ナインイレブン妄想部支店 小野シフト
大木誠一郎という名前の男を見たことがないのに、私はよく知っている。
ナインイレブンという全国チェーンのコンビニをバイト先にしたのは、ただ単に学校から近いから、という理由だった。自宅と学校を直線で結んだちょうど真ん中にあるそのコンビニは、私の学校の生徒、隣の学校の生徒、近くで建設している大型ショッピングモールの建設に携わるおじちゃん達が常連の大半を占めている、なかなか売り上げのいい店なので時給もちょっとだけいい。
私は学生だし勿論未成年だから、学校が終った後の十七時から二十二時までが主で、休日は朝から出たりすることもあるけれど、お小遣い稼ぎのバイトだからそんなに出勤数も多くない。夜勤の人達は顔と名前が一致するくらいで殆どまともに話したことなんてない。交代します、お疲れさまです、くらいの短い挨拶ぐらいだ。
なのにバイトを始めて三ヶ月たっても見た事のない大木さんのことを知っているのは、よくシフトが一緒になる渡辺さんが大木さんの親友だからじゃない。
私と、大木さんの苗字のせいだ。
大木さんはその苗字の通り背が高い。渡辺さん情報によると百九十二センチあるらしい。……壁だよね。生きた壁って言っていいよね。
生きた壁の真逆を行くのが私だ。
小木という大木さんと一字違いの私は背が低い。百五十五センチなんて小さくないだろ平均だろ! と声を大にして主張したけれど、何故だか百六十五センチ以上の人ばかりのこのナインイレブンで、私のあだ名はミクロちゃんになった。
ミクロて!!
百五十五センチも、あるのに!!
そんな名前と容姿のデコボコ加減を面白がって、シフトが一緒になった人は必ず大木さんの話をしてくれる。ノッポの大木にミクロの小木。店長までそう呼ぶ始末だ。
「おはようございまーす」
いつものように自動扉をあけて入る。聞き飽きた単調な音楽を右から左に流した。流行のポップスが流れる中を歩いて、飲み物が陳列している棚の横にある入り口を押す。マジックミラーの張られているその入り口から従業員は出入りするのだ。
たまーに居るんだけどさ。
マジックミラーを鏡と信じて鼻毛抜いたり、決め顔したりするお客さんがいるのだけれど、勘弁してほしい。あれ、中から丸見えだから! 吹き出すのを堪える身にもなって!!
ドリンクの在庫の棚の前には、椅子が二つと今日の夕方にチェックされた廃棄分が籠に盛ってあった。この廃棄分は、各自自由にお持ち帰り可能なので一人暮らしの男子に好評だ。朝、昼に入ってるおばちゃん達はパン類を休憩時間に食べてたりする。
「あ、メロンパンある。休憩で食べよ」
早いもの勝ちなので籠の中からメロンパンを取るとそのまま右手にある細い通路を通ってロッカーに向かう。ただでさえ狭い通路なのに、そこに日用品やレシート、箸、ストローの在庫を置いている棚があって狭い。人一人やっと通れる広さだ。小木と書かれたロッカーを開けて制服を出す。昨日フライヤーを使っていたからか、少し油の匂いがした。
「……今日持って帰ろう」
隣は大木さんのロッカーだ。
背が高くて、子どもが好きなのに仏頂面で懐かれない、砂糖とミルクが沢山入ったもうそれコーヒーって言わないよね、っていう飲み物が好きな大学生の大木さん。お爺ちゃんッ子で、柔道黒帯で、なのに逆上がりができないっていうどうでもいいとこまで知っている。知っているけど会ったことはない。
「どんな人かな」
私の想像では大きな熊のような人なのだけれど、渡辺さん曰く細長いそうだ。
気にはなるな、なんて学校の友達に言うとそれは恋だよ。やっと春が来たか、と言われた。でもこれは、恋なんかじゃない。
顔も知らない男の人に恋をするなんて、聞いたこともない。
「ないない、ありえない」
苦笑しながらロッカーの扉を閉める。
シフト表では、次の出勤日が大木さんとペアの日だった。
◇ ◇ ◇
それから三週間。
私の心の中で、大木さんのことはノッポと書いて天敵と読む。
「ミクロ寄越せ!」
「嫌だ!! 私の方が先だった!」
「俺が先に取っておいたんだ!」
「知りませーん、籠の横の棚に落・ち・て・た・ので私が先にとりました」
そう言ってメロンパンを開けて頬張る。
あー美味しい!! 闘いの後なら尚更だ。
夕方シフトの私と夜勤シフトの大木さんが顔を合わせるのはたった数分のことが多い。
廃棄分のメロンパンをめぐっての抗争はもう二週間になる。
大木さんがメロンパン好きとは知らず、ナインイレブンのメロンパンを好んで取っていた私は、初めて顔を合わせた日の休憩時間に小木さんだったのか! と鬼の形相で睨まれた。なんでもこれ目当てにウキウキ気分で来ていた大木さんが近頃ないのでしょげていたらしい。いや、本人はそう言わなかったけれど、所々うらめしいと言いたげな目線はいくら私でもわかる。
「意地の悪い性格だからチビなんだよ」
「え? なになに聞こえない。背が高すぎてメロンパンが見えなかった? あー、それはご愁傷さまでした」
「この……ミクロ!! かわいげないぞ!」
「大学生が高校生相手に本気で怒るなんて大人気なーい。だから子どもに好かれないんじゃないんですか?」
「うるせぇよ! っていうか、なんで俺のことそんなにミクロに筒抜けな訳」
「“わ”で始まって、“べ”で終る人に聞いたらいいと思う」
「……渡辺殺す。海に沈める」
その瞬間、入り口から渡辺さんが現れる。
おお、グットタイミーング。
「おはよー……ってまたやられたの大木」
「渡辺殺す」
「なんで!?」
「骨は拾いますね……」
「なんで!? っていうかミクロちゃんその哀れな目なに!?」
さぁ、と言ってメロンパンを頬張る。
あー幸せ。
「そんなにそのメロンパンって美味しいの?」
俺、クリームパンの方が好きなんだけど、と言いながら渡辺さんが肩から鞄をはずす。
当たり前じゃん。このメロンパン、外はサクサク中はふわふわで私のメロンパン黄金比を正確にあらわしている。
「うまいよ」
「おいしいです」
見事に声がハモる。
うん、ここだけは結託してあげてもいいよ。生きる壁。
「……そんなに綺麗にハモられると食べたくなるね」
くすくす笑う渡辺さんに、私は自分の食べていたメロンパンを半分に千切る。もちろん自分が齧った方でなく、まだビニールに入っていた方を、だ。
「どうぞ。ほんとに美味しいから」
メロンパン争奪戦の確率が高くなるのは惜しいけど、自分が美味しいと思っているものを他人にも美味しいと思ってもらえることは嬉しい。はい、と渡した私に渡辺さんが手を伸ばした瞬間だった。
がぶり。
大木さんのその行動を説明するならその三文字がぴったりだった。いきなり私の手ごとメロンパンをかじった大木さんに、私も渡辺さんも目が点になる。
「え?」
「ちょ、大木……」
っていうか、
「痛い! 指食べてる!!」
「あぁすまん。小さくて見えなかった」
キィ! 悪かったな小さくて!!
じゃないじゃない。何この人変態?
「っていうか、私のメロンパン!」
「渡辺にやるくらいなら俺が貰う」
「……変態ノッポがいるよ」
そう呟いた渡辺さんに大木さんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
うるせぇよ、と言ってそのままロッカーの方に足を進めた大木さんの耳が赤い……気がする。両目視力一.五という学校の視力検査が間違いでなければ。
なんの暴挙だ、とその背中に心の中で叫びながら、私は何も言えずに見送った。中指の鈍い痛みが徐々に引いて行く。変態だ、と思いながらも気持ち悪いと思わないことが不思議だった。あれ? なぜだ。天敵なのに。
私と大木さんを交互に見ていた渡辺さんが吹き出した後、
ごめんね、と謝った。
「わかりやすい、というか、わかりにくいというか」
「何がですか?」
噛まれた指をハンカチで拭って残りのメロンパンを頬張る。
頬張った後に気付いて、あ、とこぼれた。
「もうあげられないですけど。メロンパン……」
「いいよ。好きなんでしょ? 食べなさい。成長期なんだからさ」
「そうですよね! 今に見てろですよ。明日になったら十センチくらい伸びるんだから!!」
「…………ないと思う」
「なんで!?」
そこだけは即答されて憤慨する。
私はまだ十七歳だ。人間としての成長期はまだ終っていない。本当に明日起きたら十センチ伸びているなんて奇跡を信じているのだ。奇跡と呼ぶ時点で、私の中にも諦めの二文字がちゃんと存在しているのかもしれないけれど。
「大木がさ、保育士目指してるって話したじゃん?」
仏頂面が幸いして子どもに泣かれまくる、という容姿をお持ちなのにも関わらず、大木さんの希望職種は保育士なのだそうだ。メロンパンにかける情熱も、隙あらば食べてやろうという目ざとさも、甘いもの大好きなのも、大木さん自身が保育される子どものようだけれど。
「はい」
「だからかしらないけど、あいつ犬とか猫とかの小動物とか、子どもとかすげー好きなんだよね。手がかかるほど可愛いっていうかさ」
「……渡辺さんがその道を目指してるっていわれた方が万倍納得できるのが切ないですね」
要するに私は犬猫レベルで遊ばれてると言いたいのだろうか。
それともなに、甘えれば大木さんはメロンパンを譲ってくれるという大木攻略法か?
「いや、そういうこと言いたかったんじゃないんだけどなー……ま、いいや」
苦笑した渡辺さんはそのまま簡単に挨拶をするとロッカーの方へ消えていった。その背中に首をかしげながら最後の一口を飲み込んで私はお茶を飲んで一息つく。あー美味しかった! 半分とられたのは悔しいけど。
夕方シフトの私と入れ替わりに入った渡辺さんと大木さんはもうレジに入っていて何か話しているようだった。
「お疲れさまでした」
「おつかれー」
レジの前を通り過ぎて頭を下げる。
時刻は二十二時を十五分過ぎたところをさしていた。コンビニの外は濃い紺色の空で埋め尽くされて、街灯がいやに明るかった。日中は人通りの多い道も車が何台か通るほどだ。
「……ミクロって高校生だったんだな」
今日は学校からそのまま来たので学校指定のセーラー服を着ている。
白地に紺色の襟の、どこにでもある普通のセーラー服だ。
「立派な高校生です。何だと思ってたんですか」
「…………小学生?」
聞くんじゃなかった!! このぬりかべ!! 墓に帰れ! 運動会してろ!!
一瞬で不機嫌になった私の顔をさして不細工、とまで付け加えた。
このやろう、鏡見て言い直せ! 俺より美人でしたすいません、って言い直せ!
「今度から馬場って言ってやる……」
「ほら、漢字読めないところが小学生だろ。読めるか? おおきって言うんだぜ」
「……いつか絶対枕元に立つリストに入れた。今入れた!!」
三途の川片道コースだからな!
売り言葉に買い言葉で、大木さんが入れ替わりだったり同じだったりするといつも帰りの時間が遅くなる。お母さんに苦言されてもやめようと思う程、それが不愉快じゃないと最近気付きはじめた。
こうして構って貰えるのが嬉しいなんて、まるで恋する乙女だ。
「今晩覚えてろー!」
「おぉ、来たら取り敢えず投げ飛ばしてやるわ」
……そうでした。黒帯でしたこの人。
悔しいというのがもろに顔に出ていたのか、渡辺さんがそのくらいにしてあげなよ、と横から止める。本当、保育士目指しているのがなぜ大木さんなんだろう。渡辺さんのほうが似合ってるのに。大木さんなんて、保育士になっても絶対子どもから懐かれないんだ。
「さようなら!」
「気をつけて帰れよ」
言われなくても、という言葉は何故か出なかった。
優しく笑う大木さんの顔に胸がきゅんとした気がしたから。
いつも眉間に皺がよるほど難しい顔してるくせに。
無邪気な笑顔なんてしたって、可愛くないんだから!
翌日は大木さんと同じシフトだった。
早めについてしまった私は、今日もメロンパンを勝ち取るべくバックヤードへ向かう。
開けた瞬間に顔がひきつったのは、遅いだろうと踏んでいた天敵が居たからだ。
「残念でしたー。今日は俺の勝ち」
メロンパンは夕方の廃棄で一個あるかないかの微妙に人気の商品だ。
二個出ることなんて本当に稀で、働き始めて約四ヶ月、二個あったことは片手で数えるほどだ。
勝ち誇った顔を前に私は明らかに落ち込む。
学校を早く出て来たのも、一度家に帰らなかったのも、メロンパンのためなのに。
……はっ! ここは早速昨日の渡辺さん助言を実行すべきなんじゃないか?
甘えればメロンパンをくれるという、なんだか微妙な助言を。
メロンパンが手に入るのならば演じてみせようとも! 私、女優!!
「えー、食べたかったな」
「やんねぇよ」
そう言いながら大木さんが袋をあける。
くそう、目の前で開けないでよ。かぶりつくぞ。
「お腹へったなー」
「そうか、他にも廃棄あんぞ」
メロンパンを袋から押し出して口に運ぼうとした大木さんの手をすかさず取る。
よし、私。ここで必殺上目遣いだ!!
「一口ちょうだい?」
お願い、と言い終わる前に大木さんの手からメロンパンが滑り落ちた。
袋が開いていたので中身が飛び出す。
「あー!! もったいない!」
「……ばっ、おま」
「悔しい! もうちょっとだったのに」
もうすぐそこにメロンパンがあったのに手に入る寸前でこぼれてしまった。
「大木さんちゃんと持ってて下さいよ! もったいないおばけが出るんだ!!」
「俺のせいか!? 今のお前が悪いだろ!」
「ひとのせいにしないでください。ちぇっ、作戦失敗」
「作戦とか言うなこの野郎!」
「ギャー! 野郎じゃないし乙女だし!!」
この野郎、と言いつつ大木さんが私の頭をぐしゃぐしゃにする。
背も大きかったら手も大きいんだな、なんてこんな時に思った。
◇ ◇ ◇
それから三ヶ月。バイトも半年を過ぎて慣れた頃だった。
大木さんの送別会のお知らせがシフト表の横に貼られていた。
「え?」
二度見どころじゃない。何度だって読んだ。
たった三行。
———
ノッポの大木よさらばの会。
金曜七時〜 駅前居酒屋にて
店長がおごるぞ☆
ーーー
店長の丸くて雑な字は何度読み直しても大木と書いていた。
昨日も一緒にシフトに入っていたのに。
大木さんは何も言わなかった。
私には何も言わなかった。
メロンパン争奪戦は私に有利だとか、最近子どもに好かれるようになっただとか、
でもやっぱり怖くて泣いちゃう子がいるとか、最初は渡辺さん経由だった情報が、大木さんから直接聞けるようになって私は嬉しかったのに。
シフトが貼り出される度に、大木さんの名前を探してしまうようになっていたのに。
大木さんにとって私は、メロンパンを奪う存在でしかないのだと言われたようだと思った。
「おはよーミクロちゃん。……ミクロちゃん?」
その声にはっとして振り向くと、そこには渡辺さんがいた。
「……あ、おはようございます」
ちゃんと私は笑えていただろうか。
ちゃんと声が裏返ずに言えただろうか。
自分の足が地面についているかどうかさえ、私にはわからなかった。
「ミクロちゃん大丈夫? 顔色悪いけど」
「大丈夫ですよ。すいません、大丈夫です、ほんと」
ちゃんと仕事しなくちゃ、と思うのにドリンクの補充の手もいつもより遅い。
レジ打ちもたった一時間の間に二回も間違えた。
どうした、私。
しょげるな、私。
今日は二十一時まででいつもより短いシフトだったはずなのに、いつもよりうんと長く感じた。始終渡辺さんにすいません、とごめんなさいを繰り返して仕事を終える。
散々だ。
散々だ。少なくとも本気で嫌われていないと思っていた自分も、大木さんと同じ土俵に立っていると思っていた自分も、もしかしたら恋かもしれないなんて思っていた自分も。
自惚れんなって言ってやりたい。
言って、自惚れてなんかないし、って強がって立ち上がれるはずなのに。
いつもの私なら、それがすぐに出来たはずなのに。
考えれば考える程、目に涙がたまって仕方がなかった。
こぼれないようにするのが精一杯で、ぐっと下唇を噛み締める。
「お疲れさまでした」
「おつかれ、明日ももし体調悪かったら俺代われるから連絡して」
「ありがとうございます」
目線を合わせられずに、お辞儀をして駆け足で外へ出る。
きっとみっともない顔をしていることは、自分が一番よくわかっていた。
一粒こぼれると、涙ってなんで止まらないんだろう。
決壊した堤防のように次から次に押し寄せる。
下を向いて走るなんて慣れないことをしたからか、出てすぐのところで人にぶつかる。
顔なんてあげられないから、すいませんと言って横をすりぬける。
いや、すり抜けようとした。
「なんで泣いてんの」
その声が誰だかすぐにわかってしまう自分が恨めしい。
いつから?
いつから私は、大木さんのことをこんなにもすぐにわかってしまうようになったんだろう。
「目にゴミが入ったんです!」
「……は?」
「超大きいのが入って目が痛いんです! お疲れさまでした、さようなら!」
自分の気持ちを自覚してしまったら最後、本人を目の前にするなんていたたまれない気持ちでいっぱいだった。しかも、相手にしたらただの子どもで、何かにつけつっかかってくるしんどい存在だったことが身に染みた後なんて。
「なぁ、俺のせい?」
その言葉に思わず顔をあげる。
何様だよこんちくしょう! 俺のせいとか……そうだとか言えるかバカ!!
自惚れてんじゃねー!!
「知らない、バカ!!」
「俺のせいだって、自惚れちゃだめか」
「意味わかんない。何様なのよノッポのくせして!」
「……何様ときたか」
こっちは逃げ出したいのに、大木さんは苦笑するだけだ。
関係無いけど、背の低い私からすれば大木さんは生きる壁だ。その壁を乗りこえて帰らなければならないのに、掴まれた腕は強くて振っても取れない。
「ごめん、言わなくて。俺、明後日やめるわ」
知ってる、と答えた声は思っていた以上に小さくて、その弱々しさが、大木さんの自惚れてはだめかと言っていたことを肯定しているようで恥ずかしかった。
なんで教えてくれなかったの、なんて聞けない。
彼女でも、それこそ友達ですらないただのバイト仲間の一人に、逐一教えてなんていられないなんて言われれば、それこそ立ち直れそうになかった。
自分が傷つきたくないから、言えない。
「ほんとはさ」
乱暴に目元を制服の袖でぬぐう。
大木さんが何を言おうとしているのか、私には少しも予想ができない。
「俺、メロンパンそこまで好きじゃない」
……は?
「…………そ、うですか」
これ以上どう返せばいいのだろう。
怒ればいいのか、呆れたらいいのかよくわからなかった。
っていうか、このタイミングでそのカミングアウトはなに!?
その心は?
「うん」
「この半年の私の苦労を返せってなじっていいですか」
「なじるな、いい思い出としてちゃんとしまっとけ」
何がいい思い出だこんちくしょう!
そういうのはな、イケメンに限るんです!! 大木さんが言ったところで、壁が寝言言っちゃった、みたいなホラーな現象にしかならないんです!!
「からかって楽しかったですか……」
子どもを遊んで楽しかったですか、とは聞けなかった。
二十歳を超えた男から見れば十七歳なんて子どもだと、自分が先に認めてしまうことが癪だった。
「逆だし。だからごめんって言ってるだろ」
「さっきから何言ってるかわかんないです。無駄に背が高いからですか?」
「……こんな時まで減らず口のお前すげーよ」
どこに関心してんだ!!
っていうか本当に用件なに?
傷口に塩でも塗りにきたのか!!
「俺、お前のこと好きだ。だから言えなかった。ごめん」
そう言って差し出された袋いっぱいに入ったメロンパンを見て、流れるはずだった涙はひっこんだ。思わず見上げた大木さんに、ひでーブスがいるわここに、と言ってパーカーの袖で涙を拭われる。
「結構沢山謝ったから許して」
ついでに言うと、お前の態度はわかりやすすぎてこっちが恥ずかしいです、というそんなの私も今言われると恥ずかしくて死ねるわ! という言葉を頂いて私の顔は真っ赤になった。
「休憩の時に渡辺が電話寄越してきてさー、もうお前使いものにならないから引き取れって言われた」
私の自転車をなぜか大木さんに押してもらいながら家までの道を歩く。
改めて隣に並ばれると、その大きさに本当に同じ人間なのかと疑問を抱かずにはいられない。でも、その大きさも、仏頂面も、全部愛しく思える。
「……心当たりがありすぎるだけに渡辺さん申し訳ない」
「迎えに来たはいいけど全然出てこねーしさ、うんこでもしてんのかと思った」
「もっとオブラートに包んで言って下さい。ほら、私乙女だし」
「本当の乙女は自分でいわねーよ、バカ」
「バカって言ったほうがバカなんだよ、バカ」
「バカバカうるせー、バカ。そういう口は塞ぐぞ!」
「やってみ……ってちょ!! エロジジイ!!」
貞操の危機だと呟くと、警戒しないと喰うぞ、と本気なのか冗談なのかよくわからない言葉が返ってきた。……うん、聞かなかったことにしよう。
「ねぇ、大木さん」
「なんすか小木さん」
「本当は一番何のパンが好きなんですか?」
「え? パン自体そんなに好きじゃねぇよ」
「は?」
「ん?」
ん、じゃないよ。だったら本当にこの攻防戦はなんだったのだ。
けろっとした顔で言われた私は、やっぱり枕元に立ってやるリストに大木誠一郎の名前を二重丸で囲った。