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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第7章 ザ・ベスト・パートナー
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第98話 トマトとキノコの果て

 世界で一番大きな生物は、キノコであるという。


 もちろん、元の世界での話だ。キノコがでかい、などと言われてもいまいちピンと来ないが、ひとつの山の地下をまるごと占拠するような菌床――キノコの根っこのようなもの――が、1992年のアメリカで確認され、以来、東京ドーム138個分にも相当する面積を持つキノコが、世界最大生物のタイトルホルダーとして君臨し続けているという。

 別に、目に見える大きさというわけではないのだ。だが、地下に連なる菌床は、すべて単一の生物であるという科学的な裏付けが取れている。キノコの構築するネットワークというのは、実に広大なのである。


 マタンゴに転生した茸笠シメジは、フェイズ2によって菌類と化学物質を操る能力に目覚めた。


 拠点を旅館に移した後、茸笠は即座に地下に菌床を作り、それを急成長させる作業に移行している。

 菌類による膨大なネットワークを構築し、多方面から情報を集めるようにするためだ。現在も、菌床は凄まじい速度で急成長を遂げている。茸笠は、発達した菌糸の末端部分からも情報を読み取ることができるので、菌糸が広がり続ける限り、そこは彼の目鼻となる。


 ところで、茸笠にはひとつ、悩みがあった。


「花園、そっちの植物ネットワークの方はどうだ?」

「………」


 同じ作業についている花園華が冷たいのである。


 原因はわかっている。以前、重巡分校で海を渡っている時、花園の家庭菜園を茸笠のキノコが全滅させかけた事があり、その時彼女がマジギレしたのだ。以来、花園は茸笠に対して妙に冷たい。

 花園も植物を展開させて四方にネットワークを伸ばしているが、茸笠とは最低限の会話しかかわそうとしない。


 植物および菌類プラントと化した地下室において、しばらく会話のない状態が続いた。


「(た、耐えらんねぇ……)」


 全身キノコ人間は、肩に思いっきりジメジメとした線を背負いながら頭のカサを壁にぶつけた。


「茸笠、花園、調子はどうだ」


 階段の上から、ゴウバヤシの声がする。茸笠が返事をするより早く、花園が声をあげた。


「まぁまぁ。集中できてるから広がるのは早いかなー」

「そうか、ふむ」


 ゴウバヤシの巨体が、ずんずんと階段を下りてくる。3メートル近い彼の身体は、天井の低い地下室だと居心地が悪そうだ。彼は腕を組んだまま、ぐるりと狭い地下室を見回した。


「うぅむ……。当たり前だが、俺が見てもまったくわからんな」

 「地下で広がってるからな」


 茸笠は小さく肩をすくめる。


 これも当然のことだが、状況の進展はいまだ無い。そこを進めるために必要なのが情報であって、情報を得るための活動が、茸笠たちのネットワーク構築なのだ。火野瑛の行方や、帝国、血族の動向、それらを探り当てることで、初めて指針というものが成立する。

 それだけではない。元の世界に帰る手段もだ。件の賢者が住まうという東の森は、ここまで来ればそう遠くない。まだそちらに回す手が無いことは惜しいものの、落ち着ける状況になったら、分散して事態解決に動くことも、視野には入れられる。


 その為に、茸笠たちの仕事は大事なのだ。


「地味な仕事だけどなぁ……」


 そう言って、茸笠は地下室に露出した巨大な子実体にそっと手をあてがう。この子実体を介して、地下の菌床に力を送り、更に菌糸の範囲を拡大していくのだ。

 広がって行く菌糸を通して、茸笠の意識に様々な情報が流れ込んでくる。菌糸はやがて地上にも伸び、子実体を形成する。子実体は情報端末として、その周囲で起きている出来事を正しく茸笠に伝える。茸笠は、そこから更に菌糸を操って、外部に対してある程度の干渉を行うことができる。接続をきちんと行えば、茸笠が生み出すものと同様の化学物質を、子実体の胞子に紛れさせることも可能なはずだ。


 同様のことを、花園も続けている。花園は、どちらかと言えば地上から蔦などで範囲を広げていく。ひとつの菌床だけではなく、種子を振り撒いて影響下の植物を増やしていくスタイルなので、茸笠に比べれば範囲の拡大はゆっくりしたものだ。だが、花園のこしらえた植物は、なぜか戦闘能力が高くなる傾向にある。広がった情報端末が、そのまま戦闘要員として期待できるパターンだ。


「ところで、二人に杉浦から連絡だ。夕飯の為に、キノコとトマトを至急調達したいらしい」

「あいよ」

「わかったー」


 二人は、それぞれ子実体と球根から手を放し、地下室の階段を上がって行く。花園の家庭菜園は中庭にあるし、茸笠のキノコ農園も、1階の倉庫を利用して運営を開始していた。

 茸笠がキノコ農園から、適当な食用キノコを引っこ抜いて厨房に運んでいくが、そこには杉浦の姿は見えない。これまでの彼女は厨房からほとんど出ることはなかったはずだが、空木恭介の打ち出した新方針に従って、彼女も戦闘特訓に参加することになっている。体色変化能力を活かした擬態が得意な杉浦は、直接的な戦闘能力はそこまで高くないが、それでも先の戦いではポーン1体に対して見事な奇襲からのオクトパスホールドを極めたと聞いている。きちんと訓練を積めばそれなりの戦力にはなるのだろう。


 茸笠は、厨房の入り口に置かれたカゴの中にキノコを突っ込むと、また地下室へと戻る。


 地中から飛び出した子実体に再び手をかざすと、伸びた菌糸の先から様々な情報が送り込まれてきた。十数キロ四方に広がった菌糸は、まだまだ範囲を広げていく。


「……ん?」


 茸笠は、流れ込んだ情報の中に、一瞬だけ気になるものがあって手を放した。


「……どうかしたの?」


 後ろから、冷たいながらも少し訝しがるような、花園の声が聞こえてくる。彼女もトマトを厨房前に置いてきた帰りだろう。


「いや、菌糸の端っこから、なんか見えたような気がして……」

「どっちの方角?」


 花園はそう言って、やはり地中から飛び出した球根に手をかざす。すると、球根がぽう、と柔らかく輝いた。


「南……ちょっと西より、かな。南西ってくらいじゃなくて……。南南西くらい、かな?」


 何より一瞬だけ見えた情報なので、茸笠にはよくわからないのだ。


 視覚的な情報に変換されたそれは、2つほどの人影であるように思えた。人影自体は、菌糸を広げていく過程で何度か目撃できたものだが、その一瞬だけ見えたものに、茸笠は妙に引っかかるものを感じた。

 具体的な位置を探りなおすために、茸笠は子実体から位置情報を遡って行く。


「俺たちがゼルガ剣闘公国で見た、冥獣勇者に似ている気がした」

皇下時計盤同盟ダイアルナイツって人だっけ……。火野くんと一緒に行動してるって……」


 行動に移してから早々に情報を得られるのであれば僥倖だ。茸笠は、花園のちんまい身体をちらりと眺めてから、再びかざす手に意識を集中させた。

 話しかけてくれてはいるのだが、花園の機嫌はまだ直る気配がなかった。





 大陸の南東部に突き出たヴェルネウス半島。そこから北に獣王連峰を抜けると、気温と湿度が高い平地が広がっている。

 熱帯のジャングルを思わせるディラッド密林、そこを越えるとアンデッドモンスターの生息域として名高い悪霊湿原にたどり着く。


 恭介たちは、方針を決めた翌日、この悪霊湿原を尋ねるために拠点を発った。


 参加メンバーは恭介、凛、杉浦、そして原尾だ。馬車はジャイアント・ママから借り受けたものであり、それを引くのは一頭の大きなベヒーモスである。何故あの拠点にはベヒーモスが大人しく飼育されていたのか、何故そのベヒーモスの頭にはトマトが生えているのか、気になることは尽きなかったが、突っ込むのも怖かったので追及は避けた。

 まる一日をかけて獣王連峰を越え、ディラッド密林を右手に見ながら、細い道を北上していく。


 そんなこんなで、まあ更に2日ほどが経つ。密林にも終わりが見えてきて、湿原が近づいてきたあたりだ。


「そう言えばこのあたりに、また別に国があるんだよね」


 地図を広げながら、凛が呟く。


「ああ、そう言えばあったな。すごく小さい王国だって聞いた」


 馬車に揺られたまま、恭介も地図を覗き込んだ。

 ディラッド密林と悪霊湿原に挟まれる形で、とても小さな王国がある。帝国領からは外れているが、ヴェルネウス王国やゼルガ剣闘公国のように、取り立てて目立つ特徴もない。本当にひっそりとした、小さな王国だ。

 魔物の多い密林と湿原に挟まれる立地というのも、あまり良いものではない。ちょっとした魔物の攻勢があれば、すぐに滅んでしまいそうな国だった。


「あえて寄る必要もなさそうだな」


 原尾の棺桶に腰かけたまま、剣崎は腕を組んで呟いた。呟いた首は恭介に抱かれる形で地図を眺めている。


「まぁ、今更人間の国に寄るのもねぇ……」

「うむ。私たちの目的は、アンデッドモンスターのスカウトだからな」


 同種のモンスターであれば、声をかけて仲間にしやすい。恭介がダンジョンでスケルトンを仲間にしたり、五分河原がゴブリン軍団を従えているようなものだ。悪霊湿原にはスケルトンやデュラハンが生息し、更に北の“戦士たちの墓”にはマミーが生息している。その辺にまとめて声をかけるための遠征だ。

 ついでに言うと、密林から湿原にかけての湿地帯には、大型のスライムを見かけることもあるという。この辺にも声をかけられたらな、と言ったところである。


 瑛たちの同行も気になるところではあるが、そちらは花園や茸笠に捜索を任せている。その間何もしないわけにもいかないので、今は恭介たちにできることとして、戦力拡充に努めている形なのだ。


「そろそろ日が暮れるな。今日はこのあたりで馬車を停めよう」

「りょうかーい」


 恭介が言うと、凛が這うようにして御者台に向かい、頭からトマトの生えたベヒーモスに声をかける。


「今日はここまでだってー。とまってー」


 ベヒーモスはその言葉には素直に従った。


 この旅の為に用意した食材は、予め拠点に備蓄してあった魚介類の干物やら、野菜の漬物やらだ。道中、密林で出会った魔物から肉を剥ぐこともあったが、あまり贅沢な食生活は送れていない。このあいだ、拠点の方では杉浦手製の料理が毎日振る舞われているのだと思うと、ちょっと寂しい。


 凛が食事の支度をしている間、恭介は剣崎に剣の指導を受ける。その間も、当然のように原尾はガン寝していた。


「じゃあ剣崎、今日もよろしく頼む」

「うむ。手加減はせずにビシバシ行くぞ!」


 剣崎は少し嬉しそうにそう言って、稽古を開始する。


 こうしてスカウトの為に拠点を離れている間でも、特訓を怠るわけにはいかない。特に恭介は、現在でもクラスの最強戦力の片割れだ。エクストリームクロスでも頭打ちになりかけている現状、極力、恭介や凛単体の地力を底上げしていくことで、戦闘力を強化していく必要がある。

 もちろん、こうして恭介に剣の指導をすることで、剣崎自身の能力鍛錬にもつながるわけだ。何のかんの言って、剣崎のフェイズ2能力は《心眼》である。こういった稽古の指導役にもうってつけだったりするのだ。


 剣崎は首を少し離れた場所に置き、自らの剣を引き抜く。こちらの世界に転移してきてから、ずっと使用している長剣だ。業物、というほどのものではないが、剣身についた血はこびり付くことも錆びつくこともない。転移した時点で彼女が身につけていた剣は、デュラハンである剣崎の身体の一部のようでもある。


「行くぞッ!」

「うおっ」


 恭介が灼焔の剣ヒートウィーバーを構えるよりも早く、剣崎は剣を抜いて飛びかかる。恭介は慌てて剣を構え、辛うじてその一撃を受け止めた。


「ふッ!」


 首なし風紀委員は、剣の柄を両手で握り直し、素早く弧を描くような剣筋で、今度は恭介の脇を狙う。辛うじてそれを視線で追うことはできても、恭介の対応力では到底間に合わない。

 恭介は横なぎに振るわれる剣に対して、自らの片腕を思いっきり叩きつけた。骨に刻まれた術式に魔力が走り、恭介の右腕が爆裂する。


「むっ」


 骨が砕け、恭介の右腕が吹き飛ぶ。同時に、肩に背負ったディメンジョン・ケースから、予備パーツが飛び出して恭介の右腕を再構築した。

 恭介はそのまま剣にも魔力を走らせる。熱を帯びた剣身を、剣崎に向けて勢いよく突き込むが、剣崎は身体をわずかに反らせるだけでそれを交わした。甲冑の胸元を、切っ先がすれすれで掠めていく。


「おっ、貧乳回避だ」

「バカを言うな!?」


 眺めていた凛の言葉に叫び返しつつも、剣崎の手は緩まない。突き込みに大きな隙が生まれた恭介の足を払い、その首をぽーんと弾き飛ばした。吹っ飛んだ恭介の首は、そのまま馬車の荷台に置かれていた剣崎の首にぶつかって、ビリヤードのように吹き飛ばした。


「うおっ」

「うぐっ」


 二つの首は、そのままゴロゴロと馬車の荷台を転がった。


 なお、剣崎の名誉のために訂正をしておくが、彼女は決して胸の可哀想な少女ではない。背がやや高めでスタイルは良い方だ。が、まぁ甲冑に覆われた彼女の姿はいささか起伏に乏しく見えるのも確かだ。


「フッ、なかなかやるようになったな。ウツロギ」


 荷台の中で、剣崎の首が不敵な笑みを浮かべて言った。


「そうかな。またあっけなく吹っ飛ばされちゃったけど」


 恭介の首もカタカタと顎を動かしながら喋っている。生首としゃれこうべが互いの健闘をたたえ合う様は不気味以外の何物でもない。


「私の初撃を安定して防げるようになっただけでも大した進歩だ。この数日でな。意外と、応用力の高い男のようだ」

「2人とも首だけで会話すんのやめない?」


 そしてさらに、荷台にべったりと張り付きながら呟く凛。旅人が通りがかれば卒倒する光景かもしれない。


「ひとまず一度ご飯にするよー」

「うむ」


 剣崎(身体)が荷台の上から、自分の首と恭介の首を掴んで外に出る。そのまま原尾の棺桶をガンガン蹴ると、中からくぐもった声がした。


「原尾の眠りを妨げし者は……」

「原尾、食事の時間だ。いい加減起きろ」

「ふむ……。良かろう」


 ガタッと棺桶の蓋が空いて、黄金のマスクをつけたファラオがずりずりと出てくる。

 ここまで北上しても、西側にはいまだに獣王連峰の山々が連なるため、日が沈んで周囲が薄暗くなるのも早い。密林には、やがて夜が訪れる。


 4人は焚火を囲み、魚の干物を少し炙ったりして慎ましやかな晩餐を楽しむ。この2日ほどは、こうした生活が続いていた。


「明日には密林を抜けて悪霊湿原につくかなー」

「ほぼ予定通りか。スカウトも含めておよそ1週間の予定だったな」


 今のところ特訓も毎日サボらずに続けられているし、滑り出しとしては上々だ。


 恭介と剣崎は剣の打ち合いを主な特訓内容としているが、凛や原尾もそれぞれ独自のメニューをこなしている。凛はともかく、原尾まで稽古に打ち込むのは意外な感じがしたが、どうやら一同が寝静まった内に、見張りがてら神通力の鍛錬を積んでいるらしい。やはりと思っていたが、原尾は努力を表に出したがらないタイプだ。恭介も凛も気づいてはいたが、そこに言及するのは避けていた。剣崎はガチで気づいていない可能性があった。

 拠点の方の動きも、少し気になる。2日も経てば、拠点を中心に構築している花園と茸笠のネットワーク網もかなり大規模なものになってきているはずだ。そろそろ、何かしらの手がかりが入っても良いころである。


「そう言えば、そろそろ定時連絡がある頃だな」


 剣崎がザワークラウトのような漬物を口に運びながら、そんなことを言った。


 拠点とは定期的に連絡を取り合うようにしてある。状況の進展や予想外のアクシデントについて、情報を常に共有するためだ。これまで相互の連絡手段がほぼ存在せず、一度離れてしまえば互いの安否すらまともに確認できなかったことを考えれば、恐るべき進歩と言える。

 言えるし、そしてまた、そのための手段というのが、結構奇天烈だった。


「あー、そうだねぇ。そろそろ……」


 と、凛が言ったまさにその時、休んでいるベヒーモスの頭から生えたトマトが、謎の発光を始める。


「来たな」


 恭介は顔をあげ、ぼそりと言った。


 このトマトの発光こそが、定時連絡の合図である。おそらく花園の菜園から株を別けられたと思しきこのトマトは、菜園のトマトを介して拠点と通信ができるのだ。

 何を言っているのかわからないかもしれないが、実際のところ恭介たちもよくわかっていなかったりする。


「トマト、便利になったよねぇ……」


 凛は一同の気持ちを代弁しつつ、連絡に応じるために発光するトマトに触れた。





「姫水か」


 ゴウバヤシは、発光するトマトに大真面目な顔で語りかけた。このトマトの向こうに凛がいるということは、頭では理解できてもいまいちピンとこない。初めて電話に触れた人間というのも、こういった気分だったのだろうか、と思う。


 普段であれば、定時連絡は短く言葉を交わし、『異常なし』という言葉で締めくくるのであるが、今回ばかりは少し展開が違った。

 ゴウバヤシの後ろには、花園と茸笠が並んでいる。先ほど彼らから受けた報告を、改めて凛や恭介たちに伝え、情報を共有しなければならない。


 ゴウバヤシは小さく咳払いをして、改めて、トマトの向こうにいる凛に言葉を続けた。


「まずこちらの進展から話す。火野を発見した」


 凛が小さく息をのむのがわかる。だが彼女はすぐに『恭介くんに代わる?』と聞いてきた。


「ああ、そっちの方が話が早いだろう。頼む」

『ん、わかった……』


 しばらくして、今度は恭介の声がトマトから聞こえてくる。


『ゴウバヤシ、俺だ』

「うむ。先ほど姫水にも言ったが、火野らしき影が見つかった」

『ああ。詳しく話してくれないか』


 ゴウバヤシは頷き、そしてちらりと、背後の花園と茸笠を見た。


 彼らの報告によれば、この拠点より南南西の方角十数キロの地点に、2つの影を発見したという。

 1つは、皇下時計盤同盟ダイアルナイツ第2時席、“冥獣勇者”メロディアス・キラーだ。こちらは茸笠が直接見た事のある相手なので、ほぼ間違いない。

 そしてもう1つが、その少女と行動を共にしているらしき、黒い甲冑の姿であった。こちらが、報告にあった火野瑛の姿と合致するというものである。


『……思っていたより、見つかるのが早かったな』

「うむ。これ自体は僥倖だ。だが問題が別に、いくらかある」


 ゴウバヤシは少し眉をひそめて、続けた。


「火野の周辺に巡らせていた茸笠の菌糸ネットワークに異常が生じている。花園の植物ネットワークにもだ。原因はよくわからん」

『異常って?』

「簡単に言えば、菌糸の範囲拡大が上手くいかなくなった。細胞分裂に異常が生じている、とでも言うべきなのかもしれんが」


 これが冥獣勇者の能力であるかと言えば、ゴウバヤシは心当たりがない。冥獣勇者は、全身から吹きだす冥瘴気ミアズマによって生物を凶暴化させることはできるが、今回の異常はそれに合致しないのだ。

 で、あるとすれば、これが瑛の新しい能力であると考える方が自然だ。それも含めての、恭介への相談であった。


 だが、


『……その異常の原因は、よくわからないな』


 恭介は神妙な声でそう答えた。


「火野の新しい能力ではないのか?」

『瑛のフェイズ2がどういったものか、実は俺はよく知らないんだ。あの鎧で凄い怪力を発揮してたけど、それが瑛の力なのか鎧の力なのかもわからないし……』

「ふむ……」


 ゴウバヤシは小さく頷く。


 これが瑛の能力によるものであるとすれば、不用意に近づくのは極めて危険なように感じる。ウィスプ、炎の塊である彼がどのような二次能力に目覚めたのかは、まるで見当がつかない。だが、菌糸の拡大異常は、おそらく単に“熱によって焼き切られた”という理由によるものではない。

 まるで、細胞の発達を妨げるような“毒”を撒いているようだ。それがなんなのか、ゴウバヤシにはまだわからない。


「ひとまず火野は見つかった。どうする? 仕掛けるには早い気もするが」

『そうだな。今はさすがに、状況が悪い。動きの監視を続けてくれ。俺たちも、なるはやで戻る』

「了解した。続報があったらまた連絡する」


 定時連絡は、そこでいったん終了となる。トマトはゆっくりと光を失って行った。


 瑛の居場所が早くに見つかったこと。それ自体は幸運と言えるが、やはり判断材料と戦力を大きく欠く現状では、いささか動きにくい。

 恭介を外に回したことが、今は裏目に出ている。それは恭介自身も感じていることだろう。彼が今ここにいれば、もう少し他の対応が打てたはずだ。


 せめて、自分が安心して役割りを分担できるような存在が別にいれば、また話も違ってくるのだが。


 ゴウバヤシは腕を組み、顔を天井に向ける。無いものをねだるように、久しく見ていない友人の顔を思い浮かべていた。



炉心溶融メルトダウンまであと11日】

つ、次もなるはやで更新します……。

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