第93話 集え友輩
「ぬゥン!!」
ワイヴァーンの頭殻は堅牢であった。闘気を纏ったゴウバヤシの拳を受けてなお、ひびがわずかに入るのみである。背面の甲殻も、恭介の炸裂パンチで吹き飛ばした面積はほんのわずかだ。まずはあの厄介な装甲を打ち破る必要がある。
「あんな硬いの相手にして、他のみんなは大丈夫なのか?」
「猿渡の力は、衝撃を敵の内部に送りこむことができる」
恭介と並び、拳を構えたままゴウバヤシは言った。
「いかに堅牢な装甲といえど、奴には無意味だ。奥村は逆に、腕力と体重に能力を特化させている。それにだ」
ゴウバヤシはちらりと、視線を恭介に向ける。
「もし力が通じなかったとしても、どうにかして、敵をねじ伏せる。それだけの鍛錬は積んできたつもりだ。そしてそれは、俺とおまえも、そうだ」
「期待きっついなぁ」
「おまえが俺にかける期待ほどではない」
ワイヴァーンは血色の双眸をぎらぎらさせて、こちらを威嚇していた。恭介は自らの右腕を取り外し、ディメンジョン・ケースに放り込む。代わりに出てきた腕骨が、空いた右腕に接続された。
「……ウツロギ、それは?」
「期待に答えるための腕だよ。ゴウバヤシ、あいつの殻は俺がなんとかする」
「承知した……!」
ゴウバヤシは、ワイヴァーンに向けて一気に駆け出した。ワイヴァーンは翼をはためかせ、空中へ逃れようとするが、闘気を込めた跳躍が砲弾の如くその頭部にぶち当たる。衝撃から空中でバランスを崩し、飛竜の巨体は無様にも落下した。
ぶち当たった姿勢のままから、ゴウバヤシはワイヴァーンの頭部を両手で強く押さえ込む。上顎と下顎をガッチリ掴み、豪腕に抑えられたワイヴァーンは、全身を力ませたところで振り払うことがかなわない。そこに、狙いを定めた恭介の一撃が、その頭部に向けて再び放たれた。
「でぃいいいいいやぁぁッ!!」
眉間めがけてぶち当てられたその拳には、小瓶が握り締められている。瓶はたやすく割れ、中を満たしていた薬品を飛び散らせた。骨や殻といった、堅牢な生体部位に反応して溶かす液体である。矢にくくりつけて魔物を弱らせるために使うものとして、この街で売っていた。当然それは恭介の骨を溶かすが、同時にワイヴァーンの頭殻にも影響を及ぼした。
腕ごと弾き飛ばす一撃。文字通り捨て身の、使い捨ての拳。腕のひとつひとつに小道具をくくりつけた、空木恭介の奇策である。右の拳が吹き飛んだ直後に、背負ったディメンジョン・ケースから新しいパーツが飛び出して、恭介の腕に接続される。恭介は左の拳をさらに、叩き込む。呪符がくくりつけられたその拳は、薬品によって軟化したワイヴァーンの顔面の殻を、見事に爆砕した。
「ガアアアッ!!」
悲鳴をあげてのたうつ飛竜。だが、その頭部を守護する堅牢な殻は砕けた。恭介はさらに両腕を換装し、それをワイヴァーンの首に“巻きつけた”。
全長10メートルにも及ぶ大蛇の骨だ。スケルトンの腕力などたかが知れている。ワイヴァーンが少しでも暴れれば、たやすく砕け散ってしまうだろう。だがゴウバヤシは、瞬時に恭介の意図を理解した。腕を放し、片足をマサカリのように振り上げる。
ゴウバヤシの両足が、ぴんと一直線に伸びた。
「ふゥン!!」
黄金色の闘気を纏った一撃が、鉄槌のように振り下ろされる。そのカカトは、装甲を失ったワイヴァーンの頭部にめり込み、そしてその骨を粉砕した。飛竜の首は爆散し、肉片を飛び散らせる。やがて首を失った巨体は、ゆっくりと倒れ込んだ。
「一体撃破、だが……」
ゴウバヤシは呼吸を整えながら振り返る。
恭介も両腕を再び元の腕に換装した。接続を確認するように、握ったり開いたりを繰り返した。
街の中に放たれた多数のワイヴァーンが、こちらに向かって集まってくるのが見える。他の場所を目指すでもなく、まっすぐこちらにだ。1体1体を捌ききるのは良いとしても、多数の個体を同時に相手をするのは、いささかキツいと言わざるを得ない。
言わざるを、得ないのだが。
「なんか……なんとかなりそうだな、ゴウバヤシ」
「ああ、心強いのが来た」
呆然と呟く恭介に、ゴウバヤシは腕を組んだまま同意する。
敵の群れを前にこのような態度を取るなど、普通に考えれば単なる自殺行為だ。だが恭介は、そのような態度をとらざるを得なかった。恐怖や戦慄よりも、あるいは歓喜や喜悦よりも、ただただ先に、驚嘆せざるを得ないような状況。
思わずバカみたいに、口を開けざるを得ないような状況。
あらゆる脅威すらも、矮小に感じてしまうほどの状況。
おそらく、あの名無しがこの場で助けにきてくれたとしても、これほどの驚きと安心感を恭介に与えることは、無かっただろう。
その飛竜の群れを追うようにして、多方から様々な影が集ってくるのが、恭介たちには見えたのだ。
「悪いなドラゴンくん達、盗塁を見逃すわけにはいかないぜ!」
猿渡風太が、風を纏って翔ける。
「血に溺れ、誇りを見失った邪竜どもよ。原尾の怒りを受けるが良い」
原尾真樹が、地面をもりもり割って出る巨大な植物の根の上でふんぞり返っている。
「もー、原尾くん! アルティメットロジャー3号の根っこに乗るのやめてよぅ!」
その植物を過剰に成長させている花園華は、原尾に批難の目を向けていた。
「おっ、ウツロギくんとゴウバヤシくんだ! おーい!」
花園の隣で、杉浦彩が大きく手を振っている。
空を翔け、あるいは建物の上を飛び跳ねるように、あるいは大地そのものを自らの足としながら、ワイヴァーンの群れに追いすがらんとする者たちは、決してその勢いは劣っていない。凄まじいまでの風を孕んで、彼らは飛竜を取り囲んでいく。
街のそこかしこから集結するワイヴァーンに負けず劣らず、2年4組のモンスター軍団が続々と集まりつつあったのだ。ゴウバヤシの言葉通り、しばらく見ないうちに彼らはずいぶんと逞しくなっていた。
「恭介くんっ!!」
聴き慣れた声がして、恭介ははっと後ろを振り向く。
「無事だったか、凛!」
「姫水には傷ひとつつけさせていない。心配するな!!」
「うおっ」
恭介は思わずたじろいだ。そこには、凛の他に獣化した犬神と、その犬神の口に髪をくわえられた、剣崎恵の首があったのだ。
「剣崎、ついに身体の方を忘れるようになったのか!?」
「他に挨拶の仕方もあるだろう! 身体の方は余計な足止めを片付けたらすぐに来る!」
喋る生首がそうとう鬱陶しかったのか、犬神はそのまま剣崎の首を放り捨てる。『くぺっ』という奇妙な悲鳴を残して、剣崎の首は沈黙した。
「みんな、来てくれたんだ。すごい……」
街の八方から結集するクラスメイトたちを見て、凛が小さく呟く。
やがて、ストリートの路地の方から、レスボンとレインが慌てたように飛び出してきた。
「ウツロギ! なんだこの魔物たちは、おまえの知り合……うおっ、オウガだ」
「む」
見るなりいきなりのけぞったレスボンに対し、ゴウバヤシは静かに一礼をする。
「ああ、レスボン達も無事だったか」
「無事だったかじゃない! 東の方で怪我人の収容にあたっていたら、いきなりモンスター軍団だ! 心臓に悪いったらないぞ! 今度こそ死ぬかと思ったんだからな!」
「私は北で撤退準備を整えていたら、いきなりあのハヌマーンが……」
どうやらそうとう混乱をしているらしい。無理もないが、恭介にはこの反応が何やら懐かしかった。
◆ ◇ ◆ ◇
少しだけ、時間を巻き戻す。
城壁を突き崩し、ワイヴァーンの群れが空を埋め尽くす。本来ならば上級者、ゴールドランカーでも熟練の冒険者が徒党を組んで相手をするべき飛竜が多数である。それだけでなく、個々の挙動が通常個体と比べても明らかに異常をきたしているのが、現場の混乱に拍車をかけた。
一度混乱してしまえば、収集をつけるのは難しい。いくらかの犠牲者を出して、討ち取れたのはようやく1体。重傷を負った冒険者を協会本部にかつぎ込むため、人手はさらに割かれている。
街の中に侵攻を許した時点で、防衛は失敗だ。残った戦力は、街の中に侵入したワイヴァーンの討伐に向けられる。レイン、御座敷、壁野を含む冒険者の一行が、北の協会本部にほど近い個体の場所へと向かった。
のだ、が、
「うおおおおりゃあああああああああッ!!」
空高く舞い上がったワイヴァーンに向けて、白い風をまとった光弾がぶちあたる。空を切り、大きくしなった棍が飛竜の首筋を打ち据えた。
堅牢な甲殻に覆われたワイヴァーンの鱗が一部、はじけ飛ぶ。だが、致命打には程遠い。ワイヴァーンはその小うるさい敵対者を撃退するべく、大顎を開き白影を追った。影は風をまといながらもひらりとかわし、再度棍をしならせ、今度は飛竜の頭部を叩く。
「やるな、ドラゴンくん! だが、この俺の姿を捉えるにはまだ足りん!!」
「ガァッ!!」
白影の挑発に、ワイヴァーンは火球を吐き出す。だが、影は『フッ』と笑みを浮かべるなり、両手で棍を順手に構え、大きく横に薙ぎ払った。
「死球狙いのラフボールには、手痛いピッチャー返しがお似合いだ!!」
果たして横薙ぎの棍は火球を見事に捉え、ワイヴァーンに向けて打ち返す。
言っていることは意味不明にもほどがあるが、その影はゴールドランカー数名を圧倒するワイヴァーン相手に、明らかな“善戦”をしていた。無論、ワイヴァーンが1頭だけというのはあるだろう。それにしたって、恐るべき戦闘能力である。
「なんだ、あいつ……」
華麗なヒットアンドアウェイを繰り返しながらワイヴァーンを打ち据える白影を見て、レインが呆然と呟く。
白い毛並みに覆われた獣人。強い意思をたたえた双眸。それが、ハナナルカン平原から睥睨高原にかけてのみ生息するはずの希少霊獣ハヌマーンであることを理解したのは、冒険者の中でも魔物に詳しいごく一部だけである。
冒険者たちが駆けつけた時点で、既に霊獣はワイヴァーンと戦っていた。ハヌマーンの周囲には風がうずまき、自在に空を翔けるその足元には雲のような足場がある。
「キミ達!!」
ハヌマーンは拳を握り、呆然とする冒険者たちを見下ろして言った。
「ここは俺に任せて早く行きたまえ!」
「行くって……」
と、言いかけた冒険者の1人を遮るようにして、声をあげたのは御座敷童助である。
「猿渡くん!」
「おお、その声は御座敷! ここにいたか!」
サルワタリ、と呼ばれたハヌマーンは御座敷の声に嬉々とした返事を返した。
知り合いか、とレインが尋ねる暇はない。おかっぱ頭の少年は、彼の引き連れたヌリカベと共に前へと駆け出していったのだ。ワイヴァーンは通常個体とは異なる、血色の瞳をぎょろりと動かすと、地上を走る御座敷に向けて、火球を吐き出した。
「させないわよ!」
壁野が叫ぶと同時に、地を割るようにして壁がそびえる。壁は火球から御座敷をかばい、そしてそのまま砕け散った。壁野の身体が地面と並行になるように浮かび上がると、彼女の身体に御座敷が飛び乗り、そのまま空へと駆け上がる。
「オザシキ、カベノ! そいつは!?」
「味方です!」
レインが遅れて叫ぶと、御座敷は振り返りながら答えた。
「その様子だと、どうやら新たな力を会得したようだな! 成長は青春だ!」
「えっ、ああ、まあ、うん」
妙にテンションの高いハヌマーンを前に、曖昧な返事をする御座敷である。
「まあ、えっと。僕と壁野さんの能力はアシスト向きだから。猿渡くん、地上の冒険者の人といっしょにワイヴァーンを倒す……で、良い?」
「任せろ! 野球部とサッカー部という垣根を越え、おまえ達と同じグラウンドに立つ日が来るとはな!」
「空だけどね……」
御座敷が呆れた声をあげながら、地上部隊に手を降る。それを受け、魔術に嗜みのある冒険者数名が一斉に詠唱を開始した。レインを含めた白兵要員は、ワイヴァーンの攻撃から無防備になる魔術師たちを庇う形になる。
ハヌマーンは高揚したテンションのまま、全身に纏う風を自らの手に結集させていた。
「共闘もまた青春! プレイボールだな、御座敷!」
「キックオフ、って言って欲しいなぁ。ねぇ、壁野さん」
「知らないわよ」
壁野はフライボードの役割を果たしながら、冷静に壁を生み出してワイヴァーンの火球を弾く。その間、御座敷も両目を静かにつぶり、右腕をハヌマーンに掲げた。白い霊獣の周囲に、何やら光が集まっていくように見えた。
「絶対幸運圏……!!」
「むゥッ、何やら調子が良くなってきたぞ!」
風はハヌマーンの手のひらの中で、球体状に変化していく。
「俺も今まででベストなピッチができそうだ! 見せてやろう、フェイズ2《振動操作》に目覚めた俺の新たなる魔球、“振動烈風剛弾”をな!!」
あいつは黙りながら戦えないのか、と、レインは思った。
猿渡が、北の城壁付近で御座敷達と合流した頃のことだ。
「せェいッ!!」
横薙ぎに振られた剣を、すんでのところで黒甲冑は回避する。首なし騎士は柄を両手で握り直し、改めてポーンと対峙した。
「無事か。姫水、犬神」
「お、おう……つるぎん……」
急いでゼルネウスの街に戻ってきた姫水凛と犬神響に襲撃を仕掛けてきたのは、またというべきかなんというべきか、血族のポーンであった。そろそろウンザリしてくるレベルだが、振り切れる相手でもない。凛と犬神だけでは分の悪い相手だ。
そこに乱入してきたのが、2年4組の首なし風紀委員、剣崎恵だったのである。
それだけでも驚きなのだが、もうひとつ、驚愕するべきことがあった。
剣崎が、ポーンを相手に互角の戦いを繰り広げていることである。
「おっと、忘れんうちに私の首を預かっていてくれ。落としては叶わんからな」
腰のあたりにポニーテールで結わえていた頭を取り外し、剣崎は凛に向けて放った。凛がそれを危なげなくキャッチすると、首なし風紀委員は改めてポーンに剣を向ける。
「わざわざ街を襲うなど、やることが大きいな。何が目的だ。まだ人さらいの真似を続けているのか?」
「く……」
そのポーンは、1歩、2歩と下がりながら片手を挙げる。すると、少し離れた場所で破壊活動を行っていたワイヴァーンが、首をもたげてこちらを向いた。
「つるぎん!」
凛が叫び声をあげる。翼を広げたワイヴァーンが飛び上がり、剣崎に向けて滑空してくる。
その間、剣崎の構えた切っ先は、ポーンに向けられたままブレなかった。滑空してくるワイヴァーンに対して一切の警戒をすることなく、じりじりとポーンに向けて歩み寄っていく。
滑空するワイヴァーンの爪が、剣崎に向けて伸ばされたとき、すぐ間近にあった民家が轟音をあげて吹き飛んだ。
「どすこおおおおおおおおおいッ!!」
飛散する瓦礫の雨を横から受けて、ワイヴァーンが地面へと叩きつけられる。悠然と歩く剣崎には、瓦礫もワイヴァーンの巨体も掠めることはなかった。ぱらぱらと舞い散る砂と小石の中から、2つの影が姿を見せる。
「おお!」
オークとオウガ、人々を畏怖させる、無慈悲な暴力の象徴たるこの2種族の登場に対し、しかし凛が歓喜の声をあげた。犬神は獣化しているので声はあげなかった。
「奥村くん! ゼクウくん!」
「無事でなによりデブ、姫水」
「……!!」
奥村が短い言葉を投げ、ゼクウは親指を立てる。ゼクウのメンタリティもだいぶ人間に近づいたものだった。
怪力自慢の2人は、挨拶もそこそこに瓦礫の雨を受けてもがくワイヴァーンに向けて、揃って飛びかかる。もがくワイヴァーンの腕に組み付いたゼクウは、その翼骨をひねり、逆方向にへし折った。べきり、という音と共に、ワイヴァーンが声にならない悲鳴をあげる。
ポーンはいよいよ劣勢を悟り、逃げ出さんと翼を広げるが、その隙を待っていたかのように剣崎が一気に斬りかかる。ポーンは腕に黒い稲妻をまとわせ、応戦しようとするが、剣崎の踏み込みの方が、それをわずかに上回っていた。
斬撃は浅いが、黒い甲冑をたやすく切り裂く。火花が散り、切っ先はわずかにそのポーンの腕をえぐった。
「私も伊達に難局を乗り越えてきたわけではないぞ!」
剣崎が叫び、さらに剣を振って追撃を仕掛ける。
「犬神、姫水を連れて急げ!!」
「えっ」
「ウツロギの場所だ! ゴウバヤシが探している! 早く合流しろ!」
犬神が鼻先で凛をつつく、凛も気持ちを引き締め、身体全体を使って大きく頷いた。
積もる話は当然あとだ。ここは剣崎に任せる。強くなったのは、何も自分たちだけではなかったのだ。窮地に駆けつけてくれたクラスメイトは、力強く頼もしい。剣崎恵は既に、たった1人で血族を相手に戦えるまでに成長していたのだ。
街の東の方は、大きな植物がにょきにょきと生え始めている。おそらく、駆けつけてきたのは彼らだけではない。
「あれは杉浦たちデブな」
ワイヴァーンと激しい肉弾戦を繰り広げていた奥村が言った。その巨体の首根っこを抱え込み、全体重をかけて押さえ込む。ワイヴァーンがどれだけ必死にもがいたところで、奥村のホールドは離れない。そうこうするうち、ゼクウはもう1本の翼をへし折って、ワイヴァーンの飛行手段を完全に潰していた。
「“名無し”から聞いたんで、はっきりしたことはわからないデブが」
「あちらには茸笠を向かわせている。お前たちはウツロギのところへ!」
奥村と剣崎は、続けざまにそう口にした。
「うん!!」
凛が犬神の身体にへばりつくと、犬神は大地を蹴って素早く駆け出した。
すると、凛が持ったままの剣崎の首がこんなことを言う。
「ゴウバヤシの気はおおよそ感知できる。私が道案内をするぞ!」
「ええっ!? つるぎん、身体の方は!?」
「心配要らん! ポーン1体如き、身体だけでも十分……ゴフッ」
「つるぎん!?」
一瞬だけ目を見開き、青い顔を見せた剣崎だが、すぐに余裕ぶった笑みを取り戻す。
「ちょっと油断をしただけだ! 犬神、次の角を右に曲がれ!」
犬神は、小煩そうな視線をわずかに剣崎に向けたが、そのまま文句を言うこともなく、通路を駆け抜けていった。
西の壁付近で、凛と犬神が、剣崎の首と合流して恭介たちのところへ向かった頃、レスボン・バルクは東の壁で大変な目にあっていた。
「うっ、うおおおッ!?」
いきなり壁を突き破り、巨大な物体がうねり上がってきたのである。レスボンは一瞬それを、サンドワームの一種かと誤認したが、違った。それは途方もなく大きな、植物の根っこだったのである。
いったい何が起こっているのか。この街を襲撃してきたのは、ワイヴァーンだけではないというのだろうか。レスボンが壁に手をつき、見上げると、やはり途方もなく大きく、赤い実をぶら下げた枝葉の間に、ひとりの小さな少女が立っているのが見えた。あれは人間によく似ているが、人間ではない。大陸全土の森林部に生息する、植物タイプのモンスター、アルラウネだ。
アルラウネは植物の生育を補助する力を持つが、これだけ巨大な草木を、一瞬で成長させるなど聞いたこともない。それに見たところ、そこにいる魔物はアルラウネだけではなかった。
その隣には、なぜか海棲モンスターであるはずのスキュラがいるのだ。これがまた、レスボンの混乱に拍車をかける。アルラウネとスキュラ。自然界であってはならない取り合わせだ。アルラウネは森に、スキュラは海に暮らしている。そして更に、もりもりとせり上がってきた根っこの先に、また別の魔物が立っていた。
「原尾くん、根っこに乗らないでーっ!!」
アルラウネが大声で叫ぶ。ちらり、とレスボンの視線が、その根っこに乗った魔物と交錯する。
ファラオ。嘆きの砂漠に生息する、マミーの上位モンスター。凄まじいまでの神通力と呪術を駆使する、死王族の中でも強敵と恐れられる魔物だ。黄金の仮面越しに、レスボンと視線を交わしたファラオは、特に彼を気にかけるでもなく、前を向いた。
「アルラウネに、スキュラに……ファラオだって……!?」
森、海、砂漠。生活圏にまるで接点がない魔物たちだ。こんな共生関係など、まずありえない。もしや、王片をかき集めた何者かが多様な魔物たちを配下に従え、人間たちに反旗を翻したのではないか? おとぎ話に伝わる魔王軍のように。これでは神話戦争の再来だ!!
いや、待て。
レスボンはくらくらする頭を押さえながら、思考した。
つい最近、そんな生活圏に接点のない魔物たちの一団を、見たばかりのような気がするのだ。
「杉浦、ここに本当にウツロギ達がいるのか!?」
「ドラゴンみたいなのに街が襲われてるけど、無事かな……」
「ママさんの話では、そうみたいなんだけど……」
ウツロギ。葉の上で口々に語るギルマンとマーメイドの言葉を受けて、レスボンはハッとした。
そうだ、ウツロギだ。あいつといっしょにいた魔物軍団も、はっきり言って生活圏をごちゃまぜにしたような一団だった。それでも、おおよそ生態の解明されていないアヤカシや、どこにでも普遍的に生活するスケルトンやスライムばかりだったから、あまり違和感がなかった。
こいつら、全部ウツロギの仲間だというのか?
帝国や血族に連れ去られた矢先に、はぐれた仲間たちと合流する。それ自体はきっと、素晴らしいことに違いない。ウツロギ、おめでとう。
しかし、あまりにも節操がなさすぎるのではないか。これでは本当に魔王軍だ。
「花園、目の前にドラゴンが!!」
「原尾くん、魚住くん、鱒代ちゃん、お願い!!」
地面を叩き割ってドーンと生えてきた蔦が、ワイヴァーンを一頭絡め取る。それを見て、ファラオ、ギルマン、そしてマーメイドが構えをとった。
こんな奴らもウツロギの仲間なのか。そういえば、仲間は全部で40体ほどいると聞いていた。
レスボンは冒険者として、固定概念にとらわれない柔軟な思考を維持するよう心がけていたつもりだたが、空木恭介というスケルトンと、その仲間だという魔物たちの恐ろしさには、さすがに頭がパンクする思いであった。
◆ ◇ ◆ ◇
「うおおおおッ! 唸れ必殺、千本魔球ゥッ!!」
猿渡の作り出した風の球体が、勢いよく無数に投射される。それは大気を食い破り、ワイヴァーン達の甲殻に叩きつけられた。風の周囲に形成された微細な振動波が、その衝撃を内部へと伝達する。ワイヴァーンの肉体を構成する筋繊維が、内側から断裂した。
「ようし、いっけぇ! アルティメットロジャー3世!」
花園が手を掲げると、地中から再び巨大な蔦が生え、ワイヴァーンの群れに襲いかかる。
アルティメットロジャー3世と名付けられたその巨大なトマトは、全身を震わせてワイヴァーンの飛行を阻害する。
「俺も忘れてもらっちゃ困るぜ! 食らいなッ!」
茸笠が頭を大きくシェイクすると、彼の体内で分泌された化学物質が、胞子にのって宙へと舞った。猿渡が操作する気流に乗じて、胞子は飛竜の群れへと直撃する。神経系に多大なダメージを引き起こす茸笠の胞子を吸い込んで、ワイヴァーンの群れは次々と平衡感覚を失っていく。
こうなれば、もはやこちらのものだ。力を失ったワイヴァーンの群れをめがけ、ゴウバヤシは原尾といった決定力に長ける面子が殺到した。
ワイヴァーンの堅牢な甲殻を、ゴウバヤシは強引に叩き割る。原尾は神通力を用いて、内部から打ち砕いていく。
そしてここに、更に恭介と凛が加わった。
「「エクストリーム・ブロォォォウッ!!」」
拳を叩き込む瞬間、腕から先が掻き消える。掻き消えた腕はワイヴァーンの体内に侵入し、内側からその肉を食い破った。ここのところ連敗が重なっているといえど、この程度の敵に後れを取ってはいられない。1頭を瞬殺し、振り返りざまにもう1撃、エクストリーム・ブロウを叩き込む。
ワイヴァーンは既に、あらかた片付きつつあった。
このメインストリートだけではない、街の各地に残っていた個体も、冒険者たちが1頭1頭たたきつぶしていっている。街の被害は大きいが(半分くらい花園のせいな気もするが)、騒ぎはなんとか、収束しつつある。
「終わったようだな」
剣崎は、いつの間にか戻ってきていた身体で自らの首を抱えながら、そう言った。奥村とゼクウもそこにいる。
「結局、これも血族絡みなのかな」
すいーっ、と壁野の上に乗って出てきた御座敷が、首を傾げる。凛がそれに応じた。
『じゃない? ポーンが出てきたし』
「だとしたら、何のためなんだろうなぁ」
一同は唸ってみせるが、当然答えは出てこない。アルティメットロジャー3世の葉の上に乗った杉浦が、そこで『まぁまぁ』と言った。
「ひとまずここにいるみんなは無事ってことで、まずは再会をさ。一旦腰をおちつけて話したいし」
それもそうだ、積もる話もある、とクラスメイトたちは次々に頷く。杉浦たちは東から、ゴウバヤシ達は西からきたわけで、おそらく3つのグループがここに集まったことになるのだ。情報を交換し、整理するにも、かなりの時間が必要になるだろう。
と、話がまとまりかけていたのだが。
「いや、まだだ」
恭介は、メインストリートに大量に転がるワイヴァーンを見やって、こう言った。
「まだ連中の攻撃は終わってない。わざわざ飛竜を血族化させてまで街を襲ったんだ。このまま放置っていうのは、ちょっと気持ち悪い」
今までは、かかる火の粉を振り払う形で、血族と対峙してきた。こちらから積極的に、連中と交戦する理由がなかったからだ。だが、事態がここまで進展してくると、話は違う。
ワイヴァーンは恭介とゴウバヤシの元に集まってきた。ストレートに考えれば、連中がこの街を襲った原因は、恭介たちにある。そしてその目的が果たされていない以上、再び別の戦力が、この街を襲う可能性はあるのだ。
それに、クラス全員で帰るとなれば、連中はいつか、決着をつけなければならない相手である。
ポーンもいた、ということは、連中の拠点となる場所のひとつは、この近辺に存在するはずだ。ならば、この街が再度襲われる前に、元を断つ必要がある。そうでもしない限り、また延々と襲いかかってくる敵を倒しての、繰り返しだ。
「ゴウバヤシ、俺、言ったよな。血族を倒す。全部倒すって」
「うむ」
ゴウバヤシは腕を組んだまま、頷いた。
「思えば俺たちは、連中には襲いかかられてばっかりで、こちらから殴りかかりに行ったことはなかった。違うか」
「うむ」
ゴウバヤシは再度、頷いた。
既に、恭介が何を言わんとしているのか、みな理解し始めたのだろう。その場の一同、10名以上の魔物たちは、にわかにざわめき始める。だがその中でも、ゴウバヤシはその提案を受け入れるかのように、腕を組んだまま静かに目を閉じていた。
「俺と凛だけじゃ、勝てない相手がいるんだ。みんなの力を貸して欲しい」
いつまでも殴りつけられていたのでは、この戦いは終わらない。こちらが殴れることを教えてやる。
自分たちは、単なる戦いの駒ではない。奪われ合うだけの存在ではないのだ。
帝国にも、血族にも、断固とした姿勢を見せてやらねばならない。恭介はずっと考えていたのだ。
「本当に恐ろしい敵だった。みんなを危険に晒すってわかってるんだ。それでも言う。みんなの力を借りたい。俺は弱いし、人の心もわからずに地雷を踏むし、大したギャグも言えない面白みのない人間だけど、そんな俺でも良ければ、力を貸して欲しい。いっしょに戦って欲しいんだ。これは俺のわがままだ。だけど、今まで好き放題やられて、仲間を殺されて、連れ去られて、これからもずっとそんなのが続くなんて、俺は嫌なんだ」
しん、と静まり返った一同を、恭介は見る。
「奴らの拠点をひとつ、潰す。最初の反撃作戦だ」
次回は18日くらいにできたらいいなーって。




