16話 二人で通学と初めての体育
ピピッ ピピッ ピピッ
耳ざわりな電子音がする、ギュッと腕の中に柔らかい物を抱きしめる。
コンコン ガチャ
「雪姫、早く起きなさい。今日から焔邑ちゃん迎えに来てくれるんでしょ」
若い女性の声、耳に馴染みがあるような気がするが誰の声か思い当たらない。起きろと言われてるのは分かるが、頭に霞が掛ったようで眠くて仕方がない。身体を丸めて、腕の中の物にしがみつく。布団がめくり上げられて、肌寒い風にさらされる。
かすかに開いた目の狭い視界に金茶の髪のスリムながらメリハリのある美人の姿が見える。
「ほら、直ぐに起きる」
手の中の暖かいものが抜き取られて、大きな手に引き上げられる。女の顔が頭1つ上にある、大きい女だなぁ。でも、この顔は見たことある、前もこんなアングルだった。
「シャワー浴びて、頭をすっきりさせて来なさい、雪姫。髪の毛は濡らさないようにね」
ゆき? 誰のことだ? ああ、そう言えば俺は、雪姫だったっけ。目の前に居るのは風吹貴か。
「……おはよ」
なんとか挨拶をして階段を下り、トイレを済ませて浴室に入った。
暖かいシャワーを身体に当てると下がり切っていた体温が高まり、血流が回復してくる。浴室の鏡には青味がかった銀髪をタオルでまとめ上げた雪姫の細くて白い肢体が、シャワーで暖められ赤く染まっていた。
また、雪姫のまま朝を迎えたか頭が少し回って来て、状況を認識する。俺は雪姫になって3日目の朝を迎えていた。独り言をつぶやいた筈の言葉も雪姫の重い口に呑みこまれて言葉には成らなかった。
「ほら、雪姫早くしなさい」
ドアを開けて伸びて来た風吹貴の手が全裸の雪姫を浴室から引っ張り出し、バスタオルに包みこんだ。筋肉も体重もない雪姫の身体は、女の風吹貴の手に引っ張られても抵抗できず振り回されてしまう。手際良くバスタオルで水滴をふき取られるが、その優しいタッチがくすぐったくて思わず身じろぎする。
「ほら、じっとしてなさい」
タオル越しに胸や股間を拭かれてむず痒い感触を味わうが、じっとしてろと言われた直後だけに動くに動けない。
「はい、下着付けなさい」
風吹貴からピンクのブラとショーツが渡された。ゴソゴソと下着を身につけるとキャミソールを受け取り着こむ。昨日と同様に否、昨日よりもずっと念入りにUVケアローションを塗りこまれる。
「うなじの日焼け跡、熱は取れたけど赤くなっちゃったね。気を付けて長時間日に晒さないようにしなさいよ。雪姫が痛い思いするとお姉ちゃんとっても悲しいんだからね」
そういう風に言われると、雪姫の身体を預かってる者として申し訳なくなる。
「……気をつける……」
両手両足、首筋に顔とたっぷりローションを塗りこまれて、制服を渡される。ブラウスを着て、スカートを履き、リボンタイを結ばれて、ブレザーを羽織る。
「これで良し。さあ、朝ごはん食べなさい。髪結ってあげるから」
このみつ編みでも、若干ほつれてるのを直せば登校に害はないだろうに、なんであんなに手間のかかる髪型に風吹貴は拘るんだ? 雪姫の顔には似合ってるとは思うけど。手間掛りすぎなんじゃないか?
そんなことを思いながら、朝食のホットサンドに噛り付く。ツナと卵と炒めた野菜がチーズと一緒に封じ込められている。サクサクしたほど良い歯ごたえと塩加減の美味しいサンドに舌鼓をうっていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「はい、どなた?」
『おはようございまーす、紅衣焔邑です。雪姫を迎えに来ました』
インターホンを通じて、焔邑の明るい声が聞こえる。
「焔邑ちゃん、おはよう。ありがとうね、雪姫、今準備中だから上がって来て」
『わかりましたー。おじゃましまーす』
軽快な足音をさせて階段を上って来た焔邑の姿が見えた。
「おっはよー、雪姫。風吹貴お姉さんに髪結って貰ってるだ」
焔邑は明るく元気だね。挨拶返さないとね。
「……おはよ、焔邑」
「雪姫は低血圧で朝は弱いのよ。起こしてシャワーさせて1時間半経ってやっとこんな感じなの。焔邑ちゃんも、ジュース飲んでいきなさいよ」
そう言って、風吹貴はピッチャーからフルーツジュースをグラスに注ぎ焔邑の前に差し出す。
「じゃあ、いただきます」
オレンジ色をしたジュースを焔邑も飲む。ちょっと酸っぱくて、ちょっと苦くて、それを補って余りある位甘いお姉ちゃん特製ジュース。ホットサンドで熱くなった口の中をほど良く冷ましてくれる。
「風吹貴お姉さん、凄く手際良いですね」
焔邑が感心した声を上げる、さっきからずっと頭の後ろで風吹貴の手が動き続けている。
「でしょ、これでもプロの美容師だからね。焔邑ちゃんなら家でよければサービスするよ」
「ありがとうございまーす、今度時間がある時に是非」
風吹貴と焔邑が盛り上がる間、食べるのが遅い雪姫は必死にホットサンドをぱくんはむはむこくんと食べることに専念していた。頭の後ろで髪を整える風吹貴の手付きも心地よく、ジュースを飲みながらにまにまと楽しそうな笑顔を向ける焔邑の姿がむず痒い。しばらく我慢して食べていたんだが、余りにも見詰められて恥ずかしくなって来て、ジュースで飲み込んでから抗議する。
「……焔邑、恥ずかしい……」
「ごめん雪姫、寝ぼけた雪姫は昼より可愛いからつい」
両手で持っていた残り3分の1程に減ったホットサンドを皿に置いて、手でほっぺをこすってみる、照れで紅潮した頬が暖かい。
「ほっぺにあぶら付いてるよ」
隣に座ってる焔邑がハンカチを持った手を伸ばして来て顔と指先を拭く。中学生の焔邑にそんな世話焼かれる自分が子供の様で恥ずかしい。拒みたいが、手を掴まれると焔邑の手を振りほどくのは簡単じゃないし、声を出すのもかなり気合が要るから差し伸べられる善意を拒むのが間にあわない。
「……ありがと」
世話を焼かれてしまった以上、礼を言うくらいしかできなかった。
「焔邑ちゃん、ありがとうね。学校でも雪姫のことを見てくれる焔邑ちゃんみたいな人がいたら、お姉ちゃん安心だわ」
背後から風吹貴の笑った声が聞こえる。それに応えるかのように、焔邑も笑顔で返事をする。
「任せてください、学校にはあたしだけじゃなくて珠も居るから雪姫のことは大丈夫です」
家でも学校でも風吹貴と焔邑の強力タッグで、面倒を見られるのか。生活面では助かっても、ずっと雪姫として不自然無く振る舞い、気の休まる時間がない。
「はい、できあがり」
後頭部で2つのロール髪に結いあげられた銀髪が赤いリボンで止められて、髪のセットが完成した。あと2口残っているサンドイッチを手に、俺は焦りを感じていた。そろそろ出かけなきゃいけない時間で、焔邑を待たせることになる、でも雪姫の身体は無理に飲み込もうとしても受け付けてくれない。そう考えていると横から焔邑の手が伸びて来た。
「最後の一口、いっただきー」
雪姫の二口分あったホットサンドを焔邑の手が奪いとり、一口で口に入れる。ただの食いしんぼうに見えるが、困っているのを助けれくれている。
「あ、焔邑ちゃん。雪姫のご飯取ったらダメじゃない」
風吹貴は焔邑をたしなめているが、その口調は柔らかく内心は認めているらしい、それを感じ取ったか焔邑も明るい調子で謝る。
「ごめんなさーい、雪姫があんまり美味しそうに食べてるからつい」
2人で雪姫が罪悪感を感じなくて良いように気を使ってくれている。
「仕方ないわね、焔邑ちゃんは。雪姫は、ジュース飲んじゃって、歯磨いてらっしゃい」
支度を整えた雪姫は、焔邑と一緒に玄関に降りて来ていた。
「はい、雪姫。カバンとお弁当と体操服、それに日傘もね。ちゃんと差して行かないとダメだからね」
風吹貴が渡して来た一式を受け取るが、雪姫の手にはずっしりと重い。横から伸びてきた焔邑の手がカバン・弁当・体操服の一式を奪い去り自分のカバンと一緒にまとめて右手で持つ。持たせっぱなしにする訳に行かないから取り返そうと手を伸ばすが、焔邑の左手に手を取られてしまった。
「良いから良いから、雪姫は日傘差さなきゃいけないんでしょ、アタシが持たないと手つなげないもの」
焔邑にそんな風に制されてしまう。手をつなぐのがそんなに重要なのか?
「……焔邑に悪いよ……、それに焔邑の荷物は……?」
焔邑がカバン1つしか持ってないのが気になって訊ねた。それに焔邑は明るく答える。
「お弁当はカバンの中だし、体操服や教科書は学校だからね。荷物これだけなんだ」
あの大きいお弁当がカバンに入ってるのは良いとして、体操服が学校っていうのは女の子として良いのか? 使用済み体操服を洗わずに再使用ってことだよな? 俺も男子学生時代は普通にやってたけど。そんなやり取りをしてると、風吹貴が割り込んで来た。
「ゴメンねえ、焔邑ちゃん。世話掛けるけど、埋め合わせはするから」
2人掛かりで包囲網を築かれれば、雪姫の重い口で説得するのは絶望的だ。あきらめて荷物を焔邑に委ねて登校することにした。
「……ありがと、行こ」
左手でドアを開き、焔邑に握られた右手で焔邑の左手を引いて玄関ドアに向かう。
「行こうか、ゆっくり歩いて遅刻しちゃダメだしね」
焔邑も直ぐに玄関を出て、一端手を離してくれたので日傘を開く。この雪姫の目には冬の日差しでもやはりちょっとまぶしい。
通りに出て、焔邑が車道側についてエスコートしてくるのについて歩く、ゆっくり歩いてくれているのか苦しくない。その分、周りの学生や社会人にどんどん抜かされていく。
「時間は大丈夫だからゆっくりいこうね」
安心させるように、焔邑がこちらを振り向いて語りかけてくる。しゃべらない雪姫と一緒に登校で焔邑は楽しいんだろうか?
「雪姫の家にはおじゃまさせてもらったから、今度雪姫が遊びに来てよ」
焔邑が歩きながら、そう言ってきた。女の子の家に遊びに行くなんて、男女差を意識する前の小学生の頃以来だ最後は15年以上前の話だ。それに俺のことを同級生の女の子の雪姫だと思いこんでる焔邑の所に行っても良いのか? そんなことを考えていると焔邑が続けて語りかけて来た。
「いいよ、慌てて答え出さなくて。昨日友達になったばっかりだし、良く知らない家に行くとか怖いよね。雪姫が行ってもいいって思った時に来てくれればいいからね。ゆっくりと仲良くなろうね」
口元は結んだままで表情に特に出していない筈なのに、答えに困っていたのを焔邑は察したらしい。なんでこんなに俺の感情が焔邑に分かるんだ? 今度は自覚的に小首を傾げていた。
「雪姫ってやっぱり可愛いね」
また可愛いって言われた、口数少なく無表情気味な雪姫がそんなに可愛いか? 小柄で非力な所とか単純な顔立ちだけなら可愛いと言えなくはないけど、健康的スポーツ美少女の焔邑が可愛い可愛いと連呼する程のものじゃないと思うんだが本当に分からない。
その後も焔邑が一方的に話しかけては、雪姫が頷いたり戸惑ったりするだけの会話とも言えない会話が続くうちに、無事予鈴前に多くの生徒と一緒に登校することができた。昨日のようなトラブルが起きなかったのは焔邑のフォローのお陰だろう。
「……ありがと」
傘立てに日傘を入れながら、焔邑に礼を言ってカバン一式を受け取る。短い感謝の言葉だったが、荷物を持ってくれたことだけじゃなく、登校中の配慮に対する感謝の念も込める。
「どういたしまして、アタシも楽しかったからお互いさまだよ」
俺と一緒の登校で何が楽しかったんだろう? 焔邑という女の子のことが良く分からない。
2人揃って2年B組の教室に着いた。
「おっはよー」
焔邑が元気よく挨拶すると、周辺に居た生徒たちが男女問わず返事し、教室の奥の席からもチラホラと返事が返ってくる。焔邑に向けられた返事の中でいくつかの視線は一緒に教室に入った雪姫にも向けられて居た。挨拶を向けられて無視する訳にもいかず、ぎこちない笑顔を作って返事を返す。
「……おはよ」
精一杯声をだしたが、焔邑の半分どころか3分の1にもならない小さく儚い声しか出ない。それでも、数人の生徒があらためて「おはよう、天王院さん」と返してくる。それに、教室の奥から小柄なだけど雪姫よりも少しだけ大きな影が飛び込んできた。
「おはよう、ホムラに雪姫ちゃん。一緒に登校してきたんだね、いーなー」
昨日焔邑と一緒に友達になった珠ちゃんこと丸居珠代が話しかけながら、雪姫と焔邑の手を握る。女の子はなんでこんなに触れ合うのが好きなんだろう?
「昨日、偶然帰りに雪姫と会ってね、雪姫の家まで一緒に帰って、風吹貴お姉さんと約束したんだ。雪姫の家まで迎えに行くって」
焔邑が事情を説明してくれるが、偶然会ったって凄く杜撰だ。
「へえーそうなんだー、良かったね雪姫。頼りになる荷物持ちとボディガードができて」
幸いにして珠ちゃんから突っ込みはなく、焔邑の答えが素直に受け入れられたが、その評価はどうだろう? 確かに今朝の登校ではその通り荷物も持って貰ってボディガードされた訳だが。
「雪姫を抱いて来るよりは楽なもんだよ」
焔邑が昨日の1件を思い出させる、ひ弱な少女の身体になってるとは言っても女の子に抱かれて階段を駆けあがったり、背負われて校庭を渡ったりしたのは恥ずかしい黒歴史だ。
その後しばらく2人の会話に挟まれた後、担任のかすみがやって来てショートホームルームが行われ、1時間目の授業が行われた。
キーンコーンカーンコーン
2時間目終了のチャイムがなるや否や、焔邑と珠ちゃんが雪姫の席にやって来た。
「一緒に行こう、雪姫ちゃん」
珠ちゃんの誘いの声が掛けられたが、何処に? 意図が掴めず小首を傾げていると焔邑が耳元で囁いた。
「トイレ行っておこ、雪姫」
行先はトイレだったのか、一緒に行くって、焔邑や珠ちゃんと一緒に学校のトイレに行くのか? それはまずいだろう、女子トイレは個室だから見える訳じゃないけど、音とか聞こえるだろうし。俺が戸惑っていると、珠ちゃんから事情が語られる。
「4時間目が体育でしょ、次の休み時間は着替えなきゃいけないから、この休み時間に済ませないと困るよ」
そうか体育の着替えなんていうイベントが控えてたか、その前段階で今一緒におトイレなんていうイベントがあるのか、ゲームとして考えるとハード過ぎる難易度設定だ。だが、体育の後まで我慢するのは難しそうだから、今行かないといけない、なんとか1人でと考えていると。
「さぁ、行くよ」
「行こうね」
焔邑と珠ちゃんの2人掛かりで両腕を取られて立たされた。そのまま、両手を掴まれて逃げ場がない。あきらめて、長い物に巻かれるしかない、同意というより諦めの意味で、頭を垂れた。
「……うん」
2人に左右の手を繋いで3人並んだ状態で女子トイレの前まで行くと、そこはかなり混み合っていた。
「あちゃぁ、出遅れたね。A組とB組が次体育だからトイレ行っておこうって人が多いんだよね」
珠ちゃんがそんなことを言ってる、順番待ちが3グループ10人ほど居た。個室は7つだから1順ちょっと掛る計算になる。そう思って、なるべく聞かないように顔を合わせないように視線を泳がせ所在なく居心地の悪い気分を味わっていると。1つのトイレが開いて1人の女生徒が出てくると「お待たせ」と言って待っていたグループの1つに声をかけて集団でトイレの外の手洗い場に移動してきて、待っている生徒が5人に減った。女の子の文化は良く分からない。
程なく順番が回って来て、焔邑と珠ちゃんから先に入るように促されて個室に入った。この個室は洋式だったが、天王院家の暖房便座と違ってひんやりとお尻に冷たい。女として用を足すのはまだ数えるほどだけど、いちいちパンツを下ろして座って用を足し、紙で拭いて後始末するというのは面倒で慣れない。
個室から出たら、いつの間にか先に出てきたらしい焔邑が待っていた。
「大丈夫だった?」
何が大丈夫なのか分からないが曖昧に頷いて置く。程なく珠ちゃんも出てきた。
「お待たせー」
3人並んで手を洗い、教室に戻る。
3時間目の授業が終わった時、1人の女生徒が号令をかけた。たしか佐藤由莉香とかいう子で、大人びていてちょっとキツめのツンとした感じのするアイドルレベルではないが普通ならクラスで一番美人と言われても不思議がない委員長キャラという感じだ。
「窓側の女子カーテンを閉めて、男子はさっさとA組に移動して」
佐藤由莉香の指示に従い、焔邑と珠ちゃんを含めた窓際の席の女子がカーテンをきっちりと閉める。男子生徒は皆、体操服の入った袋やカバンを持って教室を飛び出して行く。それと入れ替わりに、見知らぬ女子生徒がぞろぞろと入って来る。その中に一際異彩を放つ美少女が居た、豪奢な金髪を左右3対の縦ロールにして1対は前に、2対は後ろにたらしてパッチリとして意思の強そうな青い瞳と色白だが健康的な肌、大人びた雰囲気にほど良く長身でスリムでありながら、ブレザー越しでもはっきりと分かる豊かな胸を持つ少女、今年の『Hidden Secrets』で行われた学園祭イベントでミス中等部に選ばれた日之宮媛輝だ。その日之宮媛輝がこっちに向かってやって来る。
「ごきげんよう、天王院さん。今日は体育に出られるのかしら?」
そう言いながら、雪姫の隣の机に体操服の入ったカバンを置くと、ブレザーを脱ぎ始める。クラスの女子や入って来た女子も各々制服を脱ぎ始める。更衣室とかは無くて、合同で体育するクラスとの間で男女分けして着替えるのか? とりあえず体操服を大きな巾着袋から取り出してみる。
白地に襟と袖に赤い縁取りがされた半袖のシャツと上下の赤ジャージとタオルが入っていた。これを着るのか、俺は。夢翔学園の体操服は男子が紺で女子が赤と分かりやすく男女分けされている。他の女子をなるべく見ないように、黒板の方を向いて着替える。ブレザーを脱いで畳むと、ブラウスを脱ぎそこで手が止まる。このキャミソールは脱ぐものなんだろうか? 着たまま上に体操服を着るべきか? 答えを求めて、首を一巡りさせて女生徒達がどうしてるかを見た。
まばゆい女子中学生たちの白い肌が多数視界に入る。肝心の答えは、着たまま体操服を着る者も居れば、キャミソールを脱いでブラの上から直接体操服を着る女子も居るという当てにならない結果だった。後のことを考えるとあまり、キャミソールに汗を吸わせたくないと思いキャミソールを脱いで直接体操服を被る、ツインロール髪が引っかからないように先に襟をくぐらせて首まで下げるそれから、左右の袖に手を通す。そこで声が掛けられた。
「相変わらず細くて白いですわね、天王院さん」
日之宮媛輝がこちらを見て話しかけてきた。眼下にある雪姫の身体は確かに、日之宮媛輝のそれよりも肌が白く細い。だが雪姫のそれはどちらかというと病的な白さとアンバランスな細さで、日之宮媛輝のそれのほうが男女何れの目から見ても魅力的なものだろうに。対抗心のような物を日之宮媛輝から感じる。媛輝や他の女子がスカートの下にジャージやスパッツを履いてからスカートを脱いでるので、見よう見まねで真似をしてスカートの下でジャージをたくしあげスカートを脱ぐ。ジャージが裾は短めなのに、ヒップがダブつき気味で落ちつかない。ジャージの上を羽織るがこちらも肩幅が余って袖にずり下がる。
「雪姫ちゃん、着替え終わった?」
「一緒に行こう、雪姫」
着替えを終えた珠ちゃんと焔邑がやって来た。珠ちゃんは幼児体型がくっきり出て制服の時より幼く見える、焔邑は冬なのにジャージじゃなくてスパッツで健康的な脚がまぶしい。
「あら、紅衣さんは天王院さんと仲良くなられたんですか?」
日之宮媛輝が焔邑に訊ねると、すかさず焔邑が肯定する。
「そうだよ、今朝も一緒に登校したんだから」
気負いも衒いもなくそれが当然だという口調で語る。それを見て、日之宮媛輝がこちらに視線を投げかけてくるので、雪姫は頷いて肯定する。それで、納得が行ったのか日之宮媛輝も頷いて静かに宣言した。
「それは良かったですわね、今日の体育で勝負よろしくお願いしますわ、紅衣さん」
日之宮媛輝が、焔邑にそう言うと焔邑が「もちろん」とが受けて立った。日之宮媛輝は『Hidden Secrets』で全てのジャンルについてNo.1を目指して勝負するのを好むキャラクターだった。体育で焔邑と張り合ってるんだろうか?
「じゃあ、授業でね」
焔邑がそういって俺の手を引いて歩きはじめる。学校内の施設配置を良く知らないんでこれは助かる。
「雪姫ちゃんは体育無理しちゃダメだよ、良く休んでるんだし。辛くなったら言ってね」
珠ちゃんがそう言って優しげな笑みを浮かべる。
程なく雪姫たちは体育館に到着した。
「男子は舞台側、女子は後ろ側に分かれるんだ」
いかにもと言ったゴツくて厳めしい中年体育教師が、男子と女子を振り分けていた。男子と女子で体育館を半分に分けて授業をするらしい。中央には天井から仕切りネットが吊り下げられている。
「女子はこっちに整列しなさい」
長身の若い女性体育教師が指示を出すのに合わせてA組とB組に分かれて4列に背の順で並ぶ、1番背が低い雪姫は最前列右側で隣が珠ちゃんだ、背が高い焔邑は5列目の同じ列に、さっき話しかけてきた日之宮媛輝はA組5列目右から2番目に並んでる。
「今日は、今学期最後の体育なのでバレーボールを試合形式で行います。まずは準備運動で体育館5周走って2人組で柔軟体操して」
1,2という掛け声に合わせてウォーミングアップのジョギングをするゆったりしたペースだから雪姫でも付いていけないということは無い。だが、1周100m足らずの体育館半面を3周もする頃には息が苦しく心臓の鼓動が激しくなって来た。
「雪姫ちゃん、しっかり。無理だったら休んでもいいんだよ」
隣に居た珠ちゃんが声を掛けてくれる。息が苦しい所をコクンと頷いて答える。もう後1周少々、どの位動けるかを確かめるか確かめる為にも投げ出したくはない。なんとか5周を終えた雪姫は肩で息をして、手を膝について俯いて息を荒げていた。止まった途端に大量の汗が噴き出してきた。他の生徒は多少息が荒い子が数人居るくらいで、ほとんどの生徒は涼しい顔をしている。
「柔軟体操、一緒にしようね、雪姫ちゃん」
珠ちゃんが誘ってきたので、訊ねる。
「……珠ちゃん、焔邑は良いの?」
「焔邑はねえバレー部の子と何時も組んでるから。あたし達だと体型が違いすぎるしね」
珠ちゃんが気にすることないと言ってくれるので、そのまま組むことにする。初めは立った状態から身体を前に倒す運動で、ゆっくり前屈しても軽く手のひらがピッタリと地面に付いた。
続いて後ろに反らすと天井どころか背後の壁が見えた。だが、反らし過ぎてバランスが崩れ背中から落ちそうになった。
「危ない、雪姫ちゃん」
倒れかけた雪姫の手を珠ちゃんが掴んでくれたので床に激突を避けられた。ゆっくり床に腰を下ろして礼を述べた。
「……ありがと」
そのまま座った状態で互いを押しあうことになったので、まずは雪姫が珠ちゃんを押す。両手を背中に当てて強すぎないように加減して押した。
「もっと強く押して、雪姫ちゃん」
力を込めて押すが身体が固いのか珠ちゃんの身体はあまり曲がってくれない。続いて両足を開脚した珠ちゃんを左右に押すがやっぱり身体は固いらしい。
「じゃあ、交代ね」
柔軟をする側と押す側を交代し、足を揃えて前に伸ばし身体を前屈させる。珠ちゃんに押されるまでもなく、ふにゃっと身体がまがり手首がつま先より向こうに届き、微かに膨らんだ胸の先端がふとももに触れ痛みが生じる。慌てて身体を起こすがこの身体想像以上に柔らかい。
続いて、足を開脚するが軽く120度以上に広がり、そこから左右の足をいっぱいに広げると150度以上開いたほぼ直線に近い開き方をした。そのまま左右に身体を倒すがこれまた肩が余裕で付く程柔らかい。
「雪姫ちゃんって、身体柔らかいねー、バレエとか新体操やったら良いんじゃない?」
珠ちゃんが感心してそんなことを言うが、それは雪姫の身体じゃ無理だ。柔軟性はともかく体力がなさすぎる。手をかざして首を左右に振り否定する。
準備運動が終わった所で、チーム分けが行われた。A組とB組で各3チームを作って1セットずつ対戦する。雪姫と珠ちゃんと焔邑はB組3班に決まった。A組1班とB組1班が試合するので壁際に座って見学する。隣の半面では男子がバスケットボールをしている、ちょうど金井雷人がダンクシュートを豪快に決めていた。中学用のゴールで低めと言っても卓越した運動能力をしてる、プレイヤーキャラクターだと言う読みは間違って無いだろう。
見学していて分かったことが1つ、雪姫の目は普通の視力が良いだけじゃなくて動体視力もかなり良いようだ。元々武人はスポーツは中の下程度で余り得意じゃなく、球技なんかは苦手な方だった。だが、雪姫の目で見るとバレー部員の強烈なスパイクでも、バスケの巧みなフェイントもはっきりと見える。しかも、一度見た映像は何度でも見返せるから良いプレイを学ぶのにはかなり便利そうだ。
1班はA組が勝ち、2班はB組が勝って雪姫たち3班の番が回って来た。着替えの後で焔邑に勝負を挑んでいた日之宮媛輝はしっかりA組3班にいた。ボールはこちらが取り、1番手で焔邑がサーブを行うその隣6番目が雪姫で、隣5番に珠ちゃんが入る。A組の前衛の左側に日之宮媛輝が入っている。
「いくよ、せーの!」
焔邑が強烈なサーブを対角線上に左後ろに向けて打ち下ろす。日之宮媛輝が後衛の守備位置まで下がって身体の前で両手を組んで掬いあげるようにレシーブし、その球を前衛のセンターがトスを上げると、体勢を直した日之宮媛輝が痛烈なスパイクで返す。早過ぎてB組のブロックが間にあわない、ボールはサーブした焔邑のポジションに一直線だ。素早く戻った焔邑が拾い上げる。浮いた球が前衛レフトがトスして前衛センターが日之宮媛輝のブロックを避けて右後方へスパイクする。後衛が辛うじてレシーブし、右前衛がトスした球を前衛センターがこちらに向かってスパイクする。
打つ瞬間がはっきり見え、軌道が前衛中央の後ろつまり雪姫の守備位置に落ちるのが読める。せっかくラリーが続いてるのに自分のせいで切れるのは申し訳ない。ボールを拾う為に踏み出すが、一歩の速度が遅く幅が小さい思ってるより身体が動かない身体を投げ出すようにダイビングレシーブに出るが無情にも伸ばした指先から拳1つくらい先にボールが落ちた。伸ばした身体が受けた衝撃で脇と膝が痛む。筋肉も脂肪も少なすぎて衝撃がすぐ骨に響く。
サーブ権がA組に渡って試合再開、日之宮媛輝の焔邑に劣らぬ華麗なサーブが焔邑に向かって飛ぶ、カーブしたサーブにもしっかりくらいついてレシーブし、ちょうど頭上に来たボールを前衛センターが右サイドにはたき落とすようなスパイクをするが位置的に良い所に落ちたボールをお見合いしサーブ権が移動する。
一進一退の勝負が続く、焔邑と日之宮媛輝の2人は次元が違う守備位置に来た球は全部拾うし、サーブもスパイクも強烈だ。お互い申し合わせたかの様に互いを狙ってしかサーブやスパイクをしないので、決定打にならず他のメンバーの動きでサーブ権と点数が動いてる。両チームのエース以外のメンバーはA組5人は全員可もなく不可も無くという感じの女子中学生の平均的なレベルくらい、B組のメンバーは1人がA組メンバーと同程度で、2人がバレー部ではないが運動部で少し上手、珠ちゃんと雪姫が足手まといで拮抗している。
瞬発力のない雪姫は、守備範囲が狭いし強い球を拾えない、前衛になると背とジャンプ力がないんでネットの上に手が出ない、中学女子のネットは215cmしかないと言うのに。サーブは、オーバーヘッドサーブが届かないので、アンダーサーブで辛うじてネットを越える球しか打てない。珠ちゃんもどっちかというと運動ではどんくさい方で、2人の間が大きな穴になっていた。
15ポイントマッチの14対12でここで点を取れば勝ちという場面で珠ちゃんと雪姫の間にボールが落ちてサーブ権を取られ14対13になった。A組のサーブは日之宮媛輝でない、なんとか逆転する為に一計を案じてみる。右後衛にいる雪姫はあえてライン際ギリギリの後方で構える。珠ちゃんと雪姫の間の穴を大きく作って見せた。女子がサーブを打つのに合わせて左へとセンター方向へとスタートを切る。狙い通りにサーブは珠ちゃんと雪姫の間に飛んでくる。山を張ってスタートしたお陰で、これまで間にあわなかった位置に手が届きレシーブに成功した。浮いたボールを前衛の運動部がトスし、焔邑が高く舞い上がる。
「ナイスレシーブ、雪姫! 絶対に決める!」
ど真ん中に向けて強烈な焔邑のスパイクが突き刺さる。初めて日之宮媛輝の守備位置以外を狙ったスパイクは日之宮媛輝すら間にあわずスパイクエースとなった。
「やったね、焔邑。ナイスレシーブだったね雪姫」
珠ちゃんが喜びの声をあげ飛びついて来る。焔邑もやって来て2人にサンドイッチにされる。集中力が切れた瞬間、呼吸が浅く荒くなっていることを、動悸が激しくなっていることに気付き、それと共に手足の力が抜けめまいがする。焔邑に身体を預けるように倒れ込んだ。
焔邑と同伴登校と一緒にトイレ、女子中学生と一緒に着替え、そして体育の授業。
次は、焔邑と変身しての力比べです。