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婚約破棄されたので、指輪の魔法は「あなたを忘れる」に使います ~前世は魔道具鑑定士、一度きりの奇跡は自分のために使わせていただきます~

作者: uta
掲載日:2026/08/25

「エルナ・フォン・ラングフェルト。お前との婚約を破棄する!」


王立魔法学園、卒業パーティーの夜。


きらびやかなシャンデリアの下、婚約者であるロイド・グレンヴィルは、大勢の貴族たちを前に高らかに宣言した。


「お前のような愛想のない女は不要だ。俺は――真実の愛を見つけた」


彼の隣には、亜麻色の巻き毛をした男爵令嬢ミアが、潤んだ瞳でしなだれかかっている。


(真実の愛、ねえ)


わたし――エルナは、翠玉の瞳を細めた。表情ひとつ動かさずに。


(そのわりに、ずいぶんと打算的な顔をしているけれど)


会場がざわめく。かわいそうに、氷の令嬢がついに捨てられた。そんな囁きが波紋のように広がっていく。


でも、残念ね。


わたしは前世で、日本のアンティーク鑑定士だった。事故で命を落とし、この世界へ転生した記憶を持っている。


ものの真贋を見抜くのが、わたしの仕事だった。


そして今世でも――魔道具鑑定を独学で極め、貴族御用達の凄腕鑑定士として、密かに名を馳せている。在野の、ね。


つまり。


(あなたたちが結んだ『偽物の愛』も、とっくに見抜いているのよ)


「なにか言うことはないのか、エルナ」


ロイドが勝ち誇ったように顎を上げる。


わたしは、静かに口を開いた。


「……そう。わかったわ」


それだけ。


ロイドの顔が、わずかに引きつった。もっと取り乱すと思っていたのだろう。泣きすがるとでも。


(あいにく、あなたに使う涙は、一滴も持ち合わせていないの)



「ふん。強がりか」


ロイドの視線が、わたしの左手に落ちる。


そこには、母の形見の古びた指輪。くすんだ金の台座に、曇った石。


「その安物の指輪も、身の程をわきまえろ。みすぼらしい。まるでお前のようだ」


会場に、くすくすと嘲笑が漏れる。


(安物……?)


わたしは内心で、深々とため息をついた。


(これ、国宝級なんだけど。『一度きりの魔法を宿す指輪』よ。所有者の心から望む願いを、たった一度だけ叶える伝説の魔道具)


(あんた、鑑定スキルEランクでしょ。曇った石とガラクタの区別もつかないの?)


ミアが、かわいらしく小首をかしげて追い打ちをかける。


「そんな古びた指輪で、何ができるの?」


無垢を装った、勝ち誇りの声。


聖属性ギフト持ちの、か弱い聖女様。その希少なギフトを盾に、周囲を味方につけてきた。


(善の象徴たる聖属性で、よくもまあ悪事に手を染められるものね)


わたしは知っている。


この二人が、婚約破棄という舞台の裏で、本当は何を狙っているのかを。


わが実家ラングフェルト子爵家が有する――『魔泉の鉱脈』。


この国でも稀少な、高純度の魔力が湧き出る宝の泉。


ロイドとミアは、それを横領するために、不正な魔力契約を結んでいた。


わたしとの婚約は、鉱脈に近づくための足がかりに過ぎなかった。


(知っていたわよ。ずっと前から)


だから、わたしは冷淡でいた。あえて、泳がせていた。


証拠を集めるために。


そして――今夜、すべてが揃った。



「ねえ、ロイド」


わたしは初めて、自分から彼の名を呼んだ。


会場が静まり返る。


「わたしがなぜ、あなたに冷たかったか、わかる?」


「……なんだと?」


「愛せなかったからよ。あなたのことを、一度も」


ロイドの顔が、みるみる赤くなる。


「な……っ、生意気な!」


「でも、ずっと悩んでいたことがあるの」


わたしは左手の指輪に、そっと右手を添えた。


「この指輪の、一度きりの魔法。何に使うべきかって」


周囲がどよめく。まさか、あの伝説の魔道具を――


「エルナ様、まさか」ミアが目を見張る。「ロイド様の心を、取り戻すおつもり? そんな無駄なことを?」


ああ、そう思うのね。


未練がましい女が、最後の悪あがきをするのだと。


ロイドまでもが、憐れむように鼻を鳴らした。


「哀れだな、エルナ。だが無駄だ。俺の心はもうミアのものだ」


(……本っ当に、おめでたい頭ね)


わたしは、ゆっくりと微笑んだ。


この夜、初めて。


「もう我慢しない」


静かに、けれどはっきりと。


「この一度きりの魔法。ずっと悩んでいたけれど――決めたわ」


指輪が、淡く輝きはじめる。


「そんな古びた指輪で何ができるの、ですって?」


わたしは、ミアの言葉を静かに返した。


「今から、教えてあげる」



わたしは指輪に、心から願った。


「――『わたしの中の、あなたへの想いをすべて忘れさせて』」


瞬間。


まばゆい光が、指輪から弾けた。


会場中を白く染めるほどの、荘厳な輝き。


「なっ……!」ロイドが腕で顔を庇う。


「これは、本物の……!」ミアの声が震えた。


(そう。本物よ。国宝級の、正真正銘の伝説の魔道具)


そして――ここからが本番。


(あなたたちは、大きな勘違いをしているの)


わたしが願ったのは「忘れる魔法」。


ロイドへの、報われない想いを断ち切るための。


でも、この指輪の真価は、鑑定士のわたしだけが知っていた。


前世の知識と、今世で磨いた鑑定眼。その二つが交わって、わたしはこの魔道具の“隠された構造”に気づいていた。


(願いを叶える。そしてその反動として――対象との『魔力契約の痕跡』を、すべて可視化し、記録する)


「忘れる」とは、すなわち「契約を断ち切る」こと。


わたしとロイドを結んでいた婚約という魔力契約。


(それを断ち切った瞬間、契約に紐づいたすべての魔力痕が――連鎖して、暴かれる)


「な、なんだ、この光は……!」


ロイドの足元、会場中央の魔法陣が、めらめらと輝きはじめた。


光の文字が、宙に浮かび上がっていく。


それは、契約書。


『ラングフェルト家魔泉鉱脈・所有権譲渡に関する密約』


署名――ロイド・グレンヴィル。ミア・レーヴェンツァール。


横領の、動かぬ証拠。


「……あなたたちの、署名つきでね」


会場が、凍りついた。



「ち、違う! これは……!」


ロイドが青ざめて、光の契約書を掻き消そうとする。だが魔法陣に刻まれた記録は、彼の手をすり抜けるばかり。


「そんな……なんで、なんでこんなものが……!」ミアが崩れ落ちる。愛らしい仮面が、ぐしゃりと剥がれ落ちた。


そのとき。


会場の奥から、静かな足音が響いた。


漆黒の髪、鋭利な紫紺の瞳。


『氷の王太子』と恐れられる、レオンハルト・アルデバラン殿下。


人垣が、波のように割れる。


殿下は浮かび上がった契約書を一瞥し、冷ややかに告げた。


「――魔泉鉱脈の横領。国家反逆に等しい重罪だ」


「殿下っ、これは誤解で……!」


「魔力痕は偽装できん。契約時の術式署名まで、克明に残っている」


殿下が指を鳴らすと、衛兵たちがロイドとミアを取り囲んだ。


「連れて行け」


「待って、待ってください! わたしは聖属性の……!」


ミアの叫びも、むなしく引きずられて消えていく。


ロイドは最後に、信じられないという顔でわたしを見た。


「エルナ、お前……鑑定士だと……? そんな価値が……」


「今さらね」


わたしは、静かに背を向けた。


「……失ってから気づいても、もう遅いのよ」


ざわめきの中、殿下がわたしの前に歩み寄る。


そして、あの冷酷無比と噂される王太子が――なぜか、少し早口になった。


「エルナ嬢。あなたの指輪、素晴らしい。二重構造の術式反動を利用した契約痕の可視化。私は長年こんな精緻な魔道具を見たことがない。あの発動の理論構成は――」


「あの、殿下……?」


はっと殿下が我に返り、こほんと咳払いをした。


そして、ほんの少し、視線を泳がせて。


「……あと、あなた自身も。素晴らしい」


(え。今、何て?)


さすがのわたしも、一瞬、鑑定を誤りそうになった。



騒然とした会場を離れ、わたしは静かなバルコニーに出た。


夜風が、火照った頬を冷やしていく。


背後に、控えめな足音。栗色の髪をきっちり結った、侍女のヨナ。


わたしの裏の顔――在野の鑑定士としての活動を、唯一知る協力者。


「お見事でした、お嬢様」


彼女は深々と頭を下げ、それからぽろりと本音を漏らした。


「あの方々、鑑定書一枚まともに読めないのに、よくもまあ、あそこまで偉そうにできたものですね」


「ふふ。ヨナ、それは言い過ぎよ」


「事実です」


きっぱり言い切る彼女に、わたしは思わず笑ってしまった。


長い夜だった。


泳がせて、耐えて、証拠を集めて。誰にも言えず、ただ冷たい女と侮られて。


でも、終わったのだ。


わたしは、夜空に浮かぶ月を見上げた。


左手の指輪は、もう魔力を使い果たし、ただの古びた金属に戻っている。


それでも――母の形見であることに、変わりはない。


そっと、モノローグを落とす。ゆっくりと、静かに。


「一度きりの魔法」


「世界を救うでも、富を得るでもなく」


「わたしはただ――報われない恋を捨てて、自由になるために使った」


風が、銀灰色の髪を揺らす。


「……悪くない使い道でしょう?」


ヨナが、そっと目元を拭った。


「ええ。最高の使い道でございます、お嬢様」



「――ここにいたのか」


振り返ると、バルコニーの入り口に、レオンハルト殿下が立っていた。


ヨナが心得たように一礼し、静かに下がっていく。


二人きり。


「殿下。此度は、お手を煩わせました」


「礼には及ばない。むしろ礼を言うのは私のほうだ」


殿下は月光の下、いつもの冷たい仮面を――少しだけ、ゆるめた。


「エルナ嬢。実は、以前から一人の鑑定士の仕事を、ずっと追っていた」


「……鑑定士、ですか」


「匿名で提出される鑑定書だ。独自の理論に裏打ちされた、明晰きわまる分析眼。私はその者に、長年、心を奪われていた」


わたしの鼓動が、わずかに跳ねた。


まさか。


「殿下、それはもしや」


「今夜、確信した」


殿下は、懐から小さな箱を取り出した。


ふたを開けると――そこには、澄んだ光を宿す、新たな指輪。


見ただけでわかる。これもまた、相当な業物。


(うわ、いい魔道具……って、そうじゃなくて)


殿下は、あの冷酷無比の王太子が、ぎこちなく、けれどまっすぐに、わたしの目を見た。


「あなたの一度きりの魔法は、もう使ってしまった。だが」


すっと、指輪を差し出す。


「では次の魔法は――私と結ぶ契約に使ってみませんか」


夜風が、二人の間を静かに抜けていく。


わたしは、翠玉の瞳で、その指輪をじっと見つめた。


それから、久しぶりに――心から、微笑んだ。


「殿下。ひとつ、鑑定させていただいても?」


「……鑑定を?」


「ええ。この求婚が、本物かどうか。わたし、偽物を見抜くのが得意なんです」


殿下が、ふっと目を細める。氷が溶けるように。


「では、とくとご覧あれ。鑑定士殿」


報われない恋を捨てた指に、新しい光が触れる。


一度きりの魔法は、自分のために使った。


そして次の魔法は――きっと、二人のために。


(悪くない使い道、でしょう?)



【番外編・予告】

氷の王太子は、なぜ匿名の鑑定書に恋をしたのか。

早口でオタク語りが止まらなくなる王太子殿下の、ポンコツで一途な片想いの日々――彼視点で、いずれ。

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