欲には勝てぬ。
ピピ、ピピピ、ピピピピピ
〈ガシッ〉
いつもの電子音で目が覚めた。
「んー。」
ベッドの棚の目覚まし時計に目をやるとAM8:15。
「んー。」
もうひとつ声が聞こえてきた。
今日は女の子と一緒だ。
夕べ行ったキャンバスパブに、後輩の女のコが勤めていて、そのまま持ち帰った。
当時は、そういう感情など持てはしなかったが。すっかり女らしくなったものだ。
...朝っぱらからの劣情を抑えつつ、再び寝息をたて始めたのを確認して、そっと急階段を降りた。
「おはよ」
母親に朝の素敵な挨拶をして、事情を説明した。
母親は不愉快な顔になるが、女の子の名前を言ったらパッと明るくなった。
「久しぶりだね、元気してたの?あのコ礼儀正しくて、好きだったのよ。」
母親は上機嫌になり「久しぶりにお話しして良いかしら?」なんて事を言い出した。
「今は裸だ」と伝えたら、また不愉快な顔をした。
そして、俺は急階段を昇った。
...俺は三人兄弟の長男なのだが、残り二人は家から出た。
俺とは違い勉強が出来るから、大学入試を機に二人とも出ていった。
現在、家の二階部分を使ってるのは俺だけだ。
まぁ、なんだ。夜の情事を致しても、三大テノールのカレーラス、ドミンゴ、パバロッティの様な声じゃない限り安心なのだ。
...しかし。弟たちは優秀だな。
若い頃、俺の部屋が溜まり場だった時代もある。
そこいらの有害図書よりも、有害で下品な話を大声でしたり、情事の声も聞こえたはずだ。
それに「アイツ等ぜってぇ許さん。一旦バレて○時にドーグ持って集合な。」など、不穏な会話も聞こえただろうし、乱用していた揮発系の匂いもしただろう。
..そんな中、よく勉強しようと思ったもんだ。クズ兄の反面教師のお陰か(笑)
...部屋に戻り、テーブルの前に座り置き手紙を書く。
母には一言要ってあるし、母親は夕方まで外出はしないそうだ。女の子にも昨日「俺は出掛ける」と話してあるし、戸惑う事もないだろう。何より母と女の子は知己だ。
思案を巡らせ、置き手紙には【車に乗っていって良いから。】と書いて、オンボロの高級車の鍵を置いた。
オンボロの高級車は、年式は古いが、一般の流通価格より格安で買ったのものだ。
この車を乗っているのを誰かに見られても、女の子はみっともない思いをする事はないだろう。「お父さんの車」で済む程度だ。
腐っても鯛。腐っても「いつかは....」の王冠マークの車だ。
そして。車を貸すのは、また会うための伏線だ。何を隠そう、俺は姑息な男なのだ(笑)
....何故か?先輩と云うのは多少自分勝手の方が、モテるものだ。
逆に優しく接すると「あの人、気持ち悪くなった。」などと噂を立てられる....全く不思議なもんだな。
再び、急階段を降りて、シャワーを浴び、二階に戻る。
「俺は朝から何往復してんだよ?」
一人で苦笑いだ。
部屋に戻り、静かに身支度を整えて「このまま帰すのもな?」と思い、誤解のないように置き手紙に【車にガス入れといて。釣りは昼飯代にでもして。】と書き加え、1万円札を鍵の下に置いた。
階段を降りて、母親に「行ってくる」と言い残し、家を出た。
相変わらず、腰は痛いが「うるさい」単車に跨がる。
最近は[駅前]に通っているから、単車じゃないと不便だ。腰は我満している。
と言っても、夜の営みはつつがなく出来るのだから、不思議なもんだが(笑)
...単車のエンジンを掛けようとして、フと躊躇した。
「ここでエンジン掛けると、うるせぇか?」
そう思い[シャリシャリシャリ]と単車を押していく。
近所迷惑は鑑みないが、女性には優しく。完璧に間違った優しさだ。
少し離れた路地でエンジンを掛け[駅前]に向けて、走り出した。
俺が狙ってる台は、ダイナマイト。朝イチのモーニング狙いだ。
今日は朝から色々あり、いつもより少し家を出るのが遅れた。
開店に間に合うよう[速め]の運転をして、目当ての店に向かった。
...どうにか、開店前に着いた。
駐輪場に単車を止めた。タバコに火を着け、そそくさと列に並んだ。
馴染みの顔と挨拶を交わして、雑談をしながら、さりげなく横入りをした。
店員が入り口に張り付き、軍艦マーチが鳴り響く。
猪武者のように、突撃を敢行した。
ダイナマイトのシマに入り、台を抑えた。両替してる暇なんかない。すぐさま500円玉を投入して遊技を始める。
◇◇◇◇◇◇
ダイナマイトは、権利物だ。仕組みは詳しくは知らないが、モード移行式の爆裂連チャン機だ。朝一に天国モードで立ち上がる台があり、それを目当てに客がカニ歩くのだ。
盤面左側のスルーに玉を通すと、真ん中の役物上の電チューが開く。
役物内の真ん中に玉が通れば、一桁のセグが回転する。3が小当たりで1ラウンド、7が大当りだ。
もちろん無制限で使われている。この店は80玉交換、2円50銭営業だ。
◇◇◇◇◇◇
シマの至るところから〈ドゥルドゥルドゥルドゥル、ブッブー〉と聞こえてくる。周りを見渡すと、ほぼ満席だ。
「これじゃ動けないな。」
と思った矢先に俺の台からデジタルが回る音がした。
〈ドゥルドゥルドゥルドゥル、ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ、グッシャーン〉
7で当たった。
「よっしゃ。」
と、ハンドルを右に回した。
...因みに。当たりの効果音は「ドッカーン」らしいが、俺には「グッシャーン」としか聞こえない。耳が悪いのやら?頭が悪いのやら?
そうこうしている内に〈プピププパポパポ、プピププパポパポ、プピププパポパポパパパパーン〉と最終ラウンドの音がなった。
フと、今日は慌ただしく朝から缶コーヒーを飲んでいない事に気付いた。
缶コーヒーは俺の「小さな巨人」だ。
俺にとっては、オロ○ミンCなのだ。そう。略してオレナミンだ。
...まぁとにかく、元気の素だ。
当たりを取り終え、自販機に向かい缶コーヒーを買って席に戻る。
仕切り直しだ。
缶コーヒーをあけ、グビリと一口飲んで、タバコをくわえて、いざ尋常に。
勝負再開。
しかし、中々回らない。拾っても拾っても、ブッブー。ブッブー。ばかりだ。
1000個ほど打ち込んでようやく回った。
ピヨピヨピヨピヨグッシャーン。
デジタルには、7。
ホッと胸を撫で下ろす。
次は回るのが早かったが、ブッブー。外れだった。
その次の回りは早く3の小当たり。
小当たりの玉を軽く飲み込んでも回らず、ヤキモキしながら500個程で、グッシャーン。7の当たり。
そんな具合で、選んだ台が悪かった。
当たりは良好、役物がタチ悪だ。
役物の個体差も重要なのだ。玉が真ん中に落ちるタイミングでも、ブレて外れる事が連発する台もある。
ダイマイトは天国中で、ハネ開閉の時にイレギュラータイミングの回転だと、当たらないらしい。
逆に、通常時にハネが開閉してないときにデジタルを回せば、当たりやすいらしい。まぁそんな事は不可能だが。
これはネタプロの先輩から聞いた話だ。いったい先輩はどこからこの手の話を仕入れてくるのだろうか?....謎の人だ。
今日は、デジタル面では当たりがツイたが、アナログ面では最悪だった。
しかし、アナログ面でのミスは打ち手のミスだ。文句は言えない。
...6連続でハズレが続いた。小当たり3、当たり4連の7連。
しかし6000個あるか?ないか?の体たらくだ。
「これじゃ打ち切るなんて、到底ダメだな。」
俺は玉を流した。
デジパチのラッキータイムも終わり、こうなりゃハネモノだ。
まだ終了台もないシマで、釘を見ていった。
バニーギャルズのシマで、足が止まった。
「全台開けじゃないか?」
ハカマの3本目がキュッとしまり、命釘がガバッと広がった台を選んだが、どうも寄りが心許ない。
寄りと鳴きの妥協案で台を選んだ。
この機械は、オール13で玉持ちは良い。しかし、羽根が小さく寄りが悪いと当たり中にヒヤヒヤするのだ。
6個目から貯留を始め、3個貯留するのだが、拾いが悪く2個しか貯留がないと綺麗に別れてVを外す時がある。
「さてと。」
選んだ台に腰を落とし、500円を入れた。
台とにらめっこしたが俺はこの台の2チェッカーがイマイチ把握出来ない。特殊なゲージをしているからだ。
ブッコミに合わせてハンドルを回す。
「プパプポピポパポプパプポパパパ」と、軽快なサウンドを重ねていく。鳴きは良好だ。
幸先良く千円で、羽根に二つ拾われた玉の一つが押され、勢い良くVゾーンに飛び込んだ。
当たり中のBGMを聞きつつ
「運動会の徒競走で馴染みの音楽だが、天国と地獄じゃないし。なんだっけっか?」
と思案に耽りつつ、無事8R完走した。
「ヨシッ、一気に行け。」
と勝負続行する。
パンクする事もあったが、後ろのラウンドまで持ったお陰で、一時間強で終了まで持っていった。
終了の玉をジェットカウンターに流して考えた。
「1500円で一万発だろ?まぁ充分かな?」
フと我にかえると、朝に催した劣情が昼まで続いていたのだ。
簡単に言えば「ムズムズする」のだ。
「まだ家に居っかな?」
カウンターにレシートを出して、自分のタバコとあの子のタバコを二つずつ貰い景品を受け取った。
朝は色々と気を回したが、しょせん俺はクズだ。欲には勝てない。
もう帰る気は満々だ。
景品交換所に一番近い出口へ行くためにシマを歩いていると、悪戦苦闘中の常連のおじさんに声を掛けられた。
腰を屈めて耳を近付けると
「なんだ?もう帰るのか?」
と。
「病気のおとっつぁんがオラが持って帰る薬を待ってるだ」
なんて冗談を交わし、手を上げ「また明日」の意志疎通を交わしたところで、外に出て交換所に向かった。
景品を交換して、財布にそそくさと金を入れた。
「うるさい」単車に跨がり、来たときと同じように「速め」の運転で帰路についた。
まだお天道さまは真上だというのに....。
9月5日誤字を修正しました。