3話 何をするんだ風吹貴?
声がした方を見るとやや長身でモデル体型をした金茶ショートヘアの女性がエプロン姿で立っていた。その女の名を俺はしっていた雪姫としてではなく武人として知っている、天王院風吹貴のことは雪姫のこと以上に。風吹貴は俺の『嫁』なんだから。
もちろん、俺嫁と言ってもリアル嫁の操るプレイヤーキャラクターなんてことは無い。26歳彼女居ない歴=年齢の俺にリアル嫁なんて居る筈がない。風吹貴は、日火輝で『Hidden Secrets』を初めて3か月程して、1キャラ集中よりも自前で生産職を抱えた方が効率が良くなると分かって作ったセカンドキャラで、生産職なら男よりも女の方が適正が高いから女性に決め、どうせほとんど人前に出さない女性キャラを作るなら、趣味全開で理想の彼女にしてやろうと俺の好みを詰め込んだ二次元嫁(3Dなんだがそう呼ぶのが伝統らしい)が風吹貴。俺の理想の投影である日火輝(185cm)と並んでも、リアルの俺(175cm)と並んでも釣り合いがとれる身長で、足が長くスリムなモデル体型でバストだけは大きく主張をするスタイル。きれいに整ったシャープな顔立ちは気の強そうでハスキーで色っぽいやや低めの声。手先は器用で、家事はカリスマ主婦級、料理は三ツ星シェフ並み、看護師の資格が取れるレベルの医療ケア技術、そして本職は非常勤のカリスマ美容師だ。生産・サポート特化で1年あまりきっちり鍛えてきた成果だ。性格はさばさばしてるけど、愛情は深い。
「どうしたの、雪姫?」
その俺嫁が駆け寄って来た。日火輝より頭1つ、武人より頭半分程低い筈の風吹貴が前に立つと今の雪姫よりも頭1つ背が高い、身長は164cmだったか? 身長差のせいで風吹貴のエプロンを押し上げる立派なバストが目の前に迫る。3Dグラフィックでなく実体になって迫るバストが気まずく視線をそらす為に顔を上げると、風吹貴と目が合った。心配そうな目でこちらをずっと見つめている。そういえば、さっき『お帰り』って言われてたな、一応『ただいま』と言った方が良いか? とても帰ってきたって気分ではないんだが。
「……ただいま。何もないよ」
帰宅のあいさつと問いかけの返答をしないと厄介なことになるだろうと思い、口を開いたが、雪姫になってから口が重い。かなり強く意識して言葉にしようと思わないと言葉にならず頭の中で考えるだけで呑みこんでしまう。武人の時なら今日の理不尽な境遇の考察する中で何度かふざけるなと叫んでいただろう。考えることは変わらないのに感情の起伏は幾分穏やかな気がするし、表情もあまり変化してないと思う。雪姫を動かす時、可愛い女子中学生とかロール(演技)するのが無理だから無口無表情キャラと設定していた気がするが、それに縛られているのか?
不意に左右の手が暖かい手に各々包まれる。視線を落とすと風吹貴の左手が雪姫の右手を右手が左手を掴んでいる。
「何もないわけないでしょ、こんなにも冷え切って」
風吹貴はそう言いながら、雪姫の手を離して両手のひらで雪姫の頬を包む。風吹貴の手が柔らかくてとても暖かい。
「……あたたかい」
風吹貴の手とそこに込められた想いが本当に暖かったので、重い口から言葉がこぼれる。風吹貴の想い、雪姫への愛情が向けられたのは雪姫ではなく、本来の身体の持ち主である雪姫へのものだが、今の俺には凄く暖かいものだった。ゲームだからと遊び心で作った小さくて弱い雪姫という身体になりゲームシステムの保護も無く、元に戻る方策も行く宛ても無かった雪姫を日火輝が連れ帰って、風吹貴が心配してくれる。その気持ちはAIによる模倣等ではなく本物の愛情だと感じた。本当は俺に向けられたものじゃなく雪姫に向けられたものだが、雪姫の心も暖めてくれる。この気持ちを裏切りたくない、元に戻るまでの間雪姫の身体を大切にして、風吹貴達に本物の雪姫を返してやろう、そう決意する。
「お風呂湧いてるから、晩御飯の前に入ってきなさい」
はいっ?! 風呂に入れだと?! ついさっきトイレを済ませるのにどれだけ葛藤し、苦労して見ない触らない(下着には手を掛けたが)を貫いたと思ってるんだ。風呂に入るとなると当然、全部脱ぐことになるし、目をつぶったままで済ますのも無理だ。何時も使ってる風呂なら間取りも分かるだろうが、ここは初めて来た雪姫の家だ。仮に住んで3年になる自宅アパートの風呂でも、雪姫の身体じゃ歩幅も何もかも違って元のようには行かない。なんとか言い訳して回避できないかと考えているが、迷いながら声を出そうとしても、重い雪姫の口は言葉を出すどころか微動だにしていない。
「はい、回れ右。バスタオルと着替えは持って行ってあげるから急いで。雪姫のお風呂が終わるまでお兄ちゃんがご飯お預けになっちゃうよ」
風吹貴に肩を掴んでクルっと回されて、やさしく背中を押される。それだけで、逆らって姿勢を保つことができず倒れない為になすがまま振り返って足を一歩踏み出すしかなかった。本当に筋力のない身体だ。仕方なく、階段を下りてトイレの後で見つけた風呂場へ向かう。廊下の突き当たりのドアの横にあるスイッチを入れると、扉の隙間から明かりがもれてくる。扉を開くとそこには広々としたランドリールーム兼脱衣所があり、洗面台の前には籐製らしい椅子が置いてある。
脱いだ物はどうすれば良いんだろう? 家庭ごとに洗濯物の処理ルールが違ったりする。脱衣所の中を見回してるうちに、3段になったプラ製の脱衣籠があった。これか? と思って近づくと、上から風吹貴・雪姫・男と書かれて居た。それぞれの籠には風吹貴のものらしいセクシーなランジェリー、雪姫のものらしい可愛らしいパジャマ、日火輝のものらしいジャージやら何やら大量の洗濯物が入っている。とりあえず、ここに脱ぐかと決めて服を脱ぐ。
着ていたのは夢翔学園中等部の女子制服。ブレザーはボタンが逆だったのでちょっと戸惑ったが直ぐに脱げた、皺にならないように籠にかける。リボンタイを解くと上半身はブラウスになる。厚く肩パッドの入ったブレザーを脱いで見下ろすと、いっそう雪姫の細さが際立った。肩幅も狭い武人の時より腕の分位狭いんじゃないか、それに厚みも無い。守ってあげなければいけないと思えるいたいけな少女、それが雪姫なのか。スカートはフックの位置を見つけるのに少し戸惑ったが、それ以外は簡単だった、俺の人生で初のスカートを脱ぐ体験だった。スカートを下ろすと、トイレで下ろした所だけ見た青と白の縞模様のショーツに包まれた股間が現れた。何の膨らみもない股間を直視し、あらためて男でなくなっている事実を突き付けられる。ショックに呆然としてると、少し肌寒さを感じて、一先ず風呂に入ろうと頭を切り替える。まだ、この先の問題まで気が回って居なかった。
ハイソックスを脱ぐと細い足があらわになるつま先からかかとまでが短い、ふくらはぎも太ももも恐ろしい程細い。元の俺の腕よりも細いんじゃないだろうか? かといって筋張ってないのは、骨自体が細くて筋肉も薄いからだろう。膝を揃えても腿の間にはっきりと隙間ができる。ボタンに苦労しながらブラウスを脱ぐと、柔らかい生地のキャミソールが出てきた。その下にはショーツと揃いの青白縞のブラジャーが透けて見える。勢い良くキャミソールを脱ぎ棄てると、ブラとショーツだけの姿になった。胸は決して大きくないブレザー越しだと良く分からなかった位だ。だが、こうしてブラだけになるとけっして無いとは言えない存在感を主張している。ブラを外そうと背中に手を回す、フックに届かせようと思い切り背中に伸ばした手は行きすぎ互いの手首を掴める位まで届いていた。筋力はないがそうとう身体は柔らかいようだ。指の感触を頼りにフックを外すと急いでショーツも脱ぎすて、浴室に通じるすりガラスのドアを開けた。
そこには、真っ白な妖精がいた。
青味がかった銀色の髪、小さくて整いながら美しさより愛らしさが優る顔、その中央の大きく潤みがちな青い瞳とピンクの唇、細い顎。細い首から華奢な肩に続き、筋肉の乏しい腕は本当に細い、だがうっすらとついた脂肪が柔らかさを形作っている。細く薄い胸は、発展途上の未成熟でささやかなふくらみが日本人離れした淡い桜色の頂をかかげて健気に女の子の主張をする。細い胸からさらに細く内蔵の存在を疑わせる腰は乱暴に扱えば折れてしまいそうな程。そこから絶妙な曲線で男とは異なる広がった骨盤を柔らかい肉が覆い少女らしいヒップラインを構成する。低い背丈の割に長い脚は細くしなやかで、膝を合わせても腿の間には手のひらが余裕で入るほどの隙間ができる。その全てが雪のように白く儚げでこの世のものとは思えなかった。
いたいけな少女の完全に無防備な姿を見て気まずさを感じ、目をそらす。何か言わないとと思うが、様々な言葉が頭を巡るが口からは言葉が出てくれない。白い少女は悲鳴もあげずに真っ赤な顔をそらしてるのが、視界の片隅に銀色の髪の毛越しに見える。弁解しようとして広げた手を伸ばすと少女も手を伸ばしピッタリと重なる。手のひらそして指先から伝わる感触は少女の柔らかい手のものではなく、冷たく硬いガラスの感触。これは、鏡だ。思考がようやく追いついた。この白い少女は、天王院雪姫だ。俺は今、雪姫の身体になっているんだ。この儚げで愛らしい少女が、この少女は、今の俺なんだ。
そう思った瞬間、頭がのぼせ上がった。まだ手を出しちゃいけないが子供だとも言えない少女の身体を見たという気恥ずかしさと同時に、見せてしまった見られてしまったという感情が生じていた。鏡から目を外し完全に背を向ける直前、鏡の中の雪姫は顔だけでなく真っ白な肌を全身赤く染めていた。身体を少しでも隠そうと、湯船に入ることにする。
かかり湯をしようと手近にあった風呂桶を湯船に突っ込み掬い上げようとしたが、片手で掴んだ風呂桶の重さに負けて湯をこぼしてしまった。極端に非力な身体は些細なことで不便さを付き付けてくる。風呂桶を両手で持ってかかり湯をする。温かいお湯が身体を暖めてくれる。軽く汗を流して、湯船に入る。湯船は、かなり広い。アパートの風呂は、足を伸ばせず肩をすくめて入る必要があったが、この風呂はゆったりと足を伸ばせるし、幅も二人並んで入れそうなくらいある。さらに深さも深くてお尻を底につけると顔が半分沈んでしまう。少し落ち居てから、手で湯船の底を探ると盛り上がって浅くなってる部分があるのを見つけてそこにお尻を落ちつけた。
いろんな意味で見ると恥ずかしいので、湯船の外に視線を向けて考える。この風呂は確かに大きいんだろうけど、初めに思ったほどに大きい訳じゃないのかも知れない。前のアパートの時は175cmある男の武人の身体での話で、今は142cmの雪姫の身体だから2割引き位で考えないと。そういえば、もう生えてたな、まだちょっとだけだったけど。髪が銀髪だとあっちも銀色なんだなあ。眉もまつ毛も銀色だしな。壁一面の大鏡に映る雪姫の顔を見つめながら考えた。これが俺の顔だとはまだ思えない、なのにこの顔が俺の意思通りに目を閉じ、口を開く。どうしたものかと考えてると、脱衣所のドアが開く音がしてすりガラスの向こうに人影が見えた。慌てて身を縮めると腕に圧迫された胸からピリッっと痛みが走る。人影は、それほど大きくない日火輝ではなく風吹貴だろう。
「着替えここに置いて置くよ。制服はオゾン洗浄しておくわね」
洗濯機の蓋を開け洗濯物を放り込んでいる音が聞こえる。着替えを持って来ただけと聞いて、緊張を解き胸を撫で下ろす。手首がささやかな胸の先端を刺激すると痛みを感じる。
「雪姫、胸がどうかしたの? それに、髪どうしたの? 駄目じゃないちゃんとまとめないと」
ドア越しでないクリアな風吹貴の声に不意を突かれて振り返ると、そこには一糸まとわぬ風吹貴の姿があった。華奢で未熟で儚げな雪姫の裸体とは異なる、健康的で成熟し魅力的な風吹貴の裸体。映像でも鏡像でもなく生で見た初めての裸体は、俺の二次元嫁・風吹貴のものだった。これは、生で見たということで良いんだろうか? ほぼありえないと否定したものの、この世界が変態的なまでに作り込まれた高度なVR(仮想現実)である可能性もないことはない。
理想をつぎ込んで生み出された風吹貴の裸体に魅了されていた、女性としては長身のスラリとした身体は、雪姫の病的な白さとは異なる健康的な白い肌に包まれている。モデルのように長い脚はほど良い女性的柔らかさを持ちながら締りよく、良く熟れた果実のように広がるヒップはしっとりと肉付きながら一片の弛みもない。キュッと締まったウェストはヒップとの落差から数字とは逆に雪姫のものより細く見える。胸にたわわに実る2つのバストが圧倒的な存在感を誇っていた。湯船の中から見上げると腹との落差を大きく感じる、どの位のカップなんだろう? 初めてで最上級の理想的な裸体を見ている割に興奮が小さい。
綺麗だ魅力的だという感動はあるし、触ったりそれ以上の行為をしてみたいという気分も間違いなくある、あるにはあるんだがその感覚に切羽詰まった衝動的な圧力がない。武人の身体だった時は、こんなに良い女でなくても、裸体でなくても、もっと強い衝動を感じていた、相棒が立ち上がるのと共に。女体に対する興奮が薄いのは、相棒からのフィードバックがないからかもしれない、あるいはどこか別の場所にある武人の脳で考えているのではなく、この雪姫の脳で感じ考えているせいかもしれない。
「ほら、ぼーっとしてないで、一端上がりなさい。髪洗ってあげるから」
風吹貴に見惚れた流れで自分のありようについて思考を飛ばしている所を、風吹貴に呼び戻された。言葉と同時に肩に手を掛けて引き上げられていた。軽く非力な雪姫の身体は、不意を付かれたら、風吹貴のような女性の腕にも簡単に振り回される。逆らっても仕方がないというか、風吹貴の裸体に向き合いつづけては落ちつかない。風吹貴に促されるままに、湯船から上がって、椅子に座る。
「髪は女の命なんだから大切にしないとだめよ。雪姫が自分でできないときはお姉ちゃんがやってあげるから、ちゃんと言ってよ。雪姫を可愛くするのはお姉ちゃんの一番大切なことなんだからね」
結んだままだったヘアゴムをとり、濡れてゆるんだ巻き髪を優しく手櫛でブラッシングしながらフローラルな香りのシャンプーをすりこんでいく。無駄のない繊細な指使いで髪を洗う動作は流麗で美しくさえあった。女性の髪の扱いなんて知らない俺には何をどうしているのかまったくわからないが、濡れてまっすぐ伸びたらお尻にまで届いていた髪がタオル一枚で上手く頭の上に纏められていた。
「髪を洗ってる間に冷えちゃったね。お姉ちゃんが身体洗う間、湯船で暖まっててて」
肩に触れた風吹貴の手が暖かい、肩を抱かれて引き上げられるままに椅子から立ち上がると、湯船に向けてそっとお尻を押された。
「ひゃん」
小さいお尻にふれた風吹貴の手の感触に思わず可愛い悲鳴がもれる。そんな声をあげてしまった自分に恥ずかしさを感じると、白い肌が赤く染まっていた。色素の薄い雪姫の肌はすぐに染まる。逃げるように湯船に入ると、風吹貴の方を見ないように壁を見詰める。温かいお湯に身体が暖まっていく、武人の時より熱くなってくるのが早い、雪姫になって体重が半分以下になったせいか? 幼いころは100数える2分足らずで暖まりきっていたような記憶もある。雪姫の身体はその頃の体重とあまりかわらない、幼児期に比べれば手足の細長いこの身体はお湯に触れる面積は大きいだろう。暖まりやすく冷めやすい身体ということか、広場で寒気を感じたのもそのせいかも知れない。
「はい、身体を洗ってあげるから上がってらっしゃい」
背中から掛けられた声と肩に掛けられた手に思考を遮られ、半ば引っ張られるようにして椅子に座らされる。風吹貴がやわらかいスポンジをたっぷり泡だてて、泡でなでるようにして雪姫の身体を洗い始める。敏感なやわ肌を微妙な力加減でこするので、幼い頃は別として10数年来感じたことのないくすぐったさを感じる。首が、腕が、背中が、お腹が、お尻が足がくすぐったくて身もだえするが、「じっとしなさい」と風吹貴に肩を押さえられるとそれだけで身体を逃がすことができなくなる。さらに、たっぷりと泡を手のひらに乗せた風吹貴の手が、後ろから胸を撫でる。さらにその手が股間に伸びて行く。全身くまなく洗い上げられた時には、鼓動が速くなり息が上がっていた。
「温まってから上がろうね」
シャワーで泡を洗い流しながらそう言った風吹貴は、雪姫の手を引きながら湯船に足を入れる。一緒に浸かれということか? 俺嫁と一緒に入浴ということに戸惑っていると「しょうがないわね」と言いながら脇と膝に手を掛けられて抱きあげられてしまう、いわゆるお姫様だっこという状態だ。俺嫁である風吹貴はだっこしたい相手であって、だっこされたい相手ではない。背こそ高いがスリムな風吹貴は平均的な女性の腕力だろう、ゲームのスペックでもその位だ、その細腕に軽々と抱きあげられたことが悔しさと羞恥心を掻き立てる。そのまま湯船に腰を下ろした風吹貴は、自分の膝の上に雪姫を下ろして後ろから抱き締める。その状態で風吹貴の顔は丁度同じ高さにある。
「雪姫は身体が弱いんだから、身体冷やしちゃダメよ。また熱出しちゃうんだから」
ギュッと抱きしめられ雪姫の細い背中に、風吹貴の豊かな胸が押しつけられて潰される。雪姫にはない柔らかい感触が気持ちいいが、相手が同性の妹だと思ってやってることだと思うと気まずくてむず痒い思いだ。
「うーん、そろそろ雪姫のブラ買い換えた方が良さそうね」
後ろから脇を通して回された風吹貴の手が雪姫の未熟な胸をソフトに包み込み、肩越しに風吹貴に覗きこまれている。
「雪姫ぐらいの成長期のおっぱいはね、とってもデリケートだから、大きさだけじゃなくて成長段階に応じてあった種類のブラを選ばないとダメなのよ」
そう言いながら、ソフトに押された胸から痛みを感じて、痛みに顔を歪めた。
「じゃあ、今度のお休みに一緒に買いに行きましょ」
風吹貴に振り回されたまま、風呂からあがる。タオルを絞って身体の水気を取ろうとしたが、絞りきったつもりのタオルを風吹貴に取り上げられ風吹貴の絞ったタオルを渡される。風吹貴の取り上げたタオルは風吹貴が絞るとジャーと水が絞りだされた。一生懸命やったのに、女の子に敵わないというのがなんだか悔しい。
「ゴシゴシこすらないの、そっと当てるようにして水気を吸わせるの」
そういいながら風吹貴のタオルを持ったが伸びてきて水気を拭きとられる。風吹貴の手際が良すぎる。水気が拭きとられた雪姫は気付いたら水色のバスタオルを胸から巻き付けられていた。後ろに立った風吹貴に比べればささやかすぎるが、雪姫の胸を包んだバスタオルは確かに膨らんでいる。
「はい、髪乾かすから座って」
その意味を把握する前に伸びてきた風吹貴の手に肩を掴まれて洗面台前の藤製の椅子に座らされる。洗面台の鏡には、金茶ショートの美女と銀髪をタオルで纏めた美少女が映っていた。こうして並べてみると、パーツのバランスが違うことで大人びた美女と愛らしい美少女の差があるが、色違いの良く似た形の眉や、目元、口元等パーツ単位では良く似てるから姉妹なんだなと感じる。そんなことを思っている間に、風吹貴の手で長い髪にドライヤーが当てられていた。手櫛でお尻まで届く長い髪をほぐしながら温風を優しく当てて行く。
「みんなと違う髪で嫌かもしれないけど、雪姫の髪はママから貰った素敵な髪なんだから大切にしようね」
青味がかった銀髪が照明に照らされさらさらと風に揺れる。その髪は一本一本の髪が細くて密度が高い。俺が雪姫を設定した『Hidden Secrets』のようなゲームや漫画アニメじゃ珍しくはないが、現実では世界的にも珍しいし、基本黒髪の日本じゃ浮くだろう。天王院家は白人の血が少し入った父親と北欧系の母親の間にできた3人兄妹と設定してた筈だが、それ以上の細かいことは決めて無かった。そのあたりがどうなってるか聞けば、俺がプレイしていた『Hidden Secrets』とこの天王院家の関係が見えてくるかもしれない。
「今日は、晩ごはんの後寝るだけだし、みつ編みにしておくね」
風吹貴がそういうと乾かし終わったらしく軽くなった髪を、素早い手際をみせて一本の緩やかなみつ編みにしあげた。女の子っていうのは髪型1つで随分雰囲気が変わるんだなぁとひとしきり感心してから気付く、この少女は雪姫じゃないか。やっぱり雪姫の顔を俺のものだとは思えない。
「さ、できあがったし、服を着てご飯にしましょ」
そう言って風吹貴に渡されたのは水色のスウェットの上下だった、スカートじゃなくてズボンだったのでほっとしたが、その上に小さい靴下と一緒に乗っている水色の物体が問題だった。シンプルなデザインのショーツと対になったブラ、風呂に入るまで色違いな物を付けてたわけだが、あれは気付いたら身につけてた物で自分で付けたものじゃない。ブラを外したことはあるが、付けたことはない、女装をするみたいでブラを付けるのには抵抗がある。だが、雪姫の身体には胸を保護する下着が必要だろう、諦めてバスタオルの下からショーツを引き上げお尻を包む。バスタオルを外し、ブラのストラップに手を通す。形を見れば、どう着用するものかは理解できるし、ブラを着用した女性の写真や画像だって見たことはある。隣で服を着ている風吹貴の立派なバストを包む大きなカップの付いたブラとは違う緩やかなカーブした布面でソフトに支えるブラにささやかな胸を包みこみ、背後でホックを止めようとしてると、後ろから伸びてきた風吹貴の手がホックを止める。ブラを片付けたら、キャミソールに袖を通し、スウェットを着こむ。
「さ、行きましょ」
しっかり着終わっていた風吹貴に裾を直され、みつ編みにした髪を左側から前に回された。右手を風吹貴の左手に引かれて、再び2階へと足を踏み入れた。
さっきはじっくり見る暇がなかったが、2階は上がった所がダイニングでその奥が対面式のキッチン、左が広々としたリビングになっている。キッチンの横から奥への廊下が続いている。
「雪姫座って、ちょうど焼きあがってるからね」
ダイニングテーブルは広く4脚の椅子が並び、手前の左側にラフな部屋着に着替えた日火輝が座っている。残り3脚の何処に座れば良い? 日火輝の隣か奥側の何れか? いつもの食卓で着く席を間違うなんて不審な行動はしたくない、当然、座れと言われてるのに何時までも立ってる訳にもいかない。給仕をする風吹貴はキッチンカウンターに近い奥の席である可能性が高い、世話焼きな風吹貴は隣に雪姫を座らせるだろう。そう考えて奥に進むと、左側の日火輝の対面にあたる椅子の上にやたらと分厚いクッションが乗せられていた。基準になる身体のサイズが大きく変わったせいで目測があまり当てにならないが、10cm以下ということはないと思う。似たようなものを見たことがある、映画館で子供が座るとき座高を底上げする為に敷くクッションだ。
天王院家に雪姫より幼い家族は居ないと思う。椅子の底上げが必要なのは雪姫しかいないだろう。この子供席が雪姫の座るべき席なんだろう、諦め気分で後ろ手に椅子に手をついてお尻を持ち上げるように底上げ椅子に座る。底上げされた椅子に座って床に足が付かず、子供のようにブラブラさせることになるのかと思ったが、つま先だけちょこんと床に届いていた。もしかして思った以上に脚が長い? そう思って風呂の鏡に映った全身を思い返すと全体にコンパクトだが、かなり腰の位置が高かった。もしかして股下70cm以上ある? 履いてるスウェットのズボンはウェストとヒップが緩めなのに丈は短めだった。背が低いのに足が長いということは、それだけ極端に座高が低いということになる。ダイニングテーブルの面が近い、脇のすぐ下にテーブルの天板が広がっている。このクッションの底上げが無ければ手が届かなかったかもしれない。小さい身体は不便すぎる。
これしかない座席選びは間違っていなかったらしく、日火輝も風吹貴も何も言うことはなく、引き過ぎたまま動かせなくなった椅子ごと風吹貴に抱えられて前に出される。それに続いて、カウンターに並べられた料理がテーブルに運ばれていく。
「はい、どうぞ。今日はかぼちゃのクリームシチューパイよ」
パイ皮に包まれた耐熱容器が、大中小と3つ並べられる。まず対面の日火輝の前に特盛りサイズという感じのシチューパイ、さらに大きめの茶碗に山盛りのご飯。風吹貴の前に標準サイズのシチューパイと軽めに盛られたご飯。最後は雪姫の前に置かれたハーフサイズという言葉が似合う小さなシチューパイ。日火輝のものと比べると3,4倍、風吹貴の物と比べても倍くらいは大きさが違う、しかも雪姫だけライス無しだ。これは家庭内イジメや児童虐待の類か? 俺が対象で児童はないか、雪姫にしてももう中学生だし。日火輝も風吹貴も何も言わないし、天王院家としてはおかしくないということか?
「おおっ美味そうだ、いただきます」
「いただきます」
日火輝に続いて、風吹貴が食事前のあいさつをする。ここは雪姫も合わせて置くべきか。反応が鈍く重い口に意識を集中して口を開く。
「……いただきます」
香ばしく焼き上がったパイ生地をスプーンでサクッという気持ちよい音と共に破ると、パイ皮に閉じ込められていたシチューの香りが広がる。美味しそう、見た目、音、香り、手ごたえだけで目の前の料理が絶品だろうと予感させる。それだけに、二人前くらい余裕で食べそうな日火輝はともかく、世の女性が羨むスタイルを持つ風吹貴と比べても半分以下な分量は寂しい。そう思いつつ、パイ皮の欠片と一緒にシチューをスプーンの上で十分冷まして一口口に入れた。
「おいしい……」
あまりの美味しさに、思わず感嘆がもれ、固い表情が綻ぶ。普段食べてる自分で作った大雑把な男の手料理やスーパーの総菜はもちろん、時折食べに行くファミレスや、親戚の結婚式で食べたホテルのコース料理も比較にならない。本当にこれが家庭のキッチンで作られた料理なのか?
「そう、良かった。雪姫が喜んでくれて」
雪姫の笑顔を見て、風吹貴が心底うれしそうなまばゆい頬笑みを浮かべる。この風吹貴を本当に嫁にできたら最高だろうな。シチューには全体にチキンと野菜のうま味が絶妙なハーモニーを作りだしている、貧困な俺の食事経験と料理知識ではその味を表現しきれない。「こんな美味いものタダで食っちゃって良いの?」というのが正直な感想だ。満足そうな風吹貴の頬笑みに見つめられながら、はむはむと口の中に入ったパイ皮とかぼちゃを咀嚼しながら絶品の味を堪能して飲み込む。次の一口が早く欲しくなるが、雪姫の細い喉は小さな一口も簡単に通してくれない。雪姫が一口飲み込む間に、日火輝は数倍の量の一匙を3口は食べて行く。
「うん、旨い旨い。風吹貴の料理は何時も絶品だな」
「当然!」
日火輝の健啖ぶりと称賛に風吹貴は左手の親指を立てるサムズアップで応え、自分の皿に手を付け始めた。食べながらも、雪姫のことをチラチラとうかがってくる風吹貴の視線にせかされながら、パイシチューを一心不乱に攻略していく。肉も野菜も雪姫の小さな口に無理なく入る1.5cm位に切りそろえられている。この細かさで、雪姫の皿だけでも何十切れと入ってる、全員分だとこの7,8倍はある筈、手が掛ってるなと感心する。小さめのスプーンでシチューをすくって口にいれては、はむはむと噛んではこくりと飲み込む雪姫を嬉しそうに見つめながら風吹貴は自分の皿を開けて行く。ゆったりとしていて一口も大きく見えないのに、風吹貴の皿の方が早く減っていく。日火輝の方はもうすっかり食べ終わって居た。
「ごちそうさま、いつもありがとうな」
「おそまつさま、どういたしまして」
日火輝が食べ終わりの挨拶に風吹貴が返す。席を立った日火輝が食器を持ってキッチンの方向かう途中、雪姫の頭に手を置いて言った。
「無理せずゆっくり食べろ」
軽く頭をなでられた。シチューはまだ半分位残ってるがそこそこお腹が膨れてきている、ご飯があったら食べきれなかったかも知れない。初めは熱々だったシチューもほど良く冷めてきて猫舌な雪姫でも冷まさずに食べられるようになって来た。一口ごとに冷ます必要が無くなってペースが上がっても良さそうなものだが、逆に一口ごとに一息つかないとスプーンが進まなくなって来た。冷めて味が落ちたなんてことはない、味は変わらず絶品だ、舌と俺の心はもっともっと食べたいと言ってる。だが、雪姫の胃はもうつらいと訴えてきてる。皿にはまだ4分の1程シチューが残ってる、あんなに食べたのにまだそんなにと感じる。だが、一口の大きさと一口を飲み込むまでの時間と経過した25分という時間からするとこんなものなのかも知れない。俺には出された料理は残さず食べるというポリシーがあった。ましてこんな美味しすぎる家庭料理を残すなんて、食材と料理した人間への冒涜だろう。美味しさを頼りにして、ぱく、はむはむ、こくんと一口ずつシチューを食べていく。多くを食べられない雪姫の一口ごとに口にする具が変わることで味の変化があって飽きを来させない。それから15分かかって半人前といって良い量のパイシチューを食べきった。雪姫の胃はもうこれ以上食べられないと訴えている。
「……ごちそうさま」
「しっかり食べてくれてありがとう。でも、無理しちゃだめよ」
既に食事を終えてお茶を飲みながら雪姫の食べっぷりを見ていた風吹貴が頭を撫でてくる。風吹貴より年長の男としては子供扱いが歯がゆいし照れくさいが、今の俺は風吹貴の妹である雪姫なんで逆らえない。それに風吹貴は、雪姫が食べきれる量を考えて料理を出してくれていた。この身体のことを俺よりも良く知ってる相手だから、その意見は尊重しないとな。パイシチュー(半人前)戦線の勝利の余韻に浸っていると、目の前の皿とスプーンが風吹貴の手に浚われていく。
「あ……」
「良いから座ってなさい。今日のご飯ちょっと多かったね」
風吹貴は気にしないようにと声をかけてくれる。今更立ちあがって手伝うのも手遅れだろう、風吹貴の優しさに甘えさせて貰ってしばらく休もう。それにしても、雪姫ってどれだけ小食なんだ? まあ、この身体だとなと思いながら細い腕を小さな手でなでる。15分程休んでから、椅子を降りようとして椅子を風吹貴に寄せられて椅子の前に立つスペースが無いことに気付いた。つま先しか届かないので座ったまま椅子を下げられそうにない。
1:そのまま前に降りて、机の下に。 小学生みたいなので却下。
2:クッションだけ引き抜いてから椅子を下げる。 体勢がきつそうなので保留。
3:テーブルを押して椅子を押し下げる。 椅子が転倒しそうなので保留。
4:横を向いて横に降りる。
結局、足を上げてクッションの上で身体を横に回転させテーブルの横に降りて椅子をテーブルの下に入れた。小さい身体は不便だ、慣れてないと余計に。
リビングのソファーに学生カバンが置いてあったので、それを持って自室を探す。幸い部屋がありそうな所はキッチン横の廊下の先だけだ。目的地は直ぐに見つかった、廊下に入ってすぐ右手、キッチンの隣にあたる部屋の扉に一枚のネームプレートが掛っていた。雪だるまの浮き彫りがされた木のプレートには『雪姫のおへや』と書かれていた。
メインキャラ天王院家3兄妹が揃い、お風呂とお食事の初体験でした。
タイトルの頭の表示を章から話に変更