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第91話 月下に吼える

 敗走と呼ぶにふさわしい結果ではあった。


 実質最強戦力であった恭介と凛ですらたやすく蹴散らされたのだ。帝国側についた瑛と、血族側についた小金井の存在も、彼らを混乱させた。

 結局、瑛や小金井を連れ戻すどころか、せっかく集めた仲間たちを、逆に帝国や血族に連れ去られることになってしまった。命からがら逃げ出して、なんとか難を逃れた生徒同士で合流を果たした。レスボン、レインの冒険者両名も逃走には成功しており、そこに恭介と凛、そして犬神、御座敷、壁野を含めたメンバーが、そこにいた全員だ。白馬、雪ノ下、烏丸、それにあずきは血族か帝国かのどちらかに捕まってしまったらしい。


 だから、敗走と呼ぶにふさわしい結果では、あった。


 ここで逃走を選んだこと自体は、正しい選択であったように思う。

 意固地になって張り合ったところで敵に捕まるだけであるから、選択は正しかった。そしてその選択を示唆してくれた凛には、感謝をしなければならないだろう。彼女が熱くなりかけた恭介を引き戻そうとしてくれたから、彼はなんとか、無事でいられているわけだ。


 それはそれとして。


 恭介は、納得がいっていない。


 瑛のことも。小金井のこともだ。

 帝国や血族にクラスメイトが捕まってしまった以上、彼らのポジションにもそれなりの意味はある。瑛や小金井が、上に従うことで、クラスメイト達の安全は保証される。自らの身を呈して、クラスメイトを救う。そのためならば、裏切り者の謗りも甘んじて受ける。

 立派だ。大したものだ。おそらく、恭介が同じ立場にたとしたら、同じ道を選択していたのかもしれない。


 それはそれとして。


 恭介は、納得がいっていない。


 いっていないのだ。


 その晩、恭介はそっと外に出た。

 彼らが拠点としているのは、冒険者自治領ゼルネウスにレスボン・バルクが借りた、小さな倉庫のひとつである。部屋の隅では壁野が、それに寄りかかるようにして、御座敷が寝息をたてている。犬神は獣の姿のまま、凛もバケツの中でどろどろになって眠っていた。

 そんな仲間たちをちらりと眺めてから、恭介は外に出た。


 異世界の夜は明るい。月や星が照らしているからだ。だが、この冒険者自治領では、そこかしこに魔導街灯が立ち並び、星明かりを食い散らかしている。


 冒険者自治領の夜は眠らない。夜間に活動する冒険者も多いから、まだ通りを渡る人影も少なくはない。スケルトンである恭介の姿を見てギョッとする冒険者が多かったが、こちらが先に会釈をすると、向こうも何も言わずに通り過ぎた。

 恭介の左腕は、まだ代替品が見つかっていない。この街であれば魔物素材の流通もしているから、スケルトンの腕骨程度ならすぐに見つかるだろうと、レスボンは言っていた。どちらにしても、そのあたりを探すのは明日からだ。


 恭介は倉庫を出る際、残った右手に剣を持っていた。レスボンから手に入れた灼焔の剣ヒートウィーバーだ。結局この剣も、まだ上手には使いこなせていない。

 そのまま、倉庫の裏側にある小さな石場に向かう。

 恭介は既にフェイズ3だ。これ以上の成長は見込めない。実質頭打ちとも言えるこの状況で、それでも恭介は強くならなければならなかった。あとは技量をちくちくと上げていくくらいしか思い浮かばない。だから恭介は、この石場で打ち込みの練習をするつもりでやってきた。


 右手だけで柄を握り、手頃な石に向かい合う。細い身体から魔力をひねり出すと、剣身がぼうっと赤熱を帯びた。恭介は姿勢を整え、呼吸を整え、そして石に向かって大きく踏み込む。


「はぁああぁッ!!」

「ウツロギうるせぇ」

「ぎゃあっ!」


 思わず灼焔の剣を取り落としてしまった。


 振り返ると、目つきの悪い銀髪の少女が、鳥の骨をくわえたまま石に腰掛けていた。まとっているのはボロっちいレザーマントが一着だけのようだ。耳も尻尾も、隠してはいない。街灯のあかりを反射した金色の瞳が輝いている。

 犬神響だ。寝ていたと思ったのだが、実は起きていたらしい。


「し、心臓に悪いな犬神……」

「てめぇに心臓はねぇだろ」

「そうなんだけど……。なんの用だよ」


 ふん、と犬神は鼻を鳴らした。


「夜も遅いだろ。もう寝ろよ」

「は、はぁ……?」


 剣を拾い上げながら、恭介は思わず尋ね返してしまう。そんなことを言うために、わざわざ寝床からはいだしてきたのだろうか。


「ノーミソ冷やせって言いたいんだ。アタシは。なぁ、わかるかウツロギ」

「俺に脳みそはないんだ」

「そういう小ボケはンだよ」


 そっちが先に言ったのに、などと恭介はもやもやしていると、犬神は石から降りるでもなく、憮然とした顔で続けた。


「今更打ち込みをやって、一朝一夕で強くなるモンでもねぇだろ」

「かもしれないけど、やらないよりは、マシかなって……」

「ならまぁ、止めねぇけど」


 と、言いかけて、犬神はちらりと視線を泳がせる。恭介は、そんな犬神を見て、次に打ち込み用の石を見てから、剣を地面に突き立てた。


「犬神、嫌だったら答えなくて良いんだけど」

「あン?」

「犬神の一族のこと、聞かせてくれないか」


 デリケートな問題だとは思いつつ、踏み込む。犬神はわずかに目を細めた。


 犬神響は、元の世界から人狼として存在していた個体だ。だが、彼女の一族は、その唾液が因子に致命的な影響を及ぼすという理由で血族から敵視され、やがて滅ぼされた。その最後の生き残りが、すなわちここにいる犬神なのだ。


「答えたくねェな」

「そうか」

「なんでそんなことを聞くんだよ」

「仲間を失うって、きっと辛いんだろうなと思って」


 恭介は星の少ない夜空を見上げる。


 鷲尾が死んだときのことは、まだ覚えている。あの時恭介が覚えたのは、途方もない喪失感と無力感だ。犬神がそれを味わったであろうことは、想像に難くない。

 だがそれだけではないはずだ。哀しんだのか。あるいは、憎んだのか。仲間を次々に失っていく感覚を、恭介は既に疑似体験した。その結果、心の中に何かを持て余している。だから恭介は、何かをせずにはいられないのだ。


「俺にもっと力があれば、白馬や烏丸だって敵に奪われずに済んだし、瑛や小金井だって取り返せたかもしれないんだ。だけど、俺には力がなかった。それだけじゃないんだけど、なんだかこう、すごい、ムカムカするんだ。自分でも勝手なことを言ってるのはわかるんだよ。瑛や小金井がいるから、敵に囚われたクラスメイトが無事でいられるっていうのもわかるんだ。今のあいつらは、俺なんかよりよほど力があるのもわかるんだ。だからきっと、今の状況はもしかしたら正しいのかもしれないんだけどさ。でもなんか、違うんだ。納得できないんだよ」


 堰を切ったように、恭介の口から言葉が溢れ出す。自分は果たして、ここまで多弁だっただろうかと、恭介自身も驚いてしまうような、それは感情の羅列であった。


 そう、納得できない。納得できないのだ。


 理由は恭介にもわからない。だがとにかく、瑛や小金井のやっていることが、恭介には納得できなかった。いや、わからないということはない。同族嫌悪に近い感情だ。そしてなによりおそらく、彼らを止められなかった後悔が、それをより一層、強くしている。

 恭介の中で渦巻く感情が、徐々に加速を始めていた。心の奥底から湧き上がるものを、今までがらんどうだったその男は、コントロールする術を持たない。コントロールできなかった感情は、久しく満たされたことのない器の口から、今まさにあふれだそうとしていた。


「だいたい……」


 黙って聞いているであろう犬神の方を、恭介は見ない。

 今から自分が口にすることが、ひどくみっともない言葉であることを、自覚していたからだ。


「だいたい、なんだ!? 俺だって今まで精一杯やってきたよ! やってきたんだよ! 最初のダンジョンでみんなが大変な目にあった時は助けに行った! わかってる、別に見返りが欲しかったわけじゃない! でも俺は、今までこのクラスで何度もみんなのことを助けたし、できる限りのことはしてきた! もちろんみんなに助けてもらったことだってあるし、それは感謝してるよ! でもその、なんだ! ここにいないから思いっきり陰口になるけど、烏丸とか、雪ノ下とかさ! 俺が口下手でコミュ力ないのは認めるし、リーダーの器でないのもわかってるけどさ! なんなのあいつら! 俺は今まで一生懸命やった! やってきた! その結果が、今のこれだ! 俺にはそれが受容できないんだよ!」


 恭介は右の拳を握り、手近な石を思いっきり殴りつける。


 努力が足りないというのなら、認める。

 努力が足りないというのなら、いくらでもやる。


 諦めるなんてことはしないし、できない。だが、一生懸命やってきたのは事実なのだ。裏目に出ることのほうが多かったし、役に立てていないことのほうが多い。それでも、一生懸命やってきたのだ。

 戦いだって、自分1人のチカラで成し遂げたことなんてひとつもない。いつだって凛や瑛の力が必要だった。だから思い上がるつもりなんてない。でも、だからといって、恭介が何かに手を抜いてきたことなんて一度もなかったはずだ。常に全力で、最善を尽くそうとしてきたはずだ。


 その結果がこれだ。


 名無しにも、ルークにも、瑛にも、小金井にも勝てず。王片は奪われ、仲間たちは守れない。


 これ以上、何をすればいい。何に力を注げばいい。

 強くなることが求められるのならば、強くなる。しょせんスケルトンの力では限界があるのだろうが。それでも鍛錬は積む。今までだって、やってきたつもりだ。凛との呼吸合わせや、戦い方の練習や。それでも足りないというのなら、今度は1人でもやってやる。


「……ごめん、犬神」


 なるべく感情を押し殺し、恭介は震える声で呟いた。拳をゆっくりと引く。

 心の奥底から湧き上がる情けなさで、身体がどうにかなりそうだった。


「こんなこと言うつもりじゃなかっ……」

「いや、おまえはよくやってるよ。ウツロギ」


 返ってきたのは意外な言葉だった。


「アルバダンバじゃ、おまえのおかげで助かったしな。礼言ってたっけ。まあどっちでもいいや。ありがとよ」


 恐る恐る振り返ると、犬神響はどこか機嫌をよくした笑顔で、石の上にあぐらをかいている。


「まァなんだ。空っぽだけど、穴があいてるわけじゃなさそうだな。溜まるモンは、溜まるンだ。そういう時は吐き出しちまったほうがいい。雪ノ下も、烏丸も、ああいう性格だからアレだけどな。きっと、おまえには感謝してるよ」

「犬神……」

「でもなウツロギ」


 そこで犬神は急に笑みを崩し、真顔に戻った。


「おまえ1人が頑張ったって、どうしようもねェんだ。アタシもずっと、家族の仇を取ることを考えてたけどさ、まあ、どう考えても無理だろ。今の月じゃ、ポーンにだって敵いやしねェ」


 空に浮かんでいる月は三日月だ。犬神の力は月の満ち欠けによって変化する。満月の際は、ビショップやナイトをも圧倒するだけの力があるが、この三日月では確かに、ポーンと戦うのも厳しいだろう。


「だから、まァ、おまえや姫水が血族をブッ飛ばしてる時は、割りと、なんだ。スッとする」

「……俺は、どうすればいいと思う?」


 恭介は、答えることが難しいと知りながらも、犬神に尋ねた。


「帝国や血族に捕まった仲間を助けたい、とは、思うんだ。でも、やっぱり瑛や小金井のこともなんとかしたいって思って。特に、やっぱり瑛はさ。あいつ、1人じゃ不安定になるタイプだから、いろいろ心配なんだよ。無茶してないかって……」

「ウツロギにそう言われるようじゃ、よっぽどだな」

「俺、結構真面目に言ってるんだけど……」


 犬神は『わかってるよ』と小さく笑ってから、夜空を見上げる。


「一匹狼って字面、カッコ良いと思ったことねェか」

「は?」


 いきなり、何を言い出すのだろう、と、恭介は思った。

 一匹狼。ローンウルフだ。確かに、カッコイイイメージのある言葉であるのは、否定しない。崖の上から宵闇の月に吼えるシルエットが思い浮かぶような、孤高の存在。そんな雰囲気だ。


「狼ってのは群れを作る。一匹狼ってのは、成長して群れを出て行った個体なンだよ。他の群れの縄張りを荒らさねぇように、縄張りと縄張りの間になる緩衝地帯をうろつくしかなくてな」

「なんで、犬神、そんなワクワク動物博士みたいな……」

「聞けよ。いいか、一匹狼ってのは一人でなんでもやるような孤高の存在じゃねェンだ。群れを出て行ったばかりの若造が、1人でやるしかねェっつうような状態なんだよ。1人でなんでもかんでもできるのは、別に大層なことじゃねぇ。だから、ウツロギ、」


 金色の瞳が、再び眼窩を覗き込む。


「仲間をもっと頼ってやれ。アタシでも良いし、他のやつでも良いよ。おまえが頼めば、割りとクラスのどいつだって、力を貸してくれるさ。良いかウツロギ、おまえは今まで、それだけのことを、やってきたんだ。やってきたんだよ、おまえは」


 犬神の言葉は、決して取り繕うようなものではなかったし、犬神の目は、決して嘘をついているようなものでもなかった。

 彼女は少なくとも、彼女にとっての真実を話している。


「だから、もう寝ろ。おまえのやってきたことは、無駄じゃねェ。みんなちゃんと見てる。だから安心して寝ろ。それと、もう1人で無茶すんな。おまえが言ったみたいに、仲間を失くすのは、辛ェからな」


 それだけ言うと、犬神は『ふわ……』と小さくあくびをした。


「ガラじゃねェこと言ってたら、アタシも眠くなってきた……」


 恭介は、犬神の言葉を反芻した。


 自分は空っぽだ。人間力に欠けた男だ。どれだけ、みんなの助けになろうとしても、から回ることのほうが、多かったようにさえ感じる。今の戦う力だって、自分だけのものではない。犬神の言うとおり、1人でなにか出来ることのほうが、少ないのだ。

 それでも、今まで、一生懸命やってきたと思う。

 それを認めてくれる人がいるのが、こんなに嬉しいものだとは、思わなかった。


 いや、認めてくれる人ならいたのだ。だが、ここで犬神からそれを告げられるのは、また違った意味を、恭介に与える。


「わかったよ、犬神。ありがとう」


 恭介は、灼焔の剣を地面から引っこ抜いて、そう言う。


「あと、さっき怒鳴ったこと、アレさ……」

「あァ、別に気にしちゃいねェよ。ガス抜きは要るだろ」

「いや、そうじゃなくて、その……」


 やや気まずい思いをしながら、恭介は頬を掻く。


「他の奴らには、黙っててくれないか……? 特にその、凛、には……」

「あン?」


 犬神は眠たげな目つきのまま振り返り、恭介を見る。


 さっき、思わず口を突いて出た感情の羅列。あれは正直言って、みっとも良いものではなかったし、何より支離滅裂だった。心のそこに溜まった感情を、思わず吐き出してしまっただけに過ぎない。

 それを凛に聞かれるのは、なんというか非情に気まずいというか。小っ恥ずかしいというか。


「あいよ。ぞっこんって奴ね」


 犬神は呆れたように呟いて、そっぽを向く。


「ウツロギに姫水はもったいねェよなぁ……」

「俺もそう思うんだけどさ……」

「ナチュラルにノロケてんじゃねェよ」


 犬神は、口にくわえたままの鳥の骨を、そのまま恭介の左肩にくっつけた。


「新しい腕の代わりだ。とっときな」

「いや、さすがにこれは小さすぎる……。動くけどね」


 恭介のスケルトンボディはその鳥の骨を新たなパーツと認識したのか、肩から生えた骨がピコピコと動く。犬神はそのまま倉庫に戻っていく。尻尾が左右に振られているところを見ると、それなりに機嫌は良さそうだった。

 恭介も剣を持って犬神のあとを追い、倉庫へと戻る。


 すると、


「……うおっ」


 そこには、ぷくっと膨れ上がった水風船があった。


 いや違った。凛だった。


「恭介くん……」

「えっ、あ、はい。り、凛さん……?」

「途中から、起きて聞いてました……」

「あっ、え……お?」


 ちらっ、と犬神の方を見ると、彼女はいつの間にか獣の姿に戻って身体を伏せ、すやすやと寝息をたてている。


「ど、どの辺から……?」

「『だいたい、なんだ』のあたりから」


 割りと聞かれたくないあたりドンピシャだった。


「えぇっと、凛さんは、怒っておいでですか?」


 恐る恐る尋ねる恭介。これだけ膨れ上がっているのだ。怒っていないはずがない。

 だが凛は、いつになく低い声で、ぼそっとこう呟いた。


「まだ、怒鳴られたことない」

「はい?」

「あたし、まだ、恭介くんに怒鳴られたことない! ずるい! 犬神さんずるい!」

「えっ、ええ……」


 なかったか、怒鳴ったこと。などと考えたが、恭介はすぐにかぶりを振った。

 そういうことではない。きっと凛は、もっとこう、恭介にナマの感情をぶつけられたことがないことを、不満に思っているのだ。恭介が凛に一番聞かれたくないと思っているあのみっともないセリフを、ご所望なのである。


 凛は膨れ上がったまま身体を伸ばし、恭介の周囲をぐるぐると取り囲んだ。


「ねーねー、恭介くん。さっきのセリフ、あたしにもっかい言ってみ? ね? あたしも響ちゃんみたくこー……上手に恭介くんを慰めたげるからさ、ね! 恭介くん、へい恭介くん、ワンモアセッ!」


 犬神の身体が小さく震えているのがわかった。あのやろう、笑っていやがる。狼のくせに狸寝入りだ。


 結局、凛がしつこいのいで、恭介はあの小っ恥ずかしいセリフをうろ覚えながら、もう一度凛に向けてまくし立てることとなった。

 凛はめっちゃ慰めてくれた。




 獣王大火山の山麓に、血族用のセーフハウスがある。ルークのシャッコウは、そこにいた。

 ここから獣王連峰に沿って西に進んだあたりで、一度帝国との衝突が発生した。王片の奪取には失敗。血族候補となる魔物たちも、捕獲に成功したのは2体だけと、芳しい成果とは言い難い。アケノやサイクロプス、それにハイエルフなどは一度拠点に帰還しているが、シャッコウはここで引き続き、次の作戦行動を任されていた。


 王片の奪還は極めて難しい状況だ。で、ある以上、シャッコウには他の血族候補の捕獲が命じられている。


 当座の目的は、あのスケルトンだ。あれは既にフェイズ3に到達している。元が虚弱なスケルトンとあってはフェイズ3になったところで程度が知れているが、それでも無条件で王の指令を聞かせられる手駒の補充は極めて有用だ。それに、使いよう、というものがある。

 《完全融合》はいくらか相手を選ぶが、しかるべき準備を整えればルークにも匹敵する力を持つ。逆に言えば、準備を整えられていない状況では、先日戦ったとおりの力しか発揮できない。奇襲に弱いのだ。


 だから今回も、ある程度泳がせた状態で、一気に強襲をしかける。


 そのための準備は、整いつつある。


「おゥ、こいつらか」


 シャッコウは、セーフハウスの外に繋がれた複数の巨影を眺めながら、満足げに呟いた。


 全身を鱗と甲殻に覆われた、2本足のトカゲ。前肢には巨大な翼膜がついた大型爬虫類。その姿はドラゴンによく似るが、厳密には異なる種族の生命体だ。怪物たちは、シャッコウの姿を見つけるや、鎖を引きちぎらん勢いで暴れてみせた。


 獣王大火山には、グリフォンやベヒーモスなどの魔物が生息している。今、シャッコウの目の前に雁首を揃えているのは、そうした大型モンスターの1つ、ワイヴァーンだ。単なるワイヴァーンではない。口元から大きな牙を覗かせ、さらには爛々と輝く血色の双眸を有している。

 シャッコウの言葉を受け、ポーンの1人が頷いた。


「ビショップ・アケノの用意した、六血獣ゼクスブリードのプロトタイプになります」

「偉そうなこと言っちゃいるが、要は単に血族化させただけの魔物だろうが」


 鎖に繋がれガタガタと暴れているのは、いずれも血族の因子を注入された個体だ。

 血族では、サイクロプスやハイエルフを始め、魔物に血族因子を打ち込んだ個体を新戦力として補充している。正確には、かなり前から用意していた戦力ではあるのだが、ビショップやナイトがあらかた倒された今、世界各地にバラけさせた面子を、集め直している状態だ。

 ここにいるワイヴァーン達は、そうした戦力を生み出す前段階として、ビショップのアケノが因子を打ち込んで血族化させてみたテストケースだ。通常のワイヴァーンより全体的なスペックアップがなされ、凶暴化はしているが、いずれもシャッコウの因子を用いて血族化した個体であるため彼の支配には従う。


 1体討伐するのにも2、3パーティが駆り出されるワイヴァーンである。その脅威はポーンなどよりはるかにわかりやすく、そして巻き起こす被害もわかりやすく甚大だ。


 騒ぎを起こし、標的を燻り出すには打って付けの戦力。シャッコウはそのように考えている。


 血族としての使命を優先させたとはいえ、先の戦いはなかなかフラストレーションが溜まるものだった。今回ばかりは、狩りを楽しんでもいいだろう。このワイヴァーン達は、そのための猟犬のようなものだ。


「で、いつになったら出せるようになる?」

「一応、血液の補充をするために現在ワイヴァーンの野生個体を捕獲している最中です。明日にはまぁ、補充も終わって動かせるようになるのではないかと」


 無線機を片手に、ポーンが答える。血族化させると、同種の血液を補充させなければいけないのが、厄介といえば厄介だ。その点、人間はまぁ手近でいい。


「わかった。じゃあ明日には出す」

「えっ、あ……はい」

「文句でもあるか?」


 シャッコウが睨みつけると、ポーンは縮こまってかぶりを振った。そうだろう。文句は言わせない。これは自分の仕事だ。それにシャッコウはルークである。適度に暴れて、血族の力を見せつけるのも仕事の内なのだ。


「……とはいえ、自治領一個つぶしにいくとなると、久々に結構な規模だよなぁ」


 あの逃げ延びたスケルトン達にとっては、今宵が自由と共に過ごす最後の夜になる。

 ガタガタと暴れるワイヴァーン達を眺め、ルークのシャッコウは今一度、満足げに頷いた。

次は11日か12日に……って、今日だ!!

はい、はやいうちにあげます!!

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