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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第7章 ザ・ベスト・パートナー
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第101話 血色の闇は深く

 城下を見渡せば、今日も何も知らない人間たちが平和な生活を送っている。裏側から血族に支配された国の、酷くいびつな光景だ。

 この日は王国にとって何やら特別な日であるらしく、街はいつになく賑わっている。傀儡と化した王は人々の前に出て、にこやかに手を振っていた。城の窓からそんな様子を見降ろして、小金井はぽつりと、呟く。


「王様の目、血族化して紅くなってるよね。気づかれないのかな」

「カラーコンタクトをつけているらしい」


 窓のすぐ脇で、ライフルの整備をしながらサイクロプスが答える。小金井の表情は、まるで力が抜けたように歪んだ。


「なんか、しょっぱい誤魔化し方だなぁ……」

「下手な魔法よりはよほど役に立つ。文明の利器とはそうしたものだから」


 そう言って、サイクロプスのひときわ大きな単眼が、ぎょろりと動く。


 全身、文明の利器で固めた彼女の言葉であるから、説得力はある。サイクロプスという魔物は、高い視力と器用な指先、そして頑健な肩を併せ持つ種族だ。手にしたライフルは弾薬を含め改造品であり、これらは彼女の身体能力に合わせて“元の世界”から送られてきたものである。ターレットレンズのついたゴーグルや、耐衝撃性に優れたミッションスーツも同様だ。

 このサイクロプスの装いは、顔半分を占める巨大な単眼と、額から伸びる一本角さえ気にしなければ、軍隊の特殊部隊員そのものである。


 小金井は、かねてよりの疑問を、彼女にぶつけて見ることにした。


「サイクロプスさんって……、昔は、何していた人なの?」

「カナダの沿岸警備隊に2年いた」

「マジで!?」

「嘘だ」


 ライフルの整備を終えた彼女は、その肩に背負いなおすと、窓の外に視線をやる。群衆の中を、国王を乗せた馬車がゆっくりと移動しているのが見えた。


「だが、君の考えている通り、私も元は人間だった。一族が、血族のシンパでな。転移変性ゲートの試作型が完成したので、そのテストとして送り込まれた。こちらの世界で、もう10年も前になる」

「じゃあ、他の、えーっと……。ドレイクとか、ゴーゴンとかも?」

「当時の転移変性ゲートは未完成だった。生きて通過できたのは私だけだ」


 その言葉には、わずかな後悔や未練なども浮かび上がってはいない。ただ淡々と、事実を話しているだけだ。

 おおよそ予測できていたことではあるし、サイクロプス本人にとっても、それは隠し立てするような衝撃的な出来事ではないのだろう。彼女は、元は小金井達と同じ人間であり、同じ転移変性ゲートを通ってモンスターとしてこちらに転移してきた存在だ。

 六血獣ゼクスブリードの中でこの経歴を持つのは、彼女だけだという。ドレイク、ゴーゴン、ティターンはこちらの世界の魔物であり、トードもそのようなものだ。


「このあたりはアケノに聞けばわかることだ」

「サイクロプスさんのフェイズ2能力とか、なんなの?」

「そんな便利なものはない。私のくぐったゲートは試作型だからな」


 ちょうどそのあたりで、城下の方から悲鳴が聞こえてきた。小金井とサイクロプスははっとして、声のしてきた方を向く。

 城下町のメインストリートを、一台の馬車が通っている。この国の王、今となっては血族の傀儡でしかないその男を乗せた馬車だ。だが、車上の彼に手を振る群衆の中から、刃物を出して飛びかかる、女の姿があった。女の叫びは、群衆の悲鳴に掻き消されて聞こえない。警備についた騎士達が女を止めようとするが、女は手にしたロングソードを振るってそれを切り捨てた。

 女はそのまま仰天した様子の国王に向けて飛びかかる。


 ぱん、という乾いた音がしたのは、小金井のすぐ横でのことだった。


 何をしたのかなど、見なくてもわかる。硝煙の香りが、じめじめとした蒸し暑い空気の中に舞い散った。

 側頭部を撃ち抜かれ、剣を構えた女は馬車の上から転がり落ちる。小金井は目を逸らさず、代わりに拳をぐっと握った。


 この出来事は、決して珍しいことではない。

 国王の変化や、その背後に潜む“何者か”の存在に気付く者もゼロではないのだ。血族が生活する上では人間の血は不可欠であるし、そのための生贄は側室を迎え入れるという体で王宮に招かれることもあった。

 基本、痕跡は残さないようにしているが、それでも一部の国民は血族の存在に気付く。そして時折、このようなことが起きるのだ。


「浮かない顔だな、ハイエルフ」


 サイクロプスが無感動な声で言った。


「……こんなの、良い気分なわけがない」


 精密な狙撃で射殺された女の亡骸は、何も知らない市民たちが蹴りつけている。家族の為か義の為か、蛮勇に訴えた一人の女剣士の末路は、あまりにも悲惨なものだった。だが、この状況で小金井に出来ることなど何もないのだ。

 感情的にならないように努めるのは、大層な苦労を要した。もしここで怒りを口にするようなことがあれば、サイクロプスにも自身の秘めた翻意を知られることになる。


 だが、サイクロプスは小金井の言動には、それ以上の興味を示さなかった。からん、という音がして、空の薬莢が石畳に転がる。


「おお、ハイエルフ殿、サイクロプス殿、こちらにいらっしゃったか!」


 押しつぶされたヒキガエルような声が聞こえて、2人は今度はそちらを向く。すると、でっぷりと太ったこの国の宰相が、汗を拭きながらぺったらぺったらとこちらへ歩いてくる。トードだ。

 小金井は詳しいことをよく知らないが、血族と内通し真っ先にこの国を売ったのはこの男だという。血族化する前に、禁術を用いてアンデッド化している為、六血獣の一人として名を連ねることになっている。種族名である“ノスフェラトゥ”と呼ばれないのは、単純にノスフェラトゥがこの世界における吸血鬼を指す言葉であり、ややこしくなるからだ。


 まぁ、“ヒキガエルトード”という呼び名こそ、この男にはぴったりであるようにも思えるが。


「ルークのレッド殿が目を覚まされましてな。これから今後の活動について、お話があるそうでして……」

「わかった、行くよ」


 あまり浮かない声を出して、小金井は言う。サイクロプスもまた、ライフルを肩にかけて頷いた。





「シャッコウが死んだか」


 顔に横一文字の傷をたたえたルーク・レッドは、状況報告を受けるなりそう言った。


 クイーンとの戦闘で重傷を負ったレッドは、今までの間ずっと治療を受け、立ち上がれない状況であったのだ。ルークの戦闘能力がどれほどのものであるかは、小金井もよく知っている。その上で、そのルークにそれだけの大打撃を与えた上で遁走した紅井明日香の力には、戦慄せざるを得ない。

 レッドはちらりと小金井の方を見、それから、その広間に集まる他の一同にも視線を向けた。六血獣ゼクス・ブリードの全員を眺めたところで、ひところ『随分と顔ぶれが変わったな』と呟く。


「既に、ビショップだのルークだのといった駒の役割は、あまり意味をなさん」


 資料を片手にそう言ったのは、アケノだ。


「状況は変わりすぎた。スオウもシンクもグレンももういない。新しく駒を招集する猶予もない」

「あまり芳しくはないということだな」


 同じルークであっても、レッドはシャッコウに比べてかなり落ち着きのある男であった。


 話のさなか、小金井は広間の中央に置かれた巨大なフラスコを眺める。その中には、色素を失ったボロ雑巾のような人間が、よくわからない液体に浸かっていた。四肢の大きく欠損したそれが、血族の王たる存在であると、小金井は知っている。そして、フラスコの前に置かれた玉座と、そこに腰かけた一人の少女は、王に操られ言葉を語るためだけに、そこに存在している。

 この“王”が、いかなる存在であるか。小金井はやはり、アケノを通して聞いていた。血族の王とは、すなわち“血の王”と呼ばれる王神の一柱であり、かつてこの世界での戦争に敗れて、小金井達の世界に逃亡してきたのだ。その後、人間に因子を別け与えることで眷属の数を増やした。


 最終的な血族の目的は、“血の王”の復活だ。王片と呼ばれる力の核を失った血の王は、不死性を持つ単なる超人でしかない。結果、いくつもの戦いを経てきた王の身体はボロボロになり、持ち前の不死性によって辛うじて命を繋いでいる状態だ。

 王が王片を取り戻し、再び王神に返り咲くことができれば、その圧倒的な支配力と破壊力をもって君臨することができる。かつて王神を駆逐したこの世界にも、あるいは、彼らを迫害し追い出した“元の世界”にも、好きなだけ復讐することができる。


 今、血族が手中に収めているのは“死の王”の王片のみだ。血の王片は、中央帝国が保管している。


「血の王片に関しては、現在スレイプニルが奪取に動いている」


 いまだに顔を合わせたことがない六血獣の一人の名を挙げ、アケノは言った。レッドはそれを聞いて片眉をあげる。


「奴を直接動かす状況になったのか」

「猶予はないと言っただろう」


 彼らの会話から察せられるのは、“スレイプニル”と呼ばれる最後の1人は、血族のとって切り札的な存在であるだろう、というくらいだ。当初の予定通り、2年4組のクラスメイト達を全員血族として従えることができていたのなら、もっと別の手段で血の王片を手に入れるために動いていたのだろう。

 だがこれだけでは、結局スレイプニルがどのような存在かまでは、わからない。


 血の王の復活自体は、小金井にとっても決して愉快な話ではない。今、王が力を失っている状態であるからこそ、小金井も比較的自由に動けるのだし、紅井や恭介も支配を受けずに逃げ切れているはずだ。血の王が王片を取り戻すことは、絶対に阻止しなければならない。

 だがそのためには情報が圧倒的に不足している。恭介たちだって、おそらくこの情報をはっきりと掴んでいるわけではないだろう。どうにかして、彼らに血族の動きを伝えなければならないのだが……。


「状況の変化はそれだけではないな。トード」

「え、ああ、はい。そうですね。お話ししましょう」


 汗を拭きながら、トードがアケノから進行を代わる。


「帝国の動きもわかってきております。ヴェルネウス王国に皇下時計盤同盟ダイアルナイツが2名、うち1名は、血魔獣候補のウィスプのようでして」


 その言葉を聞いて、小金井は思考を中断せざるを得ない。


「(火野だ……)」


 先日、獣王連峰で激突したばかりの相手である。彼の動向も気になるところではあるが、顔を合わせるのは気まずい。さすがに、瑛は小金井と冷静に話し合ってはくれないだろう。


「なんだって連中はヴェルネウスにいるんだ?」


 ドレイクが腕を組み尋ねる。トードは汗を掻きながら首を傾げた。


「どうしてでしょうな。まあ、現状、我々が手を出さない理由はありませんので、ひとまず放置ですな」

「(放置か……)」


 当然と言えば当然の選択だ。小金井はほっとしたような、歯がゆいような、そんな気持ちになる。

 やはりどうにかして、恭介たちと情報の交換をできればいいのだが。それもままならない。


 今後の血族の方針としては、王片の奪取に動いているスレイプニルの要請に応じて支援に動く形になる。その間、引き続きクイーン紅井明日香などの捜索は続けることになりそうだ。

 当然、他の生徒たちの捜索も続けるが、そこにマンパワーを割く段階は既に終わってしまった。彼らは徒党を組み、ルークのシャッコウを撃破できる程度の力はつけてきている。余裕をもった状態で相手をしなければ危険だという判断だ。これも、小金井にとっては朗報であり、同時に歯がゆい話でもあった。


 現状、恭介たちと接触する手段は、自分から動くしかなくなってくる。かなり困難を伴うだろう。

 逆に考えれば、恭介たちは徒党を組み、血族に対する自衛手段を充実させつつあるということでも、ある。とすれば、こちらに捕らえられた生徒たちを逃がすために、そろそろ動き始めるべきなのだろうか。


「んー……」

「ハイエルフ、話を続けて良いか?」

「えっ、あ、うん」


 つい、唸り声が口をついて出てしまう。アケノの言葉で我に返り、慌てて頷いた。


「ひとまず戦力を大きく2つに別ける。スレイプニルの王片奪取作戦に協力する組と、引き続きクイーンを探す組だ。前者はドレイク、後者はレッドを中心に動いてもらう」


 瑛の方は、監視をしつつも放置という方向になるのだろうか。気にはなるが、異論を挟むことはできない。

 小金井はドレイクのチーム。すなわち、王片奪取作戦の方に回された。こちらはスレイプニルからの具体的な要請が来るまでの間は、待機となる。この拠点を離れずにいられるというのは、助かる。

 王片が血族側に回るのを上手く阻止するまで立ち回れれば良いが、それは単独ではかなり難しくなるかもしれない。自分の立場が悪くなる可能性も踏まえて、クラスメイトが脱走する手筈も考えておく必要がある。


 やがて、会議は終わった。今回も、“王”は口を挟んでくることはなかった。


 レッドと共に紅井明日香を捜索するチームには、ゴーゴンとティターンが回される。彼らはぞろぞろと連れ立って広間を出て行った。

 残った小金井とサイクロプスが、ドレイクと共に王片奪取作戦の支援を行う。アケノとトードは、拠点を中心に頭脳労働で立ち回る。


 無言のまま、サイクロプスが部屋を出ようとしたので、小金井は慌ててそれを呼び止めた。


「あー、サイクロプスさん」

「………」


 彼女は立ち止まり、振り向く。ぎょろりと動く単眼には、いつまで経っても慣れない。


「……なんだ?」

「あー、いや、えっと……。また、白馬とか触手原の様子……見てきてくんない、かな……」

「またか」


 サイクロプスは目を細め、露骨に嫌がる仕草を見せる。が、それを特に口に出したりはしなかった。


「やっぱ直接顔を合わせるのキツいし……。アケノさんはアケノさんで、仲間を1人殺してるからこういうこと頼めないんだよ……。お願い!」


 ぱん、と手を叩いて拝み込むと、サイクロプスは小さく溜め息をつく。


「……彼らだって、いつまでも無事でいるわけではない」

「……だよね。それは、わかってる」


 血族側は、いつだって小金井との約束を反故にできる。それをしないのは、小金井が必死の抵抗を見せた時に、それなりの損害が生じることが明白だからだ。王片の奪取作戦と、クイーンの捜索を同時進行させている今、余計に戦力を消耗させる必要はないのだ。

 それに、小金井の身体もそう長くはもたない。ハイエルフの新鮮な血液は補充が効かない。因子の劣化を止める手立てはないのだ。約束を反故にするのは、彼が役立たずになってからでも良い。逆に言えば、小金井が戦力として使い物にならなくなった時が、白馬や触手原たちが危なくなる時だ。


 だから、そうなる前に、彼らは逃がす。


 それは決して口にはしないが、小金井が決めていたことではあった。


 それはそれとして、彼らの状況は気になるのだ。なので、小金井はしょっちゅうサイクロプスを捕まえては、彼女にクラスメイトの様子を探らせていた。

 先ほどわかったことだが、サイクロプスも元は同じ世界の人間である。そうなればなおさら、頼み甲斐もあるというか。なんというか。


「良いだろう。どうせ、要請が来るまで暇だ」


 サイクロプスはそう言って、ドレイクに声をかける。


「ということだ。私は捕虜の様子を見てくる」

「おう。何かあったら呼びに行く」


 黒い鱗の竜人は、特に制止するでもなくサイクロプスを見送った。





「おい、調子はどうだ」

「触手原くん、ちょっと、そこ……。もうちょっと、伸ばして……」

「大丈夫か? 見つかってないよな?」

「平気平気。だからさっさとやっちゃって」


 部屋の中では、ひそひそとそんな会話が交わされている。


 蜘蛛崎糸美が掌から出す糸を、触手原の触手が窓の外に垂らしている。それだけではなく、触手は器用に糸を壁に這わせたまま突起にくくりつけたりして、割と広い範囲に巡らせていた。

 白馬と雪ノ下は、そんな2人の様子が誰かに見つかっていないか、しっかりと気を巡らせていいる。


 何をしているのか、と言えば、これが実に簡単だ。


 軟禁生活にもいい加減飽きてきた彼らは、糸を通じて、せめて城内の状況でも探れないかと思い立ったのである。

 蜘蛛は糸の振動で獲物の存在を探知する。蜘蛛崎も、糸の振動から音を聞きとるくらいの芸当はできる。理由としてはまぁ、そんなところだ。


 とは言え、アラクネが手から糸を出すくらいはともかくとして、ローパーの全身から生える汁気たっぷりの触手がうねって城の窓から飛び出しているのは、いささか冒涜的に過ぎる光景だ。見るだけで気分が悪くなること、請け合いである。


 やらないよりはやった方がマシだろう、というくらいの気持ちで張った蜘蛛崎の糸だが、これが意外と役に立った。結構な情報が、入ってくるのである。


 少なくともこの王宮の場所は、ある程度特定ができた。大陸の東端、ヴェルネウス王国からそう離れていない位置に存在する小国だ。脱走した場合、どちらの方面に逃げるべきかの算段がつけられるというだけで、これはかなり役に立つ情報と言えた。

 他にも、血族には六血獣ゼクス・ブリードと呼ばれる幹部級が存在することや、血族の王が現在容体の優れていないこと、紅井明日香の居場所の特定に手間取っていることなどが確認できている。外の様子がわかるだけで、だいぶ見通しがすっきりした気分になった。


 その上で、現在触手原たちは、糸を更にさまざまな場所へ張り巡らせようとしている。


 そんな折、


「むっ!!」


 白馬が顔をあげた。


「処女の気配がするぞ。みんな隠れろ」

「隠れる必要ないじゃない」


 雪ノ下が呆れた声を出して、手近な椅子に腰掛ける。触手原が慌てて窓から触手を引っ込めていく。滴る謎の液体がひっかぶらないよう、蜘蛛崎が慌てて退避した。

 かつん、かつん。白馬が顔をあげて数秒もしないうち、廊下のほうから足音が響く。一同はごくりと唾を飲み込んだ。触手原は喉がないので特に飲み込んだりはしなかった。


 扉が、無遠慮に開く。


 一同の視線が、扉の方を向いた。


「………」


 一本角に大きな単眼。全身を特殊部隊風のスーツに包んだ、それは一人の女である。


「……サイクロプスさんって、そうなんだ」


 雪ノ下がぼそっと呟いた。


「……なんの話だ?」


 サイクロプスが訝しげに眉を潜めた。眉間もないのに、器用な潜め方だった。


「なんでもないわ。いい加減退屈だから新しいゲームソフト持ってきてくれないかしら」


 一同は横一列に並び、部屋に備え付けられたテレビ画面を向いている。画面からは、4人用対戦ゲームの派手なサウンドエフェクトが響いていた。3体のキャラが接戦を繰り広げる中、白馬の担当するキャラがなんの抵抗も出来ずに吹き飛ばされていく。蹄ではコントローラーが操作できないので当然の帰結であった。

 ひとまずサイクロプスから見れば、4人がテレビゲームで暇を潰していたように見えたはずだ。白馬だけは悲しそうな目をしていたが。


「えーっと、ところで今日はなんの用?」


 触手原が陽気に声をかけると、サイクロプスは腕を組んだまま小さく答えた。


「用は特にない」

「ええ、またそれか……」


 3日にいっぺんは、サイクロプスはこうして部屋を訪れる。最初はそれっぽい理屈を口にしてた彼女だが、次第に『用は無い』としか言わなくなってしまった。なんとなく、監視のようなものなのだろうな、というのは、想像がつく。

 今のところ、王宮のそこかしこに張り巡らせた蜘蛛崎の糸がバレている様子はないのだが、いつその大きな瞳で見つけられてしまうかと思うと、あまり気が気ではなかったりする。


 サイクロプスは腕を組んだまま、しばらく周囲を見回していた。居心地はあんまりよろしくない。


「ひとつ尋ねても良いか」

「尋ねるだけならタダよ」


 不意に飛び出してきた質問に、雪ノ下が応じる。

 こういう時、きっぱりとした発言が出来る彼女は大変頼りになる。実際のところ、時間さえ稼げれば白馬達を巻き込んででもこの宮殿に大打撃を与えられるのが彼女なのだから、態度も完全にハッタリとは言い切れない。


「あのハイエルフは君たちの」

「そいつの話はしないで」


 強張った蜘蛛崎の声が、サイクロプスにそれ以上の発言を許さなかった。雪ノ下は片眉をあげる。


「あー……。小金井の件はちょっとデリケートな話になるからパスで頼む」


 触手原が、代わりに蜘蛛崎の言葉を引き継いだ。白馬は何も言わずに天井へと視線をやる。

 瞬間、この室内に漂った微妙な空気感を察せないほど、サイクロプスは鈍感ではないようだ。訝しげな顔こそしたものの、それ以上踏み込んで尋ねてくることはなかった。


「ま、恨んでるのは蜘蛛崎さんだけだと思うわ。あたし」


 髪を掻き上げて、雪ノ下はそれだけ言う。今のところ彼女は、すっかり冷め切ったモードに入っていて、突き放した言動が多い。毎日熱血モードでいられても、それはそれで疲れるので良いのだが。


 蜘蛛崎が小金井から受けた仕打ちについては、一同はよく知っている。彼がいまどのような考えを持ち、どのように動いているとはいっても、その事実は決して変わることはない。少なくとも、小金井は嫌な奴だった。クラスメイトを散々見下したし、身勝手な言動をとった。

 『恨んでいるのは蜘蛛崎さんだけ』と言った雪ノ下ですら、その言葉には突き放すようなニュアンスを孕ませる。彼女も小金井のことを好いていないのは明らかだ。


「(まぁ、雪ノ下の場合、好きなやつを探すほうが難しそうだな)」


 天井を眺めたまま、白馬はそんなことを思う。


 白馬は小金井のことが、そんなに嫌いではない。調子にのった奴だなとは思うが、自分自身もそうだったし、ま、あまり死者を悪しざまに言いたくはないが、鷲尾だってそうだった。

 小金井は自らの命惜しさに仲間を見捨てるような言葉を吐いたし、それが決定打となってクラス内での地位を失った。ただ、その時、白馬と鷲尾は評価の落ちた小金井を切り捨てる形で、立場を維持したのは事実だ。


 小金井と竜崎を取り巻く、クラス内地位の劇的な変化。

 その中で、褒められた行動を取れた者など一人も居なかっただろう。おそらく、あの空木恭介でさえも。


 鷲尾吼太は死んだ。小金井のことを恨んでいないという遺言があったらしい。

 結局のところ、自分も鷲尾も小金井も同じ穴のムジナであって、互いを悪しざまにけなすような権利などないと、白馬は思う。


 それはそれとして、蜘蛛崎が小金井を毛嫌いする気持ちは、また別のものだ。だからまぁ、白馬も蜘蛛崎の前で小金井の話題を出さないようにするだけの配慮は、出来た。


「……そうか」


 長い沈黙のあと、サイクロプスはそれだけを言い、扉を閉じて廊下に出た。やがて、かつん、かつんという足音が遠ざかって行き、そこでようやく、白馬はおもいっきり溜め込んでいた息を吐いた。


「ぶはっ……」


 そんな白馬の様子を見て、触手原もぼやく。


「どうする白馬、また来るぜあの人」

「また来るだろうなー。やだなー。めんどくさいよなー」


 白馬はそう答えて、今度は雪ノ下と蜘蛛崎を見た。

 蜘蛛崎は、未だにかすかに震えている。そんな彼女に、雪ノ下が寄り添って肩を叩いていた。クラスではまったく交流のなかった2人だし、根が高慢な蜘蛛崎と根が冷血な雪ノ下では、本来は絶対に仲良くなれないだろうと思われたのだが、少なくともいまこの時は、それなりに良い交友関係を築けているらしかった。


「なぁ白馬、いま、何考えてるんだよ?」

「いろいろだよ」


 触手原が突っ込んできたので、ひとまず白馬は曖昧にぼかす。


「ひとまず、蜘蛛崎がまた調子悪くなっちゃったから、糸張りの続きは落ち着いてからだな」

「そうだな。じゃあ、もうしばらく、俺達はゲームでもやってようぜ」

「だから俺は蹄だからコントローラーは握れねぇんだよ……」


 数本の触手を器用に駆使して、2つのコントローラーを自在に操る触手原を見て、白馬はちょっぴり羨ましそうにぼやいた。



炉心余裕メルトダウンまで、あと5日

そろそろ感想返しと誤字修正もしていかないといけませんなー……。

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