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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第7章 ザ・ベスト・パートナー
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第103話 カウントゼロ・トゥ・グラウンドゼロ

炉心溶融メルトダウンまで、あと2日




 火野瑛は幼少の頃から、同年代の男子に比べても特殊な気性の持ち主だった。

 自らが主役であることを好まない参謀気質。物事を自分の手のひらの上で上手に回すことを好むタイプの性格だ。原因は、彼がよく好んで視聴した特撮テレビ番組の登場人物に影響されてのことである。とにかく瑛は、ナンバー2のポジション、主人公の相棒ポジションというのが好きだったし、そう振る舞うことを好んでいた。

 得てしてこういう少年は悪戯好きで、トリックスター的な立ち位置を獲得するものだ。事実、瑛にもそういう気性はあった。根は真面目で正義感が強いため、あんまりそうした側面が前に出てくることもなかったが、根幹の部分は大して変わらない。瑛は主役を立ててから、その陰で自分の好きなように立ち回るのが好きだった。


 ところで彼には、自身の欲求を満たすのにちょうどよい幼馴染がいた。


 空木恭介は、子供の頃から朴訥とした、人を疑うことを知らないタイプの少年だった。彼も、自らが主役であることに固執する性格ではなかったが、必要に迫られればそうした。当時から同年代の男児よりも背が高く、それでいて一切の威圧感がない、のんびりした雰囲気の子供だった。

 恭介は瑛の相棒としてうってつけだった。彼は瑛の言うことには原則として従い、そしてしばしば反抗した。少々お人好しに過ぎる彼の性格は、打算的で機を見るに長けた瑛の心をしばしば苛立たせたが、それも含めて恭介は理想的な友人だった。幼稚園でごっこ遊びをする際も、瑛は常に恭介を主役に立たせ、その陰で毎回、シナリオを掌握して楽しんだ。


 瑛から見て恭介は、人を疑うことを知らない、少々間抜けな子供だった。


 なにせ、子供である。明確な自覚があったわけではない。だが、大人の言葉を使って語るならば、瑛は恭介をそのように認識していた。

 基本的に、瑛が主で恭介が従だ。周囲の大人たちが、注意深く観察しなければ気づかない程度には、巧妙に隠された関係であった。しかし恭介は、自らが従であることすら気づかなかったのか、瑛に対して一切の不満を唱えることはなかったのである。


 関係が明確に変化したのは、小学校にあがって間もない頃だった。




 恭介の家が火事になったと聞いたのは、瑛がちょうど、自身に立てた素晴らしい計画について思いを巡らせている時のことである。


 時期は冬。花火をやろう、ということになった。子供同士の、ほんの他愛のない戯言だ。

 瑛が恭介の家で遊んだ時、夏に使い切り損ねた花火セットの存在に気付いた。あれを使って遊ぼう、ということになったのだ。恭介は、大人のいない場所で火を使うなんて危ない、せめてどっちかの親に了解を取るべきだと主張したのだが、瑛は不満そうに唇を尖らせた。


 恭介、君はいつもそうだ。大人が大人がって言って。僕達は今は子供だけど、いつまでも子供じゃないんだ。そうやって大人がいなければ何もできないまま成長するのは、とても怖いことなんだ。火くらい、自分で扱えるようになればいいさ。


 瑛がくどくど反論すると、恭介は、そういうものか、と納得した。


 結局のところ、瑛は恭介が正論で自分を制しようとしたのがちょっぴり不満だったという、それだけのことだった。

 冬の花火遊びをするのに、大人の目があることに、そこまで抵抗があったわけでもない。まぁ、自分たちだけで火を扱うのはちょっぴり不安があるし、やっぱり親の付き添いがあった方が良いだろうな、なんて、現実的なことを考えてもいた。


 恭介の家で火事が起きたと聞いたのは、ちょうどそんなことを考えている最中だった。


 お気に入りのヒーローがプリントされたパジャマのまま、瑛は母親に連れられて恭介の家に向かった。消防隊員が、ちょうど燃え盛る家から一人の少年を助け出しているところだった。腕に抱きかかえられた恭介は気を失っており、そのあと続けざまに、恭介の両親が運び出されて来た。


 2階部分がすべて焼け落ちる半焼。結局、助かったのは恭介だけだ。彼の両親は、煙を深く吸い込んでの中毒死。肺も火傷していたという。

 火元は、物置代わりに使われていた2階の部屋。おそらくライターの火が周囲の可燃物に引火したものだろうと、新聞では報じられた。火元の部屋には誰もいなかったが、位置的に放火とも考えにくい。不審な点も特に見られず、結局は、不幸な事故だろうと片づけられた。


 恭介は連日ひどく塞ぎ込んでいたが、ある日、見舞いに来た瑛にこう告げた。


 火をつけたのは俺だ、と。


 物置部屋でライターを見つけた恭介は、それをつけたり消したりして“遊んで”いた。物の多く置かれた部屋で蹴躓いた恭介の手からライターが落ちて、周囲に引火した。ここまでは報道された通りだ。当時の瑛たちの知識では知り及ばぬことだが、冬で空気は乾燥していたし、周囲に可燃物も多いから、火の回りは早かった。

 恭介は親に見つかると怒られると思って、一人でなんとか消火しようとした。が、やはりまともな知識も力もなく、火はやがて部屋全体に回った。2階の他の部屋、寝室や書斎に回るのにも、あまり時間はかからなかった。やがて恭介は気を失った。ガスを吸い込んだためだ。

 その時点で、両親は1階にいたはずだと、恭介は語った。だから、なぜ両親が死んだのか、直接的にはわからないと。だが、瑛も恭介もなんとなく想像はついていた。恭介の両親は、恭介を助けるために2階に向かって、そうして死んだのだ。恭介が救助されたのは火元の部屋ではなかったし、家族3人が運び出されたのは、ほぼ同じタイミングだった。恭介の身体に見られる火傷は軽度なもので、両親のそれは恭介よりずっとひどかった。


 そして瑛はもうひとつ気づいた。恭介の性格からして、『怒られると思ったから』一人で消火しようなどとは、思わないはずだ。彼は面倒くさいくらい優等生だった。自分が悪いことをしたと思ったら、すぐに大人にそれを告げることができた。


 火くらい、自分で扱えるようになればいいさ。


 ひょっとしたら恭介は、瑛のその言葉を真に受けて、事態を悪化させたのではないだろうか。

 それまでの恭介は、瑛に対して従順だった。失望されることを、怖れている気配さえあった。それが瑛にとっては満足だったが、感情はその日を境に反転した。瑛を責めることすらせず、ただただ空虚に窓の外を眺める恭介に対し、瑛は慙愧の念を抱くようになった。


 それ以来、恭介と瑛は、どこか歪で不健全な親友関係を続けている。


 恭介は常に主体性がなく空っぽで、瑛はそんな恭介を、口うるさく窘めながらも、肯定し続けた。




 アルバダンバ沖での大転移が発生した時、瑛はこの閉塞した事態を打開することを望んでいた。

 だからこそ、一人であの場所に飛ばされたのかもしれない。


 この世界、この大陸において最大の権力を有する、中央帝国。その中枢部に潜り込めば、2年4組のクラスメイト達を全員助けることができるのではないか。それが恭介の望みであるならば、叶えてやろうと思った。

 贖罪などという言葉で、安っぽく飾り立てるつもりはない。だが瑛は、それ以外にやり方を思いつけなかったのだ。そして、あえて言うならばその罪を贖うために、彼はまたいくつかの罪を重ねた。大を取るために小を切り捨てた。この選択は、恭介には絶対にできないと思ったからだ。だがそれは、瑛の考え得る限りもっとも現実的な手段だった。


 その結果、恭介に軽蔑されたとしても、それは致し方のないことだ。


 それで一向に構わない。


 そう思っていたはずだ。


 そう思っていたはずなのに。




「おはよう、アッキー」


 目が覚めた瑛に、メロディアスが声をかけた。


 ここ数日は野宿を続けていた瑛とメロディアスだが、久しぶりに人里で宿を取ることができた。

 とは言え、瑛の身体はいまだに不安定で、危険な状態だ。メロディアスの作りだす冥瘴気ミアズマ製の障壁が、いわゆる放射能漏れを防いでいる。黒い甲冑から不可視の毒が漏れ出すという噂を聞き、護衛についたヴェルネウスの王国騎士達も冷や汗を浮かべていた。


「相変わらず目覚めの悪そうな顔してるよね」

「……顔なんかない」


 呑気な声を出す冥獣勇者に、瑛の返事はついつい硬くなった。その台詞を聞いて、メロディアスは小さく肩をすくめる。そして、すぐに声を張り上げ、


「じじさまー! 銀狼竜のじじさまー! アッキー起きたよー」


 と叫んだ。


 それが誰を指す言葉なのか、瑛は知っている。メロディアスの声に返事はないが、すぐさま部屋の中に銀色の風が渦を巻いて、ひとつの影が姿を見せた。

 ここは木造の小さな民家なのだが、いちいち登場の仕方が仰々しい。ヴェルネウスの騎士たちが、びくんと肩を震わせた。


 月光を反射する銀色の鱗。理知的な光を宿した青と金の双眸。瞳孔を縦に大きく裂いた竜人がそこにはいた。瑛のよく知る竜人と異なるのは、ふさふさと生え揃ったたてがみと髭、そして全身を覆うゆったりとしたローブだ。


 皇下時計盤同盟ダイアルナイツ最古参のひとり。第1時席ワン・オクロック“銀狼竜”アンスロック。


 瑛もこうして直に対面するのは初めてだった。


「ほう……」


 アンスロックは瑛を正面から見るなり、こう言った。


「良い目をしている」

「……目はありません」


 やや困惑しつつも、きっぱりと告げた。


 瑛はイレギュラーナンバーとして実質的な皇下時計盤同盟入りを果たしてはいるが、それはランバルト・ゴーダンによる独断の部分が大きい。アンスロックをはじめとした古参メンバーの了解に関しては、完全に事後承諾だ。

 このヴェルネウスに、アンスロックが訪れた意味は大きい。“銀狼竜かれ”や“巨天”、“インペリアル・ブレイド”などが直接腰を上げるのは、それだけ帝国の意思決定機関に近い部分が動いているということだ。メロディアスや瑛の要求を突っぱねることができたヴェルネウス王室も、アンスロックに直接出向かれては無碍にはできない。そして事実、彼の来訪が、ヴェルネウス王国直属の騎士団を動かすことになった。


「冗談も通じぬか。苦労をしそうな性格をしているな。第2時席殿?」

「本当にねぇ」


 話を振られ、メロディアスは肩をすくめてみせた。アンスロックは目を細めてから、再び瑛へと向き直る。


「さて、ヒノ・アキラ」


 その声はあくまでも穏やかだったが、メロディアスが瑛を呼ぶときのものとは違い、徹底的な隔意が込められていた。


「私は第6時席殿と違い、君を皇下時計盤同盟の一員とは認めていない。何故だか、わかるかね」

「……僕が部外者だからでしょう」

「捉え方次第では正解と言える回答だ」


 含みのある言い方をして、アンスロックが顎髭を撫でる。


「私が老人だからかもしれないが、私は皇下時計盤同盟の在り方にこだわっているからだ。一種の帰属意識と言っても良い。君にとっては、中央帝国のような封建制を古臭いものと映るかもしれんが」


 ずいぶん詳しいな、と瑛は思った。


「皇帝聖下に忠誠を誓い、帝国に繁栄をもたらすことが皇下時計盤同盟の真の在り方だ。確認するが、君にその意志はないね。自身の目的の為に、我々を利用しているだけに過ぎない」

「……何が言いたいんですか」


 瑛は、アンスロックの言葉に少しばかり苛立ちを覚える。

 わざわざ、おまえは仲間ではない、と告げに来たとでもいうのだろうか。この老人は。


「私が言いたいことは今言った通りだ。君は我々を利用しており、我々も君を利用する。そこについて、確認をとっておきたかった」

「………」

「そして君は今、非常に不安定な状態だ。君の能力について、我々の把握できていることは少ないが……それでも今の君が大変危険であることは理解できる」

「僕を作戦から外すと?」

「ふむ……」


 アンスロックは肯定とも否定ともつかぬ溜め息を漏らすと、やはりあごひげを撫で、目を瞑ってその鼻先を天井へと向けた。


 瑛は、彼がここにきて、直接自分と話す意味を図りあぐねていた。わざわざ自分たちの理念を話すことも、現状を再確認することも、どのような意味があるのかまったくわからないのだ。そしてここで黙り込む意味も、やはり瑛にはさっぱりわからない。

 沈黙は長かった。悠久の時を生きた竜人にとっては、あるいはこの永遠かと思われるほどの静寂も、数瞬の思索に過ぎないのかもしれなかったが。


「そうだな」


 アンスロックが下した言葉は、肯定だった。


「今の君を、“彼ら”と遭わせるわけにはいかない。その結果、君の能力が暴走した場合、危険度は未知数だ」

「約束が違う」


 瑛は噛み付いた。


「僕があなた方に協力する代わりに、彼らの安全を保障するのが、取引だったはずだ。それを……」

「何も変わらない」


 あくまでも穏やかな声で、アンスロックはかぶりを振る。


「彼らの安全は保障する。そしてその為に、君が我々に“協力”する。ここで安静にし、我々の邪魔をしないという“協力”だ。良いね?」

「………ッ!!」


 瑛は、自らの感情が高ぶるのを感じた。身体が一気に燃え上がり、黒い甲冑のスリット部分から炎が噴き出す。見張りについたヴェルネウスの騎士たちがどよめいた。


「あまり、刺激の少ない言い方をしたつもりだが」


 アンスロックはそう言って、やはりまた自らの顎髭を撫でた。


「約束しよう。彼らの安全は保障する。だが、君の状態が不安定な理由、そしてそれが今度も加速していく条件などを鑑みた場合、やはり君を彼らに遭わせるわけにはいかない」


 老いた竜人の言葉は、あくまでもこちらを諭すように、ゆったりとしたものだった。


「君は何故……。いや、これを問うのは、やめておこう」


 銀狼竜アンスロックは、それ以上の言葉を瑛に対して投げかけてくることはない。メロディアスと彼は、いつの間にか瑛の前から、姿を消していた。


 彼の言うことは正しかった。まったくもって、正しかった。

 異常をきたしているのは自分の方だ。何より、この道を歩むと決めた時から、覚悟は既にできていたはずだ。“彼ら”と再び遭うことは、二度とないかもしれないと。だからここで反抗し、噛み付くのは筋違いであるはずだった。


 そもそも自分は、彼らと再会して、何をするつもりなのか。


 弁解か。謝罪か。それとも叱責か。


 火野瑛は、感情が高ぶれば高ぶるほどに、自らの求めるものが燃え盛り、焼け焦げ、融解し、原型をとどめないほどに変化していくのを、自覚していた。




「さすがに肝が冷えたな」


 廊下を歩きながら、アンスロックが溜め息をつく。


「下手なこと言っても、爆発しそうだったもんね。アッキー」


 その真横であっけらかんと、メロディアスが相槌を打つ。


 “黒い太陽”火野瑛が暴走した場合、どのような危険が発生しうるか。算出されたデータが、手元にはある。

 核融合だの核分裂だのと言った言葉に、アンスロック達はなじみがない。だが、異世界からもたらされた数少ない資料をもとに弾きだされた数式を信頼する限り、火野瑛の暴走は大規模破壊魔法に匹敵する被害を誘発することが、明らかになっていた。街ひとつ、山ひとつをゆうに飲み込んで余りある熱量の放出。この現象は、“メルトダウン”と命名されていた。


 アンスロック達がいるのは、ヴェルネウスの山間に存在する、あまり大きくはない街だ。騎士達の詰所を、拠点代わりに使わせてもらっている。

 温泉観光などを主な収益源とするこの街では、その住民の多くが皇下時計盤同盟の来訪を歓迎していたが、同時に彼らが持ち込んできた爆弾については、何も聞かされていない。瑛が暴走を起こし、メルトダウンが発生した場合、この街がまるごと灰になりかねないということなど、もちろん知らない。


 先ほどの交渉に失敗してメルトダウンが発生した可能性もある。それに備えて、メロディアスが待機していた。いざともなれば、彼女が体内の冥瘴気ミアズマを最大放出して対消滅を起こさせ、被害を最小限に食い止めるつもりであった。


 アンスロックの『肝が冷えた』というのは、そうした意味だ。


 火野瑛の収容場所に関しては、ヴェルネウス王室と交渉に交渉を重ねる結果となったが、結果としてはこの街に落ち着いた。メルトダウンが発生しても被害が生じないような山中にしなかった理由は、いくつかある。


 まずひとつとして、領地全土にかけて火山帯を要するヴェルネウスにおいて、大規模なエネルギー暴走が発生しても影響のない地域が限られること。この街は仮にまるごと吹き飛ぶようなことがあったとしても、ヴェルネウスの火山活動には影響を及ぼす可能性が少ない。

 次にもうひとつとして、ここには多くの住民が暮らしているがゆえに、“彼ら”が正面きって手出しをしにくい場所であるということ。これはアンスロックの提案であった。


 メロディアスの話によれば、このヴェルネウス王国全土には既に監視網が張り巡らされている。彼女は気づかないフリをして過ごしてきたが、おそらく菌糸類や植物などのネットワークによって、簡易的な情報を一ヶ所に集中して送っている可能性がある。

 つまり、瑛の様子はほぼ“彼ら”に筒抜けである。下手を打てば、瑛が暴走する危険性も、彼らは手にしている。


 そして、メロディアスやフィルハーナの話を信じる限り、彼らは極めて良心的な存在だ。瑛の暴走によって、多くの罪のない住民が巻き添えになることを好まない。瑛をここに置いておく限り、彼らは正面きってここにやってくることはないはずだ。


「じじさまは、それで、どうするつもりなの?」

「かなり悩むところではある」


 アンスロックは自らの顎髭を撫でた。


「私はあまり、力に訴えるやり方は好きではないからだ。効率的だとは思うが」

「交渉する?」

「余地があるかどうかだな」


 話を聞く限り、状況はかなりこじれてしまっている。あの思慮深いフィルハーナまでもが、暴力的な手段に出ているのはかなり意外な気がした。その分、問題は根深い。こちらが保護すると言って、聞いてくれるかどうかはわからない。

 彼らがこちらに対してどのような行動をとってくるかも未知数だった。


「むろん、最終的には帝国に利のある方を選ぶ。彼らがヒノをどうするかが、焦点だ」

「会おうとするなら力づくで止める?」

「せざるを得んな。彼らとヒノを会わせることには、私は反対だ」

「それって」


 アンスロックが力強く頷いたのを見て、メロディアスは少し考える素振りを見せる。そしておそるおそる、こう尋ねた。


「アッキーは一生、友達には会えないってこと?」

「彼らには悪いが」


 アンスロックは頷いた。


「暴走状態を解除する手段が見つからない限りは、そうだ」





炉心溶融メルトダウンまで、あと1日





 恭介たちが帰還した時点では、拠点は更にその護りを堅牢なものにしていた。一同は戦いに備え、鍛錬を控えめにしている。戦いの準備は十分といった様子ではあるが、どのみち敵の数を考えれば正面衝突は得策ではない。ひとまず恭介と凛は、ゴウバヤシ達と作戦会議に入ることにした。

 恭介たちが足代わりにしていたベヒーモスは、花園にずいぶんと懐いている様子で、彼女の前では子犬のようにくんくん鳴きながら連れて行かれた。完全に意識をトマトに乗っ取られているような気がして怖かったが、これ以上は追求しない。


 この2日ほど、帝国の方に動きは見られない。現在、瑛と他の皇下時計盤同盟ダイアルナイツは、ヴェルネウス国内のある街に滞留しているらしいことが、わかっている。街は王都から離れた山中にあり、小規模だがそれなりに活気のある場所のようだった。これがかなり、恭介たちを悩ませることになる。


「さすがに場所が場所だと、攻めにくいな」

「うむ」


 地図に示された場所を眺めて、恭介が呟く。ゴウバヤシはそれに頷いてみせた。


 このまま街に攻め込めば、まったく無関係の人間を戦火に巻き込むことになるし、それは本意ではない。だが、同時に不安定な状態の瑛が街の真ん中にいるという事実も、状況としては最悪に近かった。瑛は現在、放射線をバラ撒く存在になっているし、その不安定さから能力の暴走を引き起こす恐れがある。結局、瑛の居場所を察知しておきながら放置しておいたことが、良くない方向に動いている気はする。

 恭介たちのするべきは、瑛をあの街から引きはがすことだが、あまり現実的な方策は思い浮かばない。不安定な状態にある瑛が、どのような切っ掛けで暴走をするか、わかったものではないからだ。


「……火野の暴走が前提で話を進めているように思えるが」


 ゴウバヤシは、地図を見てから恭介に視線を向けた。


「……それ自体を止める手段は、ないのか?」

「どうかな。ないと思う」


 恭介はあっさりと、そう返す。


「俺も瑛も、穏便に関係を元に戻すには、無視してきたものが多すぎるんだ。瑛が暴走しかかってるのは、半分は俺のせいだし、半分は瑛のせいだし、多分、一度爆発させる以外に、何とかする方法はない」

「あれは原子炉だぞ」


 ゴウバヤシの声は鋭く、重かった。


「俺は理系ではないし、物理学に詳しいわけでもないがな。火野の暴走がどれだけの熱と衝撃波を放つか。放射線で土地を汚染するか。被害がどれだけ出るかはわかったものではないぞ」

「そうだなぁ」


 恭介は頭をぽりぽりと掻いてぼんやりと答える。


 どれだけ安全策を取ったとしても、放射能汚染だけは深刻でどうしようもない。浄化されるには数百年単位の経過が必要であるというし。

 何かを天秤にかけるという行為は、恭介はひどく苦手だ。それでも、なんとかして瑛を助けたいし、その不安定に揺れる感情を解き放ってやりたいという思いがあった。致し方ない、などと割り切りたくはないが、それでも、瑛をこのまま放置したくはない。


「まぁ」


 と、それまで黙っていた凛が、口を挟んできた。


「火野くんを連れて帰ろうと思ったら、結局はやらなきゃいけないことだよね」

「………」


 ゴウバヤシは口元を大きく結んだまま、静かに目を閉じる。


「……納得はできんがな」

「俺だってしてないさ」


 結局のところ、そう言うしかない部分では、ある。


 ぼんやりと、わかってきたことではあるのだ。クラスメイト一同で、ただ安全に元の世界に帰りたいというその望みですら、既に何の代償も支払わずして達成できないものになりつつある。当たり前の欲求に対して、周囲が被るあらゆる被害は理不尽なものだ。騎士王国でも、アルバダンバでも、冒険者自治領でも、そういう側面はあった。

 ただ、ここまでやってきたことを否定するわけにはいかないし、その為には周囲に振りまく被害を容認して踏破せねばならない。


 無論、何の意味もなく踏みにじられて良い人命など、あるはずもない。


「瑛と接触する上で、発生する人的被害はゼロにしたい」

「実現は厳しいと思うがな」

「俺もそう思うけど、ゼロにしたいって思わなきゃ増えるだけだ」


 瑛を街から動かすことは難しい。ならば、住民の方を動かすしかない。住民は街を追われた挙句、故郷が炎に焼かれる可能性があるわけだが、


「……やっぱり、できるだけ、暴走はさせないようにしたいな」

「当たり前だ」


 街から住民を追い出すのであれば、モンスターの群れとして街を襲うのが手っ取り早くはある。問題は、あそこに皇下時計盤同盟のメンバーが3人もいることだ。アンスロック、メロディアス・キラー、リー・シェンフー。これらを相手取るにあたって、恭介は戦力として期待できないから、かなりの苦戦を強いられる。

 彼らが何を思って、あのような小さな街を拠点としているのかが問題だ。もし、彼らが人命を人命とも思わぬ人非人であって、街そのものを盾にするつもりであれば、作戦はかなり難しくなると言わざるを得ない。


 銀狼竜アンスロックは、皇下時計盤同盟では長老的な存在であるという。ならば、多少は理性的な側面を期待しても、良いのだろうか。


「あとは、“冥獣勇者”だな」


 恭介は地図を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「俺たちは一瞬で押し負けたくらいしか記憶にないんだけど、どうなんだ?」

「どう、とは、奴の人となりについてか?」


 ゴウバヤシは、彼にしては珍しく困ったような顔を見せる。

 冥獣勇者メロディアス・キラーに関しては、ゴウバヤシ達の方が交戦経験が豊富なのだ。少なくとも勇者とつく人間が、そうそう非道な手段に訴えるとは考えにくいが、何せ瘴気の使い手である。10歳ばかりの小さな少女でありながら、最強の12人に名を連ねているのも気にかかる。


「わからん。戦闘そのものに興味を持っている節があったからな。温厚な性格ではないのは確かだが、それだけだ」

「そうか……」


 強いて言うなら、メロディアスがフィルハーナに対し親しい態度をとっていたことくらいか。恭介としても、あのフィルハーナ・グランバーナが悪人であるとは考えづらい。似たようなメンタリティを持っていると、期待するしかないが、それにしても楽観視は禁物だ。


 結局のところ、街の住民たちを盾にとられる可能性を考慮した上で、攻めに出なければいけないということか。


「ううううううん……!」


 今まで、すべての行動が受け手に回っていただけあって、今回攻めに行こうと思うとこれがなかなか苦しい。

 相手側が動き出すのを待つのは論外だ。瑛はいつ暴走するかわからない状況だし、そもそもこの拠点の居場所を彼らに知られるのは、かなり苦しい。結局は打って出るしかないのだ。3人の皇下時計盤同盟を相手に。なるべく、被害の出ないような方法で。


 今、帝国側にはヴェルネウス王国がついている。その関係上、ジャイアント・ママによる救援は期待できない。


 この拠点にいる戦力を考える。打てる最善手は、何か。


「……茸笠の薬品調合能力で、こう、幻覚作用のある物質とか作って……って、いうのは?」

「街の住民を操って避難させるのは、それが最善か」

「あとは魚住妹の歌とかだな。この辺の精神操作能力で動かすしかないけど……」


 街を襲って避難させるよりは現実的だが、それにしたって帝国が彼らの命を盾にしてくれば、住民の被害は免れない。

 そうなると、茸笠シメジの化学物質や魚住鱒代の歌に指向性を持たせるため、猿渡も彼らと行動を共にさせる必要がある。ここから更に恭介を抜き、残った面子が皇下時計盤同盟との交戦、ということになるだろうか。本気を出して叩き潰しにいくわけではないが、恭介が瑛と話をする間、最低限の足止めは必要だ。


「きっつきつの作戦だよねぇ」


 凛が言った。


「仕方ない。そういう道を選んだのだ」


 ゴウバヤシが言った。


「迷惑をかけるなぁ、ゴウバヤシ」

「構わん。竜崎の尻拭いで慣れている」


 竜崎とゴウバヤシの関係性に、恭介は自分と瑛の関係を映し出す。

 よく似ているが、やはり違う。両者の間にあるような信頼感が、自分たちの間には揺らいで見えた。結局、自分も、瑛も、長く離されてまで揺るがずにいれるほど、互いのことを信頼していなかったのである。


 崩れかけた絆を修繕するのには、まだ遅くはないのだと信じたい。


 だが同時に、これはひょっとしたらそのための最後のチャンスなのではないかと、恭介は漠然とそう思った。





―――そしてやがて夜を迎える。


―――炉心溶融メルトダウンまで、あと0日。

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