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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第7章 ザ・ベスト・パートナー
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第99話 ジャイアント・ママ来訪

 拠点の地下に設けられた部屋には、花園と茸笠用の椅子と机が設えられるようになった。いよいよ、本格的にオペレーションルームのような扱いになりつつある。花園は相変わらず冷たいが、茸笠としては現在の処遇に結構満足していた。

 他のメンバーが体験している地獄のような訓練は免除されているが、それ自体が楽なことかというと、そうでもない。能力を延々と使い続けなければならないのだから、疲労度はかなりのものだ。


 それでも、自分たちにしかできない役割を任せられるというのは、数ヶ月前まで平凡な男子高校生だった茸笠にとっては、嬉しい話なのである。


 茸笠シメジのクラスでの立ち位置は、そこまで特筆するようなものではない。彼がよくつるんだ相手というのは、魚住鮭一朗や猿渡風太といった、運動部のエース級男子であり、それにしたって特別な理由があって集まったグループではない。

 クラスのトップカーストに君臨した竜崎とゴウバヤシのグループ、その取り巻きとして存在した鷲尾や白馬のグループに比べると、発言権もいまいち薄く、クラス内政治に絡むことはほとんどなかった。ただ、猿渡は雪ノ下涼香とウマが合うし、魚住経由で上位女子グループの魚住鱒代とも会話をする機会が多かったので、安全に楽しく学校生活を送れていたのが、茸笠たちのグループである。


 茸笠は今回の合流でグループ全員と再び行動を共にすることができたし、その上自分にしかできないような仕事を任せられるようになったので、ポジションとしてはやはり恵まれている方だと自覚している。


「よーう、シメジ!」


 食事を終え、地下のオペレーションルームに引っ込もうとした茸笠に、前から魚住鮭一朗が挨拶をしてきた。


「よう、ケイ。特訓は終わったのか?」

「ああ。今からメシだ。ゴウバヤシの奴、なかなか鬼でさ……」

「まぁ、見たまんま鬼だからなアイツ」


 戦闘訓練の指導は、ゴウバヤシと奥村を主導として行われている。茸笠もその2人とは、同じゼルガ剣闘公国に飛ばされてからずっと一緒だ。ゴウバヤシは見たまんま求道的ストイックな性格だし、奥村は多少は温厚だがやはり性根にかつて伝説の不良と呼ばれた血が眠っているようで、彼らの訓練はとにかくキツい。

 さらに言えば、ゼルガに飛ばされたクラスメイトは茸笠を除けば規律に厳しい武道少女・剣崎と、熱血青春野郎・猿渡、そしてネイティブオウガのゼクウという組み合わせだったので、割とこう、脳筋スポ根チックな毎日を送らされたものである。同じ目に、目の前の魚住が合わされているのだとすれば、ちょっぴり同情だ。


「ケイのフェイズ2は《魔魚化》だっけ? 使いみち難しそうだよな」

「そうでもねぇぞ。まぁ変身すると這って動くくらいしかなくなるけど、パワーは増えるしな。まぁ、鱒代の魔法で水敷いてもらった後の方が、動きやすいけどな」


 食堂の入り口付近で立ち話をする茸人マタンゴ魚人ギルマン

 この組み合わせも大概だが、茸笠シメジと魚住鮭一朗は、そもそも人間の頃から『ホイル焼き』というコンビ名で呼ばれていたこともある組み合わせだ。なお、こう呼んだのは主に杉浦である。


 当の杉浦は、連日の特訓が祟ったのか身体をテーブルの上に投げ出してぐったりとしている。

 調理担当ということで、内容は幾らか免除されているし、調理手伝いの生徒も駆り出されるようになったが、そもそも彼女は身体を動かすこと自体が、あまり得意ではない様子だった。


「そういえば、火野が見つかったんだって?」


 ふと、魚住が思い出したように言ったので、茸笠は眉(の代わりにカサ)をひそめた。


「見つかった……は、見つかったよ。ただ、まだこっちから手出しをできる状況じゃないから、泳がせる感じだ」


 ゴウバヤシと、空木恭介の話し合いでそう決まった。


 そもそも、火野瑛の動向自体に、まだ不明瞭な部分がある。菌糸の成長に著しい支障をきたしたのもそれだ。成長に異常が発生した菌糸は切り離し、今は改めて範囲を広げている。

 その上で、やはり菌糸の成長に異常が発生する区域がどうしても存在する。逆に言えばその位置が、現在瑛の存在している場所ということになる。


「毒でも撒いてんのかな」


 魚住が首を傾げながら呟いた。


「ただの毒なら分析できるはずなんだよ」


 茸笠も釈然としないようにつぶやく。


 彼のフェイズ2能力は、体内での化学兵器・生物兵器の生成だ。歩く薬品工場、BC兵器そのものとなったのが茸笠である。そして同時に、生体活動に異常をきたすような毒や物質などを、分析する能力も備わった。

 その茸笠でも把握できないということは、火野瑛の周辺に発生している“何か”は毒ではないのだ。魔法的な効果を持つ、何かかもしれない。


「集めなきゃいけない情報って、火野以外のこともいろいろあるんだろ。がんばれよ」


 どん、と魚住が思いっきり茸笠の背中を叩く。頭部のカサから、胞子が勢いよく飛び散った。


「あそこのオペレーションルーム、めっちゃ息詰まるんだけどな」


 茸笠はカサをキュッと押さえながら呟く。

 菌糸と植物によりネットワーク網は徐々に拡大している。得られる情報は多岐にわたり始めているのだが、やはり実感として、そのネットワーク網に穴をあけながら進む“火野瑛”の存在がどうしても気になるのだ。瑛と行動を共にしている、“冥獣勇者”のことも、やはり気になる。


 火野瑛の現状について続報が届くのは、それからしばらくもしない日のことであった。




 2年4組の現在の拠点には、定期的にジャイアント・ママが訪れる。らしい。

 らしい、というのは、一部の生徒はそのジャイアント・ママという人物が如何なる存在であるか、まったく知らなかったからだ。冒険者協会が認定した最強の五人“五神星”がひとり。“獅吼星”ジャイアント・ママ。


 ママに遭遇したことがない面子でも、“響狼星”名無しには会ったことがある。剣を下げた黒装束の男であり、年齢はまったくの不詳。強者との戦いを望むバトルジャンキーであり、その実力は本物だが、以前恭介と正面から戦って完璧に打ち負かしたことがある。というくらいだ。あとは、帝国側に捕まりかけた御座敷や壁野を逃がしてくれた。


 名無しの実力を目の当たりにしていれば、それと同列に語られるジャイアント・ママがどれだけ恐るべき存在かは理解できる。

 帝国や血族と事実上の敵対関係にある今、このジャイアント・ママとの間に築かれた友好関係は、数少ない安堵できる後ろ盾と言えた。この関係はあくまでも個人的なもので、そこに政治的なしがらみが一切生じないというのも、助かる。


 この日は、そのジャイアント・ママが拠点を訪れる日であった。


「うおっ……!?」


 ドスドスという足音と共に山道を登り、姿を見せたジャイアント・ママ。目の当たりにした時、思わず声を漏らしたのはゴウバヤシであった。

 話に聞いた通り、見事な樽型ボディの中年女性である。身長は2メートルを越え、花魁トルネードアップを彷彿とさせる髪型で更に50センチは稼いでいる。迫力で言えば、3メートルのオウガであるゴウバヤシに、勝るとも劣らない。


 ゴウバヤシの隣には、杉浦彩がいる。杉浦は大きく手を振って、ジャイアント・ママに声をかけた。


「ママさーん、こっちこっちー!」


 この拠点で旅館を経営していた頃、杉浦の作る料理に感激したジャイアント・ママが、経営の手伝いをしてくれたというのがそもそもの切っ掛けであるという。ママは冒険者としては半引退状態にあり、ヴェルネウス王都で民宿を経営しているらしい。大学を卒業した息子たちに民宿の経営を任せられるようになってから、ママは再び自由を得て、こうして国内を奔放に歩き回るようになった、ということだ。

 半引退状態にあると言っても、五神星に数えられる実力は本物だ。ジャイアント・ママの放つ魔法が山をひとつ吹き飛ばしたところを、杉浦は見たと言う。


「来たよ、アヤ。どうやら仲間たちとも合流ができたようだね」


 やたら化粧の濃い顔で、ジャイアント・ママは破顔する。その視線は、次にゴウバヤシへと向けられた。


「オウガかい。なかなか頼もしそうな奴じゃないか」

「……ゴウバヤシだ」


 気後れしないよう、一度深呼吸をしなおしてから、ゴウバヤシは挨拶をする。


「話はいろいろ聞いてるよ。帝国側についた仲間がいるんだってね。ためになるかはわかんないけど、耳寄りな情報を持ってきたよ」


 そう言って、ジャイアント・ママはニヤリと笑う。


「耳寄りな情報?」

「アタシの旦那が騎士団の隊長やってるんだけどね。その筋から入った話さ。中で良いかい?」

「どうぞどうぞー」


 ゴウバヤシが何かを言う前に、杉浦がママを案内する。連日の特訓でぐったりしている杉浦も、この時ばかりははしゃいでいた。

 外では引き続き、奥村の指導のもとで数人の生徒が戦闘訓練を続けている。ゴウバヤシは奥村に後を任せると、杉浦たちに続いて中へと入った。


 現在は情報を集めなければいけない段階だ。ジャイアント・ママを通して、冒険者協会にも情報収集を頼みたいというのが、当初の予定であった。まさかママが先に情報を持ってくるとは思わなかったが、これが吉報なのか凶報なのか、気になるところではある。


 外での特訓がひと段落ついた生徒たちは、中で休憩中である。立派なロビーの椅子に、ジャイアント・ママが腰を下ろすと、他の生徒たちも気になるのかぞろぞろ寄ってきた。


「実はね、皇下時計盤同盟ダイアルナイツが2人、この半島に来ているらしいのさ」


 出された紅茶キノコを飲みながら、ママはにやりと笑う。杉浦とゴウバヤシは、互いにちらりと視線を交錯させた。


「こちらでも同様の情報を掴んでいる。“冥獣勇者”と……“黒い太陽”、か?」

「ああ。その2人だ。一度、王都まで来てね。ヴェルネウスの王様に面通しを要求してきた」


 大陸のはずれにあるヴェルネウスは、中央帝国の支配が及ばない数少ない国家だ。国力では圧倒的な差がありつつも、天然の城壁として機能する獣王連峰、戦火で台無しにするにはあまりにも勿体ない肥沃な土地と、湧き出る温泉に根差した湯治文化など、様々な“帝国が手を出しにくい”条件が揃っている。

 帝国貴族の多くも、ヴェルネウスには湯治に訪れる。そのため、彼らの多くはヴェルネウスとの関係悪化を望まない。如何に皇下時計盤同盟と言えど、ヴェルネウス国内で活動するには王家への義理立てが必要となる。


 時期で言えば、ちょうどゴウバヤシ達が冒険者自治領で血族と交戦していた頃、“冥獣勇者”はヴェルネウス王都を訪れていた。手配中の魔物を、ヴェルネウス国内で捜索するための助力を要請してきたのである。

 手配中の魔物というのが、いわゆる2年4組の生徒たちを示しているのはほぼ間違いなかった。彼らは何らかの手段(おそらくは竜崎の発信した広告だ)で、ヴェルネウスに2年4組の生徒たちが集まることを察知し、その捜索を開始している、ということだ。


 だが、ジャイアント・ママの話では、ヴェルネウス王家はこの要求を突っぱねたという。


「王家からしたら、手伝う義理もないしね。ゼルガやゼルネウス自治領を含めたこの周辺は、魔物に対して排他的な風潮もないし、他にも要因はいろいろさ」


 とにかく、そのような理由であるから、“冥獣勇者”ともうひとり“黒い太陽”火野瑛は、ヴェルネウス王国の助力を得られないまま、国内での活動を余儀なくされた状態である。彼らはほぼ2人で、こちらの居場所を探っている。


 ゴウバヤシは腕を組んでしばし考えた。

 すなわち現状、彼らはほぼ孤立無援ということになる。強敵であることは間違いないが、あるいは今こそ、接触を図る好機とも言えるのではないだろうか。

 彼らの目的も、少なくとも表面上のものはハッキリした。2年4組の生徒たちを捕獲するために動いている。


「どう思う? 杉浦」

「えっ、そこであたしの振るの?」


 杉浦はびっくりしたように顔をあげた。


「一応、おまえは旅館組のリーダーだったからな」

「いやいや……。あたしは、ほら、ウツロギくんやゴウバヤシくんみたいに、そういう状況判断とかするタイプじゃないから。いやほんと、厨房でご飯作ってるだけなんで……」

「ふむ」


 やはり、恭介との相談が要るか。


「だが、見通しを立てるには良い情報だ。感謝する」


 ゴウバヤシが頭を下げると、ジャイアント・ママはにやりと笑った。


「まぁ、見返りはきちんといただくよ。アヤ、例のものは貰えるんだろうね」

「ああ、うん。ママ、それについてなんだけど」


 杉浦はそう言って、背後の方に視線を送る。すると、待機していた茸笠シメジがザルを持って厳かにこちらへ歩いてきた。ジャイアント・ママは、そのザルの中に視線を移すと、感心したように『ほう』と溜め息をつく。

 ザルの中に載せられていたのは、それはそれは大きなマツタケであった。これを日本で買おうとすれば、一本数千円は下らないだろうというシロモノだ。それだけではない。まるで黒真珠のような輝きを放つトリュフに、立派なカサを持つシイタケなどが、所せましと並べられている。


「キノコの栽培も始めたのかい。大したもんじゃないか」

「茸笠くんが入ったからね。魚の養殖も始めるつもり」


 好意で情報提供や助力をしてくれるジャイアント・ママではあるが、彼女も冒険者である以上、見返りは求める。これまでは、花園が家庭菜園で育てた野菜がその報酬となっていたが、そこに新たに、茸笠の育てたキノコをくわえようというハラだ。

 戦闘要員として活動している魚住鮭一朗も、魚の養殖に挑戦する意向を見せているので、この拠点での自給自足生活は更に加速しそうである。そこで育てた魚や野菜を、更にジャイアント・ママとの交渉材料に使えるならば悪くはない。


「ふむ……」


 ママはおもむろにザルの上からキノコを手に取り、眺めてみた。


「……なるほど。悪くはないね。良いよ、こいつをくれるってんなら、アタシももうちょっと動いても良い」

「俺たちからあなたにお願いしたい件は幾つかある」


 ゴウバヤシは身を乗り出すようにしながら、指を立てた。


「まずは冒険者協会のネットワークで調べ物をしてほしい。大陸に散った、現在行方の知れない仲間の捜索だ」

「ふむ。なるほどね。良いよ」

「元の世界に戻る方法、人間の姿に戻る方法も探している。だが、これは全員が揃うことが前提だ。ついでにできたらで構わない」


 東の森の賢者を尋ねよ、というのは、もう数ヶ月前に騎士王国で得られた数少ない情報だ。その後、突発的な転移事故でみんながバラバラになってしまったため、ゴウバヤシ達も目の前の問題に向き合わざるを得なかった。だが、ある程度の余裕を得られた今ならば、帰還の手がかりに関してももう少し進展が欲しい。

 スオウを撃破した後、血族のアジトで見つかった書類。あれがいま手元にないのは少し惜しい。他のクラスメイトを探す過程で、重巡分校と資料が見つかれば、手がかりも得られやすくなるだろうが、それはまた少し先の話だ。


 ジャイアント・ママは腕組みをしながら話を聞いている。


「最後の要求は、あなたの戦力を俺たちに貸してほしいということだ」


 ゴウバヤシのその言葉に、ジャイアント・ママは僅かに目を細めた。


 五神星がひとり。あの名無しと比肩しうる力を持つ彼女は、帝国や血族と衝突する上では心強い味方となり得る。ジャイアント・ママが実質的な戦力として機能するのであれば、それだけでも見通しがだいぶ変わってくる。それを期待しての要求だった。


「そいつを頼むには、これだけのキノコじゃまだちょっと足りないねぇ」


 だが、ママはそう言った。


「アタシはあんた達に好意を持って接している。だから、あんた達が危機に陥るんであれば、アタシ個人の意志で助けてやることはあるさ。ま、それが結果としてロハになることはあるけど……あんた達がアタシの戦闘能力に期待して、それを運用したいっていうのであれば、ま、話は全く別になるさね」

「なるほど、道理だ」

「冒険者としてのアタシの腕は、さすがに安くないよ。これでも五神星だ」


 これは、ある程度予想のついていた答えではある。だから、落胆と言えるようなものはなかった。

 現時点でも、友人としてある程度の融通は利かせてもらっている。あまり我が儘も言えないだろう。


 その上で、ゴウバヤシはこのような提案をした。


「では、あなたに模擬戦の相手を頼むのであれば、どれほどの報酬が必要になるだろうか」

「へえ?」

「俺たちは、皇下時計盤同盟ダイアルナイツや血族の幹部級と戦わねばならない。戦闘訓練は続けているが、実力を測る相手が必要だ。いきなりぶっつけ本番で全滅しては、元も子もない」


 前回のシャッコウ戦も、かなり危ない橋を渡ったのだ。あれだけの快進撃をいつまでも続けられるとは思えない。

 五神星に胸を借りられる機会があるのなら、そのチャンスは積極的に利用していきたい。冥獣勇者や今の瑛とぶつかるには、それだけの準備と覚悟は必要になってくるはずだ。


 ジャイアント・ママはしばらく腕を組んで考えていたが、やがてニヤリと笑ってこう答えた。


「わかった。それは特別価格でやってあげるよ」




『と、そのようなことになった』


 トマト越しの通信で、豪林元宗はそう言った。


 恭介たちは、密林を抜けて悪霊湿原にたどり着いていた。湿原の夜は暗く、何故か空に舞叩く星が遠く見える。


「ママさん相手の模擬戦か。俺たちもそれまでに戻れればいいんだけどなー」


 恭介は頭を掻きながら答えた。

 五神星と言えば、恭介は一度、名無しに完敗を喫しているのだ。根に持っている、とまでは思わないが、あれから少しずつ強くなって、どれほど力が通用するようになったのか、試しておきたい気持ちはある。


「ともあれ、情報はだいぶ開けてきたな。見通しが立つっていうのは、良いことだ」


 冥獣勇者と、それと行動を共にする瑛の動向がはっきりしてきたのは、恭介にとっては良いニュースである。その上で、ゴウバヤシの言った、『これを好機ととらえるべきか』については、慎重になる。

 瑛も、冥獣勇者も強敵だ。フェアな話し合いをするためには、ある程度の下準備が必要になってくる。だが、彼らがこのまま帝国へ戻ったり、あるいは帝国から応援が来るようであれば、今が彼らに交渉を仕掛けるチャンスである、という言い分も理解はできる。


『火野はまだ泳がせるか?』

「俺がそっちにいれば、すぐにでも動いたんだけどな」


 恭介は呟く。


「俺がいれば、瑛は強硬手段には出れないはずだ。ただ、例えばゴウバヤシが交渉に向かったとして、あいつが乱暴な手段に出れないかっていうと、多分、そんなことはない」


 今の瑛は、単純な戦闘力で言えばゴウバヤシを上回ると考えられる。冥獣勇者と力を合わせ、赴いた生徒が逆に捕まってしまう危険は高かった。

 恭介は、自身が赴くことができれば、そのストッパーになり得ると踏んでいるのだ。


『ずいぶんと自信があるんだな』

「あいつのことに関してはなー……」


 恭介はぼんやりと虚空を見上げて応える。


「俺が言うのもなんだけど、面倒くさい奴なんだ。あいつは」

『永く居ると、そう見えるものだ』


 ゴウバヤシのそれは、やけに含みのある物言いだった。


「竜崎も面倒くさい奴だったのか」

『当たり前だ。俺が何度、あいつの尻拭いをしたと思っている……。いや、それは良い』


 彼が竜崎について不満を漏らすところを聞くのは、恭介は初めてだった。いや、恭介どころか、ひょっとしたらクラスメイトの中でゴウバヤシのこんな言葉を耳にした生徒は、誰ひとりとしていなかったかもしれない。

 それを聞いた恭介は、一瞬懐かしい気持ちになった。平坦な声で取り繕うところも含めて、ゴウバヤシの竜崎に対する物言いが、瑛の自分に対する物言いによく似ていた気がするのだ。


『ウツロギ、火野の件に関して、俺はまだ、おまえの意見を詳しく聞いていない』

「ん?」

『火野は良かれと思って帝国に手を貸しているらしいな。その火野を、どうすれば帝国から引きはがせる?』

「ああ……」


 恭介はそう言えば話していなかったか、と、ぼんやりした返事をしてしまう。


「んー……。具体案があるわけじゃないんだけどな。ただ、瑛は……今、そうとう無理をしているはずなんだ」

『ふむ』

「あいつは、一人で上手に立ち回れるような器用な性格じゃない。俺が何かやらかそうって時にはストッパーになってくれるけど、自分で自分のブレーキをかける方法を知らないんだ。だからやりすぎる。あいつ自身も、今の自分の立場が、あまり俺たちにとって良いもんじゃないってわかってるはずなんだ。でも、ブレーキのかけ方を知らない」

『心の底では、こちら側に帰りたがってるとでも言うのか?』

「いや、俺、正直こういうことあまり言いたくないんだけどさ……」


 そこの表情筋があれば、恭介は相当な苦笑いを浮かべていただろう。


「あいつ、俺と喧嘩してまでその立場を保てるほど強い性格してないよ」


 昔から、そうだった。


 瑛が恭介に対してどれだけ強い諫言をしようと、それは両者の信頼のもとに成り立っていた。どれだけ言われようと、恭介と瑛の間には絆があったのだ。

 だがそれは、今にして思えばずいぶんと、歪な絆であったようにも、思う。


『つまり、おまえは火野と喧嘩したことがないのか』

「まあ、うん」

『それは良くないな。この機会に一度しておくと良い』

「ゴウバヤシは、竜崎と喧嘩したことがあるのか?」


 ゴウバヤシの言葉が気になって、恭介が尋ねる。トマトの向こうで、ゴウバヤシはフッと笑った。


『しょっちゅうだ。だいたいは、こちらが折れる』


 意外なような、よくわかるような、そんな話だった。


『ひとまず理解はした。火野の件に関してはお前に任せる。早く戻れよ』

「ああ、わかった。ありがとう」


 その言葉を最後に、通信を終了する。


「瑛と喧嘩……。喧嘩かぁ……。そんなことして、あいつ、平気なのかなぁ……」


 恭介はぽつりと呟いた。瑛は弱いし、脆い。それをよく知っているからだ。


 もし正面から彼と喧嘩して、その感情が爆発するようなことがあれば。今の瑛の力を見る限り、それはちょっとした大災害につながりかねないのではないだろうか。

 心臓を失くしてから久しい恭介の身体ではあるが、この時ばかりはさすがに、胸騒ぎが止まらなかった。



炉心溶融メルトダウンまで、あと9日

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