11話 放課後は魔法少女?
登校初日の午後と放課後です。
雪姫の席に戻って荷物を片付けていると昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。次の授業である理科の教科書ノートを用意して待つ。焔邑と珠ちゃんを雪姫の友達として確保したのは良いが、維持する為には俺は女子中学生相手に『女友達』をしなければならないのか……、この先どれだけ俺の魂を削られるのか不安になる。
考えてるうちに、5時間目開始を告げるチャイムが鳴り、授業が始まった。くたびれたスーツを着崩して上に白衣を着たボサボサ頭のいかにもといった雰囲気の科学教師が入って来る。プレイヤーキャラクターだと言われると納得できるが、一般人でもちょっと変な教師くらいか? プレイヤーキャラクターの判別は結構難しい、面識のある相手や天王院三兄妹や焔邑、金井雷人くらい分かりやすい常人離れした容姿と痛い位の名前をしてれば8割型固い。『Hidden Secrets』ではキャラクターメイキングの推奨設定として、キャラクターの属性を暗示する外見特徴や命名を行うというものがある。推奨を守って特別ボーナスがある訳でも破ってペナルティがある訳でもないので、様式美に拘る律儀なプレイヤーが守る程度で3割程度の順守率だから、普通の見た目普通の名前のプレイヤーキャラクターも多い。
「……院、聞いてるか? 天王院、ほら答案受け取れ」
思考に入れ込み過ぎて教師が呼んでいるのに気付けなかった。日野武人じゃなくて雪姫の名前だからどうしても他人の名前と感じて、注意してないと聞き逃す。自分の名前や興味ある話題がクローズアップして聞こえるカクテルパーティ効果が働いてくれない。雪姫を知る人間が居る場所では、雪姫の名が呼ばれないか注意をしてないといけない。
「すみません……」
謝りながら、目の前に突きだされた答案用紙を両手で受け取る。クラスの生徒達からくすくすと笑い声が漏れ、半分の年齢の子供たちに笑われた事が恥ずかしく、顔が赤く染まった。テストは92点とまあ好成績だった。答え合わせで確認するとこれも計算ミスによるもので、元計算を間違えて連鎖で2か所間違いになっていた。やはり暗記で答えられる問題は完璧だ、教科書を読み返して俺も記憶し直しておかないといけないだろう。3流とは言え大学も出て26歳の武人が今更、中学生のお勉強をやりなおすというのは情けないが、中学の範囲の暗記物なんて憶えてないからな。
結局この授業中に教師がプレイヤーキャラクターか否か見極めることはできなかった。『Hidden Secrets』には守秘原則があり、一般人に対して怪現象や魔法少女等の存在を明かしてはいけない、また他のプレイヤーキャラクターに対して極力正体を隠すことになっていた。プレイヤーキャラクターの正体についてはプレイヤー間では暗黙の了解として、本当は知っているが知らない振りをするものだが、システム的には相手との友好度パラメータが上がらない限り表の顔しか確認できず、仮面のヒーローや魔法少女としての名やステータスはフレンドや何度も一緒に行動した者しか確認できなくなっていた。その原則が世界法則や、日火輝や風吹貴のようにこの世界でプレイヤーの意思から離れて活動してるプレイヤーキャラクターがその原則に則っているなら簡単には正体を見せてくれないだろう。焔邑は隠し事ができない性格だったから尻尾を見せてくれたが、それでも自分からは名乗って居ない。味方にできるプレイヤーキャラクターを見つけて守秘原則を解除して行くことも、俺と雪姫の状況を改善する為に必要になるだろう。
5時間目の授業が終わると、焔邑と珠ちゃんが雪姫の席にやって来た。
「次、音楽室だから一緒に行こう、雪姫」
朗らかに焔邑が誘いかけてくる。雪姫の友達になってくれ良いよと話をして1時間足らずというのに全く躊躇なくまっしぐらで迫って来る焔邑は新しい遊び相手を見つけた子犬のようだ。そんな焔邑と勢いに気押されている雪姫の姿を暖かい笑顔で見つめる珠ちゃんは、童顔なのにお姉さんぶった顔をしていた。クラスの生徒に付いて行けば、音楽室に辿り着くことはできるが、向こうから積極的に連れて行ってくれるのは、どこに何があるか分かってない俺にはありがたい。頷いて同意を示すと、手早く教材と筆記具を用意する。
「雪姫ちゃんって、筆箱も雪だるま付いてるけど、好きなの? お弁当袋もそうだし、カバンにもマスコット付いてるし」
珠ちゃんが痛い所を付いて来た。雪姫が雪だるまのグッズを多数持ってるのは間違いないが、その理由を俺は知らない。そこへ結び付く動機となる設定は知っているが、他に飾りっけのない雪姫が雪だるまグッズに執着する理由となるとさっぱりわからない。他にもある雪だるまグッズを見られることになるだろうから、否定するのも不自然だ。ここは日本人らしく、あいまいな笑みで消極的肯定を返して置く。
「……うん」
はにかみながらうなずく。雪姫の趣味を自分の趣味のように言われると恥ずかしい。雪姫が立ちくらみを起こさないようにゆっくりと立ち上がると、珠ちゃんが左手を差し出して来た。これは手をつなげということか? 焔邑や珠ちゃんはどうしてこんなに雪姫に構いたがる? 女の子というのは皆こんなものだろうか? 12年前の武人の中学時代を思い出そうとするが、自分の部活や親しかった友人は思い出せても、女子がどんなふうだったかなんて思いだせそうにない。昼休みの往復以来3度目だが、友達宣言後初めて手を繋ぐことに若干躊躇いながら右手を差し出す。雪姫の小さい手をこれまた小さい珠ちゃんの手がしっかりと握る。
同じ小さい手でも、雪姫の手と珠ちゃんの手は大分印象が違う。雪姫の手はほっそりしていて、指は細くてすらっと長いが手のひらがとにかく小さい、CMなんかで見る手タレの綺麗な手を2周り程小さくしたような手だ。珠ちゃんの手はぷっくりしていてやわらかい肉付きで雪姫と比べると指は短く手のひらが広く子供っぽい印象を与える。指の太さは明らかに珠ちゃんが太い、彼女が普通で雪姫の方が細すぎるんだろう、指が細すぎるから握力が弱く日常生活に支障が出る。
「早く、行こうよ」
教室の出口でこちらを振り返って待つ焔邑が散歩を催促する子犬のような顔で呼びかけてくる。
「じゃ、いこ」
手を引く珠ちゃんにうなづいて答えると、焔邑の後を追って廊下へ踏み出し、音楽室へ向かった。2人で並ぶと、珠ちゃんが雪姫の小さな拳1つ分程背が高いのがよくわかる、目に見える珠ちゃんの顔が幼い分見下ろされると切なくなる。
音楽室は4階の端に有った。防音構造になった独特の作りの教室に入って席に付く。チャイムと共に入って来た教師は、日火輝の恋人でクラス担任のかすみだった。
「今日は、今学期最後の音楽の授業です。せっかくのクリスマス前だから、クリスマスソングを歌いましょう」
かすみはそう宣言してパート分けの指示を出す。声変わり済みの男子の男声低音、声変わり前の男子の男声高音と女子の比較的声の低い女声低音と声の高い女声高音パートへの振り分け、雪姫は当然のように女性高音パートへと振り分けられた。1人10秒ずつ位で低い声から高い声まで出して振り分けが決められたが、雪姫の声が一番下が高かった。焔邑は女子低音パートに珠ちゃんは雪姫と同じ女子高音パートに振り分けられた。パートごとに分かれ背の低い者が前に、高い者が後ろに3列に並ばされたが、雪姫は当然のように最前列で珠ちゃんの隣に並ぶ事になった。中学生の女子の中で一番小さいのを付きつけられるのは気が滅入る。
その後パート分けして代表的クリスマスソングを練習させられたが、雪姫の声帯は弱いし音域が狭い、声出すのが辛いのを我慢して必死に声を出してるのに声が小さいと同じパートの女子生徒に注意されるし、高音パートでも一番低い音が出せない。かわい子ぶって手を抜いてるという目で見ないでくれ、男なのに男から一番遠い雪姫になってる俺の方が辛いんだから。
「じゃあ、みんなで合わせて歌いましょう」
かすみがそう言って、パート毎に分かれて練習していた生徒達が集まり先に決まった位置に整列する。こうやって並ぶだけで自分が中学生の女子の中でも一際小さい身体になってる事が否応なく思い知らされる。混声四部合唱が始まった、かすみの指揮で雪姫を含む40人の生徒が声を揃えて歌う。歌を歌うこと自体は嫌いじゃないんだが、ちょっとした会話でも辛い雪姫の喉はすぐに悲鳴を上げる。声帯が痛みを訴えこほっとむせて声を出せなくなる。かすみが休むように指示してきたので、列を離れて椅子に座る。音楽の授業もまともにできないって、困ったものだ。元々の雪姫は自分の身体の限界を分かってセーブしてたんだろうが、雪姫になって1日足らずの俺には無理な相談だ。それから授業が終わるまで1人ポツンと座って合唱を鑑賞していた。この空間に溶けこむことを拒まれているような疎外感を感じる、この感覚を雪姫もずっと感じていたんだろうか?
合唱が終わり、ちょうど時間を合わせたようにチャイムが鳴る。数人の女子生徒が1人だけサボってと責めるような目で雪姫を睨んでくる。サボりたくてサボってるんじゃないんだよと言い返したいが、まだ声が出そうにない。
「だいじょーぶ、雪姫ちゃん?」
「雪姫ー、大丈夫?」
珠ちゃんと焔邑が荷物をまとめて駆けよって来た。珠ちゃんは、責める視線で雪姫を睨んでる女生徒から雪姫を庇うように間に入って視線を遮ってくれている。焔邑は心配そうに雪姫の顔を覗き込んでいる。『お友達』になってくれた一回り年下の少女達を心配させたままという訳にはいかないと立ちあがって返事をしようとした所で、珠ちゃんの子供っぽいぷっくりして丸い指が雪姫の唇に当てられた。
「しー、無理しなくて良いよ。喉痛めたんでしょ、雪姫ちゃん?」
「雪姫の荷物、これで全部?」
焔邑が、雪姫の筆記用具や教科書類を纏めて持ってきてくれていた。
「声出さなくて良いよ、大丈夫なら頷いて」
礼を言う前に止められてしまったんで、目で確認してからこくんと頷いて答える。荷物を受け取ろうと手を伸ばしたが「持って行ってあげる」と断られた。喉を気遣われてる状態で口論もできないから、大人しく世話になるしかない。焔邑と珠ちゃんに左右の手を握られながら教室に向かって歩いて行く。
元々の雪姫が雪姫の身体を操っていた時はここまで問題を起こして居なかったのなら、今の雪姫は雪姫の身体の弱さを理解してない分、元の雪姫よりも脆く頼りない存在なのかも知れない。早く雪姫の身体を使いこなせるようにならないと、状況を改善するのもままならないかもしれない。年下の女の子達のお荷物になってばかりというのも情けない話だ。せめて元の雪姫以上に動けるようにならないと、あらためて心に刻み込む。
教室に付くと間もなく、担任のかすみがやって来てショートホームルームが開始された。簡単な連絡事項が伝えられてショートホームルームは終わる。放課後用事があると言っていた焔邑を追いかけようと彼女の席を振り返った。
「天王院さん、喉は大丈夫?」
その時、担任でさっきの音楽の授業の担当でもあったかすみが、声の出なくなっていた雪姫を心配して声をかけて来たのでそちらに振り返る。じっと見つめてくる大人びた美人の顔に少し緊張しながらも、笑顔を作って頷いて答える。
「そう、大丈夫なら良いけど。痛みが引かなかったらお医者さんに見せるのよ」
生徒の1人としてか恋人の妹としてか向けられる労わりを受け止める。
「それと天王院さん、紅衣さんと丸居さんと仲良くなったの?」
意外な問いかけにビクッと目を見開くと、焔邑と珠ちゃんの2人がカバンを手に横に立っていた。
「もちろんです、先生。雪姫とは友達だよ」
「そうそう、雪姫ちゃんは大事なお友達でーす」
焔邑と珠ちゃんが代わりに答えるが、昼から2時間少々の今そこまで言われるとちょっと戸惑いがある。その2人を見てかすみは満足そうに頷いて、ほほ笑む。
「そう、天王院さん身体弱いから、助けてあげてね」
「任せてよ、せんせ」
「友達を助けるのは当たり前じゃないですか」
かすみの言葉に、焔邑と珠ちゃんが快く応じるが、これじゃ雪姫はただの足手まといだ。体勢を立て直して2人に借りを返せるようにしないと年長者として、男としてのプライドに関わる。
「じゃあ、私は行くから、3人とも仲良くね」
そう言ってかすみは教室を出て行った。雪姫に友人らしい友人も無く孤立していたことを担任のかすみも気にかけていたんだろう。雪姫が俺に代わってから急に変化し過ぎると不信感を抱くかもしれない、気を付ける必要があるな。
「本当は、このまま雪姫と一緒に帰りたい所なんだけど、今日は都合悪いんだよね、うーん」
焔邑が中学生としては発育の良い胸の下で腕を組んで頭を悩ませている。胸が押し上げられて強調されているが、そこに性的な興奮を全く感じないのは、焔邑が幼くて武人の守備範囲外だからか、ブレザー越しではアピール度が低いからか、ごまかしてみたものの雪姫の身体になっているせいというのが一番大きいんだろう、男として虚しさを感じずにはいられない。
「ワタシも、雪姫ちゃんと一緒に帰りたい所なんだけど、部活有るんだよね」
珠ちゃんも気にかけてくれているが、2人に世話を掛けるのも悪いし、焔邑の行先が気になるから焔邑には予定通りに出かけて貰い、珠ちゃんからも離れて行動できるようにしなければならない。その為に、痛む喉を押して声を出した。
「だいじょうぶ……」
それだけなんとか伝えると、ぎこちないながら微笑みを作って目で訴える。2人が雪姫を見詰めるので、大丈夫だという気持ちを込めて頷く。それで納得したのか、互いに頷きあう。
「じゃあ、ワタシは部活行ってくるけど、雪姫ちゃんは帰るの?」
珠ちゃんにそう聞かれたので頷いて答える。
「そっか、なら昇降口まで一緒に行こ、雪姫」
焔邑がそう言いながら、手を伸ばして来たので、素直にその手を取る。焔邑が先に飛び出して行ったら雪姫の足では追いつかない、昇降口まで一緒に移動するのは好都合だ。カバンとコートを右手に、左手をしっかりと焔邑に握られて昇降口へ向かう。雪姫と焔邑は中学生の女の子同士なのに、こうして握られると焔邑の手が大きく感じる。体育会系の焔邑が平均よりは大きいんだろうが、それ以上に雪姫の手が小さいんだろうな。
昇降口で高い位置の靴箱に苦労しながら靴を履き替えていると、先に靴を履き換えた焔邑が昇降口脇の傘立てに走りまた戻って来た。
「はい、雪姫の日傘。朝、あたしが突っ込んだんだけど、壊れてないよね?」
渡された白い日傘に、朝の一件を思い出した。そう言えば、この身体念入りなUVケアや冬でも日傘が必要な吸血鬼体質だったな。この身体で居る限りそう言った欠点とも上手く付き合っていくしかない。日傘を確認して特に壊れた様子も無いので礼を言おうとしたら、焔邑が雪姫の唇に人差し指を当てて言葉を止めるので礼の言葉を飲み込む。
「お礼はもう聞いてるから、無理しちゃダメだよ。雪姫が痛かったり辛かったりはあたしが嫌だから、今日は何も言わなくて良いよ。また明日ゆっくり話しようね」
雪姫を気遣う焔邑の言葉に何も言うことができずに、せめて微笑んで頷くことしかできない。
「じゃあ、あたしは行くね。また明日ー!」
そう言いながら焔邑は元気よく校門へと駆けていく、雪姫の足では絶対に付いて行くことはできない。駆けていく焔邑を見送った雪姫は細く頼りない足に鞭打って校門ではなく、校舎の影に急ぐ。
物陰に入った雪姫は周囲を見渡し人目が無いことを確認すると、コンパクトを取り出して青いパネルを押し起動させる。
「清らかなる雪の聖霊よ、もとめに応え静寂のベールに包め、|Summon Spirit of Snow」
喉の痛みをこらえて呪文を詠唱する。光る中央のボタンを押下しながら呪文を唱える。
「|Metamorphose!」
身体に力が吹き上がり、制服とコートが光の粒子となって消える。光に包まれた雪姫の裸体に巨大な雪の結晶がまとい付き、白地に水色をあしらったフリルやリボンで覆われた魔法少女の衣装に包まれる。
雪姫は魔法少女スノープリンセス・ユキへと変貌した。壁に立てかけて置いた日傘を手に取ると、直感的に理解できる体内をめぐる魔力を注ぎこみイメージを固める呪文を唱えた。
「|Flying Broom!」
体内を駆け廻る魔力によって筋力・体力・敏捷性・知覚力と言った身体能力が大幅に強化されたユキの喉からは、雪姫の時と同じガラスの鈴の音のように高く澄んだ声が、雪姫の時には考えられない力強さを伴って響いた。それに伴い、手にしていた閉じた日傘に込められた魔力が空を翔ける魔法として固定される。
フライングブルームは棒状の物体に魔力を通わせ、箒状の光の尾を引く空飛ぶ乗り物に変える魔法で、魔法少女の使える飛行魔法で最も長距離移動に向いた物だ。ゲームコンソールも何もないがユキの能力である魔法の使い方が感覚として解る、「Hidden Secrets」の設定では変身することでその力の使い方が直感として理解できるということになっているが、それがユキにも働いてるんだろう。
ユキは強化された脚力で2,3歩助走をつけると強く大地を蹴って空へと飛びあがり、空中で魔法の箒と化した白い日傘にまたがると校舎を越えて空を飛んだ。
俺を目的の場所に導いてくれるであろう焔邑の姿を求めて。
学校編の初日が終わりました。
そして、次回から本職の魔法少女ととしてのお仕事が始まります。
今回の初は、初歌唱と変身以外の初魔法になります。