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ゲームが現実(リアル)で、リアル(現実)がゲーム!?  作者: 日出 猛
第2章 ~承~ 雪姫として進む日々
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24話 年越しと初詣

 クリスマスイブの一件から大きな事件もなく1週間が過ぎた。1つの発見があった自室のクローゼットの奥に間取り上有る筈のない扉を見付けた。その扉を開けるとだだっ広い空間がありそこに雪姫用のアイテムが入っていた。使わないアイテムをしまうロッカーということだろう。

 一週間の生活の中、雪姫の身体にも否応なく慣れさされた。1つは女の身体であるという点、毎日のトイレや着替え、1日2回の入浴の度に悩んだり、ためらったり、恥ずかしがってる暇がない。慣れては来ても立ち小便の便利さは忘れがたいものだった。もう1つ馴らされたのは雪姫の非力さ具合。缶のプルタブはテーブルの上に置いて全力を出さないと開かない。ペットボトルも未開封のものは開けられない。必然的に飲み物はカップベンダー式か紙パックの飲料を選ぶようになった。荷物も必要最小限にする癖がついた。


 一週間は午前中冬休みの宿題をしながら並行して中学の教科書を復習し、一週間で宿題は全部片付いたので後は教科書と辞書を読んでいこうと考えている。見た物を見たままに記憶できる雪姫の記憶力なら辞書を最初と最後の見出し語だけ確認して一瞥すると、丸々記載内容が読める解像度で脳内に記録される。後は辞書を繰るように記憶をたどれば必要なページを何時でも脳内に取りだされるということだ。

 こうやって全部覚えてしまえば学校に辞書を持って登校しなくて済む、非力な雪姫のカバンを軽くする画期的なアイデアだろう。とか思ってみたが、別に画期的ではなく雪姫自身もそうしてたらしい。

 宿題と教科書・辞書の丸暗記作業だけをやっていた訳じゃない。午後には2回ほど焔邑とフィーに呼び出されて魔獣退治をして来たりもした、特別強くも無く妙な技も使わない敵だったのであっさりと倒すことができた。


 雪姫に成り魔法少女として戦う上で気に掛っていた問題の1つ、ステータスが呼び出せない状態で経験値やスキル成長の管理がどうなるんだろうという懸念には答えが見つかった。敵を倒しミッションをクリアすると胸の奥でくすぶるような力の脈動を感じるようになり、積み重ねるとそれが燃え盛る火のような強い躍動に変わってくる。その状態でもっと強いフリージングブリザードをと願うとフリージングブリザードのレベルが上がったらしく強力になった、その引き換えに躍動はかすかな脈動に落ちついた。能力値なんかは慢性的な反復の中で経験値の脈動が消費されて強化されるらしい。ファジーなシステムだが経験値とスキル修得の関係が分かったのは大きい。


 31日大掃除の手伝いでもと風吹貴に申し出たんだがやんわりと戦力外通告をされ、手持無沙汰を慰めるため記憶を振り返ってみた。

 フィーは魔獣と魔人の暗躍は魔法で予知できるが、怪人や異端の行動はまだ予知できないらしい。人々の恐怖や不安、落胆等を感じる能力があるので怪人や異端の手で被害が生じているとそれを見付けることはできる。ただこれは被害発生後の発見なので後手に成りやすくライトニングジャックの時のように先を越される可能性が高い。

 1つ個人的に困っている話が、雪姫の目で見た記憶が余りに鮮明すぎてこうなって10日程にも関わらず自分の顔と意識して初めに浮かぶのが雪姫の顔に成っていることで、武人の時の姿は懸命に思い出さないと出てこなくなっている。手元のファイルに収めてある資料と資料室の奥底に眠っている古い資料のように。


 そんなことをぼーっと考えているとスマホがコールした。この着信音は焔邑の物だ。着信をドラッグする。

『雪姫? 焔邑だよ。明日なんだけど一緒に初詣行かない?』

 繋がるや否や返事も待たずにまくし立てられた。なんとか返事を返す、言葉数少なく会話する雪姫流会話も大分慣れてきた。

「……初詣?」

 そう言えば新年と言うとそういうイベントが定番だが、天王院家ではどうしてるんだろう? ここは事情に通じた風吹貴に聞くのが良いだろう。

「……ちょっと聞いてみる」

 風吹貴に確認を取ることを焔邑に告げて振り返ると風吹貴が待ちかまえていた。

「焔邑ちゃんなんて言ってるの?」

「……初詣行こって」

 風吹貴に最小限の単語で要件を伝えていたら。

「お姉ちゃんが調整しておくから」

 といって一方的にスマホを取り上げられた

「もしもしお電話代りました風吹貴です。焔邑ちゃん雪姫を誘ってくれてありがとうね」

 挨拶もそこそこに、本題に入った風吹貴の声だけが断片的に聞こえてくる。

「うちは大丈夫だから、雪姫をよろしくね」

「そうなんだ、じゃうちも有るから合わせるわ」

「昼食の後準備して13時半の待ち合わせで焔邑ちゃんがうちに迎えに来てくれるのね。それまでにしっかり準備しておくわ」

 13時半に焔邑が迎えに来ると言うのは分かったが、途中の会話に良く分からない部分があった。風吹貴が何か喜んで大掃除しながら何かの準備をしてたが、雪姫()は部屋にこもってRWOの年末大掃除イベントを行っていた。


 不要アイテムを捨てるとポイントがたまり溜まったポイントでレアアイテムが当たるくじを引けるというゴミ捨てと宝くじをモチーフにしたイベントだった。だが、RWOの武人の部屋にはそもそも物がほとんどない。捨てる物探しに苦労しながらなんとかくじ10回分捻出したが、あたったのは残念賞のポケットティッシュとボックスティッシュだけだった。


 新年くらい起きて迎えてHAPPY NEW YEARと挨拶を交したかったが、22時過ぎからうつらうつらし始め味噌汁のお椀に盛られた雪姫サイズの年越しそばを食べたら眠気が頂点に達して大人しく部屋に退散するしかなかった。部屋で着替えると新年の声を聞く前に深い眠りについていた。


 朝何時もよりやや遅い時間に風吹貴に起こされる。

「……おはよ」

「おはよう、雪姫。あけましておめでとう」

 そこで思い出す、今が新年元日の朝だと言うことを。

「……あけまして、おめでと」

 何時も朝は頭がぼうっとして思考が回らない。

「シャワー浴びて来なさい、朝食のお雑煮用意しておくから」

 言われるままバスタオルを手にバスルームに向かった。身体が温まり思考が回るようになって水色のスウェットの部屋着を着てダイニングに入った。途端に広がるかぐわしい香りは雑煮のものだすまし仕立ての中に小振りな切り餅が1つ入っている。いただきますを済ませて一口口に含むと芳醇な香りが口の中に広がった。

「……美味し」

 実家の白みそ仕立てとは全然違うすまし汁だが、雪姫の舌に馴染んだふるさとの味ということなんだろう。おせちの一部らしい料理も食卓に並んでいたが雪姫の腹は雑煮だけで精いっぱいでおかずに手を出すことはできそうになかった。

「お昼からは焔邑ちゃん達と初詣でしょ、昼ごはんまでゆっくりしてらっしゃい」

 そう言われて部屋に戻った雪姫()は、パソコンを開きRWOを起動する。ゲームの中でも新年になっており、仕事のメニューが出ない状態だった。街行く知り合いと「おめでとう」を交換するだけの単調なゲーム性の低さが嫌になる。リアルはリアルなんだろうが嫌なリアルさとだ。


 昼ごはんには、おせち料理のお重が並べられる。

「はい、雪姫の分取ってあげるね」

 武人なら全然足りないが雪姫としてはちょっと多めに感じるおせち料理が小皿に取り分けられて渡される。紅白のかまぼこに、黒豆、数の子、煮しめがどれも美味しい。風吹貴の手料理を食べる時だけは雪姫に成ってしまったことを良かったと感じる。でも、少し多めの料理を残そうとしたら悲しそうな目で責めるのはやめてほしい。

 最初に盛られた分と雑煮を食べ終わった所で風吹貴がもう少し食べるかと目で訴えてくるので両手を前でふり全力で否定する。

「……もう食べられない」

 それを聞いて満足したのか風吹貴が優しい笑顔を見せる。

「しっかり食べたわね、準備するから3階のあたしの部屋に来なさい」


 そう言われて普段は上がらない3階へと登ると風吹貴に手を引かれて風吹貴の部屋に入れられる。

「せっかくのお友達と初めての初詣だもんね、ちゃんと相応しい格好しないとね」

 そういう風吹貴に着ていた部屋着を全てはぎ取られて下着姿になる。

「下着なしは初めてじゃハードル高いだろうし、胸に響くだろうからこのまま着つけるね」

 正確な名前など聞いたことも無い和服の下着を付けられ体型を補正するタオルを幾つも巻き付けられて見る間に完成して行く。30分程の奮闘の末、姿見に映る水色の雪景色をあしらった振袖に身を包む雪姫の姿があった。

 色素の薄い白い肌に青い目、銀の髪と日本人離れしてる雪姫には似合わないかと思ったが予想外にマッチングして危ういバランスで和服姿の西洋人形という感じに仕上がっていた。和服姿は良いんだが、和服が重いし厚手の生地が重なって動きづらい。


ピンポーン!

 着つけが終わったのに合わせるようにチャイムが鳴る。

「あたしが出るから、雪姫はゆっくり降りてらっしゃい」

 そう言って風吹貴が軽快に階段を駆け下りていく。雪姫()は足元に気を使いながら一歩また一歩とゆっくり階段を下りる前の足に後の足を揃える送り足でないと階段が降りられない。2階から1階へ降りる途中で歓声が上がる。

「わぁー、可愛いー!」

「良く似合ってる」

 一歩遅れて視界に入ったのはこちらも振袖姿の焔邑と珠ちゃんだった。

 焔邑は紺地で夜空を象った所に赤や金糸で大輪の花火を刺繍した華やかな焔邑らしい振袖。珠ちゃんは朱色に桜をあしらったオーソドックスな振袖を着ていた。珠ちゃんは着なれない感じなのに対して、焔邑が慣れた所作を見せているのが意外だ。

「……あけまして、おめでと」

「あけましておめでとう」

「あけおめ、ことよろだね」

 新年のあいさつに焔邑と珠ちゃんが応える。

「雪姫の振袖似合ってるね」

 雪姫にこの振袖が似合ってるというのは姿見を見て同意なんだが、雪姫()に向かって振袖が似合ってると言われるのはちょっと恥ずかしいからやめてほしい。

「焔邑と珠ちゃんも似合ってる……」

 そこで、風吹貴が手を叩いて注目を集め宣言した。

「せっかくだから、3人の晴れ姿記念撮影しておこうか。パパも雪姫の振袖姿とお友達の事を見たいだろうし」

「どうぞどうぞ」

「わたしも構いません」

 焔邑と珠ちゃんが賛成してるから雪姫が拒絶する余地は無いだろう。3人並んで撮影、1人背の高い焔邑に真中に入って貰うことで真中で目立つのを回避したが気休めにしかならないだろう。

「はい、笑って」

 焔邑と珠ちゃんが満面の笑みを浮かべるが、雪姫の顔はぎこちない笑みしか形作ってくれない。

「よーし、写真とれたし行っておいで」

 風吹貴に見送られて天王院家を後にした3人は一路密川神社を目指した。


「……ごめんね、遅くて」

 ただでさえ遅い雪姫の足が、慣れない着物が重く動きにいことで、さらに遅くなってるからちょっと移動するだけでも時間が掛る。ようやく神社に辿り着いた時午後から初詣という参拝者に溢れかえっていた。

「お、天王院! それに紅衣と丸居も」

 どこかで聞いた声が聞こえる。雪姫の身体になって視覚情報を記憶するのに長けた分反動か、それで普通なのかは分からないが人の声を覚えるのが遅くなった気がする。

 人の切れ間から姿を現したのはラフな格好に身を包んだ同じクラスの金井(かない)雷人(らいと)だった。

「金井君じゃない、きぐーだねー、こんなところで会うなんて。雪姫に一番に呼ぶって金井君は雪姫が好きだったりするの?」

 珠ちゃんが間に入る形で金井との会話を引きうけてくれる、やっぱり気が効く子だ。

「ば、馬鹿いうなよ。天王院が銀髪で目立ったから最初に気付いただけだよ。天王院を探したりしてねえって」

「まあ、そういうことならそうして置いて上げるか。そうそう、挨拶して置かないとね。あけおめ、ことよろ」

 珠ちゃんが挨拶する流れに持って行ってくれた。

「お、おう。あけましておめでとうだ、天王院、紅衣、丸居」

「あけまして、おめでとー」

 金井と焔邑が挨拶したのを受けて雪姫()も挨拶をする。

「……あけまして、おめでと」

「おまえらも、これからお参りだろ、せっかくだから一緒に行こうぜ」

 金井がそう言ってきて断る理由もないから一緒にお参りすることになる。振袖姿の3人を先導する形で金井が人混みを掻きわけてくれるので少し進みやすくなった。賽銭箱の前にまで進んだ所で袂から取り出した小銭を投げ入れて柏手を打ち祈る。

 謎が解けて元の身体に戻れますように。

 ここの祭神が何か知らないし手に負えそうにない話だが今の俺に願いと言えば原因を究明して元に戻ることしかない。雪姫として生きていくのが無理ってのもあるが、ただ突如元に戻るというのもまた変わらないか不安があって落ちつかない。入れ替わりの原因を暴いて元の姿で凱旋するそのことを一心不乱に祈っていた。

「雪姫は何をお願いしたの?」

 焔邑が尋ねてきたが、この願いを他人に教えることはできない。

「……内緒」

 話題を珠ちゃんが切り替えてごまかしてくれる。

「金井は、雪姫ちゃんと仲良くしたいってお願いしたんだよね」

 顔を赤らめ慌てた顔で金井が否定する。

「ば、馬鹿野郎、そんな訳あるかよ。お前らと一緒に居たら変な誤解ばかり増えるじゃないか」

 金井が背を向けて立ち去りながら言った。

「俺は先に帰る、着物なんて慣れてないだろうから気を付けて帰れよ」


 神社で配布していた甘酒で暖をとると、2人に挟まれて天王院家に帰り、重い着物から解放された。

初詣回です。

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