日暮しは宵越しの金にありつけない。
ピピ、ピピピ、ピピピピピピ
〈ガシッ〉
「......ぅう。」
いつもの電子音で目が覚めた。
普段なら寝起きの良い俺だが、今日は[モサッモサッ]と匍匐前進で布団を這い出た。
その体、現代で言うならば、まるで「サダ○」のようである。
抜け起き早々
「.....んがぁ。頭痛ぇ。」
などと唸る姿は24歳の青年期にあるまじき、みっともなさがある。
俺は、飲み過ぎの二日酔いだ。
ここ最近、稼ぎの良さに気を大きくして、連日「夜の昆虫採集」と称し、盛り場で夜の蝶々を追い掛ける日々が続いている。
普段の寝起きは、真っ先にタバコを探すが。二日酔いでは....
「あぁあ、喉乾いた。」
が先である。
人間は少々、体に不調がある時の方が、欲求が本能に近いのかもしれない。
生憎、辺りを見渡しても水分はない。仕方なく、寝惚けたまま起き上がり、古い住宅特有の急階段を下っていった。
台所に行き、冷蔵庫を開け、麦茶を取りだし、コップに注いだ。
ゴクゴクゴク.....
「ぷはぁ。」
その飲みっぷり、恐らく他人から見たら「不味い、もう一杯」を彷彿させるものがあったであろう。
次の一杯をコップに注いでいたら、母親が来た。
自発的に素敵な朝の挨拶を交わす元気もないが、母親は陽気に話し掛けてきた。
「あら、おはよ。.....んー。また今日もお酒臭い。自分の体でフォアグラでも作ってるの?」
「...........あ。おはよ。今日はしじみの味噌汁ねえの?インスタントでも良いけど。」
「そんな都合良くないわよ、小料理屋でもないのに。」
「.....あーシャワー浴びてくる。」
と、会話にならない会話をして[のさっのさっ]とシャワーを浴びに行く。
シャワーを浴びた後、多少スッキリして、居間のソファでゴロゴロする。
「何か食べるー?」
母親が尋ねてきた。
「.....牛乳飲みたい。」
とだけ。
....少しすると牛乳が出てきた。
「ありがと。」
それと同時に
「毎晩毎晩ほっつき歩いて良い身分だわね。」
と、お小言も出てきた。
そっちは無視して、牛乳はありがたくいただく。
暫し、母親の小言を聞きつつ、ぼんやり過ごす。
母親の小言が一段落ついたのを見計らい、自分の部屋に戻り、身支度を整え、出掛けるとする。
最近は徒歩で行けるS店に通い詰めだ。
3円交換で、周りに競合店が一軒だけの店だ。通常なら通う価値のない店だが、最近は専らお気に入りだ。
「言ってくるよ」
と母親に告げ、玄関を出る。
...子供の頃から、大して代わり映えしない近所の風景を、ぼんやりと見つつ、10分ほどフラフラ歩いていくと、S店に着いた。
ちょうど開店したところか?少ない客が入店していく最中だった。
俺は、焦らずに外の自販機で缶コーヒーを買ってから入店した。
何せ、俺が狙い打ちしてる【マスタークライム】のシマはガラガラなのだ。
店内に入り、相変わらずガラガラなシマに歩を進める。
案の定、自分が昨日打っていた台には先客なし。タバコを置いてキープした。
空き台のヘソを覗き込んだが、開けも締めもない。
ホッとしたようなガッカリしたような.....。
そしてタバコでキープした台に戻る。
最近は[俺の台]と化した毎度の台だ。
◇◇◇◇◇
このマスタークライムと云う機械を大雑把に説明させてもらう。
当たり確率240分の1、平均出玉2300個。
キ○グコングをオマージュとしたこの台。
エンパイヤステイトビルをイメージした縦配置のドット、その横にキングコ○グ型の役物が左右対称にあって、常に上下動しているのだが、この役物がヘソ入賞をサポートしてくれる。このサポートを最大に活かす打ち方をすれば、回転効率が跳ね上がるのだ。
その打ち方と言っても簡単だ。
左のゴリラが下がりきったら、3〜4発打つ。そうするとゴリラ役物の上に乗っかった玉がワープルートへ生き、その玉がワープからヘソ入賞へと向かうのだ。
他にもヘソとアタッカーの間に、ミニアタッカーが搭載されていて、セグに7が二つ揃うと一秒開くアシストはあるのだが、そちらは気にしなくて良い。
それらのサポートのせいか?導入当初辛めで使っていたお陰で、客付が非常に悪いのだ。
当たりの性能面では、保留玉連チャンなのだが、少し複雑なシステムで条件に合わない時も少なからずある。しかし、その条件を満たせば保留玉連チャン機にしたら強力な約27%で保留連が起きる。
ここからは余談だが。
S店は、サービスタイムなしの初回3、5、7、ミサイル図柄で無制限になる。15個図柄がある内の4個。
最初は交換アリのラッキーナンバーだったが無制限になった。
客付をどうにかしたいのだろうか?交換ありのラッキーナンバー制の釘のまま、ラッキー無制限になったのだ。
打ち手としては、こういうチャンスを無駄には出来ない。
◇◇◇◇◇
俺はヘソ以外の釘を見て据え置きを確認して、両替を済ませた。
缶コーヒーをグビりと一口飲んで、タバコに火を着けて、いざ尋常に!!
本日も勝負開始だ。
上がり下がりするゴリラと、にらめっこしつつ、回りを重ねて行く。
僅か1500円で嬉はずかし3のスーパーリーチだ。
一種類のスーパーとノーマルしかないこの機種。
しかも、これは無制限を賭けたスーパーリーチなのだ。金銭的な事を考えたら、熱くならないはずがない。
当たり図柄かプラス1コマでしか止まらないスーパーリーチを息を殺しながら見つめる。
....当たり図柄を通り過ぎて
「ちっ。外した。」
と思った瞬間の戻りで、見事大当り。
戻りの僅か一瞬、その刹那が実に良い。
そして全く苦労せずに、無制限を一発ツモだ。店員が駆け寄り当たり図柄を確認して、無制限札が付いた。
ここがフランス料理屋ならば店員に
「シェフを呼んできたまえ、これほどの料理は食べたことがない」
とチップを渡したくなるくらいの上出来な展開だ。....我ながら良くわからぬ喩えだが。
そして。この台は、当たり中にもコツがある。
27%の連チャンを獲るには最終ラウンドのV入賞を4〜7個にして、最終V入賞から19秒以内にアタッカーが締まらなきゃいけない。
店側が釘調整をV入賞しにくくすれば、連チャンは起きない(パンクの危険性が増えるが)
逆にV入賞ばかりしても連チャンは起きない。
連チャンが起きない条件を起こさないように、気を付けて打つのだ。
最終ラウンド、アタッカーが開いてから遅めに打ち出し、V入賞を7個以上しそうなら、打ち出しをやめる。ただそれだけなのだが。
千円で40は下らぬ回転数をキープして、当たり1個で2300個出るのだ。保留玉連チャン抜きでも一回交換のボーダーを上回る。
無制限を付ければ、後は淡々と一日を過ごしていくだけだ。
この機械は、雑誌に取り上げられる程に、胡散臭い当たりムラがあり、数珠つなぎ連チャンのような早い当たり、朝イチにはモーニングを勘繰るような早い当たりがある。
その帳尻を合わすかのように、不思議と謎ハマりもする。
スマッシュハマり単発、スマッシュハマり単発、が連続するのだ。
まぁ、これはどの機械にも言えた事かもしれないが(笑)
しかし、その見えない波に乗ると、思わぬ大金を手にする事にもなる。
..また逆もしかりだ。
ゴリラとのにらめっこを続けて、今日は良いように当たりが偏った。
早い当たりから、単発。
早い当たりから、単発。
遅くなると連チャン。
まさに痒いところに手が届く展開だ。
思わず店員を呼び「これほどの料理は食べたことがない、シェフを呼んできてくれたまえ」とチップを渡したくなる程だ。
....面白くない喩えを二度使うが(笑)
夕方になる頃には、当たりの回数を増やしていき、出玉の山を築いた。
宵の口になる頃には「邪魔になるから」と途中で出玉を流したくらいだ。
さて。今日も店側が意図する客寄せパンダの仕事が出来た。いつまで、S店がこの機械を我慢して使うか?わからないが。我慢してくれてる間、俺は連日連夜、豊年祭を絶賛開催中だ。
閉店30分前には全部の玉を流して、通いはじめてから、少しずつ打ち解けてきたカウンターの金髪のお姉ちゃんにレシートを渡す。
「毎日凄いねぇ」なんて言われ、俺は下世話な笑みを浮かべ「夜はもっと凄いよ」なんて言葉を返す。
そして。景品とは別に、自分のタバコ、お目当ての夜の蝶々が好むタバコ、それを2箱ずつ貰う。
駐車場の片隅にある交換所に並び、現金を受け取り、今日の稼ぎに満足する。
さてと、今宵も夜の昆虫採集へ出掛けよう。
もちろん。俺だって男だ。たまにある、淡い一夜の夢を魅せていただく。
そう、夜のスタンプラリーも同時開催中なのだ。
パチンコは多少上手いが、遊びは下手なんだろう。
稼ぎの殆どを刹那的に使い込む始末であった。
説明文ばかりになってしまう。
難しいですね。