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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第7章 ザ・ベスト・パートナー
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第105話 魔王再臨

待たせてごめんねええええええええええええええええええええええええええええええ

「来い」


 と、強引に部屋から連れ出された。なんだと思えば、一ツ目女、サイクロプスがライフルを肩にかけて廊下に立っている。白馬と雪ノ下は顔を見合わせた。

 なんでも、南の方で大規模な爆発が確認されたという。それでなぜ俺たちを連れだすのか、と問えば、ハイエルフの指名だと言われた。ハイエルフというからには、小金井だ。雪ノ下は露骨に嫌そうな顔をしたが、白馬としては彼と言葉を交わす良い機会だと思った。


「そんなに小金井が嫌か?」

「女子の間では、基本評判最悪よ」

「だろうなぁ」


 白馬もいろいろ聞いている。まあ、一言で言えば、小金井はやりすぎた。ただ調子に乗ってクラスのトップを気取るくらいなら良かったが、それで女の子にちょっかいを出したのがまずかった。もちろん、それを止めなかった自分や鷲尾にだって責任はある。


 城を出て、森の奥に連れていかれる。切り開かれた広場があって、そこにはいくらかのヘリコプターが並んでいるので驚いた。ジープのような、軍用車の姿も見られる。白馬はミリオタではないので、詳しいことまではわからないが、元の世界から運んでくるのにだって、一筋縄ではいかないような代物だった。

 小金井も、そこにいた。ヘリコプターの運転席には、おそらくポーンと思われる血族が座っている。


「よう、小金井」


 白馬は努めて明るく声をかける。


「なんだって俺たちを呼んだんだ」

「状況を偵察して来いと言われた。俺の予想があっていれば、二人のうちどちらかの力は借りるかもしれない」

「ふーん。逃がしてくれるわけじゃないんだ」


 雪ノ下があえて意地悪なことを言う。小金井は頭を掻いた。


「たぶん、そう思ったからサイクロプスがついて来てるんじゃないの」


 ライフルを肩にかけた女が、大きな瞳をぎょろりと動かす。逃げれば脳天を撃ち抜かれるということだ。


「どうせダメだと思ってたけどね。ねぇ、小金井くん。蜘蛛崎さんにはちゃんと謝った?」


 小金井はいきなりその話題を振られ、顔を思い切りしかめる。


「……俺には、謝るような資格もないよ」

「へえ」


 静かに目を細める雪ノ下。白馬は内心、ヒヤヒヤした。


「結局、ウツロギくんの仲間だわ。同類よね」

「……どういうことだよ」

「嫌いだわ。そうやって、自己完結して周りの気持ちを顧みないタイプ」


 それだけ言って、雪ノ下はすたすたと小金井の横を通り過ぎる。彼は何も言わずに呆然としていた。


「なんか雪ノ下、ウツロギのこと嫌いみたいだよ」

「……いや、俺にはわかるよ」


 小金井は、白馬にだけ聞こえるような声で小さく笑う。自嘲めいた笑みだった。


「俺もウツロギも火野も、結局コミュ障なんだよ。謝って拒絶されるのが怖いんだ」


 それだけ言って、小金井もヘリに乗り込む。それを眺めながら、サイクロプスが呟く。


「……面倒くさい連中だ」

「だって俺たち高校生だもん。多めに見てよ」


 白馬はそう言って、カッコつけながらヘリに乗り込もうとしたが、四本足には結構つらかった。

 それでもなんとか乗り込んで、シートには座れないので後ろの方で身を低くしておく。ヘリのローターが回り始め、周囲の草木を吹き飛ばしていく。ばらばらという音がして、全身を妙な浮遊感が包み込んだ。


 みんな黙り込んでいるので圧迫感がすごい。白馬は早くもついてきたことを後悔していた。


「あまり妙なことは考えるなよ」


 ライフルを抱え込んだまま、サイクロプスが釘を刺す。


「考えるくらい良いじゃない。どうせ、私達は逃げられないわ」


 外の景色をぼんやり眺める雪ノ下。相手を油断させるつもりではなく、彼女は本気で悲観しているのだ。徹底したペシミストである。昨晩だって、めちゃくちゃ高いテンションで自分たちがいかに絶望的な状況かを聞かされた。

 実際、状況はあまり良くない。分散したクラスメイトは、どれほど集まれたのだろうか。白馬は、竜崎から他のクラスメイトに向けられた、あのメッセージを思い出していた。あれを全員が受け取ったかどうかは、まだわからない。全員が生きているのかもわからない。だが、生き残った生徒たちは、確実にヴェルネウス王国を目指しているはずなのだ。


 そして、竜崎も。


 彼は今、どこにいるのだろう。もうヴェルネウスにはついたころだろうか。

 そんなことを考えていた頃だ。


「……操縦手!」


 不意に、サイクロプスが大きな声をあげた。


「高度を下げろ!」

「はっ!?」

「早く!」

「は、はいっ!」


 サイクロプスの視線は、右手後方側の窓を向いていた。彼女の超視力は何をとらえたのか。白馬も目を凝らしてみるが、それが米粒大の大きさになって視界に現れたのは、それから間もなくであった。

 影はみるみるうちに大きくなって、ヘリをかすめるようにして過ぎ去っていく。余波を食らうようにして、ヘリ全体が大きく揺れた。白馬と雪ノ下は、小さな悲鳴をあげた。白馬などはしがみつくものがないので必死だ。

飛び去る影の後姿は、まっすぐヘリと同じ方向を向いていた。


「どうやら、おまえの予想が当たっていそうだな。ハイエルフ」


 サイクロプスのつぶやき。小金井は、渋面を作ったまま黙り込んでいた。





 恭介が、意識を取り戻す。気を失っていたことを、そこで初めて理解した。

 ぼんやりとした視界。ぼんやりとした意識。だが、不意に瑛の姿が脳裏をかすめ、恭介ははっと身体を起こした。身体は無事だ。瑛はメルトダウンを起こさなかったのか? と思ったところで、初めて、今の恭介の身体が薄い膜のようなものに覆われていることに気づいた。


「……凛?」


 間違いない。恭介の身体を球状に覆う薄い膜は、姫水凛の身体だ。


「……ま、ついて来て良かったよ」


 なんでもないことのように、彼女は言う。凛の身体を通してみる世界には、黒く焼けた焦土が広がっている。結局、瑛はメルトダウンを起こしたのだ。


「……凛、大丈夫なのか!? 瑛がメルトダウンを起こして、それで、凛の身体は……」

「なんのために地下水道を通ってきたと思ってるの。今も暑くて蒸発してるんだよ?」


 そこで恭介は理解する。今の凛の身体は、大量の水を含んだ超圧縮状態。

 たとえメルトダウンがいかな熱量を伴おうと、海そのものを干上がらせることはできない。凛は、瑛の熱が暴走することを織り込んだ上で、しっかりと準備を整えてきたのだ。今の彼女がどれほどの水を蓄えているのやら、恭介には見当もつかない。


 それを恭介に伝えなかったのは、伝えたら無茶をすると思われたのだろう。

 凛の判断は、正しい。実際、恭介は無茶をした。


「……瑛と、リー・シェンフーは?」

「火野くんはわからない。近くにいるはずなんだけど、見つけられない」


 ここは、あの瑛と再開したあの部屋に違いない。周囲の壁も、床も、天井も、すべて瑛が吹き飛ばしてしまったのだ。

 その爆発に巻き込まれたのであれば、リー・シェンフーも死亡したのだろうか? わからない。


 あの男がとった行動は、間違いなく瑛の暴走を誘うためのものだった。それも解せない。瑛の暴走が、帝国にとって何のメリットがあるのか。帝国が一枚岩でないか、あるいは、


「いィィィィやァァァァァァァァァァッ!!」


 怪鳥のような叫び声と共に、瓦礫を押しのけて迫る影。恭介と凛は、同時にはっとした。


「たあああああああッ!!」


 凛が、球状の膜を解除する。恭介の身体が、周囲の高熱にさらされた。人間なら肺が焼けるほどだろうが、血族の血で強化された恭介の骨は、辛うじて耐えきることができた。

 凛の身体が変形する。壁の形状を作り、肉薄する影を迎撃した。


 大量の水そのものが圧縮され、高密度の防護壁となる。繰り出された手刀を、凛の身体が受け止めた。


「リー・シェンフー!!」

「くたばり損なったか! 俺も詰めが甘いな」


 鋭角的な印象を与える壮年の男は、熱と放射線にさらされながらも、平然とそこに立っていた。

 皇下時計盤同盟ダイアルナイツ、〝神槍賜わりし〟リー・シェンフー。拳を構えず、ただ立っているだけだというのに、一切の隙を伺わせない。彼の腕自体が神の槍なのだ。類まれなる暗殺拳使い。まるで李書文を思わせる。


 この男を前に、逃げ延びることなどできない。覚悟を決めるべきか、そう思った。


「恭介くん、火野くんを探して」

「何言ってるんだ」

「探して! こいつはあたしが引き受けた!」

「こいつは皇下時計盤同盟だぞ!?」

「探せっつってんだよ! バカ野郎!!」


 凛が突如荒っぽい声をあげたので、恭介はたじろぐ。


「あたしが心配? 嬉しいよ、恭介くん。でもね、なんであたしがここに来たと思う? あたしはね、嫌なんだよ。恭介くんと、火野くんが、これ以上、喧嘩したまんまなの。あたし達の目的は、こいつと戦うことじゃない。こんな奴のために、感動の再開を邪魔させたくなんて、なかったよ」


 恭介は何も言えなかった。彼女の強い意志を告げられれば、何も言えない。

 ありがとう、も。すまない、も。あらゆる感情が彼女への冒涜だと知った。


「必ず助けに戻る」


 告げるのは決意ではない。それは純然たる事実であり、決定事項。


「瑛を連れてな」

「待ってる」


 恭介はきびすを返す。背中にディメンジョン・ケースを背負って、焼け野原を駆けだした。





「たかがスライム一匹に、舐められたものだ」


 悠然と立ち尽くしながら、リー・シェンフーが嘲る。


「格闘家はスライムに勝てないよ。勝てないから皇帝に泣きつくんだ」

「なんの話だ?」

「ロマサガ2」


 嘲るのならば好きにすればいい。凛は捨て石になるつもりはない。恭介が帰ると言った。ならば、それを待つ。あれは約束ではない。確定された未来そのものだ。恭介が、瑛を連れて帰ってくるのを、凛は待つ。


 目の前の敵を、ぶちのめしながら。


 凛は身体に力を込めた。地下水脈の水を存分に吸いつくした身体は圧縮され、今の凛の身体は、いわば鋼の水だ。どれほど拳を極めようと、海溝にその一撃を届かせることなどできはしない。彼女は、その理論をとことんまで追求した。

 ゆっくりと立ち上がる。スライムの身体が、人間のそれを象る。ずっと練習してきたのだ。重巡洋艦で恭介に迫った時は、2分ともたなかったそれを。今の凛は維持できる。


「……その形をとることに、なんの意味がある?」

「意味ならある」


 姫水凛は、ジークンドーの構えを取った。その動きは、既に身体に染みついていた。


「あなたを殴れる。拳の意味は、それで十分だ!」

「ほざいたな、小娘!」


 リー・シェンフーが大地を蹴り、凛に迫る。右腕が光に包まれた。凛の反応速度をはるかに超える突き込み。拳が胸に突き立てられる。全身が波を打った。光が大量の水を蒸発させた。凛の中央に大きな穴が空く。今の一瞬で、どれだけの水が失われたか。

 凛は拳を振り上げた。リー・シェンフーに向けて、たたきつけるように振り下ろす。男の見切りは大したものだ。身体をそらし、拳の軌道からわずかに逸れる。優秀さゆえの、無駄のない動き。そこが目の付け所だ。


 凛の腕が瞬時に変形する。大量の水を圧縮した鋼の殴打は、おおよそ人間には再現不可能な変幻自在性を伴った。リー・シェンフーの顔面を、一撃が見舞う。


「ぐうッ……!」


 怪傑がよろめいた。凛は腕を伸ばした。同時に、全身から無数の腕が飛び出した。

 避けようとするリー・シェンフーの顔に、腕の一本が伸びる。抑え込む。押しつぶす。窒息させる。


「………!!」


 がぼっ、と水に覆われた顔で大量の空気を吐き出しつつ、リー・シェンフーは正気を保っていた。

 男の右腕が、再度輝く。〝神槍〟が、凛の身体へと突き込まれた。両者は組み合ったまま、膠着状態に陥る。


 凛はすぐさま察した。この男は、今自分と同じことをしようとしているのだ。


 すなわち、全身の水分が尽きることによる蒸発死。それが終わるまで、自分の息は止まらないと、確信している。根競べなら負けるものか。凛は、リー・シェンフーの顔をおさえる腕に、いっそうの力を込めた。





 爆発には、大量のエネルギーを伴った。街が吹き飛ぶ。燃える。その余波を受け、犬神たちの身体も吹き飛ぶ。四本足で姿勢を立て直しながら、犬神響は低く唸った。

 他のメンバーも全員無事だ。杉浦だけは泣き言めいたことを漏らしていたが、それは犬神の知ったことではない。


 火野瑛がメルトダウンを起こしたのだ。ウツロギのやつ、しくじったか、と犬神は思った。


 直立姿勢を保っているのは、あのメロディアスとかいう生意気な子供だけだった。彼女は右手に冥い色の剣を持ち、真剣な面持ちで街を眺めている。正確には、街があった場所を。

 彼女が何を考えているのかはわからない。街の住民の避難はすでに済んでいる。余計な犠牲を出さずに済んだのは、メロディアスが住民たちの輸送を見逃してくれたからだ。だがもう、彼女は犬神たちを逃がすつもりはないと言った。だから、彼女の暴力に抗するため、こうして戦ってきたのだ。


「……どうした、メロディアス」


 身体の負傷を押さえながら、ゴウバヤシが立ち上がる。メロディアスは振り向き、答える。


「みんなの相手をしているわけにはいかなくなった」

「なに」

「と、言いつつ、君たちを逃がすわけにもいかないからねー」


 振り向いたメロディアスの顔は、言葉の軽さに反して極めて厳しい。

 すっ、と右腕を掲げたメロディアスを見て、ゴウバヤシ、そしてゼクウが顔色を変えた。杉浦や犬神たちは、その理由がわからない。彼女の手から、再び冥瘴気ミアズマが放たれる。冥瘴気は素早くゴウバヤシの身体を包み込んだ。


「ゴガァ!!」


 ゼクウが大声をあげ、まずゴウバヤシの一番近くにた杉浦の腕を掴む。


「え、えっ!?」

「グオァッ!!」


 そのまま、ぽーんと放り投げ、あっけにとられる御座敷と壁野を突き飛ばした。いったい何が起こっているのか。ゼクウの表情には焦りが見えた。そのまま、犬神の方にまで突っ走ってくる。やめろ、何する気だ、と言おうとしたが、当然、狼の喉なのでそれは出ない。


「逃げ……ろ……!!」


 振り絞るようなその声は、ゴウバヤシの方から聞こえた。


 黒い靄に包まれたゴウバヤシの肉体が、大きく隆起する。その双眸が大きく見開かれ、血塗られたような赤い眼光を灯した。角がねじくれるように一回り大きくなり、口元の牙や、拳に生える爪もまた禍々しく変貌していく。やがてそのオウガは、天に向かって高く咆哮をあげた。


「――――――――――――――――――――ッ!!!」


 おおよそその言葉は、理性あるものの言葉として体を為していなかった。


「冥獣勇者の前に、オウガで立ち向かうからだよ」


 メロディアスは、ゴウバヤシの変貌を横目に、さらりと告げた。


「てめェ……!!」


 犬神は、ただ悪態をつくためだけに獣化を解いた。一糸まとわぬ姿で膝立ちになり、メロディアス・キラーを睨みつける。


「何をしやがった!」

「説明すると長くなるからしない。簡単に言えば、オウガを本当の姿に戻してあげただけ」


 そう言ってメロディアスは、犬神達に背中を向けた。


「しばらくすれば元に戻るよ。ずっと冥獣化されていても大変だし」

「おい待て!」

「待たない!」


 小柄な少女は、ついに駆けだした。その速さたるや。犬神は追いすがるのを諦め、再びゴウバヤシを睨みつけた。


 口元からは、黒い靄のようなものが漏れている。

 あの変な冥瘴気を吸い込んだからって、そう簡単に理性などを失ってしまうものだろうか。あの、誰よりも理知的で、力を振るうことと、飲み込まれることのリスクに向き合っていたゴウバヤシが。他のクラスメイト達もそう思ったのだろう。彼を置いて逃げることなど、どうにもできそうになかった。


「ググ……! グガ、ガ……、ゴァ……!」


 ゼクウが何かを伝えようと必死に声をあげている。寡黙なこの野良オウガが、ここまで喋るのは珍しかった。

 ゆっくりと振り向き、ゴウバヤシが迫る。ゆらりと腕を垂らし、犬神とゼクウの方に、歩み寄ってきた。


「――――――――――――――――――――ッ!!!」


 咆哮が響く。空気を震わせ、鼓膜がちぎれるかと言うほどの大音響は、そのまま犬神の脳天を直撃した。音圧が神経を揺さぶり、一瞬遠のく意識。強引にそれを引きずり戻した頃には、黒く肥大化した剛腕が、犬神の頭上からたたきつけられようとしていた。


「ガァッ!!」


 ゼクウが、犬神を突き飛ばす。拳はゼクウの身体を叩いた。

 ぐしゃり、

 と言う音がして、ゼクウの身体が半分ほど潰れた。血と骨と、それ以外の様々なものをないまぜにした、よくわからない液体が飛び散り、犬神の身体に覆いかぶさる。発達した嗅覚では吐き気を催すほどの臭気が、あたり一面に広がった。


「ガ……グ……グ……」


 ゼクウは上半身だけになりながらも生きていた。だが、このままでは続く第2撃に叩き潰される。

 犬神は、その腕を掴み上げた。重たい身体を引きずる。


「ガ……ガ……」

「るせェ、黙れ!!」


 まだ何か言おうとするゼクウを、犬神は一喝した。


「アタシはな、群れの仲間が死ぬところなんざもう見たくねーんだよ! 中途半端な覚悟なら、最初から仲間のツラをしやがるんじゃねェ!!」


 それから、キッとゴウバヤシの巨躯を見上げる。


「群れの仲間が、急に頭おかしくなるところだって、もう御免なんだよ!」

「――――――――――――――――――――ッ!!!」


 返答は、無慈悲な咆哮であった。再び意識が飛び掛ける瞬間、犬神の目の前に、大きな壁が生てくる。壁野の生み出した防壁だ。犬神はゼクウの腕を掴んだまま、さらに引きずっていく。防護壁ができたのは一瞬。ゴウバヤシの拳は、その壁を一撃で粉砕した。


「い、今のゴウバヤシくん、さっきの女の子より強いんじゃない!?」


 杉浦が慌てた声を出す。


「かもね!」


 御座敷がはき捨てるように言った。


「犬神さん、ゼクウくんは僕に任せて! 傷を癒すことはできないけど、僕の力なら気休めくらいにはなる!」

「おうよ」


 犬神は再び、両腕を大地につけた。全身に銀狼の血が滾る。肌に生えていた小さな産毛が、燃えたつようなしろがねの毛並みへと変貌していく。犬神響の叫びは、やがて一匹の狼の遠吠えへと形を変えた。


「ぐるおォオゥッ!!」


 犬神は、飛び上がりながらゴウバヤシの拳を避け、その喉元へと食らいついた。爪を立てるも、肌はまるで鋼のごとく硬い。なんどか気道を封じようとするも、文字通り歯すら立たなかった。やがて血が出るのは、犬神の歯茎からである。


「――――――――――――――――――――ッ!!!」


 ゴウバヤシの腕が、無遠慮に犬神の背中を掴んだ。首元に食らいついた銀狼を強引に引き剥がす。牙が何本も削れ、折れた。そしてゴウバヤシは、犬神の身体を大地に向けて、勢いよく、たたきつける。


「ぎゃンッ!!」


 甲高い悲鳴が上がった。ゴウバヤシが、足を高くあげ、犬神の身体を踏みつけようとする。全体重をかけられれば、全身の骨すらたやすく砕けるだろう。だが、全身がしびれて動く気配すらない。


 不意に、ゴウバヤシの巨体が、足をすくわれたようにバランスを崩した。

 見れば彼の足元に不自然な動き。体色を擬態させた杉浦が近寄り、自慢の触腕で彼の足を引っかけたのだ。だがそれでも、巨躯は転がらず、ゴウバヤシは体勢を立て直した。


「えっ……?」


 杉浦が間抜けな声を出す。ゴウバヤシが足を大きく振るう。吸盤で張り付いていた杉浦の足が引き千切れた。彼女の身体だけが飛んでいき、近くの木の幹に激突する。


 圧倒的だった。


 ただでさえ強いゴウバヤシが、何らかの力によって凶暴化させられている。皮膚は硬質化し、力も増している。その上、一切の躊躇を失ってしまったとあっては。

 あの冥瘴気というのはそれほどまでに恐ろしいものなのか。ゴウバヤシは自身の中に巣食っていた『鬼』と戦ったのではなかったか。その彼の理性すらねじ伏せ、封じ込めるようなものだというのか。


 悔しがったところでどうにもならない。生き延びる方法を見つけるのだ。

 今度ばかりは自分だけではない、他のみんなが生き延びる方法を。


 咆哮が響いた。思わず身体をすくめる。


 だが、その咆哮が、遥か上空から聞こえたものだと気づいた時、





 天空から叩きつけられる、渾身の一撃。





 冥瘴気に中てられたゴウバヤシの顔面が、大地に深くのめり込んだ。


 咆哮の主は、天を駆けるための翼を広げていた。

 咆哮の主は、地を払うための靭尾を垂らしていた。

 咆哮の主は、光を裂くための爪を備えていた。

 咆哮の主は、闇をかみ砕くための牙を生やしていた。


 咆哮の主は、万物を溶かすための炎を、吐息のごとく漏らしていた。


『俺の無茶を止めるのが、おまえの役目だったな。ゴウバヤシ』


 ゆるりと持ち上げた頭から、今やずいぶん懐かしい男の声が響く。


『今度は俺がおまえを止めてやる』

「委員長!」


 気を取り直した杉浦が叫んだ。


 満を持しての登場を、誇るでもなく。巨竜はゴウバヤシの身体を抑えつける。だが、叩き伏せられたゴウバヤシは、唸り声と共に大地を叩き、その後高く吼えながら立ち上がった。真っ赤な双眸が、竜を正面から睨む。


 竜の二度目のセリフは、目の前の鬼以外に向けられた。


『みんな、待たせて悪かった』


 神代高校2年4組、出席番号39番。クラス委員長、竜崎邦博。


 魔王の帰還であった。

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