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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
外伝 乾物ティーチャーかつぶし
106/115

Lesson06 暇だ

 俺の名は勝臥出彦かつぶし・だしひこ。元神代高校2年4組担任にして、今はかつおぶしだ。くさやだったこともある。

 そして今は、暇と退屈を持て余している。


 理由を簡潔に言おう。杉浦がいないからだ。


 この温泉旅館“かみしろ”の女将にして、俺の生徒でもある杉浦彩は、普段は厨房の番人として俺の話し相手になってくれる。厨房における俺のかつおぶしライフは、杉浦を中心に回っていたと言っても良い。その杉浦が、今は厨房にいないのだ。というか、この温泉旅館にいないのだ。

 杉浦をはじめとした生徒たちは、西へ向かった。冒険者筋の情報で、他の生徒たちが西で窮地に陥っている可能性を知ったからだ。折しも、この温泉旅館は2年4組の新たな行動拠点とするための、改装作業のまっただ中ではあったが、防衛用に配置された大量のトマトによって、既に堅牢な要塞と化していた。なので、杉浦たちはここを放置して西へ向かっても大丈夫だろう、と判断したのだ。


 俺は置いていかれたけどな。

 俺だけじゃない。本野さんも置いて行かれた。


 いや、わかっている。あいつらは危険な戦いに赴いたんだ。かつおぶしと本では、戦いの役に立つことなんてできやしない。だから、俺達を置いていくのも当然の道理なのだ。別に俺は、それを恨んでいるわけじゃあないのだ。


 ただ、なんというのだろう。正直なことをいうと、寂しい。


 冷静に考えて俺はかつおぶしだし、手もなければ足もなく、移動することだってできない。その上で厨房に置き去りにされるのだから、これが割と地獄である。


 杉浦はあれでなかなか優しい子なので、俺たちを連れて行こうとしたのだが、ここで俺は格好つけてしまったのだ。『気にするな。俺たちがついていったら邪魔になるだろう? お前たちの力と成長を、見せつけて来い』。

 今はそう言ってしまったことをめちゃくちゃ後悔するほど寂しいが、少なくともオトナとしての面目は保てているはずだ。子供の前では格好をつけたくなるのがオトナというものであって、それが可愛い生徒とあればなおさらである。俺はオトナだし、杉浦は可愛い生徒だった。仕方ないね。


「しかし退屈だな……」


 俺はまな板の上で、厨房を見回した。


 杉浦の使う厨房は、整理整頓がしっかりされていて居心地が良い。理路整然としたものの配置はあいつの性格によるものだろう。杉浦は人間時代から不満をはっきり口にする傾向にあったが、根は生真面目でしっかり者だった。

 花園の家庭菜園で採れた野菜だけでなく、魚住たちが採ってくる新鮮な海の幸や、山で見つかる野猪ワイルドボアの肉など、このヴェルネウスでの食生活はそれまでと比べても大きく改善されている。これも、この旅館を作り上げた生徒たちの性格によるところが大きいだろう。


「もう、こちらの世界にきてからどれくらいになりますっけ」


 不意に、棚の上から本野さんが声をかけてきた。


「5ヶ月……ですかね。まだそんなもんか、って気もしますし、もうそんなに経ったか、って気もします」


 5ヶ月というと、学期ひとつ分よりもさらに長い。1年の半分近くを、この得体の知れない異世界で過ごしてしまっていることになるのだ。それを考えると、俺は生徒達のことが不憫でならない。

 あいつらは今、一生懸命に生きているのだから、不憫に思うこと自体が的はずれなのかもしれないが。それでも、あいつらは平和な世界で過ごすべき青春の6分の1を棒に振ることになるのだ。残った全員が、無事に日本に帰れるのだとしたら、俺はその後のケアにも全力を尽くしたい、とは思う。


「この旅はいつまで続くんでしょう。私たちは、元の世界に戻れるんでしょうか」

「情けない話ですが、それは生徒たちを信じるしかありませんね。あいつらなら、やってくれますよ」


 この異世界での冒険も、そう長くはないような予感が、俺にはしている。もちろん、ただの直感だ。

 折り返し地点は通り過ぎ、後半戦に差し掛かった。どのような結末を迎えるにせよ、今まで過ごした5ヶ月と同じだけの時間を、この地で過ごすことはないような気がするのだ。まぁ、俺の勘はよく外れるのであんまりアテにはならんのだが。


 そんなことを薄ぼんやりと考えていた俺に、本野さんは意外な言葉を振ってきた。


「勝臥先生は、ご自分のことを生徒さん達に明かそうとは思わないんですか?」

「なんですって?」

「先生が、ご自分がかつおぶしに転生されたことを秘密にしていたのは、生徒さん達を動揺させたくなかったから……ですよね?」

「………」


 その言葉に、俺は思わず押し黙ってしまう。


 そう、そうなのだ。


 俺がかつおぶしになったことを知る生徒は、クラスでもほんの一握りだ。それを全員に公表してこなかったのは、俺の存在が余計な混乱と動揺を誘うことを危惧したから……と、周囲には説明してきた。

 もちろんそういった理由もあるにはある。

 そして、生徒たちが当初からは想定できないほどにたくましく成長した今ならば、実は俺は今までのように正体を隠す必要はない。杉浦に言ってみんなの前に放り出してもらい『俺が勝臥出彦だ! かつおぶしに転生した!』と叫べば、それで良いことなのだ。


 だが俺は、自分の正体をあいつらに話すことに、とてつもない躊躇があった。


「……やっぱり、かつおぶしなんて、格好がつきませんよ」


 俺は自虐的に、そうつぶやく。


「ふふっ」


 本野さんは笑った。


「……おかしいですかね?」

「いいえ、子供の前で虚勢を張りたくなるのはわかります。大人ですものね」


 結局、俺はかつおぶしの姿を生徒たちに晒すのが、単純に恥ずかしいだけなのだ。


 いや、恥ずかしいよね? 俺は何も間違ってないよね? これが普通の発想だよね?

 本当は、生徒たちに力強い言葉をかけて、導いていくのがベストなのかもしれないが。俺にはまだ、どうしてもその踏ん切りがつかないのだ。情けない話ではある。


 さて、そんな話をしていた時だ。


「おおーい! 誰か、いるのかい! もうみんな行っちまったのかい!」


 厨房の外から、ドタドタと走り回る重たい足音が聞こえてきた。同時に響くのは、中年女性の貫禄ある胴間声だ。俺と本野さんは顔を見合わせた。いや、見合わせる顔もないのだが。


 あの声の主は知っている。冒険者ギルド最強の5人、五神星のひとり。“獅吼星”ジャイアント・ママ。

 もちろん本名ではない。だが、確かに名は体を表すがごとく、ジャイアントなボディを持つママだった。そんな名前を聞かされると、彼女がどのような本名であろうとしっくり来なくなってしまうような、そんな女傑だ。


「ママさん、こっちだ! 俺たちはいる!」


 俺がめいいっぱいの大声をあげると、厨房の入り口から、ママが“ぬっ”と顔を出した。


 年輪の刻まれたたくましい顔は大きく四角い。唇が厚ぼったければ、化粧も厚い。髪は高層タワーを思わせるかのような盛り具合の金髪だ。それを含めれば、およそ250センチには達するであろう巨躯を持つ、ジャイアント・ママ。

 彼女は魔物であろうと別け隔てなく接する性格であり、転移後ふとしたきっかけで杉浦たちと出会ってから、何かと世話を焼いてくれた。俺にとっても、恩人と言える存在なのだ。


「ああ、カツブシ先生。あんたらは置いてかれたんだね」

「ついていっても足手まといになるからな……。みんな、行ったよ」


 そして、何を隠そう。杉浦たちに他の生徒の情報を流してくれたのは、このジャイアント・ママなのだ。


 冒険者の持つ情報網とは別に、五神星やそれに匹敵するハイランカーの冒険者が、互いに情報をやり取りする独自のネットワークがあるらしく、ママは同じ五神星のひとり“名無し”から、他の生徒の情報を聞いたということだった。


「ま、良いことじゃないか。子供っていうのは、いつまでも子供じゃない。成長するもんさ」


 そう言って、ジャイアント・ママはでっかいお尻をどっかりと椅子の上に載せる。みしり、という嫌な音がした。


 防衛機構が堅牢であるはずのこの要塞旅館にあっさりと侵入してきたこのママだが、やはり外に配置した3株のトマトだけでは、五神星級の戦力を足止めするには力不足であるということを、如実に表わしている。まぁ、ジャイアント・ママはトマト以上の防衛戦力として機能してくれるので、ここにいてくれる分には、一向に構わない。


「ママさんは、ママさんっていうくらいだから、お子さんがいるんですよね」

「ああ。だいたい、20年前かね。ダンナと一緒に冒険者として鳴らしていて、ま、大きなヤマが片付く頃に、アタシらはこのヴェルネウスに移り住んだのさ。子供が生まれたのは、そのあとだよ」


 本野さんの言葉に、ママは天井を見上げ、遠い目をする。


「子供といやぁ、当時はアタシらもガキだった。ま、アタシだけじゃないけどね。頑固一徹のグラバリタ、勇者のお嬢ちゃん、騎士代行の小僧、それにリミックス。みんなガキだったよ。懐かしいもんだ」

「いろいろあったんですね」

「あった。いろいろあって、アタシらは大人になった。先にポックリ逝っちまった奴もいるがね。だから、子供はいつまでも子供じゃないのさ。どんどんたくましくなって、巣立って行くんだよ」


 ママの言葉には感じ入るものがある。そうだ。あいつらはもう、子供じゃないんだろうな、と俺は思う。

 杉浦も、花園も、魚住兄妹も。原尾……は、元から割りと凄いやつだったが。きっと、俺の見ていない場所でも、あいつらはいろんな苦難を乗り越えて、立派に成長して行っているのだろう。


「でも、あいつらにはこれから、もっと大変な苦難があると思う」


 俺は言った。


 あいつらは成長した。だがそれは、これからより大きなハードルを跳び越えるための助走のようなものだ。跳べるかどうかは、あいつら次第なのだ。

 血族の連中とは決着をつけなければならないだろう。

 それに加えて、俺の生徒たちを狙っている勢力はまだあると聞いている。

 そういったたくさんの障害を乗り越えるだけの力を、あいつらはつけてきただろうか。


 つけてきた、と、俺は信じたい。


「……こういう時」

「ああ」

「……やはり、何もできないのは、はがゆいもんだな」

「カツオブシだからかい?」


 ママの言葉に、俺は頷く。首はないが、とりあえず心で頷いた。


「先生、あんたがカツオブシじゃなくって、他の何かだったとしても、あるいは人間のままだったとしても、きっと何もできやしないよ」


 そう語るジャイアント・ママの言葉は厳しいが、どこか優しい音を含んでいる。


「大人は、子供の成長を後ろから見てやるしかないんだ。ハードルを飛び越える手伝いは、誰にもできないんだよ」


 そのセリフは、どこか焦燥を帯びていた俺の心に、ゆっくりと染み渡っていく。


「かなわないな。ママさんには」

「当然だろ。何年カーチャンやってきてると思ってんだい。あんたとは、人生経験が違うよ」

「でも、話を聞く限り20年だろ……?」


 冷静に、先ほどのジャイアント・ママの話を反芻してみる。20年前、まだガキだと言っていたママであるからして、当時は俺の生徒たちとあまり変わらない年齢だったのではないだろうか。すなわち、16、7歳ほどだ。

 そうすると、このママの現在の年齢は、どう見ても40から50くらいにしか見えないのが、実際は36、7歳くらいということになる。白人女性は見た目が老けるのが早いというが。いや、しかし、騎士王国の女王陛下は同じくらいの年齢なのに見た目たいそう若かったがなぁ。


「先生、何か失礼なこと考えちゃ、いないだろうね」

「い、いや、別に……」


 ママがギロリとこちらを睨んできたので、俺は慌てて否定する。


「ひとまず、ママさんの言葉はなんとなくわかったよ。俺があいつらの背中を押してやれることは、もうないのかもしれないな」

「なくはないさ。子どもたちがハードルを飛び越えるのを恐れるなら、勇気を出す手伝いくらいは、してやれば良い」


 つまり、今までやってきたことと、あまり変わらないということだ。

 出汁の美味さと勢いだけに任せた俺の教育方針は、まだ生徒たちに通じるのだろうか。


 俺がそんなことをぼんやり考えていると、本野さんが何やらぷるぷると震えている。


「ど、どうした? 本野さん」

「……感動しました。おふたりとも、すごい格好いいですね」

「いや、そんなことも……ないと思うけど……」


 ママはともかくとして、俺なんかまだまだだ。人生経験、とママは言ったがまさにその通りである。

 彼女のセリフが正しければ、5年程度しか変わらないというのに。この厚みはいったいなんだろう。いや、物理的な話ではなく。


「あんまり気にするもんじゃないさ、先生」


 そんな俺の心中を察したのか、やはりジャイアント・ママはにやりと笑った。


「大人だって、常に学んで成長するんだからね。この世界での旅は、あんた達にも、きっと意味があるものだと思うよ」

「それは……。まぁ、思うな」


 俺はこの台所で生徒たちに出汁を飲ませているだけだが、それでも、あいつらに教えられることは山程ある。俺はあいつらの教師であり、あいつらもまた、俺の教師なのだ。とりわけ、こうった仕事をしていると、それを感じさせることはよくある。


「さてと、アタシはそろそろ行くよ」


 ジャイアント・ママはゆっくりと立ち上がると、背中に背負ったバックパックから、巨大なベーコンのようなものをずるりと取り出した。


「ちょっとケートスのベーコンが余ったんでね。置いていくよ。アヤが戻ったらよろしく言っといておくれ」

「いや、いつ戻るかちょっとわかんないぞ」

「そうでもない。じきに戻るさ」


 ばちっ、とママは下手くそなウインクをする。


「ゼルネウスの街を、今朝方モンスターの大群が出て行ったって情報があるんだ。だいたい14、5体くらいって聞いたよ」

「本当か!?」

「本当さ。あんたの育てた生徒たちは、無事に集まって、力を合わせているよ」


 良かった! 決して心配をしていたわけではないが、その言葉を聞いた時、俺は心の底から安堵した。


 あいつらが無事に帰ってくるなら、俺のやることは、もはや決まったようなものだ。


「また、美味しい出汁であいつらを迎えてやらなきゃな……! 俺も頑張るぞ」

「それって、努力でなんとかなるものなんですか?」


 本野さんが訝しげな声で尋ねてくる。だがテンションの上がった俺は、大声で返した。


「俺はかつおぶしです。なんとかしてみせますよ。俺の中にあるグルタミン酸が、増幅しているのを感じる……!」

「あの、グルタミン酸は昆布出汁です。かつお出汁は、イノシン酸です……」

「うおおおっ! 杉浦、早く戻ってこい! そして、俺を削れぇっ!!」


 ジャイアント・ママは、『フッ』と笑ってから厨房を後にする。やがて誰もいなくなった旅館にも、暫くの間、テンションだけが上がった俺の叫び声が響き渡っていた。


 後日、杉浦が空木や豪林達を連れて帰ってくる。久々に杉浦の手料理にありつけるとあって、あいつらの期待も相当だったらしい。杉浦は、いつもよりも多めに俺の身体を削り、たいそう良い出汁の煮物を作った。

 めちゃくちゃ評判がよかった。

次回更新は、10月中旬くらいを予定しております。

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