平凡な日常?
最初に少し、あらすじとは違う部分がありますが、気にせずに読み進めてください。
某月某日。都内某所。
暗闇をヘッドライトで切り裂きながら、車が深夜の道路を走っている。
その様子を、車の進行方向とは逆にある橋の上から楽しそうに眺めている男がいた。
彼の服装は全身黒ずくめで、よく闇に溶け込んでた。その橋には街灯が無いので、おそらくほとんどの人はその姿が見えないだろう。
彼は手に持っているアタッシュケース(これまた黒い)を地面に置くと、何かを取り出し組み立て始めた。
しばらくして男が組み上げたのは、しつこいようだがこれまた黒いスナイパーライフル。
ここまで黒が続くと、彼は黒が好きなのではないかという疑問が浮かぶかもしれないが、決してそんなことはない。
黒は、闇に紛れるもの。
彼は、極力人に見られることを避けなければならない。特に今、この場面においては。
なぜならそれは、彼の職業が、『殺し屋』だからである。
この国においては、いや、この時代においてはおそらくどこの国においても、殺人という行為は許されるものではない。ましてや、彼の犯した殺人は、両手両足の指を使っても数えられる数ではない。万が一にも捕まってしまえば、極刑はまぬがれない。
では、彼はなぜそのようなリスクを負ってまでこのようなことをするのだろうか。とても気になる所だろうが、今は割愛する。
彼は、目を閉じた。そして、今から殺す相手の顔を思い浮かべる。これは、いつも男が誰かを殺す前にすることだ。
そして、閉じていた目を開くと、彼は静かに狙いを定めた。
今回のターゲットは、先ほど通った車に乗っている人物だった。
彼は、その人物のプロフィールを渡されていた。だが、それに目を通すことはなかった。
彼は、殺す人間の人生に興味など持たない。そんなものは、彼にとって興味の対象ではないのだ。
赤信号で車は停止した。そして、同時に彼はスナイパーライフルの引き金を引いた。
銃身に装着されたサイレンサーにより、ほとんど銃声はしなかった。
彼は仕事の成功を確信した。
しかし、それを確かめる前に彼の意識は途絶えていた。
倒れていく彼の体。それを後ろから眺める女がいた。
彼女は、地面に倒れた男を見下ろし呟いた。
「残念だったわね、殺し屋さん。私を狙ったのがそもそも間違いだったのよ」
彼女の笑い声があたりに響き渡る。そして――
そして、それとは全然関係ない所で、この物語は始まるのである。
「ふあーっ」
佐藤雄介は、自室のベッドで大きなあくびをした。
彼は、ごく平凡な少年である。謎の能力を秘めているわけでもなければ、周りが美少女だらけなわけでもない。
今日も、そんな彼の平凡な一日が始まる。
◆
え? さっきの話はどうしたのかって? そんなのは知らないよ。
ただ、最初にインパクトのある場面を持ってきて読者を引き込んだ方がいいって聞いたから……。だから、その話は終わり!
でも、そうだな……。佐藤雄介ってなんか平凡な名前だね。佐藤なんて日本のの名字ランキング一位だもんね。ちょっと変えてみようかな。
◆
「ふあーっ」
ファルベ・ブライシュティフトは、自室のベッドで大きなあくびをした。
彼は、ごく平凡な少年である。謎の能力を秘めているわけでもなければ、周りが美少女だらけなわけでもない。
今日も、そんな彼の平凡な一日が始まる。
◆
いや、平凡じゃないよ! 名前がすごいことになってるよ!
あ、ファルベ・ブライシュティフトって色鉛筆って意味だよ、たぶん。
うーん。ドイツ語はかっこいいけど、名前は普通の方がいいね。
じゃあ、何か名前以外に変わった特徴がないとね……。
そうだ、かわいい妹がいるとかいいかもね。そうだよ! 妹だよ!
◆
「おはよう」
雄介は着替えを済ませて一階のリビングに下りると、両親に朝の挨拶をした。
彼は両親と三人で暮らしている。父親は普通の企業に勤めていて、母親は専業主婦だ。
いや、それは間違いだった。
ダダダダッダン!
二階から階段を飛ばし飛ばしに駆け下りてくる少女がいた。
「セーフ。まだ朝ご飯食べてないよね?」
「はははっ。まったく、美樹はおてんばさんだなあ」
「女の子なんだから、もうちょっとおしとやかにしてほしいわ」
佐藤家の長女、美樹が来たとたん、場が一気に華やいだ。
しかし、雄介だけは妙なものでも見たような顔をしていた。
「あれ……。誰?」
その問いに、美樹が不思議そうに答える。
「誰って美樹だよ。お兄ちゃんの妹。もしかしてまだ寝ぼけてるの?」
「いや、そもそも俺に妹なんか――」
「何を言っているんだ。顔でも洗ってきたらどうだ?」
「そうね、目を覚ましてきなさい」
両親にそう言われ、雄介はしぶしぶ洗面所に歩いていった。
「お兄ちゃんどうしちゃったんだろう」
「きっと昨日夜更かししたんだろう。父さんも若い頃はよくやったもんだ」
「へえ、夜更かしして何してたの?」
「それはな。読書をしたり模型を作ったり色々だな」
「模型かぁ。すごいね」
「ほらほら、そろそろ朝ご飯できるから、美樹も手伝ってね」
「はーい」
そこへ、雄介が戻ってきた。
「いやあ、悪かったな美樹。どうやら俺は寝ぼけていたようだ」
「分かればよろしい。でも、それぐらいじゃあ許してあげないよ」
美樹は、舌を出していたずらっぽく笑った。
「よし。じゃあ今日の目玉焼きを一枚やろう」
「うん、それならいいよ」
その日の朝食は、ご飯と目玉焼きとウインナー、それに味噌汁だった。なので、目玉焼きを失った雄介の朝食は、少しさみしいものとなってしまった。
「ほら、早くしないと置いていくぞ」
「待ってよー。別に減るもんじゃないでしょ?」
「いや、時間は減るだろうが」
「そういえばそっか。よし、準備できたよ」
「じゃあ行くか。行ってきます」
「行ってきまーす」
今日も、雄介と美樹は仲良く登校した。
二人とも、家の近くの私立高校に通っている。雄介は二年生で、美樹は一年生だ。
「さて、じゃあ放課後にな」
「うん。またね」
昇降口で二人は別れた。その後雄介は、教室へと向かった。
そして、教室に着くとクラスメイトに挨拶をしつつ、自分の席に座った。
「えーと、一時間目は――」
そして放課後、日が傾く中雄介と美樹は仲良く下校した。
家に着いた二人は、夕食を食べ、部屋に戻ると宿題などをして寝た。
こうして、佐藤雄介の一日は終わった。まったく、何とも平凡である。
◆
かわいい妹がいるのに、その妹と何も起きないなんて。何を考えているんだろうね雄介君は。
やっぱり、妹がいるだけじゃだめなのかなあ。幼なじみとか、先輩とか後輩とか、はたまた異世界から来た女の子とかがいた方がいいのかなあ。
そういえば、謎の組織とか出てきたら面白いかもね。よし、それでいってみよう。
あと、両親には海外出張にでも行ってもらおうかな。あ、その途中で事故死とか……。
◆
「さて、じゃあ行ってくるけど、二人とも仲良くするんだぞ」
「美樹。お兄ちゃんのことよろしく頼むわよ」
「うん。安心して行ってきてね、二人とも」
玄関で、両親を見送る美樹と雄介。
「……あれ? 行くってどこに?」
「どこって、アメリカだよ」
「……なんで?」
「出張だよ。かなり前に言っておいただろう」
「うーん。そういえば、そんなこと言ってた気が。でもなんで母さんまで?」
「この人だけだと心配じゃない。だから私が付いていかないと」
「そっか。それもそうだな」
「じゃあ、今度こそ行くからな。二人とも、元気にやれよ」
「いってらっしゃーい」
父親は海外出張、母親はその付き添いで、家には雄介と美樹の二人だけが残った。
「えへへ。二人っきりだね、お兄ちゃん」
「あ、ああ。そうだな」
二人は見つめあうと、そんなことを口にした。
その時である、外から雷が落ちたような轟音が響いてきた。窓ガラスがびりびりと震える。
「きゃっ! ……何今の?」
「ここで待ってろ。外を見てくる!」
雄介が外に出ると、道に少女が倒れていた。
「おい! 大丈夫か?」
少女の体がピクリと動く。
「う……ここは?」
「ええと、俺の家の前だ!」
雄介は軽く錯乱していた。
「とにかく、怪我とかないか?」
「それは、大丈夫だけど……。体に力が入らないわ」
「そうか。とりあえず、家に来い」
雄介は倒れている少女を抱き上げた。
「ちょ、ちょっと何を!」
「動けないんだろ? だったらこうするしかないじゃないか」
「それはそうだけど……。ちょっと恥ずかしいじゃない……」
「? 何か言ったか?」
「何も言ってないわ」
少女は赤面して、顔をそらした。
「お兄ちゃん大丈夫……ってどうしたのその子?」
しびれを切らしたのか、美樹がやって来た。
「いや、そこに倒れてて。とりあえず、家に連れてこうかと」
「じゃあ、飲み物とか準備しておくね」
そう言って美樹は家に戻った。
雄介も少女を抱えながらそれを追った。
「ふう、少し落ち着いたわ」
佐藤家のリビングで、美樹から受け取った麦茶を飲むと、少女はそう言った。
「それで、あなたはどうして倒れてたんですか?」
美樹が少女に訊ねる。
「そうね、それを話す前に自己紹介をしておこうかしら。私は、菜々美。佐藤菜々美よ」
「佐藤? 私も佐藤だよ。佐藤美樹。それで、こっちが佐藤雄介。私のお兄ちゃん」
「よろしくな。まあ、佐藤なんて名字、たくさんいるからなあ」
「いいえ、名字が佐藤なのは偶然じゃないわ。だって私は、あなたの子孫なんだから」
少女、菜々美が雄介を指差す。
「……俺の子孫? なんかの冗談か?」
「冗談じゃないわ。私はある人物を追って未来からこの時代に来たの」
「じゃあ、そいつがこの場所に来たのを追ってきたのか。でもそいつはなんで俺の家の近くに来たんだ?」
「それは、たぶん私をおちょくってたんだと思う。あいつはそういうふざけたやつなの」
「で、誰を追って来たんだ? そもそも何のために?」
「名前は分からないわ。ただ、そいつはラグナロクっていう組織のやつなの。ラグナロクは世界を滅亡させようとしてる組織で、そいつがここで何をするにしても私は止めないといけないの」
菜々美は悔しそうに拳を固めた。
「それで、私の所属している組織がセイヴァーズっていうんだけど、今回のラグナロクの活動を止めるために私が派遣されたんだけど……。さっきは返り討ちにされちゃって……」
今度はうつむき、ため息を吐いた。
「なんか、大変なんだな」
「まあ、それが私の仕事なんだし、世界を滅亡させるわけにはいかないもんね。あ……! そういえば、今日の日付は?」
菜々美が焦った様子で尋ねる。
「えーと。今日は――」
プルルルルル。プルルルルル。
唐突に、電話が鳴った。
「あ、私出るね」
美樹はそう言うと、電話を取りにいった。
「それで、今日は七月二十五日だが」
「…………」
それを聞いた菜々美は青ざめた。
「どうしたんだ? まだ調子が――」
「お兄ちゃん! お父さんとお母さんが……」
空港に向かう高速道路で、雄介と美樹の両親は交通事故に巻き込まれた。
二人とも即死だった。
「痛みを感じることはなかったかもな……。それだけでも……」
病院に着いてそれを知った雄介は、妹の手前強がっていたが、それも長くは続かなかった。
着いてからずっと泣いていた美樹と共に、雄介は泣いた。
その日、二人は病院に泊まった。
翌日、二人が家に帰ると、家の前に菜々美が立っていた。
「おい! 知ってたならどうして黙ってたんだ!」
雄介が菜々美につかみかかろうとしたが、美樹がそれを止めた。
「やめてお兄ちゃん! 菜々美に当たったって……」
雄介を押さえていた美樹の手から力が抜け、だらりと落ちた。
「そうだよな……。熱くなって悪かった……」
「…………」
しばらく三人はうつむいて黙っていたが、やがて美樹が呟いた。
「とりあえず、家入ろうか」
「そうだな。で、菜々美はこれからどうするんだ?」
「いや、私は……」
「どうせ行くとこ無いんだろ? だったら家に来いよ。美樹もいいよな?」
「うん。私も賛成」
そして、まだ少しぎこちないながらも、雄介と美樹は笑った。
「じゃあ、そうさせてもらおうかしら」
菜々美も、そう言って微笑んだ。
◆
なんだろう……この気持ち……。
私がそうしたから……雄介と美樹の両親は死んじゃったんだよね。
物語を盛り上げるためとか、そんな理由でこんなことするなんて、ひどいよね。
でも、でもね……。ううん、やっぱりこれはとってもひどいこと。
だから、私はひどい子だね。
でもね、最後まで私は続けるよ。それが、きっと私にできる唯一のことだから。
そういえば、予定ではこの後……。
◆
両親の死から一ケ月ほどして、雄介と美樹はだいぶ落ち着いていた。
その日は二学期の始業式の日。そして、菜々美が高校に転入する日だった。
「さて、準備はいいか? 美樹、菜々美」
「ばっちりだよ! ね、菜々美」
「ええ、ばっちりよ」
「それじゃ、行くとするか」
二年B組、雄介のクラスは朝からざわついていた。
「転校生が来るんだって」
「どうやらうちのクラスに来るらしい」
「どんな美少女なんだろうな」
「ちょっと。イケメンかもしれないじゃない」
クラスメイトが騒いでいるのを横目に、雄介はにやついていた。
それに気付いたクラスメイトが雄介に話しかける。
「どうした? そんなににやついて」
雄介の小学校からの親友である、鈴木健二だった。
「いや、まあ誰が来るか知っているからな」
「そうか、それはぜひとも教えてもらいたいものだな」
「簡単に教えるわけにはいかないなあ」
そして、二人は笑いあった。
「どうやら、かなり落ち着いたようだな」
「ああ。あのときはありがとうな」
「構わないさ。それにあの時のお前は見ていられなかった」
「いつかお前が困ったことになったら、今度は俺が助けるよ」
「それはありがたいな」
そこへ、担任教師がドアを開けてやってきた。
「はいはい。もうばれてるみたいだけど、転校生に会えるのは始業式の後よ。さっさと廊下に並んで」
教卓付近に集まっていた生徒たちや、自分の席にいた生徒たちが次々と廊下に出ていく。
「だそうだ。じゃ、行くとするか」
「そうしよう」
始業式が終わり生徒達が教室に戻ってきた。
「さて、お待ちかねの転校生の紹介よ。じゃあ、入ってきて」
ドアを開けて、菜々美が教室に入った。そして、生徒たちから歓声が上がる。
「佐藤菜々美です。みんなと早く仲良くなれるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」
黒板に名前を書き終えると、菜々美はそう言ってお辞儀した。
またも歓声が上がる。顔を上げた菜々美は、少し顔が赤くなっていた。
「さて、席はどうしようかしら。あ、佐藤の後ろが空いてるようね。佐藤、席はあそこの――」
「先生ーそれじゃどっちの佐藤か分かりません」
生徒の一人がそう言った。
「それもそうね。では、佐藤菜々美は佐藤雄介の後ろの席に座ること」
「はい先生」
菜々美はそう言って、自分の席に向かった。席に着く時に、前に座る雄介に小声で話しかける。
「じゃあ、これからよろしくね」
「ああ。まかせろ」
それに、雄介は振り返って応えた。
「さて、あとは連絡事項だけど――」
するべきことをして、担任教師は教室を出ていった。
最後に、「あまり遅くまで残っていないように」と釘を刺していったが、ほとんどの生徒が教室に残っていて、それは守られそうになかった。
「どこから来たの?」
「好きな食べ物は?」
「俺と付き合ってくれ!」
「私と付き合って! まずはお友達から!」
放課後、さっそく菜々美は質問攻めに会っていた。時には丁寧に、時には軽く、数々の質問を捌いていた。
雄介は、こうなることを見越して早々に席から退避していた。そこへ健二もやって来る。
「はっはっは。大人気じゃないか」
「転校生なんてだいたいこんなもんじゃないか?」
「それを差し引いても、かなりの人気だと思うぞ。で、あの子とはどういう関係なんだ」
「えーと、親戚の子だよ」
「まあ、そんなところだろうな」
ようやく質問攻めから解放された菜々美が雄介と健二のところにやってきたが、あまり疲れた様子はなかった。
「お疲れ様。大丈夫か?」
「このくらいの質問攻めなら大したことないわ」
菜々美は余裕の笑みを見せている。
「そうだ、紹介しておくよ。こいつが鈴木健二だ」
「鈴木健二だ。雄介の親友をやっている。よろしくな」
「佐藤菜々美よ。よろしくね」
二人の挨拶が終わったところで、雄介が提案する。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうね、美樹も待っていると思うし」
「ん? 今、美樹と言わなかったか?」
「それがどうしたのかしら」
菜々美は首を傾げた。
「なるほど、君は雄介の家に住んでいるのか」
「雄介、言ってなかったのね?」
「すっかり忘れてたよ」
「まったく。では、俺も一緒に帰らせてもらおう。家が近いんだ」
「じゃあ、三人で帰りましょう」
その後、三人は一緒に下校した。
健二がどうせなら美樹に挨拶していくと言うので、三人とも玄関に来た。
そして、鍵を開けようとして、雄介があることに気付いた。
「あれ? 鍵、開いてる」
「おかしいわね。電気も点いていないようだし……」
「おーい。美樹、いるのか?」
雄介が呼びかけたが、返事はなかった。三人の顔に緊張が走る。
「私が中を見てくるわ。二人はここで待っていて」
そう言うと、菜々美は家の中に入っていった。
しばらくして、健二が閃いた。
「そうだ! 電話を掛けたらどうだ?」
「その手があったか! すっかり忘れてたよ」
プルルルルル。プルルルルル。
電話の呼び出し音が鳴る。
『もしもし』
電話に出た相手は美樹ではなかった。
「誰だ?」
『ラグナロク、と言えば分かるんじゃないか?』
「じゃあお前が例の……。それより、美樹はどうしたんだ!」
『安心したまえ。今は眠ってもらっている。だが、これからどうなるかは分からないがな』
「何かしたら許さないぞ!」
『許さないだと? 面白いことを言う。お前に何ができるというのだ。まあいい、そこにいるのは分かっている。佐藤菜々美を出せ』
「……分かった。ちょっと待ってろ」
雄介は家の中に駆け込んだ。
「おい、どうした?」
それを健二も追った。
「菜々美! 来てくれ!」
しばらくして菜々美が来た。
「そんなに叫んでいったい――」
「これに出てくれ!」
雄介が携帯電話を突き出す。
「電話……? まさか美樹に?」
菜々美が携帯電話を受け取った。
「もしもし。美樹なの?」
『残念ながら、私だよ』
「その声……! なんであんたが!」
『久しぶりに声が聴けてうれしいよ。まったく、一ケ月も私を野放しにするとは情けないじゃないか。君たちが無能では世界が滅びてしまうぞ?』
「そんなことは、今はどうでもいいわ。それより、美樹を返して」
『いいだろう。では、今から指定する場所に来い。そこにいる三人でな』
「私だけではいけないのかしら」
『それではつまらん。佐藤菜々美、佐藤雄介、そして鈴木健二の三人だ』
「……分かったわ」
『では、場所は――』
「本当に付いてきてよかったの?」
指定された場所に向かいながら、菜々美が健二に訊ねた。
「いや、俺も呼び出されたんだろう? なら付いていかないわけにはいかないな」
「でも、あなたにも危険が――」
「俺が行かなければ、美樹ちゃんがどうなるか分からない」
「そうね……。分かったわ。じゃあ二人にはこれを渡しておくわ」
そう言って、菜々美は雄介と健二にそれぞれ拳銃のようなものを渡した。
「これは?」
「ショック銃よ。まあ、気休めにしかならないだろうけれど」
「ちょっと待った。なぜこんなものを持っているんだ?」
健二のその質問に、菜々美は簡潔に答えた。健二はとりあえず納得していた。
そして、三人は指定された場所に着いた。
そこは住宅地から離れた公園だった。時刻は十時を過ぎていて、辺りに人影はない。
「待っていたぞ」
黒い仮面の男が、どこからともなく現れた。美樹を抱えている。
「さあ、美樹を返しなさい!」
菜々美が一歩前に出る。
「そう焦るな。楽しみはこれからだ」
男は懐から拳銃を取り出すと、美樹に狙いを定め引き金を引いた。
次の瞬間、銃口から飛び出た弾丸は、一瞬で美樹の所まで移動した菜々美によって弾かれた。
「ふん。その程度はできるようだな」
菜々美から距離を取った男は、今度は雄介を撃った。その弾丸を菜々美が弾く。
雄介と健二は、その場から動けないでいた。
三発目、四発目、五発目と菜々美は弾丸を弾いていった。
そして、菜々美が美樹に向かった弾丸を弾くと同時に、男は健二を前から刀で貫いた。
「がはっ!」
健二は、口から血を吐きながらも、ショック銃で男を撃った。
男の体がピクリと震え、健二と共に崩れ落ちた。
倒れた健二に、雄介が駆け寄る。
「おい! 大丈夫か!」
「あまり大声を出さないでくれ……。傷に響くじゃないか……」
健二が力なく笑った。傷口から血が溢れ出している。
「なあ、雄介」
「……何だ?」
「美樹ちゃんや菜々美と、仲良くやれよ……」
「分かってるよ。でも、お前とだって、まだ親友やりたいよ」
「それは、難しいな……。俺はもう駄目みたいだ……」
そこへ、菜々美がやって来た。
「ごめんなさい、巻き込んでしまって……」
「なに、俺が自分で付いて来たんだ……。菜々美のせいではないさ」
「でも……」
菜々美が俯く。
「そろそろ、お別れみたいだな」
そう言って、健二は目を閉じた。
「じゃあな」
そして、それを最後に、健二が話すことはなかった。
雄介は涙を流していた。それを見ている菜々美も、今にも泣きそうな顔だった。
いつの間にか降りだした雨の中、二人はそのままだった。
そして、それを遠くから見ている者がいた。
◆
はあ……。とりあえず、これでひと段落だね。
健二も、私のせいで……。
これから、盛り上げる、予定、なんだけど……。こんなんじゃ、どうあってもハッピーエンドにはならないよね。
まさか健二も両親も生き返らせる訳にもいかないし。
…………。あれ? 最後の一文は何なんだろう。書いた覚えないけど……。
◆
何かがおかしい。頭がもやもやした。
目の前で、健二が冷たくなっている。横に顔を向けると、菜々美がいた。
そして、健二の横では美樹が眠っている。……美樹? そうだ、俺の妹だ。なぜだか今、美樹のことを疑問に思ってしまった。
だんだん頭が痛くなってきて、俺はその場にしゃがみ込んだ。
そもそも、なんでこんなことになっているのか。それは、菜々美が来たことが原因なのか? それとも、俺はもっと大事なことを……。
「悩んでいるようね」
突然後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには少女が立っていた。
「なあ、またお前の知り合いか?」
俺は、なんだか菜々美の知り合いのような気がして菜々美に声をかけたが、反応がなかった。
不思議に思って菜々美の方を見たが、なぜか全く動かない。
「あなたの声、その子に届いてないわよ」
少女がそんなことを言う。
「どういうことだ?」
「だって。時間が止まっているもの。今動いてるのは、あなたと私だけよ」
少女がニヤリと笑った。なんだか不気味だったが、とりあえず俺は辺りを見回した。
たしかに、動くものは何もない。そして、聴こえる音も、少女と俺の呼吸音ぐらいだった。
どうやら、本当に時間が止まっているのかもしれない。俺は少女と話してみることにした。
「君は……誰なんだ?」
「とりあえず、さっきのやつの仲間じゃないから安心して。あと、菜々美ちゃんの仲間でもないわ。私はマナ。それだけ分かってればいいわ」
「俺は……名乗らなくても分かるのか?」
「ええ。佐藤雄介、高校二年生。まあ、知ってるのはこのくらいよ」
「大したことは知らないんだな。まあいいや。それで、俺が悩んでるってどういうことだ?」
「言葉通りの意味よ。悩みがあるんでしょ?」
少女、マナはさも当然だという風だった。
「悩みというほどでもないな……。ただ、頭がもやもやするだけで……」
「じゃあ、その原因を教えてあげる。佐藤菜々美と佐藤美樹、この二人がだいたいの原因よ」
「? お前、何言って……」
そうは口では言ったが、その二人のことを考えると頭のもやもやが大きくなった。
特に、美樹のことを考えると。
「佐藤美樹との思い出、何かある?」
「そんなのいくらでも……」
おかしい。記憶をいくら探ってみても、そんなものは出てこなかった。いや、最近のことは覚えているが、昔の思い出など一切なかった。
「どういう……ことだ?」
「やはり、なかったようね。そりゃそうよ、佐藤美樹は、後からこの世界に加えられた存在よ」
もはや、わけがわからない。こいつは何を言っているのだろう。
「この世界は、ある人物によって介入を受けているわ。まあ、それ自体はいいんだけど、やり方がまずかったわ」
「そいつは、誰なんだ?」
「神様のようなものよ。あなたにとってはね」
「神様? そんな話を信じろと?」
「信じなくてもいいけど、その悩みを解決したいなら私の言うことを聞いた方がいいわよ」
言うことを聞け? どうすればいいのだろう。ただ、ここで何もしなければどうにもならない気がする。
俺は、少女を信じることにした。
「じゃあ、今から言うことを――」
◆
あれ? こんな文章あったっけ?
前にもこんなことがあったけどなんなんだろう……。
これから、どうしようかな。
そうだね、もう、これ以上追い詰められないよ……。もう、終わりにしよう。
◆
しばらくして、美樹が起きた。
「あれ? なんで私こんなところに……。……あれ? 健二さん? どうしてそんなところで寝て……」
起きたばかりだからか、健二の所にふらふらと近づいていく美樹だったが、健二が血を流しているのに気がついた。
「健二さん!」
美樹が駆け寄って健二の体をゆするが、全く動かない。
「美樹……もう健二は……」
見かねた菜々美が、美樹に近づいていく。
「…………」
そんな二人を雄介は無言で見ていた。
「健二は死んでしまったのよ……」
「そんな……。いったい何が……」
「ねえ、美樹は家に帰ってからのことを覚えているの?」
「ううん。家に帰ってからすぐに眠っちゃったみたいで……」
「そうなのね。雄介は何か訊くことは……」
菜々美は雄介の方を見た。だが、雄介は相変わらず黙ったままだった。
「一番つらいのはお兄ちゃんだよね……。親友だったんだもん……」
「それにしても、これからどうすればいいのかしら。やっぱり警察に――」
「待って、どうして健二さんが死んじゃったのか教えて! あと、そこに倒れている人のことも」
「そうだったわね。まだ言ってなかったわ」
菜々美は美樹に今までのことを話した。
そして、結局そのまま家に帰ることとなった。男は、菜々美が呼んだセイヴァーズのエージェントが回収していった。
雄介はその間も、ずっと無言だった。
翌日、健二の遺体が発見され、後日、通夜と告別式が行われた。
雄介は終始無言で、周りの人はとても心配していた。
そのさらに数日後、菜々美に連絡が入った。
「私も、もう未来に帰らないといけないみたいね」
「そっか、寂しくなるね……」
「…………」
「雄介……。まだ立ち直ってないようね……」
菜々美は、雄介を心配そうに見つめている。そして、美樹に言った。
「美樹、雄介のこと、支えてあげてね」
「うん。お兄ちゃんは私に任せて。だから、菜々美は安心して帰ってね」
そして、菜々美は未来に帰っていった。
◆
おかしいな……雄介のセリフがみんな無言になってる……
『そりゃ、俺が何もしゃべってないからさ』
あれ? 今声が聴こえたような……。
『どうやら、ちゃんと聴こえてる』
誰?
『佐藤雄介だ。俺のこと知ってるんだろ?』
雄介? そんなわけあるはずが――
「ところが、そんなことがあるのよ」
今度は誰? なんか近くで声が……。
「あなたの後ろよ」
後ろに知らない女の子が!
「ちゃんとできたみたいね」
『おう。これで神様にどうにかしてもらえるんだろ?』
「それはどうかしら。これからの話し合いによるわね」
なんか二人で話始めてるし……。あ、女の子がこっち向いた。
「さて、それじゃあ話を始めましょうか」
待ってよ! あなたいったい誰?
「私はマナ。そうね、あなたと佐藤雄介の橋渡し役といったところね」
それで、何の用なの?
『そりゃ、あんたが俺の人生をめちゃくちゃにしたらしいからな。今までのこと無しにしてもらいたいんだ』
そ、そんなことできないよ。
「できるわよ。あなたが作者なんだから」
あ、そっか。でも……。
「それに、ここまでのこと後悔してるんでしょ?」
うん……。あそこまですることはないよね……。
『分かってるんなら、元に戻してくれよ』
「じゃあ、もう雄介は戻って。あとは私に任せなさい」
『ああ。信じてるからな!』
戻った? どういうことなの?
「そのままの意味よ。彼の世界に帰ったのよ」
そっか。じゃあ、元に戻してあげないと。
「そうね、約束したし。でも、その前にあなたに言っておくことがあるわ」
……何?
「作者であるあなたはね。基本的に観測者でなければいけないのよ。そして、介入するにしてもばれてはいけないわ。まあ、ばれてしまったからこそ私が来たんだけど」
はあ……。なんだかよく分かんないかも。
「一応言っておかないといけないのよ、これ。ところで、あなた『世界中の人が幸せになればいいのにー』とか思ってたりする?」
うーん。思わないこともないけど。
「そうなの。それが聞けただけでもよかったわ。じゃあ、あとのことは私がやっておくから、あなたは最後をお願いね」
うん。私、頑張るね。
◆
「ふあーっ」
佐藤雄介は、自室のベッドで大きなあくびをした
彼は、ごく平凡な少年である。謎の能力を秘めているわけでもなければ、周りが美少女だらけなわけでもない。
今日も、そんな彼の平凡な一日が始まる。
「おはよう」
雄介は着替えを済ませて一階のリビングに下りると、両親に朝の挨拶をした。
彼は両親と三人で暮らしている。父親は普通の企業に勤めていて、母親は専業主婦だ。
いや、それは間違いだった。
「おはよう、雄介。美樹はまだなの?」
「いや、そろそろ――」
ダダダダッダン!
二階から階段を飛ばし飛ばしに駆け下りてくる少女がいた。
「セーフ。まだ朝ご飯食べてないよね?」
「おはよう、美樹。朝から元気ね」
「おはようお姉ちゃん。あ、お兄ちゃんもおはよう」
「俺はついでかよ……」
「さて、全員そろった所で朝ご飯にしましょう」
「今日の朝ご飯もうまそうだ。父さんは幸せだな」
雄介は両親と、そして、面倒見のいい姉である菜々美と、元気いっぱいの妹である美樹と、五人で暮らしている。
今日も、彼の平凡ながらも楽しく賑やかな一日が始まる。
再び書く気力出てきました。今度は、これが長く続けばと思います。
さて、書いていて分かったことがあります。私にはバッドエンドは書けないような気がします。人が悲しんでいるようなシーンは書いていてつらいのです。
見る分にはバッドエンドはいいですが、やはりハッピーエンドの方が私は好きです。
文章の方で気になったのは、やたら改行が多かったことでしょうか。まあ、そのうち落ち着くかもしれません。
あと、三人称より一人称の方が書きやすそうです。
では、また別の作品で。




