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ゲームが現実(リアル)で、リアル(現実)がゲーム!?  作者: 日出 猛
第1章 ~起~ 俺が雪姫?!
13/27

13話 妖精との仲間入り?

「雪の魔法少女が出てきて、その子が雪姫で?」

 バーニンガールである焔邑は、目の前で雪姫()が変身を解き正体を明かしたことを受け止めきれず混乱している。一般人に正体を明かすのは禁じられており、魔法少女同士であってもフレンド以外には明かさないのが常識だ。俺のやったことはけっこう型破りなことになる。まあ、プレイヤー間じゃちょくちょくやらかす奴も居るバッドマナーではあるんだが、こっそり覗き見した負い目があるから清算するにはこれくらいはしないとな。

「……焔邑が……お友達が心配だったから……」

 そう言って自分の言ってる台詞の恥ずかしさをごまかす為に俯いた俺の頬は熱を帯びていた。

「雪姫ぃいいー!」

 バーニンガールが超人的な身体能力で飛びかかって来ると雪姫()の細い身体を両腕ごと抱きしめて来た。間近に迫る顔は笑顔で敵意による攻撃ではなく親愛の情から来る行動だと分かるが、感情の高ぶった彼女の超人的腕力での締め付けは常人よりはるかにひ弱な雪姫の身体には酷過ぎた。

「い、痛い……」

 思わず声がもれる。足も浮き上がっていて自力では抵抗もできない。締めあげられ、細すぎる骨が軋むように痛む。その声を聞いた彼女はすぐに手を緩めて下ろしてくれた。


「ご、ゴメンね。手加減したつもりだったんだけど」

 彼女はそう言って頭をかいていた。その手の動きに合わせてカチューシャから伸びる炎の耳がゆらゆらと揺れる。あれどういう構造になってるんだ。本人は平気でも他人が触ったら火傷したりするんだろうか?

「まったく、君は力加減が下手だな。すぐに変身を解け、でないと友達を怪我させるぞ」

 妖精フィーがバーニンガールの頭に止まってたしなめる。炎の耳が妖精の鳥の尾に触れているが燃えたり熱そうなそぶりを見せない、あれは少なくとも味方なら触っても大丈夫なものらしい。2人はそう言うが、実際、彼女は手加減はしてたろう。そうでないと細い雪姫の身体は折れてただろうから、彼女が悪いんじゃ無く雪姫の身体の方が弱すぎるんだ。

「そうだね、雪姫を怪我させたら大変だ。変身解くよ」

 そう言うや否やバーニンガールのバニーガール風コスチュームが炎に変わって燃え落ち、変身前の夢翔学園中等部の制服が焔邑の身体を包む。その手には学生カバンが握られており昇降口で分かれた焔邑そのままの姿だった。

「あらためて、ありがとうね、雪姫。助かったよ。」

 焔邑がそう言って雪姫()の手を両手でギュッと握って来る。何の疑いも無く感謝の念を示す焔邑の純粋な瞳が、後ろめたい思いのある俺には痛かった。焔邑を助けたのは事実だ。しかし、純粋な気持ちだけじゃなく今後の戦力として、妖精との繋ぎとして期待を込めた打算的な行為だった。それに焔邑を情報収集と確認に利用していたこと、何より焔邑に正体を偽ってることが後ろめたい。

「……気にしないで……、好きでやったことだから……」

 気後れしてると雪姫の重い口がさらに重くなる。

「でも、雪姫が魔法少女だなんて知らなかったよ、スノープリンセス・ユキだっけ? 名前通りの雪のお姫様みたいだったよ」

 焔邑が嬉しそうに瞳を輝かせ尻尾があったらぶんぶんと振りそうな勢いで詰め寄って来る。いや、確かにキャラメイクでそんなイメージで作ったよ、でも自分でそう言われるのは羞恥心がオーバーヒートするからやめてくれ。いい歳した男である俺が女の子らしい存在として褒め立てられるのは、偽りのものだけにただ恥ずかしい。


「ところで君達、もうすぐ空間結界が解けるんだが何時までそうやってるつもりだ?」

 妖精フィーが見た目に似合わない渋い声でエキサイトする焔邑を止めてくれた。

「あ、そうだった」

 焔邑が握っていた手を離してくれた。後ろめたい気持ちを突き刺す焔邑の純粋な視線から解放されて胸を撫で下ろす。そんな何気ない動作で刺激されて痛みを返す敏感な胸が恨めしい。

「結界が解けたら元の商店街に戻ることになる。どこかに移動して話を聞きたいが付いて来てくれるか、君? たしかゆきと言ったかな?」

 妖精のフィーが手早く聞いて来たので頷きながら雪姫としての自己紹介しておく。

「……天王院…雪姫」

 妖精フィーが妙に丸っこい身体についた首を縦に振ると自己紹介をしてきた。

「私は、ホムラのパートナーの妖精でフィーという。よろしく、雪姫。一緒に来てくれるね? 大丈夫、女の子を遅くまで拘束はしないよ」

 フィーから正式に名乗られたがフィーは愛称じゃなくて本名らしい、妖精だとそんなものかもしれない。一緒に行くのは構わないが、女の子扱いをされるというのは居心地が悪い。確かに肉体的には中学生で普通よりもか弱い女の子の雪姫の物なんだが、俺の意識は成人男性である武人なので場違いな存在に感じられる。実際に襲われたりすれば身を守るのは難しいから、夜出歩くのは気をつけないといけないだろうと理解はできるが、まだ納得はできない。一先ず、フィーの問いにあらためて肯定の頷きを返す。はい、いいえ程度の単純な返答で声を出すのはこの身体だと億劫すぎる。

「来てくれるか、ありがとう。どこに行くか決めてくれ、ホムラ」

 フィーが焔邑に行先を委ねたその時、空間結界の効果が消え元の世界に復帰した。


 周りに見えていた風景が一変した。それまでの殺風景な荒野は姿を消し夕暮れに街灯を灯し始めた街角に変わる。結界が発生したその時のまま、足元には力なく座り込む人々の姿と焔邑の姿があった。

「ひゃっ!」

 気付いた事態に思わず悲鳴がもれる。あまりにも女の子女の子した悲鳴が恥ずかしくて手を口に当てる。雪姫()は空中に居て、万有引力の法則に従い落下していた。上空という程の高度ではないが一般家屋や商店の屋根より高い10m少々の高さに居た。その高さから落下すれば上手く受け身が取れなければ、普通で骨折、頭から落ちれば死亡もあり得る。普通より弱い雪姫の身体だとダメージは大きいかもしれない。10mの落下には2秒と掛らない変身し魔法を唱える暇はない。落下のショックを和らげようと身体を丸めて目を閉じた。


「雪姫ぃい!」

 焔邑の声が聞こえ、予想より早く身体にショックが加わる。硬いアスファルトではなく、もっとやわらかくて細いものとの衝突。しかし落下は治まって居ない、落下感がコンマ数秒続いた後、再びさっきよりも強い衝撃が襲い激しく身体が揺すぶられた。

「大丈夫、雪姫?」

 焔邑の声が直ぐ上から聞こえる。背中と膝に感じるやわらかく暖かい感触は、憶えがある。目を開くと雪姫()を両手で抱きあげている焔邑の姿があった。また、焔邑にお姫様だっこされているらしい。

「……大丈夫、ありがと……」

 推測するしかないが、落下してる雪姫()を見付けた焔邑が飛びあがって空中で受け止めたのが最初のショックで、抱きあげられた状態で2人して落下し焔邑が着地した衝撃を殺してくれたのが2度目の衝撃と激しい揺さぶりなんだろう。焔邑の運動能力は思った以上に高いらしい、だがそれ以上に判断に迷いが無い。焔邑のまっすぐな優しさにまた助けられたらしい。俺の中で焔邑に対する借りが増える一方だ。

「良かったぁ、じゃあ下ろすね」

 焔邑が満面の笑みを浮かべて俺の無事を喜ぶと抱き上げていた雪姫()を下ろしてくれた。脱力状態から復帰した人達の好奇の視線が雪姫()と焔邑に集まって居た。武人としての人生で大勢の注目を浴びるような体験はほとんどなかったから、注目を浴びると落ちつかない。健康的美少女(焔邑)線の細い美少女(雪姫)を抱いてる姿なんて注目を集めるのは分かるが、そっとして置いてくれ。

「ハンバーガーで良いかな?」

 焔邑が唐突な質問をしてきたので、意味がわからず目をぱちくりさせた。

「話する所、バーガーショップで良い? 外じゃ寒いでしょ」

 焔邑が言ってるのは、どこで話をするかということか。情報をすり合わせるのに小1時間くらいは掛るだろうから、野外で立ち話とも行かないか。冬の寒空の下では元気の塊といった雰囲気の焔邑はともかく、雪姫の身体は冷え切ってしまうだろう。この街にどんな店があるか俺は知らないし、焔邑側の経済事情の問題もある。代案の提案もできない以上、焔邑の案に従うのが妥当だろう。雪姫()は頷いて同意する。

「じゃあ、行こうか」

 肩の上にフィーを止まらせた焔邑が、右手で雪姫()の左手を握って歩き出す。冬の太陽はもうビルの陰に隠れているから日傘も必要ない。カバンと一緒に右手に持ち、焔邑に引かれるまま歩き出した。


 朝焔邑に手を引かれるまま駆け抜けた商店街を、今度は2人でゆっくり歩いて居た。焔邑は雪姫()を気遣ってかゆっくりと歩いてくれている。雪姫()の無理ないペースは遅いから家路を急ぐ中高生や主婦が追い抜いて行く。焔邑にしてみればじれったいんじゃないかと申し訳なくなり、足を速める。

「急がなくて良いよ、ゆっくり行こ」

 また焔邑に気を使わせてしまった。一回り下の中学生に気を使われるというのは、情けなくてむず痒い。

「ほら、もう着いたよ」

 大手チェーンのハンバーガーショップに到着した。ちょっぴり高級志向なヘルシー路線の方じゃなくて、お財布に優しいエコ路線の店で中学生の懐ぐあいにも適切な店だろう。店内には中高生を中心に多くの客が談笑する姿が見える。

 焔邑がドアを押しあけて入るとカウンターの奥からスマイルの列と共に「いらっしゃいませ」の合唱が聞こえる。さすがに店内で手を繋いでいるのは通行の妨げになると思ったのか焔邑は手を離してくれた。開いたカウンターに焔邑が歩み寄ったので、雪姫()も後に付いて行く。

「チーズバーガーとチキンバーガー、フィッシュバーガーにセットのポテトとドリンクLサイズ、コーラで」

 手なれた感じでオーダーするがバーガー3つにLサイズのポテトとオーダーし店員の請求が870円にも成っている。焔邑は財布から1000円札を取り出してお釣りを受け取ってこっちに振り返って言う。

「雪姫は何にするの?」

 やっぱり今のオーダーは全部焔邑1人分らしい、良く食べるものだと感心する。店員に促されて、カウンターに立つがそこでふと気付いた。雪姫の財布には中学生の小遣いにしては多くの金額が入って居るので会計には問題無いのだが、何を食べて良いんだろうか? 俺が雪姫になってから口にした物は、最初のクレープと缶コーヒーとココア、ペットボトルのお茶を除けば全て雪姫の身体のことを良く知るであろう風吹貴の用意した食事だけだ。

 この身体にアレルギーが有っても俺にはそれが分からない。アレルギー発作とか起こしたら雪姫の(この)体力じゃそのまま死亡という結果にもなりかねない。自分が操る身体について慣れてないどころか知りもしないというのは恐ろしい話だ。アレルギーが無かったとしても、過敏すぎる雪姫の舌じゃ刺激の強い食べ物は合わないし、小腹は空いているものの余り量も食べられない。

 身体が冷えてるんで暖かい飲み物と軽くつまめるサイドメニュー辺りと考えてメニューを見る。ホットドリンクはコーヒーに力を入れてるようだが、雪姫()はコーヒーが飲めないんで除外、スープ類やココアは無かったのでミルクティーに決める。サイドメニューのリストの中で揚げ物は雪姫の胃には負担が有りそうなので外す、ナゲットとか好物だったんだが残念だ。メニュー写真の中に有ったパンケーキが目に留まる、これなら材料的にアレルギーの心配も無く消化も良くて小腹を満たすのにちょうど良さそうだ。

 オーダーを決めた雪姫()は高校生か大学生のアルバイトらしい女性店員に注文を伝える。カウンターの向こうが高く成ってるのもあるが雪姫()より大分背が高い女性店員をかなり見上げることになるのに屈辱感を覚える。

「……これと、これ……」

「ミルクとレモンどちらにされますか? 紅茶のサイズはいかがされますか?」

 女性店員に尋ねられた。

「……ミルクの(エス)で」

 昼飲んだお茶も飲みきるのに苦労したんで量に比べ割高になるが控えめにしておく。オーダーが終わって会計を済ませる、支払ったのは焔邑の1/3程でしかない。


 トレイに並べられた3つのバーガーとLポテト、Lサイズの紙コップのボリュームを見て、改めてて焔邑は良く食べるなと感心する。

「パンケーキとホットミルクティーSサイズのお客様」

 店員に呼ばれたので、蓋のされた紅茶とパンケーキの皿が載ったトレイを開いた左手で受け取る。だが、店員がトレイから手を離した瞬間、掴んだトレイの端から10cm少々離れたところにある商品の重さに手首が負けて大きく傾けてしまった。店員が気付いて抑えてくれたのでパンケーキは皿から少しはみ出した所で止まり、ミルクティーも倒れずに済んだ。

「大丈夫ですか? お気を付けください」

 年下の店員に心配されてしまった。カバンと日傘を持った右手も上げて左手で握って、右手で反対側を支える様にして両手で捧げ持つ。ファーストフードのトレー1つ片手で支えきれないとは思わなかった。重さ自体はドリンクもSサイズだから持てないものじゃないが、トレイの端を持って傾かないように保つには、重心の下から支える場合の何倍も力が必要になる。武人の時()は気にするまでも無く出来ていたことだが、今の雪姫の手では小さく固定しづらい上に筋力が不足していた。ちゃんと構えて居れば短時間は支えられたんだろうが、片手で安定を保つのは無理なようだ。前はできたことができなくなる雪姫の身体の不自由さをまた実感させられる。

「雪姫ー、こっちこっちー」

 2階席の方から焔邑の呼ぶ声が聞こえる。その声に反応してか周囲の客の視線がこちらに向けられる。女子中高生の値踏みするような視線と男子中高生の絡みつくような視線が通り過ぎていく。雪姫の容姿は目立つ、青味を帯びた銀髪のツインロールに新雪のような白い肌、澄んだ空のように青い瞳、触れれば折れてしまいそうな繊細な作りの身体、注目を受けやすいのは理解できるが落ちつかない。慌てるとトレイが不安定になるんで急ぐこともできず気が急く中、焔邑が待つ席に着く。トレイをテーブルに下ろしカバンを足元に置くとずっと持っていた右手がしびれて指先の感覚が鈍くなっていた。

「……ごめんね、待たせて……」

 トレイを置いてその横にフィーを座らせた焔邑に詫びておく。2分と待たせてないと思うが、オアズケを食らった子犬のような目で手を付けずに待ってる焔邑に悪い気がした、今日だけで2度も焔邑に助けられているし。


「まずは、プライベートゾーンを張る」

 テーブルの上に鎮座したフィーが小声でそう告げると、一瞬目を閉じて光と共に見開いた。プライベートゾーンは、指定した対象に対する関心を失わせる妖精魔法の1つだ。切迫した事情を持つ者以外は影響を受けた者の言動を気にしなくなる。雪姫や焔邑の容姿にスケベ心を出した程度なら興味を失う筈だ、安心して裏事情の話ができる。

「じゃあ、食べながら話そっか」

 焔邑がそう切り出して、ポテトを数本口に入れる。その様子が微笑ましくて思わずくすっと笑みがこぼれる。それを見て、焔邑がにっこりと笑顔を浮かべて言った。

「雪姫ってそんな風に笑うんだね。今日1日で雪姫のいろんな顔を見れて良かった」

 フィーがやれやれと翼をすくめて首を振りながら言った。

「ホムラ、君がしゃべると話が進まないからしばらく食べる事に専念していてくれないか」

「わかったよ、どうせあたしは邪魔ですよ」

 そう言って焔邑はバーガーに豪快にかぶり付く、ちょっと騒がしいが面倒見が良くて明るく楽しい性格の女の子だ。

「自己紹介は終わってるし、本題に入らせて貰う、雪姫も食べながら相手してくれ」

 フィーがそう宣言したので、両手で包んで手を暖めていたミルクティーをふぅふぅと吹いてから一口すすった、紅茶の香りとミルクの風味が広がりホッと安らぐ。

「雪姫は、雪のつまり水属性の魔法少女で、友人であるホムラを助ける為に来たと言ったね?」

 まずは変身中に話した事情の確認からだった。中身が雪姫じゃないことや思惑など隠してることは有るが言ったこと自体に嘘はないので、両手で包んだカップを下ろしながら頷く

「……うん、そう」

 正体を明かさずに話をすると認識阻害でスムーズに行かないと予想して変身を解いたが、長々としゃべるのは雪姫の喉では厳しい。事情を伝えて、なるべく聞かれたことに答える形にならないかと思案していると、1つ目のバーガーを片付けた焔邑が手にポテトを掴みながら口を(はさ)んで来た。

「ねぇ、フィー。雪姫はしゃべるの苦手だから、返事するだけで良いように話してあげてよ」

 焔邑が気を利かせて先に釘をさしてくれた。中学生の女の子に庇われるのは情けないが、それを拒否する余裕もないんで、はにかんだ笑みを浮かべて頷くしかない。

「わかった、なるべくそうしよう。雪姫の変身アイテムを見せて貰えるか?」

「あたしのは、これね」

 そう言って焔邑が左手に付けた腕時計風の変身ブレスレットを見せてくる。小さくまとまっていて常に身につけられる便利なデザインで羨ましい。コートのポケットに入れていたコンパクトを取り出す、小さな雪姫の手の中には収まり切らない大きさで持ち運びに不便な品だ。それを見て、焔邑が感嘆する。

「わぁあ、可愛いー、雪姫にピッタリだね」

 可愛い物が似合うと言われるのは不本意だが、反論しても話が進まないので開いて見せる。それを確認しながらフィーが呟く。


「なるほど、私の世界のものではないが妖精界の物だな。雪姫、君にこれを託した妖精は?」

 聞かれるとは思っていたが俺はその答えを持っていない。『Hidden Secrets』でも雪姫が魔法少女になるに際してアイテムを渡した妖精か雪姫に魔法少女を継承した先代が居る筈だが、そのあたりは特に考えても居なかった。所詮、雪姫は日火輝(ひびき)風吹貴(ふぶき)の妹という位置づけのキャラで、自分がその境遇になるなんて微塵も考えたことは無かった。答えられない問いなので、首を左右に振って答える、動作に遅れて揺れる2本のロール髪の感触が煩わしい。

「そうか、消息を知らないのなら仕方がない。雪姫は今後も魔法少女として戦うつもりなのか?」

 妖精について深く追求されずに助かった、焔邑の助言のお陰もあるだろう。魔法少女として戦う、決して本意ではないが、元の武人()を取り戻す為には足踏みしている訳には行かない。前に進むその為に魔法少女スノープリンセス・ユキとして戦うことを決めたんだ。精いっぱい強い視線でフィーを見詰めて、こくんと頷く。

「わかった、私に君を翻意させる権限はない。ただ、君が1人で戦って傷つくとホムラが悲しむ。そこで提案がある、雪姫も私達と一緒に戦ってくれないか? 先ほどの戦いを見て思ったが、君とホムラの相性は良いと思う。共に戦えば君もホムラも傷つく可能性を下げられると思う。考えてくれないか?」

 このフィーという妖精可愛い外見に反してけっこう巧みな交渉術を使う。提案を拒否することが第三者(焔邑)の不利益になると言い、受け入れる事が両者にとって有利になると言う提案は、甘える事への罪悪感を和らげて拒む理由を奪い、こちらが予定している受諾の返事を引きだす。ここは願ったり適ったりなので、素直に受諾しょう。ここまでお膳立てされて、首を縦に振るだけでは失礼だろう。

「……こちらこそ、ぜひお願いします……」

 強くはっきり言ったつもりなのに、実際に出た声は高くか細い物でしかない。

「一緒に頑張ろう、雪姫!」

 焔邑が雪姫()の手を取って目を輝かせる。

「仲間ができて喜ぶのは良いが、話の腰を折らないでくれ、焔邑。それに、雪姫の手が油まみれになってるぞ」

 フィーが焔邑をたしなめると、確かにポテトを食べていた焔邑の指に付いていた塩と油が、雪姫の小さな手にべったりと付いていた。

「ごめん、雪姫。すぐ拭かないと」

 焔邑がわたわたと慌ててるのでとめる。

「……大丈夫」

 そういって、未使用の紙おしぼりを見せる。武人の時()と同様に口を引っ張り開けようとしたが粘り強いビニールは雪姫()の貧弱な力に屈してくれない。気を使って手を伸ばして来た焔邑に渡す前に、紙おしぼりの袋を持ち替えて、縁のギザギザの切れ込みに手を掛けて前後に切り開いた。この方法ならこの非力な手でも袋を開けられるらしい、雪姫として暮す間、こういう非力なりの対処方法を覚えないといけない。

 そう考えながら取り出した紙おしぼりで油にまみれた手を拭いた。


「雪姫のパンケーキが手つかずの様だし、遠慮なく食べてくれ。しばらく話を聞いてくれれば良い」

 フィーにそう言われたので、小振りなパンケーキをナイフでカットする。初めは元の感覚で大きめに切ってしまったが、雪姫の小さな口には大きすぎると半分の幅にカットして、さらに一口サイズに切り分けて口に入れる。シロップの甘味とまだほのかに暖かいパンケーキの味が口の中に広がる。はむはむとしっかり噛んで細かくなった所でこくんと飲み込む。

「私は魔人に追われ妖精界からやって来て、この世界で魔力の素養を持つホムラと出会った。彼女の同意を得てバーニンガールに変身する力を与えて一緒に魔人の生み出した魔獣と戦って来た」

 フィーの話に頷いて、一口紅茶を含むとわずかに残って居たパンケーキの欠片が一緒に喉を通る。

「だが、時折知らない魔法少女や魔法少女とは違った種類の力を持つ存在と一緒に戦うことになったり、魔獣とは異なる種類の敵と戦うこともあった」

 共に戦ったのはヒーローや異能者のことで、敵は怪人や異端者のことだろう。俺はまだ会って居ないがこの世界にも居るらしい、これから会うこともあるだろう。そう考えながら、パンケーキを一口口に入れる。

「共に戦う場合、君も謎の味方と共に戦うことや謎の敵と戦うことがあるだろう、心しておいて欲しい」

 フィーにそう言われて、パンケーキが口にある雪姫()は頷いて同意を示す。ちゃんと答えられるようにはむはむと懸命に噛んで十分細かくなった所で飲み込む。雪姫になってから何かを食べるというのが、時間的にも精神的にも負担に感じる。

「私は、君たちのように魔獣と戦う力はないが、今やさっきのように種類の異なる結界を張ることができ、敵の出現を予知し気配を察知する事ができる」

 やっぱりフィーはかなり有能な妖精だ。『Hidden Secrets』で妖精は便利な魔法が多くパーティに加えたいクラスNo.1だが、補助的なことしかできない上に外見がこういうメルヘンな愛玩動物型で行動が不自由なせいで自分でやりたくないクラスNo.1でもある。紅茶を飲みながらフィーの話を聞く。

「敵の予兆を察知したら、ホムラを呼んで退治してもらっていた訳だが、これからは雪姫にも手伝ってもらいたい。それで良いかな?」

 フィーの言葉に頷いて答える。


「そこで明日、君の力を力を見せて貰いたいんだが良いかな?」

 命を預ける仲間になるなら実力を測る位は当然だろう。もともと俺に決まった予定はないから望むところだ、頷いて肯定の意を示す。

「よし、では明日の放課後、ホムラの変身したバーニンガールと手合わせしてもらう」

 フィーがそう宣言した。

「えっ?! あたしが雪姫と戦うの?!」

 焔邑が驚いて、咥えていたストローを吐きだして立ち上がる。

「明日は敵の出る予兆を感じないし問題無いだろう。雪姫、君のコンパクトにも通信機能があるようだから連絡できるように設定したいが良いか?」

 うろたえている焔邑を放置して、フィーがそう告げてくる。このコンパクト通信可能なんだ、魔法少女物で変身ツールが携帯を兼ねているというのは聞いたことがあるが、この世界に置いても適用されているらしい。フィーが器用にくちばしでコンパクトを操作している。

「ホムラ、ブレスレットを開けて手を出せ」

 ひとしきりうろたえて落ちついた焔邑が言われるまま腕時計状のブレスレットの蓋を開けて、左腕を差し出す。フィーは今度は焔邑のブレスレットの文字盤部分を操作している。

「これでよし、雪姫のコンパクトとホムラのブレスレットで相互通信できるし、私と会話することができるようになった。雪姫はなるべくコンパクトを手元から離さないように注意してくれ」

 これが『Hidden Secrets』でいう所のフレンド登録ということか。何にせよ、便利になる。

「そろそろ、プライベートゾーンの効き目が切れるんで、話を打ち切るが思いの外時間が掛った、雪姫はさっさと食べてしまえ、帰りが遅くなる」

 フィーに言われてみると焔邑はすっかりバーガー3つとポテトを食べきり、空になったコーラの氷を齧っていた。話をしていたのもあるが、雪姫()の方は、パンケーキの3分の1も食べ終わって居なかった。待たせすぎる訳にも行かないし、焔邑が手持無沙汰にしてるのも見るに忍びない。

「……半分食べて……」

 パンケーキの半分を焔邑に差し出して、残り6分の1程のをはむはむと片付けに掛る。結局5分以上、ニヨニヨと楽しげに見つめる焔邑を待たせて店を後にした。

雪姫は仲間を手に入れた。

そして、明日スノープリンセスVSバーニンガール戦が行われることに。


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