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作者: タイオンイチド

横浜のある古い街のひとつ。

ゆかりは生活支援の施設で働いてる。

生活支援センターとは精神障害や疾患の方の

居場所や生活の応援をしている場所である。

毎日さまざまな症状の方が顔を見せ、

食事や洗濯という生活の一部をここで

おこなうこともできるようになっている。


ここに毎日のように通ってくるあゆみ。

彼女は30代後半のなかなかの美人であるが

どこか陰のある不思議な空気の人だ。

同年代の彼女とは見ていたテレビ番組や

雑誌が似ていて話がはずむことも多かった。


「ひょうきん族って番組おぼえてる?」

受付にいるゆかりに向かって

唐突にあゆみが言った。

パソコンから顔をあげてゆかりが言った。

「あー、ざんげするとキリストもどきが

 裁いてバツだと水がかかるやつ?

 うちは親がふたりとも教育上よくないって

 絶対見るなって止めてさ。

 見せてくれなかったんだよね」


笑いながらじゃあなんで知ってんだよ!と

いうセリフを自分で飲み込んだ。

あゆみの顔が能面のように変化したからだった。

だまってあゆみは食堂に移動し、食事をはじめた。

あゆみの変化にとまどい、目で彼女を追うが

何が何やらわからない。なぜか少しばかりの

後悔がこみ上げてくる。


「相手は落ち着いているとはいえ病気をもって

 感情のコントロールができないことがある。

 相手に共感しすぎると引っ張られることがあるぞ」

施設長の言葉を思い出した。

なぜ距離をもっと取らなかったのだろう。

彼女に対する油断、いやどこか魅かれたのだろうか。


受付から離れることはできずに対応を考えた。

でも悪いことは何一つしていない。

あやまるのも変だ。


「ぎゃーーーーー!!」


ものすごく大きなそして地の底から出るような

低い声で悲鳴が聞こえる。食堂からだ。


急いで受付休止の札を出し、食堂へ向かう。

あゆみが椅子の横に倒れている。

よく見ると右手でもっているフォークは

左手の手の甲に突き刺さっていた。

あまりに深くつきささり、思ったよりも赤い血は

見えていない。左手にそえる右手はそれを

排除しようとするのではなく、

さらにもっと深く、さらにもっとえぐろうと

しているかのように見えて目をそらした。

バタバタと足音がして男性の職員たちが現れた。

あゆみは病院へ向かうらしい。


呆然と立っているゆかりとあゆみは目があった。

あゆみはゆかりを見るとほほえんだ。

そのほほえみは美しさを増して見えた。

その左手にはまだフォークが刺さっていた。


両脇を保護されて歩くあゆみの後姿を

ゆかりはだまって見送っていた。

肩の上で施設長の声がする。


「春だね」


彼女の両親は幼いころに離婚し、

彼女が新しい学年を迎える春に

何も残さず母はいなくなった。

あゆみは措置入院にはならず、

来週にはまた顔を見せそうだ。

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