4話 俺がゲームのキャラ?
扉を開け、雪姫の部屋に入り、鍵を閉めた。
その部屋は8畳程のそこそこに広く、思ったよりも殺風景な物の少ない部屋だった。突き当たりにカーテンで彩られた出窓があり、左手にベッド、右手に学習机と本棚と鏡台と洋服ダンス。白黒の升目模様の毛足の長いカーペットが敷き詰められた部屋の中央には小さなテーブルとクッションが置かれている。左の壁には作り付けのクローゼットらしき扉がある。
間取りや調度品に見覚えはない、『Hidden Secrets』で日火輝、風吹貴、雪姫を同じホームで設定していたがホームのルーム設定なんかは特にしていなかったんで、俺が雪姫の部屋を知らないのは当然だ。もし、俺が雪姫の多重人格だったら多少見覚えが有っておかしくないだろう。それにしても、飾り気がない、女子中学生の部屋なんて知らないがテレビドラマでも漫画やアニメでも、アイドルのポスターが貼ってたりぬいぐるみやファンシーな小物類が置かれたりして、華やいだ雰囲気なものじゃないのか? いや、よく見ればまったくない訳でもない、ベッドの枕もとに一つだけ60cm位ある大きめの雪だるまのぬいぐるみがあった。ぬいぐるみは、よく手入れされているが、白いパイル地には経年による劣化が見て取れる、幼い頃からの宝物といったところか?
とりあえずドアに鍵を掛けておいたから、日火輝達がいきなり入って来ることはない。鍵が有れば外からでも開けられるタイプだが緊急事態でも無ければ断りなく入って来ることはない筈だ、情報を整理するのには十分だろう。
まずは学生カバンの中を調べてみた、中学2年生の教科書にノート、筆記用具(可愛らしく、これも雪だるま模様がついていた)、広場で使ったパステルブルーの財布、顔を確認した手鏡、キッズ仕様らしいシンプルな携帯電話、直径10cm位の金属ともプラスティックともつかない素材でできた二つ折りのコンパクト状の物体。カバンも飾り気がほとんど無く5cm位の雪だるまのストラップが付いてるだけだ、よほど雪姫は雪だるまが好きなんだろう。
机の上には教科書やノートの立てられたブックスタンドと電気スタンドの他、軽量コンパクトが売りのウルトラブックのパソコンに小さいマウスが繋がっている。引き出しの中に日記でもないかと期待したが、文房具や古い教科書、ノート、パソコンの付属物しか入って居なかった。ノートは一通り開いて流し見たが、普通に授業のノートばかりで日記的なものや中学生にありがちな思春期の妄想を綴ったようなものは見当たらなかった。本棚も参考書や読書感想文の課題図書らしき本だけで、雪姫個人の個性を感じさせるものは無かった。
タンスの中は地雷が待っていそうなんで後回しにして、携帯を開いてみる。
パカッ、ピッ、カチャカチャ、ピッピ、ふぅ、パタン
なんとなく予想はしていたが、想像以上だった。メールの送受信歴、電話発着信歴はお姉ちゃんが7割とお兄ちゃんが3割で後は1件だけパパと3人分だけ。アドレス帳を開いて見ても登録アドレスは6件しかなかった、お姉ちゃんとお兄ちゃんとパパとおうちの家族4件の他、病院と道場の2か所だけで友人関係が1つも無かった。雪姫には仲の良い友人と呼べる相手は1人も居ないということだろう。俺が雪姫として活動する上で気を付けるべき相手は、日火輝と風吹貴の兄姉だけで良いってことなんだろう。さらに液晶画面に表示された年月日は、武人が記憶している最後の日付と同じだった。
パカッ、ピポパピポピピポピパピ、ポン
携帯を開いて記憶にある番号をダイヤルし、間違いないことを確認して通話ボタンを押しこむ。『その電話は現在使われておりません』無機質な機械音声が帰って来た。日野武人の携帯番号は使われてないらしい、この世界に日野武人は居ないかもし日野武人という人間が居ても日野武人とは別人なんだろう。念の為、自宅や実家の番号もコールしてみたが携帯同様存在していなかった。繋がってもこの声で日野武人と名乗ることはできない以上、存在するかしないかの確認しかできないんが。
学習机に着きパソコンを検める。武人の世界にもあった有名メーカーの軽量さが売りのモデルだったが雪姫の手で持ち上げるにはこれでもちょっとずっしりと感じる。軽さ重視モデルでないと雪姫の手に余るんでこのモデルを選んだんだろう。ハードサイズに合わせて少し狭いキーボードだが、雪姫の細い指と小さな手だとこの位の方が丁度良さそうだ。一先ず、電源を入れてみる。パスワードが設定されていると雪姫がどんなパスワードを設定するか想像も付かない、机や携帯の中にそれらしいメモは存在してないから、雪姫はパスワードを設定しない程ルーズかパスワードのメモを目の付くところに置かない位にしっかりしているかだろう。
電源が入ったパソコンの画面には、顔認証プログラムが立ちあがっていた。ガイドメッセージに従って雪姫の繊細な指をホームポジションに置き、インサイドカメラに雪姫の顔を写す、とても整ったきれいでかわいい美少女の欠片も自分の物と思えない顔が映り認証が終わる。雪景色の背景を持ったデスクトップの起動を確認して、右手をマウスに移す。小さく見えたマウスが手のひらが狭い雪姫の手にピッタリフィットする。デスクトップを一見したかぎり、部屋と同様にすっきりしすぎたものだった。ゴミ箱、ブラウザ、メーラー、見知らぬアイコンが1つ。SNSを使ったりゲームを積極的にしたりはしないようだ。
まずはメーラーを起動するが設定はあるものの利用した痕跡はない。自分宛ての空メールで設定が生きてることを確認して、武人が使ってたメールアドレスに送信してみたが、数分後Mailer-Daemonが帰って来た。これは予想通りの確認作業でしかない。
次はブラウザを立ち上げ『Hidden Secrets』と運営会社の名前を検索してみた。単なる英単語であるHidden Secretsは英語サイトの文章が引っ掛かるだけで、肝心のゲームは引っ掛からず、運営会社も存在していなかった、この世界に『Hidden Secrets』は存在しないらしい。続いて思いつく有名な企業や人気ゲーム名、国名や地名等次々と検索して確認する。その悉くが記憶と変わらない形で存在していた、俺が所属していた派遣会社も。ただ1つ、この街『Hidden Secrets』のメインタウンである『蜜川市』という町が北関東の一角に存在しており、東京都心に1時間半程で結ばれているという点が決定的に武人の記憶と異なっていた。
確かめたいことは大方確かめた、気になった雪姫の乏しい個性的情報である謎のアイコンを確認する。意匠化されたデザインで『RWO』という文字が描かれたアイコン。マウスをダブルクリックしてプログラムを開いた。
Real World Onlineの文字が画面に浮かび、LOGINとGUIDEのボタンが並んでいる。名前からオンラインゲームというのは分かるが、一口にオンラインゲームといっても、将棋や将棋のオンライン対戦やマルチ対戦のボードゲーム、シミュレーションゲームやスポーツゲーム、一番流行ってる多人数プレイのRPGまで様々だ。雪姫の動向を知る為にはさっさとログインすれば良いんだろうが、その前にこれがどういうゲームかガイドに目を通して置いた方が良いだろう、訳も分からないまま死亡ロストじゃ目も当てられないからな。
Real World Onlineは、アイテム課金制のクォータービューのMMORPGらしい、コンセプトは現代社会の生活をリアルに体験、君はリア充になれるかってことらしい。海外ゲームのSIMシリーズの現代日本版って感じだろうか? とりあえず交通事故に会いでもしなければいきなり死亡することはないらしいんで、一先ずログインして見る。
グラフィックは平均点レベルで、細部のディテールは省略されているが建物や道路、大きな看板等忠実に現実の日本を再現している。しかも、俺のよく知ってる街並み、雪姫の操っていたキャラクターは安っぽいスーツ姿の冴えないサラリーマン風の男だった。ステータス画面を開いて、確認する。
正面立ち姿のサラリーマンは中肉中背で黒の短髪で、ぶさいくという程ではないがお世辞にもハンサムとは言えない冴えない男というのが似合う20代半ば位の見覚えのある男だった。
キャラクター名字 日野
キャラクター名前 武人
キャラクター年齢 26歳(1986年9月25日生)
キャラクター性別 男
キャラクター職業 派遣社員
日野武人そのもの、数値で示された能力値も保有スキルも思い当たる、卒業大学に預金額まで記憶の通りだった。これはなんの冗談なんだ? 武人は、雪姫のプレイしていたゲームのキャラクターだというのか?
目の前が真っ暗になって意識が飛んだ。
椅子に座り背もたれに身体を預けたまま気を失った状態から意識が戻った、パソコンのタイムスタンプは20時45分、5分少々気を失っていたらしい。失神とよばれるものを初めて経験した。
日野武人は、雪姫がプレイしてるゲームのキャラクターだった。この意味する所は、俺が雪姫の別人格あるいは妄想の産物という嫌な事実の可能性を大幅に引き上げる事実だった。家族愛には恵まれているが学校では孤独な女子中学生がRWOというゲームに何を求め、冴えないサラリーマン男のキャラクターをプレイしていたのか? 自分の境遇や身体、立場に不満が有ったのかも知れない。それが自分ではない自分を演じられるゲームにのめり込ませ、思春期特有の想像力の豊かさが日野武人という男の人格を生み出した。そう考えれば、雪姫という少女の身体の中に日野武人という人格が存在することに説明は付く。俺の記憶の基幹部分は雪姫がプレイするRWOのキャラクターそのままだ。ゲームのプレイ開始日は6月8日になっていた、その日は俺の記憶では『Hidden Secrets』でサードキャラクターの天王院雪姫を作成し初稼働させた日だ。私立夢翔学園の球技大会イベントが面白そうで参加するのに作成したのが雪姫だった。この世界でも球技大会があれば身体の弱くボッチな雪姫にとってはつらいイベントだったろう。寂しさややるせなさを紛らわすのに適当なゲームで自分とはかけ離れた大人の男というキャラクターを選んで遊び始めたというのは不思議ではない。だが、学校生活はともかく家庭では愛されている雪姫が完全に別人格に身体を明け渡して目覚めないというのは変だ。
このRWOというゲームの意味は後で検証するとして、より重要なアレを確認する為に、パソコンを閉じてスリープモードにする。
カバンの中に入っていたコンパクト状の物体を手に葛藤する。これがカバンに入ってることは広場で手鏡を見つけた時に確認していたし、これが何物かに見当は付いていた。あの場ではこれを確認する訳にもいかなかったし、できれば確認することなくその必要が無くなって欲しいと願って後回しにして来た。
指先でつついてみるが、金属のような固さとプラスチックの軽さで肌触りは温かい、最先端のハイテク素材ならこういう素材もあるのかもしれないが中学生の手が出るような機器には使われて居ないだろう。開けようと思って右手で蓋に触れると自動的にゆっくりと蓋が開いた。蓋裏は鏡面仕様になっていて雪姫の顔が映っている、本体側は中央に2,3cm位のボタン上突起があり、その周囲は白黒赤青黄緑桃茶の8色のパネルになっている。中央のボタンに軽く触れてみるとボタンとして押しこむだけでなくポインティング・スティックやレバーのように上下左右に傾けて操作できるようになっている。意を決して、青いパネルに触れて起動するように念じる。それだけでただ雪姫の顔を映す鏡だった蓋裏が液晶か有機ELディスプレイであるかのように画像を映し出す。そこに映し出された文字を強い意志で重い口を従わせて読み上げる。
「清らかなる雪の聖霊よ、もとめに応え静寂のベールに包め、Summon Spirit of Snow」
ガラスの鈴を鳴らしたような高く澄んだ声が響く、これだけ大きな声を出したのもこれだけ長くしゃべったのも雪姫の身体になって初めてだ。その呪文に応えてコンパクト中央のボタンが光っている。ボタンを押しながら最後の呪文を唱える。
「Metamorphose!」
コンパクトの8つのパネルと中央のボタンが光輝き、蓋裏のモニターから3Dホログラムのように光で綴られた未知言語の文字が飛び出して身体の周りをらせん状に飛ぶ。身体の中から暖かい力が湧きあがって来る。身体から光があふれだすと同時に、着ていた水色のスウェット上下とその下の下着が光の粒子になって消える。体内から噴き上がる力に突き動かされ、背筋が伸び首がのけ反り、両手は背中側に伸びつま先立ちに伸びあがる。裸になっている筈だが、体中から溢れる光で肌は見えず鏡台に映るシルエットも霞んでる。頭上から舞い降りる数cmはある大小様々な雪の結晶が素肌の上に張り付いて溢れる光を覆っていく。冷たい雪の筈なのに羽毛のように暖かく身体を包み込み、体から溢れていた光を体内に留める衣となった。
身体を見下ろすと、雪姫の華奢な身体を魔法少女の装束というイメージ通りの物が包んでいた。ピッタリとした水着かレオタードのようなボディスーツをベースに、肩には大きく膨らんだパフスリーブ、胸元には身体の幅と同じ大きなリボンがささやかなバストを隠し、腰にはショートのフレアスカート、手は肘までの長手袋、足はブーツに包まれていた。色は全体に新雪の白、リボンやパフスリーブ、スカートと手袋やブーツの縁取りに水色が配色されている。ブーツはミドルヒールに分類される5cm程のやや高い踵が付いている。こんな(自分が着てるのを見下ろすという)角度で魔法少女の衣装を見る日が来るとは思ってもみなかった。溜息1つついて鏡台の前に立つ。
鏡台の鏡には白地に水色の魔法少女装束に身を包んだ雪姫の姿が映っていた。風呂上がりでゆるいみつ編みに纏められていた銀髪は、頭の後ろで2本の縦ロールになっていたが、帰宅前には肩口位だったロール髪が腰辺りまで増えている。この髪まっすぐ伸ばしたら床に届くんじゃないだろうか? さらに額には繊細な作りで中央に雪の結晶が象られたティアラが飾られている。顔をよく見ると、メイクがされているらしくもともとくっきりしてる目元がさらにパッチリと大きく見え、くちびるが艶やかな色を見せている。
「スノープリンセス・ユキ……」
雪姫のもう一つの、魔法少女としての名を呟いてみる。変身できたのを確認した所で、試しに学習机に手を掛けて力を入れる。まるで発泡スチロールで作られた模造品を持ち上げるように軽く持ち上がる。上に載った物が落ちそうになったので下ろす。机の上のノートパソコン1つ持ち上げるのも片手に余った雪姫の時と違い、変身し魔力による底上げを受けた筋力はちょっとした超人級だ。どうやら、本気で魔法が使え変身できるらしい。俺の記憶通りならユキは身体強化以外は派手な魔法しか身につけてない筈なので室内で実験する訳にもいかない。気持ちを落ち着けて変身解除しようと念じると、身体に満ちていた力が抜け、纏っていた装束が光の粒子になって消えると元のスウェット姿になり、髪もみつ編みに戻って居た。服が何処に消えていたのか謎だが、それが魔法少女の魔法っていうことなんだろう。
自分が魔法少女になるというのは極めて不本意ながら、この世界が武人の居た魔法だの怪現象だのがない平凡な世界とは違う魔法少女が実在する『Hidden Secrets』に似た世界なのは間違いない。そこで魔法少女への変身以外で雪姫に与えた特殊スキルが有ったのを思い出したので、それが使えるのか試してみる。
風呂で見た風吹貴の姿、最高に美味かった風吹貴のシチューパイ、日火輝のバイク、フードスタンドのメニュー、天王院家の玄関、思い出そうと思った映像が鮮明に浮かび上がる。試しに、英和辞典を開いてパッと数秒見詰めてから辞書を閉じる、目を閉じて思い浮かべると辞書に書かれていた内容がスクリーンショットを撮ったように鮮明に浮かび記憶の中で記述を読むことができた。武人の時にはできなかったから不思議な体験だ。ゲームの設定通り雪姫には完璧な映像記憶能力が備わってるらしい。俺が雪姫の目を通して見たことは最初の瞬間から思い出せるがそれ以前の雪姫本来の記憶は全く思い出せない。
分かったことをもう一度整理してみよう。
1:この身体は天王院雪姫のもので、身分証や親族が証明している。
2:俺は自身を社会人の日野武人だと認識しており、雪姫としての記憶はない。
3:俺の認識では、天王院雪姫とその兄日火輝、姉風吹貴はMMORPG『Hidden Secrets』の持ちキャラである。
4:天王院雪姫は『Hidden Secrets』の設定通り、非力で映像記憶能力を持ち、魔法少女スノープリンセス・ユキに変身する。
5:この世界は日野武人の世界とよく似てるが『Hidden Secrets』のメインタウン密川市が存在し少なくとも魔法少女がいる。
6:現在の暦は俺が記憶する元の世界の日付と一致している。
7:雪姫はパソコンでMMORPG『Real World Online』で日野武人という俺とよく似たキャラクターをプレイしていた。
8:俺が『Hidden Secrets』で天王院雪姫を作成した日と雪姫が『Real World Online』で日野武人を作成したのは同じ日付である。
これから言えることは、ここが『Hidden Secrets』の原型となったか『Hidden Secrets』を元に生み出された、日野武人から見て異世界である。この世界は、日野武人の世界と表向き良く似た世界で差は認識の範囲ではこの街の存在位だ、しかし少なくとも魔法少女が存在する。暦の一致からして雪姫が武人の生まれ変わりという可能性は低い。
仮説1:やはりこれは、日野武人が見た壮大な夢である。
仮説2:異世界の住人である日野武人の意識が、天王院雪姫の中に召喚された。
仮説3:日野武人は、天王院雪姫の中に生まれた別人格でその形成に『Real World Online』が影響している。
この事態が神に仕組まれたものなら神でもその使いでも良いから説明位しろ、招喚した者がいるなら理由位聞かせろ、そうは思えないがこれがVRMMOならGMから説明くらいしろ。現実というやつは、どうしてこう不親切なくそゲーなんだ。俺が置かれた境遇の不親切さが、これを現実なんだと付き付ける。
これで、タイトルの通りの現象が揃いました。
今回は初変身回になっています。
今後もいろいろ初○○を出していきたいですね。
タイトルの頭の表示を章から話に変更