万里の波頭を乗り越えて。
ピピ、ピピピ、ピピピピピピピ
〈ガシッ〉
「うぅーん。」
いつもの電子音で目が覚めた。
時計に目をやるとAM8:15
ベッドからむくりと立ち上がり、テーブルの上のセブ○スターを漁り、それをくわえた。
「.....んん。」
右肩に違和感を感じる。
パチスロを打つ際に、自分では普通に打っているつもりが、変な癖があるのか?
肩凝りを通り越して、憑き物で憑いたかのように重たい。
良いツキを味方に付けたと信じたいところだが。
ここのところ、ずっとB店のスープラ狙いだ。勿論、アテを外して羽根物を打ったりもするが....。
どうにか本格的な金銭的苦難が訪れる前に乗り切れた。しかし、まだまだ贅沢は敵だ。
〈カチッ〉
「ふぅ。」
アームチェアにもたれ掛かり、オットマンに足を乗せた。
朝の優雅な一時だ。
永遠に、この至福の時間を過ごしていたいが、金は無尽蔵じゃない。稼がねば。
俺は、タバコを消して急階段を降りた。
台所に向かい冷蔵庫を開けると、背後から声が聞こえてきた。
「おはよー。」
母親からの朝の素敵な挨拶だった。
「おはよ。」
俺が買ったソファがすっかりお気に入りになった母親は、既に昼下がりの主婦の如く、ゴロゴロしながらテレビを観ていた。
座り心地の良い椅子は....尻に根が生えるもんだな。
それを横目にコップに注いだ牛乳を飲んで、シャワーを浴びに風呂場へと向かった。
シャワーから出ると、母親が洗濯をし始めていた。
「洗濯機が壊れてきたんだけど、全自動の洗濯機欲しいなぁ。」
と、おねだりが始まった。
俺は金銭的な事は話さず
「親父に頑張ってもらうしかねぇな。」
と答えた。
すると
「....あら冷たい。」
と返ってきた。俺は頭のなかで少しだけ考えて
「俺の服は古着が多いから、全自動は嫌だな。二層式なら出すよ?」
と答えた。
それを聞いた母親は、複雑な顔をしながら
「じゃあ。二層式で良いから洗濯機買ってよ。」
と言ってきた。
読み通りの答えだ。
俺は
「本格的に壊れたら....な?」
と返し、文句を言う母親を脱衣所に残して、急階段をあがった。
部屋で身支度を整えてから「タバコ一本だけ」とチェアに身をゆだねて、再び急階段を降りた。
玄関で「行ってくるよ。」と言い残し、俺は「うるさい」単車に跨がりキックでエンジンを掛け、走り出した。
いつもの見慣れた朝の渋滞が、一層混雑している....渋滞の先に見えるのは、赤色灯だ。どうやら事故のようだ。
「チッ。面倒くせぇな。」
事故処理中はPCは追っては来ないが、俺はアクセルを絞り、警官の誘導を断るように渋滞を抜ける。
「停まれ、貴様コラぁ。」
と背後に怒声が響くも、緊急走行のサイレンは聞こえない。
俺は「良い歳だしな、ヘルメットをそろそろ買うかな?」と苦笑いしつつ、その場を走り去った。
そうこうしていると..オフィス街と繁華街が乱雑に建ち並ぶ街並みに変わり[駅前]のB店に着いた。
駐輪場に「うるさい」単車を停めて、自販機に向かった。
缶コーヒーをいつものように一気に流し込み、パチスロ専用入り口に向かう。
「おっ、兄ちゃん、おはよ。」
並びの先頭の方に居た常連のおっちゃんから、素敵な朝の挨拶だ。
俺は、さり気無く話しをながら横入りをしつつ、何となくシマの情報を聞き出した。
出ていなかった台、出ていた台をだ。
それらを何となく頭に叩き込み、開店の時間を待つ。
店員がドアの向こうに張りついて、ドアを抑えている。
〈軍艦マーチ〉が流れた瞬間に、まるで競馬のスタートのようにドッと、一団となってパチスロのシマに流れ込んだ。
B店に通い詰めたお陰で、千円札を感知しにくい台間サンドは理解している。
そこをスルーして、シマの真ん中くらいの台間サンドに千円札を入れる。
〈ジャラララ〉
コインを入れ、レバーを叩き、7を狙う。
「おっ。」
左にチェリー付きが盤面に止まった。
中に7。右にも7。
ジリリリリン
〈ペンペッペペン、ペペンぺンぺン〉
ヨシッ。今日は一発ツモだ。
下皿の黒い樹脂製のコインカバーを外して、頭上の箱のあるスペースに置いて、ビッグを消化する。
シマのアチコチから、ビッグの音が鳴り始めた。
俺は一番バッターで消化して、呼び出しランプを点灯させ、自販機に向かった。
缶コーヒーを買い席に戻り、レバーに万歩計を下げた。
コーヒーを一口グビリと飲んで、タバコをくわえて、いざ尋常に。
勝負再開。
左リールに[プラネットチェリー7]の7を上段にビタ押ししながら、淡々と消化する。
「フルーツゲームが長ぇな。」打ち初めて100Gほどパンクしなかった。
チェリーが落ちてこなくなったので、適当なハサミ打ちに切り替えて、リーチ目を楽しむ事にする。
程なくして、普段目にしない見慣れない出目に手が止まった。
「....ああ、ケツテンか。」
中右リール下段に7テンパイ、左リール問わずの変則2確のリーチ目だ。
レバーの万歩計を取って数字を見ると192。
だが、そんなにコインを減らさずツイた。これは有り難い。
777。
本日2回目のビッグスタートだ。
終了後。店員を呼び、リセットして貰う。
淡々とフルーツゲームを消化して、今度は順押しで適当に打ち始める。
すると、また見慣れない出目だ。手が止まった。
ちょうど常連のおっちゃんが後ろを通り、話し掛けてきた。
「兄ちゃん、流石マニアだな。」
「え?」
「何だ知らねぇのか?ほらオレンジがVになってるだろ?」
盤面に手をやり、教えてくれた。
...なるほど。盤面には左上段にオレンジ、真ん中下段にオレンジ、右上段にオレンジ。
「ああ、勉強になります。」
と笑いながらおっちゃんを見ると満足そうに....
「お兄ちゃんにも知らねぇ事あんだな。ほらよ。」
...と、言い残し缶コーヒーを差し出して、自分の席に戻って行った。
常連とのジュースのやり取りは、言葉のやり取り以上に重要だ。
〈友軍〉と見なされた合図なのだ。
「しっかし、何もねぇ出目なんだけどなぁ。ああ、あのおっちゃんコイン飲まれたら、コインを何枚か持って、ずっとシマをウロウロしてるのは、落ちてるリーチ目を狙うためか?」と理解した。
レバーから万歩計を外して、目押しすると777。
ビッグスタートだ。
シマを見渡すと、おっちゃんと目があった。
親指を立てて「BIG」の合図をすると〈ニヤッ〉と笑った。
BIGなら親指、バケなら小指。常連とのサインの様なものだ。
終了後。リセットして貰い、淡々と消化する。
今回はあっさりフルーツゲームがパンクした。
俺は、リーチ目を楽しむ為に、今度は適当な順押しに戻した。
右リールに[オレンジ、BAR、7]が出て、中リールには7が右上がりにテンパった。
「ここは....」
左のBARを過ぎて一つ目の7を枠上に狙った。
「おうっ。」
嬉はずかし枠上7のリーチ目完成だ。
これは成立ゲームしか出ないBIG確定目。
引き込み数を考えれば7が滑って来るのだが、テーブル制御はただ滑るだけじゃなくて、意地悪制御もする。
それがスーパープラネットの美しい出目を作り出すのだ。
「しかし....今日はBIGしかツカない日だな。」
一抹の不安を残しつつ、コインを箱に移した。
ビッグ終了後、おっちゃんにコーヒーのご返盃をして、勝負続行だ。
それからもBIG連打が続き、平盛りで一箱作れた。
しかし。そこから、バケが出始めて合算は上がるも、下皿揉み揉みが続いた。
とは言っても、下皿をガチンコで詰めれば1500枚以上入るのだが(笑)
...その後は、夕方を過ぎても下皿揉み揉みが続いた。
合算は悪くないが、恐らく6ではないだろう。
すると、隣に座った良い匂いのするキレイなおねえさま(おばさま?)が、リーチ目やらチャンス目を何ゲーム前からか、出している。
俺は思わず話し掛けた。
「入ってますよ?」
「......え?」
「ちょっとイイ?」
〈タン....タタン〉
BIGが揃った。
「えっ、入ってたの?ありがとう。」
...うん。俺まで嬉しくなるな、素敵な笑顔だ。
香港の100万ドルの夜景にも...ひけを取らないのではないだろうか?
いやいや、むしろタッチの差でギリギリ勝っているのではないか?
100万ドル22セントくらいの素敵な笑顔だ。
俺は脳内で一夜の甘いランデブーを想像しながら、笑顔に満ち足りた幸福の時を過ごす。
その後、逆隣に座ったうだつの上がらない万年係長らしきオッサンが、リーチ目を出して
「悪い、兄ちゃん押してくれ。」
と頼んできた。
[人にモノを頼むのに、なんで上からなんだよ?お前はインドのマハラジャの末裔か?]
と内心思いつつ
「目押しなんか出来ねぇよ。」
と、冷たくあしらった。
俺の幸せの邪魔をしやがって。
でも。隣のキレイなおねえさま(おばさま?)になら、歩く度にバラの花弁を撒き散らしても良い。
なんなら花弁じゃなくて、俺が踏まれても良いくらいだ。
...しかし。そんな幸せも永くは続かなかった。
「ありがとね。」
と、魅惑の笑みを浮かべて、箱を抱えて離席してしまった。
程なくして、素敵な笑顔と共に缶コーヒーを持ってきてくれた。
そして、俺は「愛が詰まった」であろう缶コーヒーをグビリと飲み「さぁ、ここから。」と意気込んだ。
...が。その後も下皿揉み揉みが続いた。
6ではないのは、わかってはいる。
しかし、コインを抱えている以上、換金ギャップを無視してまで打つことはない。それにチラホラと候補はあるが、明確に設定6だと確信出来る訳でもない。
コインがある限りは続行だ。
そんな感じで、不完全燃焼のまま1日が終えた。
俺はあまりにも下皿揉み揉みの時間が長過ぎて、箱に俵を作っていた。
そのお陰で持ちコイン枚数は完璧に把握済みだ。
余りの5枚を打ち込んでから、カウンターにコインを流すと....〈余り2〉と出て苦笑い。
景品と端数のカルパスとコーラ味の飴玉を受け取り、店外に出た。
現金を受け取り、駐輪場に向かいながら「ま。こんなもんか?」と呟いて、無造作に現金を財布に入れた。
「うるさい」単車に跨がり、何気なく空を見上げると....キレイなおねえさま(おばさま?)に負けず劣らずのキレイな満月だ。
景品の飴玉を頬張り「うるさい」単車のエンジンをキックで掛けて....俺は帰路についた。
昨日メンテナンスであげられませんでした。
スーパームーンに因んで。