14話 風吹貴と焔邑が意気投合?
すっかり日が落ちた冬至間近の商店街を焔邑に手を引かれて雪姫は歩いていた。
「今日は本当にびっくりしたよ。前から気になってた雪姫が、朝は珍しく不安そうな顔で立ってたし……」
さっきから焔邑が楽しそうに話しかけているが、返事は期待してないようだ。フィーは焔邑のカバンにぶら下がってぬいぐるみの振りをしている。カバンのマスコットとしては大き過ぎるんだが、妖精の認識撹乱で違和感を与えないらしい。魔法少女の雪姫である俺には、フィーの姿が普通のぬいぐるみと言うには生々しく、生き物というのには嘘めいて見えるのに。
「……昼には自分から話しかけて来て、友達になってだもん。前はどっか人を寄せ付けない冷たい雰囲気出してたのに、人が変わったみたいで」
それ正解だ、焔邑。だが他人の目で見ても、雪姫の姿は元の雪姫より隙だらけだったらしい。身体が弱く、映像記憶という特殊な才能を持ち、他人の気持ちを感じるのが苦手らしい雪姫は、保護者と被保護者のような上下関係のない、友達同士という関係を構築するのは苦手だったのかも知れない。
「友達になったと思ったら、今度はあんな形で再会して、びっくりだよ」
『Hidden Secrets』でのソロプレイ状態を考えるとユキも積極的に他の魔法少女やヒーローに関わってこなかっただろうから、驚くだろうな。
「でも、一番驚いたのは、雪姫と戦うことになったことだよ」
ステータス確認できた『Hidden Secrets』の時と違い、実力を数値で確認できない現状、手合わせして見ると言うのが安全に実力を確かめるのには効果的だろう。いずれそんな機会もあるかとは思っていたが、こうも早く手合わせになるとは予想していなかった。今のユキでは良い所を見せるのは難しいかもしれない。現状をあるがままに見せて連携を組み立てる材料にするしかないか。
「……そうだね」
焔邑の一連の話に同意を示す。俺としても、焔邑との出会いから予想外で驚く事の連続だ。計算外のことが立て続けに起こるあたり、この世界がゲーム『Hidden Secrets』と似ていても別物、現実だと実感させられる。俺が演じる事になった雪姫は魔法少女だから世界に対する影響力は単なる一般人よりは遥かに大きいが、日火輝や焔邑といった他のプレイヤーキャラクター達と比べれば、まだ力不足だもっと力を付けないと、俺と雪姫の間に起こっている謎を追い、元に戻ることはできないだろう。
「ねえ、雪姫の家どっち?」
唐突に焔邑が尋ねてきた、気付くと駅前通りを通りすぎて天王院家のある高級住宅街と旧市街と新興住宅街に分かれる十字路に差し掛かって居た。ずっと考え事しながら、焔邑に手を引かれて歩いて来たのか。歩調を焔邑が合わせてくれたらしく、息が苦しくはなって居ないが、雪姫の小さな心臓はトクトクと早い脈を刻んでいる。
「……こっち、焔邑は?」
焔邑に知られても問題は無いから、カバンを持った左手で家の方を指さす。ずっとカバンを下げていた手が少し痺れていた。焔邑の家がどっちか尋ねる、方向が違うならここでお別れだ。
「そっか雪姫の家は山の手か。アタシんちは旧市街の方だよ、今度遊びに来てね」
そう言うと、焔邑は雪姫の手を引いて山の手と言った高級住宅街の方へ歩き始めた。意外な行動に目を見開きつつ聞いた。
「……どうして? 焔邑はあっちじゃ?」
そう言いながら、焔邑の言っていた旧市街の方を指さす。しかし、焔邑は明るく返して来た。
「雪姫の家まで送ってくよ、今朝は大変なことしちゃったし、少しでも雪姫と一緒に居たいから。ダメかな?」
朝のことを気にしてるらしい人の良い焔邑が満足するように好きにさせてやりたいと思う反面、中身が1回りも年上の男だと知らない焔邑をだましているようで心苦しい。焔邑との協力関係は強くしておいた方が良いし、日火輝や風吹貴に雪姫の友達を紹介して置くのも悪くない、そう自分に言い聞かせて焔邑と一緒に行くことを決める。
「……良いよ、来て」
焔邑の手を引いて進む道を示す。とは言っても、ほぼ一本道の緩やかな上り坂を上って行くだけなのだが、日が沈み街灯と家々の玄関灯に照らされる風景は、昨夜日火輝のバイクに乗せられて通った光景の視点を10cm少々下げた目線で見た物だ。5分足らずで、目的地に到着した。
それまでの庶民的な慎ましい区画と違い、大きな区割りになっている高級住宅地の入口に天王院家は在った。白壁に包まれた豪邸とは言わないまでも高級感の漂うその家を見て、感心したように焔邑は声を上げた。
「へえ、ここが雪姫の家なんだ、綺麗な家だね。じゃあ、雪姫を無事送り届けたし、アタシは帰るね、またあ……」
帰ろうとする焔邑の手を非力な雪姫の手に精いっぱい力を込めて握りながら、首を左右に振って遮る。
「……上がって、紹介するから……」
雪姫の非力な手ではどんなに必死に掴んでも、本気で焔邑に振りほどかれれば止めることはできない、歯がゆいことだが情に訴えることしかできない。
「雪姫が良いなら、上がらせて貰うね」
焔邑の同意を得た雪姫は玄関のドアハンドルに手を掛けると体重を掛けて引きあける。玄関照明が点いてることから予想した通り鍵は開けられていた。開いたドアに焔邑を招きいれる。
「……入って」
「おじゃましっまーす!」
焔邑が元気に声を上げると2階から風吹貴の声が降って来た。
「はーい、どなたー?」
階段を下りてくる風吹貴は、雪姫と焔邑の姿を玄関に認めて、目を見開き驚きを表してから、笑顔で出迎えた。
「お帰り、雪姫。クラスメイトに送って貰ったの?」
その言葉を聞いた焔邑が、バッと勢いよく頭を下げて挨拶した。
「初めまして、雪姫と同じクラスの紅衣焔邑です。クラスメイトじゃなくて、今日雪姫とお友達になりました。よろしくお願いします」
焔邑の勢いに呑まれるかと思った風吹貴だったが、階段の中ほどから軽快に飛び降りると雪姫に飛びついて来た。
「おめでとう、雪姫。初めて、お友達を連れて来てくれたね。良かったぁ」
風吹貴の両腕に腕の上からギュッと抱きしめられ、豊かな胸に押しつけられる形で抱き上げられ1周2周と風吹貴の周りを回されて下ろされると、頭を抱えて優しく撫でられた。たっぷり2,3分振り回されてから、ようやく解放された。
「……た、だいま……、……お友達の焔邑、こっちがお姉ちゃん……」
なんとか帰宅の挨拶をして、焔邑と風吹貴に雪姫として紹介をする。
「雪姫のお姉ちゃんの風吹貴よ、よろしく焔邑ちゃん。良かったら、焔邑ちゃんもご飯食べていく?」
「よろしくお願いします、風吹貴お姉さん。夕飯は、お母さんがもう張り切って用意してくれてるんで、遠慮します」
風吹貴と焔邑は相性が良いのか、若い女同士は当たり前にこうなのか、すっかり打ち解けテンションが高くて女とのろくに付き合いが無かった俺にはついていけない。
「そっか、お母さんがご飯作って待ってるなら無理強いはできないね。また今度ゆっくりお泊り会とかして、その時にご馳走するね」
風吹貴が焔邑に答えて、とんでもない提案をしている。断るかはぐらかしてくれと期待を込めて、焔邑の方を見やる。
「はい、雪姫と風吹貴お姉さんの都合の良い時にお願いします」
一瞬で焔邑に期待を裏切られた、なんて友達甲斐のない奴だ。いや、俺の事情を知らない焔邑は、雪姫の期待の眼差しを来てほしいという意味に取ったんだろう、優しい子だ。その優しさが俺には辛いんだが……。
「上がって行けるんでしょ? 暖かい飲み物いれるから、少し話聞かせてくれる?」
「はい、喜んで」
風吹貴が焔邑に持ちかけると即座に肯定の返事が返った。風吹貴に先導されて雪姫と焔邑は2階へ上がっていく。
「飲み物入れるから、焔邑ちゃんはここで待っていてね」
風吹貴は、昨日俺が入らなかったリビングに焔邑を案内して、立派な作りのソファに座らせる。玄関側にはベランダに出る大型の窓があり、壁際には巨大なテレビを乗せたローボードが鎮座している。テレビの横に、デジタルフォトフレームと額縁に入った1枚の写真が飾られていた。写真は4人の人間が映った集合写真で、それに俺は目を引かれた。
椅子に腰かけて小さな可愛らしい女の子を抱いた女性と左右に立つ詰襟姿の赤毛の少年とセーラー服の金茶ショートの少女。女の子と女性は、今の雪姫の頬に触れるのと同じ青味がかった銀色の髪をしており、雪のように白い肌をしている。まだ幼さの残る赤毛の少年は日火輝の、金茶の少女は風吹貴の面影がある、2人が共に中高生だとすると7年から10年前の写真か? そうすると女の子は当時の雪姫だろう、水色の子供らしいワンピースに身を包む肩口までのカールした髪をツーテールに結んだ女の子は2,3歳位に見える。とすると10年前、風吹貴が中学に日火輝が高校に上がって間もない時の写真か? 雪姫を抱いた雪姫と同じ髪をしたこの女性は、3人の母親だろうか? 儚げだが、慈愛に満ちた包容力ある笑みを浮かべる女性は綺麗で現実感なく女神のような印象を受ける。身体の線は雪姫と同じように華奢だが、ゆったりとしたワンピースの胸を押し上げるバストの大きさは風吹貴以上かもしれない。
「雪姫ぃ、何してるの。制服着替えて来なさい、お客さんが来てるからスウェットとかダメだからね」
写真を見て考えていると、風吹貴から着替えてくるように声が掛った。確かに、家に帰ったなら制服は着替えるべきか。雪姫は焔邑に軽く頭を下げて斜め向かいにある『雪姫のおへや』に向かう。
「……着替えてくるね」
「行ってらっしゃい、風吹貴お姉さんと話してるね」
焔邑はそう言って雪姫を見送ると、今日のいきさつを風吹貴に話始めた。朝、焔邑に助けられたり、気を失ったりした話は正直恥ずかしいから黙っていて欲しいが。部屋の戸を閉じると、声はほとんど聞こえなくなった、防音の良い作りをしているようだ。
着替えか、少女である雪姫の身体で裸を見ることにまだ抵抗はあるが、そのことよりも大きな問題があった。何を着れば良いんだ? 昨日、雪姫になって居るのに気付いてから24時間足らずの間に、入浴後、就寝前、起床後と3回服を着たが全て風吹貴が一揃い出してくれた物を身に付けただけで、自分で選んだことは1度も無い。過去の体験を振り返るとその時の映像が克明によみがえるのが煩わしい。
女子中学生のタンスやクローゼットを開けて服を漁り、それを身につける。その響きがあまりにも変態じみている。肉体的には女子中学生が自分のタンスから着替えを出して着るだけだが、実行する俺は自身を女子中学生だと割り切れていないので、抵抗がある。だが、元に戻るまでは雪姫として生活していくしかない、これも乗り越えないといけない試練なんだろう。
雪姫は心の中で雪姫に謝りながら、洋服ダンスの引き出しを引っ張った。細い雪姫の手には重かったが、なんとか引き出せた。
目の前に広がるまぶしい、白や水色、黄色にピンクのカラフルで明るい色彩の下着の群れ。罪悪感と恥ずかしさを感じて慌てて引き出しを戻す。女の子はなんでこんなに大量の下着が必要なんだ? 1人暮らしの武人の下着は上下各10枚足らずでも週1回の洗濯で間にあわせることができたのに、どうしてこうも違うんだ。
次の引き出しを開けると、ブラウスと呼ばれる女性用のボタン付きの薄手のシャツが綺麗に畳んで入って居た。次は靴下が入った引き出し、雪姫の小さな足に合わせて一足一足が小さい。あちこちと開いては閉じるを繰り返し、内容を把握する。雪姫の映像記憶能力で一度見た引き出しの中身はくっきりと残っていて、引き出しごとの映像を見ただけで脳裏に浮かべることができる。
雪姫のタンスの中には、部屋着のスウェットとパジャマ以外に1つもズボン類が入ってなかった。スウェット禁止を言い渡された以上、ボトムはスカートを履く事になる。決められた制服じゃなくて、俺が自分で選んでスカートを履かないといけないのか、気が重くなる。スカートの入った引き出しから取り出して見るが、どれもこれも膝上丈の短いスカートばかりだ。雪姫の細すぎる身体が悪いらしい、ウェストの合うスカートを選ぶと身長よりずっと小さいサイズのスカートになって、必然的に丈が短くなる。普通ならそれで十分膝下丈になる長さのスカートが、足ばかりは身長に比べても長い雪姫が履くと膝上までしかないっていうことになるらしい。タグに90とかいう数字が書かれているのにはビックリした、幼児サイズのスカートが雪姫の細い腰にピッタリ合う。
飾り気の少なく少しでも長めのスカートを選ぶ、水色のスカートだった、他の色もあるが圧倒的に白と水色が雪姫のタンスの中には多い。スカートに合わせて飾り気のない白いブラウスを選んだ。制服を脱いでハンガーに掛けると、ブラウスとスカートを身につける。ベッドに広げると小さすぎるように見える服が着ると身体にピッタリ合う。それだけじゃ肌寒かったので、水色のカーデガンを羽織りドレッサーの鏡で確認する。そこには、中学生というには少々子供っぽい服装の可愛い雪姫の姿が映って居た。スカートの対象年齢に比べて、メリハリが付き始めたお尻のラインに持ち上げられて、スカートのお尻側が合わせてみた時より引き上げられていて恥ずかしさを感じる。この身体、服を選ぶのも面倒過ぎる。思いの外時間を取られたが、着替えを終えたんで雪姫は部屋を出た。
「遅いじゃない雪姫、お友達待たせて何してたの」
すぐに風吹貴が声を掛けてきた。
「気にしないで雪姫、私服の雪姫初めて見たけど良く似合ってって可愛いよ」
焔邑が笑顔で答えるが、女子中学生から可愛いと言われるのはこそばゆい。
「雪姫も来たし、お茶にしよっか。お姉ちゃんの特製ホットチョコレートどうぞ」
風吹貴がそう言って、3人分のカップにホットチョコレートを注ぐ。昨晩飲んだのと同じ良い香りが気持ちを落ちつけてくれる。
「いっただきまーす」
そう言って、焔邑が真っ先に口を付ける。
「おいっしー。風吹貴お姉さんって料理上手なんですね」
「ありがとう、でもなんで知ってるの?」
焔邑の感嘆と称賛に素直に応じた風吹貴だったが、料理上手という言葉に疑問を浮かべると、焔邑がすんなりと答えた。
「雪姫と一緒にお昼を食べた時、雪姫のオカズ少しだけ貰っちゃって、お姉ちゃんが作ったって言ってたから」
自分の半分もない雪姫の弁当を取ったことにばつが悪そうに頭を書いて焔邑が言うと、風吹貴の視線が雪姫を射抜くように厳しくなる。
「雪姫ぃー、ちゃんとお弁当は自分で食べないとダメでしょ」
そう言った風吹貴の長い指が雪姫の頬を突いてきた、雪姫の細い首では支えきれず顔が傾く。そんなこと言っても、雪姫のお腹では2割程減った量でも結構大変だったのに。風吹貴の矛先を収める為に形だけでも謝って置く。
「……ごめんね、ちゃんと食べる……」
「ごめんなさい、あんまり美味しそうだったんで、つい雪姫のお弁当を欲しがっちゃって」
焔邑も謝罪して、風吹貴の矛先を逸らしてくれる。本当に面倒見の良い優しい子だ。
「焔邑ちゃんは謝らなくて良いのよ。雪姫が食細くて、すぐに食べない理由を作るから注意しただけだから。今度、焔邑ちゃんにもご馳走するね」
風吹貴に雪姫の分まで叱られた、昨夜の夕飯を完食した時の喜びようからして食の細さに苦労していたんだろうが、雪姫の行動について責められるのは理不尽な思いだが、それを主張する訳に行かないので飲み込む。
「アタシはいっぱい食べるんでお構いなく」
そう言って遠慮している焔邑だが、しっかりとお茶請けのクッキーをボリボリむさぼって居る。
「クッキー、気に行ってくれた? あたしのお手製なの、良かったらご家族のお土産に少し持って帰る?」
焔邑の健啖ぶりに作り手の風吹貴は気分を良くしている、元気よく美味しそうに食べる焔邑の姿は横で見ていても気持ち良いが、美味しく食べてもらえる料理人ならなおさら気持ち良いだろう。いそいそと、クッキーをラッピングし始める。
「良いお姉さんだね、雪姫。風吹貴お姉さんって」
焔邑がそう言って微笑みかけてくる。客観的な評価として、風吹貴が良い姉だろうというのには全面的に同意するが、俺がその妹であるというのはきに入らない。
「ね、雪姫?」
あらたまって訊ねてくる焔邑に、向き直り小首を傾げて何か? と意思表示する。
「話しにくかったら、答えなくても良いんだけど。あの写真って、雪姫たちだよね?」
焔邑の指差す先にあったのは、さっき見た天王院家の10年程前の家族写真だ。真相を確認してないことから答えあぐねていると、クッキーをラッピングして戻って来た風吹貴が代わりに答えた。
「そう、あたしが中学に、お兄ちゃんが高校に上がった時に取った時の写真。この子が4歳になったばかりの雪姫で、雪姫を抱っこしてるのがあたしたちのママ。パパは写真を撮ってたから写ってないの」
風吹貴が写真を手にとって説明してくれる。
「このママさんて雪姫を大人にしたみたいに良く似てますね」
焔邑が相槌を打つと、風吹貴が喜んで答える。
「そうでしょ、お兄ちゃんがパパ似で、雪姫はママ似、あたしは丁度2人の間って感じかな? 焔邑ちゃんがお友達になってくれたお陰で、この頃みたいに明るい雪姫が帰って来たみたいで嬉しい。ありがとうね、焔邑ちゃん」
そう言って、風吹貴は焔邑の頭を撫でている。初めて会ったばかりの相手に馴れ馴れしい気のする行動だが、焔邑は気にせず喜んでる。はっきりと言葉にはしてないが、3人のママはこの写真から間もなく亡くなってるんだろう。儚げな印象のママは、雪姫と同様身体が弱かったに違いない。
「そろそろ、夕飯の時間になるから、アタシは帰りますね」
焔邑がそう言って席を立つ、しっかりとクッキーは食べきって居る。雪姫は1つ食べたきりだが、市販の高級品よりも美味しかった。
「あ、もうそんな時間? 焔邑ちゃんの家はどのあたり?」
風吹貴が立ちあがって焔邑に尋ねる。
「旧市街の方です、ここからなら7,8分かな?」
焔邑が答える。ここから旧市街との分岐点である十字路まで5分弱だから、天王院家より焔邑の家の方が学校に近いのか。
「けっこう近いんだね。何時でも遊びに来てね、ケーキ焼いておくから。これお土産のクッキー、家族の人と食べてね」
風吹貴がラッピングしたクッキーを焔邑に渡しながらいった。
「良かったら、明日から雪姫と一緒に登校したいんだけど、迎えに来ても良いですか?」
焔邑がそう言ってきたのには驚いた。大胆に距離を詰める性格をしてる、その焔邑が踏み込めなかったという雪姫は相当壁を作ってたんだろう。
「良いの? 焔邑ちゃん、ありがとうね。良かったね、雪姫。お友達と一緒に登校できて」
嬉しそうな焔邑の期待の眼差しと風吹貴の笑顔が左右から包囲網を作ったので、俺には逃げ場はなく、雪姫は頷いて答えるしかなかった。
「ありがとう……」
通学時に頼りになる焔邑が一緒に居れば、今朝みたいなことになるのを避けられるだろうから、ありがたいのは確かだ。
焔邑を風吹貴と2人で玄関まで見送りに行くと、焔邑は元気にあいさつをする。
「それじゃ8時15分位に迎えに来ますね、さようなら」
見えなくなるまで手を振りながら去っていく焔邑が見えなくなった所で、風吹貴が言った。
「じゃあ、ご飯の前にお風呂に入るわよ」
昨日風呂に入って、朝にもシャワー浴びたのにまたお風呂?! どれだけ風呂に入るんだ。
反論する間もなく、風吹貴に背中を押されて脱衣所に連れ込まれた。
「焔邑ちゃんとお話して遅くなったから、さっさと入らないとね」
そう言いながら、風吹貴が雪姫の着ている物をはぎ取っていく。風吹貴は雪姫の服を脱がせて髪を結っているリボンを解いて髪を下ろした。ふわふわとボリュームある軽い髪が小さな背中をくすぐる。浴室に押し込まれた雪姫の白い裸身が鏡に映った、昨日よりも冷静に見れるがその姿はやはり、白くて小さい。ウェスト40~45cmというスカートのサイズだが、こうして本当に細くて折れそうな腰だ。
「もう、またぼんやりして。シャワーで身体温めてないと風邪ひいちゃうじゃない」
風吹貴がスレンダーグラマーな美しい裸身を隠しもせずに入って来た。ただ小さく細いばかりの痩せっぽちな雪姫と違い、風吹貴は引き締まって居ながら柔らかい肉付きをしている。同じ女なら風吹貴の方が雪姫より良いよなと思う。そんなことを思ってるまに、椅子に座らされて頭を洗われた、長い銀髪を丁寧だが手際よく洗い上げられ、頭をマッサージされて気持ちよさに浸る。風吹貴が髪を絞って水分を落とし、タオルで頭上にまとめ上げた。それによって、うなじが風にさらされる。
「あら? これどうしたの、雪姫?」
風吹貴の指が雪姫の細いうなじを軽く指で突いてきた。
「いたっ……」
触られた所がピリっと痛みを訴える。
「うなじが真っ赤になってるじゃない、何でこんなことになってるの?」
振り返り肩越しに見た鏡に映る真っ白な小さな背中の上に、赤く日焼けして炎症を起こしたうなじが映る。あの時だ、昼休みにテラスで温室の日差しを背中に小1時間程受けていたのを思い出した。たったあれだけでこんなになるのか?
「……昼休みに、温室のテラスで……」
心配した表情を見せる風吹貴に事情を説明する。それを聞いた風吹貴は少しズレた理解を示した。
「焔邑ちゃんと一緒にお昼食べて盛り上がってたのね。仕方ないわね、今度から気をつけなさいよ。雪姫は肌弱いんだからね」
別にそういう訳でもないんだが、日の当たる所がダメだと知らなかっただけで。と言っても説明する訳にはいかないので飲み込むしかない、雪姫は頷いて置いた。
「身体洗うよ、沁みるけど我慢しなさい。UVローション綺麗に落とさないと肌痛めるからね」
泡だてたボディソープで体中をくまなく洗い上げられた。日に弱いからUVローションを塗り込む必要があり、それを落とす為に洗い流す必要がある。朝は低血圧で目覚めが悪いんで身体を暖める為にシャワーが必要になると。毎日朝晩シャワーと入浴が必要とは不経済な身体だ、早く元に戻りたい。
湯船につかると細い身体がみるみる温まり、鏡に映る雪姫の頬が赤く染まる。普段血色が悪くて青白い顔色をしているが、肌が薄い雪姫の顔は何かあると直ぐに真っ赤に染まる。
「しっかりと温まるのよ」
自分の身体を洗い終わった風吹貴が湯船に入って来て雪姫の身体を捕まえて、自分の膝の上に抱きかかえる。背中に当たる大きな胸の感触が落ちつかない。既に十分温まっていた身体が風吹貴に抱えられてさらに温まる。
のぼせ気味になってふらつくのを風吹貴に支えられながら、脱衣所に出ると身体をバスタオルで拭き上げられ身体を巻かれて椅子に座らされる。髪にドライヤーが当てられて乾かされて、みつ編みに編まれた。
「ちょっと待ってて」
風吹貴がそう言ってバスタオル姿で脱衣所を出て行った。火照った身体が少し落ち着いてきたら、髪の束が触れるうなじがヒリヒリと痛むのを感じる。虚弱な身体がこんなに不便とは思わなかった。
「お待たせ、ちょっとピリッとするけど我慢して」
戻って来た風吹貴がうなじに何かを塗り込んだ、日焼けの炎症を抑える薬だろう。少し、ピリピリしたが、そこにひんやりとした感覚が覆った。発熱用の冷却ジェルシートを貼られたらしい。ひんやりとして痛みが和らいだ気がする。後ろから風吹貴に抱きしめられた、ゆっくりと声が掛けられる。
「良かった、雪姫にお友達ができて本当に良かった」
風吹貴の声は最後にはかすかに震えていた。これまでの雪姫は本気で心配させるほど人付き合いに問題を抱えていたのか、風吹貴より年長の男として安心させてやりたいという感じて、風吹貴の手に雪姫の手を重ねて言った。
「ありがとう……」
声は雪姫の高く細いものだったが、気持ちは伝わったようだ。風吹貴は安心したのか、手を解きながら言った。
「早く服着ないと風邪ひいちゃうね、服着てご飯にしよ」
風吹貴はそう言って服を押しつけて来たので、雪姫は風吹貴に背中を向けて急いで服を着た。
初めてのお友達来訪と初めての着替え選び、天王院家の事情が知れたりというお話でした。
誤字修正しました。