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因果応報はあるのかもしれない

作者: 朔 恵月
掲載日:2026/05/13

誰にも相談できない夜、

画面の向こうの言葉に救われた気がしたことがあります。

ひとりで耐えて、悩んでいた時。

私はよく、タロットリーディングを見ていた。


夜になると不安が強くなって、

眠れないままスマホを開いては、

何本も動画を見ていた。

もともと占いなんて信じないタイプだった。

それなのに、不思議と当たる気がした。


三択から選ぶリーディング。

「そんなわけない」と思いながら見ても、

時々、自分の心を見透かされたような言葉が出てくる。

コメント欄にも、

「今の私です」

「泣きました」

そんな言葉が並んでいた。


誰にも相談できない気持ちを、

画面の向こうの言葉に重ねていたのかもしれない。


悩んでいる時ほど、人は何かに救われたくなるのかもしれない。

今の私は、少しずつ改善には向かっている。それでも、まだ不安な日はある。


そんな夜には今でも、

気づけばタロットリーディングの動画を見ている。


人は苦しい時、

何か心の拠り所を求めるのかもしれない。


でも結局、動くのは自分だった。


人生を切り開くのも、

苦しみから抜け出そうとするのも、

最後は自分自身なんじゃないかと思う。


占いは、

そのための“きっかけ”や、

“背中を押す言葉”なのかもしれない。


リーディングでは、

「カルマ」や「因果応報」という言葉もよく出てきた。


私は、

カルマとは前世も含めた行いの積み重ねで、

徳を積みながら解消していくものなのかな、と考えた。

でも正直、

まだよく分かってはいない。


ただ、

因果応報はある気がしている。


私はどちらも、自分に返ってきたと思うから。


だから今からでも、

死ぬ時に

「悪くない人生だった」

そう思える人生を、

これから生きていきたい。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

誰かの夜に、少しでも寄り添うものになっていたら嬉しいです。

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