20話 ユキとエンと
「ドコまで行くの? そろそろ人混み抜けたし降りても良いんじゃない?」
魔法の箒と化した日傘の後ろで窮屈そうにピッタリと身体を寄せているバーニンガールが提案する。足元には中央広場の木立が広がっている。中央広場の林は人目を避けたいカップルが良く利用するスポットで、よほど近づかない限り姿が見えないよう設計されていた。俺も日火輝でかすみと一緒にお世話に成ったことがある。
ユキはカップル御用達の人目をはばかるスポット中央広場の植林に降下した。
「ちょっと話しておきたいから、結界お願いできる?」
フィーの推定実力から言って、結界が1度こっきりということは無いだろうと踏んで声を掛ける。それにフィーは即座に答える。
「問題ない、しばらく話をしよう」
「えーっ、補給なしで話するのー?!」
バーニンガールが愚痴をもらす、やっぱり食いしん坊だ。だが、男の視点で見てそこも素直で可愛いと思う。ここは宥め役に回るべきところだろう。
「ちょっとだけだから、我慢して。私もこのまま長話はちょっと困るしね」
そういって、カマキリ野郎にやられた散々な装束を視線でしめす。右の肩口がごっそり切り取られ、右胸元から左わき腹にかけて前面がぱっくりと切り裂かれ肌蹴放題になる所を仮面ヒーローのブレイズカイザーから渡されたマフラーで胸を3重に巻いて凌いでる悲惨なあり様だった。普通、女の子なら恥ずかしくて少しでも早くなんとかしたい所だろうが、俺にとっては雪姫に対して申し訳ないという感情と男の視線を受けた時の落ちつかなさだけだった。他の人間の目がなく、バーニンガールとフィーだけなら恥ずかしさを感じずに済む。
「しょうがない、ユキがそこまで言うなら、話聞くよ。結界の持つ間だけだからね」
バーニンガールはそう言って、ベンチに座り、隣を手で叩いて座るように促してくる。この辺りは大通りから陰になる上フードスタンドからも離れてるから人目が無い。物事を深く考えない割に、こういった判断が的確にできるあたり勘は良いんだろう。ユキが促されるままにベンチに座ったのを確認してからフィーは結界を開く為に上空を旋回し始める。
光に包まれ周囲から人の気配が消え、静寂が増す。ここは、魔法少女や妖精と言った善なる神秘力の担い手か魔人・魔獣のような悪の神秘力の担い手だけが入ることのできる結界だ。この内部で時間が経過しても外に戻れば一瞬の出来事で時間は失われない、適切に使えば便利だが救援を待ったりする時には使えない不便さもある魔法だ、使い手の上手・下手の差が出る魔法だ。
「まずは、今回の問題点を整理しよう。魔人・魔獣が出現する予兆が無いのに現れたあの怪物と謎の味方だ」
フィーが話し合いを仕切ってくれる、バーニンガールにはあまり期待できない部分だからやってくれるとしゃべる量を減らせてありがたい。
「初めはカマキリをイメージしたコスプレというか扮装をした人みたいだった」
最初に見た時の、緑のスーツに仮面を被ったようにもみえるカマキリ怪人の姿が、見たままの正確さで幾つも脳裏によみがえる。
「でも、バーニングダイブでとどめ刺したら、でっかいカマキリそのままな姿になったよね」
バーニンガールがそう言うと今度は巨大なカマキリの姿が鮮明に浮かぶ。
「それに、雑魚戦闘員がいっぱい出た」
ゾロンという固有名詞はユキは知らない筈だから伏せておこう、ユキが知っていておかしくない情報と知る筈のない情報の区別を付けないと、何処でそれを知ったかを問われればボロがでる可能性が高い。
「ああ、あれやな感じだよね。強くはないけどなんか凄いいやらしい感じで」
ゾロンにはバーニンガールも苦労させられてたらしい、そう言われてみると視界の片隅で抱きつかれたり、足に頬ずりされたりしたバーニンガールがゾロンを叩きはがしている光景が浮かぶ。この力、もっと積極的に活用できれば役に立つかもしれない。
「あれは何者?」
答えを知ってる俺から積極的に訊ねてみる。そうすることでこちらから情報をもらすのを抑えて、フィーたちがどれだけ情報を持っているかを探りをいれた。それに対してフィーは素直に答える。
「初めて遭遇した。魔人と異なる邪悪な力を持つ存在だ」
この世界が『Hidden Secrets』のそれを踏襲しているなら、怪人と魔獣と異端の出現比率は同程度だから、優先的に魔獣を選択して対処していたとしても10回もそれが続くとは思えない。もしかするとバーニンガールとフィーは最近までバーニンガールの世界の住人としてそこの敵と戦っていたのが、最近複数の正義と悪が入り乱れるこの世界の住人になったのかもしれない。フィーの力を与えたバーニンガール以外の魔法少女の存在が意外だったのも頷ける。
「初めてなんだ」
つい感慨が言葉になって漏れる。雪姫との時と比べて簡単に言葉が漏れるからおかしくないようにモノローグも心持ち丁寧さを心がけた方がいいかもしれない。
「そうだ。思った以上に大変な状況になってるのかもしれないな」
フィーが素直に頷いて来る。これはこいつらから情報を得るのは無理そうだ。つくづくゲームとして考えると無理ゲーだなあ。現実としてみれば誰も攻略法なんて知らずに経験則だけで勝負が当たり前だが、これをゲームとして販売したり運営したりしたら情報不足で攻略できない無理ゲーだとクレームがつくだろう。
「あれ面倒だよね。雑魚っぽいのも地味に手間取る強さしてるし」
バーニンガールが思い返しながら愚痴を零す。一撃で倒せるなら良いが、バーニンガールのファイヤーフィストやユキのアイスフルーレでは一撃とは行かず3,4発入れなきゃいけないので地味に面倒くさい。1対1の状況なら時間の問題だが、複数を同時に相手するから攻撃を掻い潜っての接近を許すことも多い。逃げられなくなるから止めを刺すのは簡単だが、あのいやらしい手付きで素足や胸を触られるのは酷い苦痛を感じる。ゲームの時冗談めかしてヒロインピンチ演出をしていた野郎どもは全感覚再現のVRでおぞましさを体験してみろと言いたい。
「でも、助けが来たよね」
ブレイズカイザーとかすみ、風吹貴の姿を思い浮かべて呟いた。
「そうだね、燃える男って感じの仮面のヒーローが出てきたよね」
バーニンガールが勢いよくノリノリの反応を示す。燃える娘だけに燃えるヒーローは壺に入るのかもしれない。かすみから略奪愛で結婚、焔邑を義姉さんと呼ぶなんて超展開は勘弁してくれよ。日火輝のほうに雪姫の同級生に手を出すような趣味は無いはずだが。
そう、ブレイズカイザーの正体は『Hidden Secrets』のメインキャラクターだった天王院日火輝だ。現在のユキとしての記憶では、認識撹乱作用で克明に浮かぶブレイズカイザーの姿と日火輝の姿が同一の存在とは一致しない。だが、俺の武人としての『Hidden Secrets』知識ではブレイズカイザーは日火輝が変身した姿だと『知って』いる。ブレイズカイザーが日火輝であれば『恋人』のかすみと『妹』の風吹貴が活動をサポートしてるというのも自然に思える。
「あの人と協力できるかな?」
可能性について訊ねてみた。
「人助けをしているのは間違いないようだが、顔を隠してるのは何故だろう。積極的に協力関係を結ぶのは良いことばかりでもないだろう」
フィーが冷静に分析する。仮面のヒーローは顔の70%以上を隠さなきゃだめっていうルールがあるから顔を隠したヒーローになってるんだけど、そういう身も蓋も無い解説はできない。互いの正体を明かして協力というのは、危険性を孕んでる。
日火輝、風吹貴が雪姫が魔法少女スノープリンセス・ユキとして活動していると知った場合、かなりの高確率で雪姫を危険から遠ざけようとするだろうということ。危険が回避できるのは一生雪姫として生きるつもりなら良くても、雪姫から脱して武人の人生を取り戻すには邪魔になる。
秘密を漏らさない範囲で協調できる部分だけ協調するのが妥当だろう、そう提案する。
「正体については様子を伺いつつ、現場で出会ったら協力するのはどうかな?」
「そんな所だろうな」
「悪くないんじゃない? 謎の助っ人とか格好いいし」
フィーが冷静に答え、バーニンガールがのんきな答えをする。バーニンガールその男には既に決まった恋人が居るんだし目は無いぞ。
「しばらくは、未知の敵との遭遇にも警戒しながら情報収集をしていこう」
フィーがそう言って方針を提示したので、異存が無いと同意をする。
「それで良い」
「フィーに任せる」
バーニンガールもやや思考停止気味な同意を返した。
「ところで、もう1つ大事なことを決めて置こうと思う」
フィーがそう切り出した。大事なことっていったいなんだと固唾をのんで見守る。
「バーニンガールのコードネームの事だ」
バーニンガールのコードネームが何の問題なんだろう?
「ユキのコードネームは『スノープリンセス・ユキ』で、呼びかけとしては『ユキ』だけで完結に済ませることができるが、バーニンガールの方は『バーニンガール』で3,4倍の長さになる」
フィーが真面目に問題点を語る。
「つまり、バーニンガールの呼びやすい略称が欲しいってこと?」
フィーの話の論点を明確に切りだしてみる。
「そう、ユキの言うとおりだ。バーニンガールではとっさの時に呼びかけるのが長すぎる」
フィーが力説してるが、まあ分からないでもない話だが、むきになるのもどうかという話題に感じる。テレビの戦隊や他の集団ヒーロー者でも名乗りはともかく内輪での呼びかけは、レッドやらブラックやら色だけとか固有の識別名称部分だけ呼び合ってるしな。
「なるほど、それは必要かもね」
バーニンガールも素直に同調してくる。
「でも、あたしは『バーニンガール』って言うのは気に行ってるし、『スノープリンセス・ユキ』みたいな特徴を表す部分と個人部分があるのは格好いいと思うから、『バーニンガール・○○』って感じが良いな」
バーニンガールがそう言って答えを求めて来る。そういう対応には慣れてるのかフィーがすんなり答え始める。
「そういうことなら、バーニンガール・ホムラというのはどうだ?」
「ホムラじゃ、とっさに発音し難くない? 本名が入るのはちょっとなんだし。あ、ユキは悪くないと思うよ、なんとかユキとかユキなんとか言う名前も多いし」
案にダメ出ししたバーニンガールの慰めが痛い、ちょっとキャラメイクした時の俺の安直さに腹が立つし、実際呼ばれると恥ずかしいが、あわただしい戦闘中に呼称がシンプルなのは正義だろう。
「じゃあ、焔邑の一字をとってエンはどう?」
焔邑にはやはり炎のイメージが良く似合う、そう考えて焔をとって音読したエンを提案した。
「バーニンガール・エンか、悪くないね」
「バーニンガール・エン、エンか呼ぶのに良さそうだな」
バーニンガールとフィーがそれぞれに呼び名を確認して好感触を示す。
「よし、バーニンガールはこれからバーニンガール・エンを正式な名乗りとして定め、通称としてエンを使う、それで良いな、エン」
フィーが宣誓を行いバーニンガールもといエンに呼びかけた。しかし、エンはバーニンガールは気付かずボーっとしてた。呆れたフィーの視線を感じて、ユキはエンの肘を軽く突いて気付かせる。
「あ、そうそう。あたしがエンだったね。気を付けるよ」
エンがそう答えて、フィーが締める。
「バーニンガール・エンの命名式も終わったし、結界ももうすぐ解ける。エンもユキも変身を解除しておけ」
そう言われて、ユキもエンも変身を解いた。
「おつかれ、雪姫」
変身を解いた焔邑がハイタッチの形で軽く右手を上げてこちらに歩いて来る。手を打ち合わせようと、右手を上げた瞬間、足元が崩れた。手の高さが足りず焔邑の手の下を空振りして通り過ぎる。
崩れたのは足元の地面じゃない、雪姫の膝から下の感覚が麻痺し足の感触も失ったせいだ。視野が霞み焔邑の姿が闇に包まれていく。焔邑の腕が抱えてくれている温もりだけを感じる。
「……っかり、雪姫。しっかりし……」
焔邑の声も遠くて聞こえてこない。
「……しょうがないわねえ、雪姫ったら」
「あたしが悪いんですよ、雪姫を振り回して」
風吹貴と焔邑が話をしてるのが聞こえる。焔邑に抱かれている腕の感触を背中と膝裏に感じる。
「目が覚めたようだけど、歩ける、雪姫?」
風吹貴が訊ねるので頷いて同意を示すと焔邑に下ろされた。
「また低血糖発作起こしたんでしょ、ちゃんと気をつけないとダメでしょ」
焔邑が帰るのを見送った後、お風呂で風吹貴に小言をくらった。
焔邑ことバーニンガールの改名がありました。
単独仕様とチーム仕様の命名則の変化に伴うものです。




