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凱旋帰郷

作者: tetsuzo

ぷ、ぷお〜ん。ぷ、ぷお〜ん。切なく物悲しい汽笛を一杯に鳴らし、緩やかなカーブを曲がってたった一両の気動車が駅に滑り込んでくる。JR北上線733Dだ。突然、腹の底に響くドォ〜ン、ドォ〜ンと鈍く大太鼓が鳴る。いつもは人影もない江釣子駅前に数百人の群集が集まっている。列車が止まると、今度は賑やかな笛とドラムが華やかな聖者の行進のメロディーを奏ではじめる。江釣子村立小学校鼓笛隊の男女生徒がお揃いの制服で整列して演奏する。群集からわァ〜っという叫び声が聞こえ、やがてその声が次第次第に大きくなる。一丈余の巨大な奉祝の垂れ幕が下がっている。列車の扉が開き、一人の白皙の青年がプラットフォームに降り立つと、群集の叫びは頂点に達して、流石の大太鼓や鼓笛隊の演奏も聞こえなくなるほどだ。青年はゆっくりと歩いて駅頭に達する。一斉に拍手が沸き起こる。

「伊藤、只今もどりました」

モーニングで正装した村長が進み出て荘重に申し述べる。

「伊藤一弥殿。貴君は誠に我が村の誇りである。おめでとう」

村長が片手を差し出し握手を求める。

「じ、自分は、この故郷を出でて、五有余年、正に臥薪嘗胆の毎日でありました。将来を誓い合い、身体を通じた唯一無二の恋人をも、断腸の思いで別離いたし、刻苦勉励、このたび晴れて国家試験に合格、そのご報告に郷里に戻りました。れ、麗奈。お前には苦労を掛けました。おっとう。おっかあ。ばあ様、皆々様に大変ご心配、ご迷惑をおかけしました。でも、一級建築士伊藤となって戻って参りました。サ、麗奈、顔を見せてけれ」

ど、どォ〜ん!!二十年に一度だけ使用の許されている大太鼓。半裸の青年が汗みどろになってバチを叩き付け、鼓笛隊も今度はクワイ川マーチを奏でる。群集の叫びと演奏で騒然とし、ハチの巣を叩いたような騒がしさ。その時、群集の真っ只中から一人のうら若き、見目麗しい、超美形の女性が進み出る。群集はしイ〜んとして固唾を飲む。

「かずちゃん。私待っていたよ」

「れ、れ、れいなァ!」

二人は人目もはばからず熱い熱い抱擁を交わす。

「よォ、ご両人っ」

「まってましたァ」

「早くちゅーしてつかわせ」

群集が口々にはやしたてる。

「おら、ちゅーバ、家にけえってからすんド」

「かずやぁ。おめ田舎言葉忘れんでいたんかぁ」

「忘れんでかいナ。おらひと時もこん、江釣子のこたぁ、忘れちゃおり申さん」けたたましい喧騒の中、一弥に少し遅れ、この江釣子に降りた2人連れがあった。人々は誰も気づかない。老人と小柄な若い女性で、駅前に出ると不思議そうにキョロキョロ辺りを見回している。

「えらい騒ぎだ。一弥のヤツ、こんなにも村人から慕われていたんだ。幸せモンがぁ」

「ねえ、A山さん。麗奈さんとっても可愛いネ。アタシ負けそう」

「そんなことはない。Y恵。キミにはキミの良さがある」

麗奈を抱いていた一弥が、忘れていたA山とY恵のことを思い出して、皆に紹介する。

「村民の皆様。ご紹介いたします。こちらにおられるのは、A山先生及びO坂さんでございます。お二人はわたくしメが東京で大層お世話になり、又今般の試験合格に甚だ尽力なされ、我が故郷にお招き申し上げ、花巻温泉で慰労していただこうと思い、遠路はるばるこの江釣子村までご足労賜りました」

「あれま、一弥、どえりゃー挨拶上手くなったでゲスな」

「ほんにまぁ、やっぱ江釣子の英雄だばサ」

一弥に急かされ、麗奈が二人の前にでてお辞儀をする。

「ンまぁ、こったらとオ〜い片田舎まで、よくまぁきたらっしゃった。わだしが麗奈ダ。おら一弥のいいなづけだ。こっちにいらっしゃる娘っこはA山さんの彼女かい?」

「オイ、オイ。なんちゅうこと言うンだ。Y恵ちゃんは一弥クンの仕事同僚。机を並べて仕事している」

「ありゃぁ。だば一弥と仲良しなんか?」

「そうだ。とっても仲良しだ。良く机の下で手を繋いでいる」

「なにイ!わだしっちゅうモンがありながら、一弥、なんちゅうコツ、しとるんじゃぁ!」慌てて一弥の父親が仲裁に入る。

「まぁ、まぁ。こげなところで喧嘩は見苦しかろう。さ、さ。我が家の牛車バ用意しとりマス。A山センセ。O坂サン。オメらはこれバ乗ってくだんしゃい。一弥と麗奈はこん、ちゃぐちゃぐ馬っこに乗らんかい」

長い行列がゾロゾロつながって一行はのんびりと田圃の間の村道を行進、一弥の家に向かう。村童たちが囃したてる。鼓笛隊も一緒だ。もオ〜。牛達も歓迎の鳴き声を上げている。A山は転げ落ちそうになる牛車の縁につかまりながら、Y恵に話し掛けている。

「トンでもねえとこへ来ちまった」


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