19話 巨大カマキリと仮面のヒーロー
「なに?! なんなのアレ?」
目の前で光り包まれ、より虫らしい第2形態に変化を遂げたカマキリ怪人と、唐突に出現した戦闘員ゾロンの群れに、困惑の色を隠せないバーニンガール。
「敵だ、それも力が増しているから気をつけろ。数の多い方は余り強くないが油断はするな」
フィーの口から警告が飛ぶ。だが、それより先にクネクネと奇妙なダンスのような動きをしながらゾロンが取り囲むように迫ってくる。
「なんとかしないと、被害者が出るよ」
判断に困ってるバーニンガールを急かすことで単純な行動に誘う。直情タイプのバーニンガールはその言葉を聞いて、カマキリ怪人改め大カマキリに走りだし、立ちふさがるゾロンを炎の拳で殴り倒して行く。
バーニンガールだけに負担を強いる訳にはいかない、ユキもバーニンガールの後ろに付いて走る。一度強打でダウンしたゾロンがしぶとく立ちあがって来ている。こいつらは、攻撃力は素手の人間に毛が生えた程度で、変身した仮面のヒーローや魔法少女に比べればお粗末な動きしかできず、非戦闘職が遊ぶのにちょうどいい相手と言われてる、攻撃力や戦闘スキルの割にしぶといのが面倒な部分だ。
「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」
バーニンガールに倒されて頬や胸元に焦げ跡を残したゾロンが3方から迫って来る。右から迫るゾロンに右手を、左から迫るゾロンに左手を上手く誘導して掴ませる、そこを支点にして手を返すことでゾロンをコロンと転がす、合気道の投げ技が圧倒的身体能力で綺麗に決まる。
その間に後ろに回りこんで来たゾロンが背後から羽交い締めにしてこなかった。羽交い締めにされた場合にはその時ようの技が使えるんだが、この体勢では技が使えない。背後から細いユキの胴を巻きこんでゾロンの右手が左の、左手が右の胸をしっかりと掴んでいた。
初めに感じたのは未知の感触で、それが何か理解できなかった。直後に鈍い痛みとともにそれより遥かに大きく耐えがたい不快感を感じた。最高のコース料理のデザートを手を付ける前にかっさらわれたような、苦労して描き上げた絵の最後の仕上げ前に墨をぶっかけられたような、大切なものを堪能する目前に台無しにされるような不愉快さに頭が沸騰していた。
技でも何でもない力づくでゾロンの両手を掴んで固定すると戒めを解き、その場にしゃがみこんでお尻をゾロンの膝に当てながら腕を前に引いて力づくで投げる。雪姫の時は缶コーヒーを開けることもできない非力な腕も、ブリザードプリンセスとなった今では3倍近い体重を持つゾロンを投げることができる。
投げられて折り重なってる3体のゾロンに向けてフリージングブリザードをお見舞いする。後で後悔する無駄使いだったが冷静さをすっかりと失っていた。バーニンガールに炎の拳で殴られ、投げられて、凍結嵐を食らってようやく3体のゾロンが消滅した。
俺はすっかり忘れていたというか、ゾロンのこの性質を気にしたことが無かった。『Hidden Secrets』でメインに動かしてるのは男の日火輝で風吹貴や雪姫は一芸型の偏った育成していたので直面して来なかった。
ゾロンはエロハプニング発生機といわれ、女性キャラクターにボディタッチしたりスカートを捲ったりというハプニングを作る。VRの体感ゲームでなく単なる3D対応MMORPGでしかない『Hidden Secrets』では、ハラスメント警告が出たりパンチラシーンを拝めるだけで、大多数の男性プレイヤーは楽しんでいた。男性ユーザーの中には女性キャラクターで率先してハラスメントを受けるお約束ヒロイン行動が横行してた。そういう女性を性的な目で見ることに対し反発する女性ユーザーも居て、そういうプレイヤーからはゴキブリ並みに目の敵にされていて出る端から女性プレイヤーが駆逐するのを掻い潜り被害者になろうとする男性プレイヤーとのイタチごっこが風物だった。
それを傍観する筈の俺がなんで被害者になっている? しかも、3Dグラフィックじゃなく生身の身体を持ち触感も完全にある状態でセクハラを受けるなんて最悪だ。
「Ice fleuret!」
怒りの感情を込めて氷の細剣を生み出す。剣によるダメージはフリージングタッチの素手攻撃よりも高いし、間合いも長い。
「二度と触らせないから」
離れた間合いでゾロンが踏み込む前に、肩に腿にアイスフルーレの剣を付き立て勢いを止める、1刺しごとにダメージと同時に凍結の効果を打ちこんで浸透させていく。凍気が動きを鈍らせ完全凍結と共にゾロンは氷像となって砕けて消えた。
「燃やしつくしてやるからね!」
バーニンガールが炎の拳で大カマキリに殴りかかってる。飛び込んで炎の拳を入れて素早く飛び離れて鎌の射程外に、鎌を空振りさせて飛び込む。多少は効いてるようだが、カマキリのパワーアップに追いついていないように見える。
「フィー、バーニングダイブは使えないの?」
魔法少女の魔法を始め神秘力の技は、神秘力のコントロールを司る操魔力に応じた数の技をスタンバイでき、神秘力の爆発力を司る発魔力に応じて威力が増減し、神秘力の持続力を司る包魔力が多い程同じ技を多く使える。この3つと神秘力の作用に抵抗する抗魔力を合わせ4つの力が『Hidden Secrets』の神秘力を構成している。
バーニングダイブは強力な技で必要包魔力が大きい技になる、余り魔力が高いタイプでないバーニンガールでは3回使えるか、2回こっきりの可能性もある。それに対するフィーの答えは首を振り否定の言葉。
「ダメだ、バーニングダイブはまだ2回しか使えない」
バーニンガールの必殺技は打ち止め、ユキのフリージングブリザードも後1回しか使えない、さっきの感情に任せてゾロンに打った1発は使うんじゃなかったと悔やまれる。
だが戦いの最中、失敗を悔やみ反省会を開く時間なんて与えてくれはしない、バーニンガールに跳ね飛ばされたゾロンが迫って来るのをアイスフルーレで迎撃する。右、左、正面と突き追い返すが、フィーの叫びに手が止まる。
「危ない、ユキ!」
背後に回り込んでいたゾロンの一体が、足元から抱え込むようにユキの右足に飛びついて来た。両足を足首に絡みつかせ、腕で太腿を抱え込み装束のスカートの下に頭を突っ込んで足の付け根に頬ずりしてくる。しっかりと全身を使って片足をホールドしてるので足で引き剥がすことができず、掴まれてない左足で蹴ろうにも左足を踏ん張らないと倒されるしかない。
固い男の腕に抱かれた腿が、頬ずりされる足の付け根が気持ち悪い。フリージングブリザードを使ってでもふっ飛ばしたいところだが自分の身をまきこむのに抵抗があるし最後の1発だからなんとか自制する。その代わりアイスフルーレを地面に突き立てるとフリージングタッチをかけた両手で腰に擦りつけられた頭を挿みこんで引き剥がす。
腕力では元の雪姫の時はともかくスノープリンセス状態ならゾロンの数倍になるし、フリージングタッチが掛った掌は掴んでるだけでも対象を凍らせていく。セクハラ戦闘員のゾロンは、凍りつき砕けて消えるまでユキの細い脚から手を離そうとしなかった。
その1体に手間取る内に、4体のゾロンに囲まれていた。4体のゾロンが一斉に飛びかかって来た、狙いは四肢それぞれに定められている。完全に両手両足を掴まれてしまえば抵抗ができなくなる。
「はっ!」
タイミングを見て垂直跳びで飛び上がる標的を見失った4体のゾロンはお互いにぶつかり絡まりあう。その上に倒立状態で降下してきたユキは2体の頭に左右の手を置いて掴み凍結を利用して固定する。手に固着した頭を2つぶつけ合わせ消滅するのに合わせて空中で半回転して降り立ち、残る2体を投げて倒す。
「危ない、バーニンガール!」
フェイントの左鎌を避けたバーニンガールに右鎌が当たろうとしていた。右手にアイスプロテクションを出して肩越しに鎌を受け止めつつ、左手を伸ばしてバーニンガールを逃がす。
バキィィッ!
派手な音を立てながらアイスプロテクションが一撃の元に粉砕され、自動防御フィールドを突き破り手袋越しにうっすらと血がにじむレベルながら攻撃が抜けて来た。アイスプロテクション込みでも防御しきれないと力関係が明らかになる。正面からの力比べをすれば、フリージングブリザード1発を除けば負けが確定している。
「力比べがダメなら」
立ちあがったユキは大カマキリに向かって合気道の武器に対する構えを取る。雪姫の持つ合気道スキルの水準はいまいち読めない、『Hidden Secrets』のスキルレベルでは中学生が趣味でやる次元じゃなく師範が務まる程度だったはずだが、実際に俺の意思でユキの身体で技を行使した経験が少なすぎる。賭けであるが勝算がない訳ではない。
大カマキリが60cmほどある右の大鎌を振り下ろす、身体を外側に流しつつ右手で鎌を内側に押して回転モーメントを生み出す、後は勢いよく右足を払うことができれば転倒する。昨日ガスボンベ怪人を投げた時の技だ。
上半身が左前方にひねられ、右足を払われた大カマキリだった。だが、大カマキリは転倒することなく、3本の足でしっかりと大地を踏みしめていた。
「しまった!」
大カマキリは本物のカマキリがそうであるように、6本の足の内前2本を鎌として武器に、中足と後ろ足の4本で身体を安定させていた。三次元上の物体は3点を固定することで安定できる、つまり大カマキリの3本の足が地を踏みしめてる限り倒れてはくれない。逆に体勢を崩したユキは行動の制限を受けるはめになった。
「キシャーッ!」
恰好の隙をついて大カマキリの左の鎌が、ユキの右肩口から左の脇腹に向けて一直線に切り裂く。恐れた派手な出血は無かったが。
「はっ!」
魔法少女の装束が縦に切り裂かれていた。身じろぎするだけでも肌蹴そうになる装束の、右手で左側を、左手で右側を掴んで肌蹴るのを止める。身体を掻き抱くような体勢では手がほとんど使えない、合気道の技はほとんど封じられた。バーニンガールも片腕をゾロンにがっちりに掴まれて助けは期待できない。これはやばい、ここで終わりか? そう覚悟を決めたその時、声が聞こえた。
「貴様の悪行もここまでだ! 天の怒りが大地の嘆きが乙女の涙が俺を招く。悪を焼き尽くす紅蓮の炎ブレイズカイザー顕現!」
どこかで聞いたような声が少しくぐもった形で耳に響く。ブレイズカイザーという名には非常に聞き覚えがあった。電柱の上に颯爽と腕を組んで立つライダースーツをベースに肩、胸、前腕、腹、腰、脛と炎をモチーフにした装甲で身体を鎧った仮面のヒーロー。その正体が誰かと結びつけることを神秘の法則が邪魔しているが、雪姫としてじゃなく武人として知っている目の前のヒーロー・ブレイズカイザーの知識は認識撹乱に影響されない。武人は、ブレイズカイザーのことを良く知っていた、スノープリンセス・ユキを知っているよりもずっと深く。
「勇ましいのも良いが、ここは男の戦場だ。下がってるんだ、お嬢ちゃん」
そう言って首から靡かせていたファイヤーパターンが踊る赤いマフラーを右手に取り差しだして来た。なんでマフラーを渡そうとしている?
「これで縛れば逃げやすくなるだろう、目のやり場に困るから早く隠せ」
顔は見えないが照れてるのが声音から分かる。こちらは相手の正体や素性は良く知ってるが、向こうはこちらを全く知らないのは妙な可笑しさを感じさせる。とにかく、好意は有りがたく受け取ろう左腕で布を抑えるようにしつつ右手でマフラーを受け取る。俺が生まれる前くらいのヒーローの定番だったらしい、ヒーローマニアなおじさんプレイヤーに教えられたことがある。受け取ったマフラーは幅10cmくらいで長さが2mほど有った。
装束の前をなるべく合わせてマフラーの布を回す、2周回してもかなり布が余りなんと3周したところで蝶結びできる程度に余っていた、ユキの身体はどれだけ細いんだ? ともかく全力で動くのは危ないが、軽い運動ぐらいはできるように成った。再度作ったアイスフルーレ二刀流で、迫るゾロンを倒しながら、視線を巡らせる。
「さあ、今のうちにこちらへ逃げてください」
良く通る澄んだ声が聞こえる。音源に視線を向ければ、黒髪のロングヘアの担任教師である草壁かすみの姿が。
「さっさと逃げて、怪物はヒーローが倒してくれるよ」
気風の良いはきはきとした声は、俺が雪姫になってから一番多く聞いたかも知れない雪姫の姉である風吹貴の姿が見える。かすみと風吹貴2人の女性は、仮面のヒーロー・ブレイズカイザーをサポートしているらしい。担任のかすみも雪姫を溺愛してる風吹貴もスノープリンセス・ユキが天王院雪姫であることに気付けない。メイクと髪型、装飾品程度の違いしかない魔法少女姿と変身前の姿でも、認識撹乱作用によって同一人物だと結びつけて考えることができなくなる。
ブレイズカイザーは1人で大カマキリを相手取っていた。鎌を躱しながら懐に飛び込んで、鎌の付け根になってる腕を掴んで封じこみつつインパクトの瞬間に炎を上げる得意技インパクトブレイズの連打で体力を奪う。さらに、顎を蹴り上げてそのままバク転で倒立すると、炎を吹き上げながら連続回転蹴りを打ち込むバーニングキックツイスターを使って、蹴り上げて大カマキリを浮かせた。
ブレイズカイザーの圧倒的な戦いぶりに気を取られてる内に、ゾロンが2体それぞれかすみと風吹貴に迫っていた。2人とも非戦闘職なんで手に余すだろう。どちらから助けるか、一瞬躊躇している間に手近なゾロンを片付けたバーニンガールがかすみの方へ向かった。それならと、風吹貴に襲いかかるゾロンに向かう。
「待ちなさい」
ゾロンに声を掛けると振り返るのでカウンター気味にアイスフルーレを突き立てる。俺の嫁として生み出した風吹貴に手を出すなんて許せるものじゃない。ザシュザシュと突き立てるとゾロンが消失する。同時にバーニンガールもかすみの方に行ったゾロンを退治し終えていた。
「ありがとう、可愛い女の子なのに強いのね、きみ」
風吹貴から礼を言われて面映ゆいが、下手なことを言って正体漏洩はしたくない。
「どういたしまして」
言葉少なく答えると、そこが拙かったようだ。
「ちょっと妹に似てるね、キミ」
正解、中身はともかく身体はその通り風吹貴の妹の雪姫のものだ。追求されては困るので、バーニンガールの方に駆け寄る。風吹貴もかすみと合流を図ったようで距離を取れた。ゾロンは全て倒し切り、残るは大カマキリだけになった。
「それじゃあ、決めるぜ必殺技」
ブレイズカイザーが両足を踏ん張り身体から炎のオーラを拭き上げる。パワー溜めて一気に解放するブレイジングカイザードリルの型だ。
「すまない、そこに女の子達、5秒こいつを止めてくれないか?」
ブレイズカイザーに声を掛けられたのは間違いなく、ユキとバーニンガールだ、視線を交わして同時に頷く。
「任せて」
「任せなさい」
敵の出足をくじくバーニンガールの炎の拳、鎌の攻撃をアイスプロテクションで受け止めガード、バーニンガールがカウンター気味のアッパーを打ち込み上体がのけ反った隙をついて大カマキリの足を包む近距離で最後のフリージングブリザードを放つ。4本の足が地面に縫いとめられるのを確認し2人は左右に跳び退き、ブレイズカイザーに花道を明け渡す。
「持たせたよ5秒!」
「とどめをお願いします」
炎に包まれたブレイズカイザーが炎の帯を曳きながら空高くへ跳び上がる。空中で時計回りに回転して吹き上げる炎を渦状にまとい炎のドリルというべき姿を作り天空から1発の巨大な砲弾と化して大カマキリを貫き爆散させた。
敵を倒したことをフィーに確認を取ると全て反応が消えたらしく大丈夫だという頷きが返ってくる、しゃべる鳥(?)だとばれたくないんだろう。
こちらの意図は気付かれずに済んだらしく、全く気にした様子も無くブレイズカイザーは右手を差し出しながら、語りかけて来た。
「ありがとう、君たち。君たちが居なければ犠牲者はもっと増えて居ただろう」
「当たり前のことをしただけですから」
躊躇なく出された手をオープンフィンガーグローブの手で握り返しながら、笑顔でバーニンガールは答えた。
「君には悪いことをしたみたいだが、怪我がなくて何より、冷静な戦いぶりには助けられたよ」
改めて出された手を握らない訳にもいかず、おずおずと手を出すと向こうからしっかりと握られた。
「どういたしまして、私たちだけじゃあの怪物は倒せまでんでしたから、こちらこそ助かりました」
「早く帰って変身を解いた方が良い、目の毒だから」
そう言ってブレイズカイザーが握手を解いた右手で胸元を指差して来た。それにつられて視線を落とすと、胸元こそファイヤーパターンのマフラーで3重に巻かれていたが、合わせ目から腹チラ状態になっていた。途端に羞恥心が掻き立てられ、その場にしゃがみこんでしまった。
いずれ雪姫に返す身体だから、男だから自分の身体じゃないからとこの身体を安売りする訳にはいかない。
「じゃあ、失礼します。またの機会があればその時はよろしくお願いします」
そういって、バーニンガールとフィーをつれてフライングブルームでその場を飛び去ったのだった。
パワーアップしてより大変になる敵により初ピンチ。
謎のヒーローがピンチに駆けつけるもののちゃんと読んでる人なら正体バレバレですが。
誤字修正しました。




