10話 進展と代償の損得は?
3時間目からお昼休みが終わるまで、その間に大きな動きが
3時間目の社会の授業もまた試験の返却と解説だったが、半ば放心状態のまま過ぎ去り終了のチャイムが鳴る。試験の方は暗記科目だけに満点だった。
休み時間になったと同時に席を立ち、目が眩み足がもつれた。机にもたれかかって身体を支える。近くの席の生徒がざわつくが、立ちあがってはにかんだ笑顔で頭を下げると落ちついてくれた。立ちくらみって奴だ、ただでさえ血圧の低い雪姫の身体で急に立ちあがったせいで一時的に頭に回る血が足りなくなったらしい、立つ時は気を付ける必要がありそうだ。
教室の前を横断し窓際の後ろにある紅衣焔邑の席に歩み寄る。紅衣焔邑は、背が低く子供っぽさの残る丸顔でおかっぱ頭に丸眼鏡をかけた少女と話をしている。彼女は確か丸居珠代という名前だった筈。初めて会った1クラス分の生徒の名前と顔が数時間で頭に入る雪姫の頭の作りは異常だと感じる。
「……あの、紅衣さん……」
さすがに朝のダメージから心臓も肺も回復しているが、落ちついた状態でも雪姫の口は重く、声を出すのが辛い。周りの喧騒に比べて小さい声だったが、紅衣焔邑は気付いてくれたようだ。こちらを向いて朗らかなな声で尋ねてくる。隣の丸居珠代もこちらを注目している。
「どうしたの? 天王院さん」
「……朝は、ありがと……、迷惑かけて、ごめんね……」
それだけを伝えるだけでも、声を出すのに慣れてない雪姫の喉には辛い物がある。
「いやいや、気にしないでよ。こっちこそ天王院さんのことを考えず無理させちゃってゴメンね。今度は最初から抱いて行った方が良いかな?」
紅衣焔邑は実に朗らかに、あっけらかんと超人的な発言をする。雪姫の体重が並みの女子の7割無いと言っても500mも抱いて走るって無茶な。それに、そんなことしたら学園の生徒はもちろん通学路上の一般人にも中学生の女の子に抱きあげられてる雪姫の姿が披露されるんだから羞恥で死にそうだ。そんな状況は勘弁して欲しい雪姫は首をふるふると左右に振って否定する。
「それはダメでしょ、ホムラ」
横で静観していた丸居珠代が見かねたのかフォローを入れてくれた。ダメ出しを受けた紅衣焔邑は「そっかダメかぁ」と別の方法を考え始めた。2人の話を何時までも邪魔できないし、さっさと本題を切り出そう。
「……紅衣さん、話したいことあるから、放課後時間もらえないかな?」
日本人離れした容姿と女子中学生の枠に収まりきらない身体能力を持つプレイヤーキャラクターである可能性が高い、雪姫との特別な接点ができた相手である紅衣焔邑とコンタクトを取る。クラスメイトとしてではなく、特別な力を持つプレイヤーキャラクター同士、あわよくばプレイヤー同士の交流を持つ為に。
その雪姫の言葉に対して、紅衣焔邑の答えは。
「ごっめーん。放課後は予定あるんだ」
という否定の答えだった。プレイヤーがコンタクトを拒んだか、キャラクターとしての守秘原則に従ったか、それとも単に部活でもあるのか?
「その代わりなんだけど、昼休みじゃ駄目かなぁ、お話するの?」
俺の考えに反してあっけらかんとした答えを返してくる紅衣焔邑。この娘には警戒心とかそういうものは無いのか? それとも雪姫のことを警戒に値しないと思っているのか? とにかく情報を引き出す為にも話す機会は重要だ、断る訳には行かないが、込み入った話をするには教室はまずい。
「……じゃ、昼休みで。でも……静かな所が……」
今日初めて学園に来た俺には何処に行けば静かに話ができるかは分からない、紅衣焔邑に決めて貰った方が確実だろう。
「静かなところかー、どこが良いかなー」
言われて考え込んでる紅衣焔邑に、丸居珠代が入れ知恵する。
「今の季節、中庭じゃあ寒いけど。植物園のテラスはどう? あんまり人居ないよ」
「そっか、それは良いね。じゃあ、お昼は植物園のテラスで一緒にして、お話するってことで良いかな、天王院さん?」
丸居珠代の言葉を受けて紅衣焔邑が提案してくる。学園の詳しい設備、ましてその利用状況はさっぱりだから2人の提案を信じるしかない、肯定の意を示す為に雪姫はこくんと頷いた。
「じゃあ、昼休みにお弁当持ってテラスへ行こう!」
紅衣焔邑の言葉で昼の予定が決まって間もなく、チャイムがなり4時間目の授業が始まった。
4時間目は、国語の授業でこれまでと変わらぬ期末試験の答案返却だった。これまでの雪姫の成績からすると100点か少なくとも90点台という所だろう。そう高をくくって答案の返却を待っていた雪姫だったが、帰って来たテストの点数は82点と悪くはないが他の教科からすると意外なほど低い点数だった。
答案を確認すると、漢字の書き取りや文法、穴埋め等は全て正解している雪姫の記憶力を考えると当然だろう。間違えていたのは、全て文章の読解問題で、登場人物の心情や作者の意図を読み解けという問題をほぼ全て間違えている、特に選択問題では面白いようにひっかけ選択肢にかかってる。
雪姫の人物像を図る重要なポイントになる結果だった。どうやら、雪姫は他人の心理や情緒的な問題を読み解くことに障害を抱えていたようだ。友人が居ないのもそれが原因だったのか、それとも交友関係の狭さゆえの情緒面の発達の遅れか。
授業の解説で間違った問題について確認するが、雪姫の脳で思考してる筈だが武人には問題なく答えが理解できる。脳の障害によるものではなく雪姫の経験的な部分で情緒形成に問題があったんだろう。体力が無く何かと虚弱な雪姫は幼い頃に他の子供と交流を持つ機会が極端に少なかっただろう。学校に上がっても、人付き合いに慣れてない上、人に無い異常な記憶力まであれば、他の子供と話も合わずに孤立したのは間違いないだろう。
雪姫の為に、友人を作るという計画は進めて置いた方が良いかも知れない。4時間目の授業が終わり、午後の授業まで1時間10分の昼休みに入った。
国語の教科書・ノート・答案用紙を片付けていると、紅衣焔邑と丸居珠代がお弁当を手に席の前にやって来た。丸居珠代は女の子らしい大きさのお弁当袋だったが、紅衣焔邑の物は雪姫の目で見るとかなり大きく見える良く食べる男子位の大きさ?
「行きましょ、天王院さん」
「早く行こ、お腹減っちゃったよ」
2人に急かされながら、お弁当袋を手にしてゆっくりと立ち上がる。いちいち行動に気を使わないと行けないのが面倒だ。待ってくれている2人に返事をする。
「……行こ」
お腹をすかせた子犬が餌求めて駆けるように元気よくまっしぐらに駆けだす紅衣焔邑は妹だったら楽しそうな可愛い女の子だ。今の雪姫より10cm以上背が高いけど。
「ホムラ、急ぎ過ぎ。一緒に行こうよ」
先走る紅衣焔邑を丸居珠代がたしなめると、紅衣焔邑は立ち止まらず踵を返して駆け戻って来た。やっぱり子犬っぽい感じだ。と考えてると紅衣焔邑に左手を取られた。朝の悪夢がよみがえる。
「……ちょっと…」
「ダメでしょ、ホムラ。ゆっくり行っても時間は十分あるって」
雪姫が制止するよりも早く、丸居珠代が焔邑の左手を掴んで歩みを止めてくれた。先走りがちな紅衣焔邑を制止するストッパー役が丸居珠代という関係なんだろうが、これは単なるクラスメイトとしての関係だけか魔法少女としてもそういう関係のパートナーなんだろうか?
丸居珠代のペースに合わせ、紅衣焔邑を中央に三人手を繋いで廊下を歩く。当事者じゃなく傍から見てれば微笑ましい光景なのかも知れないが、当事者としてみると女子中学生2人と歩いてるのはくすぐったい。それに、このペースでもちょっと、雪姫には速めらしく、速足感覚だ、遠くなければ良いんだが。
1階に下りて昇降口に着いた。気持ち速足で廊下を歩いて階段を2階分降りただけなのに、雪姫の心臓はバクバクと不満を訴えている。2人が靴を履き替えてるのを見て、雪姫も自分の靴箱に手を伸ばす。上から2段目の靴箱は、ちょうど雪姫の頭と同じ位の高さで、手は届くものの中が見えずちょっと不便だ。ちょこんと背伸びしてローファーに狙いを定めて掴み取ると、靴を履き替え上履きを靴箱に入れる。丸居珠代の靴箱は雪姫の2段下で楽に出し入れしているのが羨ましい。
先に履き替えていた紅衣焔邑が昇降口前でぶんぶんと手を振ってる、その手が子犬の尻尾の様だ。丸居珠代が雪姫の手を引いて紅衣焔邑と合流し、3人で校舎の裏から学園の共用部に向かって歩く。やっぱりペースは雪姫には速い。3分程歩いて、学園共用部の施設である植物園の大きな温室に着いた。途中の並木は桜の樹だろうか?
「とーちゃーく。じゃあ、あたしは席確保するから後から来てね」
紅衣焔邑は温室の入口に駆けていく。丸居珠代と2人で後を追って、温室の入口を潜った。その中は、光が降り注ぎ目に染みるが、ガラス張りの天井と壁で暖かく保たれ、冬のさなかに綺麗な花々が咲き誇ってる。女の子がランチを取る場所としてはお似合いかもしれない。俺にはちょっと居心地が悪い感じだが。
「こっち、こっちー」
1m位の丸テーブルの隣に立ち上がって手を振る紅衣焔邑の姿が見えた。そこまで近づいて、雪姫は口を開いた。
「……ごめん、席こっちにさせて……、まぶしくて……」
2人が快く同意してくれたんで、太陽を背にする南側に椅子を据えて、テーブルに巾着袋を置く。丸居珠代も女の子らしい小振りなお弁当箱を取り出し、紅衣焔邑が男子の物としても大きめの弁当箱を開いた。雪姫も巾着袋から弁当箱を取り出す、袋のサイズから分かっていたがやっぱり小さい。丸居珠代の物より一回りは小さい。その弁当箱の蓋を開けた。
「わー、かわいー」
「凄ーい、美味しそー」
「……」
見た瞬間に丸居珠代と紅衣焔邑から感嘆が上がり、雪姫は絶句した。幼稚園児向けっぽい小さな弁当箱の中に、一口サイズのオカズが20種以上綺麗に詰め込まれ、細巻き一切れ分程の小さなおにぎりが3つ並んでた。彩りも香りも完璧な仕上がりでとても美味しそうだった。
「天王院さん、聞いて良い?」
紅衣焔邑に尋ねられた。何時も勢い任せで、振り回す彼女にしては珍しい。食べてみたいとかそんな感じだろうが、問題はないだろうと頷いて肯定する。
「それで、本当に足りるの?」
そう言う彼女の弁当は容積は明らかに雪姫の弁当の倍はあり、その半分にはかなりぎっしりとご飯が詰まり、さらに卵焼きやから揚げ野菜の煮物等定番のオカズが5品程詰まっていて、体育会系女子か成長期の男子のお弁当といった感じだった。まあ、彼女からすれば疑問に感じるのも仕方ないか。
だが俺も、雪姫の身体で食事するのは昨夜と朝の2回しか経験無いんで正確な所は分からない。でもきっと風吹貴の計算でギリギリ雪姫が食べきれるリミットが詰まってるんだろう。なので、弁当未経験を露呈しない為に、この場は肯定しておく。
「……うん」
たぶんという言葉を飲み込んで答えた雪姫に、さして気にした様子も無く紅衣焔邑は頷くと言った。
「そ、お腹すいたし早く食べよう、いっただきまーす」
言うや否や、右手に箸を左手に大きな弁当箱を手にご飯を掻き込み始めた。それを見て半ば呆れ顔で視線を送って来る丸居珠代に頷いてこちらも食事を開始する。
「いただきまーす」
「……いただきます」
小さいにも関わらず20種以上のおかずが入ったカラフルで可愛いお弁当に箸を伸ばす。雪姫の身体で初めて箸を使うんだ。箸は短めだが小さな手にフィットしておりスムーズに動く。滑りやすいサトイモの煮物も器用につかむことができた。一口サイズのそれを口に入れるとやわらかくてしっかりと出汁が染みて美味しい。存分に口の中ではむはむと噛みしめ堪能してからこくんと飲み込む。
次の薄茶色に染まったウズラの卵らしきオカズを口に入れようとしたところで、丸居珠代の視線を感じた。小首を傾げ目線で問いかける? 何か言いたいことがあれば口にしてくれると考え、こちらからは声を掛けない。声を出すのが辛いんで後のことも考えなるべく節約したい。丸居珠代は、何も言わずににこっと笑顔を見せる。話が無いなら、食事に戻ろう。空中で止めていた卵をパクっと口に入れる、これ味付け卵だ、ウズラのゆで卵をしっかりと味付けして煮てある、その味付けも絶妙で美味しい。はむはむはむはむ、一心不乱に噛みしめてこくんと飲み込む。
ちょっと味が濃かったかたら、ご飯を食べたい。小さい俵型のおにぎりを箸でつまむ、ちょっと雪姫の口に一口で入れるのには大きすぎる。箸で半分に切り半分を口に入れる。やわらかく崩れない絶妙な力加減で握られたおにぎりはまるで職人が握った寿司のように口の中でふわりと解けた。冷え切った状態なのにご飯の旨味が口の中に広がる。はむはむはむはむ、噛みしめて米のデンプンが糖に変わり甘味が広がる、武人の時はこんなに噛まずに食ってたなと思いながら、こくんと飲み込む。やはり、丸居珠代はこちらを見ている。
サイの目に切られた白い身をぱくりと口に入れる、白身魚の旨みとワインの風味がほのかに香る。技法は分からないけど洋風の料理らしい。やわらかくて素材の旨みの生きた料理が美味しい。はむはむはむはむと噛みしめてこくんと飲み込むと、丸居珠代に肩を叩かれた紅衣焔邑もこちらを見てニコニコと笑ってる。
「……何?」
2人して雪姫の顔を見て笑ってる。何か、顔に付いてたりするのか? 顔を左手で触ってみるが何も触れない、すべすべの肌が気持ちいい。触っていても埒があかないので、ポケットに入れてきたアレを取りだす。不思議な素材でできたコンパクトのような魔法少女の変身ツール、一般人にはタダのコンパクトか玩具にしか見えないだろうが、紅衣焔邑が魔法少女なら反応しても良い筈だ。それに、普通に鏡として使うこともできるんで、米粒とか付いてる恥ずかしい状態を解消するのにも役に立つ。顔には何も付いてないのを確認して、コンパクトを紅衣焔邑から良く見えるようテーブルの上に置く。紅衣焔邑は、まったくこちらの意図に気付くことなく、丸居珠代と笑いあってる。
原因が分からず不安感から、あらためて尋ねる。
「……何かあるなら言って……」
か細い雪姫の声は不安げに聞こえるだろう。
「なんでもないよ、天王院さんが思ってたのと違うなーって」
「そうそう、天王院さんが可愛いーなーって見てただけ」
丸居珠代の言葉に続く紅衣焔邑からの言葉が胸に突き刺さった。元気の良い子犬のような天真爛漫な性格の美少女中学生である紅衣焔邑から、可愛いと評される。それが雪姫のことを知らない男から出た台詞なら純粋に雪姫の外見に向けられたものと割り切れるが、この2人は雪姫のクラスメイトでそれ以上の親しさはなかったとしても、以前の雪姫を見知っている筈の相手だ。以前の雪姫を多少は知る者からみて、今の雪姫が意外に可愛いというのは悶えそうになるほど恥ずかしい。胸の鼓動が高まり顔や手が熱くなるのを感じる、きっと白く薄い肌は真っ赤に染まっているだろう。
「天王院さん、真っ赤になってカワイー」
丸居珠代がはしゃぎ、それに赤井焔邑も頷いてる。外見は雪姫の持ち物で風吹貴プロデュースだから気にならないが、内面を可愛いとか言うのは、本気でやめて欲しい。左手を伸ばして制止しながら抗議する。
「……やめて」
雪姫の抗議に対して、丸居珠代が応じる。
「天王院さんがお弁当食べてる姿が、可愛くって、なんかこうウサギとか」
「リスとか」
「ハムスターみたいかも」
紅衣焔邑も合の手を入れてくる。そうですか、雪姫は小動物系ですか。これ以上によによ見世物にされるのは堪らないので、買収工作に出る。
「……これ、あげるから。やめて、お願い……」
そう言いながら雪姫は自分の弁当箱から1つずつオカズをとって、2人の弁当箱に入れた。こちらを見てる2人に対して顔の前で手を合わせてお願いする。仕方がないなあという素振りで2人は贈られた賄賂に手を付ける。
「うわっ、美味しぃー!」
「ホント、おいしー。このお弁当天王院さんが作ったの?!」
予想通り、天王院風吹貴謹製の絶品料理は2人の舌を一撃の元に籠絡してくれた。興味の対象が雪姫から弁当へとそれてくれた。その流れを維持する為に丸居珠代の問いに、首を振って否定を示し、最小限の発声で答える。
「……お姉ちゃん」
「へぇ、天王院さんのお姉さんって料理上手なんだ」
丸居珠代が聞いて来たので、自信を持ってうなづく。風吹貴は自慢の俺嫁だ。
「うらやましーなー、こんなおいしーご飯いっつも食べられるなんて」
紅衣焔邑は喰いつかんばかりに乗り出して興奮している、それを宥める為にもう一品オカズをプレゼントする。それで2人は自分のお弁当に戻ってくれたので、雪姫も食事を再開する。ぱく、はむはむはむはむはむ、こくん。おにぎり以外のオカズが全部違うという気合の入りように恐れ入る。毎回違った美味しさを堪能できるんで、否応なく箸が進む。紅衣焔邑と丸居珠代に上げた3品も食べてみたかったなと思うが、半分少々を食べた所でまたしても雪姫の小さなお腹はかなり満たされてきている、雪姫の小食が恨めしい。
その間に紅衣焔邑はしっかりと雪姫の2倍はあるお弁当をすっかり平らげて、物欲しそうな目でチラチラとこちらの弁当をうかがっている。キミこの弁当で足りるかって聞いたよね、もうオカズの10分の1食べたよね。注意がこちらに向いてる今が良い機会だろう、この場を設けた目的を果たそう。おにぎりの2つ目を食べきった所で、左手をコンパクトに添えて声をかける。
「妖精……見たことある……?」
丸居珠代は「へっ?」と意外そうにこちらを見てるが、紅衣焔邑の方はあからさまに狼狽してる。目はキョロキョロと宙を泳ぎ、口を尖らせて左右に顔を逸らしている。間違いなく、紅衣焔邑は妖精を知っている。魔法少女のパートナーとなる支援職のクラスで本性は異世界から訪れた30~50cm位のデフォルメされた動物のぬいぐるみや人形のような姿をした生き物。種族固有の魔法で人化する事が可能になったりもする。その存在を知ってることからして、紅衣焔邑は間違いなく魔法少女でおそらく火の属性だろう。
「どうしたの、ホムラ? キョロキョロして?」
丸居珠代が、紅衣焔邑を問いただしてくれた。この流れからして、彼女は少なくとも紅衣焔邑が魔法少女と知らないんだろう。一般人か秘密が保たれた関係のプレイヤーキャラクターか? 丸居珠代という名前の丸顔丸眼鏡キャラというのは一般人として考えるとでき過ぎてる気がするし、彼女の童顔幼児体型ぶりも中学生としてありえる範囲なんだろうが、プレイヤーキャラクターのキャラ立てとしてありがちで気にかかる。ただ、その割にはコンパクトにも妖精にも反応が無い。
「あ、あたし飲み物買ってくるよ、タマと天王院さんは何が良い?」
紅衣焔邑がこの場から逃げ出す口実として、飲み物を買いに行くことを言いだしたが、俺の目的は果たしたので逃がしてやろう。
「じゃあ、ワタシはコンポタお願い」
そう言って、丸居珠代が小銭を渡して、こちらに振り返った。
「天王院さんは?」
2人から問われてるが、何を頼むか迷う。昨夜コーヒーは苦くて飲めなかったからダメだ、ココアは良かったが食後には微妙だ。
「……あたたかいお茶を……」
そう言って、財布から小銭を取り出して渡した。
「ホットのお茶とコーンポタージュOK。じゃあ、行ってくるね」
逃げ出すように、紅衣焔邑が駆けだしていく。単独で走る彼女は、雪姫を引っ張っていた時とは比較にならないスピードで駆け去っていく。中学女子の陸上記録くらい軒並み更新してしまいそうだ。さすがに、日本記録とかは届かないよな?
「ただいま」
数分後、紅衣焔邑は、500mlペットボトル、280mlペットボトル、200ml缶を抱えて戻って来た。その間に丸居珠代はお弁当を食べて片付け終わっていた。
「はい、タマのコンポタ。それと天王院さんのお茶」
紅衣焔邑が丸居珠代に黄色い缶を渡し、雪姫に背の低い280mlペットボトルのお茶を差し出してきた。雪姫は弁当を食べる箸を止めて、受け取る。お茶は暖かったが、しばらく外気に触れていたおかげで熱すぎることはなかった。これなら、猫舌の雪姫でも無理なく飲めそうだ。口を湿らそうと思い、ペットボトルの蓋に手を掛ける。
「……ん?」
ペットボトルの蓋が固い、力を入れて蓋を回し固定してるプラスチックがちぎれず手が滑って指が赤くなる。缶のプルタブだけじゃなくてペットボトルも開けられないのか雪姫は。情けなくなって顔を落としていると丸居珠代から声を掛けられた。
「どうしたの? 天王院さん」
丸居珠代が確かめるように雪姫の手からお茶のペットボトルを取り上げ不思議そうな顔をして確かめながら、なんでもないかのように容易く蓋を開けて、中を覗く。
「なんともないみたいだけど?」
そう言いながら、ペットボトルを返してくれたので受け取る。
「ありがと……」
背もあまり変わらず顔立ちは10歳位に間違われそうな童顔の丸居珠代が問題に気付けない程簡単に開けられるペットボトルを雪姫は開けられなかった。本当に不本意な話だけど、彼女に助けられたのは事実なので礼を言っておく。中学生の女の子にまで助けて貰わないと日常生活に不自由があるって、本当に情けなくなる。
「もしかして、ペットボトル開かなかったの?」
丸居珠代が図星を突いてくる、勘の良い子なんだがそれが今は心に痛い。力なく頷いて肯定しておく。彼女は雪姫の頭を撫でて慰めの言葉を駆けてくれる。
「ときどきあるよね、固い蓋とか」
簡単に開けた本人に言われても慰めにならない。泣きそうになるのを堪えながら、ふぅふぅと吹いてからお茶を飲む。何度も痛い目にあって暖かい物には警戒する癖がついてしまったようだ。
それから10分程かかってようやく雪姫は弁当を食べきった。飲み物片手にした2人にたっぷり目で愛でられた上、物欲しそうな紅衣焔邑の顔に負けて、オカズをもう一個上げてしまった。彼女の口に直接自分の箸で入れて上げた訳だから、いわゆる「あーん」という奴じゃないか。女の子相手にあーんというリア充な男女がするようなイベントを全く色気も何にもなくクリアしてしまった。ちょっと損した気分だ。
「そろそろ、行こうか。授業始まっちゃうね」
丸居珠代が雪姫がお茶を飲み終えるのを待って声をかける。そろそろ良い時間に成っている。手早くお弁当箱を片付けると2人と並んで教室に向かう。その途中で、2人と話をした感触と紅衣焔邑との今後の布石を考え、口にする。
「……もし、よかったら……、雪姫と友達になって」
一瞬の沈黙の後、2人から返答があった。
「もっちろんだよ。あたしと、天王院さんじゃなくて、雪姫は友達だよ」
「ダメな理由なんてないよ、こちらこそよろしくね、雪姫ちゃん」
その答えを聞いて、俺は失敗に気付いた。雪姫は、本来の雪姫の友達になってやってくれというつもりで『雪姫と友達に』と言ったが、事情を知らない彼女達からすれば雪姫が自分と友達になって欲しいと一人称=雪姫(自分の名)で言ったとしか聞こえない。
「あの天王院さんが、自分のことを雪姫って言うなんて意外だね。でも、似合ってるし可愛いよ。もっと早く友達になったら良かったね雪姫ちゃん」
無邪気な丸居珠代の言葉が俺の心にグサグサと突き刺さる。
「うんうん、話してみるまで気付かなかったよ。友達なんだし、あたしの事も紅衣さんじゃなくて、焔邑って呼んでよ、雪姫」
元気な紅衣焔邑の、焔邑の同意がさっきのミスを無かった事にするのを許してくれそうにない。焔邑の名前呼び要求に続いて当然、丸居珠代からの要求が来た。
「ホムラずるい、じゃあわたしも、珠代でもタマでも良いけど。雪姫ちゃんからは、ぜひ珠ちゃんって呼んで貰いたいな」
2人の期待のまなざしが突き刺さる、反論しようにも言葉を続けるのが難しい雪姫の口で勝つのは無理ゲーという物だ。降伏する事にして、2人に応える。
「……よろしくね、珠ちゃん、焔邑」
そのまま、2人に左右から手を繋がれて教室に入り、2人との友人関係は周知の事実となった。
焔邑の魔法少女である確証を掴み、雪姫の友達を2名確保する事には成功した、確実に事態は前に進んだ。しかし、その代償は大きく、俺の男としての尊厳へのダメージは重傷だった。
新キャラが登場(モブからの格上げ)し、主人公は2つのものと1つの情報を得て、代償を支払いました。
次回は午後の授業の後放課後に進みます。