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第95話 ザ・グレイトバトル

 エクストリーム・クロスとなった恭介と凛に加え、原尾真樹、豪林元宗がルークのシャッコウと相対する。


 クラスメイトの中でもトップクラスの戦闘力を誇るエース集団だ。そうおいそれと遅れは取らないつもりだが、それでも、シャッコウを相手取るにあたって油断はできない。各々構えを取りながら、シャッコウを取り囲むようにして、配置に立つ。


「徒党を組みゃあ勝てると思ってるたぁ、ちと面倒くせぇな」


 ルークはぽりぽりと頭を掻き、そうして獣性のにじむ笑みを浮かべた。


「できるところなら生かして連れ帰りてぇが……手加減はできねぇぞ。小僧ども!」


 シャッコウが大地を蹴る。その巨体が一瞬で消えた。どこだ、と探す一同をあざ笑うかのように、ゴウバヤシの背後に姿を見せる。ルークの豪腕が、黒い闘気をまとって空を抉った。

 拳がたたきつけられる直前、ゴウバヤシは咄嗟の反応を見せた。腕をクロスし、黄金の闘気をすべて防御へと回す。振り返りざまの防御は、かろうじて間に合った。激突したふたつの力が炸裂し、空気を大きくたわませる。ゴウバヤシの身体が、壁にたたきつけられた。クレーター状に亀裂が入り、壁はたやすく砕け散る。


「上等だ……」


 ぱらぱらとこぼれ落ちる破片を払いもせず、ゴウバヤシが呟いた。


「俺達も黙ってこの身柄を奪われるつもりはない。殺す気で来なければ、火傷すると思え!!」

「しゃらくせぇ!!」


 ルークのシャッコウは、拳を握り追撃を叩き込む。たたきつけられた二発目は衝撃波を伴って、地下室を揺らした。今度はゴウバヤシのガードを突き破り、轟音の中にうめき声が交じる。オウガの巨体が、わずかに血反吐を吐いた。


「命を大事にしろよ、俺が殺す気になりゃあ、てめぇらなんざ……」


 3発目の拳を構えたシャッコウの身体が、ぴたりと停止した。


「ぐっ、て、め……!!」

「我らなど……何だと言うのだ?」


 原尾がエジプト十字アンクを掲げ、シャッコウの動きを縛り付ける。神通力に動きを絡められながらも、ぎりぎりとシャッコウの首は、原尾の方を睨みつけた。その隙を見逃すゴウバヤシではない。


「ふゥン!!」


 拳を握り、黄金色の闘気が逆襲に転じる。顎を目掛けて放たれた鋭い一撃。更にもう一撃、狙いをすましたかのような蹴撃が、まったく別の方向から放たれる。


「うおおーりゃあああああッ!!」


 踏み込みと共に放つ恭介の回し蹴りは、まさしく鞭のようなしなりを見せた。

 恭介の蹴りが後頭部を、ゴウバヤシの拳が顎部を捉える。前後からの挟みこむような一撃は、一切の容赦を排除した渾身の連携攻撃だ。頭部を弾き飛ばし、粉砕する衝撃に、しかしシャッコウは耐えぬく。一瞬目玉をぐるんと回したルークのシャッコウは、すぐさま縛り付けられた腕を力ずくで振り払った。


「がああああッ!!」


 神通力が逆流して、まずは原尾の身体が吹き飛ぶ。続いて、恭介とゴウバヤシの身体も、豪腕に薙がれて床を転がった。

 だが、原尾は吹き飛びながらも倒れることはなく、神通力で自らの身体を支えながら、アンクを掲げる姿勢をたもったままにゆっくりと直立に戻る。まるで糸に宙吊りにされているかのような動きであった。


「ルークよ。質問には回答を。我らなど何だと言うのだ?」

「あぁ……!?」

「応える脳すら失くしたか。哀れな。まあ良い。心せよ、汝らは原尾の怒りに触れたのだ」


 原尾の神通力は、砕けた壁の破片を浮かび上がらせ、シャッコウに向けて投射する。シャッコウは煩わしげに、それを払いのけた。


『原尾くんはブレないねぇ!』

「教養の差だろうな!」


 破片が濁流のごとくシャッコウに襲いかかる中、恭介は再び床を蹴る。ぞわりと変形し、液状となった身体が、破片の雨の間をすりぬけて、シャッコウの背後へと迫る。


「おりゃああッ!!」


 いつの間にかその手に握りしめていた灼焔の剣ヒートウィーバーを、背後から勢い良く振り下ろす。

 熱を伴った刃の奇襲に、しかしシャッコウは敏感に反応した。破片の雨を腕で払いながら、身体をわずかに傾ける。だが、恭介と凛の身体は、その剣の挙動をぐにゃりと変化させ、回避したシャッコウの頚椎部分を、ごそりと削りとった。


「っちい!!」


 シャッコウは黒い闘気をまとった腕で、恭介の喉を掴み上げると、そのまま床に叩きつける。ばしゃん、という音がして、身体が勢いよく飛び散った。

 恭介と凛が身体を再構成する時間を稼ぐべく、再度ゴウバヤシが殴りかかる。しかし、シャッコウはそれをもたやすく受け止め、ねじ伏せてみせた。投げつけられた破片を原尾に向けて投げ返し、倒れこんだゴウバヤシに、踏みつけによる追撃を行う。ゴウバヤシは身体を転がせてそれをかわし、立ち上がった。


 しゅうしゅうという音がして、今しがた削りとったばかりのうなじの傷が、回復されていく。


 立ち上がった恭介とゴウバヤシは、並んでシャッコウを見た。

 恐ろしい力の使い手である。3人(4人)がかりでも、ほとんどまったく、歯がたたない。一進一退の攻防では、どちらのスタミナが先に切れるかの勝負になってしまう。そしてそれはおそらく、こちらの方では、ない。

 恭介とゴウバヤシは、じりじりと後ろに下がった。歴然とした力の差を悟ったか、シャッコウはにやりと笑ってゆっくりと距離を詰めてくる。


「ようやく気づいたか? あぁん? 世の中には、歯向かっちゃいけねぇ奴っていうのが、いるんだよなぁ……」


 1歩、2歩、やがてシャッコウの身体は、部屋の真ん中までたどり着く。恭介は叫んだ。


「今だ、やれ!!」

「あ?」


 天井がはじけ飛び、植物の値が一気にシャッコウの身体を取り囲む。同時に床からせり立ってきた壁が、四方八方からその身体を逃すまいとする。恭介とゴウバヤシは飛び退き、交代するかのように、2つの影が部屋の中に飛び込んだ。


「やるぞ、猿渡!」

「ああ、これが青春だ!」


 茸笠が頭を大きく震わせ、同時に猿渡が空気の流れを操作する。マタンゴの体内で生成された大量の化学物質が、風にのってシャッコウの周囲へと散布された。茸笠の胞子を逃がさないよう、植物の根と頑健な壁が生み出す檻が、シャッコウの身体ごと封じ込める。

 1ミリたりとも隙間のないよう、ミッチリと重ね合わされた壁の中にシャッコウと大量の化学物質を封じ込め、その上から巨大な植物の根が縛り付ける。天然の毒ガス室の完成だ。


「陰惨な青春だなぁ」


 恭介は呟いた。


『この作戦たてたの恭介くんだけどね』


 凛も続けて呟いた。


 作戦は第二段階まで進行した。

 まずはゴウバヤシ達と共にシャッコウと戦い、クラスメイト達にその動きを確認させる。不利を演じて(まぁ演じるまでもなく不利だったが)部屋の中央までおびき寄せ、そのタイミングで壁野と花園に敵を封じ込ませる。

 完全に封が閉まる直前に、茸笠が《化学物質合成ケミカルチェンジ》で生み出した大量の毒物を、猿渡の風操作で内部へ送り込む。これが恭介の立てた作戦である。


 ここまではうまくいった。ここまでは。


「奥村とゼクウは前線に加われ! ゼクウは無茶をするな! 御座敷は俺たちに《絶対幸運圏》を! 壁野と花園は離れろ!」


 的確に支持を飛ばし、恭介はそのまま、身体の中に腕を突っ込む。

 内部に潜ませておいたディメンジョン・ケースから、1本の骨を取り出して、それを最後の仲間にほうった。


「犬神!」


 名前を呼ぶと、白銀の毛並みを持つ狼は、その骨をキャッチして顔をあげる。


「あとは手はず通りに!」


 狼はゆっくりと、頷いた。


 果たして恭介に予期したとおり、猶予はそこまであるわけではなかった。封じ込めてから1分もしないうちに、衝撃と共に壁に亀裂が入り、やがてははじけ飛ぶ。中からゆらりと双眸を光らせた影が、姿を見せた。


「てめぇ、ら……! やってくれるじゃ……ねェか……!!」


 額に青筋が浮かび、シャッコウの顔つきは赤黒い。怒りによって感情を制御できていないもの特有の表情を浮かべていた。


「こんなものじゃないさ」


 恭介は、御座敷たちを下がらせながら、ニヤリと笑みを浮かべる。


「覚えていないのか? お前を倒すって、言ったろ?」

「ぬかせッ!!」


 シャッコウが大地を蹴った瞬間、すばやく前に出る影があった。奥村だ。


「ふおおおおおッ!」


 その体格と筋力をいかしたぶちかましが炸裂し、シャッコウの身体と正面からがっぷりと組み合う。薬品によってその力を十全に発揮できないシャッコウだが、それでも、奥村の身体はじりじりと押されつつあった。


「ゴガァ!!」


 奥村に加勢するように、ゼクウが飛びかかる。その間、茸笠はまたも頭を大きく震わせてヘッドバンキングした。


「インスタントドーピングだ、猿渡!」

「薬物使用はスポーツマンシップ的にフェアじゃない!」

「言ってる場合か! じゃあすぐに効くプロテインだ!」

「よし、青春だ!」


 猿渡が両手を左右に広げると、室内の気流がまた大きく辺かする。

 茸笠が体内で生成した化学物質が今度は奥村やゼクウ、ゴウバヤシに向けて散布された。大きな鼻でそれを大量に吸い込んだ奥村は、カッと目を見開き、息も荒く叫び声をあげた。


「うおおおああああああッ!! み、な、ぎ、るォォォォオオオオオオオオウォツ!!」


 温厚な奥村にはとうてい似合わないような、壮絶な咆哮である。そうして奥村はシャッコウと組み合ったまま、今度はいよいよ、その力を拮抗させ始めた。荒い鼻息のまま、首の背側に両腕を回して掴みこむ。組まれた腕ごと、奥村は力任せにシャッコウの身体を、左に向けてひねり倒す。


「合掌捻りぃぃぃぃぃッ!!」


 そこで初めて、シャッコウの身体に土がつく。ひねり倒すというよりは、もはや投げ倒されるに近かった。轟音と共にシャッコウが床に転がり、地下室に震動が走る。


『お、奥村くん……すごい……』


 ぼそりと、凛が呟いた。


「これが、“赤いちゃんこ鍋”の力、ってことなのか……?」


 荒い呼吸を繰り返しながら、奥村はシャッコウを睥睨する。今の彼は、間違いなく中学時代に街を騒がせた伝説の不良“赤いちゃんこ鍋”本人に相違ない。だが、シャッコウはすぐさま立ち上がり、全身に黒い闘気をまとわせた。


「くだらねェッ!」

「どすこォいッ!」


 シャッコウと奥村が、再度正面からぶつかり合う。だが、闘気をまとったシャッコウの身体は、今度は奥村にも遅れを取らなかった。空気をきしませ、たわませ、衝撃波を生み出しながら、シャッコウが奥村の身体を強引に引き倒す。


「グォッ……!」


 倒された奥村の身体を、シャッコウの身体が踏みつける。右の拳にひたすら力を込め、その頭部目掛けて振り下ろそうとした一撃を、今度はゼクウが止めた。


「ゴガァッ!」

「邪魔すんじゃねぇッ!」


 生まれつき、こちら側の魔物であるゼクウはフェイズ2能力を持たない。他と比べても明らかに実力の劣るそのオウガは、しかし、正面から飛びかかることで、奥村に放たれるはずのトドメの一撃を、自らの身体に引き受けることに成功した。


「嵐の魔球を受けてみろッ!」


 猿渡風太の手の中に、風の刃が球状となって渦を巻く。


振動烈風剛弾ブラスターシェイカー!!」

「ちぃ……!」


 放たれた魔球を回避するため、わずかに身体を逸らそうとしたシャッコウだが、その動きが硬直する。原尾の神通力だ。シャッコウが動きを止めたその地点をえぐりとるように、猿渡の魔球はたたきつけられた。振動と風の刃は皮膚を先、肉をこそいで骨を砕く。それは、シャッコウの右腕の一部を弾き飛ばした。

 一同は即座に、ゴウバヤシへと視線を向ける。彼は目を閉じ、静かに黄金の闘気をまとっていた。仲間たちが連撃を仕掛けていたその十数秒の間、彼は自らの闘気を練り、高め、防御をかなぐり捨てて己の攻撃を尖鋭化させることだけに注力していた。


 カッ、と、豪林元宗の双眸が見開かれる。


「ふゥン!!」


 大地を蹴り、ゴウバヤシの身体が砲弾と化した。


「いぃぃぃぃぃやァァァァァァァッ!!」

「ぐっ、く、そ……ッ!!」


 シャッコウはその全身の黒い闘気を、すべて守りへと回す。空気が悲鳴をあげる中、ゴウバヤシの拳がシャッコウの身体にたたきつけられる。

 ふたつの膨大なエネルギーが弾け、閃光がほとばしった。エネルギーの余波が、床に壁に天井に、容赦なく這いまわり、襲いかかる。やがてそれは天へと伸び、天井を地上の大地ごと、大きく吹き飛ばした。土が地下室へと舞い落ち、月光が降り注ぐ。


「て、め……う、お、ああああああああッ!!」


 シャッコウは、身体の奥底から黒い闘気を捻り出すかのように、絶叫をあげて応じた。

 やがて黒い輝きが、黄金色の輝きを包み、覆い隠す。ゴウバヤシが十数秒かけて練り上げた闘気を、シャッコウが渾身の力を込めて放った闘気が、徐々に食いつぶし、駆逐していった。やがて力の拮抗は完全に崩れ去り、ゴウバヤシの身体が吹き飛ばされる。


「ふ……」


 だが、まさにその瞬間、ゴウバヤシの顔は笑っていた。


 全力を使い果たしたシャッコウの目の前、月下に躍るのは恭介の身体だった。

 両手に剣を握り、すさまじい形相で睨み上げるシャッコウに向けて、跳びかかりながらも振り下ろす。


「あァッ!!」


 シャッコウは、身体に僅かに残された黒い闘気を、球状にして放つ。その瞬間、凛は強制的にエクストリーム・クロスを解除し、恭介の身体を庇うようにして飛び出した。

 闘気の一撃を受けて、凛の身体が吹き飛ぶ。ばしゃん、という水音。彼女の身体が床に飛び散る。


「恭介くんっ……!」

「ああ!」


 凛の言葉を聞き、恭介は躊躇しない。シャッコウが2発めの闘気弾を放った。それは、すでにゴウバヤシを相手にした時のような力強さを、すでに失っている。だが、それでも恭介の身体を吹き飛ばすには足るものだ。身体をひねり、恭介は足を吹き飛ばして身体を庇う。

 3発目は2本目の足を吹き飛ばし、4発目は左腕を吹き飛ばした。そして5発目が、右腕を吹き飛ばす。恭介は剣をトリオとした。


「犬神!」


 だが落着の寸前、恭介の背負ったウェポンケースから、飛び出した骨が、その全身に接続される。

 着地の瞬間にも、右腕だけは繋がっていない。それでも恭介は全身を使って、ありもしない右腕を振りかぶった。


 後方から投げられた右腕が、恭介の肩に接続される。

 それは、正しくは腕骨ではない。スケルトンの腕骨を素材に作り上げた、1本の剣である。


「はぁぁぁぁぁッ!!」


 恭介の右腕が、正面からシャッコウの胸部を貫く。鈍く、しかししっかりとした手応えが、恭介の肩に返って来た。


「あ、ぐ……!!」


 シャッコウが両眼を見開いて、恭介を睨み返す。口元からだらりと血が垂れ、しかし、シャッコウはにやりと笑みを浮かべた。


「惜しかったな……! 心臓は、その、隣だ……!」


 血族の弱点は心臓だ。他にどのような手段で肉体を損壊させようと、最終的には心臓を破壊しなければ倒しきれない。すんでのところで急所を外した。シャッコウが浮かべたのは、余裕の笑みだった。恭介は右腕をその胸に突き立てたまま、動こうとしない。

 シャッコウは笑みを浮かべ、恭介の頭に手を伸ばした。そのまま握りつぶそうと力を込めた、まさにその時、彼はぴたりと動きを止める。


「が、あ……ア……! あ、ぐあ……! あ、あ……!?」


 口をぱくぱくと動かして、シャッコウがのたうつ。恭介はそこで、ずるりとうでを引きぬいた。


「あ、が……! な、んだ……!? 身体が、身体、が……あ……ッ! てめ、な、何を……!」

「それは、因子が崩れる感覚だ」


 恭介は、自らの右腕を切り離して、そう言った。ディメンジョン・ケースから新しい腕が飛び出して、右肩部分に接続される。

 犬神が、ゆらりと身体を動かして前に出る。たった今恭介が使った骨の刃は、血族の因子を駆逐し、無力化する抗体を唯一持つ人狼の牙と、同じ役割を果たしたのだ。すべてを悟ったシャッコウは、目を見開きながら、歯をガチガチと打ち鳴らした。体内の因子を急激に消耗し、渇血症を発症させる。


 犬神は、歯を剥き出しにして、ルークのシャッコウを睨みつけていた。


「犬神、とどめを刺したいか?」


 恭介が尋ねる。


 血族は、犬神にとって一族の仇だ。そうでありながら、今まで彼女が血族を仕留める機会というのは、一度もなかった。ここで彼女が、無力化したルークの首を噛みちぎることでその溜飲が下るというのなら、任せても良い。

 渇血症を患い、化学物質に身体を侵され、戦いで満身創痍となったシャッコウの身体は、もうそう長くはもたないだろう。だがそれでも、命を刈り取る役割と自身で担いたいかどうか。恭介はそう尋ねたのだ。

 だが、犬神は小さく鼻を鳴らしただけだった。そんなものは、どうでもいいと言わんばかりである。


「て、めぇ……ら……。覚えて、おけよ……。このことは、“王”にだって伝わる……!」


 心臓部を押さえ、シャッコウが息も絶え絶えに呟いた。

 ゴウバヤシと奥村が、恭介の身体を庇うように立つ。渇血症であってもある程度の戦闘能力を発揮できるのは、紅井の件で知っている。


「てめぇらが危険と判断されれば……どうせ、すぐに……!」

「こっちのセリフだ。聞いているんだろう、“王”」


 恭介はルークを、正確にはその身体を通して、こちらの事情を探っているであろう“王”を睨む。


「今まで散々、好き放題してくれたな。覚えておけ。俺たちは、狩られるだけの駒じゃない。おまえ達を殺す、魔王軍だ。今度はこっちから行く。いつか必ず、おまえを倒す。クラス全員で帰るために、おまえを倒す」


 果たしてその言葉は、どこまで“王”に届いただろうか。ルークのシャッコウは、やがて身体をぼろぼろと崩し、灰のように風化させていった。そこに血族がいた痕跡は、微塵も残らなくなる。最初はそこにいたはずの女ポーンも、いつの間にか姿が見えなくなっている。地下の研究施設には、静寂が訪れていた。


 勝ったのだ。


 あの、恐ろしく強いルーク級の血族を相手に。恭介たちは、初めて勝ちを拾った。


「恭介くん」

「凛、無事か?」

「うん。まぁ割りとね」


 うねうねと床を這いながら、凛が近寄ってくる。大事がなさそうでよかった。

 恭介が顔をあげると、その場の一同が思い思いの顔で、こちらを見ていた。ゴウバヤシ、原尾、猿渡、茸笠、奥村、ゼクウ、御座敷、壁野、花園、犬神。そしておそらく、途中で戦力の露払いをしてくれたであろう魚住兄妹や剣崎、杉浦も。


「みんな、ありがとう」


 恭介は呟いた。


「気にするな」


 ゴウバヤシは言った。


「ここまで生き残ったのだ。皆、思いはひとつのはずだ。そして、ウツロギ」

「うん」

「おまえが力を貸せと言うのなら、俺達はいつでも力を貸す。それだけの覚悟は、できるつもりだ」

「……うん」


 恭介は再度、頷く。


 今日の勝利は、みんなのおかげだ。だが、そのみんなの力を引き出すことができたのは、きっと、今までに積み重ねてきたことの結果なのだろう。恭介のやってきたことは無駄ではなかった。

 だが、今、それを一番分かち合いたい相手が、恭介の隣にはいない。


 あれだけ、余計なおせっかいは焼くなだの、バカな真似はするなだのと言っていた彼は、この様子を見たらなんと言うだろう。なんと言って、くれただろう。


 恭介は、ぽっかりと空いた天井から降り注ぐ灯りを眺めて、そんなことを考えていた。

ちょっと明日明後日と用事が詰まっているので、次回更新は23日か24日になるかと思われます。

早く更新できたらするけどー、期待しないでー! あ、次回はエピローグです! でも多分長くなります!

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