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ゲームが現実(リアル)で、リアル(現実)がゲーム!?  作者: 日出 猛
第1章 ~起~ 俺が雪姫?!
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2話 どうして日火輝がここに居る?

 俺が振り返るとそこには、頭2つ分は背の高い赤茶のウルフカットの男が革製のライダースーツに身を包んで立っていた。その姿は俺がよく知るものだった。それこそ今のこの身体である天王院(てんのういん)雪姫(ゆき)の姿以上に。

 何故、お前がそこに居るんだ?!

「……天王院日火輝(ひびき)?」

 そこに居たのは、天王院日火輝。今、俺が入ってる雪姫の兄であり、何よりも俺が3DMMORPG『Hidden Secrets』で初めに作り一番多くのプレイ時間とコストを費やして来たメインキャラクターだ。雪姫を稼働させてる現在のプレイ時間でも5,6倍累計ではそれこそ20倍以上違う、俺の理想を理想を体現した我が分身だ。

「どうした、雪姫? 名前で呼んだりして。そんなにビックリしたか?」

 日火輝が妹を労わるように優しい声音で語りかけてくる。おかしい、ありえない、少なくとも仮説1では絶対にあり得ない。日火輝のプレイヤーである俺がここでこうして雪姫になっている以上、日火輝が稼働している筈はない。これで仮説1の可能性はほぼ無くなった。メインメニューやゲーム内の各種機能が使えない以上、その可能性は高い物ではなかったが、この状況で一番望ましい仮説が否定されたことは少なからずショックだった。


「……ありがと」

 開けられなかった缶を開けて貰ったことを思い出し礼を言ってから、気持ちを落ちつけようと缶コーヒーに口を付ける。

「にがっ」

 なんとか噴き出すのはこらえたものの、ひどく苦すぎてとても飲めたものじゃない。罰ゲームと考えて無理したら我慢して飲めないことはないかも知れないが、かなり(つら)い。缶コーヒーなんて微糖でも相当に甘い飲み物なのにそれも受け付けないとは、雪姫の舌はかなり苦みに弱いようだ。コーヒーを楽しむことは雪姫である間は無理そうだ。クレープを食べた時の感覚からすると味覚の感性は雪姫の身体にかなり引きずられているようだ。

「だから、ブラックで大丈夫かって聞いただろ? ほらこれは俺が片付けるから、こっちを飲みな」

 日火輝がそう言って左手で缶コーヒーを取り上げると、新しくココアを買って器用に右手だけで開けて渡してくる。

「……ありがと」

 手の中にあったハンカチで包み込むようにして温かいココアの缶を受け取ると、一口飲む。

「熱っ」

 熱々のココアに舌を火傷して、涙目になる。苦味に弱いだけでなく、かなり猫舌なようだ。そういえば『Hidden Secrets』の中で雪姫が猫舌だと設定し、そのようなロールプレイ(演技)をしていた記憶がある。この雪姫の身体や環境に『Hidden Secrets』の設定が反映されているのかも知れない。コーヒーだけじゃなくて熱い物も駄目なんて、調子に乗ってこんな設定にするんじゃなかったと今更になって後悔している。


「慌てて飲むからだよ。しばらく両手で包んで手を温めておきな」

 飲みほしたコーヒーの缶を3m以上離れたゴミ箱に見事に投げ入れた日火輝がそう言いながら、両手で俺の手を優しく包みココアの缶を握らせる。缶も温かいが、それ以上に俺の小さい手を包み込む日火輝の大きな手がとても暖かい。冷えた雪姫の手と比べて日火輝の体温が高いだけなのか、雪姫の身体が兄である日火輝に家族の温もりを感じてるのか?

 少し冷めて熱いから温かいに変わった所で、おそるおそるココアに口をつける。軽く火傷した舌先には少しピリッとしたがもう飲めそうだった。温かさと甘味と共にカカオのほのかな苦みが口の中に広がる。この雪姫の身体は刺激にはかなり敏感らしい。武人だった時はココアなんて甘過ぎて飲まなかったが、雪姫の身体だと合うのかも知れない。


 『Hidden Secrets』だった時、どちらも俺がプレイヤーだった日火輝と雪姫は実際に会ったことなんかない。兄妹ということでホームは共有してたし、日火輝じゃ使わないアイテムを雪姫に譲渡したりはしてたが、それだけの接点しかなかった。日火輝の反応からすると、ずっと兄妹として暮していた雰囲気でプレイヤーである俺以上に雪姫のことを知っているように見える。これが俺の夢であるという仮説2の可能性もかなり低くなって来た。仮説3の未来のVRMMOというのも、可能性が低い。そうあって欲しいという俺が俺(武人)として健在である可能性は仮説4に絞り込まれて来た。一方で仮説6,7の俺が雪姫の別人格や妄想という可能性も薄れてきた。身近な人間である日火輝()に会っても何の反応もないし、この身体の感覚を俺が知らなすぎる。

 もちろん仮説1,2,3や6,7の可能性が0になった訳じゃないが、5つ合わせても仮説4、5の『Hidden Secrets』に似た世界で雪姫の中に囚われてると死んで雪姫に転生し今日覚醒したのどちらにも及ばないだろう。

 そう考えているうちにココアの缶は空になった。


「飲み終わったか? 乗せてやるからさっさと帰るぞ」

 タイミング良く日火輝が声を掛けてくる。そっとココアの缶を雪姫()の手から引き抜くと、さっきのコーヒー缶と同じようにゴミ箱に投げ入れる。俺の足元に在ったカバンを拾い上げてそっと背中を押してくる。その大きな手は雪姫()の小さな背中いっぱいに広がるようで理屈以上の暖かさを感じさせる。頬に風があたり気付いた。日火輝は俺がココアを飲みながら考え事をしてる間ずっと今の雪姫()の身体より倍は大きい身体で風上に立ってさりげなく風除けになってくれていたんだ。


 日火輝にエスコートされた先には、一台の大型バイクがあった。男としては不本意ながら、背中をそっと押されながら誘導されるなんてエスコートとしか言いようがない。バイクには興味が無いんで車種とかは分からないが大型なのは分かる。高さが今の雪姫()の胸くらいまである。これに乗るのだろうが上手く乗れるか不安だ。よじ登る高さがかなり高いし、雪姫の身体に慣れてない上、この身体は筋力が恐ろしくない。それに今雪姫()はスカートを履いてるわけだが、スカートで歩く座る立つ以外の動作なんてしたことが無い。


「よっと」

 日火輝の大きな両手が優しく脇腹を包み軽々と雪姫()を持ちあげてタンデムシートに横座りさせる。幼児のように持ち上げられたことで男としてプライドを傷つけられた気分と恥ずかしさを感じる。だが、この身体が『Hidden Secrets』内で設定した雪姫と同スペックをしてるなら無理も無いだろう。ステータスを呼び出せないんでうろ覚えだが、雪姫の身長は141cmだか142cmだかで小学5年生並みで、細く肉付きの悪い身体は30kg切っていて小学3年生の体重位しかない。


「さあ、行くぞ。しっかり掴まってろよ」

 いつの間にか雪姫のカバンを荷台に固定した日火輝がバイクにまたがり振り返りながら声を掛けてくる。きょとんとしてると、左手で雪姫()の手を取ると日火輝の腰に巻き付けさせる。タンデムシートに横座りして男の背中にもたれて腰にしがみつくまるっきり女扱いされる状況に抵抗を感じ離そうとするが、その前にバイクが走り出した。慣性で後ろに倒れそうになり、反射的に日火輝に強くしがみつく。

 日火輝の背中は雪姫の目線で見るとすごく広く、しなやかで強靭な弾力ある筋肉で厚く覆われている。ゲーム通りなら日火輝は本来の俺・日野武人より10cm高い185cmの長身で、無駄なく必要な筋肉がついたアスリート体型をしている。たしか、体重は83kgだった筈。スポーツとバイクや車の操縦に特化したパラメータ構成の日火輝は、筋力で日本記録級、瞬発力なら世界記録級の力を持ち持久力も専門アスリートに匹敵するレベルにある筈だ。その分、頭の方はよくはないが、脳筋というよりはスポーツ馬鹿というのが似合うキャラだ。


 この現象が異世界を救う戦士を『Hidden Secrets』から集めたとかいうなら、俺は雪姫じゃなくて日火輝になってるべきだろう。単純な筋力が何倍もあるだけじゃなく、『力』を含めた総合力でも日火輝は雪姫の何倍もある。思い入れでも実力でも圧倒的に強く、元の自分に近い体格や年齢で何より同じ男の身体である日火輝が自分の前に居て、自分は本来とかけ離れたネタで作ったひ弱な雪姫の姿であることに堪え切れない理不尽さを感じる。異世界落ちで、自分の身体でないどころか、メインキャラでない異性で子供でひ弱な持ちキャラになるなんて聞いたこともない。悪意としか思えない、これが神の仕組んだことなら神を、運命のいたずらだというなら運命を呪わずに居られない。


 自分のことを把握するのと、日火輝(こいつ)に会ったことで頭がいっぱいになっていたが、他のプレイヤーは居ないんだろうか? 俺が気付いた広場ではプレイヤーキャラクターらしい人影は見なかった。時間的にピーク前だったから不思議ではないが、フレンドとコンタクトをとってみよう。

 とそこまで考えて思いだした。雪姫はサブキャラで活動頻度も低いからフレンド設定した相手が居なかったんだ。ゲームだった時は必要なら日火輝に切り替えてそこでコンタクトすれば良かったし、一部の親しいプレイヤーとはツイッターや直メールで交流してたから面倒で雪姫のフレンドは登録していなかった。コンタクトするには直に接触するしかないか、会ったとして話が通じるかどうか……。


 考えているうちにバイクが大きな一軒家の前に止まる。

「着いたぞ」

 日火輝にしがみついていた腕を離してシートを降りようとしてると、いつの間にか降りていた日火輝に抱きあげられて下ろされる。目の前には、白い塀に囲まれた洋風の一軒家、雪姫の身体になって物のサイズ感覚が狂ってるがサラリーマンが手に入れる慎ましい我が家というサイズの2倍位はある、豪邸ではないものの裕福な家だと感じさせる。その表札には『天王院』という雪姫()と日火輝の姓が刻みこまれていた。天王院家の家族構成どうしてたっけ? と考えながらおそるおそる玄関のドアに手を掛ける。大きなハンドルを引くとラッチが外れる仕掛けのドアだが、雪姫()の手にはハンドルが太く扉が重い。握り込むかわりに指をハンドルにひっかけ体重を掛けるようにして開ける。なんで日常の些細な動作がいちいち不便なんだ、俺は(腕力的に)最弱最軽量と笑いながら雪姫を作成した半年前の俺を殴ってやりたいと思った。だが、この小さくて華奢な手で殴ったらこっちの方が痛そうだ、割に合わない。


「ほら早く入れ、それとカバン忘れてるぞ」

 ドアを前に考えていると日火輝の声がして、日火輝の手が雪姫()の頭上でドアを抑えていた。こうして並んで立つと140cm少々の雪姫()は日火輝より頭2つ分程低く視線は鳩尾(みぞおち)あたりになる。日火輝が水平に腕を伸ばしただけで、日火輝の腕は雪姫()の頭上を軽々と越えて行く。頭上から弱者を労わる目線を向けられるのが男として悔しいが、今変に主張して雪姫がおかしくなったと行動に制約を加えられると困る。今はともかく、情報を集めて事態を把握することだ。


 玄関のドアをくぐると3階までの吹き抜けの玄関ホールが待っていた。左手には作りつけの大きな靴入れが作られていて、フローリングの玄関口から右手に上に登る階段が左手には廊下が続いてる。廊下の突き当たりと階段の下に扉が見える間取り的に階段の下のスペースは狭い、トイレか物置きか?

「先に行ってるぞ」

 日火輝がそう言い残して階段を上がっていく。2階が自室かリビングなのか? そう思いながら、靴を脱いで玄関に上がる。脱いだローファーを日火輝の脱いだブーツと並べると3分の2位しかない。靴を脱いだハイソックスの足は長さも幅も厚みも小さい。


 そんなことを考えてると、ゾクッとした感覚が下半身から背筋に沿って走る。意識するとはっきりと分かった、これは良くできたVRMMOなんかじゃないだろう、こんなものまで再現する意味が分からない。VRMMOでこんな物を再現するなんて変態的すぎる。そんなことを考えてもごまかしきれない、これは紛れもない尿意だ。この雪姫の身体でトイレに行くのか? 目で見たわけじゃないが、さっきから意識がそこに向いているから分かる、この身体は間違いなく女だ。股間に長年連れ添ってきた相棒はなく、肌触りのよい下着の布がピッタリと張り付いているのを感じる。この身体で、女の身体で、女としてトイレに……。男としての尊厳が崩される気がする。しかし、何時までもこうしてることはできない、女は男より我慢が効かないと聞くし、万が一にも漏らす訳には行かない。女として漏らすなんて女としてトイレに行くより何倍も恥ずかしい、今すぐ元に戻ることができない以上、避けられない問題だ。覚悟を決めて入るしかない……か。


 トイレではないかとあたりを付けていた階段下のドアを開いてみる、予想通りに洋式の便座がポツンと置かれたトイレだった。ドアの横を見ると丁度目線の高さにスイッチがある。そこまで手を伸ばしてスイッチを入れるとトイレの照明が付き換気扇らしきファンの音が聞こえる。トイレの中に入る、もしこれが、変態的なまでに無駄に拘ったVRMMOならトイレの中に入っただけで尿意フラグが解消されても良さそうなものだが、その気配はない。やはり、やるしかないのか、どうやれば良い?


 男の時の様に立ってすることができないのは分かる。パンツを下ろして座れば良いんだろうが、このスカートはどうすれば良いんだ? それにパンツを下ろすって、俺がこの女子中学生のパンツを下ろす?! 犯罪じみてるじゃないか。それに、下ろしたら見えてしまうんじゃないか? おしっこをした後で拭く、つまりは触るんだろ? 元の武人()が鏡で見た雪姫の下着を下ろしている構図が浮かんだのを必死で打ち消す。俺は女子中学生に欲情したりしない、興味があるのは大人の女だけだ。確かに雪姫の顔はきれいで可愛いからあと5,6年して大人になれば彼女にしたくなるかも知れないが、今は幼すぎる。逆に幼児であったなら性的な意識を持たずに子守りだと割り切れただろう。この雪姫の年ごろは子供と呼ぶには成長しすぎで、大人と呼ぶには未熟すぎる。その身体で下着を脱ぎ、小便をして、後処理の為に触る。それは恋人も居なかった俺には気恥ずかしすぎる。


 トイレの前に立って迷っていたが、トイレにウォシュレットが付いてるのが見えた。そのコントロールパネルには期待したボタンが付いている。これなら、気恥ずかしさを最小限に抑えてこの抵抗感が強いミッションをクリアできるだろう。

 俺は意を決して、スカートの下に手を入れるとパンツに手を掛けて下ろす。スカートの裾から、青と白の縞模様のシンプルなショーツが顔を見せる。ショーツを下ろした後は、スカートの後ろをたくしあげて引っ掛からないようにして便座に腰掛ける、暖房便座が冷たさを感じさせない。これで局部を見ることなく用を足せる体勢が整った。足は開かないと不味いか? 膝まで下ろした下着が伸び切らない程度まで足を開くと力を緩める。男の時とはかなり違う感覚だったが、尿意を解消することができた。

 ここからが仕上げだ。ウォシュレットのビデボタンを押すと便座からシャワーノズルが伸びる音が聞こえる。武人の時にも経験のあるお尻を洗浄する位置よりもさらに伸びて止まると温水を噴き出す。男の時には無かった部分に当たる温水の不思議な感触と共に、残っていた滴を洗い流す。十分洗い流した所で洗浄を終えて、温風ボタンを押す。少し時間は掛るだろうが、温風で乾燥させれば見たり触ったりを回避できるだろう。しばらく暖かい風に当てられて湿った感触が無くなった所で便座から立ち上がり下ろしたショーツを引き上げる。タンクに付いたレバーを小の方に回して痕跡を抹消し手を洗う、冬の水道水の冷たさが繊細な手に染みる。

 羞恥心の耐久テストのようなミッションを終えた俺は、突き当たりのドアが風呂場で、もう一方のドアがかなり広いガレージに続いてることを確認すると階段を上がった。


「お帰り、雪姫。寒かったでしょう」

 階段を上がりリビングに入った俺を、少しハスキーで色っぽさを感じさせるアルトの声が迎える。

 初トイレ回です。


タイトルの頭の表示を章から話に変更

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