そんな話をしているときだ。廊下をばたばたと走る音が聞こえてくる。足音は一人や二人のものではなく、驚くような悲鳴が、そこかしから断続的に聞こえてきた。凛と瑛がそちらを向き、バラバラになった恭介はそちらを向けないので、凛に首の位置をずらしてもらった。


 五分河原ゴブリン奥村オークだ。だが、それだけではない。


「あれ……迷宮のスケルトン達か……?」


 二人の後ろには、何体かのスケルトンがついてきていた。


「うわぁっ! ウツロギがまたバラバラになってる!!」


 五分河原は、こちらを見つけるやそう叫んだ。


「すまん五分河原、また直してくれ」

「任せな。3回目だから、もう10分とかからないぜ」


 恭介が頼むと、彼は早速組立作業に取り掛かる。廊下だと邪魔になるので、食堂に運び込んで行われた。

 奥村が、連れてきたスケルトン達を改めて恭介の方へと向ける。


「ウツロギ、スケルトン達の様子がおかしいデブ。たぶん、ウツロギに話があるんデブ」

「スケルトン達が……俺に?」


 恭介の発した言葉を、彼らは理解する。数体のスケルトンは一様に頷き、顎をカタカタと震わせながら恭介に何かを訴えかけた。もし彼に表情筋があったなら、相槌を打ちながらその顔は徐々に険しくなっていたことだろう。


 地下11階から地下10階に続く連絡階段の、壁と天井が破壊された。

 おそらくは死霊の王ワイトキングの仕業だ。


 聞いたままの事実をその通りに口にすると、その場に緊迫した空気が流れる。


「死霊の王……って、以前、さっちゃん達が出くわしたって言う、アレか」


 作業の手は緩めず、恭介の身体を組み立てながら、五分河原が言った。


「階段の壁や天井を壊したってことは、移動範囲を地下10階に広げたってこと?」

「それだけではないな。地下10階から上層部にかけての階段の高さや幅を考えると、おそらく地下5階までは活動圏が一気に広がったと見て良い」


 凛と瑛の言葉にも、緊張が滲んでいる。


 地下5階から地下10階までは、食糧やアイテムなどを探索する上での重要エリアだ。おそらく、今も小金井のグループをはじめ、幾らのクラスメイト達が集団で潜っている。いち早く地下10階の異常に気付けば良いが、もし発見が遅れれば……。


「ねぇ、それって本当?」


 厨房から出て来ていた杉浦が、不安そうな顔で尋ねてきた。


「確か、小金井くん達が竜崎くんを連れて、地下10階に行くって……」

「………!!」

「ウツロギ、まだ上半身も組みあがってない。動くなって」


 立ち上がろうとする恭介を、五分河原が制する。


「わかった。だが、直ったらすぐに行く。手伝ってくれ、瑛、姫水」

「恭介、鎧を使うつもりか?」


 瑛の口調には窘めるような雰囲気があった。


「竜崎と口裏合わせも済んでいないんだ。こんな状態で出て行っても、当初の目的は果たせないんだぞ。それに《トリニティ・フルクロス》が死霊の王に通じるかどうかもわからない」

「だからって、このままじっとしていられるか? 小金井や竜崎が死ぬかもしれないんだぞ!」

「竜崎はともかく、小金井のことをそこまで気にかける必要があるのか?」

「瑛……!!」

「そうやって短絡的に考える癖を直せと言っているんだ!!」


 ようやく直った上半身を起こして抗議しようとする恭介を、瑛は上から叱りつける。


「もう……。ここで二人が喧嘩してもしょうがないじゃん……」


 凛がそう呟くが、恭介と瑛のにらみ合いはまだ続いていた。


「あ、あの、じゃあ私が行く……」


 食堂の入り口の方からそんな声がして、また一同の視線がそちらへと向く。

 そこに立っているシルエットは3つ。クラスメイトなのでいずれもよく見知った顔ではあったが、そこに立っているのは意外な人物たちであった。特に真ん中。銀髪に赤い瞳、小さな二本の角と、豊満な身体を包み込む薄い布地。その手には、空の食器が載ったお盆を手にしている。


「佐久間……」


 サキュバスのさっちゃんだ。食器を返しに来たのだろう。


「私が行くよ、ウツロギくん。迷宮に潜ってるみんなに声をかけて、地下4階以上に避難するよう声をかけてくる」

「佐久間が? でも……」

「良いの。私もウツロギくんの力になりたいの。姫水さんや、火野くんみたいに」


 その言葉を聞き、五分河原がニヤニヤ笑って肘で突っついてきた。


「それに私、強いから。ウツロギくん達は、後から追いかけてきて、クラスのみんなに避難の呼びかけをする。それなら危なくないから、良いでしょう?」


 瑛は考え込んでいる。確かに、比較的安全策ではあるが、それでも死霊の王と出くわせばどうなるかはわからない。火に弱いという弱点がおぼろげながらわかっていると言っても、おそらく佐久間一人ではまだ太刀打ちもできないような相手なのだ。


「一人じゃ危険だよ」


 恭介がそう言うと、佐久間の左右を固めていた春井ハーピィ蛇塚ラミアがずいずいと彼女の肩に手(あるは翼)を回す。


「アタシらも行くから良いっしょ」

「まぁそんな強くないけど、ヒナンユードーくらいならできるっしょ」

「じゃあ、おいらも行くデブ」


 そう言って立ち上がったのは奥村だ。でっぷりとした腹をスパァンと叩き、恭介にこう言う。


「五分河原と一緒に迷宮に潜ってる分、おいらは洞窟の構造には詳しいデブよ。ウツロギ達は、組み立てが終わったら五分河原と一緒に追いかけてくればいいデブ。良いデブか? 五分河原」

「ああ、おまえの臭いを追えばだいたいわかる。無理はすんなよ」


 この二人は、どうやら相変わらず良いコンビのようだ。奥村の姿は、今や非常に醜悪なオークであり、同行を申し出られた時に三人の女子は若干たじろいだものの、佐久間はすぐに笑顔で『よろしくね、奥村くん』と言った。一番男が苦手そうな佐久間が真っ先に挨拶したことで、春井と蛇塚も渋々奥村の同行を認める。

 まぁ、口さがない連中から〝汁男優コンビ〟などと呼ばれる片割れではあるが、凛の話では奥村は五分河原のお姉さんと付き合っているらしい。女性に対しては誠実なのだろうな、と思った。


「さっちゃん……」


 盆を厨房に返し、食堂を出ようとする佐久間に、凛がそっと声をかける。


「え、な、なに?」

「無理しないでね。ウツロギくんだけじゃなくって、みんな、さっちゃんのこと心配してるし」

「うん……。ありがとう」


 佐久間はもう一度笑顔になると、春井、蛇塚、奥村を連れて廊下を走り出した。


 食堂には、恭介、凛、瑛、五分河原、あとは何体かのスケルトンが残される。厨房に一端引っ込んだ杉浦は、またしばらくしてから、盆の上に料理を載せて戻ってきた。きっちり3人分……ではなく、五分河原とスケルトンの分も含めてなのか、10人前近く用意されてる。


「みんな、ちゃんと食べて行ってね。腹が減ってはなんちゃらら、って言うしね」


 それだけ言って、杉浦は厨房へと戻っていった。


「春井と蛇塚も調子が良いな。あいつらも姫水の陰口を叩いていただろう」

「なんだ瑛、おまえが人のことで怒るなんて珍しいな」

「怒ってはいない。が、姫水は君の友人だからな。君の友人を貶すものには、僕も憤りを覚える権利がある」

「そうやって、なんでも俺基準でモノを考えるの、やめない……?」


 ややヒキ気味に呟く恭介。そんな様子を眺めながら、凛はテーブルの上の皿を恭介のもとまで運びながら、明るくこう言った。


「あたしは気にしてないから大丈夫! ご飯たべよ!」


 彼女は、そのまま呆然と立っているスケルトン達にも、シチューの入った皿を配る。彼らは少し狼狽していたが、恭介が上半身だけでシチューを食べ始めたのを見て、それに倣った。この世界の食事には、なんらかの魔力エネルギーのようなものがあるらしく、食事の動作を取ることによって恭介らにもそれが摂取される。仏壇のお供え物のようなものだ。

 ただ、食べたものはそのまま床に落下するので後始末が大変である。


 五分河原は恭介の身体を組み立てるのに真剣な様子で、シチューは後で食べるらしい。


「ひとまず瑛、佐久間たちを追いかけて、クラスのみんなを避難させる。それで良いよな」

「ああ。今更ここでグダグダ言うつもりはないよ。だが、死霊の王との交戦はナシだ。あまりにも不確定要素が多すぎる」

「でも、死霊の王を放置するっていうのは、地下4階までしか行けなくなるってことだよな……」


 恭介の言葉に、シチューという未知の味に舌鼓(ない)を打っていたスケルトン達も動きを止める。


 そう、死霊の王の活動圏の拡大は、それまで地下1階から地下10階までに広く分布していた生物の生活区域を、大きく狭める結果となる。恭介たち2年4組が受ける被害も深刻だ。大型のモンスターを狩猟できず、再びクラスには食糧問題が蔓延することにも、なりかねない。


「でもさ、なんか、良かったよね」


 凛がシチューの皿を持ち上げ、その中身を吸い取りながら言う。なるべく、下品な食べ方にならないよう心掛けているらしい。恭介は首を傾げた。


「良かったって、何が?」

「こうやって、みんなが手伝ってくれること!」


 元気にそう言って、皿を下膳する凛。


「五分河原くんも、奥村くんも、さっちゃんも。杉浦あやちゃんも、春井さんも、蛇塚さんも。それにスケルトン達もさ。みんな手伝ってくれるんだなって。あたしね、すごく酷いこと言うけど、みんなもっと、冷たい人なんだなって思ってた。ウツロギくんや、あたしが、クラスの隅っこに追いやられても、誰も何も言わなくて……」


 それは、恭介も思っていたことだ。

 このクラスでは当初イジメこそなかったが、それも異世界トリップを契機に顕在化を始めた。強いもの、弱いもの、持つもの、持たないもの。その格差が広がって、鷲尾グリフォン白馬ユニコーンのように、弱者へ暴力を振るう生徒も出てきたし、それに追いやられるようにして隅っこでじっとしているしかなかった、恭介や凛のような生徒も出てきた。


 そうした中、誰も恭介たちに、手を差し伸べようとはしなかった。


「他人にそこまで優しくはなれねぇな。俺、ウツロギや火野のことよく知らないし」


 五分河原は、真剣に恭介の骨を組みなおしながら、そう言う。


「でもまぁ、親切くらいはするよ。クラスメイトだもんな。命を懸けて助けてやったりはできないが、まぁ、おまえが死ぬよりは生きてるほうが、よっぽど嬉しいよ。ウツロギ」

「ああ……。ありがとう、五分河原」


 そのやり取りを、瑛が黙って見つめている。恭介は空になった皿を置いて、その瑛へと視線を向けた。


「瑛。俺は……」

「わかっている。みなまで言わなくて良い。君がそのつもりなら、僕もクラスメイトを見捨てるつもりはないよ」


 五分河原が、凛にひそひそと『どうして火野はあんなにウツロギのことをわかったように喋るんだ?』と尋ね、案の定『あのね、火野くんはホモなんだよ』と返されていた。こうして熱い風評被害が広がっていくのだ。火の玉だけに。


「だが、死霊の王を倒すことだけは反対だ。これだけははっきり言わせてもらう。この拠点を安全にするためには、いつか倒さなければならないかもしれないが、それでも……」

「なぁ、火野」


 瑛の言葉を遮り、五分河原が言った。


「なんだ、五分河原」

「俺と奥村が探してきた鎧、あれ、ウツロギと姫水やおまえが合体して使うんだよな」

「あ、ああ……。死霊の王は火に弱いから、僕の力を恭介の骨で増幅させれば、対策にはなるだろうと思ってね。でも、いくら増幅されたと言っても……」

「なるほど。じゃあそこに、一工夫加えてみっか」


 徐々に組みあがりつつある恭介の身体を確認し、五分河原はニヤリと笑う。


 なんだか、ちょっと嫌な予感がした。





「吹きゆく風霊に命ず 刃となりて我が敵を切り裂け 《風刃ウインドカッター》!」


 小金井の放った精霊魔法が、行く手を阻もうとした野犬モンスターグレイブハウンドの群れを引き裂いていく。散り散りになりかけたところで、小金井はグレイブハウンド達へと更なる追撃を仕掛けた。


「燃え立つ火霊に命ず 剛弾となりて我が敵を滅ぼせ 《火弾ファイアボール》!」


 複数方向へと殺到する火球が、グレイブハウンドやその周囲の床へと着弾する。小規模な爆発が断続的に起こり、モンスターの悲鳴さえも飲み込んでいった。床や壁が吹き飛び、瓦礫が転がる。もうもうと舞い上がる砂塵の中、撃ち漏らした数匹のグレイブハウンドが、逃げ出そうとするのがわかった。

 小金井の後ろから、飛び出す影がある。鷲尾グリフォン白馬ユニコーンだ。更に、触手原ローパーの触手がまっすぐに伸びてグレイブハウンド達を真っ先に拘束した。


「うおらッ!」

「おーりゃあッ!」


 鷲尾が全脚で、白馬がその角で、残るグレイブハウンド達にトドメを刺す。最初は十数頭いたはずの野犬たちは、あっという間にその数をゼロにした。小金井は、鷲尾や触手原とハイタッチをかわし、白馬は角と腕をガッシリクロスさせた。


「相変わらず凄い……」


 木岐野キキーモラが感心したように呟く。小金井はにっこりと笑って、こう言った。


「このくらいなら楽勝だよ。木岐野や蜘蛛崎だってすぐにできるようになるさ」

「できるかなぁ」

「できるできる。二人とも、すっごい筋良いしね!」


 エルフとなった小金井芳樹のスマイルは爽やかだ。木岐野と、続けて視線を向けられた蜘蛛崎はすぐに顔を赤くした。

 現在、地下5階。この程度なら、もう戦力的にほとんど楽勝と言って良い。小金井たちの間には、楽観的なムードが漂っていた。


「………」


 しかし、その後ろで、竜崎だけが難しい顔をしていた。


「……あの、小金井」


 少し考えてから、遠慮がちに声をかける。


「え、なに? ああ、竜崎は無理だよ。あれだけ戦っても大して強くなってないし」

「ぶっ……」


 小金井があっさり告げると、後ろで鷲尾が思い切り噴き出した。白馬と触手原も、口には出さないが笑いをこらえているのがわかる。

 だが、竜崎はかぶりを振った。


「いや、あの野犬たちだが、何か様子がおかしくなかったか?」

「おかしい? なんで?」

「いや、何かにおびえているような……。何かから逃げてるような……。そんな感じに見えた」


 真剣な顔をして告げる竜崎を、小金井は鼻で笑う。


「なに? 危機管理しっかりしてるよアピール? まぁ、こないだのアレで竜崎の信用は地に落ちたからねぇ」

「ちが……いや、違わない。あの一件は確かにそうだったが、あの時とは関係が……」

「はいはいはいはい。まぁ気を付けるよ。でもさ、まだ地下5階だよ? あの犬たちが怯えるようなモンスターって、何?」


 野犬グレイブハウンドは、基本、この地下5階層付近においては食物連鎖の頂点に存在するモンスターであることがわかっている。彼らの天敵は、こうして地下ダンジョンに潜り探索を行う、2年4組のモンスター生徒しかいないのだ。

 そこを指摘すると、竜崎は黙り込んでしまう。小金井は肩をすくめた。


 やっぱ連れてこない方が良かったかな。と、思わないこともない。


 身体が頑丈なので盾役に最適なのと、あとまぁ、イジる相手がいた方がやりやすいかな、くらいの気持ちで連れてきてはみたのだが、まぁ、いざ連れてきて見ると非常に扱いがめんどい。余計な口を出して来たりするし、そのたびにテンションが下がってしまう。


「竜崎、怖いなら帰って良いんだよ?」

「………」


 茶化すように言うが、竜崎は黙り込んだままだ。まったく、ノリが悪い。


「ねーねー、小金井ー。気にしないで行こうよー」


 蜘蛛崎が身体を摺り寄せるようにしてそう言う。さっちゃんサキュバス程ではないが、豊かな胸元がむにゅんと腕に当たる。最近は、彼女もこちらに対して大胆になってきた。小金井は気分が良くなって、蜘蛛崎の腰へと手を回す。


「そうだねー、行こうかー」


 周囲で、鷲尾や白馬が下品に囃し立てる。ウザったいと言えばウザったいが、それもまぁ、悪い気分ではない。


 通路に転がるグレイブハウンド達の亡骸を蹴飛ばし、先へ進もうとする。その時、小金井は奇妙な地響きのような音を耳にした。

 ずしん、ずしん、という、重量感のある巨大な足音だ。蜘蛛崎もぴたりと足を止め、鷲尾や白馬たちも不安そうに小金井を見てくる。震動は、壁や天井にまて伝わり、パラパラと砂が落ちてきた。


 こんな足音を出すような巨大なモンスターは、地下5階の時点では存在しない。何かがおかしい。


「小金井……」


 蜘蛛崎が、顔を曇らせたままぎゅっと抱きついてくる。そうこうしている間にも、足音は確かに近づいてくる。


「な、なに……? なんだよ。なんだよこれ……」

「こんなデカい奴、この辺にいたっけ……?」


 鷲尾や白馬が、にわかに狼狽を露わにしている。


 その時、小金井は、この場にいるはずのないものを見た。

 通路の陰から、ぬっと姿を見せるそれ。六本の腕に、二つの妖貌を携えたそれ。天井すれすれに届くほどの、巨体を持つそれ。それの存在を認めた時、小金井の全身が硬直する。


「ヴオオオオオ……」


 地獄の底から響く怨嗟のような声。総毛立つ。何故、何故こいつがここにいるのか。


 死霊の王ワイトキング

 それは、以前地下11階に出向いた時に遭遇し、クラスメイト達を恐怖の坩堝に叩き込んだ忌むべき存在だ。全長5メートルにも達し、6本の腕にそれぞれ蛮刀を持つその異形を、いつしか皆、『死霊の王』と呼ぶようになっていた。

 だが、ここにはいるはずがない。地下11階と地下10階を繋ぐ階段は狭く、この死霊の王が潜り抜けられるような大きさではなかったはずだ。拠点のある1階から地下10階までの範囲は、絶対に安全だったはずなのである。


 では、目の前にいるのは、なんだ。


「こ、小金井! 小金井、逃げようよ!」


 腕を引っ張る蜘蛛崎の声で、小金井はようやくハッとする。鷲尾や白馬は、既に逃走を始めていた。死霊の王は、こちらに気づいたのか視線を向け、そのままゆっくりと近づいてくる。


 逃げる? そうだ、逃げるのだ。逃げなければならない。

 だが、とも小金井は思った。佐久間サキュバス剣崎デュラハンは、このデカブツ相手に持ちこたえ、さらに自分たちの力だけで生還したのだという。あの二人にできたなら、自分一人にだってできるはずだ。

 そうだ、できる。自分ならできる。


 こんなに強く、なったじゃないか。


 今の自分は、もう学校でいじめられ、隅っこに追いやられていた、チビガリメガネの小金井芳樹ではない。

 小金井は、蜘蛛崎を庇うように立ち、死霊の王を睨みながら精霊詠唱を開始した。


「燃え立つ火霊に命ず 剛弾となりて……」


 そこまで口にした時、死霊の王の視線が小金井を睥睨した。


「あ……」


 四本の目の内、ひとつが潰されている。残る3つの目が、同時に小金井を睨んだのだ。その瞬間、小金井芳樹は本能で確信する。


 こいつには、勝てない。


 芽生えてしまった恐怖心はぬぐい難い。小金井は、それを無理やり封じ込め、立ち向かうだけの努力を今までしてこなかった。強い者に怯え、逃げまどい、嵐が過ぎ去るのを待つ。それだけを繰り返してきた小金井である。足がすくめば、動くことはもうできない。

 逃走を選択しなかったことは、文字通り致命のミスである。もはや、死霊の王は眼前にまで迫っていた。耳元で蜘蛛崎が悲鳴をあげる。だが、高く振り上げられた六本の蛮刀は、小金井の頭上をめがけ、一斉に振り下ろされたのだ。

次回は昼12時更新!

ついにクライマックスバトル! お楽しみに!!

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