12話 雪と焔の魔法少女?
戦闘回です
冬の風に吹かれながら|スノープリンセス・ユキ《俺》は、魔法の箒にまたがって空を飛んでいた。
魔法少女が箒に乗って空を飛ぶという魔法は『お約束』に則っていてゲームに導入されるのは妥当なものだとは思う、それが他人事ならば。だが、自分がこのレオタードか水着かといった作りの装束で実際に箒に乗って飛ぶとなると、たまったものではない。ユキの軽い体重とは言え全体重が魔法の箒となった日傘の軸に直接乗っかる股間に掛る、自転車ならペダルとサドルとハンドルで分散される体重のほぼ全てが一点に掛る、本来この様な時は股を閉じて太腿で締めるんだろうけど、ユキの骨盤の広がりに対して太腿が細すぎて膝を合わせても太腿の付け根に日傘が動く隙間ができているから、危なっかしい。
さらに、申し訳程度のスカートはお尻の下に敷くほどの長さは無く、スカートの下にある装束のお尻部分が下から見れば丸見えになる。空を飛んでいる人間を見上げてるような者は滅多に居ないだろうし、この身体は俺のものではなく雪姫の身体だから気にしなくてもと理性的には分かっている。だが、ユキの身体が男の好色な視線にさらされるかと思うと恥ずかしい。それと魔法のほうきに押しつけられて体重を支えている股間から、男の身体とは違う少女の身体になっていることを否応なく突き付けられる。恥ずかしさと共に変な感覚が湧きあがり頬が熱を持つ。魔女の箒というのは、中世の魔女が箒にまたがって淫靡な行為をしていたことに由来するという説もあるが、年端もいかない少女にそれをさせるのはどうかと思う。
最初こそ、身体と魔法の箒の固定に対する不安から、おっかなびっくりの飛行だったが、魔法の効果自体に安定や操縦についてのサポートが含まれているのか速度や高度もイメージするだけで自由にコントロールできた。この魔法は、俺が焔邑を追う為に必要なものだった。雪姫のままでは到底追いつかないし、ユキの姿で人ごみの中を駆ける訳にもいかない、ユキとなり人目に付かないこの方法で追いかけるしかない。
学園近辺のビルの3倍程になる70m程の高さまで上昇すると下を見下ろした。この高さで1本の日傘にまたがっている状態なら恐怖感があっても良さそうなものだが、俺は恐怖感を感じていなかった。落ちることへの危惧がない訳じゃないが、冷静に危険度を判断し落ちついて行動することができた。アドレナリンやエンドルフィンが分泌して恐怖が麻痺してるんだろう。これからやることを考えるとありがたい。
耳をすませ目を凝らし焔邑の姿を探す。元々2.0以上の視力があったと思われる雪姫の視力は感覚強化の恩恵で数倍に拡張されてちょっとした双眼鏡並みに良く見える。それに身体強化の影響か防御フィールド魔法の恩恵か雪姫だった時には目に痛かった太陽の照り返しも、ユキとなった今は苦にならない。
「……っちで良いの? フィー?」
強化された聴覚が探していた焔邑の声を拾い上げる。聞き取りたい音を拾い上げてくれる人間の聴覚が強化されるとこんなに便利なものなんだと感心する。音のした方に集中すると焔邑と会話する何者かの声が聞こえた。
「間違いない、この先に魔獣が居る注意しろ、ホムラ」
若い男の声だ、どこの誰か知らないけれど中学生の焔邑が男と付き合うのはお兄さん感心しないな。相手の男の顔を見てやろう。魔法の箒を焔邑の声がした方に向けて速度を上げると、ビル越しに焔邑の姿が見えた。
健康的な脚を伸ばし大きなストライドで走る焔邑は速い。しかし、焔邑の周囲にさっきの声の主らしい男の姿は見えない。いや、人影は無かったが代りに小さな白い鳥のような生き物?が飛んでいた。全長40cm少々の白をベースに黄色い縁をした羽毛に覆われた鳥らしきものが焔邑の顔のすぐ上を飛んでいる、だが尋常な鳥の体型ではない。鳥7分卵3分でモーフィングさせて混ぜたような妙に丸い形をした鳥というよりも鳥のぬいぐるみといった方がいいものが、その翼で羽ばたいて空を飛びながら人間の言葉をしゃべっていた。
「この先、角を曲がった所だ気をつけろ」
鳥のぬいぐるみとしか思えないファンシーな見た目に反し、渋いバリトンの声を発してる。これが間違いなく焔邑が知っていた妖精だろう、声が渋いから大人な妖精だろうか? 妖精には魔獣や怪人の引き起こす事件を感知する能力を始めとした支援系の魔法が使用できる。ゲームシステムのサポートが受けられない現状で、未熟な大器であるユキの力を高め俺に起きた現象の謎を追うには妖精の力が必要だ。しかも、妖精と焔邑の会話からしてすぐそこに魔獣が待ちかまえているんだろう。俺のスノープリンセス・ユキとしての初陣だ。
路地に飛び込んだ鳥妖精と焔邑、上空からは動きがはっきり見える。路地に入った焔邑は左腕に付けていたファンシーな腕時計型の装置に右手で触れる。表面を覆うカバーが開くと中にカバー裏に液晶風の画面とボタンが現れる。あれが焔邑の変身用ブレスレットなんだろう、焔邑はブレスレットのボタンを勢いよく叩くようにして押下すると力強く叫んだ。
「燃え上がれあたしの情熱! マジカルハート、バーニングアップ!」
まあ焔邑らしい詠唱だけど英語間違ってるよ、焔邑のせいかプレイヤーのせいか知らないけど。雪姫の変身と同じように、焔邑の着ている服が光の粒子となり虚空に消える、同時に焔邑の身体から赤味がかった光があふれだして細部を隠す。身体の細部は見えないがシルエットで焔邑のラインだけは良く見える、グラビア体型の風吹貴と比べればまだ子供だが、雪姫と比べるとずっとメリハリのある発育の良い中学生の姿がそこにある。胸も十分女として主張しており、括れた腰からキュッと持ち上がったヒップがスポーティーな体育会系少女らしいシルエットを形作り、カモシカのような足もすらっと長い。この状態で感じるのが、焔邑の発育が雪姫より良いなあという感慨だけなのが歯がゆい。
ユキの時は雪の結晶が降って来て身体を覆ったプロセスで、焔邑の場合は横に伸ばした左手のブレスレットから赤い炎が吹きあがり拳を包む、焔邑が左手を拳に握ると炎の輪が拳から左腕を駆けあがり肩で広がり身体に沿って焔邑の胸・腹・腰を駆けおりヒップを包む、そこで二つの輪に分かれて両足を駆けおり、足先を炎の塊が包む。
足先の炎が金で縁どられた赤いハイヒールブーツに変わり、ヒップから胸までを赤地に金縁のピッタリした袖なし肩だしのレオタード状のバニーコートが覆う。炎に包まれた左手と右手を胸の前で打ち合わせると左手の炎が右手に燃え移り、手を左右に開くと炎のシンボルが手の甲に刻まれた格闘大会で使われるオープンフィンガーグローブへと変化した、同時にバニースーツのバストを金属質のプロテクターが覆った。焔邑がオープンフィンガーグローブの両手で赤い髪を掻きあげると、焔邑の髪が逆立ち指の間から火の粉が舞う。火の粉が炎の帯へと連なり焔邑の頭にカチューシャとなって装着された、真紅のカチューシャから後ろに向けて二本の炎の帯がウサギの耳を思わせる形で伸び。余った火の粉が首に襟飾りとして定着し、おしりに丸い炎の尾が生える。
焔邑の魔法少女スタイルは、全体的なフォルムがバニーガールを思わせる物で、グローブやブーツのデザインは総合格闘の選手を思わせるフォルムになっている、この両者を融合させたデザインコンセプトのようだ、殴り合いがメインのバトルスタイルなんだろう。
「燃える闘志が邪悪な心を焼き尽くす。燃える炎のバーニンガール!」
炎をまとったキックやパンチの動作を繰り出すポーズと共に焔邑あらためバーニンガールが名乗りを上げる。聞いてるのはお伴の妖精と俺だけだが、これも様式美というものだろう、ユキは省略したが一応『Hidden Secrets』では10分間5%のボーナスが付くことにはなっているが、気休めだ。焔邑の変身した魔法少女のバーニンガールという名Bunny GirlとBurningの合成で差し詰めつづりはBurningirlという感じか。
「行くよ、フィー!」
変身を終えたバーニンガールは妖精を伴い交差点を曲がった所に待つ魔獣の元へ走り出した。ユキも魔法の箒で後を追う。その先には気力を無くしてくずおれる人々の姿、子供を連れて買い物中の主婦や配達中の宅配業者、営業中のサラリーマン、帰宅途中の小中学生、皆いちようにうつろな目である者は膝をつき、ある者は尻餅をついている。
そんな人々の中央に、プロパンガスのボンベが寄り集まってできた不格好な魔獣が居た。『Hidden Secrets』の設定では、魔法少女達の居る世界と結びついた妖精の故郷である妖精界と呼ばれる異世界を侵略し、その魔の手を人間の住む世界にまで広げてきた魔人が生み出す使い捨ての侵略兵器が魔獣と総称されている。強さの格や能力傾向で何種類かある魔獣の種を周辺の器物に埋め込むことで、取り込んだ物体の性質を持った魔獣が誕生する。今、目の前に居るガスボンベのお化けがその一体ということだ、その目的は人々の夢や希望、愛といった生きる力の源になる感情をうばい、哀しみや絶望、無常感といった負の感情に沈めること、その落差によって生じるエネルギーが魔人の糧や長期戦略の推進力として利用される。魔獣が放置されると移動して被害範囲を拡大させていく、被害者を保護して拡散を防止する為に魔獣を退治するのがユキたち魔法少女の役割になる。
「らんぼーろーぜきはそこまでよ! この燃える炎のバーニンガールが焼き尽くす!」
格闘バニースタイルの焔邑ことバーニンガールが炎の耳状飾りを揺らめかせながらボンベの魔獣をオープンフィンガーグローブの右手で指差し叫んだ。乱暴狼藉の発音がおかしいのは焔邑が言葉を良く分かってないまま与えられた決め台詞を読み上げてるせいだろう。バーニンガールがハイヒールであることを感じさせない猛ダッシュで魔獣に肉薄すると左ジャブの三連打でガードを崩し、4m近い身長を持つボンベ魔獣を右アッパーで空中に打ち上げた。
「フィー! 今のうちにお願い!」
「任せろ!」
バーニンガールの声に答えフィーと呼ばれた鳥妖精がバーニンガールとボンベ魔獣を中心として30m位の円柱状にらせん飛行をしている。フィーのらせん飛行の軌跡が光の帯として空中に残る、この動きは周囲に被害を出さずに戦う為に妖精が使う結界魔法だ。結界魔法も操るフィーという妖精は大あたりらしい、境界面の内側に居る魔法少女や妖精、敵の魔人や魔獣といった神秘力を持つ存在をこの世界とは違う隔離空間へと切り離す結界を作るそれに取り残されると目的を果たせないので、ユキも結界完成の直前に範囲に飛び込んだ。結界の境界面が光に包まれ、風景が一変した。
だだっ広い荒野の真ん中にボンベ魔獣と対峙するバーニンガール、それを見守る妖精フィー、その全員を眼下に収めるユキだけがこの場で動くものの全てだった。
「さあ、こっからは遠慮しないよ! 覚悟しなさい!」
バーニンガールがオープンフィンガーグローブに包まれた両拳を打ち合わせて炎をまとわせる。身長160cm近い焔邑がハイヒールブーツを履いてるのでバーニンガールの身長は165cm以上あるが、それでもボンベ魔獣の腰辺りの高さだ。
ボンベ魔獣は倒した中型ボンベを足先に、大型ボンベを足首から腿に、3本並べた大型ボンベを胴体にして、肩から大型ボンベの腕と小型ボンベの頭を生やしていて身長は4m近く総重量は400kg以上あるだろう。固く曲がらない筈のボンベがまるでゴム製のように自在に曲がって手足として機能している。
ボンベ魔獣がそれだけで女の子の体重ぐらいありそうな太いガスボンベの腕をバーニンガールに振り下ろす、その動きは鈍重そうに見える外見と裏腹に素早い。重い打ち下ろしの右を両手をクロスしてガードしたバーニンガールの身体が十数m先までふっ飛ばされる。両足を引きずった跡を地面に残して停止したバーニンガールはバク転し、後ろにのけ反った体勢からクラウチングスタートの体勢に立てなおす。間髪いれずにダッシュしたバーニンガールがスピードに乗り炎の右ストレートを叩きつける。バーニンガールのスピードは人類の限界は遥かに越え地上最速のチーター以上に達しているだろう。勢いに乗ったパンチがボンベ魔獣をのけ反らせ、たたみかける様にバーニンガールの左右の連打が繰り出される。苦し紛れのように魔獣が左腕を振り下ろす、ウェイト差があるんで当たればさっきのようにガードしても後退は避けられないだろう。だがバーニンガールは反射的に上体をスウェーさせながら半歩サイドステップして魔獣の剛腕を胸当てから数ミリの際どい間隔で避けた。
魔獣の攻撃は当たらなかったが、バーニンガールのラッシュは中断された。その隙をついて小型ボンベ型の頭部がバーニンガールに向かってガスを吹き出し炎を上げた。バーニンガールの全身が青いガスの炎に包まれる。
「うわっ、熱っ、熱ち熱ち熱ちー」
炎に巻かれたバーニンガールが悲鳴を上げて転げまわる。すぐに彼女を包んでいた炎は消えたが、その身体に火傷もなく髪や服も焦げていない、ただ煤けた姿になっているだけだ。彼女も前衛魔法少女のセオリーとして自動防御魔法を修得しているんだろう、その見えない防御フィールドが装束を含む体表面を覆っていて、それを越えるダメージを受けない限り身体や装束は一切傷つかない。バーニンガールは火の属性だから炎のダメージには特に耐性がある筈だ、それでボンベ魔獣の特殊攻撃の炎に耐えられたんだろう。
「よくもやってくれたね! 覚悟しなさい!」
ダメージこそ無かったものの攻撃を受けたバーニンガールは怒りに燃え、両拳に宿る炎とカチューシャから生える炎の尾?をいっそう燃え盛らせる。これは傍観している訳にはいかなそうだ。
「ちょっと待って」
ガラスの鈴を鳴らしたような高く透明感のある凛とした声がユキの口から響く。その声にバーニンガールが、妖精フィーが、ボンベ魔獣が一斉にこちらを見上げてくる。ちょっと恥ずかしいがここは演出していくか、後々への布石にはなるはず、スノープリンセスになってから妙に高揚感が湧きあがってテンションが高い。
急降下で地表1mくらいまで降りると、またがっている魔法の箒を足の間から抜いて大きく降り上げて肩に担ぐ。両足を揃えて着地すると同時に日傘を開いて開いた左手を斜め下に伸ばしてポーズを作る。
「静けさに包む穢れなき雪の乙女、スノープリンセス・ユキ参ります」
スノープリンセス・ユキの名乗りを日傘使ったアレンジでやっちまったよ。ほろ酔い状態のような心地よい高揚感がもたらす勢いでやったが正気に戻ったら悶絶物の台詞だ。
「別の魔法少女?!」
「スノープリンセス・ユキ?」
妖精フィーが驚き、焔邑として雪姫を知るバーニンガールも正体に気付かない。魔法少女は基本的に顔が見えているがその装束には認識撹乱作用があり魔法少女の姿と変身前の姿を別個に知っていても同一人物と認識する事ができないようになっている。妖精にも似たような作用で魔法少女等の神秘力の持ち主でなければ、ただの動物かぬいぐるみに見えるという力がある。認識撹乱能力は変身前と変身後を同一人物と認識できなくなるものだが、この例外となるのが変身の最中を目撃することだ、だから焔邑の変身を確認しておく必要があった。
「あの魔獣はあなたの炎の魔法と相性が悪いから、私に任せて」
ユキはそうバーニンガールと妖精フィーに宣言する、自分を『私』と呼ぶのは仕事上の会話で使うので抵抗はない。ボンベ魔獣は、その性質上体内に大量のプロパンガスを内包している筈だ、攻撃にもガスバーナーを使用してる。バーニンガールが炎の攻撃でその防御を貫き致命傷を与えると大規模なガス爆発を起こす公算が高い。ガスバーナーではダメージを受けなかったバーニンガールも爆発では大ダメージを被る、あるいは死亡するという可能性もある。雪をモチーフにした凍結系中心の水属性の魔法を使うユキならば、爆発させずに倒すことができるはずだ。
バーニンガールの前にゆっくりと進み出たユキは、日傘をくるりと回してボンベ魔獣に差し向け呪文を唱えた。
「凍てつく雪の女神の口づけ受けてみなさい。Freezing Blizzard!」
手の中で回転させる日傘の先から円錐状に激しい氷雪の嵐が吹き荒れる。ユキの最も得意とする魔法で凍結効果を伴う水属性の範囲攻撃魔法だ。多数の雑魚やヒットエリアの多い大型標的に対して効果が大きい。指先や杖の先から打ち出す魔法だが、日傘をかざして打ち出してるのは6本骨の日傘を雪の結晶に見立てての演出だ。
ボンベ魔獣は表面を凍えさせ動きを鈍らせる。さらにフリージングブリザードを重ねてダメージと凍結効果を与えていく。ボンベ魔獣の頭にあたる小型ボンベが動くのが日傘越しに見える。
「Ice Protection!」
日傘の石突を中心に六角形の雪の結晶型の氷の障壁が形成されボンベ魔獣の炎を受け止める。
「雪の魔法少女か。炎のバーニンガールよりもガスを使う怪人と相性が良いな」
妖精のフィーが冷静に判断を下すが、可愛い見た目と渋い声のギャップに違和感が拭えない。特殊攻撃を放った硬直を付いてユキは間合いを詰める。身体強化されているせいでユキの体重等ないかのように爆発的に加速する、蹴る角度と力加減を誤ると無駄に高く跳びあがって隙ができる。1歩目を教訓に2歩3歩と修正して15m程の距離を5歩でゼロ距離に詰めた、途中で日傘は閉じて腰のベルトに差す。足元に立つと4m近いボンベ魔獣は圧倒的にでかい、ブーツのヒールを合わせても150cmに満たないユキの背はボンベ魔獣の足1本の高さにも届かない。見上げるのと同時にボンベ魔獣の右腕がユキに向かって振り下ろされる。
ボンベ魔獣の腕から、わずかに上体を逸らしたユキは魔獣の腕に左手を添えると身体を起こして体重を掛けながら押し込みさらに身体を時計回りに回転させ魔獣の腕に回転ベクトルを与える。自らの拳の勢いに加算されたユキの力に降り回されたボンベ魔獣の上体が崩れ、バランスを保とうと魔獣の右足が浮き上がる。その浮いた右足に最大加速して全体重を掛けた蹴りを入れて払う。上体が前に足が後ろに加速されたボンベ魔獣がもんどりうって倒れ、地面の上を二度三度と転がった。
「わぉ、合気道スキル凄すぎ」
思わずユキの口から感嘆がもれる。ユキに変身してから思考が言葉になりやすくなってる。『Hidden Secrets』で雪姫に覚えさせていた格闘系の合気道スキルがまさに身体が憶えているというレベルで考える前に動いていた、それも魔法少女の身体能力と敵のサイズに最適化されて。正直、経験のない動きを身体が勝手にしたのは気持ち悪かった。ほぼ全ての格闘スキルは筋力体力がベースとなっているので雪姫のパラメータでは実用レベルに高めるのが絶望的なんだが合気道スキルだけ創作物の合気道使いのイメージを元に知覚力や器用さがベースになってるんで雪姫でも実用レベルまで鍛えることができたが、こんな風に自分で体感することになるとは思っても居なかった。
「Freezing Touch!」
魔力を両手に集めて呪文を唱える。手袋に包まれたユキの繊手が極低温の冷気を帯び、空気中の水蒸気が結晶化した氷霧をまとう。倒れたボンベ魔獣に飛びかかり、掌底を魔獣の身体を構成するボンベへと打ち込み冷気を伝播させていく。かなり硬いらしいボンベ魔獣にユキの掌底は打撃力としては通じていないように見える。
ぐらっと揺れると身体に霜を付着させたボンベ魔獣が立ちあがった。ユキは身体を引いて構える。立ちあがったもののボンベ魔獣は明らかにバランスを崩している。あと一息で勝負を決することができる。
バランスを崩し動きの鈍いボンベ魔獣の足の間にスライディングの要領で滑り込む。手を左右に開きボンベ魔獣の両足に手を掛ける。冷気が伝わり地面と魔獣の足を氷が繋ぎ止める。それを確認したユキは振り返って叫んだ。
「とどめをお願い、バーニンガール!」
声を掛けられたものの事態を飲み込めてないバーニンガールは指示を仰ごうと妖精フィーに視線を向けている。
「今なら、大丈夫だ。一発で決めろ、バーニンガール!」
妖精フィーが姿に似合わぬ声で請け負う。それに頷いたバーニンガールがクラウチングスタートの体勢を取ると全身から炎を吹き上げる。
「正義を貫き悪を焼き尽くすバーニングダイブ!」
炎をまとって火の玉と化したバーニンガールがボンベ魔獣の身体を貫いて背後に着地した。その間にユキも魔獣から距離を取っていた。吹きこまれていた邪悪な魔力が消失したボンベ魔獣は光を放ち元のガスボンベに戻った。
「上手くいって良かった」
ユキは安心して胸をなでおろした。勝利したのは理解したものの何が起こったか分かっていなかったバーニンガールがきょとんとした顔をしている。仕方がないなという表情で妖精フィーが首を振りながら答える。
「ガスが凍ってたんだよ、その子の攻撃で。凍ってたから君の炎でも融けるだけで爆発しなかったんだ」
「そうなんだ、ありがとう。スノープリンセス・ユキで良かったかな?」
バーニンガールが妖精フィーの説明で事態を理解し素直に礼を言いながら右手を差し出して来た。その手を右手で握り返してユキも答える。
「こちらこそ1人じゃ倒しきれなかったから助かりました。それに、助け合うのがお友達でしょバーニンガール、いえ焔邑」
バーニンガールと妖精フィーが目を見開き驚愕の表情に変わる。認識撹乱で隠蔽されている筈の正体を言い当てられたことに2人は動揺の色を隠せないでいる。
「あなたの行方が気になったから追いかけてたら、変身する所を目撃したの」
言葉で語るのはこの位で良いだろう、焔邑はともかく妖精フィーの方は察しが悪くないし。こちらの手の内を明かし誠意を見せる場面だ。
「これ持っててくれる?」
ユキは背中に指していた日傘をバーニンガールに預けると、気持ちを静めて変身解除を念じる。空間結界が働いてるここなら余人に見られる心配はない。身体に巡っていた魔力の手ごたえが消えるとともに、魔法少女の装束が光になって消失、いれかわりに学園の制服とコートが華奢な雪姫の身体を包んだ。
「雪姫ぃ!」
変身解除を目撃したバーニンガールの叫びがこだました。
初戦闘と焔邑の初変身、敵初登場や新キャラ追加等要素盛りだくさんになりました。




